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2018.11.04
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カテゴリ: 寺社
​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​  あまり延ばしていると連れ合いが可哀そうなので、今日は続きです。
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 第一京浜を信号のあるところまで回らされて目黒川に戻ってきました。上を横切っている高架は京急本線で、ちょうど新馬場駅……私には無縁の駅名
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 さすがに写真じゃ分かりませんが、私の目にはどう見ても緩やかに逆流しているように映りました。満潮の影響かしらね~
 ちなみに満潮(みちしお)という日本海軍の駆逐艦があったようで、フィリピン・レイテ島近くの海に眠っているそうです。

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 なぜか私を呼んでいました……
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 小さな山門発見!!!……「自覚山■■■」……■は達筆で私には読めません。東海寺も本光寺もパスしてきたのですが、「どうぞ、お寄り下さい」と声が聞こえたような気がしたので寄り道です。
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​​  自覚山松陽院海徳寺 ……日蓮宗の寺院​……立派な本堂です。
 大永2年(1522年)鳥海和泉守(とりうみいずみのかみ)が出家して自宅を寺としたそうです。現在の本堂は江戸時代中期・寛延4年(1751年)の完成で、区内でも指折り古い建物のようです。​この辺りは埋め立て地だと思っていましたが、江戸の時代には海ではなかったみたいです。

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 左から、水子地蔵・中央不明・誠和地蔵みたいです。
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​  五百五十御達忌報恩塔 ……
 実は、境内にもっと有名な物があったみたいです。
 長谷川昴氏という著名な彫刻家の「天上天下唯我独尊の釈迦生誕像」と、
 今一つ、14歳で亡くなった少年のお墓……「ホームラン地蔵」と呼ばれているらしく、右手にバット、左手にボールをもった可愛らしいお地蔵さんだと。
 新人の頃知り合った心臓病の少年に「ホームラン王」になると約束した​
王貞治選手……残念ながら少年は亡くなってしまったが、王さんは記録達成ごとに少年の墓に参ってきたと言う。
 なんとも王さんの人柄を感じさせる逸話であります。知らないで寄ったのだから仕方がありませんが、どうりで呼んでたわけです。基本的に墓地には立ち入らない私ですが、もっとちゃんと拝見しなくちゃダメでした。

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​  軍艦千歳殉難者之碑 ……​明治39年(1906年)品川沖に停泊していた軍艦・千歳に渡る乗組員を乗せた船が転覆し、83名が死亡。町人らによる遭難救助の甲斐なく亡くなった方々の遺体が、ここ海徳寺に安置・供養されたそうです。写真の碑は、13回忌(大正8年)に建てられたようです。
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 傍らに置かれていましたが、大砲でしょうか? 軍艦千歳の物ではないでしょうが……ちなみに、「千歳」は鶴は千年・亀は万年の言い伝えから縁起をかついで命名されたのでしょうが、満潮同様に駆逐艦も軍艦も必要としない世界であってほしいものです。
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 説明書きが見当たりませんでしたが、石碑がたくさんありました。


 とても静かな寺院でした。江戸時代の町民も詣でたと思うと感慨深いものがあります。ちなみに地図を見ながら独り反省会をしていて気付きましたが、ここから南・青物横丁方面にかけてたくさんの寺が連なっていました。妙蓮寺・蓮長寺・本禜寺・心海寺・常光寺・願行寺・長徳寺・鳳凰山天妙国寺・真了寺・真宗極楽寺・品川寺・海雲寺……足が元気だったら、そして天気がよかったら寺院巡りをしてみましょう。


​  海徳寺山門 ……こちらが正門でした。いつも裏口から失礼する私です。
 後に載せますが(たぶん第6話)、この位置から後方40~50m程に東海道品川宿があったみたいです。

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​  鎮守橋 ……​海徳寺を後にして目黒川にもどるとありました。
 赤い橋の傍には神社があるんですよね~ 「向こう岸だし、時間も少なくなっちゃうしな~」と思いながらも、なぜかここでも後ろ髪を引かれた私……

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​  荏原神社 ……​赤い鎮守橋を渡ってしまった私です。社号碑には「郷社」の文字も刻まれています。
 この神社は往古より[貴船社]・[天王社]・[貴布禰大明神]・[品川大明神]と称されていたのを、明治8年に「荏原神社」と改称。旧荏原郡=(品川・大田・目黒・世田谷)の中で一番由緒のある神社だったため、荏原郡の名を冠にしたそうです。いずれにしても貴船社などと称していた頃は、もっと海が近くにあったのでしょう。

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 立派な鳥居です。
 ここは通称「南の天王さん」として親しまれ品川の南を鎮守したそうです。ちなみに北担当の「北の天王さん」は「品川神社」とのこと。


 拝殿は、和銅2年(709年)に大和国(奈良県)「丹生川上神社」から高龗神(龍神)を勧請(かんじょう)して創建……と書かれていました。
 現在の社殿は弘化元年(1844年)のもので、今年で174年にもなるんですね。
古い古い遠い遠いむかし話のようです。
 独り反省会で発見したのですが、拝殿の屋根から顔をのぞかせる二頭の龍がすばらしいです。知らずに行っている私のダメさ加減にがっかりです。

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​  恵比寿さん ……東海七福神のお一つ……会えてよかった~​
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​  神楽殿 も結構古そうです。
 荏原神社の三大祭の一つに「荏原天王祭~かっぱ祭り」っていうのがあるそうで、御神面を神輿につけての海中渡御(とぎょ)が行われるって。現在では都内で唯一らしいです。神輿をかついで海に入るんでしょうが、6月だからまだ水は冷たいだろうね~ 心臓麻痺などないように願っています……あぁ、神様が守って下さいますよね~ 要らぬ心配でした……​

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 無造作に置かれていましたが、たぶん以前の橋の欄干でしょう。


 向こう側を歩けばよかったのに、またなぜかわざわざ渡ってしまった私です。鎮守橋と鎮守様の良き景色でした。
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​  品川橋 ……​ここの欄干だけ特徴的な形をしていました。私の後ろが東海道品川宿……そちら向きの写真は第6話に掲載予定です。造りかえられているのは当たり前ですが、東海道を旅する人たちはここを渡ったのでしょう。


 品川橋から海方面の眺め……目の前の橋は「新品川橋」……昔はなかったでしょうし、ひょっとしたら海だったのかもしれません。
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 新品川橋の下をくぐろうと思ったら、右手建物に気付いた私……
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 でもって回り込んでみたらありました……東司!!……新品川橋公衆便所……私の道中はまだ長いし、比較的綺麗だったのでお借りしました。
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 新品川橋を過ぎるとこんな感じ……とってもいいね~


 と感心しながら歩いていたら「行き止り???」……「 目の前は 海岸通りなのに~」……よくあることですが、はてさてどうなったことやら? 続きは次回に持ち越しです。申し訳ありません。

 蛇足ながら、コロラドがドトールに変わったことを連れ合いは知っていたそうです。
駅にはドトールが2軒も3軒もあるので1軒しかなかったコロラドと言えば場所を特定できるため、あえてコロラドと言っているようです。
 珈琲農園なる名称はうろ覚えらしかったですが「2号店なんですってよ~」と誇らしそう……義母のリクエストで何回かお供をしたことは聞いていましたが、「なーんだぁ」と少々悔しい私ですが、駅周辺も私より詳しい連れ合いであります。
 ダイエーがイオンに変わって久しいですが、未だに「ダイエー行ってきます」で通じますし、その方が理解しやすいかもしれません。連れ合いへの疑念を晴らしておく次第です。

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Last updated  2021.01.15 14:33:52
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