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今日1日は強行スケジュールの予定。午前中の行動に向かうため、時間に追われていたことと、少し疲れが出ていたせいでしょうか、階段を踏み外してしまい、足首を捻挫。中学時代、体育館でバスケットボールをしていたとき、ボールをジャンプキャッチして着地に失敗して足首を骨折して以来、ちょっとしたことで足首を捻挫してしまうことが癖になっています。今回の捻挫は少し痛みが激しいようです。 行動の集合場所に車を駐車するときに、「ガリッ」という音が…。「しまった」と思って、後部バンパーを見ると、こすって塗装がはがれていました。何気なくスーツのズボンを見ると、ひざの部分が破れており、足を踏み外してころんだときのもののようです。今日はついていないな、と思いつつ気分を取り直して、行動へ。「表だっては支持できないけど、心情的に共産党を応援している。がんばって」「イラクで犠牲者が出ないか本当に心配だ。少ない年金が削られ、介護保険料も医療費もあがってたいへん」などなど、切実な思いを聞かせていただき、この思いにこたえたいと、気持ちも新たに。お二人の方に「しんぶん赤旗」読者になっていただきました。 午前11時から金沢市香林坊で、有事法制反対県連絡会が行っているイラク派兵抗議の宣伝署名行動に参加。チラシを配布していると、ビラを受け取り信号待ちの男性の方が声をかけてきます。・「いま復興支援できるのは自衛隊しかいない」○「しかし、世界の多くの国々は軍隊を出していません」・「世界はどうでもいい。日本としてどうするかだ」○「復興支援を、とのお気持ちは私たちも同じです。しかし、占領状態のもとでは復興支援もできません。」・「それはそうだが、あなたたちとは考え方が違う」○「今、国連の枠組みのもとで復興支援が大事です。主権をイラクの国民にもどして、米英軍は撤退を―この方向で日本が外交努力ををするべきではないでしょうか」・「それはそうだ」とのやりとり。信号が青に変わったため、お話は途中になってしまいましたが、しっかり対話をすれば、わかってもらえるな、と実感したひととき。草の根の活動が大事です。党として、イラク派兵問題の「しんぶん赤旗」号外を配布しながら、対話・宣伝・署名に全力をつくしたいと思います。 昼食を慌しく食べ、小集会へ。昨日作ったパネルも使いイラク派兵反対を中心にあいさつをさせていただき、中座。 県社会保障推進協議会の年金問題をテーマにした新春講演会へ。「イラク派兵反対の訴え」の特別報告ということで、お話しをさせていただきました。「昨日政府が、派兵の国会事後承認を数の力で押し切ったことに満身の怒りをこめて抗議します」と切り出し、パネルを使いながら、「世界の大勢は国連の枠組みのもとでの復興を、との立場で軍隊を出していません。自民・公明の小泉政権は、この世界の声が聞こえないのでしょうか。聞こえるのは、ブッシュ大統領の声だけのようです。日本共産党の国会論戦を通じて、イラク戦争正当化の根拠も自衛隊派兵の大義も崩れ去りました。ばけの皮がどんどんはがれ、残ったものは『アメリカの要請にしたがって派兵をする』という本質だけです。あらゆる知恵と力をつくして草の根からの取り組みをつよめましょう」とお話しさせていただきました。 講演会終了後、内灘町へ。堂下町議とご一緒させていただいて行動。内灘町の方とは、はじめての顔合わせですので、参議院選挙で頑張る決意を述べながらの行動。6人の方に「しんぶん赤旗」読者になっていただきました。 次の党後援会主催の新年会に、なんとか時間どおりに到着。あいさつをさせていただき、てづくりのおでんやポテトサラダ、おつけものをはじめ、おいしい夕食をごちそうになりました。参加者の方から、日本共産党との出会いを聞かせていただいたり、たくさんの激励をうけて元気をもらいました。明日の準備などもあるので、中座させていただき、党事務所へ。 「社会保障推進協議会ではいい話をしたようだね」と、先輩から声をかけてもらい、少しは印象に残る話しができたのかな、と思いながらデスクワーク。家についたのはすっかり夜もふけた時間になってしまいました。明日も充実した1日になりそうです。
2004年01月31日
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昨日はよく寝むることができず、少し睡眠不足気味でしたが、朝宣伝へ。党事務所につくと、イラク派兵問題の「しんぶん赤旗」号外が到着していたので、それに目を通して、宣伝カーにのりこみました。「しんぶん赤旗」号外は、これから党員や後援会員のみなさんの力をお借りして、一軒一軒配布されます。多くのみなさんに読んでいただきたいと思います。 道路に雪がたくさんあるので、他の車の邪魔にならないように注意しながら、宣伝カーをJR金沢駅西口に止めて、街頭から訴えさせていただきました。大雪のお見舞いを申し上げつつ、国会での日本共産党の質問は、イラク派兵の根拠をことごとく崩す内容になっていることを訴えました。①穀田衆院議員が、米国調査チームを率いてきたケイ氏が、「大量破壊兵器はもともとなかった」と証言したことをとりあげたこと②自衛隊が米英占領軍の指揮下に入ること③赤嶺衆院議員が、政府の内部文書を暴露し、自衛隊が派遣される「サマワは派兵を歓迎している」ことを演出するよう、先遣隊に都合のいい情報だけを集めるように指示していたこと―この3つの問題が明らかになったことを報告するとともに、道路特定財源を一般財源化することをはじめ、税金の使い方をおおもとからきりかえれば、消費税増税にたよることなく年金・医療・介護など社会保障を充実させることができる、とお話しさせていただきました。激励するタクシードライバーの方をはじめ、多くの激励に励まされました。 党事務所に戻って、今日、明日、あさってのあいさつの準備のため、学習や資料づくりなど。自民・公明の政権が、憲法前文をもちだして、イラクに自衛隊を送ることが国際協調だと強弁しています。しかし、国連安保理15カ国中、軍隊を出しているのは5カ国で、アメリカと同盟関係を結ぶフランス(安保理常任理事国)、ドイツ、中国・ロシア(ともに安保理常任理事国)をはじめ他の10カ国は軍隊を送っていません。国連のアナン事務総長が言うように「占領と復興支援は両立しない」し、米英による軍事占領こそ国際社会の人道支援の最大の障害になっているという立場だからです。国連加盟国191カ国中、軍隊を出しているのはわずか38カ国、約2割にしかすぎません。国連の枠組みのもとでの復興支援を、そのためにも主権をイラク国民に戻し、米英軍は撤退を―これが世界の大勢であり、日本政府の立場は世界的に見ても異常です。このことをわかりやすく伝えようとパネルもつくりました。 夜、県労連青年部の大会に、日本共産党県委員会を代表してあいさつを行うために、会場へ。早速、つくりたてほやほやのパネルを使って、イラク派兵計画の中止へ一緒に力をあわせましょう!と訴え。同時に、政府と大企業の責任で「若者に仕事を」の署名運動に一緒に取り組みましょうとお話しさせていただきました。県労連青年部に加盟するそれぞれの労働組合青年部の様子を聞きながら、この青年たちが夢と希望をもてる社会をつくりたい!との思いをあらたにして、中座させてもらい、残っている仕事をすませるため党事務所に戻りました。
2004年01月30日
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出勤時、車の渋滞。雪の影響で車に乗るのを控えていた方たちが、車に乗り始めたからでしょう。渋滞の最中、27日に買ったZARDのニューアルバム「止まっていた時計が今動き出した」を聴きながら時間を過ごし、定例の会議になんとか滑り込みました。 昼休み、途中になっていた会議の資料づくりをすませて、午後の会議にのぞみました。夕方予定されていた行動は、都合で延期に。夜の会議の準備をすませて、夜の民主青年同盟(民青同盟)の班会議に参加。日本共産党と民青同盟が共同で作成した「若者に仕事を」のビデオを見て、2月13日から開かれる民青同盟全国大会にむけてどんな取り組みを行うか、議論をしました。会議には、久しぶりに参加する民青同盟員も。恒例の3分間スピーチは、みんながどんな近況なのか、どんなことを思っているのか交流する大切な時間。「家の前の道が雪で埋まって、雪かきは2日がかりでした」などの声も聞かれました。 明日は、朝宣伝。寝坊しないように、と会議終了後帰途に。
2004年01月29日
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今日予定されていた金沢での宣伝キャラバンも、雪の影響で中止に。定時に党事務所に出勤して、少し残っていた除雪作業。午前中は、久しぶりの青空が広がり、作業中汗がどっと出てきます。風邪をひかないように、と体をあたため、デスクワークに。 午後、地元の党支部の方といっしょに行動。ここでも、金沢市と野々市町の除雪の違いが話題に。おいしいお団子とお茶をいただき行動へ。雪の影響へのお見舞いとご苦労にねぎらいの言葉をかけながらの行動。「少ない年金がまた削られ、医療費も介護保険料もあがってたいへん。なんとかしてほしい」との声に、「税金の使い方を変えればくらしを支える社会保障を充実させることはできます」とお話すると「ほんとうに頑張ってね」と、「しんぶん赤旗」日曜版を快く購読してくださることに。「私のまわりは自民党。自衛隊にはがんばってもらわないと・・・」という方も、「心情的には今共産党にがんばってもらいたいとも思っています」とのお話し。立場の違いをこえて、平和・暮らし守ろうと手をとりあえる条件が大きく広がっているな、と実感できたひとときでした。一緒に行動した方は、先日の党大会で提起された「しんぶん赤旗」読者130%増の目標を正面から受け止め、頑張ろうとしている姿に、私自身が励まされました。 夜参加予定の会議は中止のメール。明日の会議準備をはじめ、デスクワークで、すっかり夜遅くなってしまいました。
2004年01月28日
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今日は休息日。 隣の駐車場を使っている青年が、一生懸命雪かき。「たいへんなことになったね」と声をかけると、「久しぶりに戻ってびっくりしました」との返事。一緒に雪かきをして、私は多忙の中で後回しになっていたオイル交換のため、ガソリンスタンドへ。オイル交換は思いのほか時間がかかりました。若い店員さんが、「作業中、ミスがあり時間がかかって申しわけありませんでした。洗車や工賃など少しサービスをさせていただきました」とのこと。この雪でガソリンスタンドで働く人たちもたいへんだったと思います。そんな苦労に思いをはせつつ、サービスまでしてもらって「ありがとう」と感謝の気持ち。 ショッピングなどであちこち回っているとすっかり時間が過ぎてしまいます。多忙の中で後回しになっていた用事をほぼすますことができ、ほっと一息。 国会では、昨日26日、日本共産党の穀田恵二衆院議員が、イラクでの大量破壊兵器調査団の責任者だったアメリカ中央情報局(CIA)特別顧問が、「大量破壊兵器はもともと存在しなかった」と明言したことを示し、首相を追及。そして、「自衛隊は占領軍の指揮下に入る」ことをイラク占領司令部が明言したことも追及。自衛隊のイラク派兵は、「大義な戦争への大義なき派兵」であることが、誰の目から見ても明らかになりました。このことにまともな反省もなく、まともな検討もない今の小泉自公政権。明日から、派兵即時中止を求めるとりくみに、新たな決意で頑張りたい―この決意をあらたに、明日から全力投球です。
2004年01月27日
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今日予定されていた加南地区委員会での宣伝キャラバンは、雪のため中止に。党事務所に出勤して、昨日十分できなかった事務所周辺の雪かき。道路の雪はすっかり固まっており、一苦労。汗が流れ落ちてきます。アルミでなく、鉄製のスコップが大活躍。 急遽、党金沢地区委員会雪害対策本部として、金沢市雪害対策本部への申し入れを行うことに。急いで食事、着替えをすませ、金沢市役所に。市役所内の党金沢市議団控室で、升きよみ市議団長、近松美喜子金沢市議、平田俊一党金沢地区副委員長と合流し、若干の打ち合わせをして、市の雪害対策本部へ。雪害対策本部のみなさんに激励とねぎらいの声をかけつつ、「党としても雪害対策本部を設置し、寄せられた要望などをまとめました。私たちも頑張りますので、より一層の尽力を」とお話しさせていただき、要望書を手渡ししてきました。 党事務所にもどる途中、鉄製のスコップ、スノーダンプを購入するため、近くの金物屋さんへ。大型店では、鉄製のスコップやスノーダンプがなかなか手に入らないだけに、町の金物屋さんは強い味方。やはりお目当てのスコップ、スノーダンプがあり、早速購入しました。 党事務所でデスクワークをしている途中、参院議員の岩本壮太氏が、7月の参院選に出馬しないとの一報。「そうか・・」と思いながら、マスコミの方からコメントを求める電話が入ります。報道されているように、ご家族の健康の問題であれば、岩本さんには、ご家族の方を大切にしていただきたいと、心から思います。これからどんな方が出馬されるかは流動的でしょうが、どうなるにせよ、イラク派兵反対・憲法急9条はじめ憲法守れ、消費税増税によらず税金の使い方をきりかえ暮らし優先の政治を、との私のスタンスは変わりません。比例代表選挙での5議席確保をやりぬき、それを土台に選挙区での躍進へ、力をつくすのみです。 デスクワークを終え、気になっていた雪かきを再開。党事務所にいっしょに勤務している人も雪かきに尽力。買ってきたばかりのスコップ、スノーダンプが大活躍。ご近所の方からもたいへん喜ばれているようでした。 雪かき途中、2人の女性と出会いました。 一人は、私が参院選で頑張る気持ちを後押ししてくれた、12月17日のイラク派兵反対昼休み集会に、戦争体験をもつ女性と一緒に参加された女性。だんなさんは、学生時代に民青同盟の活動で苦楽をともにした先輩。「仕事で近くまできたので、どうしてるかな、と思って・・。雪かきたいへんね」とのこと。私のホームページを見てくれているのでしょうか、あまり会う機会がない方だけに、思いがけない来訪にびっくりです。頑張らなくては、と気持ちも新たにしたひととき。 もう一人は、党事務所に用事で訪れた野々市在住の女性。「どうして金沢はこんなに除雪が遅れているのでしょうね。野々市と金沢の境界に行くとわかるけど、野々市は小さい道まで除雪はゆき届いているのに・・・」とのこと。金沢と野々市の違いはどこにあるのか、研究テーマが増えました。 暗くなるまで続いた雪かき。手にまめができ、固い雪をこわすためスコップの柄があたる手のひら、そして体のあちこちが痛い。あたたかい肉うどんセットを食べて、体をあたため、デスクワークに戻りました。 帰途途中、所用もあったため野々市へ。たしかに小さい道まで除雪が行き届いています。 帰宅してニュースを見ていると、陸上自衛隊本体の派遣命令が出されたとの報道。一方で、アメリカのイラク調査グループ責任者が、「大量破壊兵器は存在しない」と明言し、辞任したことは、イラク侵略戦争の最大の口実を否定したものとして重大な問題です。同時に、小泉自民・公明政権が「大量破壊兵器の保有」を断言し、イラク戦争を支持する「大義」にしたことの誤りも決定的に。ここまでイラク戦争の口実と大義が崩れても、イラクに派兵する小泉政権には、自分の都合の悪いことには耳を傾ける姿勢がひとかけらもない、といっても過言ではありません。イラク戦争に反対し、資金提供も派兵も行わず、「国連のルールのもとで復興支援を」と頑張るフランス・ドイツ(アメリカと同盟関係を結んでいます)、ロシア、中国などと比べても、日本の態度は異常です。 歴史は、戦争を許さない方向へ、大きくすすんでいます。この歴史にそむく流れに未来はありません。正義と道理はかならず勝利する―この確信を胸に、イラク派兵計画中止へ、知恵と力をつくして頑張りたいと思います。
2004年01月26日
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朝、自宅を出るのにも雪かきで一苦労。午前、仕事をこなしつつ、党事務所周辺の雪かき。 午後、民主青年同盟(民青同盟)の会議に参加。久しぶりに会う民青同盟員が何人もいて、「元気にしてる?」と声をかけました。2月13日から開かれる全国大会決議案の学習と討議、全国大会にむけてどんな取り組みをすすめるか熱い討論。会議の感想文に目を通すと、・「平和はとても大切。イラクへの自衛隊派兵はとても悲しいし、ぜひとも止めさせなければなりません。そんな中でのピースキャンドルの行動は、みんなを(私を)勇気づけたように思います。あきらめずに何度も鼓動できたらいいと思います」・「民青同盟員として、暮らしやすい世界にするため何をすべきか見つけることができた」・「青年の雇用の問題、平和の問題で民青が要求実現の先頭に立たないといけないと思った。共産党の綱領を学習をしたい」・「社会を変えるための1歩を踏み出すのが大切だと思った」・「新入生歓迎活動に力をいれ、班学習などを通じて仲間を増やしたい」 などなど、力強い感想文がいっぱい。私自身が励まされ、夜の党青年支部の会議に向かいました。 全員がそろうまで、会議会場周辺の雪かきを青年党員と一緒に行いました。会議は、資本主義の矛盾をのりこえた未来社会の問題、イラク戦争の問題と世界情勢の見方など、つっこんだ議論に。陸自本体のイラク派兵を止めさせるために、また行動しようとの議論も。久しぶりに会議に参加した青年党員も、積極的に発言し、たのもしいかぎりです。 今日1日、青年とともに過ごした1日。帰途について、駐車場の雪かきをして、ようやくほっと一息です。雪は小康状態になったようですが、行政の不誠実な対応への怒りの電話なども党事務所に寄せられていました。雪害問題の解決へさらに努力したいと思いながら眠りにつくところです。
2004年01月25日
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朝目を覚ますと、のどの痛みもだいぶ快方に向かっているようで、一安心。安心して、こじらせないよう十分注意を、と自分に言い聞かせ、うがいです。外を見ると、雪がしんしんと降り積もっています。家を出ようとしていると、地元の党支部の方が、「しんぶん赤旗」日刊紙を配達してくださるのと同時に、「この雪だから今日の行動は中止だね」と。毎日「しんぶん赤旗」の配達に関わっている方たちのご苦労に思いをはせながら、定例の会議に向かいました。 党大会に1日目、2日目と参加した感想や今後の決意を発言し、会議参加者のみなさんの発言もお聞きして、会議は昼食休憩に。この時間を利用して、党金沢地区委員会として雪害対策本部を設置するための会議に臨みました。大雪が市民生活に大きな影響を与えている中、市民の方々の生活要望にこたえ、行政をはじめ関係機関に働きかけていくことなどを目的として、当面の行動を議論。私が本部長の役目をおおせつかり、副本部長に尾西洋子県議、升きよみ・近松みき子両金沢市議。みなさんと力をあわせ、がんばりたいと思います。 昼食を慌しく食べ、山中町へ。この雪なので、事故に気をつけつつ、時間の余裕をもって車で移動。なんとか時間どおりに、前田としゆき山中町議宅に到着。前田町議も雪かきで奮闘されており、慌しく身支度をして、ごいっしょに山中町民の方との懇談に臨みました。 懇談では、加賀市との合併問題、山中町の自然・文化・伝統など山中町の個性を生かした町づくりの問題などで、貴重なご意見をお伺いすることができました。夢や理想、ロマンを熱く語られる姿に脱帽です。こうした個性ある町づくりを応援する国、県の政治が求められているはずなのに、今すすめられている市町村合併は、それに逆行するものと言わざるを得ません。懇談は2時間におよび、最後に「今日は本当に貴重なお話を聞かせていただきました。恐縮ですが、握手をさせて下さい」と思わず言葉が飛び出し、がっちり握手。「小さい手だね」との言葉に、「気持ちは熱いものを持っています」とお話しさせていただき、お別れしました。 雪がいっそうひどく降り続いています。途中の国道8号線は、除雪がうまくすすんでいたいこともあり、でこぼこ道の上に大渋滞。この状況を解決するために今何が必要か、思いをめぐらせながらの運転です。予想以上に、時間がかかったため、自宅に戻り一息。今日夜も寒気に襲われるようです。これ以上雪害で被害がでないように、そして雪害問題の解決へいっそう努力しようと思いをつのらせながら帰宅しました。
2004年01月24日
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午前から午後にかけて、尾西洋子県議をはじめ、地方議員のみなさんと一緒に、県庁内で、2004年度県予算についての要望について県当局と交渉。 県庁に向かう道路も大渋滞。ところどころで、車の事故に出会います。県民の生活にも大きな支障が出ているようです。雪害問題の解決へ力を尽くしたい、との思いをつのらせつつ、なんとか県庁へ到着。 多岐にわたる切実な県民要求について、県当局からの回答を聞き、それに対するやりとりを行いました。県として努力しているものもあれば、あいかわらず国いいなりの姿勢も目立ちます。県や地方での要求実現活動を行いつつ、国の政治のあり方を変えなければ、との思いをいっそう強くした1日でした。 夜、「新春平和・民主団体合同旗びらき」に参加。開会あいさつで、「明けましておめでとうとう言える気持ちではありません」との言葉に、そのとおりとうなづいて、あいさつをお聞きしました。その後、「新春放談」として、消費税をなくす今井きよさんのお話し。つらく、悲しい戦争体験を、涙で言葉を詰まらせながらのひとつひとつの言葉が、胸に残ります。また、消費税をなくす会の役員もされていることもあり、弱いものいじめの消費税に反対してがんばってきたお話しには、自分自身の学生時代の消費税反対運動のことも思いおこしながら、お聞きしていました。 私も、「今井さんのお話しをお聞きして、あと半年間自分自身が頑張る勇気をもらいました。今日はほんとうにありがとうございました。今日の『しんぶん赤旗』に掲載されている、イラク派兵の本質とその不当性を明らかにした志位委員長の衆院での代表質問の大要は、みなさんのたたかいを励ますものです。私もこの国会での論戦を力に、派兵をやめさせるために、最後まで知恵と力を尽くします」とあいさつをさせていただき、あたたかい激励をいただきました。 事務所に戻って、電話連絡や資料づくりなど。雪はやむ気配がありません。
2004年01月23日
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降り続いている雪は、大雪に。「しんぶん赤旗」日刊紙が1時間遅れるとの連絡が入ります。時間どおりに来た新聞を仕分けする青年に、「1時間遅れるそうだよ。中に入って、暖まったら」。一緒にコーヒーを飲んで話をしているうちに、「しんぶん赤旗」が到着。ようやく眠りにつくと、「しんぶん赤旗」の遅れはどうなっているか,問い合わせの電話が入ります。 目を覚まして、身支度を整え、事務所の駐車場の雪かき。午前中いっぱいかかりました。 定例の党内の会議に参加し、夜は、資料整理など。年末から気になっていた乱雑な自分の机の上が、少しきれいになりました。 それにしても、昨日の衆院代表質問では、自民・民主とも改憲の競い合い。民主党の菅代表が「自衛隊派遣なら改正を」といえば、小泉首相も「胸襟開いて大いに議論」と返します。一方で、政府・与党は、陸自本体の派兵をを26日にも決定する方針を固めたようです。憲法改正の本丸は憲法9条の改正であることは明らかです。今必要なのは、憲法9条をはじめ憲法の精神が暮らしと政治、外交ののすみずみに行き渡るようにすることではないでしょうか。それをすれば、憲法の改正は必要ありません。憲法の全条項を徹底的に擁護する日本共産党の役割の大きさを自覚して、頑張らねば、と思います。 夜、自宅の前の雪かき。自宅でファンヒーターをつけ、こたつの電源を入れたのは、すっかり夜遅くでした。
2004年01月22日
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午後、党内の青年対策の会議に参加。いろんな問題意識を共有し、充実した会議になりました。夕方、青年支部の会議に参加したあと、後援会の会議であいさつ。事務所にもどって、明日の会議の準備、選対部長と2月の活動についてスケジュール調整など。外はすっかり雪化粧。毎日毎日の「しんぶん赤旗」の配達に関わっている人たちの苦労に思いをはせながら、眠りにつくところです。
2004年01月21日
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朝目を覚まして、つばを飲み込むと、少し痛みが・・・。あたたかく身支度をして、輪島の鐙市議にご一緒していただき、街頭から訴え。朝市どおりの近くでは、演説に聞き入る人も。思わず駆け寄って握手。その後の街頭からの訴えでは、どこでも手を振ってくださる方、家の前に出てこられる方など、期待の強さを感じます。 昨日、今日とお世話になった鐙市議とお別れして、宣伝カーに乗り換えて、門前町へ。ここでも手を振ってくださる方もたくさんおられます。 門前のおいしいそばをご馳走になって、富来町、志賀町で街頭から訴え。演説の最中、通りがかった運転手の方が車を止めて、握手を求めるしぐさ。演説を少し止めて握手をすると、「ほんとうに頑張ってな」と熱烈な激励です。移動の最中も、手を振って激励される方がたくさんおられ、勇気百倍です。 夕方、羽咋市の能登地区委員会の事務所に戻って、1泊2日の能登での行動をしめくくりました。 小さい頃から扁桃腺が弱く、のどの痛みが気になるので、金沢に戻ってすぐ行きつけの診療所へ。少し熱があり、治療の薬をもらって、自宅へ。食事をしたあと、薬を飲んだらだいぶ良くなりました。 診てもらった先生いわく「今、いろんな風邪が流行っているので、うがいやマスクなどを怠らないように」とのアドバイス。このアドバイスを守って、明日からまたフル回転です。
2004年01月20日
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朝起きたとき、のどが少し痛い。昨日、鼻水が少し出ていたのが気になっていましたが・・・。ともかく、羽咋にある能登地区委員会へ向かって、昨年の総選挙で3区の候補者として奮闘した坂本浩副委員長と合流して、穴水町へ。穴水町では、長尾前町議会議員とご一緒して、街頭宣伝。長尾さんは、教員出身ということもあって、「教え子を再び戦場に送るな」と熱い訴えです。穴水町では私は初めての訴えということで、緊張しながらの訴えでした。ずっと演説を聞いてくださる方、手を振って激励される方・・・期待の大きさをひしひしと感じます。 途中、尾西洋子県議と合流して、のと鉄道の穴水―蛸島間の廃止問題で、沿線の自治体関係者のみなさんとの懇談に臨みました。3自治体の助役、収入役、首長さんと懇談させていただきました。「できることなら存続を」との思いを持たれつつ、「これ以上負担が大きくなるのは・・・」との不安の声がだれました。採算性という面からだけ、地方鉄道の存続を決めていいのか、鉄道がその地域にもたらす便益の全体によって評価されるべきではないのか―そんな思いを持っての懇談。のと鉄道の地域にもたらす便益を、沿線自治体の方々が感じているだけに、存続するために今何が必要なのか―そんなことに思いをめぐらせながらのひとときでした。懇談の中では、食料自給率、地方交付税切り捨て、小泉首相の進める「改革」への不満など、話題は多岐にわたりました。地方自治体を預かる関係者のみなさんの声を直接お聞きして、今後の国のあり方はどうあるべきか、非常に考えさせられました。 輪島市へ移動し、奥能登健康友の会の新年会に参加させていただき、少しの時間あいさつをさせていただきました。新年会では、90歳の男性の方が詩吟を披露されたり、大正琴や尺八、カラオケ・・・。お年よりの方々の表情は、いきいきと明るい。私のほうがはげまされたひととき。 その後は、久しぶりに会った民青同盟員も参加して、就職できずに悩む青年と対話。なぜ就職難が起きるのか、なぜ変な政治がすすめられるのか、不満や願いをその場だけにせず、その原因を学んで、行動すれば社会は変えられる―この確信を得られる民青同盟に入ってほしい、と訴え、こころよく民青同盟に加盟してもらいました。やはり、仲間が増えるのはうれしいものです。 長かった1日もようやく終わろうとしています。今日は輪島市で一泊したあと、明日は輪島市、門前町、富来町、志賀町などで、初めての訴えです。 かぜをこじらせないよう、あたたくして眠りにつきました。
2004年01月19日
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眠い目をこすって、今日も新年会のあいさつまわりに奔走しました。まず根上町へ。はじめていく会場なので、地図を見ながら、間に合わないかな?と不安を抱えながら、開始直前に会場入り。民青同盟時代にいっしょに頑張った女性とも何年ぶりかに再開。子どもさんは、この4月から小学校入学とのこと。時間の流れの速さにびっくりです。初めてのあいさつでしたが、みなさんにこにことした顔でお話を聞いてくださり、激励の気持ちが伝わってきました。 今度は松任市日本共産党後援会の「新春のつどい」へ。ここでは、楽しくあでやかな歌謡舞踏も行われていました。松任市の党の顔として頑張っている宮岸みなえ市議からは、「ぜひ参加してね。華がないと」と事前に言われていましたが、「華にはなりませんけど、ぜひ」とお答えしたのを思い出しました。はじめて松任の方にお世話になるので、自己紹介もかねてあいさつ。ときおり、「おー」という声も聞かれたので、印象に残るお話が少しはできたのでしょうか。ひとりひとりの方に握手をしながら回っていると、女性の方から「私、佐藤さんのおっかけになるわよ」とうれしいお言葉。党支部のニュースを作っておられる方から、パソコンでつくられたカラーのニュースを頂戴して、「党県委員会と佐藤さんのホームページをみて記事をつくりましたよ」との言葉。ここでも私のホームページを見ていただいている人がおられるのだな、と実感して、勇気百倍。 おいしいお弁当をいただいて、地元金沢額地域の党と後援会主催の12月議会報告「くらしと政治を語る会」に飛び込み、あいさつ。尾西洋子県会議員、升きよみ金沢市議団長の議会報告も聞いて、住民の利益を守ろうと奮闘する議員は「宝」だな、とあらためて思い、ここも中座して、金沢民主商工会の新年会であいさつ。「7月11日が終わったら、晴れて参議院議員だね」との激励も。この期待にこたえたいと思います。 事務所に戻って、明日からの能登行きに備えて準備。夜、民青同盟学生班の会議に参加。新入生歓迎運動の成功へ、がんばろうということに。少し仕事をこなして帰途につきました。明日から、1泊2日の日程で、能登へ向かいます。 陸上自衛隊の先遣隊と装甲車がクウェートへ到着したとのニュース。緊迫した状況のなかで、国会も始まります。
2004年01月18日
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午前中、日本共産党第23回党大会最終日の模様を、CS放送で視聴。「日々の現実で私たちは多くの困難にぶつかるが、共産主義者は、新しい時代を開こうとする開拓者の集団であり、私たちがぶつかる困難とは、未来を開く開拓者が経験する困難です。だからこそ、困難な日々のなかにも多くの笑いとユーモアがあり、豊かなロマンがある」との不破議長の言葉に、自分が党員となっての15年を振り返りながら、あふれる涙をこらえることができませんでした。 午後、「はたらく女性の石川県集会2004 トーク&平和コンサート」に参加。お母さんとこどもたちの歌声を聞いて、あったかい気持ちに。現役スチュワーデスでもあり、航空労組連絡会議長の内田妙子さんのトークを途中まで聞いて、中座しました。内田さんは「だんじり祭り」で有名な大阪市岸和田市出身。内田さんが、労働組合の執行委員になったのは1985年。その12日後に、御巣高山の日航機事故が。「もうだめかも知れないと思いつつ、冷静な対応をしないといけない客室乗務員。その客室乗務員を、契約スチュワーデスという不安定雇用にしたのはなぜか、スチュワーデスという職業を運輸省はどうみているのか、政府はなぜそういう雇用形態を認めたのか」「できることはなんでもやろう。あきらめない。ねばりづよくたたかおう」という言葉に、私自身が励まされ、お話を全部聞きたいな、との思いを振り切って次の会合へ。 ある職場の党後援会主催「新春のつどい」に参加して、党大会の様子も伝えながらあいさつ。おいしいぜんざいと漬物をいただいて、ここも中座。次は、年金者組合県本部の旗びらきに参加してあいさつ。あたたかい激励をいただきました。ここも中座させていただき、「しんぶん赤旗」日曜版を配達して、別の新年会であいさつ。この時期は、新年会などの行事が目白押し。あいさつまわりだけでも一苦労ですが、どこでもあたたかい激励をいただき、疲れもふっとびます。 今日、17日は、阪神・淡路大震災の発生から丸9年。震災で家屋も親しい人も失った被災者が、避難所くらしと仮設住宅をへて、ようやくたどりついた災害復興住宅で、だれにもみとられずに亡くなる―その「孤独死」が4年間で251人となり、仮設住宅での5年間よりも多いといいます。被害の大きかった神戸市長田地区などでは、震災後5年間の自殺率が、全国や県平均を大幅に上回っているのも、被災地の深刻な実態の反映です。国と自治体が、被災直後をはじめ、長期にわたって、生活再建を自助努力にまかせてにしてきたしわ寄せが、ここにあらわれているのではないでしょうか。「震災はまだ終わっていない」と痛感させられます。 私が民青同盟県委員長になって、約半年後に起こった阪神・淡路大震災。当時、民青同盟は、全国に復興支援のボランティアをよびかけました。私も県内の民青同盟員によびかけ、石川県からも高校生を含め、多くの民青同盟員が現地にかけつけました。そのとき、兵庫の民青同盟県委員長をやっていたのが、今の中央委員長の姫井二郎さん。中央委員会の会議で、民青同盟や日本共産党が、どんな頑張りをしたのか、姫井さんが発言される姿を涙ながらに聞いていた自分を思い出します。 日本共産党の筒井もとじ県会議員団長が書いた、「逆境を生きる 『ヒゲ先生』奮戦記」という本があります。この本を読んで、国民の苦難あるところ、日本共産党あり、という立党の精神を深く学ぶことができ、ときおり読み返す、私の人生の応援歌ともいうべき本です。震災直後の臨時県議会で代表質問をした筒井もとじさんは、「知事!私自身、家屋が全壊し、避難生活を余儀なくされている。私は日本共産党の議員として、仮設住宅には、すべての被災者の最後に入居させてもらう。知事!仮設をこの私に与えていただけるのかどうか、お答え願いたい!」と質問。日本共産党は、ほんとうに国民生活の守り手だ、と深い確信を与えてくれた本でした。「私も、そんな人間になりたい」と。 今年は、被災地が訴えつづけてきた生活再建のための「公的支援・個人補償」のとりくみが新たな段階を迎えます。全国の被災者と広げた世論と運動が政府を動かし、来年度予算案に、住宅再建支援制度の創設が盛り込まれたからです。ここでも日本共産党の奮闘がありました。昨年7月の参院災害対策特別委員会で、日本共産党の大沢たつみ議員が、「被災者が住宅再建できる内容で支援制度をつくるべきだ」と迫ったのにたいし、当時の防災担当相が「予算編成に反映できるようつとめる」と答弁して、政府としての制度づくりが始まったのです。その大沢たつみ議員も、7月の参議院選挙をたたかいます。比例での5議席確保とともに、兵庫での大沢たつみさんの議席確保へ、私も心をひとつに兵庫のみなさんにエールを送り、いっしょにがんばりたいと思います。 そういう体験も含め、私にとって阪神・淡路大震災は決して忘れることのできない問題です。
2004年01月17日
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今日は定例の朝宣伝。少し寝坊したものの、時間より少し前に党事務所に到着し、宣伝カーに乗り込みました。みぞれ、ゆきまじりの中、金沢市役所前で訴え。今日にも陸上自衛隊先遣隊が派遣されようとしている中での抗議の訴え。そして、自民党政治の古い枠組みを抜け出す政策と展望をもつ日本共産党が伸びてこそ、政治を変える確かな道です、とお話しさせていただきました。 宣伝終了後、いきつけの散髪屋さんへ。「寒くなったね。でも外を回らないとだめだね」との言葉に、「またお世話になります」と返事。その後、郵便局や銀行などへ。窓口の方から、「佐藤さんですよね。お顔はよく拝見しています」との言葉に、恐縮です。久しぶりの事務所での昼食。 午後、今日明日のあいさつの原稿づくりや学習など。夜、教職員組合の旗びらきのあいさつ。以下のような内容で、お話しをさせていただきました(時間の関係で省略した部分もあります)。―昨年4月の県議会議員選挙で、尾西洋子県議が誕生して、まもなく1年。尾西県議は厚生環境委員会とスポーツ新興特別委員会に所属し、6月議会・9月議会・12月議会の本会議で、また委員会でも、私学助成の充実や30人学級の実現、また青年の雇用を増やす問題などで、全力で頑張っているところです。 6月議会では、県独自で30人学級を実現する場合、小学校1年生では約100人の教員増が必要であり、約10億円の財源が必要であることを、はじめて明らかにすることができました。 9月議会では、深刻な高校生をはじめとする青年の就職難解決へ、県としても雇用拡大を、と、①高卒者の新規採用に賃金助成するなど、雇用の創出計画をつくること。②職員の高卒者新規採用を増やすこと、③そのために、職員の長時間労働やサービス残業をなくし、その分正規職員として採用することなどを求めました。県は、一般職員の時間外勤務の手当ての総額は年間で18億3千万円であり、約二百人分の雇用にあたる、と答弁。長時間勤務の改善が雇用拡大につながることが明らかとなりました。また、県内誘致企業(県税122億円投入)にたいして、地元の雇用拡大など改善も求めました。 12月議会では、私学助成をすすめる会のみなさんが、7万8千777筆の署名とともに提出された「父母への直接助成制度新設と私学助成の大幅増額の実現を求める請願」に対して、スクラム喜望、民主クラブのみなさんと一緒に紹介議員となり、議会最終日の本会議で請願の採択を求めて、討論にたちました。公明党、新進石川議員会の方は賛成しましたが、残念ながら自民党、政心会の反対で否決されております。あわせて、文部科学省が、少人数学級を編成した場合の教員給与を国庫負担の対象とする意向を示すという新しい情勢のもとで、あらためて30人学級の実現を求めましたが、県はとうとう30人学級の必要性は認めたものの、現時点ではその考えはない、との答弁でした。 このように、日本共産党は、昨年1年間、県議会での尾西洋子議員の議席を力に、努力をすすめ、変化もつくってきております。今年もいっそうみなさんと連帯して、要求実現へ力をつくしていきたいと思います。 最後に、私は、子どもが今何を求めているか、教育はその子どもたちとどうよりそうのか、考えさせられたことがありましたので、それを紹介して、あいさつをしめくくりたいと思います。大晦日の日、紅白歌合戦のトリをつとめたのはSMAP、「世界に一つだけの花」を熱唱したのはみなさんご存知のとおりで、いま、この歌は、多くの子どもと青年、父母、教員の方の心を捉えています。また、イラク戦争やイラク派兵反対の反戦歌としても歌われています。私が心に残ったのは、歌う前のSMAPのメンバー一人ひとりが語った言葉です。すこし再現しますと、・えー、みなさん。目を閉じて、2003年を思い出してください。・今年、世界中でたくさんの尊い命が失われました。・また、目をおおいたくなるようなこともたくさんありました。・ぼくたちに今何ができるでしょうか。・みんながみんな、すべての人たちにやさしくなれたら、きっと幸せな未来がやってくると信じています。 こういうメッセージです。多くの子どもたちが、同じ思いを持っているでしょうし、この子どもたちの思いを実現していける社会をつくりたい。その環境づくりとして、みなさんが掲げている要求の実現へ、私も全力をつくす決意を申し上げ、日本共産党県委員会を代表してのあいさつにかえさせていただきます。 事務所に戻って、電話やメール、明日の準備など。帰宅も夜遅くなりました。陸上自衛隊先遣隊派遣のニュースをみて、いてもたってもいられない気持ちに。不退転の決意で派兵中止へ、明日も頑張りたいと思います。
2004年01月16日
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今日は久しぶりの休息日。洗濯や掃除、資料整理や学習など。 夜は、民青同盟全国大会決議案の学習の援助、ということで民青同盟の会議に参加。昨年末のイラク派兵反対の行動で頑張った青年たちの顔は明るい。今の社会における民青同盟の魅力と役割について、いい議論ができたな、と思います。この青年たちと一緒に、イラク派兵を止めさせるとともに、青年の夢や願いがかなう社会をつくりたい、との思いがますます強くなりました。 明日へのエネルギーを蓄えることのできた1日が過ぎ去ろうとしています。
2004年01月15日
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党大会2日目。午前中は来賓の方のあいさつを受け、討論。写真は、昼休み休憩時間に石川県からの参加者の方に写してもらったものです。私が座っている座席の近くには、夏の参議院選挙で山形でがんばる同姓同名(漢字は違いますが)の「佐藤まさゆき(雅之)」さんがおられるので、「一度お会いしてお話ししたいと思っていました」と名刺交換。 午後の冒頭に、参議院選挙でがんばる方の紹介ということで、別室に移動。続々とみなさんが集まってこられます。舞台袖で登壇を待っていると、志位委員長が一人一人に「どうも」と握手。私も、がっちり握手。いよいよ紹介ということで、私も壇上にあがりました。一人一人の名前が紹介されると大きな拍手がおこります。昨日の日記でも紹介した、ハンセン病問題解決へ頑張っておられる谺雄二さんが、それぞれの方に惜しみない拍手を送っておられる姿が私の目に焼き付いています。私の番が近づき、自分の名前が呼ばれると、両手を大きく振ったあと、右手でガッツポーズ。会場からどよめきがおこるのがわかりました。少しは、自分の存在をアピールできたようです。 全日程参加したいな、との思いをふりきりつつ、金沢への帰途に。苦労をかけている母をはじめ、お世話になっている方へのお土産を買い、電車に飛び乗りました。 途中の新幹線から、富士山がきれいに見えたので、思わず写真をパチリ。移動中は、大会会場で買った本を読破。昨日のニュースでは、北陸地方の天気が荒れているとのこと。太平洋側にいると実感はありませんが、金沢に近づくにつれ、そのとおりだな、と思いました。
2004年01月14日
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党大会に向かう朝、目覚ましをかけ、一度起きたのですが、またうとうとしてしまいました。目を覚ますともう出かけなければならない時間も目前。慌しく家を出ると、外はまだ真っ暗です。少し余裕をもって移動時間を考えていたので、石川県から参加するみなさんとは余裕をもって合流することができました。 会場の静岡県熱海市の伊豆学習会館は快晴。民青同盟中央委員時代に、いっしょに苦楽をともにした人たちも候補者として頑張ってきたりしていますが、そうした友人とも再開し、がっちり握手。また、参議院選挙をたたかう他県の方とも、名刺交換。 大会は、不破議長の開会あいさつにはじまり、緒方国際局長が大会に出席した外国来賓―14カ国、16の党からの24氏を紹介。14ヶ国の在京大使館から、大使、代理大使など15人の来賓が傍聴に訪れていることも紹介。イスラム国家として、初めてチュニジアの立憲民主連合の代表の紹介には、胸をうたれました。イラク派兵が現実のものとなっている今、「平和の国際秩序」の擁護や、「諸文明間の対話と共同」を綱領の改定案にかかげる日本共産党の野党外交のすごさを実感。党大会にこれだけの外国来賓が参加する党は、他にはないでしょう。他の党の追随を許さない一幕に感動です。 綱領改定と大会決議案で2つの報告を聞きました。「日本共産党という党名には、暗黒の時代に民主主義と平和のために不屈にたたかいぬいた歴史が書きこまれていると同時に、21世紀に生きる政党としての誇りある未来が結びついている」との不破議長の報告に、涙が出てきました。この党の一員であることに、心から「よかったな」と。 それにしても、党大会には日ごろテレビや新聞などでしかみれない方がたくさん参加しています。「こんな近くで・・・」とびっくりするとともに、その方の著作から大きな励ましをもらったご本人も参加されています。本でしかお会いできなかった方たちですので、私のことなど知るはずもありません。心の中で「ありがとうございました。その生き方に励まされ、私も頑張ります」と繰り返す自分がいます。大会終了後宿舎へ向かうため、入り口付近で待機していると、ハンセン病問題のたたかいの中心で頑張っておられる谺雄二さんの姿を見かけました。元日の日記にも紹介しましたが、ハンセン病問題解決への日本共産党員のたたかいは、今も私に大きな励ましを与えてくれています。涙のあふれる思いで、谺さんのお姿を拝見していました。 宿舎へ行って、遅めの夕食。さあ、明日は参院選でがんばる人たちとともに壇上にあがります。
2004年01月13日
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今日も午前中、成人式会場付近で、尾西洋子県議、升きよみ金沢市議団長とともに、成人を迎えた青年とそのご家族のみなさんにむけて、街頭から訴え。天候に恵まれるととともに、行き交う車から多くの激励をいただき、びっくり。期待の大きさをひしひしと感じました。 事務所に戻ると、昨日山中町で行われた、新春のつどいも報じた党加南地区委員会のニュースが届いていました。新春のつどいのあと、山中町議を先頭に宣伝や対話で大奮闘されたことに励まされるとともに、私のことも記事に。「佐藤さんてあんな(おもしろい)話をする人か」との感想が聞かれたとのこと。うれしいやら、恥ずかしいやら。 午後、民青同盟の会議に参加して、2月に行われる民青同盟全国大会の決議案の学習などのアドバイス。歴史のすすむ方向をみぬき、社会は変わるし変えられる―この確信をもって頑張れる民青同盟のかけがえのないねうちを、自分が県委員長だったときの実感もこめて語りました。 明日から急な出張。今日中にしなければならない仕事を片付けようと、時間に追われてのデスクワーク。早朝出発なので、早く帰らなければ、と思いつつ、パソコンやプリンターがうまく動かず、あせるばかり。なんとか最低限のことをすませることができました。 風邪をひかれる方が増えているようです。私も、おととい少し鼻水がでてきて、これはまずいな、と思っていましたが、今はすっかり直ったようです。みなさんもお気をつけて。
2004年01月12日
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午前、昨日に引き続き成人式会場近くの金沢市香林坊で、尾西洋子県議、升きよみ金沢市議団長と一緒に、ときおり雪がつらぬく中街頭から訴え。多くの人が注目してくださるとともに、青年たちをはじめ、たくさんの方から激励を受けました。ちょうど用事で近くを通りかかった青年党員が、演説を聞いていたようです。携帯電話に「演説よかったです」のメールが届きました。励まされました。 事務所に戻って、熱いコーヒーをあわただしく飲んで、尾西洋子県議とともにあいさつまわりへ出発。ある職場での新年会では、介護施設建設で頑張る方のスライドも紹介されましたが、そこでの「どんな重い障害があっても、どんな重い痴呆があっても、人間らしく生きていくことを応援する施設をつくりたい」「たたかってこそ夢は実現できる」というメッセージに、胸があつくなりました。尾西洋子県議が私を紹介してくださり、私も簡単にお話しさせていただきました。―スライドも拝見しました。人間らしく生きたいと願う方がたくさんおられます。しかし悪政によってその思いがふみにじられ、これからも踏みにじられようとしています。私は、その悪政と正面から向きあって、政治を変えるためにがんばります― 中座させていただき、金沢市森本方面の新年会へ。たくさんの方が参加されているのにびっくり。参院選にむけての決意を語らせていただきました。おしい昼食をごちそうになって、尾西洋子県議とお別れして山中町へ。 高速道路に入って、途中、眠気覚ましのため、ブラックの缶コーヒーとガムを購入。車の中のBGMは、先日衝動買いしてしまったSMAPの「世界にひとつだけの花」が入ったCDとお気に入りのZARDのアルバム。移動時間も長いだけに、車の中では快適に、と工夫しています。 3月に町議選がたたかわれる山中町では、党の「新春のつどい」が行われ、そこであいさつをさせていただきました。はじめてのあいさつなので、自己紹介もおりまぜて。少しは親近感を感じていただいたようです。加賀市との合併問題が大きな争点となり、しかも定数2減の選挙。前田としゆき町議の5期目当選へ、私も全力をあげたいと思います。 ここも中座させていただき金沢へトンボ帰り。途中携帯に、内灘の方から「新年会に来れるのか」との電話。「時間的に少しむずかしそうです」とお詫び。なんとか、金沢地区委員会の会議に間に合って決意表明。―2回の衆院選で多くのことを学ばせていただきました。ほんとうにありがとうございました。この経験を生かして、もう一回り大きく成長して、全県的を活動エリアとする参院選を全力でがんばります― 夜、青年支部の会議に参加。かぜや、新婚のもろもろの都合で参加できない青年党員など、人数は少し少なめでしたが、「激動のときこそ、情勢を深いところでつかむ―情勢を深いところで動かしている矛盾はどこにあるかをしっかりつかんで。社会進歩を促進する党としてたたかう」という党旗びらきでの志位委員長のあいさつをめぐってつっこんだ討論になり、私も学ばされた会議となりました。 フル回転の1日が終わろうとしています。心地よい疲れが、明日の元気をつちかっています。
2004年01月11日
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午前、成人式の会場である厚生年金会館前で、尾西洋子県議、近松みき子金沢市議と訴え。私は、成人を迎えた青年とそのご家族のみなさんに、新しい門出にあたってのお祝いの言葉を述べつつ、イラク派兵反対の訴えを行いました。また、以下のような中身で訴えを行いました。―日本共産党がつくられたのは1922年で、今年82年を迎えます。戦前、戦後を通じて多くの政党が生まれては消えましたが、戦争反対の立場をつらぬき、党名を変えていないのは日本共産党だけです。当時の日本共産党員の多くは20代の青年たち。文字通り青年の党でした。戦前の日本共産党の青年たちは、侵略戦争反対、国民が主人公の日本をつくろうと、ときには激しい弾圧で命を落とすこともありましたが、社会の不正義を許さないとの信念に燃えて頑張りました。侵略戦争によって生み出された悲劇は、とりかえしのつかない大きなものでした。その悲劇が今、イラク派兵という形で現実のものとなろうとしています。日本共産党と一緒に、イラク派兵反対で力をあわせましょう。 また、青年の夢と希望を阻むものは何でしょうか。つきつめて考えれば政治の問題にぶつかります。多くの青年たちが、就職難と失業に苦しんでいる大もとにも政治の問題があります。大企業は大きな利益をあげているにも関わらず、さらにもうけをあげようと無法なリストラをすすめ、新規採用も減らしています。一方で中小企業は、地域の経済を支え、青年の雇用をつくろうと新規採用を増やしています。小泉首相も、残念ながら民主党も、リストラしたら税金をまけてやるという新しい法律までつくってリストラ支援を後押しする政治をしています。日本共産党は、政府と大企業の責任で「青年に仕事を」と頑張っている政党です。 新しい門出にあたって、「社会に役立つ人間になりたい」など、この社会のなかでどんな生き方をするのか考えているのではないでしょうか。私は、大学時代に被爆者の方の「自分は人間として生きることも死ぬことも許されなかった。命あるかぎり世界から核兵器をなくすためにがんばる」という話を聞いて、自分も被爆者の方のために何ができるのか、自分の幸せのためにも核兵器をなくすために何ができるのか、この社会のなかでどんな生き方をするのか、真剣に考えるようになり、社会を変えようと頑張る日本共産党に出あって入党しました。 多くの青年のみなさんの願いにこたえることができるのは、日本共産党です。日本共産党と一緒に、青年が夢と希望のもてる日本をつくりましょう。―私の思いの丈を訴えました。私の思いが、多くの青年に届け!と祈るような気持ち。車の中からの激励に励まされました。 その後、事務所に戻って、「しんぶん赤旗」や民報「新石川」の原稿づくり、その他デスクワーク。久しぶりに机に座ってゆっくり物事を考えるひととき。 夜は、医療関係の労働組合の旗びらきに党県委員会を代表してあいさつ。青年がたくさん参加する旗びらきでしたので、一人一人にあいさつ。短い語らいでしたが、労働組合運動にがんばる青年たちとの出会いに私も元気をもらいました。 その後、事務所にもどってデスクワークの続き。今日は早めに帰れるかな?と思っていたのですが、通常どおりの時間に事務所をあとに。「しんぶん赤旗」日曜版の配達をすませて、自宅に戻りました。
2004年01月10日
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昨日は、眠りについたのがすっかり遅くなり、というよりも、明け方近くになってしまいました。朝宣伝に参加できるか、と不安を抱えながらでしたが、緊張感というのはすごいものですね、なんとか目を覚ますことができました。 朝宣伝は天候にも恵まれましたが、今週中にもイラクへの陸上自衛隊派遣命令が出されるという緊迫した事態でしたので、いてもたってもいられない思いを街頭から訴えさせていただきました。この場所での訴えは、記者発表後はじめてということもあり、多くの方に注目していただき、タクシードライバーの方、いつも手を振って激励される方など、多くの激励をいただきました。 午後、はじめて加南方面で街頭からの訴え。野々市町では岩見町議と、松任市では宮岸市議と、小松市では橋本市議と一緒に街頭から、「記者発表後、はじめての訴えです。全力で頑張ります」と切りだしてお話しさせていただきました。手を振って激励していただいた方、ずっと演説を聞いてくれた青年。多くの方から激励をいただきました。 小松市にある党加南地区委員会事務所で夕食。そのまま、事務所での会議にはじめて参加させていただくため、待機していると、テレビのニュースは、イラクへの自衛隊派遣命令が出されたと報道。心の底から、怒りがこみあげてきました。「二度と再び他国で銃を握らない」―とりかえしのつかない悲劇の上に誓ったこの決意を、「人道支援」の名で踏みにじることは許されない! こんな思いもこめて、はじめて参加する会議で決意表明。会議終了までご一緒させていただきました。昨年のみなさんの奮闘をお聞きするとともに、「佐藤さん、元気ですね」との励ましもあり、私も勇気百倍。会議が終わったときには、緊張感がほぐれたせいか、はじめてづくしだったこともあって、少し疲れも。 金沢に戻る方の車に乗って、金沢についたのはすっかり夜遅くなりました。自分の車に乗り換えて帰途に。
2004年01月09日
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寒い朝、予定してた朝宣伝は延期。今日の会議の準備が間に合っていなかったので、事務所にもどって、資料づくり。眠い体に、1杯のあついコーヒーがしみわたります。 党内の会議、その後の選対部長とのうちあわせなどで、うれしい悲鳴をあげました。県内全域を活動エリアとするのははじめて、ということもあり、県内各地から、旗びらきや新年会にぜひ参加を!との要請が相次いでいるようです。とくに11日は、金沢市、山中町など、いくつかの会合を朝から夕方まで渡りあるくことになります。選対部長は、どうスケジュールを組むか、「複雑なパズルをくむようだ」と。私もうれしい悲鳴。「期待のあらわれだよ」との声も。会議終了後、デスクワークをこなしながら、いつもより少し早く家路につきました。明日は、定例の朝宣伝。天候に恵まれればいいのですけれど・・・。
2004年01月08日
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早朝7時自宅をとびだし、羽咋市へ。党能登地区委員会事務所で、白田秋也・羽咋市議と合流し、一緒に街頭宣伝とあいさつまわり。おだやかな天気の中、「羽咋市のみなさんには、はじめてお世話になります」と街頭から訴えさせていただくと、車からおじぎをされる方、手を振ってくださる方など、あたたかい激励をいただきました。あいさつ先では、「今度新年会があるからぜひ来てね」など、どこでもあたたかく迎えていただきました。 白田・羽咋市議に羽咋の様子をお聞きするとともに、前の羽咋市議選で約1週間応援に入ったときのことが話題に。この選挙は白田さんご自身が、選挙本番目前に盲腸となりたいへんな選挙だったこと、私も後援会員の方との対話やハンドマイク宣伝などで頑張らせていただいたことなどを懐かしくお話しました。党の先輩として、北鉄のバス運転手として頑張っておられたときのお話なども聞かせていただきました。 昼、手作りのうな丼をごちそうになって、金沢へ。党事務所で民報「新石川」(私が編集責任者をつとめています)の編集会議に参加。その後、夜のあいさつの原稿づくりなど。 夜、国鉄労働組合県本部の旗びらきで、党県委員会を代表して、以下のようにあいさつをさせていただきました。―私も昨年暮れの、1,047人の採用差別に関する最高裁の不当判決の報道を、本当に悔しい思いで聞いていました。 17年間のたたかいです。一言で17年間といいますが、この歳月の中で、労働者とその家族の苦闘と願いに思いをはせたとき、今度の不当判決に心の底からの怒りを覚えます。 しかし、ご家族の方が、「今では、NTTも国立病院の賃金職員にも首切りが波及しています。私たちの首切りが、国の弱いものいじめの出発点だった。どうしても負けられない。だから涙は流さない」と話された報道を聞いて、私自身が励まされました。 この問題は、ひとり国労だけの問題ではなく、無法なリストラや差別を、この日本からなくしていくたたかいでもあると思います。 政府・JRが解決へ責任を果たさせる運動を広げていくために、国民的な共同を大きく広げていこうではありませんか。日本共産党も全力をつくしていきたいと思います。(以下略) この心からの思いを訴え、すぐ党県委員会の党旗びらきの会場へ。開始時間をすぎての到着でしたが、笠井あきら・党国際局次長とお会いしてがっちり握手。この方と二人三脚で、との思いがこみあげてきました。 会場に入ると、会場いっぱいの方から拍手で迎えられ着席。会場を見渡すと、たくさんの方の期待と頑張ろうという気持ちが伝わってきて、胸の高まりを感じました。 私は、決意表明で、以下のような訴えをさせていただきました。―雨の中、県内各地からお集まりいただき本当にありがとうございます。 年末のあわただしい中での発表となりました。今回、金沢だけではなく、はじめて加南地区のみなさん、能登地区のみなさんにもお世話になります。県下全域が活動エリアですから、ちょっぴり不安もありますが、そこはみなさんのおおきなご支援をお受けしながら、全力で頑張りたいと思います。 今回、選挙戦をたたかうにあたって、いろんな思いはありましたが、私の背中を押してくれたものは、戦争体験を語っていただいたお年よりの女性の言葉です。 12月17日のイラク派兵反対の昼休み集会で、この方は「おなかに赤ちゃんがいたのに、夫を戦地にとられ、二度と帰ってこなかった・・・」「戦争反対をつらぬいた日本共産党への支持がもっともっと広がらないとだめだ・・・」と涙ながらに語られたのです。言葉ではいいつくせない悲しみ、苦しみ・・・私も言葉につまりました。この女性が背負わされた悲劇は、もはやとりかえすことができません。そのことを思うと、私も涙をこらえることができませんでした。 その悲劇が、自衛隊派兵という形で、また現実のものとなろうとしています。 国の進路を誤らせるイラク派兵、国民生活への負担増。そして消費税増税と憲法改悪にむかう保守「二大政党制づくり」への動き。人間として、人間らしくありたいということは、あたりまえの願いなのに、それが踏みにじられ、これからも踏みにじられようとしています。 このとき、日本共産党の一員として、税金のムダ遣いをあらためて社会保障を予算の主役に、消費税増税反対、憲法守れ、との国民多数の願いと一致し得る政策を掲げて全力で頑張ることが、自分の役割であれば、と思い頑張らせていただくことになりました。 今度の選挙は、人間が人間らしく生きられる社会を、との思いを胸に、人間の尊厳を取りもどすたたかいとして頑張りたいと思います。 比例での笠井あきらさんと一緒に、五議席の絶対確保を必ずやりとげ、選挙区でも大きな前進ができるよう、全力で頑張ります。どうか大きなご支援をお願いして、決意表明といたします。 私の偽らざる気持ちを訴えさせていただきました。率直なところ、気持ちの高ぶりを抑えることができす、途中何度も涙があふれそうになりましたが、ぐっとこらえました。声が震えていたのは自分でもわかりました。党旗びらき終了後、「緊張していたね」との声もありました。もちろん緊張もしていましたが、緊張というより気持ちの高ぶりの中での決意表明が、こういう形で伝わったのでしょう。 笠井あきら・党国際局次長の講演も、参加された方に大きな希望と勇気を与え、「この人をなんとしても国会へ」との思いで気持ちがひとつになった党旗びらきになりました。私も、この方と一緒に頑張れることの喜びをかみしめ、全力投球です。
2004年01月07日
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午前午後と予定していた学習会が、都合で延期に。事務所に戻って、会議準備など。途中、タクシーの労働組合の旗びらきに、日本共産党県委員会を代表してあいさつ。この旗びらきでは、心に残るお話を聞かせていただきました。この労働組合は、「高齢者福祉タクシー制度」の実現を求めて頑張っています。制度創設についてのい要望書は、以下のような文章が記載されていました。―厚生労働省において、「介護予防・生活支援事業」がすすめられています。こうした支援策を活用し、あるいは単独事業として、石川県内でもいくつかの自治体で「外出支援サービス」としてタクシー利用助成制度がおこなわれています。こうした外出支援や通院への助成は、移動の困難や病気を抱えやすい高齢者の社会参加と健康・福祉の増進に寄与しています。 金沢市においても、「外出支援サービス」を活用するなどして、高齢者へのタクシー利用料金助成事業(高齢者タクシー制度)を創設されるよう要請致します。 この要請書への賛同署名を労働組合として集めていることが紹介され、その中である方から激励を込めて、以下のようは手紙が届いたことが紹介されました。 「いい話 あんたの心にタクシーます(佐藤注=託します)。お金より心がほしい世の中に 青信号走れタクシー 老いをのせて」 私ごとで恐縮ですが、自分の母のことを思い出して、じーんとなりました。 夜、石川県労連の旗びらきに参加。木島日出夫前衆議院議員が、日本共産党を代表してあいさつ。木島さんは私のことも紹介して下さいました。参加されている方から、「たいへんなこともあるだろうが、ぜひ頑張ってほしい」とたくさん激励を受けつつ、党能登地区委員会の会議に参加するため、途中退席し、羽咋市に向かいました。 全県を活動エリアにするだけに、移動もたいへんです。車の中では、いつも疲れを癒してくれる「ZARD」の曲を聴いて、元気をもらって会議に参加。選挙という形で能登のみなさんとお世話になるのは初めてなので、緊張感のなか、決意を語らせていただきました。党大会成功と参院選へむけ、頑張るみなさんの思いも聞かせていただき、帰路につきました。
2004年01月06日
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午前、党本部で行われた「党旗びらき」での志位委員長のあいさつをCS放送で視聴。「激動のときこそ、情勢を深いところでつつかむー情勢を深いところで動かしている矛盾はどこにあるのかをしっかりつかんで、社会進歩を促進する党としてたたかう」「あれこれのどんな手段をろうしても、『アメリカいいなり』と『財界が市主役』という二つの悪政の根源と、日本の大地に根を張って暮らしている国民の多数との矛盾は決して解決することはできない」「それを解決する道は、わが党が主張している日本の民主的改革の道しかない。この立脚点に確信をもってゆるぎなくたち、情勢を前向きに打開するためにともに力を合わせ、奮闘しよう」との言葉に、熱いものがこみ上げてきました。 午後、遅れ遅れになっていた運転免許の更新に。その後たまってた仕事をこなすためデスクワークなど。思ったほど仕事がすすまなかったのが、残念でした。
2004年01月05日
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夕方、イラク派兵反対、憲法9条守ろう―私たち青年はあきらめない、と12月28日に行われた青年たちの行動「ピースキャンドル」などで頑張った青年の会議(取り組みの反省会)に参加しました。 新年会もかねて、ということで、料理の得意なメンバーが焼きそばなどをつくろうということに。私は、写真の現像をうっかり忘れ、あわてて現像に行った事もあり、遅れて参加。それぞれが、やきぞばをたべつつ、今年の抱負を語りました。 ・友達を誘ったら、「偽善じゃねえか」と言われたけど、「何もしないより、行動したい」と自分の気持ちを伝えた。その友達も着てくれた。 ・メールで誘った友だちも来てくれて、夜遅くまで手伝ってくれた。 ・最初は協力してくれなかった人も、渡したチラシを見て、もう一度戻ってきて協力してくれた。 ・人を誘うとき言いづらかったけど、やってみて、もっと声をかけておけばよかった ・ロウソクをカンパしてくれた人、当日手伝ってくれた人―いろんな人たちの協力、支えで成功させることができた などなど、一人一人の思いが語られ、私も一緒に頑張ってよかったな、と思いました。「青年たちが頑張っていることに励まされた」という声も、私自身28日に聞いたこともあり、この取り組みを通じて、企画を準備した青年たち、いろんな形で協力してくれた人たちの心に残したものは大きかった、とあらためて実感したひとときでした。
2004年01月04日
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午後、金沢市香林坊、武蔵ヶ辻で、街頭から訴えをさせていただきました。写真は左から、升きよみ党金沢市議団長、私、近松みき子党金沢市議、尾西洋子党県議です。「今度は、金沢市のみなさんはもちろん、石川県下全部のみなさんにお世話になることになりました。2004年が希望の持てる年となるよう頑張ります」と切り出し、小泉首相の靖国神社参拝への抗議、イラク派兵の中止、消費税増税によらず税金の使い方を切り替えての社会保障の充実、憲法守ろう!などのテーマでお話をさせていただきました。マスコミの方も取材に。 にぎわう香林坊、武蔵ヶ辻。車の中から手を振って激励される方をはじめ、信号待ちで注目される方、小さく手を振って激励される方・・・。小さく手を振って激励していただいたこの方とは、宣伝カーを降りて「ありがとうございます」と握手。ずっと演説を聞いてくださった方をみつけると、すぐさま宣伝カーを降りて握手をすると「頑張ってください」との激励。街頭からの訴えは天候にも恵まれて、うれしい限りです。 その後、今後のスケジュールの調整。県内全域を活動エリアにするだけに、多忙の毎日となりそうです。
2004年01月03日
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2004年の幕開けに、小泉首相が靖国神社に参拝とのニュースがとびこんできました。唖然としたのは、「初詣では日本の伝統で、多くの方が神社にお参りしている」と説明しているところ。過去アジアを侵略した日本。日本の首相が靖国神社に行くことと、家族の健康や幸せ・商売繁盛などの思いを込めて初詣でに行くことと同じにしてもらっては困ります。 靖国神社は、戦前の侵略戦争をすすめる精神的支柱の役割を積極的に果たし、戦後も侵略戦争を美化・礼賛。明治維新から太平洋戦争までの戦没者240万余をまつっていますが、空襲などで死んだ一般国民は含まれておらず、戦後はA級戦犯として処刑された東条英機元首相らを「昭和殉難者」としてまつっています。この事実は事実。この施設に首相が参拝するのは、自らが過去の過ちにまったく無反省であることを示したもの、との批判をまぬがれることはできないでしょう。 そのことを自覚しての参拝なら、確信犯。理解できないとすれば、アジアの中で信頼を得ることはできないし、首相失格と言っても過言ではないと思います。
2004年01月02日
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ひさしぶりにゆったりとした時間を過ごしています。新しい年、2004年は、私にとって7月の参議院選挙をたたかう年でもあります。頑張るエネルギーを蓄える意味でも、「光を求めて扉を開かん ハンセン病元患者たちのたたかい」(新日本出版社)を積読しました。私は最近、多くの友人、先輩・後輩に支えられて生きているんだな、と実感するとともに、多くの書物から学び、励まされて頑張ることができるんだな、と心から思います。悩んだとき、常に、私の生き方に影響を与えた本を読みあさり、新たな本の出会いを求めて白山書店(私のホームページもリンクされています)さんに足を運びました。 「光を求めて扉を開かん ハンセン病元患者たちのたたかい」は、総選挙のとき、マスコミの方からの「最近感動した本」として紹介したものです。昨日の日記に引き続きの引用で恐縮ですが、お付き合いください。この本の冒頭に、ハンセン病違憲国賠訴訟全国原告団協議会会長代理の谺雄二さんが書いた「序にかえて―開かれた重い扉」の一部を紹介します。 「熊本判決の確定―これで誤ったハンセン病施策に対する国の法的責任は揺るがないものとなり、私たちハンセン病元患者の”人間回復”への重い扉は完全に開かれたのだ。 原告団、弁護団、支援者たちが、互いに抱き合い歓喜するただ中にいて、私はこれほどまでに自分が日本共産党員であることに誇りに思ったことはない。かつて日本ファシズムの嵐が吹き荒れる一九三三年、大阪・外島保養院で密かに結成された「日本プロレタリア癩者解放同盟」の潮流は、戦後、日本共産党細胞(現在の支部)として療養所内に固く根をおろし、ハンセン病患者の人間の尊厳を取りもどすたたかいに全力をあげたのである。一九四七年、群馬・栗生楽泉園の殺人重監房「特別病室」撤廃をめざした人権闘争、一九四九年、画期的治療薬プロミン予算獲得闘争、一九五一年、「らい予防法」政府案反対闘争―戦後のこうしたたたかいの中心には、つねに日本共産党とその患者支部の活動があり、私自身も国の隔離政策に抗して一九五五年に入党、以来「らい予防法」の廃止とその劣悪な医療・処遇の改善をめざしてたたかってきた。ハンセン病後遺症による身体障害を乗り越え、あくまで人間回復をかちとらないではおかない私たち党支部の不屈の闘志が、療友の団結をいっそう強固にし、ついに予防法廃止とこのたびの国家賠償訴訟、そして勝利判決から国を控訴断念にまで追い込んだのである。 したがって本書第Ⅰ部は、ハンセン病療養所党支部の活動と、その党支部とともに手を携えてたたかう療友たちや退所者たちの、まさに生きた歴史の記録といっていいだろう。そして第Ⅱ部は、熊本判決と国の控訴断念を引き出した日本共産党国会議員の奮闘を中心にした党中央委員会の記録である。ハンセン病問題の真実を知っていただくために、多くの人たちのご購読を心から願ってやまない。 ともあれ、この一世紀の間に私たちがこうむった被害はあまりにも甚大で、もはや取り返しのつかないものばかり。二万三千七百にものぼる非業の死、その産声を抹殺された三千余の堕胎児、帰るべき故郷をなくして生き残る私たち四千四百人、また職場や地域でハンセン病回復者であることをひた隠しにせざるをえない多くの退所者と、いまなお差別を恐れ世間の片隅に息をひそめる家族たち。 衆参両院の謝罪決議(六月七、八日)、その後東京地裁、岡山地裁、また熊本地裁より相次いで和解勧告があり、さらに厚生労働省との直接交渉開始(六月二十九日)と、ハンセン病問題の全面解決はすべてこれからである。取りもどした人間の尊厳と誇りを胸に、私たちはもう俯くことなく明日を拓いて進む。(二〇〇一・六・二六)」 この文書の重みを胸に、すべての人が人間の尊厳と誇りを取り戻せるよう、日本共産党の一員として、参議院選挙を全力で頑張りたい―新しい年の幕開けにあたっての私の思いです。
2004年01月01日
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