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ほんと、沙也加ちゃんの時さつはいまだに、心痛む。なんともいいようのない感覚、で、相手の男への怒りというかバッシングも相当のようだが、真実はどこまでなのかわからないがネットでは燃えている。テレビやでかいとこのニュースではタブーになっており連鎖を防ぐためにだろうけど、対比的なものである。やはり、メンタルの部分はなんともいいようのないものだがコアになる部分がなかったのかもしれない。聖子さんは、同世代で、ぼくとおなじ年。恋の歌、愛の唄を歌い続け、多くの恋をし仕事をし、元祖ママドルといわれ、王道をつくってきた。それが、これだ、批判するつもりはない。彼女は、いままでの人生をきっとこう思ってるに違いない。「いままでの人生はいったいなんだったのだろう」大阪の梅田で、焼き殺された人々、罪亡き人々その人たちの話はもうニュースではながれない。悪魔の化身の男は、道連れに多くの罪亡き人を焼き殺した。亡くなった人々は「いったいなにが、起こってるのか、なんで死ななければいけないのか」そう理不尽に思いながら、死んだのだと思う。命を大事にする、時さつも他殺も命を大事にしないことはおなじだ。沙也加さんがどういう性格の人だったのか、わからないし批判するつもりはないが、あの馬鹿たれから、暴言をはかれ常にあった選択肢の一つを選んでしまったのだろう。華やかに見える芸能界、綺麗な衣装で、素敵な舞台で誰もがうらやむようなお仕事。実はその裏は、泣きながら哀しみもけしながら、やっとの思いで仕事をしている。恋の歌を歌っていても、恋の歌なんか歌いたくもないと思ってるのだろう。表と裏がすべてのものに、裏のつらさをわからないように表だけをつくろうのはしんどいのであろうよ。聖子ちゃんよ、哀しみくれているだろう全部わたしのせいです。そう、思ってるだろう。しかし、そうではない。それは、彼女そのものを否定する。そう思うのはよくない、彼女は、自分の人生を一生懸命探して、生きようとした。立派であった。そう、思うのだ。力尽きただけだ。誰も彼も、死ぬために生きているのではなく。いかにして死するか、思うところである。
2022.01.12
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またまた、ひさびさ、ブログを開けてみる。だれもいないが、訪問は相変わらずあるようです。昨年末の小田さんの「クリスマスの約束2021」はよかった。なかでも、緑黄色社会の晴子さんがとてもよかった。オフコースがいたあの時代には、まだ生まれてもいないし解散したときもまだ生まれていない。正月を過ぎるあたりから、ずしんとくるのは、阪神大震災の思い出亡くなった多くのひと。昨年末、店の売り上げ補填のために、バイトをした夜中中。5日間、年賀状のバイトだ数時間しかねれない。若い人がきていて、話をしたみんな、2000年以降に生まれた連中。もちろん、地震はしらない。地震の時の話をはなしていると、なぜか思い出したことがあった。ぼくが学生のとき、バイトしていた新大阪駅60前後のじいさんと働いていた。彼らは多くは戦争にいって、帰ってきた人だ。南方のひとはすくなかったが、大陸と、シベリアのことは聞いた。戦争の話はあまりしたらがなったし、もう、おなかいっぱい聞いていたのでまた、戦争の話か、と思ったものだ。ソレが40年後、逆にぼくがその爺さんになり、若い子に語っている。そんなぼくも夜中、郵便局で年賀状の束を輪ゴムに止めながら60歳になった。時間というのは、ループしてるようにも思えるし若い子たちにもまた何かがおこり、また、それを乗り越えていきてゆく。オフコースの「さよなら」が流れていたあの寒い冬。すきだった方おもぃの女の子としか頭になく、戦争とかそういうのは、ぴんとこなかった。
2022.01.05
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