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こんばんわ、みなさん、お元気ですか?寒い日が続き、雪国の人々はたいへんでしょうね。お見舞い申し上げます//.子供のころは雪がふってくるとうれしくてたまらなかった・・。なんで、あんなにうれしかったのだろうか・・・今日も何台かの霊柩車を見た、なんで、葬式は連続しておきるのだろうか?これも不思議で仕方ない。やはり、何かの力が働いているのだろう、生まれるのと死ぬことと大地の営みは関係しているのだと思う。雪もいわば、大地の営みのひとつ。ぼくの店の近くは平家のふるさと、清盛の大河のせいでひとがたくさん、きている?ぜんぜん、きていません・・。最近、自分の中で納得することがあった、いまだにわからない清盛の邸宅。しかし、近隣の清盛が立てた神社の向きをみてみるとある地点に力が作用している、たぶん、そこだとおもう・・。風水の考えで街をつくったのだというこれも大地の「気」というものを大事にするのだ。
2012.01.27
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こんばんわ、みなさん、お元気ですか、ぼくは背筋痛と首の痛みでたいへんです。痛い、体と首がまわりません・・。当然のように消費税を上げるという民主党。当初ノマニフェストはどこに隠したが、自分たちの無能さを隠し「お金たらなくなりました・・」といいたげに、選択肢もないといいたげだいたい、税金を上げる前にすべきことが山積してるはずだし、自分たちのやった、愚作のマニフェストはどういうことなんですかね・・。円高は70円台でとまっています、この間、どれだけの会社が海外ににげようとしているか、空洞化ですよ、雇用がなくなるんですよ。だから、所得税もとりにくくなって、会社の納税も期待できにくなって、一番とりやすい方法でとるわけです。しかしながら、実質、消費税があがっても単純に税収はあがりません、それに、もっと、企業の倒産や生活保護などが増大するでしょう・・。もう、何をしても方法が万策つきたようです・・。日本に生産拠点を戻すことを奨励すべきです。そのために、どうするか、そこからやらないと、どんどんだめになります・。生産性の向上、人件費率の低下、そのためには工場の中のロボットなどの導入や、オートマチックなどを導入。さしずめ、中国はもうかなりインフレが進み、人件費の高騰、タイの工場は水没問題でこの先も危険、どこに次を狙うか、そうあるべきでしょう。国内に戻すにはどうするか、そういうあたりからビジョンを持ってすべきです。税金特区というものをつくるとか、考えることからです。
2012.01.24
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こんばんわ、みなさん、お元気ですか。アクセスログが消えて誰が来てるのかわかりませんが、逆に宣伝のログが消えて、その分アクセス数が減少。いい加減なもんです。何事もうまくゆかず、何かしようと思えば必ず障害がでる。それを乗り越えながらなんでもやってゆく。しかし、何事も要領よく、コツを押さえ、ポイントを抑えうまくやってゆくやつ、出世するやついます・・。実体がないのに成績がいいやつ、組織は所詮そういうところです、でも、いろいろな人を見ていると、そういう経験、失敗経験屈折した思いをもつひと、そういうひとはすごいひとがおおいとおもいます、ぜんぜん違うことでいえば、悩み多き人生のひとはそれだけの課題があり、それを解決してゆくことの醍醐味を感じる、だめでも、やり直しでも、そういうやろうとする姿勢がすきだ。ガラスプリズムの光は7色であるが光を当てて屈折率が高いほど、いい色がでる、まともに光を当てても何の色も出ない、味気もない、分析すべき要素もない。成功体験だけ持つ人は、実は弱い、右肩上がりの生成期は成熟期になると倍以上の力がかかり売り上げは落ちてゆく・・。失敗体験を持つ人は、実に強い、どうやって、あがろうとするか、おちないでいいようにそうする能力を自然と持つようになる、
2012.01.22
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先日、関学の近くのマクドナルドの店長が大学に苦情をいれたそうです、大学生のあまりにもひどい状況に頭が来て、監視委員を要請したそうだ・・。事実かどうかわからないが、翌日には入店禁止を取り下げて大学はこのマクドナルドの店にゆかないように告知したそうである。ぼくは、この現象が天下の関西の有名大学で起きたことが驚きを感じた。いわゆる、ぼくらの時代では関学ボーイはセンスがよく、かっこよく米国的で、ださい、ださい、うちらの大学は田舎もん扱いであった。「あほな大学ならおきるだろう・・」と思い込む、先日の先入観クレーム対応ミス現象を思い出しますが賢いIQの高い学生は道徳心も持ち合わせている、という観念は間違えである。想起することが、有名進学塾の前の自転車である、みなさんの町のなかにある、有名な進学塾、でかいところ・・。そのまえの自転車はきちんと止められていますか?そういうことは塾では教えない、もし近隣から苦情があれば仕方なく「きちんと止めるように!」と教える、しかしだ、日本古来、武道などの教育においては礼儀、しつけ、みだしなみ。などをまずは大事とした。そして、これは家庭でされるべきものであり、家の中の無秩序こそが社会現象の要因のひとつであるといえよう。関学の場合、まずは大学の対応はどうであったかである、教職員を派遣し現状を把握し、指導したかどうか、それ以前の意識として、大学の教職員は小学校レベルの道徳心の指導する必然はなく、驚愕の思いだったかもしれない・・。さて、どれほどの悪さをしていたのか、図書館がわりにしていたのか、中にはコンビにで買ってきたのをかばんに隠してのみくいしていたのもいたんだろう、おそらく、監視カメラで店長は見ていたんだろうと思う。マクドの客席はそれほど多くなく、セルフであり、回転しないと、次のお客さんが入れず、売り上げは伸びない。持込や、長時間の居座りなどの注意をしていたのだろうか、張り紙やアナウンスや対策をしていたのだろうか、そこが疑問、世の中が乱れ始めるのは些細なことから始まる、町のあちこちの壁にらくがきがかかれ、自転車が盗難に遭い、万引きが多発し、その微罪に警察官は忙殺され、最後には重大な犯罪が発生する。「これくらいはいいだろう・・」と人々が思い始め、公園は汚れ、町の放置ごみもふえる。どんどん人々の意識が悪くなる、悪い意識が回り始め極悪人はいごごちがよくなる、誰しも無関心、不道徳となる。その流れがローテェーションのように伝播してゆく。日本には犯罪学というものがあまり確立していないがその現象を追えば、犯罪を事前に止めることができる、先日、ある高校で万引き生徒がかなりの数字で在籍しひどいニュースをみたことがある、これこそ、無秩序な想いが生徒たちの中でローテェションしたことなのだ。そこで大学の話に戻すと、一番その話にかけているものは「しかるべき先輩がいない」「先輩後輩の関係」がない。ぼくも学生時代は馬鹿なことをして、さわいだりした。しかし、そのつど、怒られた、先輩に・・。大人にも怒られた、それがどうもない、これは男尊女卑崩壊の話によるものなのだが、そして、自主軌道修正能力の欠乏、自分たちが情けないことをして世間をさわがしたのなら、自分たちで解決するのが学生の本分である・・。そういえば、イタリアの大聖堂の落書きをした学生がいて、情けない思いをしたことがあった。常識的なことが欠如しているのではなく、常識的なことを教育できない社会、家庭のあり方が問題、そして、「世間様に迷惑かけない」という観念がいつからか喪失しているとも思う。
2012.01.21
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こんばんわ、みなさん、今日テレビで見ていると東北の被災地の高校生の就職のことがでていた・・。ぼくはテレビを見ながら高校生たちの表情、服装、しぐさなどを見て驚いた。30年前にみたような感じだ。まず、制服は昔ながらの学生服、あれが一番いいのだ、ブレザーというしろものを関西圏ではおしゃれをしたつもりだがあんなにだらしない格好できるのなら私服のほうがましなのだ、ゆるゆるのだれだれネクタイ、シャツは無理にはみだして、ズボンはたらすのがいいらしい・・。女子のスカートはチョウミニからロングスカート・・これでは、制服の意味がない、私服のほうがよほどきちんときるだろう・・。髪型も髪の色も東北の高校生は普通だった・・。あんな素直そうな子供たちならどこでもやっていけるなんでも乗り越えていけるとおもった・・。
2012.01.18
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こんばんわ、みなさん、今日は震災の日。たまたま、ある山を配達で通る。思い出したわけです、8年まえ、たまたま、うちのバイトの男の子が夕方通過した5分あとに子供が遊んでいて、滑って首をつってなくなってしまったのをその日がたまたま1月17日だった。数年後、たまたま、その近所の家にべんとうを配達。そこは若い男の人が住んでいた、「帰ってくると、テレビがカってについてるんですよ」「勝手にテレビがついたり、明かりがついたりすんです」そういって気味悪がっていた。ぼくは、「あ、あのなくなった子供がテレビをみたいがためにいたずらでもしてるのか・・」をきずいてたが、いわなかった・・。子供が亡くなるというのは悲しい、震災のとき、実家の近くの文化で一家が全部亡くなった。そこの子供は幼稚園と小学生でがれきのなかから、ぬいぐるみのくま、おもちゃなどが散乱していた。やがて、園児や友人たちがお供えをしだし、そこはたくさんのはなやぬいぐるみなどがおかれだした・・。もし、生きていたら、25歳にはなったろう・・。時間がそこで停止する。死というものは、時間が生命活動が停止してまうこと。生きているということを実感するにはそういうことを経験しないとなかなか感じ得ない
2012.01.17
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こんばんわ、みなさん、お元気ですか?震災の日1月17日がまたもややってきました。もうあれから17年もたつとは、おどろきです、年を取るはずです。あの1995年から大きくいろいろなものがかわりました、ぼくのなかでもおおきくかわった・・。地震というのは地球の鼓動のようなものでちっぽけな人間は虫けらのようなものなんだろう、地球の歴史を考えると・・。六甲山は1000メートル近くあり、あの地震で1メートル高くなったという、100万年かけて競りあがっており、海のほうは沈下をしている。元はといえば海岸ちかいところであったものが、山のうえになっている。海の化石などがみつかるのである、途方もない時間のなかで地殻変動がおき、その間に人間が文明を起こし、町を勝手につくったのだから大地の主はしらない、というだろう。大津波、人災である福島原発放射能もれ、こちらの東北大震災に比べて神戸は規模は小さいもの、だんだんと影は薄れてゆくだろう・・。人々は災害を忘れ、またもや同じ過ちを繰り返すのだろうか
2012.01.16
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みなさま、こんばんわもうすぐ50万ヒットであります。40万から50万の道のりはなががった・・。最近はわけのわからないことばかりの記事でファンが逃げております。「悪貨は良貨を駆逐する」で知られるグレシャムの法則 をいろんなことで応用すると、政治家志望の青年もそうだる、志持った青年と、三つのかばんを持った、二世三世の議員の子孫。これも、悪いジュニアが政治家になり、いい政治家志望は敗れ去る。選挙で勝たないとすべてがはじまらない、という世の中の認識も変であるが事実そうである。ミッツのかばんはひとつは「地盤」地元の有力者などの支持。二つ目は「資金」のお金、これがかばんにはいってないと・・三つ目は「看板」である、自分の名前を覚えてもらうことから始まる・・そういう状況だから難局大陸日本の現状を変える実力ある政治家はでてこない。EU通貨危機は、欧州の中の経済のバランスのまずさ、政治的な脆弱性を浮き彫り、ドイツの国債などは評価高いものの、マイナス利子でも買い求めるひとがいるという、信用が高い。話がばらばらになりました・・。
2012.01.14
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貨幣が人間社会に及ぼすものは多大なるもの、欧州のEU、ユーロがやばいどうのこうのさわがれています・・。もともと、欧州のなかではさまざまな国があり、工業に強い国もあるし、農業国もあるし、観光国もある、それらが一緒に経済をやりくりすることはできるわけがない、しかし、それをしようとしている。支援するのは当然のことであり、経済圏は同一であるなら、国として独立もどうあるべきか、いわれるべきであろう。きっかけがどうあろうと、その中の国の英国でグレシャムがイギリスの貨幣が海外に出てゆくのは貨幣の価値が悪いからだと進言した。金本位制の中で貨幣になかにおける、金の含有率が国の事情によってそのつど代わり金の含有率の高い貨幣は家の中に保存し、価値の薄い貨幣はどんどんつかい、市場から良貨はなくなり、含有率の低い貨幣ばかり流通してしまうのである。今中国のおいては紙幣があふれ、すさまじいインフレを引き起こしその膨大な紙幣を印刷して、道を作ったり、上下水道を近代化したりしていたのだが、中国のバブルはもはや崩壊寸前で、欧州の不良国債、米国国債を大量にかかえ、その余波は当然受けて党のありかたをもかえてゆくのだろう・・。日本は江戸時代、金本位とぎん本位の二本立てであり、不思議な経済状況であった、しかし、あまりにも大判小判の金の含有はたかく幕末には、海外へどんどん出て行ってしまったのである。ぼくは、いつもこのグレシャムの法則を思うに、すかいらーくが93年にガスト転換をしたときのことを思い出す。あの時はすごかった、日曜などは500名も行かない店が1000名の客数をたたき出し、しかも、どの店も好調であった。客単価は落ちてもその客数で売り上げはカバーし、全店絶好調であった。しかし、実はその増加した客数の分析はぜんぜんしていないのである。あるとき、近隣のデニーズにゆくと、そこには、自分のすかいらーくの店に来ていたお客さんの顔ぶれがそこにあったのだ、常連客はデニーズやロイヤルに逃げていたのだ。逆にそちらも客数があがるという不思議な現象。で、ガストの客数が増加したのが、高校生、子供、主婦、深夜のやんきーなど通常あまり来ていなかった客層が大挙して押し寄せていたのだ。サービスをしないことがガストのうりだった。当然、客は放置され、すき放題しだす。当然、客層は悪化し、悪い客ばかりあつまり、いい客はいなくなる。グレシャムの法則である。悪客、上客を駆逐する。しかしながら、ファミレス産業はバブル以降、東西冷戦終結以降斜陽産業になりかけており、94年以降は専門化細分化したグルメブームが起きてなんでもあるが、特徴のない素人集団のすかいらーくには魅力が薄れていたのだ。この話、明日に続く・・。
2012.01.13
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昔からラジオが好きでよく聞いていたのだがあるとき、DJのひとがこういっていた・。「メールなどの印刷されて文字は読みにくい・・」ぼくは驚いた。手書きの文字などのほうが、癖のある文字下手な文字など読みにくいのではないのか、メールの活字のほうが読みやすいはずだ・・。しかし、読みにくいという、昔から何千通とはがきや手紙を読んできたからこそで・。その真意は文字のもつ感情を読み取れないというのである。文字というものは書くものであると、そのためにボールペンや万年筆やえんぴつがある、ぼくはエンピツの質感がすきで、お店でワークスケジュールを書くときは必ず、エンピツで書いたもの・・。エンピツはやさしく、書き味が豊かにおもうのである、しかし、このブログもすべていまや、キーボードで打つわけでこの手書きの文字と文章、キーボードで作る文字と文章。まあ、正確には文字を探しているだけであるが・・。この違いが大脳の中の言語野の機能すべき部位はどうかわっているだろうか、ぼくはかなり違うところを使っているような気がする、それとそれに付随して思考の仕方も変節しているのではないかと思考するときがあるのです。文字を書くとき、たとえば、漢字を思い出す、どの漢字であったか、その語彙を頭の中で拾い上げる、しかし、わからない部首はどうであったか、これであっているか、漢字字典、国語辞典を開けてみるか周りに聴いてみながら確認をする。キーボードで漢字を思い浮かべるということはあまりない、変換し、それらしき文字を探し出すだけ、書き順もすこしの間違いもない見つけ出してしまえば、それでいいのである、それらしき漢字さえ覚えていればいいのである。このことを考えていると、大学受験のマークシート導入もそうであったなと思った、あれは大学側があまりにも多くの受験生を処理するために考え出した苦肉の策であり、あれも、想像することより、連想することで答えを見つけるので脳を使い表現する世界では愚問に違いない・・。文章や手紙を改めて書いて見るとよくわかる。書くことの大変さであり、この使う脳が違うなあ、と思うのであります。便利になってきたら、人間性そのものが衰えてくるひとつであるとぼくは思います
2012.01.12
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価値というものは、すべての品質や価格、便利性などを総じて求められてきたものだ。価値(value)の特質として以前からあるものに比べ優位性を追求するものであり、その優位性の比較対照が「便宜」性であるからにして、軽薄短小のテーマを追い持てしまう。なぜ、そう感じるようになったか?たとえば、蓄音機が発明された、最初は音がでるだけですごいものであった。やがて、真空管というものが発明され、電気的な増幅ヲ得て、音がリアルになるようになった、そして、次にコンデンサが発明され、真空管の電気的な改善が行われ、コンパクトとなった。どんどん、ステレオは一般大衆が求めうる価格にも下がり、レコードからカセットデッキというものができて、簡単に音楽が複製され扱えるようになった。やがて、レコードの裏返しや扱いの困難さを解決すべくコンパクトディスクというのがドイツのフィリップ社で発明され、全世界に波及しレコードは駆逐された。それから、MDや、パソコンなどのデジタル音源などが発明され、そうして、音楽は小さな箱に何千も入る携帯音楽プレィヤーが若者を席捲。本来の価値の希少性が希薄になり、逆に音楽ソースの価値が大幅に落ち、「聴きたい」という欲望が薄れ、音楽市場の減少化の一因ともなっている。価値と価値観は違うし、本質や真実は別にあるのだろうけど便利であろうと、市場原理からメーカーがしのぎ会うことにより価値を喪失してしまうということである・・。不便であるからこそ価値観を認識できる場合が大きい。ぜんぜん違う面から論ずると、阪神淡路大震災で経験した私は、1月17日から、水やガスや電気が止まり、ガスが出たのが5月半ばであった、電車も復旧には時間がかかった。ガスが出たときはほんとうに感激した、これで風呂も入れる、ごはんもあついのがたべれる。ガスという文明社会におけるものが、喪失して価値を認識できたのである。平和にしてもそうである、戦争の対義語が平和であるのだけれど、日本が戦争を起こして敗北して、平和のありがたさを認識し戦争のひどさを思う。しかし、その平和も長く続けば、戦争はどういうふうにおきたのかなぜ、負けたのか、興味がわいてくる、そして、その歴史を知ると平和であった今をなんとぬるま湯の時代だと認識する。ぼくがいたすかいらーくという会社は、創業者が企業コンセプトとしてしめやかに、「価値ある豊かさの想像」といっておられて、それはそれで、ファミリーレストランの文化をきずきあげたのはすごいことだとおもうのだけれど、価値のある豊かさとは、いったいなんであろうか30年近くぼくは悩んでいる、価値のある豊かさと、価値のない豊かさはどういう違いがあるか・・。今の世の中は、価値のない豊かさをもつのではないのであろうか、多分に、そこには精神性普遍なものが存在するのではないのか、そう思う。
2012.01.11
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人間とチンパンジィーはどこがちがうか?わずかなDNAの配列が違うだけであるという、しかし、チンパンジィーは言語を持たない。人間でもサルみたいなやんきーでも賄賂をもらっている議員でも言語をもつ。人間が言葉を生み出したのであろうか、言葉を発するには、喉の各器官声帯などの複雑なものが必要である、人間が文法を生み出した部分もあるだろうが、それは文字文化であり、話し言葉が先行して、それ以前に叫びのようなものがあったはずだ・・。それには喜怒哀楽があり、感情があるわけで、それを表現し伝えよういう意思がないとだめだ・・。母親の話す言葉は重要で、それを聴きながら子供は言葉を覚える。ぞんざいな言葉を使う家は、そういう家系であり、きちんと明確に思考する発言するという行為が苦手なものとなり、社会的な地位は獲得しがたい。人間はアフリカの森から離れ全世界に分散し進化してゆく過程で言葉はどう変遷していったのだろうか、あまりにも言語が違うからである。
2012.01.10
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konnbannwa今日は成人式、しかし、店のまわりには誰も成人式にでるひとはいない、子供も少ない、もう高齢化しているのだ・・。晴れ着の女の子をみることもない。絶滅危惧種。そういえば、正月も着物着る人はいなかった、店を閉めかえろうとしたとき、バスから赤い晴れ着をきた女の子が歩いていた、やっと、見ることができた。今の若い人は気の毒だ、年寄りばかりで働きもせず年金で遊ぶ初老の人々を横目に、就職もなく、今度は消費税もあげるというもう、ひどい世の中、夢も希望もない・・。年金を今もらってる分、余ったらかえせよ、といいたいね、長生きするのもたいへんだが、世の中ももっとたいへんです。兵庫区のみなと近くの工場はどんどん閉鎖、驚くべき空き地円高が当たり前のような70円台が続き、またもや大きな工場が閉鎖を決めた。空洞化する産業界。それは結果として、税収不足につながります、そして、生活保護費などの増大になるのです、まったくといっていいほど、経済施策がおこなわれていません。民酢党、大政奉還です。
2012.01.09
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こんばんわ、みなさん、今日はあることをおもいだしていた。ドリアの戦いである。ぼくは大学のとき、はやばやと、就職活動に見切りをつけて内定をもらい、すかいらーくに入社することにした。回りは反対し親も反対したのだが、反対されればされるほど、ぼくは行きたくなり、内定をもらい、プレ入社でバイトに京都の店にゆくことにした、バイトと社員の関係や、バイトとはどういうものか、と思ったのである。11月後半から3月31日まで京都西京極の店でバイトをしながら大学にゆき、卒論や卒業試験などしながらがんばった。留年のほうがあぶなかったにもかかわらず。その店はひまな店だった。ひまであるが、日曜などは満席になり、ラッシュが来るしかし、営業力が弱い、すぐにつぶれるのである、しかし、ぼくは右も左もわからないまま、バイトとして高校生にあごで使われながら耐えていた、コックなんてなるつもりなんて、さらさらないのだけれどコックの修行がはじまったのである、キッチンはエリアにわかれ、ステーキハンバーグエリアピザフライレンジエリアとかわかれる、ぼくはステハンからPFLに移行し、中山店長がでっしゅアップしながらオーダーを呼んでいた。しかし、その日は崩れていた、オーダー処理が遅れ、パンク気味。要領の悪いぼくは、マニュアルを守ろうと必死だった。「ドリアライス、まだですあか?」ステハンエリアの高校生のバイトがぼくに言うわけである。えびドリアという商品があって、中身はバターライス半分がはいりうえにベシャメルソースとオニオンマッシュソテーとムキえび3つはいったもので、そのごはんをステハンの高校生にもっていかないと、彼はソテーパンで溶いたベシャメルソースをそれにかけてオーブンで焼かないといけないのだが、先に進めないのである。ぼくは、ピザとかフライオーダーとか、集中し、こなしきれずパンク気味であった。高校生は湯せんにひそかにベシャメルパックを加熱し簡単にかましていた。ぼくは、まじめにキャセロールにマーガリンを塗りバターライス半分をいれいぇラップを巻き、レンジ加熱していた。しかし、「とりにこいよ!」とぼくがいった、そのことで高校生は頭に来たらしく高校生は実は相当なやんキーだった。ぼくのけつをけり、「はやくもってこいよ!」と、怒鳴った。ぼくは、怒り心頭し、「なにするんじゃ!」と喧嘩になったのだ・・。「なんや、やるんか!」と、言うひまもなく、フロアーから「料理請求です!」あとから、中山店長に懇々と怒られ、バイトのやつにはけつをけられるは情けないやら悔しいやら、なんでこんな思いをせなあかんのだろう、なんのための大学4年だったのか・・。と、へこみながら下宿に帰ったおもいでがある、それから数年後だ、かなりあとだ、正社員になり、バイトとの戦いに明け暮れながら研修を終え、抜擢人事で新店舗の二番社員として、広島の店に投げ飛ばされた。みんなが、あいつは無理だ!できるはずがない、と陰口をたたかれながらも評判どうり、ぼろぼろな店であった。バイトが定着しないのであった、厳しすぎるのか、しんどすぎるのか教えてはやめ、教えてはやめ、の繰り返し、キッチンは社員三人か四人で料理をだしていた、しかも、店長とぼくの仲は相当悪かった。あるとき、キッチンの中に隣の店のバイトが来るようになった店長がバイトが定着しないのでよそからひっぱってきたのだ、しかも、相談もなしに、ぼくは、今までの苦労はなんであったのか、そう思うようになった、また、このバイトもいやなやつだったのだ。一応キッチンのリーダーでぼくはあったので、ぼくの指示で動かすのだが、怠慢なのであった。忙しいGWのキッチン、相変わらずパンクしていた。そのときである、あのフレーズが再び、「おおい!はやく、ドリアのライスもってこい!」あのいやなバイトが、ぼくが丁寧に教えて育てた生粋のしんてんメンバーにえらそうに、いうのである。ぶちっ!とぼくは切れた、相当切れた、そんなに切れなくてもいいのに切れた。「誰に向かっていってるのだ!もってこいとはどういうことだ!もうかえれ!!」キッチンは一瞬静まり返り、そいつは、とぼとぼと出て行った。数日たち、ぼくと仲のよくない店長は喫茶店にいた、呼び出されてのである。「どうかしたの?なんぁぁか。あったの?」そてとなにし、店長はぼくにきくのだが、京都時代にやんキーのバイトにけつをけられたことが無意識に反応しまして、なんていわず・・・。ぐだぐだと、「なにもないです・・」と、話を煙に巻いた、「なんで、あいつを呼んだんですか?」そのことをテーマに自分の店はああいうやつはいらない。礼儀もできない、仕事舐めた、横柄なやつは許せない。と、言ったのを覚えている、広島の店はなかなか安定せず、ぼろぼろからすこしましになり、それでも、すべてはぼくの能力不足ということで、その店長は昇進し再び、四国の新しい店に行かされることとなった。異動前日に新しい店長といると、ぼくのドリア事件で辞めたあのバイトが再び、バイトしたい、と来たのであった。ぼくは、京都のけつけられ事件を除いても「あいつはやめといたほうがいい・・」といったのでした。
2012.01.08
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こんばんわ、みなさん、お元気ですか?深夜風呂具便もさぼりがちで、ファンがかなり減りました。今日の夜はひまだった。いや年明けはひまがつづく・・しかしだ!昨日の苦情の人が再びオーダーをいれてくれた。もう二度といわないだろうと、思っていたが、なぜか、くれた・・。丁寧に昨日のことをわびてでりばーをしたが、昨日は鬼の形相が今日は仏さんのような顔になっている。「こちらこそ、よろしく・・」とやさしく言ってくれた・・。単純にぼくはうれしかった、たかだか、1000円すこしの売り上げだけれども、大きなものとなった、ぼくも先入観のクレーム対応をしていたのだ、クレーム対応に失敗したり成功したり煮え湯を飲まされた気分だったり、忘れられない腹タツ顔であったり・・。いろいろなことがあります。しかし、今日はいい気分だった。それから連続して注文が入り、丁寧に新年の挨拶をしながら家々をまわった・・。いつになれば、らくになれることやら・・。
2012.01.07
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こんばんわ、みなさん、お元気ですか?今日は苦情がありました、昨年末にあったものを今日、「ライスがおおもりでなかった」ということで、今日も注文していたので、その分を引きますとぼくがいったのだが、お客様は腹の虫がおさまらず、あんたの態度が悪いとかどうのこうのいいはじめた・。もうだいたい、クレーマーか、DQNの人のパターン、しかし、「そんなら、もうかわんでいいんじゃ!」といいたいところをぐっとがまんして、「申し訳ありません、すいませんでした・」を繰り返していた、さんざん、毒を吐いてかえった、しかし、不思議なことでそのお客さんの住むところは過去10数年にわたり、「魔のアパート」と呼ぶ、クレームがおきるところであった。しかしながら、ぐっとこらえて、自分も尊大であったかもしれないので、どんなことをいわれようが我慢して、対策を立て行動しないといけない。「クレームに学ぶ姿勢」こそが成長できるのである・・。たいてい、クレーム言う人のパターンはある・・。しかしながら、別次元の視点として、ガストでも往々にあった「先入観による判断ミス」というものある、見るからに胡散臭そうな客、と思い込んでしまいクレームを拡大する。こないだ、ぎょ無スーパーにいったとき、レジで爺さんが店員とけんかしていた、レジは女の子で自閉ぎみたかんじの新人で「789円になります・・」というつもりが「725円になります」といってしまったらしい・・。そう聞こえたので、爺さんはなけなしの財布から砂利船をほぐりだし725円をだしたが、実は789円だったので、たらない・・。そこで押し問答がはじまった・・。サングラスをかけたじいさんは、ぼくが見てもややこしそうな感じ。ベテランのレジのひとがきて、もう一度レジをするが、789円、しかし、爺さんは725円しか払わないという「725円といったから、出したのに、どういうことや!」これの繰り返し、レジはどんどん詰まって、ほかのバイトが出てきて他のレジに誘導。しかし、何回言っても押し問答。しまいには社員が出てきて、それなりの対応。もう何回も何回も押し問答。周りの人も集まってきて、差額をぼくがはらおうか、もう一度レジしよう、とか、善良なほかの普通のお客さんは助け舟をだそうとする・・。ぼくは、帰り際にその爺さんをちらりとみて気がついた。耳に補聴器がついていたのだ!!!聞こえてないし、わからないのだ。どうみても胡散臭そうにみえるので先入観で文句をいうひとだとみんな思っていたのだ、それに、まずは、誤ること、ミスをしたことを謝るということをしてないのだ、完全に意思相通ができていないのだ・・。ギョウムスーパーは安い、安いからさまざまな人がたくさんきてさまざまなわけのわからないことをいわれるのだろう、買った分を払うのが当然のことであって、爺さんの言い分はナンセンスだ。もう、そういうわけのわからないことをいう客は迷惑だから来てくれるな!というのはありありと感じる、ほかの店のことはよくわかるのだ・・。自分の店と自分のことはよくわからないが・・。ガストでも店長をしているとき、本当にわけのわからない苦情が多発した。しかし、チェーンの手前、危険な発言をしてはいけないのである、しかし、個人の店なら自由に発言できる、自業自得であるから・・。以前もぼくは、「もうかわんでいいです」のようなことを何度か言った。しかし、それは自分の負けである、言ってはいけないこと。ぼくは、今日は丁寧に新年のあいさつと感謝のありがとうございましたをその夜、何度も顧客に伝えて、心を引き締めた。別の次元で、考えると、本当に腹が立つが腹の立つようなことをいってくれる客こそが大事なのであり先入観でひとをみてはいけないのである・・。人を値踏みしてはいけない・・。補聴器をつけたひとは60%も話を理解できず、雑踏では聞き分けができない。自分は耳が悪い、と、いえないプライドもあるんだろう、ガストでもさまざまな経験をさせていただきましたが人生は死ぬまで勉強であるとおもいます。
2012.01.06
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みなさん、こんばんわ、今日は仕込みと予約が一件こなして帰ってきました。帰りのバスで、若い女の子同士が会話していた・・。「かれしぃが・・・」しぃ にアクセントがついている、ぼくは不思議に思った、物事には必ず原因と結果があり、ぼくは数々の仮説を考えてみた、なぜ、彼氏の「か」にアクセントがあったのが「し」に移行したのか、おそらくギャル語の影響だろう、推論を重ねるとあの彼氏ということばにおける隠れた意味には何通りかあるのではないか、本命の彼、二番目の彼、浮気の彼、「し」にアクセントをつけるのは、言葉における強調を意味する、強調言葉が多いのがギャル語の傾向であり、「あのさ・・かれっしい が、さー、車でむかえにくるのよ・・」と、さも、彼氏を強調し、会話相手の立場より優位にたち会話の主導権を握ろうと模索している心情が推察できる。しかしだ、なんで、アクセントが変わったのか、いつごろか?誰が最初か?西暦1996年あたり、渋谷の裏どうりでがんぐろの女の子が発明したことばかもしれない。言葉というのは伝播するものであり、そこから全国にアトアクセントの「かれしぃ!」という言葉が広がったのかもしれない。それはスラングといわれている、年配は使わないし、金持ちはつかわない、その年齢層、階級層におけることばなのである・・。しかし、なぜ、「カノジョ」の言葉のアクセントは変節しないのか?カノジョ!があ、という男性のことばをあんまりきかない。聞くとおそらく殴りたい気分になるだろう、あほ丸出しである。言語学で学んだアクセントは方言によりかわるものがおおく、言葉の同音語を区別するためにアクセントを変える手法を無意識に学んでいる、日本語はそのあたりが複雑で、標準語といわれる言葉に明治以降共通させようとアナウンサーあたりが正しいとする発音をつかうのだがあくまでも、それは東京ヤマノテあたりの言葉にきめただけで東京ヤマノテのあたりが、薩摩言葉をつかっているならば、日本語はドゲンオゴジョカ?でアナウンサーがつかっていたかもしれない。アクセントが強調されるのは関西弁がとくに言葉の会話の高低の表現が大きくテレビでリアクションする芸人におけるものが関西弁で重宝されているのはそのためもあるだろう・・。英語では、present のように同じ単語で名詞・形容詞は前半に、動詞は後半にアクセントのある例が多数ある、日本語とは形状でぜんぜん違うのですがかれし、という言葉を分けると カ という漢字に シ という言葉がつき間に レ という分岐点のような言葉がつき、前につくことと後に強調することで言葉自体の「表現力」がかわってくるのである。仮説の帰結すべきところは、彼氏という存在意義の変貌を持つのだろうと思う、男尊女卑影響論を私は以前から述べていますが、彼氏 というものが20年前と、今では変わったということ、遊び相手の彼氏と、まじめにお付き合いする彼氏では前者はがんぐのようでもあり、後者は人生をある程度決定する重要な様相をもち相手を尊重しているのである。ながながと、書いてきましたが、あれ?誰もいない・・今夜の授業はここまで
2012.01.04
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皆様こんばんわ、明けましておめでとうございます。本年もどうぞ、よろしくおねがいします明日から店に行き仕込みがはじまります、正月休みもおわり。。いい年になりますよう
2012.01.03
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