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私たちは一体どうして、この世に生まれてきたのでしょうか?。詳しいことは判りませんし、詳細を云々できないことは確かですが、とはいうものの、なんとなく、こんなふうな理由によって、私たちがこの世に生を受けたことの理由があるんじゃないかなあと、漠然と理解できるような気がすることが時々あります。自分が考えるに、-----光と愛とに、とけこむ術を見失った粒子が、再度そうした光と一体になる機会を与えられるために用意された舞台、それはあたかも試練にも似て、簡単にはいかない世界。それがこの地球上で私たちが生きるということ-----そんなふうに理解しているのです。そんなふうに理解できて、はじめて、私たちに与えられた ”この世で生きるということで齎される幸” の意味が腑に落ちるのです。さて、話は少し変わりますが人間というのは、笑う術を見失ったとき、老いてゆくのだと思います。だから、心の底から笑える機会を自らに与えることができる人は、まだまだ沢山の可能性を己の内に秘めている素晴らしい人です。心の底から笑いに向かうことのができる人というのは、たぶん、笑えるぶんだけ、いろんな辛いことがあって大粒の涙を流した人だから神様の癒しを受けることができる=光につつまれる機会を得た人。つまり、天国に、愛の都に、一番近い人ということ。そんな気分で次の映像を見てくれたなら嬉しく思います。チャップリンの代表作映画のワンシーンです。Charlie Chaplin - City Lightsでは、また次回の日記で逢いましょう。
2011.11.27

二年前の今頃、自分は失意のどん底にいました。私生活で、そして仕事においても、軋むような重圧のさなかで身も心も削られるような痛さに耐え切れなく、もうそれこそ限界だと感じていた時のこと。逃げ出すように仕事を早めに抜け出し、最寄の図書館へ入り込みました。今の自分が置かれた状況からなんとか抜け出す術を、知恵を与えてくれる書物に巡り会えないかとの、藁をもすがる、そんな切なる想いから、図書館へ半ば逃げ込むように入ったのです。気になる本のタイトルを見つけては片っ端から頁をめくりました。何冊も、何十冊も、沢山の本を目で追いました。しかし、なぜか、どの本にも心ここにあらずといったふうに、心が溶け込んでいかないのです。文字が読めているのに、自分の心に共振してこない、言葉が心に入ってこないのです。(これは困った・・・・・一体どうすればいいんだ)自分の心が、あたかも、永久に暗い雨雲から抜け出す術を断ち切られたかのような失意で、その場に座り込みそうになったときのことです。ある一冊の本が視界に入りました。それは、「多生の縁」という本でした。 『多生の縁』http://item.rakuten.co.jp/book/1655748/この話は以前、ブログ日記に書いたので詳細は再度記しません。とにかく上記した「多生の縁」という本における出会いが、自分と鈴木秀子さんという希有なる素晴らしい人物との出会いのはじまりとなったのです。それは、失意の底で打ちひしがれていた自分に訪れた、その後の人生を大きく変えることになる最大の変化、眩しいほど善き変化であり、美しい光そして究極の叡智そのものでした。これまで自分の人生の中、劇的といえる重要な出会いの季節が、二度、訪れました。ひとつは20代の前半に、ミースやコルビュジェに代表される建築家群に魅了されたこと。そこから始まった、それまで自分が知らなかった大きな世界とのつながり。そして、もうひとつの重要な変節として訪れた出会いが、30代の終わり頃だったか40代のはじめ頃に訪れた、鈴木秀子さんの著書との出会いでした。もし、あの時、鈴木秀子さんの本と出会わなかったなら、その後の自分はいったいどうなっていただろう?・・・・・想像すると怖くなります。あの当時、自分はまさに精神の岸壁に立っていた。いつ暗い海の中に沈んでいってもおかしくはなかったのですから、善き変化を自分に齎す何かがなかったとすれば本当その後に続くものは一切なかったかもしれないといっても過言ではないのです。図書館で一冊の本に巡りあったおかげで、後になって考えてみても不思議なほど、というより、信じられないくらい、自分の人生は好転したのでした。以前、こんな話を何かの本で読んだことがあります。うろ覚えなのですが、だいたいこんな話だったと思います。以下に紹介しましょう。何百年か前のアメリカ、黒人の方たちが差別に苦しんでいた時代。とあるひとりの黒人青年が白人の老夫婦を人質に老夫婦の住居に立てこもりました。殺人の容疑で警察から追われる途中で、たまたま入り込んだのが、その老夫婦の家だったのでした。老夫婦を人質に立てもこりながら、その黒人青年は、老夫婦が命乞いをするわけでもなく、かつて殺人をおかしたかもしれない自分の目の前にいる一人の青年に情けをかけ彼の身を案じてくれる姿勢に、次第に心を開いてゆきます。心の中の冷たい氷が解けてゆく感覚の中、黒人青年は老夫婦を解放し、警察に自首します。そして、世間に向かい次のように言いました。「もし今まで、あの老夫婦のような人たちがまわりにいたなら、オレは殺人者になんかならなかった」僕が、鈴木秀子さんという人物のことを思い浮かべる時、必ず同時に心に浮かぶのが、上記した何百年前のアメリカの黒人青年のお話です。もちろん、僕にとって共感の対象は黒人青年です。そして老夫婦の存在と重なり合うのが鈴木秀子さん。現在の日本に必要なもの、そして足りないもの。それは、きっと、鈴木秀子さんのような素晴らしい人物が放つメッセージが、沢山の人々の心に、あたたかな光を運ぶ機会なのではないだろうか。と思います。誇張抜きに、ほんとう、そう思うんですよ。また機会を設けて鈴木秀子さんに関するお話を日記に書くことになるでしょう。これは僕がそう考えるというより、もうなんというか、待ったなしの時代の要請みたいなものに違いないとの確信からそう書いています。さて予断ですが、次のYOUTUBEの映像も見てくれたら、とてもうれしいです。最近、撮影した映像です。では、また次回の日記で逢いましょう。
2011.11.20

毎日しあわせな気分で完璧に心地よく過ごすことができたら、なんて素敵なことだろう。まあそこまでパーフェクトな心の平穏を望むことは到底無理だとしても、できるだけ心を穏やかに、できるだけ幸福感に満ちた時間で自分の日々の生活を彩りたいものだと思う。これは、自分が、そういう願いから程遠い人生を歩んでいるから、時折、そういうふうなことを考えたりすることがあるということ。無理を承知で、こういうことを時折静かに一人、考え込むことがある。この、無理を承知で、というのはすごく重要な点だ。無理を承知で、ということを認識できていながら、そこを敢えて、つい挑まずにはいられない・・・そんな感覚というのは自分でいうのも何だけれど、とても重要なことなのである。今よりもずっと若かった頃の自分、たとえば20代の頃の自分は、生きるということに苦痛を感じている自分を卑下していたものだった。自分が悪い人間だから、自分が未熟で非が多くあるから、自分は生きることに苦しさを感じているに違いない。自分の何かが間違っているから間違ったふうに苦しさに悶えているのだ。そんなふうに思いながら、人生に光を灯す道しるべとなるべく人物との出会いを求めていた。しかし、そうした過程で気がついたことがあった。それは、自分よりも遥かに上質な生き様を貫いている人物たちというのは、みな、常に苦痛と隣り合わせで生きてきた人たちという事実だった。----- 平坦な道に辿り着くために、まるで平坦とは程遠い道のりを彷徨い旅する -----。すごく矛盾に満ちているような気もするが、私たちの人生というのは、そんなふうに出来ている。というか、そんなふうな過程を踏まないと辿り着けない真実の上に、私たちの命の道程が成立していることは確かなのである。まあ、そんなふうに無理を承知で、どだい無理にしか思えない壁に対峙し続けていると、忘れた頃に、かつて無理だったことが、いまではそんなに無理なことではなくなってきている、ということになってゆくことだって多々あるのだ。土砂降りの日々の中であっても、こういったことを肝に銘じ安易に暗い気分に陥らないよう自戒すべき。 話は変わりますが、以下にリンクを貼る幾つかのYOUTUBE映像を見てもらえたら、とても嬉しいです。では、また次回の日記で逢いましょう。 ←クリック
2011.11.15
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