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雪模様の1日―国会での衆議院・参議院での代表質問で、自公政治の実態を国民の立場で明らかにし、「二大政党」が共同して進める悪政に反対する、そいて国民のための改良の実現をはじめ、国民の要求を国政に反映させる日本共産党の議席のねうちも明らかになったな、と思います。○消費税増税をせまる民主、増税によらない国の進路をしめした日本共産党―民主・岡田代表「年金保険料が15%を超えることのない改革が必要で、そのためには消費税の活用が避けられない」―小泉首相「消費税活用も検討の対象となる」○「郵政民営化」でも自民と民主は同じ土俵。日本共産党は「国民の財産である郵便局ネットワークを破壊することは許されない」―民主党は「将来的には民営化が本筋」(岡田代表)と、小泉首相の「改革」の方向は正しいという土台の上で、その手法ややり方が不十分という態度○NHKへの政治介入問題は、自公も民主もふれずじまい。日本共産党は議場で告発。…などなど。 議会制民主主義を守る日本共産党の議席のねうちも明らかになったのではないか、と思います。代表質問1日目の1月24日、衆議院本会議で、民主・社民は、小泉首相の答弁が不満だ、として本会議を退場。自民・公明党と日本共産党だけが出席するもとで、自民・武部幹事長が質問する異例の事態に。たしかに小泉首相はもっときちんと答弁をするべきだと思います。だからといって本会議退場というのはどうか…。答弁に不満があれば、論戦を通じて問題にすべきではなかったか…。「審議拒否」や「バリケード戦術」は、審議をつうじて問題を明らかにする」という議会政治の土台を危うくすることにんります。 私も国会にいるような気持ちで、同時に国会で何が議論され何が明らかになったのか、わかりやすくみなさんに草の根でお伝えする仕事に頑張りたいと思います。
2005年01月31日
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午前、地元の党支部の方々と、憲法改悪反対の署名へのご協力をお願いしながらの行動。署名の趣旨をお話しすると、「むずかしいわね。私にはわからないわ…」とのことでしたが、「環境権がないとか時代遅れになったとか、自民党も公明党も憲法を変える理由をいろいろ言いますが、イラク戦争支持や派兵継続にみられるように9条を変えることにねらいがあるのではないでしょうか」とお話しすると、署名してくださいました。憲法改悪を合理化する論調の影響は軽視できないとは思いますが、対話すれば理解が広がります。憲法9条を守る草の根での対話があらためて大事だ、と実感した一こまでした。「しんぶん赤旗」読者も増えました。 午後、別の支部の方々と行動。今度は消費税増税に反対する署名を持っての行動です。「あらあ、佐藤さん。少し顔が変わった?少し太ったからかな?」とお話してくださる方も。私は初対面の方という思いでしたが、どこかでお会いしたのかもしれません。あるいは相手の方からすれば、テレビや新聞、ビラやポスター、演説会に足を運んでくださり、私の顔を覚えてくれていたのかもしれません。こうして気軽に声をかけていただけるのはうれしいものです。生活苦の中での増税の怒りはほんとうに強い。 行動を終えた足で、後輩の結婚を祝う会のうちあわせに出席。誰に中心になってもらう?誰を誘う?場所をどうする?いつ祝う会をする?どんな内容にする?実行委員会をいつやる?などなど、新郎を交えてトーク。新婦が参加できなかったのが残念でした。心の中でひそかに、当日は二人とも泣かせてやろう、そういういい祝う会にしたい、と思っていました。二人の人生の新たな出発を、多くの仲間の素敵な気持ちで包みたいと思います。
2005年01月30日
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午前、党支部のみなさんと行動。「こんなことくらいでしか協力できないしね」と「しんぶん赤旗」読者になっていただいた方も。「いえいえ、こうして読者になっていただくことが、大きな力になります」。「昔、金沢市議や県会議員をやった原さんにお世話になってね」と日本共産党との出会いや党への期待を語っていただいた方も。住民のみなさんとの対話は、ほんとうに楽しく、元気付けられます。いつも住民のみなさんととともに―その思いを強くしたひととき。 午後も、党支部のみなさんと行動。2007年に消費税の二桁増税を競い合う自民・民主党―消費税増税反対、増税しなくても暮らしを応援し財政再建の道をさししめしている日本共産党は、草の根で増税反対の署名を集めています。署名へのご協力を訴えながらの対話がはずみます。 最近、「しんぶん赤旗」日刊紙6面の「おはようニュース問答」がおもしろい。本日付でとりあげているのは、日本共産党・民主党・社民党が共同して国会に提出している被災者生活支援再建支援法の改正案。その一部を紹介させて下さい。―陽子 いまの法律では、住宅の解体や撤去にはお金が出るけど、建築や補修は対象になっていないといってたわね。―晴男 そこを是正しようというのが改正案なんだ。住宅の本体のかかわる費用を支援の対象にするのが一番の特徴だね。それに、全壊の場合、支給金額の最高額を三百万円から五百万円に引き上げる、世帯収入の制限を緩和して八百万円いかにするんだ。―陽子 支援を受けやすいようにうするわけね。でも、政府は住宅本体への支援については、首を縦にふらないんでしょう。―晴男 「日本は私有財産の国だから」というのが理由なんだけどね。―陽子 それって、何か法律に書いてあるの。―晴男 国会で共産党の議員が追及したら、防災担当の大臣も“憲法にも法律にも書いてありません“と答えた。―陽子 問題は、政府や与党にやる気があるかどうかね。(中略)―晴男 住宅は個人の財産と同時に地域の公共的な財産でもある。国が率先して住宅の再建に本当に役立つ制度に改善することが必要だね。 様々な問題を、庶民の立場で、分かりやすく解説する「おはようニュース問答」。私もよく目を通していますし、先日は青年党員から「本になったらいいですね」。グットアイデア! このホームページでも、「しんぶん赤旗」日刊紙1面の「潮流」が本になり、私が感動したものを紹介していますが、「おはようニュース問答」も、そんな形になればいいな、とも思います。一人ひとりの国民が幸せになることをめざして頑張る日本共産党の発行する「しんぶん赤旗」の紙面の魅力が多くの人に伝わるためにも。
2005年01月29日
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午後、青年学生部長として会議に参加。 その後、少し遅くなってしまいましたが、「しんぶん赤旗」読者のお宅にお伺いして集金。毎月1回の集金は、読者のみなさんとお話ができる楽しい活動でもあります。インド洋大津波被災者救援募金にご協力してくださる方も。 夜、日本共産党綱領を学ぶ学習会のアドバイザーもかねて会議に参加。日本共産党は、国民のみなさんの多数の合意にもとづいて(議会での多数の合意を得て)、1歩1歩社会の変革をめざす立場を一貫して貫いています。日本共産党の綱領をいかに国民多数のみなさんにわかっていただけるか―そのためには、多くの皆さんの疑問や気分感情にかみあわせて、私自身の学習や体験にもとづく生の言葉・生の声で日本共産党の綱領を語っていくことが大切だと、あらためて実感しました。 私自身の成長が欠かせません。 このホームページや日記が、その一助となれば、と思います。毎日の日記記入が、その力を私に与えてくれていると思っています。 今後も末永くお付き合いください。
2005年01月28日
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あたたかい言葉の裏には、弱者を切り捨てることへの怒りがある―昨日の参議院本会議での日本共産党の市田忠義書記局長の代表質問に、涙がでるような思いでした。 「四年前には聞かれなかった言葉に、『勝ち組』『負け組』という言葉があります。あなたの政治の結果をもっとも端的にあらわすものであります。一握りの大企業と金持ちだけがうるおい、額に汗して働く勤労者、働こうにも職のない多くの若者、戦後の大変な時代から日本社会の発展に貢献してきたお年寄りなど、圧倒的な国民が『負け組』にされ、今の暮らしだけでなく、将来も脅かされているのです。 その結果、社会の基盤がゆがみ、世相が殺伐としているのです。こんな社会に未来はありません。 いま政治にもっとも求められていること、それは、弱肉強食、もうけと効率だけを重んじるのではなく、国民の目線にたって、一人ひとりの人間が大切にされる、連帯の社会を築くことであります」。 ―国会での名演説のひとつに数えてもおかしくないのでは、と思います。 小泉首相の答弁と比較すれば、どちらがあたたかい言葉か、一目瞭然ではないでしょうか―「私どもがすすめる構造改革というのは、自助と自立の精神に努力がむくわれ、安心して再挑戦できる、明るい社会の実現をめざすものである」。「自立と自助」―もちろん大切ですが、自民・公明の政治では、それは国の社会保障充実の責任放棄であり、すべて国民の努力に還元すること。国の支援があってこそ国民の努力がむくわれるということがどうしてわからないのでしょうか。「改革」の中身は大企業の利益最優先、アメリカ追随のためのもの。残念ながら、民主党もおおもとでは自民・公明と同じ路線。 やはり、日本共産党が実力をつけ、国会で多くの議席を持たねばなりません。党をつくっているのは一人ひとりの党員であり、私自身もそのひとり。私がもっと大きな人間になることが、党を大きくすること―学生時代からずっと大切にしてきた思いです。さあ、草の根でがんばるぞ!と勇気をもらい、夜の青年の会議へ。 会議では、職場での人間関係の悩みも出され、青年同士が励ましあう場面も。職場での人間関係の問題は、一人ひとりの問題であると同時に、社会のゆがみ・政治のゆがみからくる問題でもあることを私は発言。自分の思いが率直に出され、お互いに励ましあい、学ぶことを通じて成長していく―こうした場を、大切にしたい。
2005年01月27日
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国会論戦に注目しています。昨日は、衆議院本会議で穀田恵二国対委員長が代表質問―限られた時間の中でしたが、核心をつく質問だったと「しんぶん赤旗」に目を通して実感しました。・災害被災者に国の制度として住宅本体の公的支援を行うことは、政府のこの間の立場からみてもできないことではないこと―旧国土庁の「被災者の住宅再建の在り方に関する検討委員会」で、個人の住宅は、地域社会の復興と深く結びついており、「地域にとってはある種の公共性を有している」との報告をひいて、「住宅は個人の財産であると同時に地域社会をを支える社会的な存在です。なによりも一人ひとりの毎日の生活を支える土台そのものです」「『世論調査』でも、80%が『国の支援が必要』」「個人補償に踏み込むべきではありませんか」。この質問に、いろいろ理由をのべ「さまざまな角度からなお、議論を深める必要がある」との答弁。・NHK番組への政治介入問題は、「明確に偏った内容であることがわかり、私は、NHKがとりわけ求められている公正中立の立場で報道すべきではないかと指摘した」との安倍氏自身のホームページの記述を指摘してもなお、小泉首相は「『政治的圧力を受けて番組の内容が変更された事実はない』とNHK自身が言っている」「報道の自由に関わる問題であり、報道機関において適切に対応すべき事柄である」と、自らが真相を解明する立場にたたない、他人事のような答弁。 7兆円負担増に消費税増税、国民の財産・郵便局ネットワークを破壊する郵政民営化、アメリカ追随という点では強引なやり方をするにも関わらず、被災者支援やNHK番組への政治介入問題など、都合の悪いことはリーダシップを発揮しない―このことがくっきりと浮かび上がった国会論戦ではなかったか、と思います。暮らし応援のためのリーダーシップこそ発揮すべきではないでしょうか。 急な依頼でしたが、金沢市の自衛隊駐屯地からイラク派兵が行われることに関して、新聞者からの取材依頼―党事務所で応対。 明日のミーティングの準備にもおわれた1日でした。
2005年01月26日
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午前、民報「新石川」の編集会議を、編集責任者として主宰。 夜、「しんぶん赤旗」の読みどころをメールで紹介する「よみどこ通信」を送信(復刊)。メールマガジンとまではいきませんが、私の独断と偏見で記事をチョイス。実は、数日前に「復刊します」との予告メールを送っていたものの、できずじまいでした。2人の青年党員から、「佐藤さんまだメールきませんね」「早く送ってください」と思わぬ反応もありました。 いくつか記事を紹介しましたが、文字通り私の独断と偏見で選んだのは、23日から「しんぶん赤旗」日刊紙で連載がはじまった「少子化 いまと明日」の24日の記事。連載第2回のこの記事は、「晩婚化 一生独身とは思わないが」の見出し。民報「新石川」の編集やビラ作成、このサイトの日記の見出しにも苦労していますので、記事の見出しには記事とともに注目しています。見出しにひかれ、大事な内容だと思い、「よみどこ通信」の中にいれました。「しんぶん赤旗」ご購読のいざないとでもいいましょうか、そのさわりを紹介させてください。―お正月に帰省した29歳の女性が、母親から「“負け犬“なんていわれるんだから。だれでもいいから結婚して、子どもを産んじゃえばいいじゃない。私も早く孫を見たいわ」といわれたことが耳を離れない、とはじまる記事。―「母は私を思っていっているのはよくわかります。私だって一生独身でと思っているわけではない」と彼女。つきあっている男性と「いずれは結婚を」と話すこともあるそうです。―「仕事が楽しいし、ずっと続けたい」と話す彼女は、「結婚式まではあこがれるけれど、そのあと続く家庭生活を考えてしまう。なんか女性は損するなあって…。子どもができれば、やっぱり女性の私が残業や出張を断ったり、仕事を休んだりしなくちゃいけませんよね」。―結婚相談に25年関わってきた日本青年館結婚相談所長さんのコメント=「適齢期だからとか、女性が親から迫られて何が何でも結婚した時代から見たら、いまの若い人は、自分に手ごたえのある生き方や、信頼と愛情にもとづいた結婚を、自分で納得できなければしないという健康さがあると思います。問題は、恋愛する自由な時間や空間のない働き方や、結婚が個人の自己実現と矛盾するような慣習や制度を解決していくことが必要ではないでしょうか」。―次に続くのは、国連・女子差別撤廃委員会の2003年7月の指摘=「日本において、家庭や社会における男女の役割と責任に関し、根深く、硬直的な固定観念が持続し、労働市場における女性の状況、教育の選択、政治・公的分野への参画の低さに反映されている」。 共感とともに、男性の私からすれば、私自身のなかに「根深く、硬直的な固定観念」がないのかどうか、ということも問われているな、とも思います。 後日、二十代前半の青年党員(男性)から、「佐藤さん。あの記事読みましたよ」と声がかかりました。時間がなかったので、どんな感想をもったのか聞けずじまいでしたが、彼はどんな思いでこの記事を読んだのでしょうか。
2005年01月25日
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午前、青年学生部長として会議に参加。 夕方、所用で、戦前日本軍の一員として実際に中国の人の命を奪った体験をもたれている方とお会いしてきました。体験をお話しされる途中幾度も涙ぐまれ、「どんな理由があろうとも戦争には反対。憲法9条を守らなくてはいけない」との言葉―その言葉の重みに返す言葉がありません。 こうした体験をしかっりと受け継ぎ、あの戦争はどういう性格をもつ戦争だったか、アジアの人々にどんな犠牲を与えてしまったのかを歴史の事実にもとづいて学び、侵略戦争を美化する動きをくいとめること、憲法9条を生かした国づくりをすすめること―これは未来に生きる私たちの世代に課せられた役割だと思いますし、戦前侵略戦争に反対したただひとつの政党―日本共産党の一員としてその先頭にたって頑張りたいと、あらためて思いを固めたひとときでした。
2005年01月24日
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午後、地元の党後援会が主催する議会報告会の冒頭、あいさつをさせていただきました。尾西洋子県議、升きよみ金沢市議団長はメイン弁士として参加しています。 中座して、青年学生部長としての仕事をこなし、夕方党支部のみなさんと行動。この行動後、車を走らせ別の党支部の方と合流して、2ラウンド目の行動。 行動は、「消費税増税と憲法化悪を競いあう二大政党づくりでは、暮らしも平和も守れません。日本共産党の草の根の力を大きくするために、ぜひ『しんぶん赤旗』のご購読を」と訴えながら、「しんぶん赤旗」の紙面の魅力を訴えながらの行動です。 手前みそになるかもしれませんが、「しんぶん赤旗」の紙面は、さらなる紙面改革の努力は必要だとは思いますが、政党の機関紙の枠を越えて、政治がわかり、希望を運び、今の政治を変えたいと願うすべての皆さんのための紙面になっていると実感しています。・1月16日付日曜版には、メジャーリーガー・松井秀樹選手のインタビュー。「子どもたちから力をもらい、それを糧に夢を与えつづける―。松井選手と子どもとの心のキャッチボールは、これからも続きます」―心のあたたまる記事。・1月23日付日曜版には、経済同友会終身幹事・品川正治さんのインタビュー。「9条は日本人の『最高の宝』」―立場の違いを越えて、共同の輪を広げる日本共産党ならではの記事。品川さんの勇気にも脱帽です。・さらに1月23日付日曜版には、「7兆円負担増 中止できる 大企業は空前のもうけ 払う能力あり」。この紙面をお見せしながら、「不況といいながら、大企業はリストラや減税などで、バブル期を越える純利益をあげているんですよ」とお話しすると、「えっ!そうなんですか」との反応。大企業に社会的責任を果たさせる問題、大企業との共存など、私たちの政策や立場を多くの国民のみなさんのものにするには、こうした地道な活動が欠かせないことも実感。 みなさん、「食わず嫌い」にならないで、どうか「しんぶん赤旗」を一度手にとって読んでみて下さい。 紙面を通じて政治がわかり、希望を運ぶ―わたしは「しんぶん赤旗」にほれ込んでいます。ほれ込んでいるからこそ、多くの人に広げたい。
2005年01月23日
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昨日に引き続き、木島日出夫・前衆議院議員(衆院比例代表北陸信越ブロック予定候補)が県内で活動。大型店出店問題での懇談、犀川堤防改修問題での現地調査に同行、労働組合などの旗びらきでのあいさつに、夜は2月にたたかわれる白山市議選・松任選挙区での演説会の弁士。無事日程を終えて、行動のコーディネイトの仕事の一翼を担った私もほっとひといき。 昨日から通常国会がはじまり、本格的な論戦がスタートしました。今度の国会は、自民党・公明党は、大増税・改憲の2つレールをしく国会と位置付け、民主党もそれを競いあっているのが実態。この「二大政党制づくり」の動きとの関わりで日本共産党の議席のもつ「6つの値打ち」(自公政治の実態を国民の立場で明らかにすること、国民のための改良の実現をはじめ、国民の要求を国政に反映させること、この議席をふやしてこそ民主的政権の道が開けること、など)が、どう鮮明になるか―国会議員団の活動に注目するとともに、その成果をしっかりつかんで草の根でみなさんに広げていくのは私の役割。 木島氏を1日も早く国会へ送り出そう、そのためにも、そして県内でも衆院小選挙区で議席をあらそえるよう、党の実力をつける仕事に情熱をもって取り組みたいと思います。木島氏が目の前にいるだけに、その思いを強くした1日でした。
2005年01月22日
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今日は、木島日出夫・前衆議院議員(衆院比例代表北陸信越ブロック予定候補)が、来県する日。日本共産党は、昨年の参議院選挙を総括した第2回中央委員会総会で、「比例代表選挙を、選挙戦はもとより、党のあらゆる活動の軸にすえ、比例での日本共産党の支持を増やし、蓄積していく活動に、日常不断に執念をもってとりくむ」ことを決めていますが、国会議員団石川県事務所長として私もこの面で役割を果たしたいと思っています。 午前、雪の影響で木島氏の到着が大幅に遅れるとの連絡。その対応もしながら、午後は青年学生部長として会議に参加。 木島氏が尾西洋子県議と、懇談にお伺いした様子を、夕方聞きました。 懇談先は、施設が老朽化したため大規模改修を計画し、2004年に国庫補助を要請していたものの、国から地方への財政支出を削減する『三位一体改革』のあおりを受けて国庫補助交付が不採択となった子どもの養護施設。不採択にともない、やむなく法人、後援会あげての協力で修繕したとのこと。 同じく国庫補助金不採択になった加賀市の知的障害者施設の改築は未だにメドがたっていません。尾西県議が施設を見にいったときの様子も聞きましたが、とても子どもたちが健康で過ごせる環境になく、改築は待ったなし。 石川県独自で補助を出すことも可能ではなかったか―国の姿勢ともに県の対応も問われます。無駄な大型公共事業や、とても「自衛のため」とは思えない年間5兆円にものぼる軍事費に湯水のように税金を使いながら、福祉や教育など社会保障関係費を軽んじる「逆立ち」財政。高齢化社会や借金で、国や地方の財政がたいへんだから…というような本質を見えにくくする言い訳も打ち破っていく必要があると思います。 直接お伺いしてわかることがたくさんあります。現場に足を運び、現状と要望をお聞きし、何が問題なのか、どう解決すればいいのか明らかにし、実際に要求を実現していく―こうした活動のひとつひとつの積み重ねのなかで、日本共産党の議席のねうちをすべての有権者の方々に広げていく。フットワークの軽さと、政策的な学習が自分自身にも必要だな、と思います。 夜、木島氏を無事送りだし、明日の準備におわれました。
2005年01月21日
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午前からのミーティングをおえて夕方、いきつけの床屋さんへ。店内に入るや否や、薪のストーブが目に飛び込んできました。 タクシーの燃料タンクを改造した蒔ストーブ。蒔の焼ける匂いで、少年時代を思い出しました。私が小学生までのときは、実家のお風呂は木でできたもので、薪をたいてお湯をあたためる形式でした。今は亡き父と一緒にお風呂に入り、宇宙のロマンをよく私に語ってくれた父が、宇宙に旅立つロケットに見た立てて「あと10秒で上がるぞ~。10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0。発射~」と私を抱きかかえてお風呂から出してくれたことを思い出し、そんな話も床屋を営むご夫婦と会話しながらのひととき。 「佐藤さん。お茶飲んでってよ」とストーブの上にある鉄瓶で沸いたお湯でお茶を出してくれました。こういう会話ができるのも、安さや早さだけを売り物にした最近はやりの散髪店にはない、地域に密着した床屋さんならでは。大事にしたいと思います。「今度デジカメでこの薪ストーブを写しにきますね」とお別れ。床屋さんの外には、大きな煙突がありました。昔は、私の前の家も含め、こういう景色だったんだな、と。 明日は、木島日出夫・前衆院議員(衆院比例代表北陸信越ブロック予定候補)が県内入り―その受けいれの準備を、国会議員団石川県事務所長として。予想した以上に時間がかかりました。新潟や富山県では大雪の予想。石川県も雪模様―天候が心配です。
2005年01月20日
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夜の日本共産党綱領学習会の準備と、明日のミーティングの準備を同時並行ですすめた1日でした。 夕食をしっかりとる時間がとれずじまいで、能登方面の日本共産党綱領学習会の会場へ車を走らせました。途中、腹ごしらえを簡単に済ませて会場に到着。 学習会に参加された方は、党活動の上でも、人生経験の上でも大先輩の方々もおられます。緊張しましたが、日本共産党綱領を私自身が学んで、大事だな、と思ったことを、資料的裏づけもつけて説明しました。 民青同盟の職員、衆議院選挙・参議院選挙と3回にわたっての候補者活動をやってきたこと―が何よりも私自身を大きく成長させてくれた、と思っています。それは、初めて日本共産党の話を聞くという人に、限られた時間の中で、どう「なるほどな」と説得力をもってわかってもらえるか、日本共産党の綱領や政策を気分や感情・興味関心や疑問にかみあわせて語っていくこと―という問題意識をもって、自分なりに努力してきたからです。日本共産党とは遠い環境のなかで高校時代まですごし、また多くの青年たちと接する中で、「たぶんここをつかんでもらえれば、わかってもらえるな」「こういうふうに話せば説得力があるな」「あ、こういうところに疑問があるのだな…」などの場面に数多く接し、それにかみあわせて学ぶ努力、語る努力をやってきたことが、ほんとうに大事だったな、と思います。この努力は、私が日本共産党員であるかぎり、いつまでも努力すべき姿勢だと思っています。まわりの意見に真しに耳を傾け、謙虚に学び、学び続けること―日本共産党員としての生き方はここにあると思います。・「戦前の歴史は、日本共産党の活動にとって原点というべきもの」「戦前の問題は、現在の情勢、現在の党の任務を理解するうえでも欠かすことができない」(第23回党大会での綱領改定についての報告)・「日本独占資本主義と日本政府は、アメリカの目したの同盟者としての役割を、軍事、外交、経済のあらゆる面で積極的、能動的に果たしつつ、アメリカの世界戦略に日本をより深く結びつける形で、自分自身の海外での活動を拡大しようとしている」(綱領)・「日本共産党と統一戦線の勢力が、国民多数の支持を得て、国会で安定した過半数をしめるならば、統一戦線の政府・民主連合政府をつくることができる」「日本共産党は、国民的な共同と団結をめざすこの運動で、先頭にたって推進する役割を果たさなければならない。日本政府が、高い政治的、理論的な力量と、労働者をはじめ国民諸階層と広く深く結びついた強大な組織力をもって発展することは、統一戦線の発展のための決定的な条件となる」(綱領)―とくに大事にしたのは、この部分を、わかりやす説得力をもって話をすることでした。 私自身の力不足で時間が足りなくなり、綱領全体をつかんでもらうことができませんでした。ほんとうに反省です。この苦い経験も生かし、また日々努力です。 「え~、もう2時間たったの。時間がたつのを忘れるほど充実していた内容だったということね。」「佐藤さん、あんたたいしたもんだ」といって下さる参加者もおられ、少しはみなさんのお役にたてたようです。 感想文には、・「綱領のひとつひとつの言葉に深みがあるのに気がづきました」・「大変わかりやすくてよかったです。シリーズで学習会をセッティングしてください。安保の関連とか興味深く聞きました」・「沢山の資料をそろえ、わかりやすい話でよかったです」・「楽しかった。講師もよかった。」とありました。 今日の学習会の講師を準備するにあたり、私自身がいちばん学ばされました。今日の経験を生かし、明日から、謙虚に学び続ける日々が始まります。そんな思いをこめて、金沢へ車を走らせました。
2005年01月19日
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午前、民報「新石川」の編集責任者として会議を主宰。午後、21日から県内入りする木島日出夫・前衆議院議員(衆院比例代表北信越ブロック予定候補)の受け入れ準備と、明日水曜日の日本共産党綱領学習会の準備を平行で。 学べば学ぶほど、そして実態を見聞きすればするほど、自民・公明による小泉内閣の冷たい政治を変えたい!との思いがあふれ出てきます。 まもなく始まる通常国会には、障害者福祉制度の「一元化」をかかげた「障害者自立支援給付法案」が提出されます。この法案の名前だけみると、いかにもいい法案のように思えますが、事実はまったく逆-サービス利用のさい一割負担を求めることがもりこまれています。 重い障害をもつ人ほど負担が重くなる仕組み-上限を設けているといくら厚労省が説明しても、負担増は負担増。現行制度では、実質1%負担と厚生労働省は説明していたので、十倍の負担増。お金がなければ、必要なサービスすら受けられないということが広がっていきます。すでに介護保険の導入でこういう状況が広がっています。 国はお金がないから障害者の方にも負担をしてもらいます-というのは政府の言い分なのでしょうが、それは通用しません。 無駄な大型公共事業、年間5兆円の軍事費など税金の無駄遣いをやり放題、しかも不況のもとでも史上空前の利益をあげている大企業に対して減税しておきながら、国民にばかり負担を強いる税金の集め方の不合理。この状況をそのままにして、障害者に重い負担の強いる―なんて冷たい政治でしょう。 日本共産党はここにメスを入れることを綱領で高らかに宣言しています。 大企業の利益優先の政治、アメリカいいなりの政治の実態-明日の綱領の学習会はこうしたことが具体的につかめ、「こんな政治はおかしい」と怒りがふつふつとわいてくるような話をしたいと思っています。 夜は、憲法を守る運動の知恵だしの会議に参加しました。
2005年01月18日
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午前、党の支部会議に参加。 今日は、阪神・淡路大震災から10年。「しんぶん赤旗」の1面トップ記事を読んで、思わず涙がこぼれました。日本共産党員として、今日を迎える被災者Kさんを取材した記事です。―「『明日の朝は、ゆっくりしましょ』。『そうしようか』。こんな何気ないやりとりが、夫婦の最後の会話となるとは思いもよりませんでした。」―「再出発―。そんなときに心にしみたのが人の心の温かさでした。『避難所で出してもらったトン汁。あんなおいしいものはなかったね。仮設住宅でもみんなで助け合ってね。みんなの好意で、私は今ここにおるんですわ』」―「『“遠くの親戚より近くの他人”というけど、震災ではたくさんの人に助けてもらってここまで生きてこれました。だから今度は、自分が助けるのが人の道やと思っています。元気でいる限り人の役に立ちたい。共産党に入ることで助けられた百分の一でも恩返しできたらと思っています』」―Kさんは「今も妻を思わない日はありません。『共産党に入って人のためにやってることをきっと喜んでいると思います。ふみちゃん、一生懸命生きてるで。見守っていてな』―。17日の朝は、心でそう報告します。」 今、日本共産党は「国民の苦難のあるところ日本共産党の活動あり」をスローガンにして活動してます。この活動は日本共産党の原点であり、戦前から日本共産党員の生き方として営々と受け継がれてきました。当然今もその精神で、全国各地で、この石川県でも日本共産党員が活動しています。 その党の一員として、身の引き締まる思いです。 そんな思いを胸に、明日のミーティングの準備など。 夜も党支部の会議に参加し、1日が終わりました。
2005年01月17日
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先日、「佐藤さんのホームページの字が小さくて…」という意見をいただいたので、文字の大きさを大きくしてみました。 明日17日は阪神・淡路大震災から10年にあたる節目の日でもあります。 日付は17日になりますが、夜NHKで放映された「阪神・淡路大震災10年 モニュメントに刻む鎮魂と希望」を見ました。全部見たわけではありませんが、山田洋次監督が出演しているのを見て、しばらく目がくぎ付けになりました。 「男はつらいよ」の最終作となった第48話「寅次郎紅の花」のロケ地が大震災後の神戸であったということをはじめて知りました。私にとって山田洋次監督は、「学校」シリーズ、そしてここ数ヶ月「たそがれ清兵衛」「隠し剣 鬼の爪」の印象が強く、「男はつらいよ」シリーズは私にとって身近な存在ではありませんでした。が、この番組を少し見て、「男はつらいよ」シリーズがぐっと身近になったような感じです。 なぜ山田洋次監督はロケ地に震災後の神戸を選んだのか、この映画に何を託したのか―また興味が湧きました。 枕元にあった1冊の本に目を通しました―新日本出版社から1998年1月25日に初版が発行された「子どもの人間形成と教師」(田中孝彦 著)です。この本の最後に、「(付)笑いについて―(映画監督)山田洋次氏に聞く」が収録されています。 この部分を読んで心に残ったことがいくつかあります。―田中「山田さんは『映画をつくる』(大月書店)のなかで、『ほんとうにつらい、きびしい状況にある人にとって必要なのは笑いではないかということ、しかも笑いでみんなを元気づけることができるような人は、やはりみんなと同じ苦しい状況に身をおいていなくてはならないということではないか』とおっしゃっていますね。」(中略)―田中「共感としての笑いか嘲りとしての笑いかというのは、人間の生活と文化の質をはかる大切な尺度だと思うんですね。…ちょっとひどい人がいればそれを見て安心する。それをちょっといじめてみる、少し優雅に生きている人にたいしてはとてつもなく卑屈になる。そういう傾向が広がってきているみたいですね。」―山田「そうですね。ゆとりがなきゃ人間は寛容にはなれないし、やさしい気持ちももちえないわけですから。確かにいらだっているんだなぁ。」―田中「いらだっているからこそ、安心できる笑いを求めているという面もある。山田さんが言っておられるような、つらいなかでホッと休んでまた出ていくという笑いになるのか、ちょっとひどく見えるものを嘲笑するという笑いになるのか、そこのところの分かれ目にきている感じがしますね。」 なるほど、山田監督は、「男はつらいよ」の「笑い」を被災地に送りたかっのかな、と。 私には映画をつくることはできませんが、日本共産党の一員として、みんなを元気づける「笑い」とまではいかなくても、あぁこの人なら、この党なら自分の気持ちをわかってくれる、という共感の輪を広げることができればな、と思います。
2005年01月16日
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夕方、日本共産党の話を聞きたいと電話がかかってきた青年とお会いして懇談。ソ連をどうみるか、自衛隊の問題や外交政策を中心に、日本共産党綱領を使ってお話をしました。 すぐさま、憲法を守る運動の知恵だしの会議。 まもなく阪神・淡路大震災から10年-テレビなどでもこの報道が多くなりました。 「ここでも飛び降り自殺や孤独死がありました。生きる希望をもてないんです」と語る神戸市北区の復興支援住宅に住む方の言葉。「個人補償がまともにやられていたら、みんな元気に立ち上がれたんです。まとまったお金があれば、自宅を再建できたし、元住んでいた場所に戻れました」とも。 震災当時は、自民・社会連立の村山内閣。「私有財産制のもとでは認められない」と冷たく個人補償を拒否。“個人補償は憲法違反”という考え方がありました。兵庫県や神戸市も同じ態度。政党では、日本共産党以外まったくとりあげなかったのも事実。 百万筆以上の署名、96年の1万人集会、約87万人が投票した公的支援実現「住民投票」運動…。98年には、初めての現金給付となる被災者生活支援法が成立。住宅再建費は除外して生活支援に最高100万円という低さとともに、厳しい収入・年齢制限がありました。同法の付帯決議により阪神・淡路の一部の被災者にも平均百万円が支給されましたが、「ありがたいが遅すぎる」「借金がふくれあがり、焼け石に水」との声が相次いだのも、現金給付という一歩前進がありつつも、「支援法成立までに、216人が力尽きて仮設住宅で孤独死」したという厳然たる事実があったからでしょう。 昨年3月の支援法改正で住宅再建の周辺経費に最高200万円支給する制度が発足。この間の災害で、同制度に上乗せした住宅再建支援金の支給が全国の都道府県に広がっています。 「もう“個人補償は憲法違反”などと誰もい言えない。さらに、住宅本体建築費を対象にし、支給金額引き上げなど支援法を抜本改正して、阪神・淡路にも遡及適用すべきです。いまも復興できない人がいます。大震災いまだ終わらず、です」と兵庫県震災復興支援センター事務局長さん。 以上、「しんぶん赤旗」報道を自分なりに整理してみました。「社会の発展のあらゆる段階を通じて、私有財産が保障される」「21世紀を、搾取も抑圧もない共同社会の建設に向かう人類史的な前進の世紀をめざして、力をつくすものである」と綱領で明記した日本共産党の「しんぶん赤旗」ならではの報道ではないでしょうか。
2005年01月15日
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午前、午後のミーティングの準備。午後のミーティングで、来週水曜夜に急きょ、ピンチヒッターとして日本共産党綱領の学習会の講師をつとめることに。準備の時間はあまりありません。日ごろの私の生き方や学習の深さが問われることになりそうです。 そして、勇気ある会見に心が動かされました。 NHK従軍慰安婦番組改ざん問題で、当時デスクとして関わった現役NHKチーフプロデュサーの記者会見。告発によって被る不利益の危険について聞かれ「おそらく不利益をこうむるでしょう。私もサラリーマンで、家族もある。家族を路頭に迷わすわけにはいかない。この4年間非常に悩んで。(涙声)…でも…やはり真実を述べる義務がある…」とハンカチで涙をぬぐったチーフプロデューサー。 「しんぶん赤旗」の記事を読みながら、真実に忠実なこのチーフプロデューサーの生き方に、自らの思いとも重ねあわせて、心が動かされました。 この記者会見を、NHK幹部や安倍晋三官房副長官(現自民党幹事長代理)、中川昭一衆院議員(現経済産業相)はどう見たのでしょうか。「公正中立な放送を求めただけ」と居直る中川・安倍両氏、「圧力はなかった」と弁明してきたNHK-その良心と正義感が問われていると思います。 立場や自尊心などにとらわれず、真実と正義に忠実に、真相を明らかにしなければなりません。誤りは誤りとして、率直に認める潔さが必要です。そのことがわからないようであれば、政治にたずさわる資格も、ジャーナリズム携わる資格もないと思うのは私だけでしょうか。 この問題と対比して、今日の「しんぶん赤旗」の記事は非常にさわやかでした。それはスポーツ欄の「校歌なしのノーサイド精神」。 正月の風物詩・高校サッカーでは、前々回の81回大会から、試合後の勝利チームの校歌演奏がなくなった、と初めて知りました。中学・高校とサッカー部に属していたにも関わらず、知りませんでした。不覚でした。 ことしの決勝戦は、史上初の「PK戦決着」。念願の「単独優勝」を成し遂げた鹿児島実業の選手たちは、相手のキックを止めたGKのところに走り寄って抱き合い、喜びましたが、その後、すぐに相手選手(市立船橋)のたちに歩み寄り、握手し、肩をたたきあった、との報道記事。「イギリスで生まれたスポーツには『ノーサイド(チームなし)の精神』があります。試合を楽しむために2チームを分かれてたたかいますが、いったん試合が終了したらもう区別はなく、ただスポーツを楽しんだ仲間だけがいるという考え方です」。決勝戦をたたかった鹿児島実業と市立船橋の選手が「おざなりの握手ではなく、言葉をかけ、抱き合って健闘をたたえあう。選手たちがごく自然に『ノーサイド』の精神を表現できたのは、試合後の校歌を廃止したおかげだったように、私には感じられました」との記事。 地元・石川県の星陵高校の健闘もうれしかったのですが、こういう場面があったということは、このところの多忙でテレビのニュースを見損じでいたので、「しんぶん赤旗」の記事で初めて知りました。サッカー部に所属していた一員として、「ノーサイド」の精神は良くわかります。その精神を自分の生き方としても大事にしたいと思います。 松任谷由美(ユーミン)の曲「ノーサイド」を聴いてみたくなりました。
2005年01月14日
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午前、憲法を守る取り組みを広げるための知恵だしのミーティング。 午後、明日のミーティングのための準備。そして、昨年来たまっていた資料整理も。 参加する予定だった青年たちのミーティングには、多忙のため参加できずじまい。でも青年から会議の様子を伝えるメールが携帯に入りました。次回のミーティングでは、日本共産党の綱領を学ぶことになったようです。初めて日本共産党の綱領を学ぶ青年も多いので、私の学習の深さが問われます。学習会の日まで、謙虚に、貪欲に学びたいと思います。
2005年01月13日
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午後、木島日出夫・前衆議院議員を迎えて、来るべき総選挙の北信越ブロックで日本共産党の議席を回復し、木島氏を国会へ送り出すための知恵だしの会議。私は、国会議員団石川県事務所長として参加。コーヒーやお茶、紅茶の準備なども。 総選挙はいつになるかはわかりませんが、だからこそ、日常の活動が大事―衆院小選挙区候補者を2回やった経験から、そのことは実感としてもよく分かります。今が知恵と力の出し時。いかに多くのみなさんに、切実な要求とのかかわりで日本共産党の議席が必要かを広げていくこと、そして日本共産党の組織そのものを大きくしていくこと―この2つの仕事をうまずたゆまずすすめていくことが大切だと思います。 会議に参加されている方から、「佐藤さんのホームページ、いつも見てますよ。でも字が小さくて…」とのご意見を頂きました。なるほど。改善すべき課題がまた明らかになりました。こうしたご意見を出していただけるのはうれしいものです。 会議終了後、1月の木島さんの活動をどう組み立てるか、早速ミーティング。間髪いれずに、青年学生部長として、関係者の方とミーティング。 今日も慌しい毎日でした。帰りの車の中では、「ゆず」の「栄光の架橋」が、私をまた励ましてくれました。
2005年01月12日
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午前、民報「新石川」編集責任者として会議を主宰。 午後と夜はデスクワーク。 新しい年があけて、10日ほど。仕事はじめからわずか1週間しか経っていませんが、もう1ヶ月以上経っているように思える程、充実した忙しい毎日だな、と思いもひとしお。 8日の新年会に参加していた青年から9日、「楽しかったです。また行きましょう。今年もよろしくお願いします。」とのメールがあったので、今日も返信を送りました。青年たちとの絆、いつまでも大切にしたいと思います。
2005年01月11日
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昼、石川県労働者学習協議会の旗びらきに参加し、日本共産党県委員会を代表してあいさつ。山田洋次監督の初の時代劇映画「たそがれ清兵衛」の一こまを紹介しました。・萱野「針仕事習って上手になれば いつかは着物や浴衣が縫えるようになるだろう」・清兵衛「うん」・萱野「んだば 学問したら何の役 立つんだろう」・清兵衛「うん 学問は 針仕事のようには役 立たねかものう うん いいか 萱野 学問せば自分の頭でものを考えることができるようになる 考える力がつく この先 世の中どう変わっても 考える力持っていれば 何とかして生きていくことができる これは男も女も同じことだ わかるか」・萱野「はい」 私はここに学ぶということの意味があるのではないか、とお話しさせていただきました。 みなさんと食事をしながら交流。 中座させていただき、明日のミーティングの準備。 夜は、学生のミーティングに参加。医療労働者の過労死を題材にして学習と討論。労働者の権利、税金の使い方のゆがみなどについて私も発言。その後、手作りなべを囲んでの新年会に。大学でどう学ぶか、社会の進歩をすすめる側にたって学ぶのかどうか、などなど深夜1時すぎまで白熱した討論に。 「学ぶ」ということの意味を考えさえられた1日でした。
2005年01月10日
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夜、党県委員会の主催する「党旗びらき」に参加。私は受付。参加されるみなさんが続々と会場に来られると、「昨年は、ほんとうに参議院選挙でお世話になったなぁ」とお一人おひとりの顔を拝見しながら、昨年一緒に頑張った一こま一こまがよみがえってきました。「今年もよろしくお願いします」と声をかけさせていただきました。 尾西洋子県議・党県副委員長の司会ではじまった「党旗びらき」。今年の中間地方議員選挙で頑張る候補者(1月9日現在)のみなさんの決意表明が続きます。○七尾市議会議員選挙 磯貝和典さん(新)○加賀市議会議員選挙 新後由紀子さん(現)○羽咋市議会議員選挙 白田秋也さん(現)○かほく市議会議員選挙 高橋成典さん(現)○白山市議会議員選挙・鶴来区 奥昭幸さん(現)○白山市議会議員選挙・松任区 宮岸美苗さん(現) どの方も、党活動のうえでも、人生経験の上でも大先輩の方々ばかり。その地域の住民のみなさんの切実な要求実現の上でも、きたる国政選挙での新たな上げ潮をつくる上でも大事な選挙です。ひとつひとつの選挙で確実な前進をつくるために、私も頑張りどころです。 きたるべき衆院選挙―比例代表北信越ブロックの予定候補として頑張っている木島日出夫衆議院議員が講演。 後片付けを終えて、会場をあとにしました。 深夜のテレビ番組―6,400人もの命を奪った阪神・淡路大震災から10年。生き残った被災者・遺族の姿を追った番組でした。ひとりひとりの人間には、かけがえのない生活があり、ドラマがあり、家族の絆がある―番組を見ながら胸がつまりました。 そうした思いに心をよせながら、一人ひとりが安心して生活できるあたりまえの社会をつくりたい。政治がそれを邪魔したり、壊したりすることがあってはなりません。
2005年01月09日
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午前、成人式が行われた石川厚生年金会館前で、尾西洋子県議、近松みき子金沢市議(写真左)と訴えました。雪が降り積もるあいにくの天気―「頑張って!」と声をかけていただいた方も。 成人というのは、青年にとっても、親御さんたちにとってもひとつの節目となっていると思います。成人した青年にも、親御さんたちにもお祝いの言葉を述べ、青年が希望のもてる政治を!と訴えました。 未来を担う青年に希望を示せない政治に未来はない―青年たちと一緒にいるなかでずっと思っていることです。あきらめることなく、社会のおおもとの問題を見抜き、それを変える展望と道すじを示せる日本共産党や民青同盟が、どれほど今の社会のなかで求められていることか。 青年学生部長として、青年と接する機会が多い私ですが、「思っていることを素直に話せる場」「仲間と一緒にひとつのものをつくりあげていく体験」「『しょうがない』とあきらめるのではなく、人間が大事にされない社会の事実を実体験としても学び、社会は変わってきたし、変えられる、という確信」などを大切にしていくことが大事だと思います。 あふれるほどの可能性をひめた青年たちが、日本共産党や民青同盟の活動のなかで、ぐんと変化・成長していくことに関われることは、何よりの喜びでもあります。 青年が希望のもてる社会をつくるためにがんばりたい―そんな思いをあらためて強くしたひとときでした。 午前・午後のミーティングをおえて、夜の加賀市でのミーティングに参加。 加賀から金沢に向かう間も、あられまじりの悪天候。その後、青年の新年会に参加。昨年1年間一緒に頑張って、かつ私の誕生日を祝ってくれた青年たちとの交流のひとときは、肩の力を抜いて私自身も楽しく過ごせた時間でもありました。
2005年01月08日
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昼に参加を予定した党の支部会議は、別のやんごとなき仕事で参加できなくなり、その旨関係者の人にメールや電話での連絡。 午後は、明日のミーティングのための資料準備などなど。 6日、ジャカルタで開かれていたインド洋大津波被災国への支援策を協議する緊急首脳会議―テレビでの報道も目にしていましたが、そこでは報道されなかったと思いますが、大事な意義がありました。 イラク戦争を国連安保理の場で拒否された米ブッシュ政権は、一部の「有志連合」で開戦し、現在もその枠組みで占領を続けていますが、今回の地震・津波被害の支援でも、日米、オーストラリア、インド、カナダ、オランダなどから成る「中核グループ」が支援を主導権をとると、先月末から主張していました。 この構想には欧州諸国などから一斉に批判があがり、ドイツのシュレイダー首相はこれだけの規模の災害支援は「国連を通じて諸国が緊密に協力していくことでのみ可能だ」と主張。これが国際的な流れとなり、「中核グループ」が否定され、国連主導で復興支援活動に当たることで米国を含む参加26ヶ国・機関が一致。国際社会における国連中心主義の重要性があらためて浮き彫りになりました。 世界の流れがどの方向に向いているかが、あらためてはっきりしたのではないでしょうか。 国連中心の支援体制を具体的にどうつくりあげていくか、今後が重要だと思います。日本共産党も、私もそのために力を尽くしたい。 さて、今日の「しんぶん赤旗」には、私が撮影した写真が掲載されました。多くのみなさんに末永く「しんぶん赤旗」を読んでいただけるような紙面をつくる―これは、「しんぶん赤旗」編集局や記者だけの仕事ではなく、私たち日本共産党員一人ひとりの仕事でもあります。私も微力ながらその仕事の一翼を担いたい―そんな思いでの通信活動でした。少しでもお役に立てたでしょうか。
2005年01月07日
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午前、午後ミーティング。夜、党の支部会議に参加。 合間をぬって、「しんぶん赤旗」の日刊紙に目を通していると、「赤ちゃんにチュッ―保育園から― 人と人をつなぐ」という記事を見つけました。 埼玉県の保育園園長さんが書いた記事―「分娩(ぶんべん)室から聞こえてくる赤ちゃんを生み出すお母さんの声は、苦しそうだけど力を感じます。分娩室の外で待つ家族も心の中でお母さんを応援しています。お母さんの声が聞こえなくなったと思ったら『おぎゃーおぎゃー』と元気な声が聞こえてきました。待っていた家族は思わず立ち上がり『ヤッター』という笑顔いっぱいです。 生まれたばかりの赤ちゃんのへその緒は、直径三センチくらいある太くて立派なものです。普通は、縛ったへその緒しか見ていませんので、こんなに太いへその緒でお母さんと結ばれていたと思うと感動します。 赤ちゃんは、生まれてすぐに人に抱かれると安心します。赤ちゃんは生まれながらにして、人間が大好きなのです。生まれたばかりの赤ちゃんでも、視力は弱いけれど光を感じ、味もわかり、お母さんのおっぱいのにおいも分かるといわれています。 初めて、わが子に対面したときの感動は一生忘れられないでしょう。赤ちゃんを抱いたときは、うれしさとともに親になった責任と誇らしさも感じたことでしょう。 赤ちゃんが生まれて一ヶ月くらいで、お産の疲れはだいぶとれてきますが、今度は、夜中も三時間おきに授乳しますから、睡眠不足になり、育児の疲れが出てきます。遠慮しないで手伝ってもらいましょう。こんなときは、人生の先輩、あなたの愛する夫を育てた義母さんにも甘えてみましょう。 お茶を飲みながらお友達とおしゃべりするのも有効です。でも一番お母さんが欲しいのは、夫の家事、育児のお手伝いと優しいねぎらいの言葉です。夫の育児休暇や出産休暇を有効に使うことをお勧めします。 『私の赤ちゃん』の成長をみんなで見守り、喜び合い、赤ちゃんを通して人間関係が広がります。赤ちゃんは人と人とをつなぎます。」 数年前、先輩が最初の子どもの出産に立ち会ったとき、「感動して涙が止まらなかった」と話していたことを思い出しました。 赤ちゃんがたくさんの人と人とをつなぐ― こういう記事を掲載できるのも人間らしく生きることを目標にする日本共産党の「しんぶん赤旗」ならでは―手前味噌でしょうか? 幼い子どもの命を奪う犯罪は、こうした人と人との絆をもズタズタに引き裂いてしまうことにもなってしまいます。「いのち」について、いろんな思いをめぐらせた1日でした。
2005年01月06日
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午後、きたるべき衆院選での、木島日出夫・前衆議院議員(比例代表北陸信越ブロック予定候補)の再選へ、知恵だしの会議―国会議員団石川県事務所長として会議を主宰しました。 切実な要求を実現するためには、日本共産党の議席が必要であることを、どれだけ多くの有権者の方々に理解していただけるか―知恵と力の出しどころです。 明日のミーティングの準備をしながら、1月3日付の「しんぶん赤旗」日刊紙に掲載された日本共産党市田忠義書記局長と俳優で演出家の米倉斉加年さんの新春対談を読んで、考えさせられました。 米倉さんは、81年に日本アカデミー助演男優賞を受賞し、今、舞台「小林多喜二 早春の賦」を演出しています。・市田―「不正だとか、間違ったことに命がけでたたかう不屈の心情を持っている。そういう勇敢さがあるがゆえに国民にも近親者にも燃えるような愛情をもつ。これは表裏の関係なんでしょうね。」(中略)・米倉―「こんど初めて市田さんのお母さんの句歌集を読ませていただいたんですが、心打たれました。『夜学び/昼は勤めて得しお金/肉など買えと送りてくれぬ』。夜学に通い、昼働いたお金をお母さんに送金された市田さんのこの優しさは政治家としてマイナスになるんじゃないかと心配するくらい(笑い)とても感動させられました。ほんとうの意味でそういう政治家、指導者がいまの日本には必要だと思います。」(中略)・米倉―「子が思う以上に母はもっと大きいんです。」・市田―「そうですね。大きいですね。母というのは。」(中略)・市田―「今年は酉(とり)年。鶏は黎明(れいめい)を告げ、暗闇を追い払って太陽をよぶ鳥、といわれているそうです。そういう年にするために日本共産党もがんばりたいと思っています。」 人生経験に裏打ちされた市田書記局長と米倉さんの言葉は、一言が深く、あたたかい―私もそんな人間になれるでしょうか。
2005年01月05日
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今日は仕事初め。党本部で行われる「2005年党旗びらき」での志位委員長のあいさつをCS放送で受信するための機材のセット―これも私の仕事です。 午前のリアルタイム視聴は所用でできなかったため、午後ビデオで視聴。歴史をゆがめて、戦前の侵略戦争を美化する動きが強まっている今日、こうした動きを正面から批判し、歴史の事実を後世に伝えていく―そうした力を私自身がつけることの意味を深く考えさせられました。憲法9条は、「アジア共有の財産」というフレーズが一番心に残りました。 私も、受験競争の真っ只中にいただけに、高校時代の近現代史はつけたし程度の勉強しかしていませんでした。もし日本共産党の一員でなかったら、私自身も侵略戦争ではない、やむにやまれぬ戦争だった、などという美化論の影響をうけてしまうのではないか、とずっと思っていました。 戦後60年という節目にあたる今年、歴史の事実をしっかり学び、子どもたちに受け継いでいくことは、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」(日本国憲法前文)と、アジアと世界に公約した国で活動する日本共産党員として、ありとあらゆる力を出し切ってやるべき課題だと思います。 明日の会議の準備をしつつ、「ゆず」のアルバム「1~ONE」を衝動買い。お目当ては「栄光の架橋」。帰宅途中の車の中で聴いて、恥ずかしながら涙があふれ出て、車を止めて涙をぬぐわざるを得ませんでした。「もう駄目だと全てが嫌になって逃げ出そうとした時も 思い出せばこうしてたくさんの支えの中で歩いて来た 悲しみや苦しみの先に それぞれの光がある」―前を向いて歩こうとする青年たちをはじめとするすべての人たちへの応援歌ではないのか―またひとつ、忘れることのできない曲にめぐりあうことができました。
2005年01月04日
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新年恒例の、真宗大谷派のお寺へ年始のあいさつ。門前には、「真剣にものごとに打ちこんでいる人の姿は美しい」との張り紙。 本堂に入ると1枚のポスターが目にとまりました。「お釈迦さまのことば」として「あなたはあなたであることにおいて尊い」。その下には、「国を超え、民族を超え、生きとし生ける人は誰もがこの世ひとりの存在です。くらべることを越え、代理のきかない、かけがえのない存在です。そのような存在として人間を見出し、尊敬し、ともに生きたい。『為無上尊』(大無量寿経)非暴力平和の願いに生きたい。それは、同朋として出会いたい、という深い願いです。」 SMAPの名曲「世界にひとつだけの花」の歌詞にも通じる言葉だな、と。 昨年暮れ、真宗大谷派の住職さんと、木島日出夫・前衆院議員(衆院比例北陸信越ブロック予定候補)と対談の司会をつとめたことを思い出しました。 人類史のなかで、宗教は人の心をどうとらえてきたのか―山田洋次監督「たそがれ清兵衛」「隠し剣 鬼の爪」で光があてられた平侍の日常の生活に、どんな影響を及ぼしていたのか、ということも含め―少し学んだことはあるものの、今日の時点にたって、またあらためて深めてみたいものです。
2005年01月03日
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ふるさと、瓢湖での一こま。子ども連れの観光客の方でしょうか、たくさんの人が訪れていました。白鳥の飛来数は5千羽近く。専用のえさを買って、白鳥やカモたちにえさをやっている子どもたちの姿が可愛らしい。降り積もった雪で、雪だるまをつくっている子どもたちの姿もありました。 冬は白鳥、春は桜、梅雨期のあやめ、夏の蓮、秋の紅葉―四季を通じていろんな顔を見せてくれるふるさと。昨年4月11日、「ふる里にハンセン病元患者の方々を温かく迎える会」が主催する「ハンセン病回復者 顕彰碑 除幕式」のことを思い出しました。詳細は、2004年4月11日の日記を参照してください。そのとき、「裁判の傍聴の帰りのバスの中、よく歌ったのが『ふるさと』でした。帰ることのできない故郷を思いながら、どんな思いで患者さんたちは歌っていたのでしょう」とのお話しが心に残り、除幕式の最後に、全員で合唱した「故郷」を涙いっぱいで唄ったことが、脳裏によみがえってきました。 うさぎ おいし かの やま こぶな つりし かの かわ ゆめは いまも めぐりて わすれがたき ふるさと いかに います ちち はは つつがなしや ともがき あめに かぜに つけても おもいいずる ふるさと こころざしを はたして いつの ひにか かえらん やまは あおき ふるさと みずは きよき ふるさと
2005年01月02日
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新しい年の幕開け―青年党員から「初詣の賽銭は9条になぞって90円入れました」とのメール。 新しい年の幕開けは、山田洋次監督とともに―そんな思いをこめて、映画評論家・吉村英夫氏の著書『山田洋次×藤沢周平』(大月書店)を読みました。 購入したDVD「たそがれ清兵衛」に、日本語字幕があることに最近気づきました。字幕を見ながらの鑑賞で、さらに「たそがれ清兵衛」の奥の深さに脱帽です。 この『山田洋次×藤沢周平』は、黒澤明論、日本映画史論、世界の映画にまで立ち入っての論立てで、実に興味深い。・「山田は藤沢の小説を得ることで人間の心の闇をも描いてみせた。(中略)この冒険は現代劇では不可能だったろう。二本の時代劇が傑作になりえたのは、山田が人間のどろどろした暗闇の世界にまで迫ったからであり、あふれる善意の物語から、どん欲に人間の表と裏、建前と本音を描こうとしたからであろう。その上でなおかつ山田は希望を語り、人と人との絆の確かさを表明し、人間存在への愛を描いた。 山田が脱皮できたのは藤沢の原作を得たからである。(中略)山田は『男はつらいよ』に出会ったとき新しい鉱脈を見つけたが、藤沢との出会いは、匹敵する第二の鉱脈発見であると言えよう。」・「山田映画の言葉にできない品格は、氏が映画史や芸術の歴史の全体から謙虚に、しかもむさぼるように感じ取ってくる感性と、それを支える知性から生まれるのではないだろうか。」 私にとっての山田洋次監督は、公私にわたっていまだ汲みつくせない「鉱脈」ではないのか、と思うようになりました。監督の生き方や姿勢にから学ぶことはまだまだ無尽蔵です。
2005年01月01日
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