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周正著(田村達弥訳)『崑崙の秘境探険記』中公新書、1986年。 1985年に、中国とアメリカが合同で行った探険の記録。青海省・チベット地域の調査と、ウルズ・ムスターグ峰登頂。読み終えると、内容には違和感を覚えた。大別すると、構成(配分)、歴史偏重、伝聞情報の扱い、に関する。以下、順にメモする。 ・構成(配分)。本文159ページは3つに分けられるが、その比率(百分比)は、導入部/博物誌/登頂で、23/47/30であり、一冊の本としては内容が発散している。登頂を主題に絞るべきであったと思う。・歴史偏重。『漢書』、『史記』、『西遊記』への言及がくどい。33ページの玄奘に関する記述までが「導入部」。国の過去を讃えるにしても限度を超えている。・伝聞情報。確認されていない事柄の扱い。探険で実際に明らかにした事実だけを記すべきであるが、そうではない事柄にも長々と触れている。鉱山地帯を「今後の発展が期待される」。建設途上の発電所を「電力問題を解決することであろう」。「水怪」(恐竜)や「大脚怪」(雪男)に関する伝聞情報を延々と記している。 国家賛美や空想を、科学探険の記録に盛り込むと興醒めである。
2022年07月31日
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梅棹忠夫『モゴール族探検記』岩波新書、1956年。「まえがき」にあるが、学術報告ではなく、「(学術的)成果が得られるまでの過程」を残してくれた一冊。今では古典に属する本だ。古くさいという意味ではない。後々まで生き続け、それを読む者に、読む度に、新鮮な感動を与える、というほどの意味である。1955年の、カラコラム・ヒンズークシ学術探検隊の、ヒンズークシ隊による、地図のない地域への旅。本来の意味での探検だ。全編を通じて感ずるのは、著者と著者に同行する方々の、初めて訪れる場所で会う人びとに対する先入観(偏見と言ってもよい)の無さである。トラブルが発生しても、それを受け容れる度量の広さ(これが無ければ探検には向いていないだろうが)。著者はモゴール語を話す人びとを探すという点からは「来るのが二、三十年おそすぎたように思う」と記している。話し言葉は、使われなくなると、わずかひと世代で消え去る生き物なのだ。
2022年07月24日
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大場秀章『秘境・崑崙を行く』岩波新書、1989年。1988年に行われた、中国での植物調査の記録。ご専門の植物に関する事柄だけではなく、地形、気候、動物、市場、人びとの生活等、多岐に亘って記してくれている。一気に通読。堪能。
2022年07月17日
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今週読み終えた本の中から。 田中修『植物はすごい 七不思議篇』中公新書、2015年。すこし前に読んだ『ふしぎの植物学』に比べると、さらに平易な記述がされている。「はじめに」によると、小学生でも読めるように意識したものとのこと。 長谷川眞理子『生き物をめぐる4つの「なぜ」』集英社新書、2002年。4つの「なぜ」とは、動物学者ティンバーゲンが提唱したものらしい。それらを切り口にして、7つの問題を扱った本。説明(解明)すべき4点が明確なので、構成が判りやすい。
2022年07月10日
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今週読み終えた本の中から三冊。 木村資生『生物進化を考える』岩波新書、1988年。進化をどうとらえる(考える)か。ダーウィン、ラマルクから書き起こし、進化論の歴史を解説の後、著者が提唱した「分子進化の中立説」、さらにヒトの未来へと話を展開する。結びの文中に「頭の中に全宇宙」。広田先生の言葉だな。 山岸哲『マダガスカル自然紀行』中公新書、1991年。鳥類の調査のために6ヶ月に亘って滞在された際の記録。あまりの面白さに、一気に通読した。 田中修『ふしぎの植物学』中公新書、2003年。植物の独特なふるまいを平易な言葉で記してくれた一冊。生物学音痴の私が初めて聞いた(或いは初めて理解できた)言葉が多数。「光呼吸」、「頂芽優勢」、「分化全能性」、「雑種強勢」など。
2022年07月03日
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