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3月で東京九州間の深夜寝台特急が全廃。とうとう、なくなるのだ、悲しい限りだ、いずもがなくなり、銀河もなくなり、あさかぜもなくなり、今度は富士、はやぶさ、もっと、スローダウンの時代にもどらないものか、僕も店の近所のお店がまた今月で閉店した。悲しい限りだ、17年という歳月で、夫婦で独立しやられていた。閉店間際、僕は挨拶に行った、「おからだ、大切に、いろいろおせわになりました」僕が言うと、笑っていて、ありがとう、といった、やけに明るい。僕は複雑で気持ちで、泪がでそうになるので、そうそうにひきあげた。なんで、あんなに明るいのか?明るくみえただけかな、落ち込むのは乗り越えたのかな、どんどん、消えてゆく個人の店。商店街もすっかりシャッターがおり、無残。なんで、こういうことになるのか。移り変わる時代なんだと、歌うあの声を思い出す、斉藤哲夫さんの「悩み多きものへ」経済はぐちゃぐちゃじゃあないか、「混乱」「混迷」「停滞」「寡占」「不正」「偽装」僕は最近、共産党の志井さんの演説を聞いて、驚いた。なんと、まあ、説得する力があり、ごもっともの名演説であった。うそくさい、あいつや。本音をいわないやつ、口だけのやつなんてね、日本人は高齢化を向かえ、地方から空洞化がはじまり、日本全体が血液の循環不全の如く。あのバブルから、ずっとこうだ、ある程度、商店街もスーパーも共存していた、それはたしかだ、しかし、どこかがおかしい、人やものが流れない、お金が循環しない通貨の量は微妙に日銀が制御していても、その負荷やありかはどこかにゆくはず。この資本主義を動かしているのは大きな企業や海外投資家、オイルダラーこの連中が世界の金を動かし、寝かし、投資することで下々は影響する。世界第二位の経済王国日本、ダボスで麻生さんはうそぶく、どこが、世界第二位やねん、こんなひどい国はないぞ、豊かさはどこにある、もういろんなものが「破綻」寸前ではないか、抜本的なことは、ばらまきしかないか、ああ、なさけない。徳川の時代もなんども財政危機があった、そのたびに行ったのは倹約であるし、負債の整理である。その上で新田開発や産業を起こすこと。長州も薩摩も破綻寸前からよみがえる、そして幕府を倒す。あのときは、結果、侍と殿様ノリストラであった。この今は、官僚と無能議員の廃絶を行うべきであろう、倹約をすべきときに金をばら撒くという発想は誰しもが疑問におもう、ぼくの店の近所の閉店の店は彼が起こしたもので、家賃をはらい、やっていた、親の代からの店は、家賃もはらわない、家もある、店を作る金もいらない、顧客もいる、そういう店はランニングコストが低く、いきのこりヤスイ。議員もおんなじである。すでに次の選挙待ちで事務所を開いている立候補者は家賃だけで、すごい金が要る。当選して、その金をカバーしようとし、不正を行う土壌ができる。ずれた、話。二月もどうなることやら、走るしかない。
2009.01.31
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1975年12月20日に発売されたオフコース(当時の表記はオフ・コース)通算7枚目のシングル 「眠れぬ夜」、「昨日への手紙」はアルバム『ワインの匂い』からのシングルカット曲でアルバム収録曲と同内容、アルバムと同日に発売された。「眠れぬ夜」は実は小田が最初作ってきた当初はバラード調の曲だったが、レコーディングの際ミディアム・テンポのロック調にアレンジが変更された。この経緯についてプロデューサーの武藤敏史は「それまでのアルバム『僕の贈りもの』と『この道をゆけば』に足りなかったものは何か。それはオフコースの場合、無条件に、理屈ぬきに誰もが楽しめるような曲や、シンプルな曲が少なすぎたのではないだろうか、と僕は判断したわけである。しかし、小田さんは納得いかない、自分のコンセプトはバラードだったのでしかし、強引に武藤さんがおし、結果、ヒットするわけです。同曲は後に、西城秀樹さんにカヴァーされた。当時御三家の人気は絶頂。発売当時の11月27日、札幌道新ホールで行われた“オフコースの小さな部屋”で小田は「ついでなんですが、西城秀樹君が『眠れぬ夜』をシングルにすることになって…」と話すと会場からエェーツという非難ともとれる声が沸き起こったが続けて「そういう、ファンの声も考慮に入れて僕が決断を下しました。で、出来上がったものを聴いたら、僕に遠慮してか、えらく地味になってました。ま、楽しみにしててください」当時はアイドルと一線を引く感じが聞く側にもあり、ある種、違和感を抱いたのだろう。「昨日への手紙」は、後に鈴木が『BeSide』にてセルフカヴァーしている。当初は鈴木がなかなか詞が書けなかったため、山上路夫(デビュー曲「群衆の中で」を作詞)に依頼したが、出来上がった詞があまりにも“みじめ”な内容だったので[7]、鈴木が自ら歌詞を書き上げた。また、『BeSide』のセルフライナーでは「メロディは1時間あまりで出来た」と解説している、僕はこの歌を夜明けに聞くのがすきだった、とても、とてもいい歌なのだ。たとえ君がひざまついてという出だしが印象的、この手の恋愛パターンがおおい、なぜか、彼らは女性嫌悪かというくらいに、女性をひそかにこきおろしていて、束縛されるのがいやなの、しかし、アレンジとあの歌声で別物になるのが、不思議西城秀樹 - 眠れぬ夜オフコース短縮版(長島)昨日への手紙(別人)
2009.01.31
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はい、こんばんわ、天気が悪いひでしたが、東へ西へ、予約が重なりなんとか、こなすことができました、しかし、まちはどこもひとがいなく、車の減っているようなきがします。商店街にゆくと、周りあるいているひとをみると、すべて老人。老人老人老人。年金暮らしの老人、一人暮らしの老人、余生をたのしんでる?老人、なんともはや、子供や若いのは、いない、どこへいったんだろー、景気に一番、寄与するのが若い家族、子供たちや親たちが必至にいきながらいろんなものを消費し、活動し、そういうパワーが町にはあふれていた。いまは、なんか、さみしい。みんな、どこへいったのか、よくよく考えると、ぼくらの小学中学の同級生はほとんど地元にはいない。もう、どこへぃつたのか、わからない、同窓会クラス会、無理。転勤引越しの繰り返し、家を買うにも土地がなく、高いし、必然的に衛星都市に分散。で、残るは親のみ、親たちは老いてゆく。ほんと、無駄なことをしてるとおもう、家とか、そういうありかたが、変質してるんだね、いろんな家を見ていると、家族親兄弟協力して暮らしているのは栄えている、家の土地もかわなくていい、親の家にすみ、そのまちで暮らし、そして死ぬ。この無駄のないシステムこそが日本の原点であったと、眠たいながらおもうのだ。
2009.01.30
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こんばんわ、オフコースが大好きなぼくです、今はもう決して、さぃ結成しない、そういう悲しさがありますが、そこがまた哀愁のかんじです。フォーリブスの悲劇といおうか、誰にも注目されず再結成して残念のきわみ、おそらく、これからセールスがあがるのかもしれない、皮肉なものです。オフコースもこのLP前後の三部作「song is love][junktion][fairway]のあたりは、コアなファンがおおく、そのあとの「愛をとめないで」「風に吹かれて」「さよなら」あたりから、シンセサイザーやエレキなどのロック的要素をいれて、ヒットするのです。しかし、調和がくずれはじまる。売れはじめる前後、ピークのときに鈴木康博はオフコースを脱退を決意するんだ。彼らは大学時代の友達がどんどん仕事を始め、スーツ姿でがんばるのをよそめに、レコードを売るために、全国を旅する、ひどい扱いもうけたことがあった、旅先では、汚い旅館だったり、ギャラを持ち逃げされたり、商店街で演奏したり、1969年からはじめて、さよならのヒットまでかなりの年月が必要であった。売れることよりも、音楽を純粋に愛し、ただただ歌を作り演奏することでよろこぶひたむきな職人であったようのかんじる、金ではない、しかし、何をしてもお金がいる、事務所の経費もいるし、社員の給与もいるし、オフコースは結局、あの時代の栄華的番組「ベストテン」についにでなかった、そう、彼らは千春とおなじように、その番組の趣旨が納得いかなかった、しかし、テレビの担当者はなおも出演を依頼し、これだけのファンのはがきをみてください、コンサートにもいけないひともいるんですよ。そのことばに落とされたのが千春、一度だけでた、オフコースは違う形でテレビにでた、NEXTというやつ、LPがCDになり、ベストテンもなくなり、時代がかわり、TBSで毎年、小田さんはその縁からだろうか、クリスマスの約束 をするようになったわけだ。小室の騒動をみて、人間の悲しさ、お金の怖さを感じる、「それくらい返せるさ」と、もし彼が思っていたなら、どうしようもないことだ。もう、誰も彼の歌を聞きたいとおもうだろうか、
2009.01.29
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JUNKTIONは、1977年9月5日に発売されたオフコース通算5作目のオリジナルアルバム。オフ・コースからオフコースにかわった、メンバーが5人になり、仁さんが参加、小田さんがギターとキーボードからキーボード専念になったのです。このLPは何度もCDになっているのですが、今回、SHM-CDというものが開発されまして、名盤といわれる作品が限定版で再リリースされたのです。で、聞いたみたのですが、パソコンではよくわかりません、もっとすごいCDのプレイヤーならわかるだろうですが、特にオフコースの場合は演奏がきちんとしていて音がきれいで、パーカッションなんか、たとえば、木魚のおとをいれたり、いたずら半分で、女の子の声をいれたり、この作品にはないですが、音がLPではきけるものがCDになると削られた悲惨なCDもある、全作品、SHMですると、カミジャケの在庫はどうするんだろうね、まだ、かなりありそう。離し変わるけど、ぼくは紙じゃけはきらいであります、字が読めないです。ところでこの作品JUNKTIONは、あの「秋の気配」がはいっています。この歌の出だしのギターはヤスかな、ヤスはこの作品からエレキになるのですが「あなたがいれば」という曲は、ほんと隠れた名曲、ヤスが歌い、小田さんの作詞ヤスの作曲、このLPは実によく小田さんよ鈴木さんが調和をとり、静かなトーンのやさしいものとしあがっている。最後の「HERO」は作詞には二人の名前があります。七分という長い歌。[枚数限定][限定盤]JUNKTION/オフコース[SHM-CD]潮の香りもいい歌です情景がうかんできます、
2009.01.29
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モナさんが復活したそうである、彼女がビートたけしの事務所での損失はおおきく、あわせて映画が二作続けてこけたので、大変な負債になり、たけしはせっせと、つまらないぎゃくをしながらテレビに出つつ、ぼくは、たけしがつまらない人間になったようなきがする。モナがまた新しい彼氏をつくろうと、どうしようと、どうでもいいことをニュースで流すこと自体、へん、下半身には人格なし。たけし、タモリ、さんまといえば、面白いラジオであったが、テレビでもほんとうにおもしろかったんだが、なんか、まったく、裸の王様のようになってしまい、誰も指摘できない。「もう、おもしろくないよ」といえない。テレビの時代は終幕へときているのだろーか。、人が笑うと、自分も笑い、つられて笑う、どこがおかしいのか、わからないので必死で面白いところを探す、なんとか、みつけて、笑う。お笑いブームも何年かごとに周期でおとずれるようだ。飽きるのであろう、そういう中で生き抜くのはたいへんなことだ。食いものでもおなじ。ラーメンブーム。これもひそかにおわった、国道ぞいのメタらしいラーメンや、こだわりのスープでどうのこうの、能書きがおおい。しかし、いま、それらを見ていると存続しているみせは少ない。これも、行列を見ると並びたがる心理だろう、面白くないのに笑う、つられて笑う、三枝はおもしろかった、あのグーのギャグも実は、彼のものだった、しかし、たくさんのテレビのレギュラーをもっていたが、彼の番組はなぜかいつも「笑い屋」がいるのである、何でも笑うのである。これはどうしようもないことで、ほめごろ氏状態である、(正しくは ほめ殺し)ラーメンもうまいうまいといいながら実は熱くて味、ほとんどわからない。だしとかスープとか理解できる人間はそうはいない。タモリの笑っていいとも、あそこの客は最低、なんでもわらい、なんでも喜ぶ。あれはおそらく一種の「集団催眠」狭い場所で、テレビで見た光景がみられドーパミンがでまくりハイテンションにさされ、盛り上げるためだけの無料応援集団。ダウンタウンがそれにきずいた、その人たちといると自分たちがだめになる、そんないい仕事を自分から降りたのである、そう、ファンクラブも同じようなもの、実はファンクラブはタレントをだめにする場合がおおい。好きで好きでたまらないから、そのままの君が好き状態が続き、努力や成長も止まりがちで気がつくと、あれ?というほど一般に人気がおちている。そう、前にも述べたけど、英五はえらかった、自分を知らない地方にゆき、そこで演じて、肌で感じようとした、売れないときが続き、テウリで京都の祇園などをギター一本でレコードをうりにゆく、そこで、いろんな人が手拍子をしながら聞いてくれて自分の財布から英五の「酒と泪と・・」を買ってくれる、その光景をみながら彼は買った人の顔、声、感想をじかにききながら、うれしくなっていた、が、テレビで彼の曲がCMで採用され、ヒットしたのだ、普通ならそこで喜ぶが彼はそこで悩むのだ、何万枚という数が理解できなくなり、顔すらもわからない。大金がはいり、ちやほやされ、今まで相手にもしなかったひとびとが丁重にあつかってくれ、自分を見失うのである。そこで、彼は旅に世界中にゆくのである、小室にはならずに、今も彼の曲は真実味を現実味を帯び、愛されるのである。ラーメンも同じである、売れれば官軍もたいな、店数勝負みたいな、そういうのは絶対あかんようになる、目の前、鉢を空にして満ぞくしてかえる客をみて、幸せにおもうことこそ、コックの醍醐味である。ここコレクション(キングCD文庫)/河島英五[CD]
2009.01.28
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ずっと君を愛してた/フォーリーブス[CD]青山 孝史(あおやま たかし、1951年8月10日 - 2009年1月28日)は佐賀県高木瀬町生まれの歌手・俳優・タレントである。生まれは佐賀だが、育ったのは神奈川県横浜市と渋谷区幡ヶ谷。1970年代を代表する男性アイドルグループ・フォーリーブスのメンバー。本名・城下孝行(しろした たかゆき)。旧芸名・青山孝。現芸名への改称は2002年。愛称は「ター坊」。堀越高等学校を経て日本大学芸術学部演劇学科中退。血液型はA型。1967年までは、特待生として「東京音楽学院」に在籍。スクールメイツにも選抜された。 歌唱力に優れ作曲、編曲を学び自ら作曲も行うなど、グループにおいて音楽面でのリーダー的存在であった。また作曲だけではなく自室をスタジオに改造して楽器演奏や編曲も行っていた。 アイドル現役当時に日本大学芸術学部音楽学科を受験して話題となったが、惜しくも不合格となった。その後も芸能活動と受験勉強を両立し、2浪を経て日本大学芸術学部演劇学科に入学した。 1977年にロサンゼルスにて結婚。相手は、ジャニーズ事務所の第2号女性タレントの嶋田じゅん(本名・島田純。1970年のミス・ユニバース日本代表のハーフ)。披露宴は東京で開かれ、その模様は当時フジテレビでも放送された。その時の司会者は徳光和夫。 弟の宣博もかつて「青山信宏」の芸名でジャニーズ事務所に所属し、アイドル野球大会に出場したり俳優として活動していた。 肝がん闘病中だった4人組グループ・フォーリーブスの青山孝史さんが28日(水)朝7時、入院先の都内の病院で亡くなった。57歳だった。 今月16日に緊急会見を開いたメンバーの江木俊夫によると、昨年10月中旬、全国ツアーの構成についての話し合いの場で体調が優れず、その翌日に病院で受けた診察で肝がんが発覚したという。メンバーに告げられたのは11月後半で、江木は「顔色が悪く、肝臓の病気は顔に出ますから、僕は肝硬変くらいかと思っていた。まさか肝がんまでとは思っていなかった……」と神妙な面持ちで話していた。アイドルのはかなさか、いい歌や思い出もあり、誰か再起させることもなくほそぼそとやられていたようです。はやすぎる死ですね、いい時代をありがとう。来世でも歌を!ここ
2009.01.28
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DREAM PRICE 1000Sony Music House フォーリーブス/DREAM PRICE 1000 フォーリーブス オリビアの調べは、ジャニーズ事務所に所属した男性アイドルグループである。1967年4月1日、ジャニーズの『太陽のあいつ』という曲のバックダンサーとしてグループを結成。メンバーは、元々ジャニーズの付き人だった北公次、3歳から子役で活躍していた江木俊夫、劇団若草出身でファッションモデルをしていたおりも政夫、同じく劇団若草出身の永田英二の4名。この4名で、同年6月、大阪フェスティバルホールにてジャニーズが主演のミュージカル『いつかどこかで~フォーリーブス物語』に出演。しかしまだグループ名は無く、「ジャニーズJr.」としての出演だった。 同年8月、「第31回・日劇ウエスタンカーニバル」に初出演。この時、初めてグループ名が正式に『フォーリーブス』に決まる。 尚、「フォーリーブス=Four Leaves(4枚の葉←leavesはleafの複数形)」の意味が定説だが、本来の名前の由来は、ジャニー喜多川氏が脚本を書いたジャニーズ主演のミュージカル『いつかどこかで~フォーリーブス物語』内のグループ名からで、「4つに“別れる、去る、出発する”」という意味の自動詞の「“leave”」である。 同年10月、結成メンバーの永田英二は当時小学生だった為、スクールメイツ出身の青山孝と交替となる。同じく同年10月より日本テレビ『プラチナゴールデンショー』にレギュラー出演するようになる。 1968年9月5日、CBS・ソニーの国内契約第一号アーティストとして、両A面シングル『オリビアの調べ c/w 壁のむこうに』にてレコードデビュー。1970年にはプロマイドの売上げが男性歌手部門の1位になり、衰退期にあったグループサウンズのザ・タイガースらに代わり、新御三家が台頭するまでの間、トップアイドルとなった。大ヒット曲はなかった(ヒットチャート最高10位)が、冒頭の江木の名ゼリフで知られる『地球はひとつ』や、『あしたが生まれる』『夏の誘惑』などのシングルがコンスタントにヒットを重ね、1970年から7年連続でNHK紅白歌合戦に出場した。先輩格のジャニーズと同様に、ミュージカルにも熱心に取り組み、その姿勢は現在のジャニーズに受け継がれている。1970年にはプロマイドの売上げが男性歌手部門の1位になり、衰退期にあったグループサウンズのザ・タイガースらに代わり、新御三家が台頭するまでの間、トップアイドルとなった。大ヒット曲はなかった(ヒットチャート最高10位)が、冒頭の江木の名ゼリフで知られる『地球はひとつ』や、『あしたが生まれる』『夏の誘惑』などのシングルがコンスタントにヒットを重ね、1970年から7年連続でNHK紅白歌合戦に出場した。先輩格のジャニーズと同様に、ミュージカルにも熱心に取り組み、その姿勢は現在のジャニーズに受け継がれている。1970年代中期頃から後進や後輩のアイドルやグループへと人気が移行していく。事務所後輩の郷ひろみが移籍したあたりから、徐々に世間の関心がニューミュージック勢に比重が移っていくのと比例して、人気やレコードセールス及び所属するジャニーズ事務所の状況も低迷する。新御三家を除いた男性アイドル冬の時代に突入し、個人での活動の比重も高くなり、それぞれの芸能活動における方向性の違いも顕著になっていった。メンバーの平均年齢も20代後半となり、1977年には青山が結婚をするなど、アイドルとしての活動に限界を迎え、1978年の7月21日に最後のシングル『THE END-思いがけず出会ったら-/夢のかけら』をリリース、1ヵ月にわたる全国ラストツアーを行い、同年8月31日、大雨の降る中、新宿の東京厚生年金会館のステージにて解散した。 この日は何と、副社長のメリー喜多川が初めてステージに上がり、「これから頑張っていこうね」と言いながらメンバーたちと抱き合って泣いた。1979年の覚せい剤取締法違反による北公次の逮捕以後は、1992年8月にNHK-BS2で放送された『時代を駆ける栄光のアイドル達』を除き、当時の人気に反してメディアで振り返られる機会はほぼ皆無と言っても過言ではなかった1990年頃、青山とおりもの2人で、静岡県浜松市肴町に在る同じビル内に、『ステージバー・グリッター』(3F)というショーパブと、『タレント・ミュージック・スクール』(4F)という音楽学校の2つを開いた。急げ!若者
2009.01.28
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こんばんわ、みなさん、国会でわが兵庫の恥、石井一君が麻生くんに漢字テストを行うという、国費を使い、無駄な空論をする、烏合の衆「ミンス」ぼくは、ゼツボウの気持ちです。あなた方は、今日本の地方がどうなっているのか、知らないのだろうか。居眠りしたり、休んだり、あくびしたり、メールしたり私語したり、やじとばしたり、「先生」と呼ばれる代物はなぜに人間性が低下するのだろうか、石井君のことは以前にも書きましたが、相手にするのはよくないのでスルーとしましょう。ミンスはもう未来ないです、いいとこまでゆくのですが肝心のところで失敗するのです、それは党首のカリスマ性がないからです。できれば、明日のでもデモ隊を組織し、国会議事堂を囲い、議員の漢字テストを全員おこない、ついでに、日本史と数学2Bを行い、80点以下のものは、ソマリア沖に漂流の刑をさせたい。地方の経済が悪化したのは、地方交付税のことだから、ばらまきのお金をそっちにまわせばいいだろう、よっぽど、昔の自民の政治のほうがましであったのではないか、具現性の欠ける政治を述べるミンスも、公明の顔色ばかりに気にする情けない自民も、自分というものをしっかりもつべきだ、ビジョンというものや未来の夢というものがまったく、ないんだ、選挙の勝ったらそこで、仕事おわりみたいな。青空をバックに、作リエガオの修正しまくりの選挙ポスター。あれはほんとうに、毒餃子にも等しく、にがにがしくおもうね、ああ、もう、どっかいいせいとうないの?
2009.01.27
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本当に意味があるのか、論議されるべきことを論議せず、論破できるものもいないし、名案を出せるアイデアもない、最初は、麻生総理のこの貧弱ナアアイデアでも、よしとしたが、大赤字の財政を余計にきびしくして未来、どうすんだろうと、思う。消費税を上げればかならず景気は悪くなる、これは当然である。福祉などのお金がたらない、医療問題、年金問題、これら問題山積。自民の政治も末期。さすが、親方日の丸、二世賛成議員の思考は停止している。こういうことで景気が回復するわけがない。
2009.01.26
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定額給付金「効果」あるの? 膨大な関連経費…国民負担ズシリ1月26日21時22分配信 産経新聞 成立が確実となった平成20年度第2次補正予算の目玉である総額2兆円規模の定額給付金。国民への給付とは別に、給付事業の実施に825億円もの経費がかかる。うち給付金の振込手数料は約150億円に上り、自治体職員の残業代や給付申請書類の郵送代も発生する。標準世帯モデル(65歳未満夫婦、18歳以下子2人)で6万4000円もの“臨時収入”となる給付金だが、これには膨大な関連経費が国民負担としてのしかかるうえ、事務手続きも煩雑で、費用対効果を疑問視する声は依然、根強い。 ■国債費年800億円増 政府は給付金の事務費として825億1300万円を計上しており、国の予算でその全額が賄われる。 給付金の支給方法は、金融機関への振り込みが原則。市区町村の指定金融機関を通じて、それぞれの世帯主の口座に振り込まれる予定だ。具体的に手数料をいくらにするかは、各自治体と指定金融機関の交渉で決まることになるが、政府は約150億円の費用が生じると見込んでいる。 さらに、給付手続きに伴う各自治体職員の残業代などの人件費約233億円を国庫で負担するほか、給付申請書類の郵送費にも約270億円がかかる見通し。総務省が自治体に示した要綱案には、広告料、印刷製本費なども国が負担する対象経費に含まれている。 今回の定額給付金など2次補正予算の経済対策にかかる2・6兆円分は、財政投融資特別会計の剰余金、いわゆる「埋蔵金」を活用する。本来は国債償還に充てる予定だった剰余金だ。今回の施策のため、国債費(利子・償還費用)は、毎年約800億円も膨らむ計算だ。 ■準備作業は進まず 総務省は給付金支給の基準日となる2月1日を過ぎた後でも、ホームレスや「ネットカフェ難民」であっても、一定の居住の実態があれば、支給することを検討している。 ただ、「同じネットカフェに1~2カ月程度滞在している実績がないと難しい」(総務省幹部)のが実情で、住民基本台帳から削除され、居所を転々とする人は「捕捉(ほそく)しようがない」(同)のが実態だ。 総務省はまた、当初、第2次補正予算が成立した直後に事業の実施要綱を策定し、正式に自治体側に準備の「ゴーサイン」を出すはずだった。だが、同省の滝野欣弥事務次官は26日の記者会見で「できるだけ速やかに策定したい」と述べるにとどまり、具体的な時期には言及しなかった。 総務省としては、年度内の給付開始に向けて準備作業を進めたいとの思いが強いが、財源の裏付けとなる関連法案が成立する前に支出が発生することを懸念する財務省との調整がついていない。 総務省としては約825億円の関連事務費だけでも前倒しで支出し、準備を進めたい立場だが、財務省は財源的裏付けのない支出には依然慎重な姿勢を崩していない。 やっぱ、やめるべきもう、どうしようもない。
2009.01.26
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テレビで京品ホテルの強制執行をみた。ひさびさにみた、ああいう光景、昔の日本を見る感じがした。少し笑いながらいたおそらく共産系労動組合の幹部たちの応援部隊がすこし、気になった。彼らまでが現代風でありょうな。それにしても不思議な事件である、会社がやめて、首にしても、そこで働きたいという。不当解雇というふうにはおもえないし、それにしても日本の情熱はどこへいったのであろうか、お笑いテレビのサブリミナル効果により、日本人すべて腑抜けになったのであろうか、派遣ぎりとか解雇とか、そういうことで抗議するデモはみたことがない、でも、昔はデモが頻繁にあったようなきがする、なんで、日本はこうもおとなしくなったのか、一部のいかれたジャンキー犯罪野郎をのぞき、米国のGHQが仕組んだ日本崩壊戦略が効果覿面であるのだろうか、韓国や台湾、中国などはなぜか、熱い、情熱あふれるかんじがする、具体的ではないが日本の闘争心は戦後教育のために焦熱したのだろうか、ああ、情けない日本、もっと、あつく!怒れ!こら!!
2009.01.25
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もう、最近はラジオは聞かなくなった、地元のFMも最近最悪、神戸に帰ってきたのが震災の年でそのころはまだ、神戸の特色をだし、いいDJたちを育てていた、地方から地方に移り住む彼らフリーのDJは過酷なものだ。僕が好きなDJは結婚して引退したが、荻田ゆみこさんというひとだった。彼女は最終回、泣いていた、結婚して子供できて関東に。もともと、武庫川大学の薬学をでているのだ、記憶のいいかたなら覚えているだろうが、ぼくの北海道の旅で出会った女の子も、そこの大学(関係ない)しかし、そこで、彼女は夢をおい、アナウンサーを目指す、薬剤士になれよなーと家の母は激怒するだろー。しかし、現実はきびしく、なかなかなれない。都落ちし、みんなそうするように、愛媛にゆくのだ。しかし、またまたあきらめず、関西を目指す、何年かたち、吉本のほうで仕事をみつけ、そして、またフリーになり、やっと、地元にもどり神戸のFMで放送をできるようになった。外人の大物タレントがきては、きちんと自分の英語でインタビューしわかりやすい言葉で通訳もしていた、洋楽を聞くにはわかりやすい番組であった。しかし、改編でおわり、引退し、去ってゆく。もうひとり、地元の僕のちかくにすんでいた、今も実家があるターザン山下。彼は本当にいいやつであった。転職を繰り返し、なんとか、クラブのDJとかまああ、英語は荻田さんほどではないが、いい声であった、ラジオとレコードが好きなやつで、神戸の仕事がなくなり、名古屋のFM愛知の朝の番組の帯をもらい、引っ越して数年たつ。しかし、その番組の裏はつぼいさんのCBCのAMという強敵がいるが、なんとかつづいているそうだ、つボイさんもそうえいば、思い出すのが、オールナイト日本の金曜日。最初は一部も二部もやっており、そのうち、神谷明さんが二部を担当、つボイさんの放送はほんとうにおもしろく、高校でも人気絶頂であった、しかし、激務に耐えかね番組をおり、ヤングジャパンもやめてしまう、あれはほんとうにショックであった。番組がおわり、といわれれば、おわり、何回きかされたか、番組がおわる、あのさみしさ、深夜の勉強の友であったのが突然いなくなり、ぜんぜん違うやつが放送をし出しても聞く気になれない。ラジオにはがきを投稿する僕は、あるときラジオ聴取率調査のアンケートに選ばれたことがある、あれは不思議だった。突然、ピンポーンと若い女の子がきて、「あなたが、このアンケートに選ばれました、協力してください、」と、分厚い封筒を渡されたのだ、僕がラジオを好きなのがどうやってばれたのか、なぞだった。あなたのすきなDJは?で数多くの名前があった、丸をするのだが、なんどもみてもつボイノリオの名前はなかった、ぼくはわざわざ、欄をつくり、つボイノリオ と書いたのである。オールナイト日本をおりた、つボイは再び、名古屋ローカルで仕事をこなしながら、将来に不安を感じ、針きゅうの専門学校にもかよいだす。ぼくは、なんとかして彼の放送を神戸から聞きたいとおもい、ラジオのアンテナにフィーダー線を延長させ屋根にまで張り、雑音の中にCBCやFM愛知のダイヤルをあわせた。当時、BCLというブームがあり、短波放送でハワイやエクアドルの放送を聞くというのがあり、高感度の松下のクーガーというラジオをもっていたが、そのラジオでも聞けなかった、とうじ北朝鮮と韓国の政治放送とその妨害電波、ソ連極東の電波など、もろにそのエリアと周波数は混信しまくるのであった、そこで、つボイさんのファンクラブ、いもつボイ団にはいり、そこの会員の女の子と親しくなりラジオをテープに録音して、送ってもらう約束をした。何回か、送ってもらい、やって聞けるようになり、コンシャラなどを聞いていたがそのうちテープもこなくなる、「勉強とクラブが忙しく、おくれません・・」がっくりだ、そんなこんなしてるうちに大学受験、下宿生活が京都で始まり、あるとき、ラジオ欄を見ていると、余談ながらラジオ欄がテレビ欄から切り離されたのも衰退の原因であろう、あるときラジオ欄を見ていると、ハイヤング京都につボイさんが登場!おもわず、一回目の放送で、蛤ゴモンの前に深夜、でまちをして握手した、やっと、みじかにつボイさんの放送が聞けるようになりながら、ラジオは卒業してしまいつボイさんとはおわかれになってしまうのだ。つボイノリオ『一宮の夜』《送料無料》つボイノリオ/ジョーズ・ヘタ(HQCD)(CD)ここ『つボイノリオの聞けば聞くほど』15周年記念CD bookポニーキャニオン つボイノリオ/ジョーズ・ヘタ
2009.01.24
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谷山浩子/ここは春の国1980年11月21日にリリース6枚目のアルバム。当時、谷山は自分の音楽性を周囲に理解してもらえず、行き詰まりを感じていた(その時の心情は『ピエレット』に現われている)。その中で大島弓子の漫画『綿の国星』は心の支えとなり、A面の全曲(「猫が行く」~「FU・SHI・GI」)はそれをモチーフとした組曲となっている。大島は、この後の『水の中のライオン』に収録された「鳥は鳥に」で作詞(谷山との連名)で参加している。猫が行く 草の上 エッグムーン カーニバル FU・SHI・GI スケッチブック そのとき ピエレット あやつり人形(アルバムバージョン) ここは春の国 最後の曲の作詞は森田荘平というひと、この人が誰か?長年の悩みであった、ニコニコ動画でみつけてはどうだろうか、あさがおさん。おやすみ
2009.01.24
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はい、こんばんわ、みなさん、全席自由席の深夜風呂具便であります、思えば、昔高校生大学のころ、深夜ラジオに憧れDJになりたいとおもったものです。当時、ラジオ全盛のころで、今活躍しているひとはほとんどが深夜放送で腕を磨いた人ばかりです。ぼくは、大学にゆく、もんもんとしながら、夢を追い、しかしそれでも、かなわないものだった。いろんなオーデションを受けてみてもテープ審査で没。当然だろう、カツレツもわるい、声もわるい、しかし、それなら、自分たちでやろうと、自分でラジオ局を作る。いわば、海賊放送。完全に電波法違反、当時、はやり始めていタ、ミニFMをしたんだね、何度もここで述べていますが、土曜日の夕方はリクエスト生番組を3時間していた。6時から9時まで、10時からはバイト。近所の中学生たちが、聞き始め、興味をもつんだが、彼らのリクエストはアイドルばかり。リクエストしても、かけるレコードがない。「なんや、レコードないやないか?」親父が某大阪の銀行の支店長という中学生が電話してきた、「ごめんな、ないねん、」数分たち、ピンポーンと誰かくる、放送中に誰くるのも不思議なもの、なんと、さっき電話してきたやつが見学をかねて、このレコードを流してくれというのだ。見学といっても、6畳の部屋。いすにすわり、落としなく聞いていたが「リクエストしてもかけるレコードがないぞ!」と野次をとばす。しかし、事実であった、次の週から、相棒が仕込みをしてきた、友人たちに事前にリクエスト曲をきめてレンタルレコードから借りてきたり、本人からテープを借りてきてわざわざ、電話させて、曲をながす、というやらせのようなことをした。本当に、金がないから仕方ない、自己満足の放送で、誰からも一円ももらえない、逮捕覚悟の放送だったからね。相棒の男は一年後輩で、最初は僕の放送を聞いていてサークルに参加してきた大谷大学のやつだった、彼はアナウンサーになるのが夢で何回も何回も全国の放送を受けておちつづづけた、僕が引退し、卒業し、下宿での放送がおわり、スポンサーがついて、スタジオを貸してもらい、そこで放送がはじまるんだが、翌年以降。しかし、そいつは、暴走してしまい、卑猥なギャクなどを連発し、とうとう、サークルの部長から、退部命令がでてしまう。あわせて、スポンサーも降りてしまい、スタジオを追い出される。流浪の海賊放送局となる、大学の学外団体で、あちこちの大学生のひとびとがサークルに参加してくれた、僕が言い出した夢がいろんな波及効果をおよばせながら、NHKにもはいった後輩もいたらしい、いつしか、うわさも聞かぬ場所にいき、とうとう、蒸発するように消滅したらしい。いつか、また、やろうとぼくはひそかにFM電波を飛ばす機械を購入していた。転勤引越しを繰り返し、そのダンボールは10数年そのままでとうとう、結婚したときに嫁に捨てられた。僕の夢がそこで終わったようなきがした、Kowarekake no Radio
2009.01.23
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こんばんわ、最近、ヘビーな事件がおおく、参ります。人類滅亡カウントダウンなのか、もしくは、男という生き物におけるエラーなのか。男が存在し、女が存在し、それぞれの役目を果たしいきているんだ。昨今の残忍な事件はほとんどが男、無意味な殺しは男がおおい、女性は恨みなどないかぎりひどい事件をおこさない。男の性器の異常がでていると、NHKでやってたな、精子がここ5年で急激に減少している。20年前から統計をとり、欧州では不妊の問題が大きくなっている。この5年で急激に減少するとすれば、携帯電話であろうか、電磁波の影響であろうか、睾丸というものの中に精子をつくるんだが、ここでは男性ホルモンの分泌される。テストロテンというステロイドホルモンがあり、これは男性でも女性でもあるのだが他人とかかわることを嫌ったり、攻撃的になる心理的な側面をもつ、しかし、一方、うつ治療に有効であったりするらしいが、ほかの問題も引き起こすらしい。いろいろな現象がおきている原因はどこにあるのか、ぼくが妄想してもしかたないのだが、前にも書いたが、物事には必ず、原因がある、そこに帰結する、その経緯も事象もなかなかみえにくく、くりかえしおきる交通事故の原因が信号の高さであることをきずかないように、なんらかの問題があるのだろう、過去歴史において、いろいろな問題がおきて、そのつど人々は推測したり考察したりしたのだろう、しかし、科学が発達していないからどうしようもない、おそらくだから、差別や偏見などはそこから既成したのではないかとおもうのである、それをいまさら肯定するのではないが、抑圧して隔離してしまえば、問題はおきにくいということである、人々と係わり合い、干渉し、生きることをあんまりいまは、望まない社会だ。これも不思議な現象だ、余計に、犯罪予備軍は孤立するわけだ。生物としての男は、家族を守るために戦うわけだ、しかし、家族にも見放され、女にも見放され、仕事もない、そういうやつは存在意義もなく、自暴自棄にパフォーマンスする衝動にかられる、しかし、99%の予備軍はコントロールするわけだ、母や父の愛をおもいだし。
2009.01.22
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JIの歌は名作が多い。時を越えて という歌は、愛すべき人を時を超えて守るということ、命の輝き、あなたはもちつづけよ、時の川で僕が守り続けたい。昨日とそのまえ、残忍かつ暴力的な事件の裁判があった、名古屋の闇サイトの殺人と千葉の下水管に流したばらばら事件、この二つの事件をネットのニュースで読んだ。その残忍は極めてひどい、悪質としかいいようのないもの、人間としての本能がどうあろうとも、でかいむだな脳をかかえつつ、彼らは抑制(コントロ-ル不能)のきかぬもの、支配されるものは暴力、こいつらの脳をぜひ、分解し、どうなっているか微細に人体実験でもいいからやってほしい、必ずなんらかの発見がでてきて、それだけでも役に立つかもしれない。人の人権を奪うものには自分も人権など擁護されるのはおかしい。世の中のニュースがどんどんひどくなる、ガザ空爆のはくりん弾。花火のようなきれいな悪魔の爆弾、過激ハマスへの反撃である、ユダヤの国であるイスラエル、彼らが旧イスラエルを失い全世界に流浪の旅に、千年のときを超え、彼らは貧しくも知恵を絞り生き抜く、シオニズム運動がおき、イスラエル建国運動がおき、皮肉にもドイツヒットラーにおけるユダヤ迫害のおぞましい殺戮などにより、加速しイスラエルができ、しかし、中東の情勢はかわって、マホメットの教えを過激にまもろうとするものたちや、パレスチナの国を失う、複雑な様相をみせる、思想、宗教、民族、国などの対立。前にあげた残忍な事件は、思想も宗教もない。理性を維持するものの要因は、家、家族、血族などである。情というものがない、それはキリストでは愛であり、仏教では慈悲であろうか、この事件の背景にあるものがひとつに、家の崩壊であるといえよう。彼らの多くはまともなひとつきあいもできず、ましてや、異性との付き合いもできず、就職してもとけこめず何をしても、うまいことがゆかない、その理由のほとんどが自分自身であることをきずかず、社会や生い立ち、境遇のせいにして、決して、反省することはない、あの、大阪の三菱銀行立てこもりをした犯人でさえ、母が立てこもりをやめるように説得しに田舎からでてきた、やつら犯人にも親がいて、家族があったろう、今、その人々は絶対、そういう行為をしらぬぞんせぬと、無視するに違いないだろう。それだけの冷たい環境で養育されたなら感情ややさしいきもちは起こりえない、だから、そういう事件をおこす。数千年前から繰り返す、人殺し、暴力、そのために宗教ができ、倫理観をうえつけようとしたのだろう、明日もまた、どこかで若い女の子が殺される、誰もそのニュースをきき、おどろき憤慨するがすぐに、忘却のかなた。政治家も宗教家も、政治屋と宗教屋になり、マスコミのくいだねになりだれっも、解決の糸口を探ろうとしない。いかれたやつらこそ事前に救済なけらば、犯罪は繰り返すだけ、
2009.01.21
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にぎやかな都会の景色は 変わる万華鏡 いつでもきみを驚かせる 七色プリズム きみは おふるのスカート はじらうように それでも瞳を輝かせて 街を歩いてたね カントリーガール きみの目の中で 夕焼けが燃える カントリーガール きみのほほえみは 草原のにおいがする 好きだよ!一番ですね、1980年ですね、このEPはヒットしました。時間の都合で3番しかない、いや4番はつきだしたのか?とまどいがちのきみの視線が いつも追いかけるのは長い煙草をきざにくわえた 若い男だったそいつがある日 きみに手わたした 青い封筒手紙の中に書かれていたのは こんなセリフだったねカントリーガール きみの目の中で 夕焼けが燃えるカントリーガール きみのほほえみは 草原のにおいがする好きだよ!ここできざな男が出てきて、いきなり、ぼくをさしおいてラブレターをおくるんだね、まいったね、先をこされたんだね。あいつがきみを捨てたのは たった七日目のこと化粧のうまい おしゃれな娘に さっさとのりかえたのさきみは鏡に映った 自分の顔にむかってあいつがくれた いつかの言葉を 泣きながらつぶやいてたねカントリーガール きみの目の中で 夕焼けが燃えるカントリーガール きみのほほえみは 草原のにおいがする好きだよ!いきなり振られるんだね、手紙わたしといて、ぼくは初めから終わりまで きみを見ていた真っ赤なルージュ そっとひいてみて すぐに拭き取ったのも今すぐうしろをふり返れ ぼくはここにいるよぼくが書いたあの手紙の言葉を もう一度きみに贈ろうカントリーガール きみの目の中で 夕焼けが燃えるカントリーガール きみのほほえみは 草原のにおいがする好きだよ!で、ここでぼくがでてくるんだけど手紙の言葉を僕が書いたということで、謎がふかまるんだね。僕は30年近く悩んでいたんだ、ぼくときみと、きざなおとこと多重人格なのだろうか、ということで、ミ区シィできいたんだ、たくさんの意見をもらって理解できた。まあ、歌でもいこう《送料無料》谷山浩子/白と黒(CD)ポニーキャニオン 谷山浩子/カントリーガール
2009.01.21
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How ワンダフル! 倉田まり子見ごたえのあるTUBEですぞ、みなさん。TBSテレビの番組家族そろって歌合戦が長崎県島原市で収録された際に出場したことをきっかけにスカウトされて上京。NHKの人気歌番組レッツゴーヤングのサンデーズの一員として1978年4月からレギュラー出演(~1981年3月)した。芸名の「倉田」は、作曲家で当時レッツゴーヤングの司会を務めていた都倉俊一から一字もらったものと言われる。1979年1月に「グラジュエイション」でレコードデビューし、伸びやかな高音としっかりした音程でしっとりと卒業式の気持ちを歌いあげて本格派歌手の素質を感じさせた。1979年8月に発表されたシングル3曲目「HOW! ワンダフル」のヒットにより人気を確立、その年の日本歌謡大賞 放送音楽新人賞 、FNS音楽祭 最優秀新人賞をはじめ、多くの新人賞を受賞。また、石川ひとみに顔が似ているとも話題になった。また抜群のプロポーション、脚線美の持ち主だった。歌手活動の他は、あだち充原作漫画「ナイン」の声優、またテレビドラマ出演(気になる天使たち、ちょっといい姉妹 等)などで活躍していた。しかし1984年に発覚した、証券取引に関わる詐欺事件、いわゆる「投資ジャーナル事件」に巻き込まれ、マスコミに騒ぎ立てられたため、芸能活動から引退する事態に追い込まれた。
2009.01.20
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アイドルにしては遅いデビューだったらしいが、ぼくはまったく、記憶にないが、とてもいいんだなここ
2009.01.20
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小野香代子 さよならの言葉この歌もいいのだ。八神純子に提供したが、本人のほうがいいのだ。ここ
2009.01.20
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1978年のポプコン入賞したんだね、どうも、この歌はたまにききたくなる。《送料無料》柴田まゆみ/白いページの中に and more tracks(CD)ここ
2009.01.20
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じわじわと、不況の風が吹いて影響が出てきている、いまのこの20年の景気を支えたものは、豊かさへの消費であったんだとおもう、しかし、その豊かさは実体のない空虚なもので実際は砂のお城のように崩れ去る。家電の進歩のより、主婦の労力は軽減し、その分、パートへ行けたり、趣味をしたりできた。しかし、安売り合戦をおこない、家電メーカーは利益がとれなくなり、販売店もつぶしあうしまつ。細々と僕自身も馬鹿にしていた街の電気屋さんは生き残っている。これは正直な仕事をしてきたからだろう、直せるものはなおし、電球ひとつでも交換してあげ、親切に丁寧にせつめいし、売りっぱなしをしない、あの大ごみで捨てられているテレビや、家電、これも無駄な社会せいかつの結果。僕の町には、デニーズがあるんだが、最近、ぜんぜん、お客さんはいってない。その店ができるまえから、そのデニーズの横のある喫茶店。10数年前にデニーズができて、そのときに、その店はつぶれるだろうと、おもっていた。しかし、つぶれない。今でも営業している、もしかすると、デニーズは利益が出なくて撤退するのではないかと推測する、おそるべし、喫茶店、10数年の戦いのあげく、勝利するのである。なぜに、そうなるか、根本的に利益構造が違う、客層が違う、コンセプトがちがう。自分の店で自分たちが稼げるほどのものであれば、ランニングコストは低い。一方、大手は、常に数字をあげるために無理にでも店をだし、本部費用や新店の費用などをオンしてゆくので、利益がでにくい、客層が違うのは、基本は地域に根ざしたものであり、徒歩圏内であり、喫茶店の繁盛はいかにいいコミニュティをつくるかである、しかし、大手は常連の顔を覚えているものはわずかで客は数をこなすのがせいっぱい。店長や社員はどんどにれかわり、自分の店自分の客という意識がない。コンセプトは、要するに考え方だが、大手は数字を追及し、個人の店は顧客のくいのこしまで見れる顧客の満足をしるためにがんばる。大手のチェーンは米国でもそうだが、必ず、店数が能力を超えたころから失速し、やがて崩壊する、その能力は本部の社長の力量でもあるし、コンセプト疲労をよくいったのだが、考え方がかわることができないのである、いいときしか知らないものだから、いざ悪くなるとどうすればいいかわからなくなる、ダイエーが失速しはじめたとき、テレビである店の店長が店が古くて客がこない融資してくれて店を改装したい、といっていた。この言葉を聞いて、僕はあきれた、もうだめだ、とおもった。もともと、汚い店で、ダンボールを並べてうっていたんではないか、それでも、売れていたのは安いからではないか、安く売るために汚い店でもよかったんだ。いつからか、そういう他力本願な、大企業的なサラリーマンな発想であるのであろうか、こういう、不況のときこそ下克上における戦いのチャンスである。
2009.01.19
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昨日はメンテナンスで2時から・・。今夜はまず、石野真子さんですね。そのご、大活躍で、しかし、家が家事で全焼してしまう。その火事で、なぐさめてもらったのが、長渕なんだ、長渕のラジオにでたのがきっかけ、たくろうがよくやる手です。それがきっかけで、つきあい、結婚、石野真子さんは結婚して、引退するのが夢だったんですね、百恵さんのように、しかし、人生はそううまくいかない、シナリオ以外の道に進む。離婚し、また、復帰。いまや、アイドルは大和撫子と続き、「絶滅危惧状態」、モーム巣やあのあたりは、どうもなんかちがう、なんか違う、心にミートしないね、「一目ぼれ」基準というか、作られたものというか、そこが違うのだろうか。そこは社会全体が変質していった背景もあるのかもしれない。まず、家族団らんでテレビをみる機会が減少したのではないか、まず、子供部屋がいけないし子供専用テレビというものがあるのかもしれない。国民という範疇ではまとまらない状態の個人的なものであったのか、良質の音楽番組がない、スター誕生という番組が終わってしまってかなりになるがこれも影響がおおきいだろう。純な部分が減少しつつあるのかもしれない。やけに歌はうまいが、こころにつたわりにくい、技術はいいけど、心はいらずのような感じもする。
2009.01.18
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EPレコード「石野真子」の「ジュリーがライバル」【081022_レコード】石野 真子(いしの まこ、本名同じ、1961年1月31日 - )日本の女優、歌手。フロム・ファーストプロダクション所属。兵庫県芦屋市生まれ、身長156cm、みずがめ座、A型。日本テレビ『スター誕生!』出身の元アイドル歌手。NHK紅白歌合戦出場2回。実妹に女優のいしのようこ(旧表記・石野陽子)と宝乃純(旧名・石野敦子)。尼崎市のカトリック系女学校の私立百合学院中学校に進学。同校は関西の上流家庭子女が学ぶ名門。石野家は非常に躾に厳しく、中学高校時代の帰宅時間(門限)は16時30分で、1分でも遅刻すると父親が「どこへ行っていたんだ」と玄関で待ち受けていた中学1年の頃、日曜日の午前11時に放映されていた日本テレビ系列のオーディション番組『スター誕生!』をよく見ていた。同番組から歌手デビューした白いエンジェル・ハットの桜田淳子の活躍を見て「私もあんな風にテレビに出たい」と密かに決意する。 中学3年の終わり頃になり、躾に厳しかった父親も何か習い事をすることには理解を示してくれる。歌が好きだった石野は歌のレッスンを受けたいと父親に相談すると、「きちんとした所に通うのなら、いいだろう」と許してもらえた。平尾昌晃歌謡学院大阪校(現在の平尾昌晃ミュージックスクール大阪校)のオーディションを受けて合格したことで歌のレッスンに通い始める。この頃にデビュー前の川崎麻世と文通をしていた。この時期二人は、共に平尾昌晃歌謡学院大阪校へ通う生徒だった。 4月、百合学院高等学校に進学。ただし、同高校には2年生の2学期までの在籍で、歌手デビューのため上京後した2年生3学期からは堀越高等学校へ転校をした。 この年の秋、平尾昌晃歌謡学院の先生から「本気で歌手になる気があるならオーディション番組を受けてみないか、君の実力ならきっと受かると思う」と勧められる。これがきっかけで日本テレビ系のオーディション番組『スター誕生!』に応募ハガキを出す。父親に「オーディションを受けてもいいかな?」と訊ねると、「どうせ落ちるんだから、まあいいよ」と反対されなかった運命の『スター誕生!』第20回決戦大会に出場。(東京の後楽園ホール、放送日1977年4月3日、司会:萩本欽一、ゲスト:ピンクレディー、野口五郎)。父親から「これに落ちたら、もうオーディション番組を受けたいなんて気持ちを起こすんじゃないぞ」と念を押されて挑戦した。再びダニエル・ヴィダルの『天使のらくがき』を歌う。「11番、石野真子、一所懸命頑張りました、どうぞよろしくお願いします!」と挨拶した石野に対し、スカウト意向の芸能事務所プラカードが16社挙がる。デビュー曲の作曲を担当する吉田拓郎とは東京六本木のバーで初めての対面をする。この時の“石野真子”の印象について、吉田は後に著書の中で「本当にこの人デビューするんですか?」と思うほど太っていたのだが不思議な芸能界は3ヶ月後(レコーディングの時)には見違えるほど変身させて連れて来たここ
2009.01.18
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前にも書いたが知り合いの知り合いの知り合いが阪急神戸線の芦屋川駅でデビューまえの石野真子のひとめぼれ、告白するが、ふられる。【レコード・EP盤】(中古) 石野真子/狼なんか怖くない春という日は三人の日とかきまーす。ここ
2009.01.18
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きたね、とうとう、一月十七日。それぞれの日、もう14年。隣家の壁に残る家の跡。ぼくがずっと、ガスとの店長だったころ、震災の日は、12時にお客さん全部、従業員全部でなくなった人をおもい、黙祷したんだ。みんな、たちあがり。強引なことをするもんだと、思い返すが、あのときは、死んだ人に申し訳ないご飯を、あたたかいごはんをたべれることを感謝して、ご冥福を祈るためにみんな、立ち上がり、協力してくれた、それぞれの人々に中に震災のドラマがきっとあったんだろうと、思い返す。地震で両親を亡くし、大人になり、震災孤児同士で出会い、結婚し、子供を生む。自分たちの家庭というものを築き上げる。でも、自分の中では空白の父母。手探りでいきている。彼らにとって、もう振り返ることは許されず、子供のためにこの不況を懸命にいきる。肉親をなくした人々には耐えがたい日。消防士の苦悩。水がない、水がどこにもない、消すことができない。目のまえのある火事を消せない。群集たちは自分の家が燃えてるのに水を出せない消防士にどなる、「はやく!けせよ!」口々にどなる。電話がつうじず、次々に消防にひとびとがたすけをもとめてゆく、次々にでていき、最後に電話番だけがのこる、でも、電話は通じない。この消防士の手記のようなものが本となりだされた、彼らの多くはPTSDになったんだとおもう。彼らの苦闘はそれからも何日も続く。警察官の苦悩。兵庫警察署は被災し、一階当直の警官が数人なくなった。警察が治安をまもり、交通を誘導しということが麻痺する。姉の友人の夫は、何日も何日も家に帰れず、仕事を続け、あのときは瓦礫の粉塵の危険も気にせず、結果、半年もたたぬうちガンになり、子供たちを妻をのこし若くしてなくなった。懸命に生きる未亡人は子供たちを大学にまでいかせた。震災の数年後、神戸新聞の夕刊の一面を見て驚いた震災の特集で、おさななじみの女の子が、なくなった、その子供が天国に向けての詩がのっていた。いまは、もう20歳を超えた大人になった。人がそこで死んだ、あそこで死んだ、そういうことを繰り返すと、だんたん生き死感覚がおかしくなる。地球にしていれば、当然の動きが地震で勝手に人間が繁栄して生活してそのたびに破壊し、そのたびに創造する、日本は災害のおきやすいところ、おそらく日本が優秀であるのはその反復の努力の蓄積であるのだとおもう。14年もたてば、もう忘れ去られるものだろう。しかし、ぼくは昨日のことのようにおぼえている。阪神高速が崩壊し落下しているところに朝出くわしたときは、頭が真っ白になった、白バイが走り回って、下じきになった、トラックの運転席を覗き込みどうしようもできないのに、なんとかしようとしていた、あの白バイの警官もうなされる日々がつづいただろう。運。運命というものを感じた、前にもかいたけど、スキーにいった女の子、バスで朝にかえるんだね、家についた、地震の数分前、かぎがない、朝早いし、しかたない、おかあさんをおこそう。チャイムをならす、やっとのことで母親は出口まででてきた。その瞬間、大きなゆれがきて、家が押しつぶされた。阪神高速でぎりぎりでとまった、あのバス。あのバスの運転手はあのとき本来の乗るべきひとでなく、その人が風邪で交代し勤務。彼はとても運の強いひとらしく。いま、神戸の町や、実家の近くにゆくと不思議な感じで、自分のまちというきがしない。風景がかわり、建物がかわり、人がかわり、店ももかわり。なくなり、違うまちのようだ。あのときあの場所でという思い出が消えてしまった悲しさがある。日本列島の成り立ちは地震の産物のようなものだけど、早く地震予知ができてほしいもの。6400人の命を奪った活断層破壊は次は600年後だろうか、そのときは人類はいないかもしれない。
2009.01.16
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プログタイトルを変えました。スペイン語で、気まぐれものとかいういみです。気まぐれにいろいろやっているので、それでいいのだ、地震でつぶれたマンションが建替えかどうかでもめて10数年たって、やっと再建。このケースは悲惨な場合がおおい。まず、建物がどこかいたむと、補修かどうかきめるんですが、自分の部屋は自分のものという意識があっても、ほかのところがつぶれてもすめるのではないかと、誰しもおもいがち。で、全員の合意がないと立替ができない法律があって、それで、できないケースがおおかった。そもそも、解体するのに数億円かかる、震災のあとは。国がだしてくれたが時間がかかりすぎると自費になる、ローンをおわってないひとは、二重ローンとなる。これで自己破産したり、自殺した人もおおかった、それで、10階を階数増やせてその分、管理組合に収入として負担を減らそうとしたがこれまた、最近における不況で売れない、イメージもわるくなり、売れない。もうほかにすむところを決めたひともいて、ひどいとこは半分もあいてる。これは、この先かなりひどいことになる。踏んだりけったり。役員にひとはもう、苦労の連続でしまいには、田舎にひっこすひともいる、震災もたいへんだが、その後のほうもかなりていへん。
2009.01.15
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いかれた暴走する連中が最近おおい、。まだ、バイク乗りまわして暴走族のほうが冷静だったりする、脳が暴走している様子。中央大学教授が大学でめったざしにされたそうだ、背景はわからないが、恨みを持つさし方だそうだ、元学生か、成績のことでだろうか女性を殺害しばらばらにして下水にながした、あのジャンキーやろうは法廷でわけのわからないことをいったそうだ、「私は死刑だ!」こいつは精神障害をよそおうことにより、死刑を免れようとしているのだろう、こいつの脳も暴走してとまらない。なんで、こういう異常なやつが存在するのか、何度もいっている、「人類滅亡、第六の絶滅」へのプロローグであろうか、刺されて死んだ人は罪がない、もう人権もくそもない、存在がなくなる、しかし、加害者は人権どうのこうので保護される、ここは自由主義の人間の尊重でいたしかたないのだが、社会主義か、共産主義なら、個人よりも社会を優先するので即座に射殺だろう。人間は動物であるということを認識すべきであろう、人間だけがえらいとおもいきや地球の中では一番の悪であり、ネガティブエラー続出の神様の失敗作のかんじだ。高等であるはずの知性をもつ動物、人間、抑制が効かぬ脳は何が原因であろうか、脳を改造し「悪」を撃滅すればいいのだろうか。-----------話がとんでもないところにゆきました、反省。-----------ところで、阪神淡路大震災のときには、くっきりと「善」「悪」がでた。しかし、ほとんどの人間は「善」なる心で人助け、助け合うこころをよみがえらせた。あれは感動的であった。しかし、いまや、その心もうしないつつある。ヤンキーたちが、閉じ込めらた人々をたすけたり、神戸商船大学の学生が、数十人の住民をたすけたり。かくゆう、ぼくも瓦礫になかから近所の夫婦を助け上げた。勇気というものが自分にはあったのかと、いまさらながら、衝動意的であった。しかし、全国のどろうぼうが神戸にきたり、避難所でレイプ事件があったり、報道規制があった事実をみんなしらない。悪という心をもつ人間はいるということである。日本国中を震撼させた、神戸連続児童殺傷事件のあいつも地震を経験していながら事件をおこした、おそらく、関東平成大地震か、東海大地震では大変な惨状となるだろう、しかし、助け合い生きてゆくことさえ守れば、人類の危機は回避される。
2009.01.14
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麻生総理ぼろぼろ、というかんじだ。しかし、あのばら撒き定額なんとか、あれで余計に国民はむかついているようだ。自民の中でも離反するものや、棄権するものがでて、さんざん。しかしな、安倍福田のあの始末のあとだし、大変なときだ。で、選んだのは自民の連中だ、早速、半年もたたぬうちに足をひっぱりたおす。こうなれば、次もその次もおんなじことばかりで、「烏合の衆」= 自民党 なんではないかね、あのばら撒きも思い出すのは「地域振興券」というわけのわからないしろもの、あれは公明が考え出したもの。参議院も存在意義がないし、国会は機能不全だし、どうもこうもない。やっぱ、つぼを抑えてるのは、役者小泉のおっさん、国会のリストラをしろ、といってる。いろんな意味合いで、民主主義は軍国や独裁にはしらないように、考えて作られている。しかし、非常時ときは、どんどん対策をたてないといけない。議論すべきときに議論せず、選挙のことだけかんがえている、民主もおんなじ、政権交代のことしかかんがえてない、ぜんぜん、実現しそうにないことばかり。大臣もころころかわり、官僚がいて仕事してるからもつもの。、もう、政治の仕組みをかえるべき、日本の形も変えるべきだ。日本は道州制にすべし、国会はなくすべき、地方に国家をおくつもりでやるべきだ。北は、ロシアから、南は中国、いろんな国々と連携してスムーズな物流をつくればEUや米国などに対抗し、強い東アジアをつくれる、国内で生産消費する仕組みを再構築するのはむずかしい。東アジアのものが日本にあつめり、全世界にゆくようなグローバルな流れをつくりその流れにのらないといけない。幕末は国といえば、「藩」の意識でしかなかった。この国に政治家を見ていると、大いに失望し、幕末のひとびととの差に呆然とする、矮小な人物ばかり、
2009.01.13
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本日は神戸では成人式のようでした、晴れ着のおねえさんをみましたが着物はきれいな晴れ着なんですが、つけまつげでヘアーもいまふうというか、ぼさぼさというかわけのわからないかんじ、げっそりしました。僕の感覚が古いのか、この時代のセンスがそうなののか、まるで、外人が「ゲイシャガール」を演じている様子、どうも、大和撫子が絶滅危惧種になっているようです。携帯かたてに、大また歩きで、未来がどうなるのか、まさに、日本珍没です。しかし、なぜに、晴れ着をきるのか?その精神にも不思議なものを感じます、僕たちの世代でも、偏屈王がいまして男女同権であるなら、女もスーツでもいいのではないか!と反発し、また、親の見栄がほとんどはいるので、その金で海外にゆかせろ!というかんじでした。しかし、今、晴れ着も減少したが、なんで、似合わないのに着るのか?753の感覚に近いんだね、成人式はたしか1/15だった。あのとき連休で1/16が代休でした。なかなか、地震の前夜は眠れなかった、というのも、不眠症になっていて、一睡もできない日が週に一回もあった。阪神大震災の前夜は、その眠れない夜でひたすらオキテイタ。あのときの揺れはかなり長く感じた、そう、数々の断層が動いたので断層がずれて破壊され、野島断層からドミノ倒しのように阪神の宝塚や伊丹にかけて動いたので、それぞれのゆれが加算されて長く感じた。まず、縦に揺れる、そのまえにわずかにゆれる。縦にゆれたあと、すこし、納まる、次に横揺れがくる、地殻の中の関係だ。六甲山は1000メートル近くある、100万年かけてできた、山上近くには海底の化石が見つかる、六甲山が隆起する一方、大阪湾は沈下している、これが深い。だから、神戸の港は大きな船でもはいれた。長崎も横浜もそういう構造であり、横浜も地震になるたびに同じ現象がおきる、相模湾も震源地がおおい。地震によって、さまざまなことがおきて変化する、これは当然ですが、人間の生活スタイルもかわる、この地震前にはパソコンもマニアしかもたなかったし携帯もメールもない。もう、あんな経験はしたくない、
2009.01.12
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背景画像は御影の阪神電車の北側、この阪神の電車は全部廃車、この地域は火災も発生し、悲惨な状態となった、この場所の500メートル南のほうにぼくはいた。1995年1月17日がもうすぐ14年。ブラジルのいんちき予言者には本当二頭にくる。この場所というのは、蛍の墓の場面でもでてくる、長七の先祖とも大いに関係のある、阪神大空襲でやられたところでもあり、阪神大水害でもたいへんなところでもある。この北のほう、御影公会堂の北側の公園で、小田さんが神戸元気村で演奏しにこられたということを最近、ちゅぶでみた。地震がおきて、たくさんの人が建物の下敷きになり、延焼する火事が目前にきてたまたまたすかった家族がなんとか、たすけようとするんだけど、火がせまってくる、泣き叫ぶんだ。そこの人々は逃げずに立ち止まった、どうすれば、火を止めれるか、みんな、家々からバケツ、ゴミ箱、ぷらケースを持ち出し、石屋川に向かった。しかし、護岸はたかくしたに降りれない、数メートルになる、それでも勇気ある人がおりて、バケツに水をすくう、その水をロープであげて、走るんだ、火のところまで、人が集まりだし、リレーでおこなうことになった。次々と、いろんな入れ物で水を渡す、かなりの距離だ、何時間もかかかり、川の水をバケツやゴミ箱ですくい、道をリレーし火をとめたんだ、すごいことだと思うんだ、でも、みんな、火を止めても、家族は死んだり、家が全壊だったり。呆然として、破壊された家。焼けた家をみて、もう、夕暮れだ。みんなにとっては、大切な町、なんとか火を止めたことは美談、しかし、おそらく誰も口にしない、恐怖との戦い。PTSDになったひともいる。17日までは、地震の話を続けます。
2009.01.11
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また、あのブラジルのいんちき予言者が、いらんことをいっている、1/25に大阪神戸で大地震があるとか、昨年、愛知岡崎で地震があるとかいって、住民の一部がパニックになり、水とかかいまくったらしい。皮肉にも大雨ということになったがしかしね、あのブラジルのおっさんを日本に広めて国民を恐怖に陥れたのがテレビだよ、また、こいつらですぞ。このおっさんの予知があたっていたとかいうけれど、その証拠はすんごくいいかげんなものです、ぼくが、あれ?とおもったのはフセインの居所を見つけたから、かね払え!と米国政府に言ったから、「はーはーん」ときましたね、こいつは、輩でないか、しかし、本当にテレビはこの先、未来がないね、インターネットの時間は増加し、テレビの時間は減少する。もう、おんなじCMを朝から晩まで流して、うんざり、ただほど怖いものはない。テレビの三原則は「エロ」「グロ」「ナンセンス」であります。まじめなものは受けません、政治とかドキュメンタリーとか、頭の使う番組は深夜か、日曜の朝しかしていない。見ている人は、脳をつかわないようにして商品に注目させながら、テレビを見させる手法をとるんですね。しかし、ここで複雑な立場であるのが、某NHK。NHKはスポンサーが国民であるために、企業にこびなくていい、企業にきにせず、ニュースもできるわけです。そうなれば、数字は関係ないのですが、見ていても見なくてもテレビという機械があるだけで、金を掠め取ろうとしています。法律で決まっているから、やくざのようなおっさんに、お金を集めさせていました。見ても見なくてもお金をとるという発想はかなりずれています。で、僕は以前から有料のスクランブルをかけた放送で、ニュースと天気予報のみもしくは災害のときだけ、フリーにし、あとは見たぶんだけはらうようにすべきとおもいます。そうして、あとは、官公庁などのCMを入れて儲けをいれて、バランスを市場にあわせたものにすべきです。NHKの不祥事がなくならないのは、評価、成果が出にくいということです。民間にアナが流れるのは、お金と仕事のことだとおもう、いい番組をつくる、その分見る人が増え、評価をしてあげれば、目標意識ができてゆくのです。あの、プロジェクトなんとかをつくったえらいさんでさえ、ぼーっと、万引きしてしまうほど、やんでしまう環境、空気よめないやつらそれが、某NHKです。日本N本気Hで空気Kよまねーというわけです。おわり、
2009.01.10
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はい、こんばんわ、ガザ侵攻が地上部隊の住民への虐殺がおき、世界中が震撼しただろう。これは、ナチスドイツがユダヤ人迫害とおなじではないか、僕はそう感じた、ユダヤの歴史は古い。古代イスラエルは国をおわれ、迫害され全世界に散らばりながらも、ユダヤのひとびとは選民思想というものをもち、迫害されても抵抗をせず、しずかし、貧しく生き抜く、しかし、ヒットラーたちの迫害で目覚め、イスラエルを建国し、ふたたび、争いをおこしはじめる。人間そのものが、戦いや暴力で興奮し、好戦的で且つ支配欲が強く、というどうしようもない性分は数千年変化することもなく、進化するどころか、停滞している。日本人も似たようなものだ、朝鮮人中国人を下にみるくせ、被差別部落をつくり、差別する、差別される側もそれで飯を食うやつがいるします、米国でも、やっと黒人の大統領ができたが、肌の色の差別はねづよい、友人が留学したときも、常にかげくちは、イエローであった、世界は滅亡したほうがいいのかもという絶望的な気持ちである、やれば、やりかえす、この無意味な戦い。人間の本能である、戦いの本能、世界的な不況のあとは、歴史的に常に、「戦争」でそのストレスやゆがみを解決しようとする、なぜに、こう人間はおろかなるものか、ガザで起きていることに無関心な日本人、平和ぼけしています。
2009.01.09
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こんばんわ、みなさん、谷山浩子さん特集、いかがでしたでしょうか。14歳のときから作曲をはじめ、フィンガーファイブに歌を提供したりまた、ヤング101に参加したり、複雑な感じですね。「夢半球」というのは、見知らぬ人へ手紙をだす、というものになっている。このLPを出した後、いろんなひとから、あんまり評価されtなかったので自信を喪失しつつ次の作品を出したときは、どうしようもない、スランプになったという。中島みゆきも、スランプにおちいり、タムジンの言葉で救われたりしたそうだ、そのスランプというのは、自分の歌のイメージだとおもう、できてみると、おそらく僕の推測だが「違和感」を感じるのだろう、アレンジが一番重要なポイントになるのだけどこの歌は、こういう感じにしあげる、べきが、その人によってぜんぜん違うものとなる。オフコースの初期のヒット作、「眠れぬ夜」は、もともと、小田産のイメージではバラードであった、夜のゆったりとした回想であったのが、武藤氏のひとこえでアップテンポになり、ぜんぜん違うものになってしまう。で、売れたのはうれしいが、ショックだとおもう、自身が喪失す、で、小田さん、オフコースはメンバーをそろえ、編曲まで自前でするポリシーをもつ。オフコースの曲作りが、まったくの真っ白になか、天からくる頭の中でのイメージではじまる、楽譜に書きながら出なく、真っ白なまま、イメージから主旋律を描き出す。いま、小田さんをみていると、どうも、楽譜に音符をおきながらしている。脚本が映画をだめにしてしまう場合がある、イメージであるものが、違うものになる、オフコースの歌の作り方は、最後に楽譜に書き込むようなかんじで、粘土で作るようにみんなでしあげてゆく。そういうLPとしてテーマをもち作り上げるというのはすごいことだ。売れるとか売れないとかいう次元でなくて、自分で納得できるかどうか、残る作品であるかどうか、そういう職人のような感じがする、あのころの音楽と今を比較してもしかたないが、そういうレコード会社やレーベルにも土壌が有機的にアーチストを育てていたような感じがする、商業主義につぶされてしまいそうになりながら、ベストで食いつなぎながらなんとか、30年以上いきてきた人々、えらいとおもうよ、テレビもラジオも音楽をもっとほりさげてほしいね、それから、日本フォークロックの歴史は残すべきだと思う。
2009.01.08
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メルヘンものが多い中、恋愛ものもあるんだ、フラレタ女の子のさみしいきもち、というやつ、僕の好きな石川ひとみさんが歌っていたこのうた、いい歌なんですね。演歌でもいけるぐらいに、せつないんですな。ここヤマハミュージックコミュニケーショ 谷山浩子/’80S(エイティーズ)
2009.01.08
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夕暮れの歌はたくさんあるが、NSPのあの歌もすごくすきですがこの歌もすきですね。二枚目のシングルのBだったのが、人気がでて、80年になり、もう一度、シングルででた、この川はテムズかな?この曲は、「静かでいいな^」「70’s」できけるここでもきける。15歳で作った天才少女は、その後、すんごくなやむんだ。自分の歌の表現、アレンジでなやむのだ。、僕の好きな三部作まで、悩みたおしていた、らしいが、僕の中では賞賛のあらし。で、僕の中では19歳のときに訣別した、谷山音楽がそこからスタートする。
2009.01.08
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谷山さんの作品の中で前にも書きましたが、「夢半球」「ここは春の国」「時の少女」のこの三部作はぼくのおきにいりのLPであった。時の少女のLPの次の作品がブレークし、僕はこの作品で谷山作品から訣別した。で、最近、再開を果たし、また聞き始めたのはいいが、本当にこの人の作品、この世界、独自性、すばらしいものである。日本の原点の部分を感じるし、童謡のぶぶんもあるし、宮崎監督のメルヘンの世界に合致するし。河のほとりもポニーキャニオン 谷山浩子/カントリーガール初期の作品。
2009.01.08
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一昨日、千葉のほうで、子供を三人残し若い母がパチンコへゆき、残った幼児がやけ死ぬという、なんともいいがたい悲しい事故がおきた。この事件のポイントは、「ひどい母親!」でおわるものであるが、そこがまた深く見なければいけないということ、24歳で仕事がなくて子供三人も抱えて、どうやって、生活費を稼いでいたのか、というところ、それに、子供を家において出かけるほど、いわゆる、「パチンコ依存症」になっていたということ、だめだとわかっていても子供を車においてパチンコをする、その背景である、薬物依存のように、パチンコに依存しているので 精神的なまともな判断ができない。また、マスコミの批判をするが、一方でパチンコのCMを流し、一方でそれに依存するひとびとの事件事故をながし、その情報でCMの収入を得ている、おかしくはないか、パチンコなどのギャンブルはほとんど、戦後のどさくさの違法な場所を占拠した在日の人が経営をおこなう、地下銀行を経由し将軍さまのミサイルになるわけだ。世の中、おかしいことばかり、パチンコやスロットのCMはすべて禁止すべきだ、依存症を無くす精神科を立ち上げて治療してゆくべきだ、依存症は脳のある箇所で快楽物質が分泌する行為を繰りかえしたいがため、脳が要求する、理性以前の本能だ、母親として、子供を一人で育て、その苦労はどんなに手を抜いてもたいへんなことだろう、彼女の苦しみはこれからも死ぬまで続くだろう。ひどい母親だね、でおわる世間の興味。こいつは反吐が出るほど無意味な感情だ。では、その背景やいろんなことはどうなんだ。そこまで掘り下げてみてゆかないと、繰り返すだけ。パチンコ台の前に何時間もたばこをすいながらすごす、その姿は異常。ゲームをしている少年もそうだ、機械に鎖でつながれたように、パチンコ台やゲームマシーンにあやつられているのもきずかず。僕たちのこの社会は、あまりにも個人的な悦楽的な快楽的なものを求めすぎていて拝金主義であり弱肉強食であり、横のつながりや近所のつながりさえも寸断状態。「どうしたの?」と声をかけることだけでも、救われることがある、銭より善意である。ほんのすこしの、
2009.01.07
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はい。こんばんわ、今日はさむかったですね、芯まで冷えてました、こういう日は配達がおおいのだ。出るのがいやなのだ、ある家にいった、子供がこの寒空に、Tシャツと半パンででてきた、中の部屋からめがねが曇るぐらいの、暖房の風。おいおい、そんなに暖房して薄着してるなら、着込んで温度を下げればいい。一方、昼間、年金暮らしのおばあさんのいえは、寒空で、家のなかでも厚着をして、暖房費節約。不景気がどうのこうのとか、いう割りに、贅沢さや豊かさの暮らしを捨てきれないいま。便利であるし、やめることができんのだろう。僕が京都の学生のころは、暖房といえば、電気ごたつのみ、みんな亀のようにくるまりながら、テスト勉強。サッシなんかない、木の窓はずれて、すきまだらけ、雪などふろうものなら、部屋の中まで雪がくる。風呂付の下宿も贅沢、みんな銭湯。銭湯から帰る道で冷えてしまい、走ってかえるのだ、それも毎日行けるものでない、贅沢な生活が当たり前になり、そこからの貧乏がたまらないものがあるだろう、たいていのマンションにはエレベーターがつくが、昔は5階程度ならなかった。走ってのぼるしかない。車のあるいちなんぞ、数えるぐらい。派遣村の連中に、政府の高官が暴言をはき、謝罪したという。「ほんとうに、働く気があるのか?」確かに、本音で思うかもしれない、そう感じるのかもしれない、切実に働く気力や能力がないから、要するに、生きるのが下手なだけで、自分の道を切り開けないのだ。でも、それでも、やろうとしている。たとえば、生活保護を受けてる人々、実際、保護世帯のほうが楽に生活してるのかもしれない、僕は休むひまもなく、生活も苦しくそれでも、なんとかしようとしているが、そのほうがたいへんなのかもしれない、高い税金を滞納しながらも払って、なんか、おかしくかんじるときもある。本当に困っているひとと、そうでない人の区別は難しい、しかし、それを発言してしまうのはいけない。難しいことだ、異論も多次元な見解も必要。しかし、人々はこれからどういう風に変貌してゆくのか、部屋をがんがんに暖房してもいいとする、親、この子供、グローバルな視点からいうと、エネルギー問題は難解だ、その電気を作る重油であったり、日本海のアトミックパワーステーションであったり、その危険性であったり、子羊たちはご理解をされていない、かくゆうぼくも、歩けばこれる距離を貴重な石油を消費しながらCO2やCOXを排出させながら大気汚染をし、弁当容器もまた、石油からできるわけでこれまた、僕も無駄な事をして商売をしている、地球温暖化を防ぐには人類がいなくなることが一番であると、ほかの生命体は感じているだろう。弁当屋のおやじが、弁当を配達しながらエネルギー問題を自問自答しても、それこそ無駄かもしえないが、今夜は寝ることにしよう、ちなみに、暖房は切っています!
2009.01.06
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派遣村の話、その派遣をこられたひとびと、おじさんとか、うつってうた、これも氷山の一、政治家は次の選挙のことしか考えない、どいつも同じだ。政治家は政治屋であり、家業にし、選挙さえのりきればいいと議員時代は「安泰」という感じだ、だから、まともなことができないし、世の中を変えることはできない、財政何とか諮問のメンバーも財界の勝ち組みだから、負け組みの論理も状況も興味ない。マスコミの情報も、まゆつば、そういうなか、インターネットのぶろぐなどで個人的な考えや、発言などがこれからは重視されてゆく。うそつきやまやかしは、暴露されるのであろうし、マスコミのように広告主を気にせず、発信できる、未来のことなんか、おそらく考えている政治家はいない、先輩議員に、どやされるんだろう、選挙のことだけ考えていろ!とね、民主主義はほんと、やっかい、。国民がすべて投票し考えているならばいいがだれも、お昼のくだらない番組にすぐに感化されてりする。ほんと、やばい。未来。九条も、一発テロがおこれば、吹っ飛ぶし、災害でひどい目にあわないと、ありがたさを感じない。誰かが何かをしてくれるとおもうのではなく。自分で動かないと変わらないということが、なかなかわからない。国民は子羊なんだね。もうねます
2009.01.05
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小田さんのクリスマスの約束をやっとみたらしい、妻が地方のロケのご当地紀行での、あの商店街の無残なことを言っていた、どの町もさびれ、人がいない。これはいったいどういうことだろうか、いま、急激に時代が変化しつつあるのがわかる、格差社会と地方崩壊の現実の中あの寂れた光景があまりにも衝撃であった、尋常でない、しかし、人はどこかにいるはず、衣食住はどこで済ますのか・・。日本がこうなったのは、政治がわるいのだろうか、政治をおざなりにした国民もわるいのではないだろうか、投票もいかず、新聞もニュースを読まない無知がゆえの無関心か、しかしながら、ほとんどの人間は政治を国を信じて、まじめに働きすればなんとかいきてこれたそういうものがあった、会社に尽くす、会社は個人に感謝する、そういう相互の関係があった、それもどうもない、反目しあうか、離反しあうか、政治もわるいが、経済界のなりあがりの論理もそうしようもないようだ。違反しようが、法律を無視しても、きずかねればいいようなところがある、偽装問題もそうだ。今日久々に、必殺のテレビをやっていた、最近のテレビのサスペンスものや、つまらぬドラマにくれば、勧善懲悪の気持ちのいいものであった。正義は、かつ、そうあるものでありたい、
2009.01.04
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ワーキングプアの反撃ワーキングプアは自己責任か官製ワーキングプア官製ワーキングプアを生んだ公共サービス「改革」小泉財政改革の失策が「格差社会」を誘引。バブルを起こし、バブルを崩壊させた日本では、経営者が悪字絵で派遣システムや中国の工場を作ることにより「価格破壊」を起こし、デフレスパイラルを誘引し、地方の工場や終身雇用の崩壊など「ワーキングプア」を引き起こす。米国の経済崩壊の余波の原因は、車社会のガソリンに対しての騰貴や産出国の調整などが悪因となり、車離れ現象がおき日本ではガソリン税や重量税などの課徴税の仕組みが国民に暴露され、というかきずき、車離れを加速させた。これから、日本で起きるのは、労働争議であるはずだとおもう、しかし、昔の労働者は社員の連帯がったが、派遣の連帯は起こりにくい、日本では、さめた感情で物事を見る癖がついているが、このさき、ある事件のきっかで、そのストレスは爆発し、デモや暴動などがおきてもおかしくない、国民は、いいかげんな責任のない経営者、格差社会で儲け出す経営者をもっと、攻撃すべきだとおもう。こういう会社の商品はかわない、社員やバイトで応募しないなど、横暴な経営者には市場原理をおこすべきだとおもう
2009.01.04
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不思議な夢を見た、初夢か一つ目は、おじいさんがでてきた、鼻筋のとおった、おとこまえのひと、見覚えはない先祖の長七か、そうおもっていたら、小学6年の担任の先生から年賀状がきていない。おかしい、よくよく考えれば、よく似ていた。どうしよう。もうひとつは、ぼくが、レストランを持つ夢、名前は、「kappri chosaer」意味がわからない、キッチンのシェフは僕が知ったやつで、新規店舗を任されたときの三番社員だった、よくできたやつ、ホールのウェイトレスも見たことのなる女の子。二人、それも一人の男を取り合った敬遠の中のふたり。ファミレスがもうだめなかんじである、しかし、僕はそう思わない。思い出の場所というのがあるはずだ、ずっとそこに残るレストラン、オンリーワンの店そういうのが大事だ。あのゆーみんの「海を見ていた午後」 あなたを思い出す この店に来るたび 坂を上って きょうもひとり来てしまった 山手のドルフィンは 静かなレストラン 晴れた午後には 遠く三浦岬も見える ソーダ水の中を 貨物船がとおる 小さなアワも恋のように消えていったこの店はまだある、そういう店であるのが理想、どんどん店を増やして儲けようというのがみえみえの大手、オリジナリティもパーソナリティもない。僕が作るなら個性あふれる店でありたい、そこでしかないものをそこでいるひとでしかできないものでありたい、客は店を探している、おいしくて珍しくて知らない落ち着ける店を常にさがしている。しかし、そうはない、だから、ろいほもでにもがすもいかない。どこにでもある店はいつでもあるとおもうし、興味も食欲もわかない。夢というやつは不思議なものです、名前まででてくるのですから。以前、直垂の公家さんがでてきて、「すめらのみことにあらせられますぞ」と、ぼくにいうわけである、すめらのみこと、という言葉の意味を知らない僕はあとでおどろく。天皇陛下のことをそういうのだ、しかし、それでおわった。夢は予知夢というものもあるし、外国ではデジャブーというのもある、僕は単なるブーだが、しかし、元日、二日の夢は不思議なものであった。一富士にたか三ナスビという夢の縁起のはなしもある。初夢(はつゆめ)とは、新年のある夜に見る夢。この夢の内容で、1年の吉凶を占う風習がある。字義どおりに新年最初に見る夢とされることは少なく、現代では、元日(1月1日)から2日の夜、または、2日から3日の夜に見る夢とされることが多い室町時代ごろから、良い夢を見るには、七福神の乗った宝船の絵に「ながきよのとをのねぶりのみなめざめなみのりぶねのおとのよきかな(長き夜の遠の眠りの皆目覚め波乗り船の音の良きかな)」という回文の歌を書いたものを枕の下に入れて眠ると良いとされている。これでも悪い夢を見た時は、翌朝、宝船の絵を川に流して縁起直しをする。一富士二鷹三茄子四扇五煙草六座頭睡眠中は刺激に対する反応がほとんどなくなり、移動や外界の注視などの様々な活動も低下する。一般的には、閉眼し意味のある精神活動は停止した状態となるが、適切な刺激によって容易に覚醒する。このため睡眠と意識障害とはまったく異なるものである。 またヒトをはじめとする大脳の発達したいくつかの動物では、睡眠中に夢と呼ばれるある種の幻覚を体験することがある。
2009.01.03
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本の話だからね2005年にだされた。この時点では「迎撃ミサイルシステム」が導入されていなし、軍事衛星監視システムがあるし、イージス艦もあるので、ありえない、シュミレーション。しかし、内容は恐怖だね。突如東京を襲った北朝鮮のテロ攻撃。超満員の東京ドームが占拠され、通常国会開催中の議事堂にVXガス弾が撃ち込まれた。議員たちの多くは毒ガスに倒れ、政治機能を失った東京は大パニックに陥った。一方、朝鮮半島では民族統一を旗印に北朝鮮軍が南進を開始、韓国軍・在韓米軍の抵抗も虚しく、瞬く間にソウルは陥落してしまう。南進作戦にあたって北朝鮮軍を率いる金成日が最も恐れたのが、自衛隊の参戦だった。東京へのテロ攻撃は、内閣を壊滅させて自衛隊の指揮系統を寸断することが目的だったのだ。さらに自衛隊を釘付けにすべく日本に向けられた原爆テポドン。だが、憂国の情にかられる自衛隊の制服組幹部は、独自に北朝鮮に立ち向かうことを決意した。 原爆テポドンは可能かどうかな、しかし、北の言ってることは理解しがたい。譲歩も油断もできない2009年、
2009.01.03
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盃、こんばんわ、みなさん、クリスマス。年末。年始。とこの間はどうも、時の感覚がクルイ、違和感をもつ。酒を飲むわけでもなく、ハワイにゆくこともなく、今日は、ご先祖さんの墓参りにうかがう。長七という名前が彫った、慶応の墓と昭和初期の墓が二基あるのですが、元旦の夢には、ご先祖さまあしきひとがあらわれておどろいた、話し変わるが、昨日、初詣にいったが、その光景はすごいひとごみであった、数千人か、いた群衆の中で、晴れ着の女の子は帰るまで三人しかいなかった、昔はもっといたもので正月の風景も様変わりした、と、タイムスリップのぼくです、というものの22歳から37歳までは、年末年始はお店で営業、紅白とかおせちとか、縁がなくひたすら地方都市で朝から晩間で働いて、コンビニで弁当買って、汚いワンルームに帰る生活をしていた、その間に、僕は時間というものが過ぎ去る感覚よりも仕事をこなし、ひたすら時が過ぎ去るのを待つというかんじだった、正月には凧揚げをし、羽子板をして、すごろくをして、お年玉をもらったもの、親戚にひとがたくさんきて、母がずっと、台所でしたくしてゆっくりできることがない。そういう風景だった、忙しくて人がたくさんいた商店街はうそのように誰もいない、お店はみんな、おやすみだった。日本の風景がかわって、どうなったんだろうな、正月も正月らしくなくなった、みんな家族で、一年を過ごそうという気持ちがなく、ばらばら。単なる長期休暇になってしまう。日本が日本らしくなくなればどこの国でもよくなる、もっと、歴史や習慣を重んじていなけらばならない。希薄なものだ。
2009.01.02
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拓郎がドラマの中の歌として、中村雅敏さんに提供したうた、今日、すれ違う人も実は前にあったひとかもしれない、もしかして、来週会う人かもしれない、uchitamaさんは、ほんとうすばらしいTUBEをUPしてくれる、僕はファンなのだ。ここ
2009.01.01
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