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祗園の白川は祗園の北部を貫く小さな川で、鴨川に注ぐ一帯は石畳と柳そして両側に並ぶお茶屋の風情が美しく、いつも多くの観光客で賑わってます。夏目漱石、谷崎潤一郎らが通ったお茶屋を忍ぶ石碑があったり、小さいながらも舞妓・芸子らが芸の上達を祈る辰巳大明神があり、桜の季節などはすごい人出でとなります。最近このあたりをよく通るのですが、一歩道を隔てるとバーやクラブのひしめく猥雑な歓楽街が広がるという不思議な対比にいつも溜め息をついてしまいます。そんな折、鴨川に近い大和橋のふもとに雑居ビルがあったのですが、それが最近壊されてとてもいい景色が出現しました。橋から続く町屋の瓦屋根の連なりです。Googleのstreet viewの写真と比較するとよくわかります。ここを公園にしてちょいと整備すれば絵葉書に絶好のランドスケープになります。(ビル撤去前)(ビル撤去後)でもここには絶対何かが建つんだろうなあ。採算を考えると4-5階建ての箱ビルがドンと現れてこの景色にフタをするのでしょう。何とかこの街並みに合った建物が建って欲しいものですが、ドキドキしながら見守りましょう。
2015/01/21
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ほんやら洞の焼け跡を眺めて家に戻る途中、鴨欣(おうき)高校に差し掛かりました。昨年末には重機が体育館を取り壊していましたが、今はキレイさっぱり片付いてます。八重の桜さんがくぐったという正門は残され、奥のレトロな校舎も破壊は免れたようです。しかし女子教育で茶道を習わせ始めた茶室、九条家屋敷から移築した和室などはもう姿を消した。ちなみにこの鴨欣高校出身者は、田宮二郎、森光子、団令子、山本富士子などで、沢田研二は中退してます。改築に揺れる 近代の文化遺産 鴨沂高校(動画は11:29)鴨欣高校のすぐ南が梨木神社、ここでは参道にマンションが建設中。資金ぐりに行き詰まった神社がやむなく払い下げ。この鳥居はマンションの玄関になるんだろうか?近くの堂々とした寺院の門の後ろにもマンションが。これが京都の定め?
2015/01/21
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1月16日未明、京都のほんやら洞が全焼。岡林信康さんらが作った喫茶店で、詩やフォークのライブで有名でした。私は関西フォークにはそれほど入れ込んでませんでしたが、それでも周りには熱心な友人がいて、いろいろ聴かされたり、ライブに行ったりしていて、この店も友人に連れられて何度か訪れました。ここに出入りしていた中川五郎、浅川マキ、中山ラビなどの名前が懐かしい。沢山の写真ネガや資料が消滅したようです。建物は再建出来たとしても、資料類や沁みついた歴史はもう戻りません。残念ですね。現場を訪れて写真を撮ってると、もう一人フアンらしい人が写真を撮ったり店の中を覗き込んだりしてました。それぞれ自分なりの想いを抱えてるようですね。焼け跡を眺めてため息をついたら美味しそうな香りが、振り返るとエズブルーという名の小さなパン屋が。エピパンとたらこ入りのベーコンスパイスってのをゲット。ああ、感傷より食い気か。
2015/01/20
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ひょんなことから祗園に行きつけのお店ができてしまいました。それまでは先斗町のおでん屋やショットバーで馴染みになり、我ながら出世したものだと喜んでいたのですが、これは低価格化時代の流れで、先斗町も私らの手に届く店が増えたからでしょう。しかし祗園となると話が違う。京都の庶民は懐にかなりの余裕がない限り鴨川を超えるなどという冒険はしない。実際私も若い頃、祗園の一画にある鄙びた炉端焼き屋に飛び込んで、一桁違う請求に財布をはたいたことがありました。友人と合わせてなんとか持ち合わせがあったので恥をかくことは免れましたが...。ま、祗園という地はそんなところです。母の介護と言うより介助を始めて5年目、実家に腰を落ち着けての二人暮らしは3年目に入ります。当初は慣れぬ洗濯に飯炊きなど戸惑うこともありましたが、今では掃除洗濯、衣類の繕いや裾上げ、鍋物料理などもなんとかこなしております。母は幸い足腰丈夫で、食事も出来、一人で留守番くらいはしてくれるので、これ幸いと、早めに夕食をして、時々友人と飲みに行くことが出来てます。そんな折、知り合いのSさんが友人の飲み屋でバイトすると言うので、行こうとしたらなんと祗園! あー無理無理と逃げたら、「お安くしますから」との魔法の言葉。で、なんだかんだで行ってみるととてもシックで気の置けないバー。客層も年配の紳士が多く、知らない人同士でもわいわい話してる。ママさんはお店でライブもやりたいとかHPも欲しいとか言ってたので、音響や照明の相談に乗ったり、HPを作ったりして常連になっちゃいました。私としても、このようなお店とかかわりを持つなんてことは思いもよらなかったことで、戸惑いながらも楽しんでます。で、カラオケでストーンズやジェスロタルなんかを練習したり、自分のお気に入りの曲CDを持ち込んで流したり、パソコンをカラオケモニターにつないでライブ動画を流したりYOU-TUBEを見たりと、客の少ないのをいいことにやりたい放題。先日はエレキギターとミニアンプを持ち込んで、ギターカラオケをやっちゃいました。曲は高中とかサンタナとか。また、ギター&ボーカルカラオケをYOU-TUBEで見つけたので、これをやりたいと練習中です。曲はクラプトンの「ワンダフル・トゥナイト」。となるとマイクスタンドも必要。いつかは持ち込みましょう。友人達は悪い女に騙されて貢いでいるのではと心配してくれますが、そっちではありません。しかしアンプ、音響機材などに結構、貢ぐことになるかも。それともうひとつの夢、カウンターでシェーカーを振ること。でもこれはさすがにママに見つかると出入り禁止になるかな。そんなわけで、唯一の楽しみだった銭湯通いの時間をやりくりして月に幾度か、鴨川を渡っております。<お店が入ったビルの先には辰巳大明神に通じる切通し通り>(それにしても観光地なのにすさまじい電線、無神経だね)
2015/01/11
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このところNHKは紅白や大河ドラマの宣伝にやっきになってましたね。「花燃ゆ」ではしょっちゅう萩が出て来ます。私も12年前の在職中に、この街をのんびり訪れました。会社の出張にかこつけての萩から秋吉台までの旅。山口での仕事を終え、山頭火が浸かって過ごした湯田温泉で一泊。時期的に人も少なく、誰もいない屋上露天風呂から見上げると上弦の月。初夏のなんとも寂とした風情。「寝床まで 月を入れ寝るとする」(山頭火)ぎりぎりまで寝坊して萩に向かう。萩はほんとうに何にもないいい町だと昔友人が語ってましたが、そのとおり、何もない。雑音、あわただしさ、苛立ち、現代の街が持ついやらしいものがない。それがすばらしい。しかも昔がある。歴史がある。人々の人生やドラマが染み出してくる町です。幕末の長州がそのまま今も息づいています。木戸考允、桂小五郎の生家の縁側に座して、案内のおばさんとしばし話し込みました。「床の間の壁が漆喰ですよね。めずらしいなあ。ふつうは聚楽壁でしょ?」「お金がかかるのよ、これは。」「木戸さんはこのとおり恵まれておられたけど、伊藤さんは貧しかったんですよ。でも乃木さんのほうがもっとびどいのよ。私は旅行で見てきたけど、四畳半一間に一家で住んでなさって、起きると寝具を紐で天井につるして食事をなさるの。」「なるほど、だから出世してもあんなストイックな生活を続けられたんでしょうなあ。」 「ところで、南のお国の庭は苔や植え込みがなくて白い土が剥き出しなんですね。あの太くねじくれた松は300年は経ってるね。」「そりゃあもう、当時のまんまですよ。それにあの敷き石はこの地方で取れる硬い石で、あれが使ってある家はほんとに古い家なんですよ。」などと来客のないのをいいことに、尽きることのない時間を過ごす。松下村塾の、吉田松陰らが自分達で増築した9畳間も、幽閉された三畳半の間も、その隣に立つ厠まで、じっくり眺めてきました。誰かと一緒だとぜったい味わえないマイペースの旅。貸し自転車で何度も行き来した表通りや、裏通り。骨董店の店先で時間をつぶし、民家の縁の下を覗き込み、海を眺めてぼんやりし、シーボルトの携帯ピアノに感心し、電気店のラヂヲの看板に魅せられ、ひとりの時間を思い存分楽しみました。次の日は萩に後ろ髪を引かれながら秋吉洞へ。小学校の頃に憧れた巨大な洞窟を40年経って訪問。これで思い残すことがひとつ、なくなりました。体力の限界で慌しく働く毎日の狭間に、ぽっかり出来た不思議な2日間。実にいい時間を過ごしました。
2015/01/08
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静かなお正月です。良い年になりますように。
2015/01/01
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