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先日に不思議な夢をみました。虹色の風船を手にしている、そんな不思議な夢でした。その不思議な夢をみた日の僕は、とても疲れていました。仕事で疲労困憊していたのです。それで帰宅してすぐ、ソファに横になるなり、気がつけば眠りの世界へ滑りおちていました。眠っていた時間は、30分にも満たない僅かな時間。その時にみたのが、上に書いた不思議な夢。どんな夢だったのかというと?説明が難しい・・・・・なぜなら、物語性のようなものがあるわけでもないからです。一言でいうならば、ただ、”不思議な夢” 。それは、宙に浮かぶ沢山のキレイな色彩の風船を眺めている夢でした。風色の風船、 夢色の風船、 虹色の風船、 いろんな色彩の風船が、透き通った空を背景に、目の前に浮かんでいました。夢の中で僕は、それらの風船を眺めながら、「きれいだなあ」とつぶやきました。そして、虹色をした風船をひとつ手に持ちました。その風船を見つめながら、想いました。「大きくふくらませすぎてもいけないし、元気がなくなったみたいにしぼませてもいけない」文章にしてみると、ただそれだけの夢なのですが、夢から覚めて、ふと考えたのです。「この夢は、自分自身の現実生活に与える何らかの示唆は大きいような気がする」、と。それで、今日になってようやく、先日にみた夢が示唆するものが何だったのかが、少しだけ見えてきたような気がします。きっと、あの風船は、僕自身の心の投影だったのでしょう。なんとなくそんな風に、思います。みんな、誰もが心の中に、自分だけの、いろんな色彩の風船をもっています。その風船は、大きくふくらませすぎてもいけないし、元気がなくなったみたいに縮ませてもいけません。http://item.rakuten.co.jp/guruguru2/acbf-10622/あなたも大事にしてくださいね。自分の心の中の、風船♪では、また次回の日記で逢いましょう(^^)>>>今日の日記文章は以上です。ここから下は挨拶・告知・紹介その他になります<<<◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 今日の日記内容は、いろいろな話に広がってゆく内容だと思います。広く深く応用が可能な話のはず。実際、この話を幾つかのお話にふくらませ発展させた内容も、心の中に今あったりもするのです。でも、とても長い日記になってしまうので、このお話はまた機会を設けて日記に書きましょう♪どうして、風船の夢をみたのか、その理由を考えていたら、ふと思い出しました。数ヶ月前に見た、あるフランス映画のことを。http://item.rakuten.co.jp/guruguru2/acbf-10622/それは『赤い風船』という名作映画。かなり古い時代の映画なのですが、古さを全く感じさせない素晴らしい映画です。だけど、この映画・・・セリフがない映画なのです。しかも、とても短い映画。PARISの街並を、小さな子供が、赤い風船を追いかけながら歩き回るという、ただ、それだけの映画だったりもします。でも、ただそれだけの映画なのに、いつまでも心に残る味わい深い作品なのです。『赤い風船』美しく詩的なイメージがどこまでも広がる素晴らしい映画です^^◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
2009.01.30

「私」と「あなた」を、つなぐものって、何でしょう?たとえば、英語で ”アイ・ラブ・ユー” なんて洒落た言葉があります。この場合、「私」と「あなた」を、つなぐものは「愛」です。なんだか、とても簡単な、いたってシンプルなことを語っているだけのように思えますが、同時に、これって実は、かなり深遠な話なのだとも思います。アイ・ラブ・ユー・・・・・「私」と「あなた」を、つなぐ「愛」これの、一体どこが深遠なの? なんてツッコミが入りそうですね。そうしたツッコミに対して僕は、「なんで?と言われても困るなあ」としか答える事が出来ません。気が利いた適切な答えを述べることなど僕には出来ませんが、ただ、次のようなことは少しだけ言えます。「あなたが、本当に、誰かと、心と心がつながったように思える瞬間って、沢山ありますか?」そんなにそんなには多くないはずです。沢山はないはず、と思います。沢山はないばかりか、実は、一日に一度そうしたことが自分に起こって、つい感動したり笑顔になれたりすることの方が圧倒的に多いのではないでしょうか?少なくとも僕にとっては、そう。誰かと、本当に、心と心がつながったように思える瞬間って、そんなにそんなには多くないのです。きっと僕だけでなく、これは多くの人にとっても同じことがいえるような気がします。アイ・ラブ・ユー。「私」と「あなた」を、つなぐ「愛」というのは、ごくごくシンプルで簡単なように思えて、だけど、簡単に思えるほど、手を伸ばせばすぐに触れることの出来るくらいに、僕らは確かな「愛」を持ち合わせてはいないものなのです。そして、愛の意味さえも、僕らは殆ど分かっちゃいない。それは僕だけでなく、この日記を読んでくれている、あなたも、多分そう。きっと誰にとっても、とても難しくて、とても大事なテーマだから、「愛」という言葉に普遍性が宿っているといっても、決して過言ではない。僕は、そう思います。さて話を変えて。「アイ・ラブ・ユー」という言葉をタイトルにした映画を、ふたつ知っています。ひとつは、フランス映画。もうひとつは、中国の映画(原題名は「I LOVE YOU 我愛イ尓」です。アイ・ラブ・ユーなんていうくらいだから、さぞかし素敵な恋愛映画なのでしょうね♪と思われる向きはあるかと想像しますが、ところがどっこい、このふたつの映画は、素敵なファッショナブルな恋愛映画でないばかりか、少々、”痛い”、映画だったりもします。人は誰もが、生きている中で孤独を感じたり、人を好きになることの不安とか内なる葛藤をいだいたり、時に身近な誰かと心が通い合った瞬間に感じる喜びと、その後に時間を置いてから再び彷徨いこむ一人の時間というのを知っている。子供の頃に、親から、人を愛する気持ちを大切にするようにと願いを込めて、「アイ・ラブ・ユー」と毎日のように言葉をかけられた人でも、大人と呼ばれる年齢になると、愛の意味について、自問自答を繰り返すように、深く考えるようになるものです。親と子をつなぐ「ラブ」は海のように青く深いかもしれませんが、恋人同士の心をつなぎとめる「ラブ」は、時にうつろいやすく脆い。いつだって両手に、しっかりと抱きしめることの出来るほどに、確かなものではないのです。だから、いつだって、喜びと悲しみは交錯し、やさしい時間と不安の狭間で心がゆれる。「私」と「あなた」を、つなぐ「愛」。アイ・ラブ・ユーというのは、本当はいつだって、そうした不安定な心の上に成立している。これが真実なのだと思います。だから、上に記した、ふたつの「アイ・ラブ・ユー」という名の映画は、痛い映画なのです。このふたつの映画の主人公、一方は男。もう一方は女。フランス映画の「アイ・ラブ・ユー」では主人公の男はプレイボーイで、愛する対象に困ってなどいない青年なのですが、ある日偶然に拾った小さなバービー人形のようなおもちゃに心惹かれます。その小さな可愛らしい人形は主人公に向かって、ボタンを押すと優しい声で ”アイ・ラブ・ユー” と囁いてくれるのです。いつだって、自分の気の向いた時に、ボタンひとつで優しく ”アイ・ラブ・ユー” と。この人形は面白いなあと思った主人公は、だんだんと、心の中がその人形に支配されてゆきます。まるで、この世で最も大事な存在であるかのように、どこに行くにも、遊び相手の女性の部屋にいく時も、その人形をポケットに忍ばせるようになるのです。しかし、様々な心の紆余曲折をへた後、主人公は途方もない虚しさに襲われます。そして映画の最後に、彷徨うように主人公は海へでかけ、波打ち際で大声で泣き崩れる。中国映画の「アイ・ラブ・ユー」では主人公は女性です。こちらの映画の主人公は、前述したフランス映画の男と異なり、愛の対象は人形ではなく、自分の夫。人間なのだから、人形などと違い言葉も交わせるし、想いも通じ合うはずなのですが、しかし、この夫婦は気持ちが擦違ってばかり。擦違うだけならまだしも、主人公の女性の愛が一方的に強いがために、夫との心の隙間が大きくなってゆきます。”もう、別れよう” そんな言葉を繰り返すようになる夫。”あなたの本当の気持ちが知りたい”そう、繰り返す妻。平行線をたどりながら、いつまでたっても寄り添うことのない二人の男女の心。距離ばかりが膨らんでいっても、しかし彼女は前向きな姿勢を忘れない。ある日、主人公の女性は突飛な行動に出ます。日増しに自分を避けるようになってゆく夫の体をロープで縛り・・・・・・・。この、ふたつの「アイ・ラブ・ユー」に纏わる映画には共通点があります。それは、”アイ・ラブ・ユー” の ”ユー” が、 ”ユー” になっていないことです。”ユー” は、そこにあるようで、ない。愛の対象の欠落が意味するものは一体何かというと、これは実はものすごく奥の深い話になってくる。つまり、アイ・ラブ・ユーの、”ユー” が欠けるということは、同時に ”アイ” さえも見失ってしまうということ。上のふたつの映画の主人公たちは、「アイ・ラブ・ユー」ではなく「アイ・ラブ・ミー」、もっと言ってしまえば、I WANT TO LOVE MEな心の過程にいるわけです。アイ・ラブ・ユーの、「アイ」 と 「ユー」 をつなぐ 「ラブ」。「LOVE」の意味、そして「ME」ではなく、「YOU」をLOVEすることの意味とは?I LOVE YOU 我愛イ尓ウォ・アイ・ニー etc・・・・・・・・国によって色々な表現、言葉があると思いますが、日本語でいうところの、「わたし」は「あなた」を「愛している」の間にある、「愛している」って、あるいは、英語でいうところの、”I” と ”YOU” の間にある、”LOVE” って、一見、簡単なように思えて・・・、だけど、すごく深い気がしませんか?では、また次回の日記で逢いましょう。>>>今日の日記文章は以上です。ここから下は挨拶・告知・紹介その他になります<<<◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 今夜に「I LOVE YOU 我愛イ尓」という中国の映画、若い夫婦の愛に関する少しねじれた物語を観て、ふと10年くらい前に観た「アイ・ラブ・ユー」というタイトルのフランス映画を思い出しました。ひとくちに、アイ・ラブ・ユーと言っても、そこには実に深い人間のドラマがあるのだと思いつつ、自分という人間と、それを取り囲む周囲の誰かの存在をつなぐ、「ラブ」に、今日の日記では少し想いを馳せてみました。けっこう重要なことのように思えてきたからです。僕ばかりでなく、きっと誰にとっても、大事なことのような気がします。◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
2009.01.17

2009年のスタートですね!。皆様にとって、今年も良き一年になりますように祈念致します。一年のはじまりの日記として適当かどうか分かりませんが、今日の日記では音楽に関するエトセトラな内容で書きたいと思います。音楽の話というより、正確にいうと弦楽器の演奏に纏わるお話です。http://item.rakuten.co.jp/book/3878178/ビブラートという言葉を知っていますか?これはギターやヴァイオリンなどの弦楽器で用いられる奏法なのですが、初歩の初歩で培うべきテクニックであるにも関わらず、最も高度で深遠な難しいテクニックのひとつでもあります。どのようなテクニックかといえば、弦を揺らすことによって楽器の音色に様々な表情を与える技術です。僕はヴァイオリンは弾きませんが、ギターを毎日趣味で弾いているので、こうしたことを語れるわけです。ビブラートというのは非常に難しく奥の深い技術です。でも、それが少しずつでもマスター出来てきた時の感動は言葉に言いあらわせないほどであり、至上の喜びを内に運びます。素晴らしいビブラートは演奏に、海の波のような、うねりを運びます。音に、青空を羽ばたく白い鳥のような、命を吹き込みます。これは楽器の演奏に限った話ではなく、人が生きてゆく中でも同じことが結構当てはまるでしょう。たとえば、何気ない他者との会話。仕事における自分のリズム。恋人達が愛の言葉を交わす時だって、そう。ただ単調に一本線で味気なく脚本に記されたセリフを読むよりも、言葉にならない内なる想いを唇に振るわせる方が、相手に多くの想いを届けることが出来るはずですし、より大きな感動の場面を共有出来ると思います。ちょっとした工夫やアイディア、心のあり方次第で、味気ない日常に芳醇とした、うねりが生まれるのものなのです。それは、たとえるならフランス文化における ”エスプリ” のようなもの。エスプリって何?と質問されたなら、答えに窮するけれど判る人には判る、としか説明のしようがないそこを敢えて文章として自分なりに何とか説明しようとすると、強引かもしれないが次のようなものになります。---人々の暮らしに潤いを齎す精神の豊かさ---みたいなものが、まるで芳醇としたワインの香りのように、都会の中であっても田舎町であっても、文化として人々の暮らしに彩を与えている様相。直訳すれば、そんなに難しいことでも何でもなくて、単に「精神」と邦訳されるだけの ”エスプリ” という言葉。だけど、これは言葉で説明されるよりも何よりも、実際にフランスへ行ったり、フランス映画に心底感動したりしないと理解など出来ない類の言葉かもしれません。僕がそうだったように。頭で考えても仕方がないことって、世の中には沢山あるのだと思います。人が海で泳ぐということだって、同じように説明されるでしょう。鳥が青空を羽ばたくことだって、勿論、同じことです。 ギターの演奏におけるビブラートと ”エスプリ” には深い関係があるように僕は考えています。そして、現代日本社会に足りないものは、僕が思うに、人々の心と心をつなぐ愛のビブラート・・・・・これに尽きるのではないか、とも。ビブラートが上手くなるように演奏を心がけながら、同時に心の片隅で ”エスプリ” に想いを馳せる。そして少しずつ、楽器を弾くということがどんなことなのかを身体で理解出来てゆく人生の素晴らしさも、笑顔の美しさも、人と言葉を交わすことで生まれる感動も、---少しずつ---、手に取るように分かってくる。人生というのは、きっと、そういうものだと思います。さて、これから始まる 2009年。僕は、ビブラートへの想いを深めながら、ただ忙しく走り回るのではなく、人と人との心がより豊かに愛と笑顔を伴いつつ共振し互いに前に進んでゆけるような、そんな風に仕事に励み、人生に取組みたいと考えています。では、また次回の日記で逢いましょう。>>>今日の日記文章は以上です。ここから下は挨拶・告知・紹介その他になります<<<◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 今日の日記はサブのブログで追求してきた事柄のひとつを、現在の自分なりに昇華させた内容になっています。ちょっとまだ上手くまとまっていないのだけど、自分が向かうべき方向性として、そんなには間違っていないんじゃないかなとの自負はあります。新しい一年の幕開けに、こうした日記が書けたことを嬉しく感じています。ということで、これから始まる新しい一年、本年度もルカの街並ブログをどうぞ今年も宜しくお願い致します!!お互い、今年は最高に素晴らしい一年にしましょう!(^^)◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
2009.01.01
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