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2019.03.19
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カテゴリ: 寺社
​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​  3月8日、海晏寺・海雲寺と品川寺を後にして……


 池上通りを渡りました。とても懐かしい風情だったのでパチリ……
​降る雪や昭和は遠くなりにけり (中村草田男)​



​  あおよこ通り ……とでも呼ばれるのでしょうか?​ 大井町駅から仙台坂を下って海へと向かう道です。
 馬込や千束あたりからも野菜を運び、
江戸時代から 大きな八百屋が軒を並べ大いににぎわったという風情は今はありません。


 横丁を入ると……


 あまり寺っぽくはありませんが……


 ​ 真宗極楽寺 ……ですって…​


 今度は大きそう……
​​

 ​ 真了寺 ……かわった山門です。​


 ​ 像さんらしきがお出迎え ……左は象牙がありません…​


​  光照山真了寺 ……延宝元年(1673年)、次に訪問した天妙国寺の塔頭として創建された日蓮宗のお寺とのこと。​菩薩様らしきが光っていました。


 本堂右は会館風……


 ​ 境内のはじに石塔 ……塀の後ろは諏訪神社だと反省会で知りましたが、写真を撮って気付かなかった情けない私です。当寺は諏訪大明神の別当を兼ねたとも知りましたし、郷土有形文化遺産の力石もおそらくそちらにあったのでしょう。​ちょっと悔しい…… ​​
​​

 どなたかのお墓みたいです……


 本堂は高い所にあります。
 ちなみに、同所にある真了寺付属城南ペット霊園のHPはきちんとありました。人よりペットに力を入れていらっしゃるのかしら?

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 裏通りを右左右左に歩いてやってきました。
​​

​  鳳凰山 天妙国寺参道 ……​​


​  しながわ百景 ……なんで墓地なのかしら?​
『浪花節中興の祖 桃中軒雲右衛門(1837~1916年)、剣の達人 伊藤一刀斎(?一説に1560~1628年)等のお墓がある』と、しながわ観光協会のHPには書かれていましたが……この方たちを私は存じません。

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 ​ ​山 門​ ……古くからのものではなさそうです…建て替えたみたいですね。


​  山門扁額 ……縦書きで緑は珍しいです。​


 ​ 境 内 ……結構広くてゆったり​


 駐車スペースみたいですが、1台も停まっていませんでした。


​ 天妙国寺 堂​ ……​弘安8年(1285年)、日蓮大聖人の直弟子の天目上人によって創建されたとのことで、寺所蔵の『御三代成之覚』には初代徳川家康が1回、二代秀忠が2回、三代家光が44回の宿泊が記録されているそうです。顕本法華宗とのことですが、日蓮宗・法華宗諸派の集約や分離の末に落ち着いたのでしょうかしら。
​​

 彫刻も見事でした。


 囲みの向こうは庭園らしいのですが、門は閉まっていました。土日だけ公開されているらしいです。
 木の脇にある石碑には『遠州流 元祖松本斎一得師』と書かれています。松本斎一得(ほんしょうさいいっとく)とは、
江戸時代中期-後期の華道家。江戸浅草常林寺の住職。枝をたわめる技術に工夫をこらして浅草遠州流をおこした。享保3年生まれ-文政3年1月1日死亡。 (1718~1820年)なんと103歳だったと……出典:デジタル版日本人名大辞典+Plus


 日蓮上人や日什(にちじゅう)の文があるようです。日什=南北朝時代の日蓮宗の僧で、顕本法華宗の開祖。
​​ ​​

​  鐘 楼 ……訪問した時にはなかったのに、車がやってきました。​


​  五重塔礎石 ……​五重塔には1本の心柱と16本の柱があり、それぞれが礎石の上に乗っていたと……そうすると、こんな石が17個はあったことになります。中央の一番大きな石が心礎(しんそ)と言い、心柱を支えていたと考えられるようです。


 五重塔のあった正確な場所は不明なんですって……
​​

 天妙国寺を後にします。


​  品川宿場通り南会 ……北に向かいます。​昔の品川宿だったあたりですが、 向かって 右側は海だったから 寺社は左側にあります。それにしても林立する数の多さには改めて驚きました。
 続きはまた次回です……

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Last updated  2021.05.12 17:12:43
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