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イラクでの人質報道は、春の三人の人質事件の時とは違ってどこか淡々としている。言われ尽くした自己責任という観念の元に「そんな危険なところに自分でいったのだから、しょうがない」という感覚が巷間に満ちているような気がしてならない。殺害された香田さんの死の意味するものは、そんなものなのだろうか。政府外務省が危険な地域だからと盛んに勧告したにも関わらずに、のこのことイラクに出かけていって人質になってしまう。だから、彼自身のせいなのだ。という意見なのだろうけれど、この意見(もしくは国民感情)には大きな落とし穴があるような気がするのだ。まず第一にイラクを日本人にとって危険な地域にしたのは誰なのかという認識だ。イラクはつい数年前まではテロリストなぞ一人もいないし日本人旅行者にとって危険な地では決してなかった。その土地にテロリストを集めてしまったアメリカの国際政策に、ただ追従するだけの日本政府にその責任の一端があるこは明白なのだ。イラク戦争の開戦の大儀であった大量破壊兵器は何処にもなかった…最初から欺瞞に満ちた戦争を仕掛けたアメリカや日本の政府が、いくらテロとの戦いという正義を声高に叫んだとしても空しく白々しく響く。第二に、このことの方が僕は問題だと思うのだが、ことは外務省の言いつけ通りにイラクに行かなければいいということだけではないということだ。日本政府の国際政治上の政策が原因で、アルカイダをはじめとする国際テロリストから日本人の一般市民が標的にされている。という事実の認識が欠けている。それはたまたまイラクで起こったことだから、外務省が危険地域の勧告をしていただとかふやけた言い訳をして、それがさも正当なことのように報道されているが、アルカイダが中東以外の他の地域で活動しないと誰がいえるのか。ひょっとしたら日本国内で政府の対イラク政策に対する取引として『人質』がとられるかの可能性さえもないとはいえないのだ。香田さんの死の意味するものをもっと真摯に受け止めるべきだ、と僕は思う。亡くなられてた香田さんのご冥福を祈ります、という政治家の空疎な言葉の前に、彼の死を本当に無駄にしないようにしなくてはならない。
Nov 2, 2004
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成人式は、恥ずかしいいつから成人式はこんなに恥ずかしいものになってしまったのだろう。そもそも地方自治体で20歳のガキを祝ってやる必要などあるのだろうか。今年も各地の成人式で暴れている新成人をみて、前から疑問に思っていたのだが、女の子の晴れ着(振袖)はわかるが、男子の羽織袴はいったいなんだろうか。売れない落語家ではあるまいし、派手な色の羽織ハカマを着るなんてそれだけで、大人ではない、おそらく頭の中は小学生程度の脳みそしかないのだろう。お正月の初日の出暴走、一部の暴走族が元旦に河口湖あたりでつるんでいるのもそうだけど、お前ら暴れるところを間違えているよ。社会に対して閉塞感をもっているのだろうが、時代閉塞の現状を書いた石川啄木の本でも読んでお家でおとなしくしていなさい。何でそんなに群れたがるのだろう。携帯電話のメールを手放せない若者もそうだが、誰かとつながっていたい、群れていたいという幼児性の表れのような気がする。一人でいること、孤独が似合うのは若者の特権だ。自分自身を見つめるためにも自立する自己を確かめるためにも、若者は孤独を感じる時期が必要なのだと思う。成人式で群れて暴れているのは本当にごく一部のバカだけと思うが、その他のまじめな新成人の皆さんも、そんなバカと同席することないじゃないかとおもう。そう成人式なんて心ある人は参加したりしない。
Jan 12, 2004
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バタフライナイフが流行ったころからだろうか。キレルという言葉がマスコミで使われだしたのは。でも、犯罪を犯す少年が、『きれて』その犯行を犯すというのは間違っていると僕は思う。刹那的に引き起こされているように見える犯行も、その行為自体を見れば考えなしにその瞬間の愚かな判断で行われているようだが、少年たちは産まれてから十数年の間、そういう風に生きているのだ。犯罪を犯すその瞬間に『キレテ』いるので決してない。僕は大学で犯罪心理学のゼミをとっていた。法学部だったので優秀なやつは民法や刑法関係のゼミを履修していたけれど、どうも法学部の学生の思考に違和感を持っていた僕はあぶれもの多い変なゼミをとっていたのだ。そのゼミで僕は少年犯罪をテーマにしていた。実地で少年鑑別所や少年院にも行った。そこに入れられている少年たちの話の中で、ある10代の少女の話が今でも心に残っている。中学のころからグレはじめたというその少女は、暴力団関係とも付き合い、クスリはやってるは盗みや恐喝、売春とありとあらゆる非行をやっている非行少女なのだが、「これまで一番楽しかったことは?」という係官の問いにしばらく気のないような沈黙の後、「小学校のころ、家族と動物園に行ったこと」と答えた。両親が離婚する前のことだという。子供たちは何かを求めているのだ。と僕はそのとき思った。自分でも気づかずに『何か』を訴えようとしている少年(少女)が,自分でも理解できていないからこそ、世間にとって相容れない行動に駆られているように思えるのだ。誰かそのとき少年の周辺に真剣にその子に対峙する大人がいたら、状況はだいぶ違ったものになったはずだ。少年犯罪を犯した少年の記録を調べると、そこに見えてくるのは、犯罪を犯す前に子供たちに真剣に面と向かって『ホンネ』で付き合う大人がいないという現実だ。親ですら、一方的な価値観を押し付けるか、子供の自由を尊重するふりだけの放任主義(怖いから単に我が子に関わりたくないと考えているらしい)がほとんどだ。親の問題や家族の崩壊の危機を、家庭の中で子供が一人で背負ってしまう。自分では気づかずにその負の遺産を背負わされた子供が暴れているのだ。
Oct 15, 2003
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長崎で4歳の幼児が誘拐されて殺されてしまった、痛ましい事件から数ヶ月が過ぎた。その犯人が12歳の少年だったことが二重に気をめいらせた。あの事件当時、遺体のあった現場に置かれた瞬君に宛てた中学教師(匿名)の手紙の言葉が印象的だった。「駿くん、ごめんね…」という言葉、僕は犯人が12歳の少年だと聞いて、同じような敗北感を感じた。この事件を防げなかった大人の社会…神戸の事件からも何年もたっているのに未だに少年たちによる同じような残虐な犯罪起こっている。マスコミは事件の異常さを生々しく伝えているが、『少年が何をしたか』は興味本位に取り上げていても、『何が少年をそうさせたか』についてはほとんど語られていない。4歳の子どもが犠牲になったことについてもこの社会は本気で『何故このような事件が起きるのか』考えているとは思えない。事件当日のニュースをみていて、そのニュース番組の終わりに被害にあった駿くんのモザイク入りの顔写真がアップになった。その写真の上に番組提供のスポンサー名が映し出されるのを見て、僕は思わず、「ああっ…」と声をあげてしまった。ちょうどその写真の顔の部分(モザイクの上に)番組のスポンサーテロップが流れたのだ。TBS筑紫哲也のニュース21でのことだ。この痛ましいニュースですら(被害者の4歳の男の子のモザイク入りの写真ですら)TV番組の中の報道という商品にされてしまっていることに、僕はめまいがする思いだった。遺族でなくとも少年を知る人が、モザイク入りの写真の上に『広告』を流されるのを見たらどんな気がするか、そういう最低限の配慮もこの局にはないのだろうか。殺された少年の写真の上に広告を流すなんて…それを平気で黙認している社会…病んでいるのは犯人の少年だけではない。
Oct 13, 2003
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アフガニスタンの空爆をアメリカが盛んにやっていた頃、誤爆で死んだアフガン市民に米国防省から賠償金が支払われると言う新聞記事を読んだ。死んだアフガン市民一人あたり14万円が支払われるとその記事には書いてあった。市民一人が14万円!9.11で死んだニューヨーク市民に対しては、3億円とも4億円ともいう賠償金が米政府から支払われるという…命の値段を比べるのは愚かなことだ。でも、14万円とは…これはもう、物価の違い、国情の違いなんてものではない。「ああ、これが9.11の原因なのだな」この記事を読んで僕は思った。今世界で起こっているテロやそれをめぐる戦争の本当の原因は「経済」なのかもしれない。9.11の原因はビンラディン一派の狂信的な反米感情でもなく、湾岸戦争を契機にしたものでもない。豊かな一部の国はますます豊かになり、貧しい国はその借金の利子を払うことでますます貧しくなっていく。われわれの今もっている自由経済という社会が富める国と貧しい国の格差を、人類がこれまで経験したことが無いほどの大きいものにしてしまっている。実際にアフリカなどの発展途上国では100年かかっても返せないほどの借金をせおって、失敗国家の烙印を押されている国が多い。彼らは国民が怠けているから発展途上なのではない、先進国の経済がよってたかって永遠の発展途上に貶めているのだ。巨大な資本を背景にした富める国がますます富んでゆく。儲ける国があるということは、それだけ損をこうむっている国があるのだ。先進国のハゲタカヘッジファンドがアフリカ一国の国民総生産をまるごとかっさらってゆく、貧しい国は借金だけが加算してその利子さえ払えないのが現状だ。利子が利子を生んでいく巨大資本に牛耳られた国際金融の仕組みそのものが問題なのだと僕は思う。ビンラディンとの戦いにおいて、ブッシュ大統領は自らを十字軍になぞらえて不評を買っていた。ブッシュは思わず本心を吐露してしまったのだろうけれど、米政府はその後やっきになって、イスラムとの文明の衝突ではないと力説していた。だけど、僕は今世界で起こっていることは、経済という視点で見ると「文明の衝突」ではないかという気がしている。イスラムには利子の無い銀行があるという。少なくとも利子という言葉は使わずに「お金をお金として」扱おうという姿勢がある。コーランが利子を禁じているからなのだが、お金そのものが商品として成り立っているわれわれの社会の問題点を解決しようという試みのひとつがここにある。晩年のミヒャエル・エンデが「利子というのはおかしい」という視点で経済問題を論じていた。お金が利子を生む(もしくは借金が増えていく)という仕組みは間違っているという。それも、貧しい国がかわいそうだというような感情論的な視点ではなくて、こういう利子を根本にした金融経済の仕組みそのものが持続可能性がない、ということを問題にしているのだ。実際に各地で利子を持たない地域通貨などの試みがなされている。われわれはイスラムの相互扶助的な経済システムを学ぶ必要があるのではないかと思う。その上でイスラムとアメリカという構図はこの経済システム(文明として)の衝突といえるのかもしれない。卑近な例だけど、日本の最近のTVCMを考えてみてほしい。最近のテレビではTVゲームの新作のCMか消費者金融のCMばかりだ。TVCMはその国の経済の縮図があるような気がするのは僕だけだろうか。それが子供のこずかいを吸い上げようとするものとサラ金のCMだらけなんて、この国の経済は健康なものとはとてもいえない。経済格差を無くして行く試み…では具体的にどうすればいいのか、今の僕には答えられない。だけれども、これからもこの問題を考え続けて学んでいこうと思う。それは戦争に反対するのと同じくらい重要なことだ。次の戦争を阻止するためにも…利子の無いお金なんてできっこないかもしれない。だけど、ミヒャエル・エンデはこう言っている。「人間が作ったしくみ(貨幣制度…)は人間の手でかえられる」と…。参考文献現代イスラムの潮流(集英社新書)中東情勢を見る眼(岩波新書)西アジアの歴史(講談社現代新書)イスラムはなぜアメリカを憎むのか(光文社)反ブッシュイズム(岩波ブックレット)イラクの小さな橋を渡って(光文社)オリーブの森で語り合う(岩波書店)パン屋のお金とカジノのお金はどう違う?(オーエス出版)他
May 1, 2003
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「恥を知れ!」(Shame on you)アカデミー賞の授賞式でマイケル・ムーア監督がブッシュ政権に向けていった言葉だ。Shame on you (恥を知りなさい!)この言葉は、もともと全米に反共のマッカーシズム(赤狩り)の凶器が吹き荒れた時代に、それをくい止め理性を取り戻すために結集を促した言葉だという。バクダットがあっという間に陥落しフセイン政権がその生死も明らかでないままに崩壊を遂げたことで、ブッシュ政権内でますますネオコンの存在が大きくなっている。ネオコン(ネオ・コンサーバティブ新保守主義)といわれる人たちが、アメリカの価値観を何が何でも世界に押し広げようしている。そのためには武力を行使することを惜しまない(というよりも積極的に行使したがっている)このネオナチじゃなかった、ネオコンの人びとの言葉を聞いていると、この人たちが2、3世紀前の遺物のような気がしてくる。ラムズフェルド国防長官はしばしば、「優しい言葉だけより、優しい言葉と銃を一緒に使うほうが多くを手にできる」というアル・カポネの言葉を引用するらしい。一国の国防長官がギャングの言葉をお手本にしているのだ。チェーイニ-副大統領は「世界は平和な状態よりも戦争をしている状態のほうが正常なのだ」というような極論を言っている。こんなのはまだいい方だ。ネオナチじゃなかったネオコンの最右派ウォルフォウィッツ国防副長官はそのタカ派ぶりで恐竜(ヴラキラプトル)に例えられているが、彼の目にはアメリカの利益しか目に入っていないようだ。その近視眼的な目先の利益のために次はどこの国が「いけにえ」にされるのだろうか。アメリカは、史上どの国も持ち得なかったような圧倒的に強大な軍事力を持つようになった。ソ連が崩壊した今、先進国の15カ国が束になってもアメリカの軍事力には及ばないという。その並ぶもののいないほど巨大な軍事力比べ、そんな強大な力の行使を決める側、政権の頭脳の方はあきれるほど貧相だ。9.11以降、こんな輩が無能な大統領の側で力を発揮するようになってしまった。今度のイラク戦争でますますその発言力を強めている。アルカイダがその地域にいるらしいという情報だけで、アメリカがアフガンでの戦争を始めた2001年、連邦下院議会でカリフォルニア州選出のバーバラ・リーはただひとり武力行使に反対票を提出した。カリフォルニアでは今でも「バーバラ・リーの声は私の声」というステッカーを車に張って走っている人がいるという。そうアメリカだとて、皆がネオナチじゃなかったネオコンの主張を支持しているわけではないのだ。早く理性を取り戻せ!がんばれパウエル(国務長官)!と声を大にして言いたい。
Apr 19, 2003
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独裁者の最後だった。フセインの銅像が引き倒されて街中を引くずられていく。いかにも独裁者の最後という映像だった。独裁者は悲惨な死後を迎えるのは珍しいことではない。チャウシェスク(チェコ)は即日執行の銃殺刑だったし、第2次世界大戦の時にはムッソリーニ(イタリア)が民衆のリンチを受けて街中に吊るされた。たぶんフセインも生きて捕らえられたら、同じような目にあっていたのかもしれない。バクダッドでは政権の崩壊とともに町では略奪が横行しているという。政府機関から金目のものを何でも運び出している群集は暴徒というにはあまりにも無邪気な笑顔を見せていた。アメリカの力がひとつの政府をなぎ倒すように葬り去った。その力のあまりにも強大さにバクダッドは放心状態に陥っている。開放感によるものなのかイスラムの秩序まで捨てさってしまった暴徒は、圧倒的なアメリカの暴力(力)を見せ付けられて、力が全てだという思いを強くしたのかもしれない。先日イラクの妊娠した女性による米兵への自爆テロがあった。おなかの中に赤ちゃんを宿した女の人が爆弾を抱えて米兵に向かっていった。その深い絶望感を考えると眩暈がしそうになる。自爆テロをする人たちを理解しようとするのは難しい。何も考えずに明日を迎えることができる自分が自ら自爆していくひとの気持ちを思い描くのは不遜かしれない。独裁者は倒れてもイスラム社会を覆っている深い絶望感が消えない限り、テロはなくならないだろう。だけど、そこで自分とは違う人間だと切り捨ててしまうことは、簡単だ。自爆テロなんて狂った人間がすることだと決め付けてしまっても何の解決ももたらさない。どこかに自爆テロをなくしていく方法を探す試みこそが重要なのだと思う。たとえ理解できなくても分かろうとする姿勢こそが今必要なのだ。今、うちの家内は妊娠している。秋には子どもが生まれる予定だ。子どもがおなかの中にいると考えると正直うれしい。生まれてくる子どもの性別や名前を考えたりすることはどんなにか楽しいことだろう。妊娠期間中はどんな女の人の人生のなかでも輝いている時期だと思う。そんなうちの家内と同じようなイラクの妊婦がどのような気持ちで爆弾を積んだ車ごとアメリカ兵に向かっていったのだろうか。その気持ちを考えると暗澹たる思いがする。(作家の池澤夏樹さんの言葉から)どこまで追い詰められると人は自爆テロを実行するのか。先日、二十八歳の女性がエルサレムで自爆テロによって死亡しました(巻き添えの死者一,負傷者約百五十)。彼女は救急隊員で、出産直前の妊婦を乗せた救急車がイスラエル側の検問で病院に行くことを妨げられて車内で生まれた赤ん坊が死ぬ、というような例を無数に見てきました。 テロに至った彼女の心理はわかりません。安易にわかったつもりにはならない方がいい。しかし、それが絶望であるとしたら、それはとても深い、どうにも始末のしようのない絶望であったはずです。 アメリカの強大な軍事力ではフセインの銅像は引き倒すことはできても、イスラム社会がかかえている、この深い絶望の淵から彼女たちを救うことはできない。
Apr 13, 2003
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先日の新聞にイラクへの戦争に反対するアメリカの少女の話が掲載されていた。米北東部メーン州にすむこの13歳の少女は学校で作文を書く。イラク戦争の正当性を問う内容だったので、国語教師は「愛国心のないことを書いた子がいる」と突き放した。男の子が振り返り、ニヤリと笑った。 同級生の冷ややかな視線を浴びて少女はクラスの中で孤立してしまう。アメリカではイラク戦争支持が70%を超えている。いわんや子どもたちの反応はおしてしるべしだ。この話を読んで僕は中勘助の自伝的小説「銀の匙」の一説を思い出した。時代は明治だ。中勘助が小学生だったころ日清戦争が起こった。小学校でも兵隊ごっこや戦争ごっこが盛んになった。校庭のあちこちで加藤清正や北条時宗がちゃんちゃん坊主(清国人の蔑称)の首を切っている。そういう中で彼一人が、「結局日本はシナ(中国)にまけるだろう」という大胆な主張をする。さっそく先生に言いつけられてしまう。「先生、□□さんは日本が負けるって言っています。」先生はしたり顔で「日本には大和魂がある」といって、いつものとおりシナ人のことをなんのかと口ぎたなくののしった。それを自分が言われたように腹にすえかねて、中勘助がいう。「先生、日本人に大和魂があればシナ人にはシナ魂があるでしょう。日本に加藤清正や北条時宗がいればシナにだって関羽(かんう)や張飛(ちょうひ)がいるじゃありませんか。それに先生はいつかも謙信が信玄に塩を送った話をして敵を憐れむのが武士道だなんて教えておきながら、なんだってそんなにシナ人の悪口ばかりをいうんです」先生はむずかしい顔をしていたが、しばらくしてこう言い放った。「□□さんには大和魂がない」(注 関羽(かんう)張飛(ちょうひ)、ともに三国志にでてくる英雄)僕はこの教師の「愚かさ、無知さ」を憎む。同じように、今、愛国心の無いことを書いたと指摘したアメリカの少女の国語教師を軽蔑する。この中勘助の体験した日清戦争は100年も前の話だ。だがクラスで孤立してしまうところまで、米メーン州の少女の話とよく似ている。二人に共通しているのは対戦国とされている相手側にたった想像力だと思う。大人たちが戦争に夢中になっている時に、(その大儀もあいまいなままに単純な「善と悪」という図式を当てはめて大人たちが自己を正当化しているときに、)とらわれない子どもの目で戦争相手国のこと、そこに住んでいる自分と同じような子供のことを考えてみる。そして何かがおかしいんじゃないかと気がつく。だが戦争支持に沸き立っている回りにはその理解者がいない。体制翼賛していく社会がいかに愚かしいか、100年たっても我々は少しも進歩していないらしい。それにしても残念なのはこの教師たちだ。クラスの中での反対意見を「愛国心や大和魂といったいい加減な感情」(彼らが使っている意味では思想ですらないと僕は思う。)で黙殺してしまう。その反対意見を取り上げることで、教師自身を含めたクラス全体で「戦争とは何か」「民主主義とは何か」を考える格好のきっかけとなるところなのに…ただ幸いなことに、現代のこのメーン州の少女は、ネットやメールを通じて理解や共感を感じているたくさんの人びととつながっている。クラスではまったく相手にされなくても世界中で彼女の作文が読まれているのだ。教師や体制側の人間がいかに愚かでも、我々のほうで少しずつ世界を変えていけるのかもしれない。カタツムリの歩みのように、それは本当に少しずつかもしれないけれど、あきらめるには早すぎる…そんな気がするのだ。少女の反戦演説に世界中からメールで反響 http://www2.asahi.com/special/iraqattack/TKY200303270226.html「破壊されるのは私みたいな子供」 13歳米少女が反戦スピーチ http://www2.asahi.com/special/iraqattack/TKY200303270225.html
Apr 9, 2003
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「終わってみれば、この戦争は思ったよりもよい戦争だったと評価される…」とNewsweekのザガリア国際版編集長が言っている(3.26日付 Newsweek)戦争が始まって以来僕はこの言葉が頭から離れない。もちろんこの文章は、フセインの独裁政治が排除されることについて、単独行動にはしるブッシュ政権を批判的に述べた後に発せられているものなのだが、イラク戦争が思ったよりもいい戦争だった…それほど悪いものじゃないと人びとに思われるようになる…という発想はどこからくるのだろう。ディスクの前でコーヒーを片手にTVやネットで、戦場となっているイラクの情報を見ているザガリアには、想像力というものがないのだろうか。情報はあふれている、戦場の映像は24時間TVで流され、空爆の粉塵やイラク人の死体、米兵の携帯食料の様子まで報道されている。戦争がここまで身近に報道されたことはかつてないのかもしれない。湾岸戦争の時だって国連軍サイドのCNN映像しかなかったのに比べ、カタールのアルジャジージャの報道や各国のバクダット駐留のジャーナリストから様々な映像・ニュースが送られてくる。NewsWeekのザガリアだけではない。それらを毎日眺めている僕たちは、かえってその感覚に麻痺してしまい、どこか他人事のように感じてしまっているのではないか。プロ野球の戦力分析ではあるまいし、嬉々として戦況を解説している軍事評論家が嫌いだ。それを見ている自分にさえ自己嫌悪を感じる。実際にそこで人が死んでいるというのに、どこか楽しんでいるとしか思えない奴ら・・・この想像力の無さはどこに起因するのだろう。この戦争を独裁者フセインを排除するためには…という一言で片付けてしまっていい問題ではない。記者たちに誤爆の説明を求められた米国防省の女性報道官は、答えに詰まって「たとえ誤爆があったとしてもそれはフセインのせいだ」といって苛立ちをあらわに席を立った。テロ組織のアルカイダが何でもアメリカのせいだといっているのと、それは変わらない。それでも、誤爆に巻き込まれている市民の姿を前にして、「それほど悪い戦争じゃない」と言うつもりなのだろうか。アメリカの空爆で死んだ3人の幼い女の子たちの写真を見た。ひとつの棺に入れられた3人の幼い姉妹の姿をみても、ザガリアは「この戦争は思ったよりもよい戦争だった。それほど悪いものではない」というつもりなのだろうか。こういう想像力の欠如が一番恐ろしい、と僕は思う。アメリカ人を始め各国の人間が、戦争を中東の問題を、自分とは遠くはなれたものとして、他人事のようにとらえていることが、今度の戦争をより悲惨なものにしている。被害にあう人びとの気持ちを少しでも考えて見ることが必要だ。たとえば、9.11の連続テロに対して、「思ったよりもひどいものじゃなかった…」といったとしたら、アメリカ人はどう感じるだろう。阪神淡路大震災の被害者に向かって、「思ったよりもひどいものじゃなかった…」といわれたら我々はどう感じるだろう。イラク戦争と9.11テロや阪神大震災被害を一緒にするな、と言われてしまうかもしれないが、そこに住んでいる人々・・・日々の生活を営んでいる人々にとって同じだ。遠い砂漠の向こうの海から飛んでくる爆弾で命を落とすことは、天災よりもひどいと感じているに違いない。今、繁栄を極めているアメリカに一番欠けているのは、貧しい国々の人びとや世界に対する想像力だと僕は思う。CNNの大本営発表レベルのTVしか見ていないと、イラクの何人もの子どもたちの命よりも、たった一人の米兵捕虜の救出作戦が大事なことだと錯覚させられてしまう。イラクの子どもたちや赤ん坊の命も、捕虜となった19歳のアメリカ女性兵士の命も、同じように尊いはずだ。そんな簡単な道理さえも我々は見失ってしまおうとしているのだろうか。ニューズウイークのザガリアに聞いてみたい。バクダッドに戦車軍が入りこれから市街戦始まろうとしている。早く終わってくれと願うことしか出来ないけれども、フセインが捕まるか殺されるかして、戦争が終わったとしても、思ったよりもよい戦争だった、などとは言わせない。
Apr 7, 2003
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戦っているうちに敵に似てきてしまうことは、勝利といえるのだろうか アメリカの宗教社会学者ロバート・ベラーが第二次世界大戦の例をあげてこう言っている。「我々が勝ったとそんなにはっきりいえるだろうか。戦っているうちに、敵に似てしまったと言う意味で、我々も敗北したのではないか。戦争初期に米国はドイツによる民間人への無差別爆撃を非難したが、戦争後半には米国が史上最も残酷な民間人への爆撃を行っていた。ドイツやドレスデンや東京を空襲し、広島と長崎には原爆を落とした。いま米国は『テロとの戦争』をしているが、テロとの戦いでも我々は敵と似てきているようだ・・・敵に似てきてしまうということは我々は本当に勝ったといえるのだろうか。」今回もアメリカは、イラクのフセイン独裁体制を国民を非道に殺していると糾弾している。彼が持つという大量破壊兵器、生物化学兵器の脅威を喧伝することに懸命だ。たしかに、フセインとその一族に牛耳られているイラクという国はまともではない。北部クルド人に使ったという生物兵器(毒ガス)によって死んだ赤ん坊の写真を見たときは震えるくらいの怒りを感じた。青ざめた赤ん坊が毒ガスにやられて眠ったように横たわっている姿が今でも頭を離れない。フセインは排除しなければならないというアメリカの主張はもっともだと思う。しかし、その赤ん坊を殺した殺人兵器をフセインに渡したのはアメリカだ、ということも忘れてはならない。20年程前、イラクの大量破壊兵器、化学兵器開発に積極的に協力していたのは他ならないアメリカ合衆国だ。レーガン大統領が就任した年にイラクイラン戦争が起こった。当時イランと敵対していたアメリカはイラクのフセインに対して軍事情報の援助や経済援助を惜しまなかった。この時相当量の細菌類がイラクに輸入されたという。恐ろしいことに炭疽菌など生物化学兵器の技術もこの時アメリカからイラクに送られたのだ。フセインが武力を拡大して中東のヒットラーになっていくきっかけはアメリカが作っているのだということを忘れてはいけない。そして、その時レーガン大統領の特使としてバクダットを訪れ、フセインと固い握手を交わしていたのが、そう、あのラムズフェルド国務長官なのだ。そう考えると、国連でアメリカがイラクの大量破壊兵器・生物化学兵器の存在を必要なまでに主張し続けたのも肯ける。自分のところでフセインに売りつけているのだから、絶対に持っていると確信していたのだろう。この辺は、ソ連がアフガン侵攻をしたときに、アメリカが積極的にアフガンゲリラを支援してビンラディン等を育てた構造とよく似ている。ビンラディンもフセインも他ならないアメリカ自身が『怪物』に育て上げているのだ。自国民に大量破壊兵器を使ったフセインは確かにとんでもない独裁者だ。だけど、北部のクルド人を虐殺した生物化学兵器はメイド・イン・アメリカの大量破壊兵器なのだ。という事実をアメリカ人はもっと知るべきだ、と僕は思う。フセインの非道を非難しているアメリカがこの戦争では、劣化ウラン弾やクラスター爆弾を使っている。劣化ウラン弾は放出される放射能によって、戦争が終わった後々にまで一般市民に被害を及ぼす恐ろしい兵器だ。赤ん坊の奇形や障害をもたすこの人道上許されない武器(すでに核兵器だとする意見もある)を使うアメリカ…湾岸戦争の時もこの劣化ウラン弾が大量に使用された。その放射能被害はイラク国民だけでなく従軍していたアメリカ兵にもおよんでいるらしい。(かつて、ベトナム戦争のときベトコン(ゲリラ)を一掃する目的で大量の枯葉剤がジャングルにまかれた。その結果汚染された水を飲んだベトナムの女性たちがたくさんの奇形児や無脳症の赤ん坊を産んだ。体が繋がったまま生まれた双生児のベトちゃんドクちゃんなども枯葉剤の影響だ。しかし未だにアメリカは枯葉剤とこれらの被害の関係性が明らかでないと主張して自らの非を認めようとしていない……今回も米軍の広報官は同じような言い訳をしている。)またクラスター爆弾も別な意味で戦後まで被害を及ぼすひどい爆弾だ。これは親爆弾の中に数百個の子爆弾を詰め込んだ爆弾だ。親爆弾が爆発して放出された子爆弾がそれぞれに目標に近づき爆発するというものなのだか、ただでさえ殺傷力が強く非道な爆弾なのに、厄介なことに、この子爆弾が一定の割合で不発弾になってしまう。この不発弾はそのまま対人地雷になってしまうのだ。だからこのクラスター爆弾が落とされたあたりは一面あっという間に地雷原になってしまうらしい。対人地雷の非道さは、カンボジアでいやというほど証明されている。戦争が終わって何年もたっても未だにかつて埋められた地雷による被害が続いている。何年も前に終わった戦争のために、子どもたちが片足を吹っ飛ばされたり命を失っているのだ。今、アメリカはこれを大量にイラクの土地にばら撒こうとしている。この戦争はバクダットが陥落してフセイン政権が倒れアメリカが勝つだろう。だけど、フセインと同じようにイラク国民をこの先何年も苦しめるようなことをしているアメリカは本当に勝ったといえるのだろうか。敵に似てきてしまったアメリカは、本当に取り返しのつかない『大きな敗北』をしているのかもしれない。
Apr 3, 2003
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機雷除去イルカ脱走米英軍が制圧したイラク南部ウムカスルの港では、人道支援物資を積んだ船が入港する前に実施される機雷除去作業に、特殊訓練を受けたイルカが投入された。ロイダー通信によると、カリフォルニア州の米海軍サンディエゴ基地に所属するイルカ3、4頭がウムカスルに到着。潜水兵とチームを組み、生来備わった優秀なソナー機能を使って水中の機雷や不発弾などの爆発物を探知、その在りかを人間に教えるという。だが、機雷探知を開始してまもなく、このうち2頭のイルカが海に出たまま帰ってこなくなった。行方不明になった2頭のイルカに単独インタビューをしたCNMのピーター・アーネット記者によると、2頭のイルカは興奮した面持ちで、「国連決議を得ていないブッシュの戦争には参加したくない」 と語ったという。
Apr 1, 2003
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開戦してアメリカの世論は大統領支持率を上げた。でも、アメリカの戦争賛成派のインタビューを聞いていて不思議に思ったことがある。アメリカ人だから、大統領を支持する、アメリカ人だからアメリカを支持するという発言が多い。アメリカ人だからという理由で、その後の思考を放棄して大統領を支持するという考え方はおかしい。ブッシュ政権の政策を無条件に支持するという姿勢には反感すら覚える。大統領は選挙で選ばれたのであって国民が白紙委任状を渡しているわけではないはずだ。大統領のやることに何でも従うというのではそれは民主主義ではない。戦争反対を唱えるとまるで愛国者ではないような言われ方をしてしまう風潮も太平洋戦争当時の日本で盛んに言われた非国民という言葉に等しいような気がする。大統領に反対すると非国民なのか。そもそも自分の国を愛するということはどういうことだろう。少なくとも、国のやってきたこと、やろうとしていることは全て正しいと思い込むことではないはずだ。自分の祖国を愛するということは愛すべき国になるように努力することを言うのだと僕は思う。そのためには自国の都合のいいように解釈した歴史でなく、公平な歴史を学ぶことと、国際社会の中で協調と尊敬を勝ち得るような国になるために行動することか大切なのだ。悪党が最後に行き着く先は愛国者だといったのは劇作家のバーナード・ショーだ。アメリカのタカ派、新保守派のラムズフェルト国防長官の憎憎しげな顔を見るたびに、僕はこの言葉を思い出してしまう。「世論に従うと間違う事もある」と小泉首相は言った。世論の後押しと田中真紀子人気だけで首相になったくせに、よく言うよーと思う。国会でのこの発言の説明を求められた時、小泉首相は世論が誤る例として、日露戦争当時の戦争の状況や日本の国力について知らされていなかった当時の日本人のことをあげた。小村寿太郎の締結したポーツマス条約に反対して日比谷で焼き討ち事件を起こした人々(世論)ことだ。そう、世論が間違う事もあるだろう。だけど今回間違っているのはブッシュを支持しているアメリカの世論の方だとは考えないのだろうか。感情的に9.11の報復としか思えない戦争を支持しているアメリカ人の心情・・・戦争に反対したフランスを嫌ってフレンチフライをフリーダムフライと呼びかえる・・・各国政府の主権を無視してまで他国のイラク大使館の閉鎖・国外追放を要求するアメリカ政府・・・その幼稚さはどこか日比谷の焼き討ちをした群集に似ている気がするのは僕だけだろうか。
Mar 28, 2003
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戦時のニュースはプロパガンダに利用されることが多い。イラク側の放送は明らかに誇張とやらせだとわかるからいいものの、アメリカや日本の放送だって信用ならないものが多いと思う。どれが本当のことなのか我々は判断できないのが悔しい。今度の戦争にあたってアメリカ軍はかつてないほどの従軍記者を同行させているという。だがそれらが伝えてくる報道は真実を伝えているのだろうか。かつて湾岸戦争の時、戦火のクエートを脱出してきた女性が米議会で泣きながらイラク兵の残虐さを証言していた。保育器に入った赤ん坊までを虐殺している…としかし、これは後にクエート政府とアメリカの広告代理店が絡んだヤラセだったことがわかる。この女性も在米のクエート大使の娘だったし、まったくの狂言だった。真実が明らかになったころには湾岸戦争の大半は終わってしまっていた。またイラクによる原油垂れ流しによって油にまみれた海鳥の映像を各マスコミがこぞって流した。湾岸戦争の象徴ともいえる扱いを受けたこの油まみれの水鳥…あれは実際には湾岸とは全然関係ないところで撮影されていた映像だった。これではまるで北朝鮮のやらせTV番組と同じレベルではないか。難しいかもしれないが、何が本当なのか真実を見定める目を我々は養わなければならない。あまりにも瑣末な映像にとらわれていると大きな真実を誤りかねない気がする。それに戦争となるとマスコミ各社の報道の力の入れようも危なっかしい。特別枠で戦況を伝えるのは当然なのだろうけれど、中には高揚してしまって、はしゃいでいるとしか思えない記者やキャスターもいるようだ。瑣末なことだけにこだわった、報道とドッキリカメラを混同しているような局もある気がする。(どことは言わないがフジ系列…)これはTVゲームじゃない、あの爆撃の映像の下で血を流しているバクダット市民…子どもたちが死んでいるんだということを胸にかみ締めて報道してほしい。
Mar 26, 2003
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バクダットの空爆が激しくなった。9.11のようなテロを防ぐ為にこの戦争は本当に必要なのか。今アメリカに対する怨嗟の嵐がアラブ諸国だけでなく世界各国に蔓延している。圧倒的な武力を持った国がその力だけを背景に自分の主張をごり押ししている姿に恐怖を感じるのは僕だけでないはずだ。自分たちの考えは正しい。だからお前たちも私たちに従うべきだ。という考え方は行き着くところ暴力を生む。その構造はアルカイダもアメリカも同じだ。米を除く先進国10カ国の防衛費を合わせたよりも多い武力を一国で持つアメリカは、どこへ行こうとしているのだろうか。フセイン政権は今回の戦争で確実につぶされるだろう。だけど、それでアメリカは本当に勝ったと言えるのか、テロの脅威が減少して取り除かれるのか。アメリカに対する恨みはこの戦争でかえって増幅されるだろう。バクダットで空爆の下にさらされている子どもたちに刻まれる新たなアメリカへの憎悪を考えると、バクダットに投下された爆弾の数よりも大きく、後のアメリカへの脅威になるのだ。10年後20年後新たなアルカイダがうまれ、新たなテロ自爆志願者がでてくるに違いない。今回の戦争でフセイン政権に代わって親米の政権ができたとしても、アメリカがそれに伴う石油の利権を得たとしても、これらの未来のテロを生み出すリスクを考えたら大損になるはずだ。ブッシュ政権の首脳部は石油の利権にまみれているという・・・彼らは一時の利益を得られるかもしれないが、テロの脅威はブッシュやラムズフェルトが死んだ後も続く。イギリスとIRAの血を血で洗うような抗争をみるまでもなく、過去の植民地支配や他国への侵略という歴史上の誤りが、その後何十年何百年ものウンザリするような爆弾テロや抗争を生む。その負の遺産に苦しむのは未来の国民なのだ。未来の子どもたちの血が流される・・・20年後30年後、いや50年後の若者の血が流される事に、ラムズフェルトやブッシュはどう責任をとるつもりなのか。アメリカの話だけではない、そんな国に率先して支持を表明している小泉政権を抱えている日本とて、例外ではいられないだろう。
Mar 23, 2003
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アメリカが国連決議を得ないで戦争をはじめようとしている。ブッシュも愚かな事をするものだ。いったい米国は何のために戦争を始めようとしているのか。9.11の報復がまだ続いているのだろうか、新たなテロを起こさない為と言うにはあまりにも短絡過ぎる。専制国家イラクを民主化するためか。確かにフセインはとんでもない独裁者だけれど、無辜の市民を巻き込んでまで戦争をして排除する必要が今あるのだろうか。イスラム社会では今でも議会を停止している専制国家は数多い。親米的な専制国家に対してはアメリカはその石油利権を守る為に、ひと言も民主化などといってはいないではないか。かつてイランでパーレビ国王がひどい専制をしていたことがあった。パーレビがゲシュタポまがいの秘密警察でその政権を維持していたのを全面的に支援していたのはアメリカだ。チェコのチャウシェスクよりもひどい国家をCIAを使って陰日なたからバックアップしてた。ホメイニ師によるイラン革命がおきる前、そのCIAが何回も民主革命を影で叩き潰していたのだ。イラン革命当時、こういうことを日本のマスコミは全然言っていなかった。アメリカ大使館を占拠するイランに対して、何でそんなにアメリカを敵視しているのか疑問に思ったものだ。そんなアメリカがフセインを排除する民主主義の宣教師のような主張をしている。ふざけるな、とイスラム各国の人たちは思っているに違いない。国連決議を何年も無視し続けたフセインは確かに悪い。だけど、占領地区を不当に占拠し続けて国連決議を無視し続けているイスラエルはどうなのか、その事を一つも問題視さえしないアメリカの正義の程度を疑ってしまう。
Mar 20, 2003
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先日、話題のマイケルのインタビュー番組を見てしまった。イギリスの番組とそれを控訴したマイケルサイドの番組まで・・・じっくり見たわけじゃないけど、児童虐待疑惑や整形疑惑?なんてあんまり興味ない。マイケルの顔がだんだん人類じゃなくなっていってしまうような気がして少し恐いけどね。ただ、このマイケルっていう奴は、単に変わった変人(2重表記だよ、これ。変わってない変人なんていない)なんだろうなと思った。そして、たぶん彼はあんまり幸福じゃないのだろう。有り余るほどのお金があっても、ジョービジネス界では成功したかもしれないけれど、今のマイケルはけっして幸せそうには思えない。だからかもしれないけど、見ているのがツライ番組だった。全盛期のそれこそ世界を席捲していた頃(スリラーあたり)のマイケルを知っているだけに、見ていて可哀想でしょうがなかった。実は私(ころすけポー)はマイケルと同じ誕生日だったりする。年は違うけど・・・昔は「俺、マイケルと同じ誕生日なんだぜー」とよく言っていたけれど、今じゃ、痛くてそんなことおくびにも出せない。その昔、マイケルがまだソロになってすぐの頃(ビート・イットでブレイクする前)、日本のスクーターのCMに出ていたことがある。まだ黒人顔の鼻の丸いマイケルが、「スズキィー!」と言っていた。あの頃が一番良かったのかもしれないな。左手の甲を指二本で叩いて、「バブルス、ノー!」「バブルス、ノー!」と懐かしいギャグを言っていたら、家の子ども(3歳)がマネをしはじめた。親(僕のことです)に向って、「バブルス、ノー!」「バブルス、ノー!」と言っている。俺はチンパンジーじゃないぞー。
Mar 13, 2003
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ターミネイター2、さっきTVでやっていました。映画館でもビデオでも何回も見ているのに、つい見てしまった。相変わらずシュワちゃんは乱暴なんだから・・・でも、このターミネイターの話少しおかしくないか。<素朴な疑問その1>未来を変えた時点でターミネイターも生まれないわけで、その時点でシュワちゃんも消えてしまうはずだ。前作で未来から送られてきた男の子の父親も過去にやってくる理由がなくなるので、この男の子は生まれていないはずでは・・・。<素朴な疑問その2>人間であるリンダ・ハミルトンが前作にくらべて年を取っているのは当然だけど、何故だかロボットのターミネイター(シュワちゃん)までが年を取っているのはおかしい・・・。この夏公開のターミネイター3の予告もやっていたけど、さらにこのターミネイターがふけ顔になってしまっている・・・なんでロボットが年を取るんだよー。<素朴な疑問その3>液体窒素を浴びて粉々になったターミネイター(ポリスタイプ)、粉々になった時に、10くらいの破片に分けておくと、小さな小人ターミネイターが10人再生されるのだろうか。(それはそれで可愛いかもしれない・・・)<素朴な疑問その4>第一作では、人間に敵対する機械が未来の指導者ジョンの母親を殺しにきた話だった。何で今回は本人なんだろう。事情を何にもわかっていない、母親の母親とか、ずーっと前の先祖のひとりを殺してしまったら、問題は簡単に解決するのに・・・未来のコンピュータはそんなこともわからないくらいアホなのだろうか・・・
Feb 22, 2003
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ちょっと古いネタだけど、NHKの武蔵やっている俳優さん、隠し子がいたとか・・・歌舞伎の世界って、こういうの多いよね。もともとこの手の伝統芸能っていうのは、有名な役者が本妻だけでなく今でいう2号3号とかのお妾さん達に子供をバンバン生ませて、その中で筋の良さそうのを後継ぎに襲名させて伝統を守ってきたものだから、今さら現代の一夫一婦制を守るようにしたら、競争原理が働くなる分、たぶんその伝統芸は廃れていってしまうんだろうなぁ。それにしても、今回の隠し子騒動は笑ってしまった。NHKも大河ドラマがスタートしたばかりだというのに・・・おーい、武蔵ィー、そんなことをしているヒマがあったら剣の修行をしろー!さらにこの俳優に「オカマ疑惑?」なんかが出てくるともっと面白いだろうなぁー。隠し子がいる上にオカマ?・・・やっぱり、武蔵は二刀流だったかぁ・・・というオチなんだけど・・・。
Feb 17, 2003
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自分へのご褒美20代女性が、ルイビトンのバックなど海外高級ブランドを持つ理由だそうな。先日の朝日新聞にこの記事が出ていた。(セゾン総合研究所調査)それによると、購買理由に「自分へのご褒美」をあげる20代女性が最も多いということだ。なんだか、嫌な言葉だな。この自分へのご褒美というのは…以前はやった(今でも恥ずかしげもなく使っている企業も多いが)「地球にやさしい」というフレーズと似通ったところがあるような気がする。さんざん、言われてるけど、この「地球にやさしい」というのはいい加減な言葉だ。「地球にやさしいダム開発」「地球にやさしい環境破壊」「地球にやさしい産業廃棄物放置」…となんでも使われてしまうところが、この言葉のいい加減なところだ。それと同じように、「自分へのご褒美」という言葉にもなんだかご都合主義のような気がする。まあごまかしているのが自分自身だからまだ害はないけど…「自分へのご褒美」があるんだったら、だらだらと怠惰に生きている、オメーラ(20代の女性の方)「自分への厳罰」というのがあってもいいんじゃないか。無給の奉仕活動をするとか、人が嫌がることを進んでするとか、「自分への厳罰」もちゃんとやってんだろーな、おい。などと思ってしまった。
Feb 15, 2003
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ウッッ…さぶいっ…♪~北風吹きぬくぅー寒いー朝もー、心ひとつで暖かく…暖かくならんわい!うーぅさぶいっ!本当に今年の冬は寒いですね。全国的に冷え込んで、先週なんか九州や四国で雪だって言うんだから…そこで、一句。冬の朝 犬のうんちの 温みかな選評:作者は凍えそうな冬の寒い朝、おそらくまだ暗いうちに愛犬の散歩に出かけているのだろう。そんな指先も凍えそうな中で、ビニール袋を通して拾ったウンチだけが暖かく湯気を立てている。薄暗い夜明け前に、愛犬と作者と拾ったウンチ、この3身が一体となったような、しみじみとした冬の句である。 (だからなんだ、と言われると困りますが・・・)
Feb 4, 2003
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TVのコメンテーターと言われている人々が嫌いです。いつの頃からかTV局はこぞって有名人やタレントにコメントを、もとめるようになったのだろう。誰がこれらのタレントの人たちのコメント(なんぞ)を聞きたいのだろう、と考えてしまった。たとえば、土日あたりの午前中にやっている週間TV ニュースのような番組、たとえば、「関口宏の知ったかぶり…もとい、知ってるつもり」のような民放ドキュメント番組・・・みんなコメンテーターと称する人たちが出てきて、つまらない感想を述べたりしている。そう、そんな番組で出てくるコメントは、屁のような感想でしかないのがほとんどだ。誰がお前の意見なんか聞きたいかぁーと怒り心頭の視聴者は僕だけなのでしょうか。繰り返すけど、誰がこれらの人たちのコメントと称する幼稚な感想を聞きたいのでしょう。マスコミが世論をコントロールしようとしているのかとも思えてきてしまう。有名人の人の井戸端会議のようなコメントが、視聴者の一人一人に対して、さも自分の意見のように錯覚を起こさせる。TV番組やニュースを見ても独自な意見を持たせないようにするための、政府とマスコミサイドの陰謀かもしれない。(もちろん冗談だけど)あるいは、幼稚なコメンテーターが出ていることで、それらの人たちと一緒になってTVを見ているような錯覚が視聴者を安心させているのだろうか。子どもの頃、あんまりTVばかり見ているとバカになってしまうよ。とよく言われた。もうすでにその兆候は現れているけれど、自分の意見だけは独自に持っていたいと思う。だから、関口宏の知ったかぶり…じゃない「知ってるつもり」を見るときは、ビデオを撮って見るようにしていた。もちろんコメントはで早送りで飛ばして見る(CMと同じ扱いだ)そんなにしてまで観なくてもと思うが、取り上げる人物や映像によっては見ておきたいものがあったりして・・・でも、最近は見てないなぁ、この番組終わっちゃったのかな。(とっくに終わっているよね。でも類似番組が多いから気がつかなかったよ。)
Jan 28, 2003
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日テレで昨日(一昨日か)やってましたね。思わず観てしまいました。千と千尋の神隠し。宮崎作品だしもう見ているので、面白い映画だし映像もすごい事はわかっていたのですが、ひどかったねぇー日テレのこのTV初放映という宣伝の仕方・・・視聴率40%をめざすだとぉ~なにもTVではじめて放映するって言う話だけでしょ、ビデオレンタルもあることだし、見たければビデオかDVDを借りてくればいいじゃないか。そんなネタで局を挙げての「盛り上げよう、盛り上げよう」という姿勢にゲンナリしてしまった。宮崎映画は僕も大好きだし、優れたものだと思いますよ、ホント。だけど、くどかったぁーなぁー福留アナ。みんなですばらしい、宮崎作品最高ーと連呼しているので、見る前から白けてしまった視聴者は僕だけじゃないはずだ。日テレは視聴者をなめているのか。責任者出て来ーい!(本当に出てきたら逃げるけど・・・)CMが多かったけど本編はよかった。何回見ても新しい発見があるし・・・それだけに今回の日テレのはしゃぎぶりはお粗末だったぜい。関係ないけど、「顔なし」は坂口厚生大臣に似ている。
Jan 25, 2003
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よく新聞のTV欄の隅に読者の投稿が載っています。僕はこの投稿が前から不思議でしょうがなかった。こういうところに投稿している人はいったいどうゆう人なんだろう?「先週の『渡る世間の鬼嫁がどうしたこうした』という番組の橋田某のこの発言はけしからん。そんな鬼嫁はいない云々・・・東京都 暇田幸太郎64歳無職」そんなにその番組が嫌いなら見なければいいのに・・・と思ってしまうのですが・・・テレビに対する一番の批判はスイッチを消すことだ、と、かのショーペンハウエルも言っている(わけないかぁー)というふうに長いこと思っていたけれども、TVに対する不満批評悪口罵詈雑言は、もっともっと視聴者が言ってもいいのだと最近思うようになりました。まだまだいい足りないくらいだと思います。なぜなら、視聴者は受信料を払っているのだから、当然の権利として主張してもいいのだと思うのです。受信料はNHKだけと思っているあなた、違うのですよ。民放にも我々は、知らないうちに払っているのです。民放は広告費で成り立っていますが、CM費用分を上乗せされた商品を買うことで、我々消費者は民放にもしっかりと受信料を取られているのです。(ちょっと前の文春に、こういう趣旨での民放の批判が連載されていました。)さあ、みなさん、声を大にして俗悪番組をやめさせましょう!と、ここまで書いてきて、自分が見ているのは、俗悪番組といわれているもののほうが多い ということに気がついてしまった。というよりも、見ている番組はそのほとんどが俗悪番組だ・・・うーん、でも、2チャンネルの番組実況を見ながら『ガチンコ』を見るのは、それなりに楽しいし・・・
Jan 20, 2003
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クイズ$ミリオネアこの番組の、みのもんたは、ひっぱる、ひっぱる…引っ張りすぎだ。。解答者がファイナルアンサーと言ってからが長すぎるぞ。CM跨ぎは当たり前のようにやってるし・・・先日、再放送の芸能人大会を見てたけど、70歳以上の解答者に、あんまり長く引っ張るのは考えものだ。正解を聞く前に、逝ってしまう解答者が出てくるぞ。(そんなことはないかぁー)
Jan 19, 2003
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ラブラドール(4歳)を飼っているのですが、この犬がなかなか言う事を聞かない。小さいころからヤンチャ坊主で、ほんとに何回も引っ張られて転ばされています。ガタイがデカイから・・・散歩仲間からは、2歳になったら落ち着くよ。とか、3歳になったら・・・といわれていたのですが、この1月で4歳になってしまいました。言う事を行くのはエサの時と大好きなオモチャを見せた時だけ・・・トホホ・・・
Jan 13, 2003
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