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最近、ほとんどバッハの無伴奏チェロソナタばかりを弾いている。1番と3番。ふと思い出して、アマデオ・バルドヴィーノのバッハの無伴奏チェロソナタを聴き直してみた。この演奏が持っているCDの中では一番好き。やっぱり素晴らしい。どうしてこんなにやわらかくさりげなく音が響くんだろう。そして優しく流れていくんだろう。このアルバム(古い)は、尊敬する中野雄氏が熱烈に推薦しておられた。中野氏の推薦であれば間違いない。その通り間違いないどころか大正解だった。バルドヴィーノはトリエステトリオで室内楽の名手として活躍した。それからあの大名盤ブラームスの二重協奏曲で、ジョコンダ・デ・ヴィートの相方を見事に努めている。使用楽器は711年製のストラディヴァリウス「マラ」。名器中の名器を名手が弾く。今はハインリッヒ・シフが弾いている。ちなみにハインリッヒ・シフは、もう一台「スリーピング・ビューティ」(1739年製のモンターニャ)も使用している。すご過ぎる。
2009.11.29
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なぜ浦和レッズは闘莉王を構想から外すんだろうか?日本最高のセンターバックを外すなんてどうしても理解できない。怪我が多いから?オジェク監督で引っ張り過ぎたよね?今度もそうならないと良いね。レッズが弱いとJリーグは面白くない。 闘莉王にはもっと高いレベルの場でプレーしてほしいとは思うけれど・・・
2009.11.25
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バッハの場合、色々出ている。お求めやすいのはベーレンライター版とジャンドロン版かな。僕にはこれが良いだろうという先生のアドヴァイスでフルニエ版を使っている。最終的には自分で版を作るのだそうだ。そこまで行けないけれど・・・ 何が違うかというと、何なんだろう?ボウイングははっきりそれぞれの個性があるよね。僕が使っているフルニエ版はベーレンライターとはボウイングがかなり違う。最初は変だなあと思ったけれど、けっこう弓を活発に大きく動かして弾くのには良いのかもしれない。右手の動きが特に弱い僕にはこの版は良いんだなあと師に感謝している。 これでばかり弾いていると ベーレンライターは難しいなあと思うようになった。例えば第三番第一曲の中間部36小節目の四拍目の裏から60小節にかけて、ベーレンライターはすごく難しいそうに見える。とても弓を返せない。フルニエ版だと大きく軽く弓を動かしてやはらかな和音の中から旋律が浮かび上がるようになるんだろうな。なっていないけれど・・・・ でも師曰く、弾けるようになると ベーレンライターの方が良くなるのだそうだ。ちなみにバッハの無伴奏の第三番はフルニエの場合、映像があるけれど、フルニエ版の楽譜の通りに弾いていないように見える。 これもよくあることらしい。そもそも有名チェリストが版を出す場合、果たして、自分が弾いているとおりのボウイングやダイナミクス、曲想を書いているのか?それとも、アマチュアのために「こう弾いてみたら良いよ」というアドヴァイスを込めて書いているのか?その辺りも色々なんだろうなあ。ある日本の一流チェリストの先生ははっきりと出版する楽譜のボウイングをご自分が演奏するときのボウイングとは異なると仰っていた。ご自分んが演奏する通りだと可成り難しくて弾けない人が出て来るとのこと。初心者ならこういうボウイングだと良いですよというお心で書いておられるとのこと。なるほどねえ。 まあ、この曲の場合、六曲それぞれに色々と興味がわくことが沢山あり過ぎる。アマチュアなら一緒かかっても退屈しないわな。
2009.11.25
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フロンターレが負けた。降格が決まったチームが旺盛なファイティングスピリットで上位チームを苦しめるのは良いことだけれど、なんとなく情けない。フロンターレが情けないというよりもやっぱりJリーグ自体のレベルがまだまだ低いなあと思わざるを得ない。これは、「混戦」でもなければ、「終盤までもつれる盛り上がった優勝争い」でもない、尊敬するセルジオ越後氏が以前に指摘されたように「レベルの低いだんごレース」と言わざるを得ない。大分の衰えない意欲、それから元々良いチームだということを割り引いてもフロンターレは勝たないと。鹿島がこれで首位だけれど、中盤であんなに無様な試合を続けていたチームに優勝をゆるしてしまうとしたら、他のチームがよっぽどだらしないからだ。勝つべき時に勝つということは、決めるべき時に決めるということ。厳しいぎりぎりの局面での勝負弱さという日本サッカーの課題がここにも現れている。あと二試合かな。せめて次の試合はフロンターレにはきちんと勝ってほしい。当たり前のように勝てるチームなんて存在しない。それでもきちんと勝たないと。
2009.11.23
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バッハばっかり弾いていたらそれでしあわせなはずだけれど、さすがに少し息苦しくなった。エルガーの「愛のあいさつ」。それほど好きというほどではないけれど、まあ、弾けると便利かな。 これってこびた感じにならないように弾くのって難しいね。だからって毅然とした感じになるはずの曲でもないし、けっこう奥が深そう。
2009.11.22
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ソルヴェイグの歌。「左手のビブラートで右手を動かすように」。こんなことは今まで一度も言われなかった。いつも右手のことばかり。以前はビブラートも必要なし。右手がしっかりしないうちは意味がない。少しは進歩したのか? 少しは右手がましになったということだろうか? それとも繰り返して来た「美しい誤解」なのか?ただ、まだ左手のビブラートで右手を引っ張るのは早いかも。後は左手の指の力のバランス。中指は強くて、薬指や小指は弱い。このパワーバランスを揃えると音もそろうらしい。揃えるためには基本的には指の力が出来るだけ抜けることかな。どう考えても薬指が中指にかなうはずがないもんな。自分がやっているよりも遥かに少ない力で押さえても音は出る。 A線の渇いた固い響きはかなり改善されたとのこと、ちょっと安心。ソルヴェイグの歌は「ミ、ラシドレミファ・・・」という音の流れ。普通ならG線の第4ポジションでミ、そこからD線の第4ポジション1の指でラを取るだろう。でもあえて第1ポジションでミをとり、そこからA線の解放弦でラを鳴らしていた。A線が少しでもやわらかく済んだ音で響くチャレンジ。「ヒヤーン」と外れた音、平べったい音にならないため。それはけっこうできるようになったと言っていたいただいたので、第4ポジションでとることにした。ソルヴェイグの歌は声楽で愛聴して来た。深くよく響いたミの音からラが生まれて来て、そこから旋律が続いて行く イメージ。面白いのは体を固くしないでリラックスして弾くと音が響くということが実感できたこと。体は全部つながっている訳で、例えば肩が固くなっていて右手の先だけがリラックスしているなんてことはあり得ない。 声楽で言うならば「ヴォーカリーゼ」のパターンは清純な乙女ソルヴェイグのためらいがちな胸のときめきなんだなあと先生の演奏から教えられた。口ではなく、音で教えてくださるのはすごいこと。今日は弓はBattermonn。先生にも弾いていただいた。バランスが少し悪いとのこと。でも吸い付きの良い音だと言われた。つくづく今の僕は弓のことはわからないんだなと思う。楽器のことも分からないけれどね。あとは無伴奏の第3番。時間がなかったので、第二曲の5小節だけ。やっぱりフルニエ版は初心者には弾きやすいのかもしれない。例えば第一曲の中間部はフルニエ版ならまだ少しは弾けるかもと思うが、ベーレンライターはかなり難しい。弾けるようになるとベーレンライターの方が弾きやすくなるらしい。 フルニエの演奏は映像とレコードと両方持っているけれど、フルニエ版の楽譜とどうも違うみたいに思う。 これはよくあることだけれど、もしかしてフルニエはこの楽譜を作る時に初心者の弾きやすさに配慮して作ったのかもしれない。 レガートとスタッカートの対比。強拍に来ているレガートに重心があるのだけれど、固くならないように。あの恐怖の6小節目から7小節目はまだ弾けないので予定になかったけれど、やっぱり難しい。音程は響きで感じながら取ると良いとのこと。 これも難しい。この部分はコンサートではプロでも苦戦していた。 もっともコンサートで聴くと、コダーイやブリテンの凄まじい現代の難曲よりもバッハの無伴奏の方が遥かに難曲に聞こえる。それからバッハを弾いているととにかく響きが美しいので、楽器の音のバランス、ボウイングを整えるのにもすごく良いと思う。というか、バッハの無伴奏を弾くと僕のようなひどい下手な演奏でも楽器が喜んでいるのがわかる。 つくづくこのバッハの無伴奏チェロ組曲は奥が深い。うん。深い。
2009.11.22
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アンリのハンドを巡って、ドメネク監督の言葉で一つ納得できないことがある。マラドーナが「神の手ゴール」を決めた時、人々が賞賛したというのだ。フランスではそうだったんだろうか?あのゴールのことは僕もはっきり覚えている。あの当時は、マラドーナが本当にハンドだったのか、確認はなかなか出来なかった。証拠写真が公表されたのはかなり後のことだったと記憶している。それにあのゴールを誰か賞賛したんだろうか?賞賛されたのはその直後の五人抜きゴールだよね。ドメネク監督の言葉は納得しかねる。
2009.11.21
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アンリのハンドか。うーん。マラドーナのハンドもあったなあ。僕の中ではどうだろう。マラドーナはあのハンド以降、世界中、色んなところで激しいブーイングを浴びた。あのゴールがハンドで取り消しになって、かりにアルゼンチンが優勝を逃したとしたらどうだろう? あんなブーイングを浴びて、その語のサッカー選手人生を過ごすことってハッピーだったのかなあ。すごいストレスだったのでは。もっともイングランドには悪いけれど、あのゴールが取り消されたとしてもイングランドに勝てる試合ではなかったと思うけれどね。御免ね。イングランドサポータ様。 ワールドカップで優勝しなくたって、マラドーナの偉大さは変わらないと思った。ピクシーなんてワールドカップ優勝どころかヨーロッパの主要リーグでもそんなに活躍できなかった。でも僕の中では、マラドーナとピクシーは同格なんだよね。 アンリもこれからはマラドーナと同じ道を辿るのだろうか?マラドーナはワールドカップ優勝と引き換え、アンリはワールドカップ出場と引き換え?やっぱりビデオ判定は導入した方が良いよ。いろんなスポーツで導入されているじゃないの。審判の決定が最終的なものって言っても、それはビデオ判定を参考にしてのこと。この規則が出来たことは、今みたいにありとあらゆる角度からビデオに録る技術はなかったでしょ。特にゴールにつながるジャッジは 万全を尽くすべき。スピーディーな運営は損なわれても、後味の悪いジャッジよりはずっと良いと思う。
2009.11.21
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バッハの無伴奏チェロソナタ第3番。最初の一小節だけでも色々あるなあ。無限にあるなあ。僕が使っているのはフルニエ版、弾く前に「なぜ、こういうボウイングなの?」って考えると長くなる。弾かなければ答えはない。最初の音はダウンボウ。けっこうアップボウの版が多いよね。圧倒的なエネルギー感。出ないなあ。続く16分音符。 これも難しい。アップとダウンの繰り返しだけれど、アップの時の弓の返しの際の力みがあるのか。同じ音色にならないんだよね。特に一小節目最後のただの「ドソミソ」が「ただのドソミソ」にならない。ドからソに降りる時、あえてソは解放弦を使いたい。デリケートな解放減でいかに澄んだ音が出せるか。これは僕の大きなテーマだ。 単純にダウンと同じ軌道で返すことが難しい。そもそも最初のダウンボウの弓の軌道がきちんと現に直角になっているか。ダウンの弓の発音、軌道、スピードが正しくなければ、アップの際に間違った道を引き返しても意味はない。 こういうことを考え出すとまことに難しいというか、面白い。最初の二小節だけでもけっこう時間がかかる。 技術的というか、単純に楽譜を音にするだけなら最初の三曲はあとの三曲に比べたら易しいのかもしれないけれど、奥の深さはすごいよね。という訳で、弾く前にどういう音を出したいのか。最初の音のイメージは?いやあ・・・楽しい、楽しい。
2009.11.21
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合奏。ヴィヴァルディの調和の霊感からイ短調。単純な通奏低音だけれど、奥が深い。音色、音程、リズム。一番思わされたのは弓のスピード。基本的には弓を沢山動かすこと。当然弓のスピードは速くないと。それから発音がきちんとできないと弓は走らない。細かい音符でも出来るだけたくさん弾く。そうすると音のスピードが出てくるし、遠くへ飛ぶらしい。個人的にはエンリコ・ディンドってそういうのがすごく上手かったように思う。ああいうのは理想だろうな。その中に対照的にゆったりとした弓の動きを入れて変化が着くと音楽の世界が広がる。新しい弓Battermonは相変わらず、あれやこれやとコントロールを要求してくる。一人で練習するときよりもよほどシビアーだ。これはこれで勉強になる。 単純な通奏低音、やはり奥が深い。
2009.11.18
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ひょっこりと遊びにきた。息子に会うのに理由は要らない。汽車を待つ間、デパートをまわったら、何か買ってくれるという。おいおい、「アラフィフ」の息子にかよ・・・・いくつになっても子どもは子ども、親は親。せっかくだから何かと思ったけれど、思いつかない。別にいいか。一生使える命、この体をもらったんだから。一番のプレゼントはあなたが元気で楽しく暮らしてくれることですよ。おかあさん。
2009.11.17
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フレンチオールドの弓がこんなに安いの!あり得ないと知りつつついつい 買ってしまった。銘柄はBattermon? あーあー、授業料かも。 そんな上手い話、ある訳ないよね。 うん。バカだ。数年前にも、授業料払ったくせに、懲りない奴(>自分)。でもあの時よりはお安い「授業料」だった分、進歩と思うことにしよう。ここからは負け惜しみかも。この弓、そんなに悪くない。きちんとボウイングの基本を守らないと音が出ない。だから色々とボウイングの基本を思い出させてくれる。そうやって工夫するたびに良くなるのだから、チェロを弾くのがますます楽しくなったのは事実だ。これだけで何回かレッスンを受けた価値があると思えないこともない。そうなれば投資分は十分に回収されたことになる。 「もしかして本物かも・・・」なんてことはないだろうが、 けっこう面白い弓であることも事実だとけっこう本気で思っている。やっぱり懲りない馬鹿者である。
2009.11.16
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南アフリカ戦、開催国で勝つって容易ではないと思う。相手は豊富な運動量でプレッシャーをかけて来たからなあ。けっこう良い経験になったんじゃないかな。問題点が見つかったし、負けずに済んだし・・・・
2009.11.16
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リストの「愛の夢」。これもチェロで弾けたら素敵なんだけどなあ。ハ音記号でこれだけ転調が多いと楽譜が読めない。ずっと前から弾きたい弾きたいと思いながら、楽譜を読むことで挫折している。今回、けっこうやさしい楽譜があるから、これでなんとかならないかなあ。 晩秋にショパンでも弾けたらと思って楽譜を取り寄せた。いやー、なんだこれ。聴いていると美しいショパンのメロディー。楽譜はなんと難しい。そしてややこしい。先生がおっしゃるように「ピアノの曲はピアノ」が良いのかな。以前から持っていたやさしい楽譜を丁寧に弾くことで良いかな。 ヴィターリやバッハのシャコンヌとか、ショパンとか、リストとか、編曲ものに魅力を感じる傾向がある。でもやっぱりチェロのために作られた曲が一番良いんだろうな。 あと、フレスコバルディのトッカータも素晴らしいからまた楽譜を引っ張り出して来て弾いてみたい。
2009.11.11
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今日はなんだか疲れたので、楽譜と格闘する気力がない。そこでピアノ伴奏CDをならしながら片っ端から曲を弾く。 ダニーボーイ、きらりのテーマ、アメイジンググレイス、夏の思い出等々、極め付きはショパンの別れの曲。これってベルナール・ミシュランの空前の名演奏がある。 こういうピアノのために作られた曲はピアノで弾く方が良いに決まっている。ミシュランの場合はそこを超越して、「チェロでならこんなことができる」って小世界を聴かせてくれる。 僕の場合はピアノが弾けないからせめてチェロで味わってみたい。シャープ四つはちと苦しい。ピアノで歌う旋律をチェロで弾くのはやっぱり難しい。肝心の山場で音量が出ない。それでもやっぱり秋はショパン。自己満足と美しい誤解も秋の風情か。いや、僕の場合、一年中、四季折々に自己満足と美しい誤解で満たされているかも知れないな。おめでたい男だ。
2009.11.08
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ナビスコカップの表彰式。事件になっちゃったね。偉い人ばかりが平謝りで目立っているけれど、選手たちはどう思ってるんだろう。チームの責任と言えばそうだけれど、選手の責任だと思う。大人なんだから。選手の声が聞きたいな。やっぱり「グッドルーザー」の方がカッコいいよ。こんなんじゃあ、リーグ優勝しても間が悪いね。
2009.11.05
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楽器店で素敵なチェロを弾かせてもらった。イタリア、フランス、イングランド、ドイツ、オーストリー、チェコの名器、やっぱり良い音がする。 我が家に帰り愛器をならす。最初はひどい音にがっかり。でも弾いているうちに段々音が良くなる。良い音のイメージがあると、けっこう自分の楽器の音も良くなっていく。そう考えると試奏はレッスンとは違う意味ですごく良い経験だ。 段々、良い音を鳴らし始めた我が愛器は「僕だってこんなに良い音が出ますよ。もっと良い音も出ますよ。だからそばにおいてちょうだい」って訴えているようで、ちょっと胸が痛んだりする。良い音がでないのは楽器のせいではない。僕のせいなのだ。
2009.11.04
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久しぶりに披露宴で歌う。友だちの結婚ではなく、友だちの娘さんの結婚。僕もそういう年になったんだ・・・・学生の頃のお座敷、友だちの結婚式で歌うこと、そして今度は友だちの娘さん。20年以上の月日が流れた。上手くなっていないなあ。 曲は三曲。シュテントヒェン、はるかな友に、最上川舟歌。 宴たけなわの時とはいえ、みんなとても良く聴いてくださった。 最上川では手拍子まで起こっていい気分。歌っていて勉強になったこと、自分が誰も見ていないで目線が定まらないで歌っていたこと。誰に聴いてもらうかを意識しないで歌っているって良くない。そういう時はきっとブレスもしっかり降りていないと思う。目の前の誰に聴いてもらうのか、しっかり意識して目のピントが合えば、響きのピントも少しは合うのではないか。目線をしっかりして歌う。今度から気をつけよう。
2009.11.02
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