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バタフライナイフが流行ったころからだろうか。キレルという言葉がマスコミで使われだしたのは。でも、犯罪を犯す少年が、『きれて』その犯行を犯すというのは間違っていると僕は思う。刹那的に引き起こされているように見える犯行も、その行為自体を見れば考えなしにその瞬間の愚かな判断で行われているようだが、少年たちは産まれてから十数年の間、そういう風に生きているのだ。犯罪を犯すその瞬間に『キレテ』いるので決してない。僕は大学で犯罪心理学のゼミをとっていた。法学部だったので優秀なやつは民法や刑法関係のゼミを履修していたけれど、どうも法学部の学生の思考に違和感を持っていた僕はあぶれもの多い変なゼミをとっていたのだ。そのゼミで僕は少年犯罪をテーマにしていた。実地で少年鑑別所や少年院にも行った。そこに入れられている少年たちの話の中で、ある10代の少女の話が今でも心に残っている。中学のころからグレはじめたというその少女は、暴力団関係とも付き合い、クスリはやってるは盗みや恐喝、売春とありとあらゆる非行をやっている非行少女なのだが、「これまで一番楽しかったことは?」という係官の問いにしばらく気のないような沈黙の後、「小学校のころ、家族と動物園に行ったこと」と答えた。両親が離婚する前のことだという。子供たちは何かを求めているのだ。と僕はそのとき思った。自分でも気づかずに『何か』を訴えようとしている少年(少女)が,自分でも理解できていないからこそ、世間にとって相容れない行動に駆られているように思えるのだ。誰かそのとき少年の周辺に真剣にその子に対峙する大人がいたら、状況はだいぶ違ったものになったはずだ。少年犯罪を犯した少年の記録を調べると、そこに見えてくるのは、犯罪を犯す前に子供たちに真剣に面と向かって『ホンネ』で付き合う大人がいないという現実だ。親ですら、一方的な価値観を押し付けるか、子供の自由を尊重するふりだけの放任主義(怖いから単に我が子に関わりたくないと考えているらしい)がほとんどだ。親の問題や家族の崩壊の危機を、家庭の中で子供が一人で背負ってしまう。自分では気づかずにその負の遺産を背負わされた子供が暴れているのだ。
Oct 15, 2003
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長崎で4歳の幼児が誘拐されて殺されてしまった、痛ましい事件から数ヶ月が過ぎた。その犯人が12歳の少年だったことが二重に気をめいらせた。あの事件当時、遺体のあった現場に置かれた瞬君に宛てた中学教師(匿名)の手紙の言葉が印象的だった。「駿くん、ごめんね…」という言葉、僕は犯人が12歳の少年だと聞いて、同じような敗北感を感じた。この事件を防げなかった大人の社会…神戸の事件からも何年もたっているのに未だに少年たちによる同じような残虐な犯罪起こっている。マスコミは事件の異常さを生々しく伝えているが、『少年が何をしたか』は興味本位に取り上げていても、『何が少年をそうさせたか』についてはほとんど語られていない。4歳の子どもが犠牲になったことについてもこの社会は本気で『何故このような事件が起きるのか』考えているとは思えない。事件当日のニュースをみていて、そのニュース番組の終わりに被害にあった駿くんのモザイク入りの顔写真がアップになった。その写真の上に番組提供のスポンサー名が映し出されるのを見て、僕は思わず、「ああっ…」と声をあげてしまった。ちょうどその写真の顔の部分(モザイクの上に)番組のスポンサーテロップが流れたのだ。TBS筑紫哲也のニュース21でのことだ。この痛ましいニュースですら(被害者の4歳の男の子のモザイク入りの写真ですら)TV番組の中の報道という商品にされてしまっていることに、僕はめまいがする思いだった。遺族でなくとも少年を知る人が、モザイク入りの写真の上に『広告』を流されるのを見たらどんな気がするか、そういう最低限の配慮もこの局にはないのだろうか。殺された少年の写真の上に広告を流すなんて…それを平気で黙認している社会…病んでいるのは犯人の少年だけではない。
Oct 13, 2003
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