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去る24日、東京国際フォーラムで開催された就職フェアに行って来ました。いくつかの企業様お訪問させていただきました。見ると結構求人はあるのですがいかんせん、技術系・IT系となりますと全くの門外漢、仮にまだ20代であれば、全くの未経験業種の、学生時代の専攻とは畑違いの世界へ飛び込むにも躊躇することはなくまた採用側も受け入れてくれたではありましょうが、このトシ(46歳)となると…新分野・未経験分野に対しての吸収力はどうしても若者に劣ります。また企業側も即戦力を求めます。せめて前職経験の活かせそうなところ…といろいろあたっては見ましたが、今度は年齢制限に引っかかったりでなかなか見つかりません。そんな中であるブースから声をかけられました。何でもコンピューターの専門学校でJAVAによるプログラミングを一から教えてくれるとのこと。結構中高年で入学し技能を身につけ活躍している人が多いとのことでした。己のスキルアップで就職戦線を有利にする、ましてIT技術者は引く手あまた、恒常的な人材不足は深刻でチャット仲間のシステムエンジニア達はみな疲労気味です。さて、パソコンやプログラム、ネットワークに対しての興味や関心はそれなりにあるのですが、知識となると皆無も同然な私。そんな私でもプログラムが書けたりシステムの修復ができるようになるのであれば?挑戦してみる価値はありましょう。しかしそこには最大のネックが待ち構えています。それは…そう、授業料なんと95万円!世間様にははした金かどうか存じませんが、また、この金額がはした金に過ぎない立場の方もおられましょうが、少なくとも今の私には目もくらむような大金であり、おいそれと右から左へ出せるような金額ではありません。低額ローンで低負担との案内もありましたが、正直二の足踏んでいます(^^);回答期限は今週土曜日(12月2日)、さてどうしたものでしょう?やっぱり画像なしは寂しいのでまたまた赤谷湖の画像です。
2006年11月27日
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さて、ご心配いただいたパソコンですが、ショップで話を聞いたところトラブルの原因がわかりました。ショップが気を利かせてインストールしてくれていたセキュリティソフトがあるにもかかわらず、以前から使っていたセキュリティーソフトをインストールしたためお互いが喧嘩してしまったためとのことでした。(それならそうと言ってよ>ショップの店長さんよぉ~)(;д;)(;_;)え?そんなことも知らなかったオマエが悪い?はい、反論できません…さて、これでやっと何とか動くようになった新マシンですが、今度は在来マシンがやばいことになってしまいました…画像がないのはやっぱり寂しいので、10月22日の撮影行の帰途撮影しました赤谷湖の画像を添付します。
2006年11月26日
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先日購入した新しいマシン、XP+オフィスプロ。メモリ256メガHDD80ギガ、それでいて67800円の掘り出し物と思ったのも束の間、このマシンとんでもない「くわせもの」でしたFDDドライブが機能しなかったなんてのは序の口、使い始めてほど無くウイルスに感染し結局リカバリー。ショップに頼んで15000円吹っ飛びました(定価3万円のところ、その店で買ったマシンであるし常連客と言う事で半額にしてくれましたが…)。ウイルスバスターはインストールしてあったのですが…リカバリーの際ショップの親切で付けてくれたアンチウイルスソフトもあったのですが、セットアップ時にシリアル番号を聞かれ、さて弱った…シリアル番号に関しては何も聞いていなかったでお手上げ。その後ネットにアクセスさせようとして通信ソフトを立ち上げる(フレッツADSLver.2.2.5A,1.5E)と、ステータスバーには「正常に接続されました」の表示が出るのに、インターネットエクスプローラーでは「ページを表示できません」…仕方なく回線を切って以前のマシンでアクセスしてみるとこっちはさくさくと繋がるのです。なんで?なんでやねん?何のためにこのマシン買ったのやら…もしかして金をどぶに捨てたのでしょうか?写真は本文とは関係ありません(って新聞の少年非行問題検証記事かい>ぢぶん)画像が何も無いのは寂しいので10月22日に訪ねた越後中里の駅前風景です。
2006年11月25日
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さて、弊ブログ、ここのところ更新が滞っていました。ここ最近マシンの調子がよくない事、就職活動で忙しかったことなどが影響しています(そのくせ未だにいい再就職先に出会えていません。書類審査で撥ねられたり、面接はしてもらえても結局断られたり…)。昵懇のパソコンショップにマシンを持ち込んで診断してもらったところ、HDDにどうやら「爆弾」がある模様でいつクラッシュが起きるかわからない。バックアップは勿論だが予備マシンを持つのが良いとの事でした。その時ショップの棚を見ると、富士通FMV-BIBLO NB75Hなるモデルが67,800円で出ていました。現在使用中のものよりメモリで2倍(128メガ→256メガ)、HDD容量で4倍(20ギガ→80ギガ)、FDD・CD-Rドライブ・DVDドライブ搭載。本来なら10万円近い値段で出したいところを、立ち上げ時DOS-V画面が出ないため値段を下げてある由。OSはXPでオフィスプロがインストールされたモデルでした(アクセス・パワーポイント入り)。失業保険支給期間も終わってしまった身には少々高過ぎる値段ではありますが、1台しかないマシンがトラブってしまうと、今や面接日時や合否通知すらネット経由でやり取りされるご時世、応募した企業からの連絡を受け取れなかったら「コト」です(^^);かくして、清水の舞台から飛び降りました(爆)(いあ?21世紀の今日では、六本木ヒルズか新都庁の屋上から飛び降りる!と言ったほうが通じましょうか?)(^^);これでノートパソコンは6代目、初代のデスクトップを入れると7代目です。初代のデスクトップはウィンドウズ3.1。1995(平成7)年7月導入。このマシンは5年使いました。知人が親切でアップグレードしてくれたものの、アプリケーションとの相性が合わなかったのか?通信機能が死んでしまい、一太郎もロータス1-2-3も機能しなくなってしまいました。止む無く2代目導入を決めたのが2000(平成12)年2月。初代デスクトップがメモリ8メガHDD540メガだったのが、ノートなのにHDD12ギガ!と言うことにまず驚きました。もっとも、ノートをいいことに会社に持ち込んでは書類作成売上集計に使ったのがたたったのか?2年で夭折してしまい、3代目はユーズドマシン。但し同系の先代モデルとあってHDD容量は半分になりました。今度は半年で夭折(驚)。4代目はそれまでのF社系からS社系へなりましたが…不幸にもコードに躓いてテーブルから1メートル弱下の床に転落、その場は再起動したものの結局その「怪我」が元でやっぱり半年も経たずに「ご逝去」。5代目になります。しかしこの5代目もいつの間にかマザーボードに深刻なダメージが生じ、あえなく夭折し、6代目に。初代→2代目、2代目→3代目の際はデータの移設が全く不可能でしたが、3代目以降はHDDは無事だったので、ショップのほうでデータ移設をしてくれたので助かりました。さて、6代目のノートパソコンは、キーボードの真ん中に「へそ(トラックボール?)」のあるタイプです。しかしこれが使いにくい(^^);(ショップの「おやっさん」に言わせれば「慣れだよ慣れ」でしたが…)(^^);どうも苦手。そこでマウスをつないで使っていました。平均すると1年持ちませんでしたね…>歴代マシン。持ち歩いたのが拙かった?でも持ち歩けないノートパソコンなんてノートの意味がありません(`д′#)ラッシュにもまれたのが拙かった?でも京成線のラッシュなんて首都圏では生易しい部類です。中央線快速・常磐線快速・田園都市線の混雑を思えばあんなもん…って言われそうです(^^);さて、では早速6代目マシンに保存したデータのコピーを7代目マシンに移すべく、データを落としたフロッピーディスクを7代目マシンに入れたところ…?これはなんとしたこと!Aドライブがディスクを認識しません!これは弱った・・・(′д`);6代目マシンにはCD-ROMドライブはあるのですが、ROM専門で書き込むことができません。また、外付けHDDも6代目マシンはなぜか認識しません。さてどうしよう?そうだ!この手があった!実は、アビリティーガーデンで受講中、メールアドレスがもうひとつ必要になり、私宛のアドレスが2つできています。そこで、片方のアドレスからもうひとつのアドレスにメールを送信する際必要なファイルを添付しておきました。発信を6代目のマシンで行い、7代目のマシンで着信メールを開いて添付ファイルをダウンロードすれば、データが移せるのです。とはいえ、添付できるファイルのサイズには限りがあるため何通も送らねばならないのが難点と言えば難点ですが…(^^);それにしても何で毎回パソコンに振り回されてしまうのでしょう>私…よっぽどパソコンに嫌われているのかしら?画像が何もないのも寂しいので、こんな絵でも…(^^);この2人(1人と1匹)、はてさてどこへ行き着くやら?
2006年11月17日
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当日からは随分と日が経ってしまいましたが…実はこの11月5日、浜松町にてちょっとしたイベントがあったのです。http://www20.big.or.jp/~homy-v6/tetsu/詳細は上記サイトをご覧頂くとして…その筋の間でもマイナー且つ思いっきり濃いと認識されている世界のようです。行ってみたい気持ちは強かったのですが…失業中の身には交通費が厳しく断念してしまいました。上手い人が描けばいい作品が仕上がるのでしょうが、へたれな私ではこの程度にしかなりません…一応EF58+EF61(回送)+スハフ43(10番台)+スハ44(近代化改造車)…がネタです。一応2人?の台詞(掛け合い?)は…EF58「ちょっとあんた!暢気にぶら下がってるけど…ちったぁ手伝おうって気は無いの?」EF61「あら先輩、あたしは今回送車ですわ。力行したくてもできませんの。ごめん遊ばせ」EF58「何よ、運転席無人じゃないじゃない。パンタ前後とも上げればいいだけなのに…」EF61「おやおや、天下に聞こえた急客機EF58ともあろうお方が、たかだか現車12両換算48両でネを上げるんですの?それなら先輩の特通客運用と通客運用ぜーんぶもらっちゃおうかしら?」EF58「て、てめぇ~…可愛くないわねぇ…(プンプン!)」こちらはキハ58系最終増備車グループです(実質キハ65?)。以前キハ58をネタにしたものをUPした事もありますがリメイク版と思っていただければ…言うまでも無くタブレットキャリアのキャスティングもキャッチングもお手のものです。絵を描くって難しいです…
2006年11月05日
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さて、報告するのが随分と遅くなってしまいましたが9月に訪問した際到着が日没後になってしまい撮影も調査もへったくれもなかった越後中里駅脇の旧型客車陣、10月22日に再度訪ねました。当初は鉄道利用も考えたのですが、鉄道の日乗り放題切符は買い損ねてしまい、接続も思わしくない事から再びクルマを使いました。流石にこの運転本数では如何に「鉄」な私でも二の足を踏みます。地元の人とてどの程度利用しているのでしょう?前回の失敗を鑑み、出来るだけ早く出るつもりでしたが、目がさめたのが朝になってから。結局前回より2時間程度早いだけの、午前8時30分頃出発しました。今回は幸いにして前回のような渋滞には遭わずに済み、国道17号線合流まで2時間とかからず、上武道路終点に着いた時点でまだ正午になっていませんでした。高崎市の市街地をパスするつもりで外縁を抜きえるコースを選択し、上越線の写真が綺麗に撮れそうな場所を通り更に進みます。この日のNHK-FM、日曜喫茶室は鉄道の出てくる映画の話題。思わず聞き入ります(しかしハンドル握っている以上、前方注視は疎かに出来ません)。しかし、道路が改良されている辺りで流れが少々遅くなり一抹の不安が…月夜野インターから関越道に入ります(三国峠はパス!)。そして湯沢インターで関越道を降ります。何とか午後2時前には現地に到着できました。遠景で見るとまるで留置線に停めてあるようにも見えます。かなりの数の車両たちです。スハ43・スハフ42・オハ47…かつては幹線の長距離急行にも運用され多くの旅人達の夢を育んだ車輛達、今此処でスキーヤー達に一時の憩いを与えています。もっとも今はシーズンオフで長期休暇中ですが…台車のアップです。TR-23H。TR-23の改良型です。末尾のアルファベットにはDだのEだの色々ありますが何処がどう違うのか未だに良くわかりません。撮影中に近くの踏切の警報機が鳴り出しました。振り返ると越後中里駅に列車が到着していました。石打・長岡方面行きの115系電車でした。今の新潟支社色ってこんな風になったのですか?電車界のコスプレイヤーの称号を与えましょう(爆)>新潟支社の115系。そうそう、この時は485系改造の宴?華?(濃紺カラーの方)も通過して行ったのですが…接近に気がついた時は既に遅く、フィルムに記録は残せませんでした。帰りは高速道路代倹約のため全区間一般道路を使いました。昼食のタイミングを逃してしまい、赤谷湖湖畔にあったコンビニエンスストアで弁当を買い、空腹を満たしました。三国トンネル手前の新潟県側はもう紅葉が始まっていました。幸い日没前に峠を超える事が出来ました。帰途は途中渋滞にも遭遇してしまいましたが、帰り道は時間に縛られていない分気が楽でした。さて、車輛達、いつまで此処の「お勤め」が出来るでしょう?見たところ車体はかなりの疲労が溜まっています。大掛かりなレストアが求められますが、単純にスキー場の休憩所と見るに、本来引退した鉄道車両を充てる積極的な理由はありません。傷みが酷くなればそのまま廃棄解体の上、通常構造の建築物を造れば済んでしまいます。この車輛達の将来、予断は許されない状況のようです。
2006年11月04日
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さて、昨日付けのブログでは「その1」としました。当然ながら「その2」があります。(もっとも撮影日付はこちらの方が古いのですが…)これは当時引退の迫っていた北陸本線の客車鈍行に「乗り鉄」に出掛けた時のものです。この時はデッドセクションまで!と思い、梶屋敷駅まで乗車しました。しかし、考えてみればカマはデッドセクション通過時には電源切替の手順がありますが客車は何の関係もありません。当然ながら車内の照明が一瞬消えたり等という事は起きませんでした。かつては各地で当り前のように見られた上下の客レの擦違い。しかしこの姿も間もなく見納めになろうかと言う時でした。因みにこれは糸魚川駅です。梶屋敷駅から折り返すには当分次の列車が無く、並行する国道8号線を走る路線バスを利用し糸魚川駅に出ました。折り返しの上り列車をエスコートするのはEF8148です。(往路の列車をエスコートしてくれたEF8161の写真も撮ってはいるのですが…何処に行ってしまったやら…)ここまで5両編成だったこの列車ですが、富山駅で後ろに3両、増結していました。そろそろ帰宅時間帯にかかるためですね。オール青塗りでした。殆どは近代化改造車で、かつて長距離急行に使われていた当時のままの内装、駅間距離が長く良く整備された重軌道区間を結構なスピードで疾走しますがさほど揺れは感じません。かつての急行客レを彷彿とさせてくれました。もっと乗っていたかったのですが、此処で一旦下車。高山本線に乗換えです。これは富山駅前で撮影した市電です。後にしばしば世話になるようになるとはこの当時予想も出来ませんでした。後に出会うといえば、EF81161には常磐線で再会しましたし、EF8148はリゾート白馬をエスコートしているところに出会いました。弊ブログ既出画像ではありますが、偶然再会した時の写真を添えておきます。
2006年11月03日
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またまた今回も古いネタで恐縮至極。これは今を去る事22年前1984(昭和59)年9月に撮影したものです。久々土日連休(当時はまだ週休2日制は普及し始めた頃で、大概は隔週週休2日、4週6休あれば良いほうでした)、レンタカーを借りて出掛けました。その日明け方岐阜県高山市(当時住んでいた街)を早朝に出発、国道41号線を北上、日本海側に抜けました。小矢部市に開設された日本自動車博物館を訪問するのが目的でした。子供の頃憧れたクルマ達が、老津でも走れる状態で保存してある姿には感動したものです。(当時持っていたカメラ=コンパクトカメラ=にはフラッシュが付いていないタイプでしたので、館内展示車両達を撮影することは不可能でした)。確か別館が石川県内だったか福井県内だったかにあり、そちらも合わせて訪問した帰りだったかと思います。小松市内で寄り道したら予備知識も無い中でいきなり↓のような代物に出会いました。尾小屋鉄道の保存車両が保管されていた粟津児童公園のすぐ側を北陸本線が走っていました。冒頭紹介した写真はその時撮影したものです。国鉄テイスト100%な車輛達です(って当時はまだ国鉄でしたから)。485系も457系もその後も長く彼の地で活躍を続け、今もその雄姿を見る事が出来ます。しかし457系は塗装も変わり内装も変わり、かつてのイメージは薄れました。この写真を撮って程なく、諸般の事情でこの当時勤めていた製薬会社を退社、一旦地元に帰ります。幸いにしてまだ若かった事もあり、程なく再就職先が見つかりましたが、やがて元号が平成に変わった年、人事異動で富山に転勤。再びこの地に縁が出来るとは、この当時は予想だに出来ませんでした。
2006年11月02日
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というわけで、擬人化を考えてみました。昨日付けブログでネタにしたDE10・DE11がモチーフです。ヤードでコマネズミのようにちょこまかちょこまかあっちへ行ったりこっちへ行ったりする姿は、何となく働き者のメイドさん?なイメージでしたので、こんな感じになりました。もっとも、メイド風な部分はエプロンだけですけれど…(^^);一般的なメイドさんのイメージはこんな感じでしょうか?って、これでは寧ろ「アキバ」辺りのメイドカフェのメイドさんですね(^^);駅前でよく販促チラシ配ってるお姉さんそのものです(爆)入換用機関車はヤードのメイドさんだ!と言いたいところではありますが…国鉄型DLの標準塗装は茄子紺とはかけ離れた色ですからそのままでは現しようがありません。あ?帽子をカチューシャ風にするべきだった?(爆)もう一回デザイン考え直す必要がありそうです。
2006年11月01日
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