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「はちみつの次はメイプルシロップかよ~」と思われた方も多いでしょうなぁ。メイプルシロップ。その名のとおり楓の樹液を煮詰めたものですが、こんな美味しい液体を供給する楓という木は本当にエライ。私はこのシロップをパンケーキやフレンチトーストにシャバシャバふりかけてべしょべしょにして食べるのが大好き。サラッとした甘さなので、どんなにたくさんかけてもくどくならないところがいいんだな~。昨年の暮れのこと。外で食事をした後に甘いものが欲しくなったのですが、我々のお腹はもうすでに裂けんばかりの状態でとてもじゃないがケーキなど入らない。そこで、甘い飲み物はどうかとカフェに入り「メイプル・ラテ」なるものを注文したところ、うまい。香ばしさがラテを引き立てているじゃないの~。いや~、メイプルシロップにこんな活用法があったのか。私はすっかりその優しい甘さのトリコになってしまって、それまではパンケーキとフレンチトーストにしか使っていなかったそれを飲み物にもじゃんじゃん使うことにしました。あ、ちょっとそこのアナタ。そう、今「そんなことも知らなかったの?私なんかとっくに活用していたわよ。ププッ」と鼻で笑ったあなたですよ。アナタはエライ!!私ももっと早くに知りたかったよ~。ラテはもちろん、ミルクティーにそっと落としてもおいしいんだなぁ。それ一杯で甘いものを食べたような満足感が得られるのもいいし。おまけにメイプルシロップはカルシウムも豊富だということでこれもいいではありませんか。しかし、どこぞのコーヒーチェーンが始めて以来すっかりお馴染みになったこの「ラテ」という飲み物。私はどこへ行っても大抵普通のコーヒーしか頼まなかったのだけれど、昨年何日か福岡のホテルに滞在した際にたまたまホテルの入り口にあるコーヒーショップでラテを購入して部屋へ持ち帰って飲んだところ、すっかりこれに開眼。ミルクたっぷりのエスプレッソのうまいこと。万人に受けるのが今更ながらによくわかりました。マイルドなこれならコーヒーが少々苦手な人だって美味しく飲めるし。これはフンワリしたミルクの泡があるからいいんだね。泡のない、ただのカフェオレならばここまで普及することはなかったはず。飲んだ後は白髭をたくわえた爺の如しだがこれもイイ。すっかりハマってしまってエレベーターに飛び乗ってはラテを買いに出かけたのだけれど、ここで私はあることに気がついた。ラテとカプチーノは何が違うのか?そこで、カプチーノも買ってみたのだがラテとの違いがわからない。その後調べてみると、どっちも使うものは同じだけど牛乳の分量が違うんだとさ。エスプレッソと牛乳と牛乳の泡の比率がかなり厳密に決められているようです。エスプレッソに牛乳の泡だけだとこれは「マキアート」になるとか、かなりややこしい。すべてを覚えようと試みたらハラが減ってきました。我が家のラテもどきでも飲むか。
2008.01.31

週末にヲタの殿堂・鉄道博物館に潜入を試みようとした私達。鉄道博物館へは、JR大宮駅で埼玉新都市交通・ニューシャトル(以下ニューシャトル)に乗り換えて一駅なのですが、このニューシャトルという乗り物の面白いこと。(行く前からすでに面白い)上越・東北新幹線の高架部分を活用した全長12.7キロを走る公共交通機関なのですが、新幹線が飛ばしていくすぐ横をおもちゃの如き車両がゴトゴト走るという対比がいいのですね。さて、鉄道博物館(大成)駅で下車、改札口を抜けると新幹線開業当時の時刻表などが私たちを博物館へと導いてくれます。JR東日本のマスコットであるペンギン達の大歓迎を受けて中へ入るとそこはコドモは喜び、大人は懐かしむ鉄道のパラダイス。いやぁ、懐かしい。これらの特急を懐かしいと思う貴方は結構な歳だ。「JR」ではなくて「JNR」、そう「国鉄」ですよ。私はこの国鉄色といわれるこの色、大好きですねぇ。中に乗り込むことができるのですが、座っていると気分は発車を待つ旅人。座っているほかの人々もそりゃ楽しそうです。このテーブルを見てくださいよ。昔はみんなこうでした。懐かしいねぇ。こちらはまだ現役で走っているのと同じ機関車ですが、「鉄道博物館勤務を命ず」なんて辞令が出てこちらにやってきたのでしょう。「オレはもう走れないのか~」と飲めない酒を飲んで荒れたかもしれませんね。こちらの0系の新幹線は以前秋葉原にあった交通博物館にあったもの。この方もまた移動を命じられて大宮の勤務となったのでしょう。まあるい顔をしたこの新幹線。私などは新幹線というとまずこの顔が思い浮びます。昔は子供の絵本では「しんかんせん ひかりごう」などと英雄のように描かれていたこの0系新幹線、今年でついにすべて引退です。昨年10月にオープンしたこの鉄道博物館。まだ混雑して身動きが取れないのではないかと思っていたのですが、スペースに余裕のある建物なので十分に楽しむことができました。ジオラマの観覧や、ミニ列車の運転は長蛇の列です。その人気のミニ運転列車ですが、このような敷地内を埼京線や特急あずさ、成田エクスプレスのミニ車両を運転できるもの。う~ん、これは子供だけに運転させておくのはもったいない。こちらは広い敷地内でお客様を運ぶ無料シャトルの「はやて」(東北新幹線)なのですが、これがもう、ゆ~っくりゆ~っくり走っており、見ていると遅々として進みません。これはもはや「はやて」ではなくて「おそて」だわ。懐かしいものがたくさんあるこの博物館で、ある一定以上の年齢の人々の心を捉えて離さないのがこの「日本食堂」(現在は「NRE-日本レストランエンタープライズ」JR東日本のみ)。新幹線がコックさんの帽子をかぶっているこのマークに郷愁を覚える方も多いでしょう。現在食堂車というと一部の寝台特急にしかついておらず、おまけに値の張るディナーは予約しなければならないという気軽に利用できないものとなってしまいましたが、以前長距離の特急がたくさん走っていた頃はほとんどに食堂車が連結されており、発車して間もなくオープンしてから終点間近まで営業していて飲み物から食事までいつでも誰でも気軽に利用できるその存在は動くファミリーレストランのようなものでした。私も父が好きだったので子供の頃はよく連れられて行ってサンドウィッチなど食べたものですが、当時の食器はちょっとやそっとの衝撃では絶対に割れないような分厚く頑丈なものだったのを今でもよく覚えています。私は高校生の時に北海道から単身で青森の学校に行っていたので、夏・冬・春と五月の連休に自宅に帰省する際は本当によく鉄道のお世話になりました。私がヲタになったのはそのためかもしれません。当時はまだ青函連絡船の時代で、深夜に青森を離れる連絡船に乗り込むと函館到着は明け方。連絡船を降りるとまだ薄暗い函館駅のホームでは特急のヘッドマークがボヤーッと光っていたものです。特急の中ではよく隣の人と話をしました。妙ななぞなぞに付き合わされて寝たフリをしたこともありました。話をしているうちにしつこい相手(♂)に嫌気が差してきて乗換駅でとっとと逃げたこともありました。網走の自宅まで真っ直ぐ帰ればいいものを、とんでもない方向に寄り道しては帰ったこともしょっちゅうでした。目的地まで真っ直ぐ行かないのは現在も同じですが、この頃から何も変わってはいないのです。昔むかし、夫が北海道を一人で旅していたときのこと。とある駅でそれまで乗ってきた列車の切り離し作業が行われるので、夫は駅のホームで立ち食い蕎麦など食べることにしたそうです。ある方向へ行く列車は22分の停車時間、もうひとつの方向へ行く列車の停車時間は4分で、夫は自分の乗る列車の待ち時間が十分にあることを確認してお蕎麦を食べたらしいのですが、二口目をすすったところで自分の乗る列車(自分の荷物も置いてある)が急に動き出したので慌てて駆け寄ったところ、何とか停めてもらうことができて無事に乗車できたのだそうですが、夫は停車時間のカン違いをしていたのでした(乗るのは4分の方だった)。一口しか食べていないお蕎麦はそのまま置き去りにされたそうです。もう40年近くも前の話。当時高校の教員をしていた父は何かのために何人かの生徒を引率して網走から札幌まで行ったのですが、その帰りに途中の旭川の駅で停車時間があったのでホームに立ち食い蕎麦を食べに出たのだとか。発車のベルがなったので慌てて列車に駆け込んだところ、乗り込んだのは別の列車。網走行きの列車は無常にも生徒と父の荷物をのせて行ってしまったそうな。結局母に電話をして生徒と荷物のことを頼み、自分は旭川の駅で一泊して翌日帰ってきたそうな。今だったらクビになりかねないとんでもない話ですが、いい時代だったのでしょう。もう姿を消してしまった特急に、青森-大阪間約1000キロを13時間ほどかけて走る「白鳥」という特急がありました。乗りたいと思いつつも機会がなくて実現せぬままに終わってしまったのですが、こんなに心残りだったことはありません。「白鳥」の廃止が決まった時には驚いて真っ先に業務で一緒する鉄道好きの方に教えました。その方は現在私の夫だったりします。鉄道はドラマだ。
2008.01.28

皆様こんにちは。ただでさえ小さな脳味噌なのに、今やそのほとんどがはちみつに侵食されているマリルレロです。「良いはちみつは花の香りがする」なんてことを書いたら、「じゃあ、クサいんじゃないのか?」とあらぬ誤解を受けてしまった栗のはちみつをマドレーヌに入れてみました。私は本物の栗の花の匂いをかいだことはないので匂いに関しては何も言えないのですが、このはちみつがクサいなどということはまずありません。こっくりとしたいい香りがします。いや~、「まずいです」なんて断言するはちみつ屋さんもあるほどなので、そんなにエグいものなのかと私もドキドキしたのですが、そんなことはありません。どっしりとした甘さと風味を持つちょっと個性的なヤツというだけの話です。お、よく見ると同時に届いた5種類のはちみつの中でこの栗だけが白く結晶し始めています。はちみつには結晶しやすいものとそうでないものがあるのですが、ブドウ糖が果糖より多いものの方が結晶しやすく、また温度も関係があるそうで13度~14度くらいから結晶が始まるのだそうです。なるほど、最近寒い日が続いたし、このはちみつはブドウ糖が多いということなのか。結晶したまま食べても全く差し支えないけれど、溶かす場合は結晶を残しておくとまたすぐに結晶が始まるということなので、するなら結晶は完璧に消してしまいましょう。うまく型から外れなくて一部はげちょろけとなった家菓子の臨場感溢れるマドレーヌ。今回は焦がしバター(文字通りバターを焦がしたもの)を使い、おまけにはちみつもお砂糖もみんな茶色なのでかなり地黒です。甘み全体のうちはちみつは4分の1程度なので香りはほとんどしませんが、香ばしくておいしかったよ。でも、いつものと違いがほとんどわからない・・・。普通は膨らむことを考慮して型の八分目までしか生地を入れないのですが、ビミョーに余った生地を無理やり入れちゃったので、何とまぁ、耳のある貝ができちゃったよ。ほれ。きちんと作ろうとするよい子のみなさんは真似をしてはいけません。生地は常に八分目におさえましょう。そばの花から採ったはちみつはギョッとするくらい黒いはちみつなのですが、フランスでは焼き菓子に欠かせないそうです。いつかそれで試してみたいなぁ。
2008.01.24

さて私は、はちみつの旅に出るにあたり、どこかいいはちみつ屋さんはないかと探してみました。東京にもあることはあるのだが、小瓶で販売していないのがどうもね。大瓶を買ってもなかなか次に進むことができませんからね。かといって、試食だけで終わらせるなんて中途半端なことはしたくないし。はちみつをめぐる旅に出る前に、はちみつを探す旅に出なくてはなりませんでした。しかし、こんな私のニーズにばっちり応えてくれるような福岡のはちみつ屋さんを見つけちゃった。その名も「お試しセット」という、7種類のはちみつの中から5種類を選べるというもの。しかも90グラムの小瓶であるところが泣かせるよ。私のような「あれも食べてみたい」「これも食べてみたい」「自分に合ったはちみつを探したい」というワガママ女ののために作られたようなものではないか。さて、お休みの朝、我が家では届いた5種類のそれで早速「利きはちみつ大会」を開催したのでした。ちなみに今回選んだ蜂蜜はこの5種類。栗とみかんはわかるけれど、あとの3つは初めて耳にする名前の植物。「もち」は赤い実をつける黒金糯の花から採れたもの。「そよご」は冬に赤い実をつける冬青(そよご)の花から採れたもの。「ハゼ」はハゼの木から採れたもの。(他にれんげとアカシアという選択肢があり、つい最近になってお試しセットに「蕎麦」も仲間入りしたそうです。)まずフタを取って香りを楽しんでみたのですが・・・ヒャ~、みんな香りが違う。おまけに「スハ~」と吸うと「ゴフッ」とむせ返ってしまうくらい花の香りが強いです。お、ちゃんと書いてある。これらのはちみつは加熱濃縮など一切加工していないので花の香りが残るそうなのです。ホンモノのはちみつはこんなに強い香りがするんだ~。しかもこれらには花粉が入っているというではありませんか。「花粉だぁ?聞き捨てならねぇ言葉じゃねぇか」と思われた花粉症の方もおられるでしょう。しかし、栄養たっぷりの蜜蜂の花粉は花粉症やその予防に役立つらしいです。花粉症なのに花粉なんか取り入れたらショック死するんじゃないかと驚いたのですが、はちみつの情報を集めているうちに「花粉症には花粉(はちみつ)」というのに何度もブチ当たりました。私は専門家ではないので断言できませんが、まぁ、好きで食べてて花粉症まで緩和されたらめっけもんでしょう。私が花粉症だったら自ら人体実験できたのですが。さて、10本のスプーンを用意していよいよ利きはちみつ大会の開始です。ちょびっとすくって口に入れる。ヒャ~、みんな味が違う。今回ドキドキしつつも購入したのが栗のはちみつでした。あちこちではちみつを探している時に、栗のはちみつのことを「まずいです」と断言しているはちみつ屋さんもあったほど。色からもわかるように、栗のはちみつはミネラルが豊富なのですね。それだけにクセもあるわけです。夫はその情報にひるむことなく果敢にスプーンを突っ込んだのですが、口に入れた後の第一声は「うまい」。例えていうなら紅茶の飴(かつてあった「味覚糖の純露」という名の飴の中に入っていた)のような味がするのだと。そこで私も試してみたのだが、本当だ、飴みたい(私は「カンロ飴」みたいだと思いましたね)。飴を液体にしたような味だわ。はっきりと特徴のあるはちみつなので、はちみつが得意ではない人にはちょっと辛い味かもしれません。いわばはちみつ上級者の味ってとこでしょうかね。私は今回これを購入する際に口に合わなかったらどうするか考えましたが、その場合にはミネラル補給の薬として使えばいいや、なんて思っていたのでした。さらにこの栗のはちみつは、花の香りというよりはこっくりとしたまろやかないい香りがします。さすがは木の実のはちみつだわ。しかし、どれもこれも顕著に味が違います。面白いくらいです。夢中で次々とスプーンを突っ込んで味わいましたよ。一通り味を見てから、毎朝一種類をパンに塗って堪能することにしました。「みかん」はいい香りで爽やか。これは万人受けしそうですね。色の薄い「もち」「そよご」はあっさりしててはちみつ嫌いの人でもいけそう。(しかし、これらはパンに塗ると区別がつきません。)魚かと思ってしまった「ハゼ」は、はちみつらしいしっかりした風味。(旅が始まってまだ4日目なのでまだ栗はパンに塗っていません)どのような形で旅を続けようかと思いましたが、このように常時何種類か用意しておいて、その日の気分と体調で選んで食べることにしました。もともとはちみつはよく食べる方だし、小瓶なので一斉に開封して平行して食べてもカラになるまではそう時間もかからないでしょう。ま、時間がかかったとしても、はちみつは腐りませんからね。(実際に3300年前のピラミッドの中から変質してないハチミツが発見されたとか)よし、今後我が家では、ミネラル分豊富な薬としても使えるはちみつフルーツの花から採れたはちみつ花から採れたはちみつ珍しいはちみつというカテゴリの中から一ずつ選んで4~5種類常備しておこうっと。お客さんが来た際には我が家のエンターテイメントとして「利きはちみつ大会」もするんだ。これは楽しいぞ~。しかし、はちみつがこんなに香りが強くてこんなに味の濃いものだったとは。何百年も生きてきましたが、私は今回初めて本当のはちみつのおいしさを知りました。今まで食べていたものは一体なんだったのだろう。
2008.01.22

ニュージーランド土産にもらったはちみつによって人生を大きく変えられた女が、道連れと共に長い長い旅に出ることになったこのシリーズ。一体どんな旅になるのか見当もつきませんが、一度知ったらもう抜けられないはちみつの魅力と二人が繰広げる珍道中をどうぞお楽しみ下さい。一旦興味を持ったらとことんまでのめりこむ私は寝食を忘れて(・・・ウソです。毎日よく寝てメシも腹一杯食べています)はちみつのことばかりを追いかけていました。私の性格をよく知る相棒などは、そのうちベランダで養蜂でも始めてしまうのではないかとかなりヒヤヒヤしているらしい。しかし知れば知るほど驚くはちみつの偉大さ。これは有名な話らしいのですが、はちみつの中にチフス菌・大腸菌を入れると48時間、赤痢菌だと10時間で死滅するほどはちみつというのは殺菌力の高い食べ物なのだそうです。おまけにその殺菌力で虫歯の原因となる細菌をも殺してしまう働きもするので虫歯になりにくいのだとか。(「はちみつは虫歯にならない」と言い切る人もいます。どっちが正しいのかわからないけれど。)おまけにはちみつはミネラルを豊富に含んでいるので、ビタミンを摂る際に併せて摂ると格段に吸収されやすくなるのですね。(栄養素は単体だと吸収されにくい)なるほど。私はハーブティーも好きでよく飲んでいるのですが、大変ビタミンCが多いといわれるローズヒップとハイビスカスの真っ赤なお茶にはちみつを加えてたら効果倍増ではありませんか。今までは甘みなしで飲んでいたのですが、これを機会にはちみつを加えることにしました。味も甘酸っぱくて上々です。ミントティーも好きなのですが(食べすぎた後によく胃薬代わりに飲んでいます)、これにはちみつをたっぷり加えてみるとこれがまたなかなかおいしいではありませんか。モロッコではミントティーを甘~くして飲むらしいのですが、なるほど、この味は暑い日にもってこいです。「銀座から人が消えた」ことがあったほど酷暑の続いたある年の夏。滅多にできない口内炎ができて驚いたことがありました。「何でこんな時期に?」と思ったのですが、毎日滴るほど汗をかいていたのでいろいろなものが体から抜けてしまったのでしょうね。ああ、そんな頃にミネラルたっぷりのはちみつの存在を知っていたなら。はちみつには色の薄いもの、色の濃いものと、それはたくさんの種類があるのですが、一般的には色が濃いものほどミネラルの含有量が高いのだそうです。それだけにクセもあるらしいのですが、こうなるとはちみつは食べ物としてだけではなくて薬としても活躍してくれそうです。はちみつにはまだまだ驚くべき効果があるのですが、それはまた旅の途中で。乾燥が激しい今の季節、私はスプーンですくった少量の蜂蜜をそっと舌の奥に置いてから寝ています。そうすると舐めなくても飲み込まなくとも自然に喉に落ちていって乾燥から喉を守ってくれるのですが、これがすこぶる調子が良くて、最近ではお出かけ前にもいがらっぽい時にも、とにかくはちみつが手放せなくなってしまいました。前置きが長くなってしまいましたがはちみつの旅、いよいよ出発です。(明日へ続きます)
2008.01.21

誰のアンコールかって?私のだよ。以前残ったドライカレーにマッシュしたじゃがいもを加えたものをホットサンドの具にしたら大層美味しかったので今回は最初からホットサンド用にと作ったのさ~。みじん切りにしたピーマン・にんじん・玉ねぎ、そして挽肉を炒めてナツメグや塩こしょう、少量のワインとウスターソースとカレー粉で味付けをして、茹でて潰したじゃがいも加えてできあがり。いわばカレーコロッケの中身みたいなものです。前日に仕込んでおけば朝は冷蔵庫から取り出してパンに挟んで焼くだけ。手間がかからない上、ゴーカに見えるからこりゃいいわい。しかし、マッシュしたじゃがいもを加えると具の据わりがよくなるというか、安定感が出るのがいいですね。余分な水分を吸ってはみ出してこないのもいいです。今後マッシュポテトを混ぜ込んだ具を研究してみるというのもアリかも。今回は2日で食べきる分量だったのだけど、もっとたくさん作っておいて一食分ずつラップでぴっちり包んで冷凍しておくのがいいかもしれないなぁ。ポテトサラダを挟んで焼くと女性向きという感じがするけど、これは育ち盛り向きですな。私もいまだに育ち盛りなんだけどさ~。育ち盛りって一体いつ終わるの?
2008.01.18

年末年始に神戸に帰省した際、夫の両親と妹一家(5人)そして私達で淡路島に一泊して遊んできました。その際、お義父さんが「お前達はまだ見たことがなかっただろう~」と連れて行ってくれたのが阪神淡路大震災(以下阪神大震災)で突如出現した断層を保存してある施設。見事なまでに保存してあります。こんなに隆起したのですね。こちらは当時の生垣ですが、横から見るとずれてしまっているのがわかりますか。この施設は地震から3年後の1998年に建てられたもの。施設内には当時の生々しい記録が残されており、災害は対岸の火事とばかりにしか考えていない平和ボケした人間(つまりは私だ)の目を覚ますためにお義父さんは大変いい機会を私に与えて下さったのでした。以下は大変簡略化した図ですが、(バナナは日本列島の位置を表しています。時間がなくて日本列島を作成できなかったのでこのような形になりましたので御了承下さい)日本列島は4つものプレート上にあり、簡単にいうとこれらのプレート動くことによって地震が発生するわけですね(あまりにも簡単に言い過ぎですが)。だからこの国で生活している以上、地震を避けることなど不可能なのです。***今から13年前の1995年1月17日。当時勤務地が横浜、居住地が東京都大田区で生活を送っていた夫(当時独身)は目が覚めていつものようにテレビをつけたところ、最初は火事のニュースかと思ったのだそうです。そしてそれが地震によるものだとわかり、その地震が震度6もの地震であるということもわかり、しかもその地震が夫の実家のある神戸で起ったことに驚き、すぐに家に電話をしたのだが一向に繋がらないのでとりあえず出勤したのだとか。現在本社は移転してしまいましたが、もともとナニワの会社だったのでその日はほとんど仕事にならなかったらしく、テレビも点けっぱなしにしてことの成り行きを見守るしかなかったそうです。被害はだんだんと大きくなっていき、阪神高速道路の橋脚が倒壊したニュースも飛び込んできました。夫の実家はその場所から一キロ以内のところにあるので滅多なことでは動じない夫もさすがにこの時は肝を冷やしたらしい。昼頃になってようやく夫の母から会社に電話があり、両親・妹・弟の家族全員が無事であることを知りました。何度この話を聞いても淡々と語る夫ですが、地震が起こってから安否がわかるまでの間は胸がつぶれるような思いをしたに違いありません。実家の被害状況ですが、簡単に云うと家は 平行四辺形に。しかし家族は全員無傷という。それから2日後の19日、鉄道も少しずつ復旧し始めたので夫は休みを取って(上司の配慮で特別休暇にしてくれたらしい)神戸まで出かけて行きました。京都までは新幹線を使い、京都から大阪まではJR、そこから阪急電鉄で西宮まで行ったのですが、みんなリュックを背負い、ポリタンクをぶら下げ電車はすし詰め。経験したことはないが戦時中の買出しはこんな感じだったのだろうなと思ったのだとか。そして西宮から実家まで瓦礫をまたぎつつ約10キロの道程を2時間半ほどかけて歩いて行ったのですが、途中道路の真中に家の2階部分が落っこちていたりと凄まじい光景が展開されていたそうです。やっとたどり着いた我が家。しかしそこでの光景を見て夫は拍子抜けしてしまったらしい。庭にカセットコンロを出して焼きそばを焼いたり、まるでキャンプ。母も「あ~、来たの~」ってな感じだったとか。家は困ったことになったものの、全員が生きている。この状況においてみんな元気で生きている。そのことを考えると、みんなもう笑うしかなかったそうです。お向かいの御主人は一階に寝ていて亡くなり、近所の方は地震後2~3日は元気だったものの打ち所が悪かったらしく、その後亡くなったそうです。夫の弟は一階に寝ていたものの、どういうわけか難を逃れました。神戸に行く前に電話で妹と話をしたのだがその際「お兄ちゃん、家見たらびびるでー」と言われていたのだそうだが、それでも実際に目にした時はびびったらしい。当時妹は結婚を控えており大阪に新居を用意してあったので、一家はストレスフルな避難所での生活を運よく免れたのでした。この地震で夫の会社の同期の女性が亡くなったそうです。会社はすでに辞めていましたが結婚を間近に控えていた矢先のことだったとか。会社にはすでに情報が入っており夫は西宮市の体育館で彼女と対面したそうなのですが、痛ましいとはこのことで言葉がなかったそうです。そのことを考えると家の一軒や二軒なんか問題ではないと言います。夫の両親はその後、もとの場所に家を建て替えて現在も二人でそこに住んでいます。現在私の知っている神戸の街はすっきりとしたきれいな街ですが、住宅街のところどころにある草の生えた空き地が、そこへ戻ることができなかった人々の無念さを物語っているようです。私は大きな地震を経験したことがありません。なので、こういうことが起ってから初めてその恐ろしさを知るのですが、本当の怖さを経験していないので「喉もと過ぎれば・・・」で、いつの間にか気をつけなければいけないという意識を忘れてしまっているのです。地震が来ると身の安全を守るよりも真っ先に食器棚の扉を押さえに走る私はまだまだ甘い。私は夜になると当たり前のようにパジャマに着替えて眠りにつくのですが、いつでも外に逃げ出すことができるような格好でなければ眠れないと、それができない人が現在も多数存在することを忘れてはなりません。日本に住んでいる限り地震は決して防ぐことはできないけれど、自分の心掛け次第で被害を最小限にとどめることができるということを常に心に留めておかねばいけないのでしょう。以前テレビで、周りの家が倒壊する中、無事に残った家のことを取り上げていました。古い家なのですが、外壁もこまめに塗り替えて、浴室も使う度に水気を拭き取ったりとずいぶん家を大切にされていた方でした。「家のメンテナンス=古くなってから」とばかり思い込んでいた私は目からウロコが落ちましたね。普段から大切にすることが後に自分を、家族をも救うことになるのかもしれません。どんなに大きな事件・事故・災害があっても当事者ではないので、ある程度の時間が経てばないとどうしても忘れて去られてしまうもの。***年々小さくなって、今年などほとんど見当たらない震災の特別番組など探しながら「今日くらい思い出さんでいつ思い出すのだ」と私は思うのです。
2008.01.17

皆様こんばんは。結婚して最初の夫のボーナス時、何が欲しいかと問われて「コーヒー農園」と答えたマリルレロです。(ちなみにまだ実現しておりません)半年ほど前に突然思い立って始めたコーヒーをめぐる旅。その旅もついに最終目的地である青い山へとやって参りました。100グラム980円の豆。購入するのにかなり気合が必要な価格ですが、私はこの日を迎えるためにコーヒー屋さんのスタンプをせっせとためておいたのだよ。500円引きはかなりウレシイ。初めてのブルーマウンテンということで淹れる時はかなりドキドキしましたね。前回の「コナ」はまったく期待していなかったにもかかわらず思わぬ偉業を成し遂げてしまいましたが、これはまるで期待ゼロだった次男坊が快挙を成し遂げたようなもの。それならば、期待の星ともいえる長男・ブルーマウンテンはかなりやってくれるだろうという私たちの過剰なまでの期待にブルーマウンテンもいささか緊張している様子。緊張の一瞬・・・が、正直拍子抜けしてしまいました。普通のコーヒーなんだもん。しかし、私はすぐにその理由を理解しました。今まで飲んできたコーヒーは口に含むと直ぐに「柔らかい」「強い」などという感想を述べられるほどその特性が顕著だったのに、これはそのような言葉が出ないほどにバランスの取れているコーヒーだから。端正とでも云うべき味かもしれません。こ、これは・・・まるで、顔も性格もよくて勉強もできる上にスポーツまで万能な非の打ち所のない男性のようです。しかし、すべてにおいて優等生なところが逆に没個性となってしまい私に「普通のコーヒーだね~」などと言わせる要因となったのかもしれません。多少アクのある方が記憶に残りやすかったりしますからね。でも私は2度、3度と飲んでいくうちにブルーマウンテンの信頼できる魅力がわかるようになってきました。コーヒーといえばブルーマウンテンという言葉が挙がるようにファンが多いのも頷けます。さて、青い山にたどり着いた私の旅は果たしてこれで終わりなのでしょうか。答えは否。私はひとつのお店の全種類のコーヒーを試したにすぎません。お店が変われば豆の焙煎の仕方も違うし、保存状態によっても大きく左右されるでしょう。だから現時点で持っているそれぞれの豆に対する印象がガラリと変わってしまう可能性があるのです。それを考えると、私の旅は単にひとつの区切りを迎えたというだけで永遠に終わらない旅であるということに最後の目的地で気がついたのでした。永遠の旅人となってしまった私ですが、この「コーヒーをめぐる旅」は一旦ここで終了とさせていただきます。しかしコーヒーがなければ夜も日も明けない私のこと。コーヒーを題材にした記事がまたどこかで登場するかもしれません。その時はどうぞ宜しくお付き合い下さい。大冒険(ブラジル)モカモカ・マタリキリマンジャログァテマラドミニカトラジャコロンビアコナコーヒーをめぐる旅 よりみち編***それでは次の企画の予告をご覧下さい。
2008.01.13

昨年夫の両親がニュージーランドに行った際に私達にもたくさんのお土産を買ってきてくれたのですが、その中のひとつにはちみつがありました。はちみつは独特の風味があるので好き嫌いが分かれるところでしょうが、私達は大好き。食べ方は99%パンに塗って食べ、あとはたまにお砂糖の代わりに料理に使ったりしています。さて、まるでみつばちハッチーの巣から強奪してきたばかりのような原型をとどめているはちみつ。写真で見たことはありますが、直に見るのは初めて。驚いたのは、私達が普段食べているはちみつは一体なんだろうと思うくらい香りが強いこと。以前、公正マークのあるはちみつなのに水飴が混ざっていたという出来事がありましたね(検査がきちんと行われていなかったというもの)。一応ホンモノと謳われているはちみつを購入しているけれど、こうして比べてみると普段買っているものは本当に水飴が混ざっているんじゃないかと疑いたくなるくらい風味が弱い。しかしこの金色に輝くはちみつの美しいこと。開けたばかりだというのにあっという間に食べつくしてしまいそうです。キツネ色に焼いたトーストに黄金色のバターとはちみつを載せると、こりゃ金塊よりもまぶしいがな。目がつぶれる~。かぶりつくと口いっぱいに「じゅわ~」っと広がるバターとはちみつ、そして小麦の味。か~、うめ~よ。
2008.01.10

やきものをめぐる旅の続きです。私は昨年出雲市にある、どうみても百貨は扱ってはいないだろうという百貨店でこの出西窯の作品に出会いました。この出西窯にだけは何とか訪れることができたのですが、「くらしを見つめる器」を作っているこの窯に私はすっかり惚れてしまったのです。ちなみに昨年手に入れたものはこのボウル。どっちの色にしようかさんざん迷った挙句に両方とも購入したのですが、どちらも和・洋を問わず本当によく活躍してくれました。どんなに質素なオカズでも、この器に入れるとごちそうに変えてしまう何とも有能なヤツ。さて、出雲市駅から車で15分のところにあるその出西窯ですが、田んぼの中に建っているそのロケーションがまたいいこと。お茶をすすめて下さったのですが、ここでは好きな器を使って飲んでもいいのです。何と粋な計らいなんでしょうね。・・・いやいや、計らいではなくて画策か?だって人間だもの、実際にその器を使うとついつい欲しくなっちゃうだろうよ~。さて、今回私が手に入れたもの。蓋付きのスープカップ。直火は×だがオーブンは大丈夫だというではありませんか。それなら卵を落としてココットにしてもいいし、これで茶碗蒸しなんかもかなりシャレています。しかし器のデビュー戦というのは力が入りますね。器として生まれたモノに命を吹き込むような作業ですよ。テキトーな気持ちじゃいけねぇ。で、私は早速この器を使うために何をしたか?大量の玉ねぎ(大3個、使いかけの半分)を刻んで飴色になるまで炒めたよ。左上から右下まできっかり20分毎に撮影してみました。(ヒマだなぁ)しかしこの作業の時間のかかること。よほどのヒマ人でなければできません。まぁ、ずっとつきっきりではなくて、ある程度時間が経過したら弱火で放って置いてその場を離れていたりしたのですがね。そしてそれを使って作ったものはオニオングラタンスープ。いや~、これがなかなかよいではないか。使って楽しい器がまた増えてしまったぞ。これは大変だ。日常生活がますます楽しくなってしまうじゃないか~。***公共交通機関では行くことが不可能なこの窯。時間のなかった昨年はタクシーで往復しました。今回はというと行きはタクシーを使ったものの、出雲市に拠点を置いて思いっきりヒマ人だった私達は帰りは田んぼの中をひたすら歩き、途中道がなくなってしまってあぜ道をも通り何とか隣の駅までたどり着くことができ(1時間)、無人駅のホームでぶらぶらしながらいつ来るかともわからない電車を待ってやっとのことで出雲市へと戻ったのでした。
2008.01.08

今日午後2時38分ごろ、週刊マリコベ編集長は散歩途中で偶然航空機の不時着現場に遭遇。のどかな昼下がりの公園で突然起こった惨事、そこへ駆けつけ懸命な救出作業を行っている勇敢な市民の姿に思わずシャッターを切りました。以下はそのスクープ画像です。不時着した航空機へ駆け寄る市民。乗客の安否を気遣い(左)壊れた翼を撤去する(右)この市民の迅速且つ大きな働きによりその後乗客乗員は全員無事救出。このような感動的な場面を全世界の皆様にお伝えすることができたことは編集長冥利に尽きます。
2008.01.06

勘のいい御仁はもうすでにおわかりかと思いますが、そう、今回の「帰省」の名を借りた旅の本当の目的は「陶器」だったのです。あれは昨年11月のこと。そろそろ年末の予定を立てねばならないという時期を迎えて我が家では「あそこもいい」「ここもいい」と、あれこれ思案しておりましたがなかなか決まりません。そんな時、「地下鉄をめぐる旅」で日本橋の三越を撮影していたところ、すぐ近くに「島根館」という物産館があったのでちょっと入ってみました。そうすると、奥の方になにやら見たことのあるモノ達が鎮座ましましているではありませんか。昨年島根県を訪れた際に私が魅了されてしまった窯の陶器です。いや~、こんなところで出会うとは。実は年末に行きたい場所の中にもう一度それらの窯を訪ねてみたいという気持ちもあったのです。どうやらここで私の気持ちは固まってしまったらしい。私はこの気持ちを夫に話しました。自分でももしかしたらそうではないかと思っていたのだけど、本当に好きだったと今ここではっきりとわかったよ。自分の気持ちを力説する私とそれをフムフムと聞く夫。・・・知らない人が聞いたら誤解されるようなセリフだ。というわけで、年末のお出かけはあっという間に山陰の旅に決定してしまったのでした。いつも、人気(にんき)のある場所より人気(ヒトケ)のない場所、陽か陰かと問われたら迷わず陰を選ぶ私たちにとっては、山陰はなかなか素敵な場所なので夫にとっても依存はありません。***さて、目指す窯は島根県の庁所在地・松江から西へ2駅の玉造温泉駅のすぐそばにある湯町窯。昨年、なんの予備知識もなしに島根県を訪れた際に、とあるデパートで一目ぼれをして即刻購入したのがこちらの窯のものでした。和にも洋にもよく合うこれらのカップはこの1年本当によく活躍したものです。その時は残念ながら窯まで行く時間がなかったので今回が初めての訪問。たくさんの作品を実際に手に取って見ることができる。片手におカネを握り締め、まるで初めてのデートの如く胸をときめかせて私はやってきたよ。ああ、この気持ちをどうしたらいいんだ。眼福とはこのことだ。しばらく(しつこく)眺めていると工房の方がお薄を勧めてくださったのですが、そのお茶碗もまた素敵なこと。私は島根県に入ってからというもの素敵な器に出会っては頭をゴイ~ンと叩かれるような衝撃を受け続けてきたのですが、これはもうとどめのパンチを受けちゃった感じ。脳天直撃だ。すっかり壊れてしまった私が購入したもの。はるばる島根県から届いたばかり。コーヒー碗皿を2客。ここの窯にはこんな色の物もあったのかと意外でしたね。あとは小皿をふたつ。そのうちお漬物が載るかもしれないし、朝食時にはバターが載るかもしれません。我が家で湯町ブラザーズが久々に顔を合わせました。寒い地方で作られたものだからこその温かみがたまりません。さて、やきものをめぐる旅はまだ続く・・・。
2008.01.05

週刊マリコベは本日から営業です。皆様はこの年末年始を如何お過ごしになられたでしょうか。我が家は夫が今日から出勤のため、今回は夫の実家のある神戸のみに帰省することにしました。12月28日の朝、遠い神戸へ帰るため私たちは朝4時半に起床し、東京駅を6:16発の新幹線・のぞみ3号に乗るためにまだ真っ暗な中家を出る。父と母の待つ神戸に向かうため新幹線は西へ西へと走り、(かつて新山口の駅名は「小郡」でした)やっとのことで新山口にたどり着いた私たち。そこから列車を乗り換えて島根県の津和野で昼食を取ってからもさらに進んで、なんと、日本海側に出ちゃいました。この後も私たちは父と母の待つ神戸を目指してひたすら進んだのですが、神戸までの道は険しく、途中出雲では大国主命と因幡の白兎に捕まってしまったり、雪の吹き荒ぶ松江の街を彷徨ったりと、私たちはいくつもの困難に立ち向かっていたのでした。何とまぁ、この時期日本で最も天気が荒れていたのはこのあたりで、強風で鉄道のダイヤも大いに乱れて混乱を極めており、出雲から鳥取へ向うために乗ろうと予定していた特急は途中の駅で立ち往生。出雲市駅では人々が待合所で寒さと雪から身を守りながらいつ発車となるかわからない列車を待っておりましたが、どんな状況でも果敢に立ち向かう私たちは「もうホームに入るんですか?!いつ動くかわかりませんよ」と驚く駅員さんの制止を振り切り一時間以上も寒いホームでウロウロと遊んでいたのでした。(アホや)特急はいつまでたっても運行を再開する気配がありません。見かねた駅員さんがわざわざホームまで上がってきて、とりあえずは出雲市駅始発の特急に乗って米子まで行き、そこから快速で鳥取まで移動したほうがよいと助言してくれたのですが、それでも私たちは待ちました。何故ならば、私たちには乗りたい特急があったから。46分遅れで出雲市駅に到着したその特急はスーパーまつかぜ。私たちが座った座席は一番前の車両の一番前の座席。そう、私たちはこの座席を狙うべくアホみたいに一時間も前から寒いホームにいたのでした。しかし、見晴らしいのいい座席で鳥取まで移動するのは本当に楽しかったねぇ。さて、父と母の待つ目指す神戸を目指して私たちは雪の吹き荒ぶ砂丘をも越える。誰かが作った砂だらけのキタナイ雪だるまが笑わせるじゃないか。鳥取からは特急・スーパーはくとに乗って一路神戸へ向かい、12月28日に出発した私たちは4日目の31日にようやく父と母の顔を見ることができたのでした。***さて、楽しいひとときを過ごした私たちが東京へ戻る日がやってきました。1月3日の朝9時ちょっと前に大阪駅を出発し関西に別れを告げます。新幹線だととっくに東京へついていると思われる頃、私たちはまだ長野県の塩尻にいたのでした。大阪からは新幹線ではなく約4時間もの間中央線を走る特急・しなのに揺られていたのでした。しかし在来線というのは何と楽しいのでしょう。新幹線に比べると景色が近いのがたまりません。そしてそこからは特急・スーパーあずさで甲府などを経由して新宿まで行くというなんとも酔狂な方法で東京へ帰ってきた私たちだったのでした。もうアホというほかありませんね。帰省は「おまけ」だったのでしょうか。実は、今回のこの「帰省」の名を借りた旅にはある目的があったのです。それは・・・ つづく
2008.01.04

2008.01.01
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