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柴川林也@ Re:中目黒八幡神社…(09/23) 堀畑裕也柴川林也
2019.01.28
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カテゴリ: 寺社
​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​  1月24日……岡本から砧公園を抜けて用賀駅に着いた私…
「246を越えて、駒沢通りで帰ろうか?」と思ったのですが、「もうちょっとファイト!」って声が聞こえたので、少々遠回りを選択……

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​  無量寺山門 ……遠回りを選択して歩きはじめたらすぐにありました。きっとこの寺が私を呼んでいたのでしょう。​
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 門前にありました。後で気付くのですが、この石碑は世田谷区が作ったものかもしれません。同寺は世田谷三十三ヶ所観音霊場の22番札所だそうです。
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​  山門左側 ……拝見してわかりましたが、無量寺にはたくさんのお地蔵さんや石碑がありました。​


​  十一面観世音菩薩 ……と彫られているのでしょうか? 同寺の通称は用賀観音と呼ばれるそうです。​


 ​ 左のお地蔵さん ……こちらが一番大きかったかしら…​
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​  山門右のお地蔵さん ……​台座に「三界萬霊」とあります。右の石碑には「馬頭観音」と彫られていましたが、像はなくなったのかしら?
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 ​ 山門扁額 ……​崇鎮山(すいちんさん)と読むみたいです。


 山門をくぐると右にありました……「南無阿弥陀仏」の石碑
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 境内に進むと、中央にものすごく大きなイチョウの木……保存樹木であっても不思議ではないのですが、プレートはありませんでした。 ​​


 趣のある本堂です……『芝の西応寺の末寺…』と境内にある世田谷区教委の看板に書かれていました。
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 ​ 本 堂 ……浄土宗で、本尊は阿弥陀如来……​


​  本堂の扁額 ……昭和36年4月のものみたいです……連れ合いはまだ生まれていません。​


​  観音堂 ……本堂の左につながっていました。​『天正年間 (1573~1592年)に品川の浜で漁師の網に揚げられ、用賀の住人高橋六衛門尉直住が観音様のお告げにより当寺に納めたものと言い伝えられている観音像が安置されおり、12年に1回牛の年に御開帳が行われる。 』と、やはり区教委の説明書きにありました。牛の年はもう少し……頑張って見てみたいものです。
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 ​ 観音堂の扁額 ……「大悲殿」と読むのかしら? 大きな悲しみはいやだけど、悲しみを観音様が引き受けてくれるのでしょう。


 観音堂の左にありました。無縁仏の供養でしょうか? 右の石碑は6面のお地蔵さんになっています。
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​  事務所 ……​ピンクが目に映ったので近づいてみたら…
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​  紅 梅 ……ここでも咲き始めていました。​


 ​ 手水舎から見る境内社 ……​


 まだ現役なのでしょう……竹垣の後ろが墓地なので、みなさんこのポンプで水をくむことと思います。


 ほんとうに立派な銀杏でした。竹も含めて、樹木の境内配置もよくよく計算されているようです。


 ​ 草木供養之碑 ……快適さと利便性を求める​都市開発により失われていく草木……地球温暖化へと繋がって行くことへのアンチテーゼ? ではないでしょうね…
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 石造りの境内社……
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 月並みではありますが、なぜか心に沁みます……


 ​ 石庭風 ……山門手前右​……さまざまな変化を楽しませていただきました。


 手入れの行き届いたお寺でした。ありがとうございました……


 無量寺を後にして、桜新町方向に歩いたら用賀3丁目14あたりの、なんでもない道端にありました。「水道みち」なんて名称は初めて知りました。無量寺にあったものと作りがそっくりです。
 ちなみに「用水みち」ではないので、水道が始まったばかりのころに水道管を通した道なのかもしれません。しかし、こんなのを撮っているのは私ぐらいでしょうね……



 用賀3丁目1あたりにあり、お顔のツルツルなお地蔵さんが納められていました。洋服着せてもらっていたので寒くはないことでしょう。


​ 修理工場らしきにお尻が見えました。古い ランボルギーニ・エスパーダ かしら? リアはトランク……っていうことはフロントエンジンだったんですね。たぶん12気筒だったでしょうから、前が重すぎたんじゃないの?……でも、古き良き名車を現在も動かしているのはとても素晴らしいです。​
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​  サザエさん通り入口 ……進行方向右です。​そちらへ行けば日体大に出られるのは知っていたのですが……


 ​ 桜神宮鳥居 ……頑張って直進したらありました……やっぱり呼んでいたみたいです。​鳥居の上までおさめたかったのですが歩道が狭くてだめでした。


​  桜神宮本殿 ……​ ​明治16年神田に創建された後、大正8年に「西の方角に直ちに移転せよ」との神託により現在地に移転されたそうです。


​  手水舎 ……​鳥居をくぐってすぐ右にあります。作法がちゃんと書かれているのですが「ひしゃくに直接口をつけないで下さい」ですって……口を付ける人、私は見たことがあります。


​  ピンクのリボン ……社殿前の桜の木かなにかにたくさん結ばれていました。​


 社殿脇から……行かれたので行ってみた私……


 後ろが神殿でしょう……ご神体は「御鏡」だそうで、明治初期に伊勢神宮・祭主久邇宮朝彦親王(くにのみやあさひこしんのう)が信任を寄せる芳村正乗に御親ら分霊され授けたもの、と書かれていました。
 (分霊)  御鏡もそのままでは、ただの鏡。祭神の分け御霊をお納めして初めてご神体とのことです。 ​​


 分霊されたご神体を授かったので「 世田谷のお伊勢さん」と言われるのですね……納得しました。


 ​ 境内社 ……野外神事斎場らしいです。新車のお祓いなど、こちらでされるのでしょう。​

 今日の分には忘れ物はありませんでしたが、面倒なのでタイトルヘッドはそのままとしました。歩くとさまざまな物が目に入ってきます。独り反省会もちょっとしんどいですが、また次の散歩を考えましょう。

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Last updated  2021.05.10 17:43:54
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