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(ハープは10世紀にはアイルランドの王族たちが愛用し、国のシンボル的楽器でした)「ダニー・ボーイ」については、ネット上に沢山の記事があげられていて大変参考になっています。私もここであれこれと書いていますが、これは得た情報を私なりに整理したいので、すみませんが重複覚悟で書かせてもらっています。さて、幾つもの記事の中で特に充実した資料を見つけたので追記させてもらいます。小村志保さんという方の『「ダニー・ボーイ」の歌をめぐる一考察』という論文で、歴史的な背景からの詳しい記述がされており、とても読みごたえがありました。ダニー・ボーイはロンドン/デリー出身?「ダニー・ボーイ」の歌をめぐる一考察(PDFデータ)(これは12ページもあるのでちょっと読みづらいかもしれません。)この論文によると、この曲はその歴史的背景と深く関わりながら変遷してきたそうです。アイルランド北部で生まれた曲が、イングランドからの侵略や迫害のもとで消滅しかけ、それを守ろうとする人々によって歌い継がれ、記録されてきたとのこと。 そんな経過の中で様々な歌詞が付けられたり、編曲されたりして沢山のバリエーションを生み、広く人々に広まっていったようです。 また「ロンドンデリーの歌」という題名は屈辱的だとする声もあります。この地名はイングランドの植民事業で名付けられたので、古来の地名の「デリーの歌」と呼ぶ人々も多く、今日もなお、沢山の血が流された紛争の歴史が尾を引いています。 とりあえず今回は、先日に記したことへの補足として、沢山あるバリエーション曲を整理し、この曲の誕生から今日までの変遷説を自分なりに時系列でまとめて、図にしてみました。<ダニーボーイの変遷図> 16世紀末に作られたとされる「丘の上のエドモンド」から、「若者の夢」が生まれ、それが「ロンドンデリーエア」と「ハイド城」に分かれて、それぞれが「ダニー・ボーイ」と「庭の千草」に至るという説を図示しました。また「オカハン族の嘆き」が「若者の夢」の原曲だという説もあるので、付け加えてみました。 なお「庭の千草」が「ダニーボーイ」の類型とされているのですが、私にはどう見ても同じ曲とは思えません。でも専門家によると類型と見なされるようです。The groves of Blarney, "'Tis the last rose of summer"(「庭の千草」の元歌の「ブラー二―の森/最後のバラ」と表記されたハープ演奏)伝統音楽の世界では人から人へと伝わっていくうちに韻律や音域が変わったり、歌詞や構成が変化したりします。そのため異なる曲に思えても同じ曲から発展した場合があり、構造を注意深く分析することで根幹が同じ旋律だと判断できるそうです。(19世紀の音楽収集家ペトリーの論)まあ、こんなふうに様々な曲の変遷にまつわる事柄をあれこれ考えながら探るのも面白いですね。 (追伸)アイルランドの悲痛な歴史を見ると、ロック・ギタリストのゲイリー・ムーアがいつも怖い顔をしていた理由がよくわかりました。また、別の情報によれば、ムーアの葬式でも彼の息子がダニーボーイを弾いたそうです。(ご参考)小柳有美さんのブログ「the Muse / Danny Boy (Londonderry Air) Part1」にも各曲についての詳細な記述があって興味深いです。------------------------------------------------------------<アイルランドの調べシリーズ>前のページ/ 20230510 ダニーボーイを歌うべラフォンテの歌唱力前のページ/ 20230513 ダニーボーイという歌の変遷前のページ/ 20230514 ダニーボーイのバリエーション次のページ/ 20230601 朝ドラに「庭の千草」が------------------------------------------------------------
2023/05/29
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(FEウエザリー作詞のダニーボーイの楽譜)私はケルティック・ウーマンの「ユー・レイズ・ミー・アップ」が「ダニーボーイ」にあまりにそっくりなので戸惑っておりました。 この曲が混声デュオ「シークレット・ガーデン」の2002年のオリジナル曲だったということを知ったのは最近の事です。またケルティック・ウーマンは「ダニーボーイ」も歌っているので、これら2曲は別な作品として認識されているようです。 そう思って「ユー・レイズ・ミー・アップ」を聴き直すと、なるほど別な曲としてのまとまりも感じます。まあ、コピーかオリジナルかなどというような議論には関わりたくないので、私としては「ダニーボーイ」の影響を深く受けた曲として受け止めたいと思います。言い換えれば、ある曲のエッセンスを受け継いで生まれた新たな作品です。 ま、そんな視点で「ダニーボーイ」の曲の原曲とされる先住民族の伝承曲の「若者の夢」を聴くと、短い旋律に続いて流れる旋律は確かに「ダニーボーイ」の後半に高音で歌われるサビの部分にそっくりです。おそらくはこの「若者の夢」での短い導入部が発展するか、別な曲とドッキングして「ロンドンデリーエア」が生まれたのでしょう。Aisling an Oighfir / Ortigueira (演奏される2曲のうちの前半の曲が「若者の夢」で「ダニーボーイ」の原曲か?) つまり「オカハン族の嘆き/若者の夢」というハープ曲がアレンジされて「ロンドンデリーエア/ダニーボーイ」という歌になり、それが「ユー・レイズ・ミー・アップ」という歌に引き継がれたのでしょう。 このようにひとつの曲が変貌してゆくのを味わうのも、音楽の醍醐味ではないでしょうか?------------------------------------------------------------<アイルランドの調べシリーズ>前のページ/ 20230510 ダニーボーイを歌うべラフォンテの歌唱力前のページ/ 20230513 ダニーボーイという歌の変遷 次のページ/ 20230529 ダニーボーイの原曲変遷図次のページ/ 20230601 朝ドラに「庭の千草」が------------------------------------------------------------
2023/05/14
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「ダニーボーイ」という歌の変遷については多くのサイトでも語られていますが、私なりに簡単にまとめてみました。この歌は元々、アイルランドの先住民族の伝承音楽だったそうです。最北端のロンドンデリー地方に住むオカハン族で、17世紀初頭にイギリス軍に制圧されます。しかしその器楽曲は地元に残り、19世紀半ばに街角のフィドル弾きから採譜されたものが「アイルランド古代音楽集」に収録されます。 この曲は当初は無名の演奏曲でしたが「ロンドンデリーエア」とも呼ばれるようになり、それに様々な人が詞をつけて世の中に広まり始めます。19世紀末には恋の歌詞が付けられ「ロンドンデリーの歌」として親しまれるようになります。 アイルランドの人々に広く浸透するのは20世紀初頭です。出兵する若者への送別歌という内容の歌詞が付けられた「ダニーボーイ」として発表されると、第一次大戦や移民に臨むアイルランド人の間に愛好され、第二の国歌のような扱いにされるまでに至ります。またC V スタンフォード作曲の「アイルランド狂詩曲」の中にもその旋律が採用され、クラシックの分野でも認められるようになります。 (*C V スタンフォード - アイルランド狂詩曲第1番/8:05から始まる旋律) こうして現代では世界中の人が愛好する定番曲となっていますが、この曲は特別な意味を持つ曲として扱われているようです。映画でもこの歌を歌うシーンを入れることで、作品における表現や主張を高めたものが見かけられます。 J F ケネディやダイアナ妃、プレスリーなどの葬儀では「ダニーボーイ」が流されたそうですが、あちらではこれが定番曲になっているのかもしれません。そう言えば数年前、日本でも葬儀会社オークスのCMに使われていました。 また村上春樹の小説「世界の終りと~ワンダーランド」にもビング・クロスビーが歌う「ダニーボーイ」がストーリーと絡まって何度か出て来ますね。 「ダニーボーイ」という歌は、様々なかたちで私らの生活や文化に浸透しているようです。------------------------------------------------------------前のページ/ 20230510 ダニーボーイを歌うべラフォンテの歌唱力次のページ/ 20230514 ダニーボーイのバリエーション次のページ/ 20230529 ダニーボーイの原曲変遷図次のページ/ 20230601 朝ドラに「庭の千草」が------------------------------------------------------------
2023/05/13
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(*中学の頃から、文字どおり摺り切れるまで聴いたアルバム)2023年4月にハリー・べラフォンテが亡くなりました。すでに沢山の追悼記事が投稿され、彼の歌う「ダニーボーイ」についても幾人かの人々が言及されているので、重ねて言うべきこともありません。しかし、べラフォンテを知らない人には是非一度、彼の歌う「ダニーボーイ」を聴いて欲しいと思ってます。歌ってこんな風に歌われることも出来るんだということを。 今の時代にはそぐわない歌唱スタイルかも知れませんが、好き嫌いはともかく、一度だけでも耳にしていただければ幸いです。 べラフォンテ特有の細かくソフトな「ビブラート」、低く抑えた歌い出しから「ハイトーン」で歌い上げる後半までのメリハリ。一句一句を丁寧に歌い込みながらも様々な歌唱テクニックが控えめに使われます。半拍置いて歌いだす「タメ」、低い音から本来の音にスライドさせる「しゃくり」、音程を引き下ろす「フォール」、そして長く余韻を残す「ロングトーン」など。 彼の身体から絞り出されるようなこの歌唱は、抑制されながらも情感たっぷりで、一つの芸術にまで高められているように思います。これは凡庸な歌手にはとうてい真似出来ない世界ではないでしょうか。♪ HARRY BELAFONTE ~ Danny Boy ~ ちなみに、三島由紀夫がべラフォンテを空前絶後の歌手と絶賛しているので、ご参考になればと思います。偉大な官能の詩――ベラフォンテの初公演/三島由紀夫 ------------------------------------------------------------ 前のページ/ 20230502 五月の風と大将飾り<アイルランドの調べシリーズ>次のページ/ 20230513 ダニーボーイという歌の変遷次のページ/ 20230514 ダニーボーイのバリエーション次のページ/ 20230529 ダニーボーイの原曲変遷図次のページ/ 20230601 朝ドラに「庭の千草」が次のページ/ 20231227 消えゆく歌を追う人次のページ/ 20231228 バーバラ・アレンと米津玄師------------------------------------------------------------
2023/05/10
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昨年に書かせてもらった武者人形の落ち着き先が決まりました。友人が携わっていた民家園を紹介してくれ、館長さんらに見ていただくと、是非展示したいということだったので、寄贈させてもらいました。そして今年の五月飾りのイベントからデビューしました。 ここは横浜の遺跡公園の一角にある立派な古民家。江戸期より地元の村の名主や組頭を務めた旧家の主屋で、今は文化体験施設として運営されています。 様々なスタイルの五月飾りの展示に、この「大将飾り」が加わりました。人形たちも長い年期を経た建物に収まり、居心地よさそうです。追伸:地元テレビが取材してくれていました。民家園の関係者に人形の専門家がおられ、かなり古いものだと鑑定していただいたそうです。残しておいてよかったです。------------------------------------------------------------前のページ/ 20221017 演歌の意外な歴史<アイルランドの調べシリーズ>後のページ/ 20230510 ダニーボーイを歌うべラフォンテの歌唱力次のページ/ 20230513 ダニーボーイという歌の変遷次のページ/ 20230514 ダニーボーイのバリエーション次のページ/ 20230529 ダニーボーイの原曲変遷図次のページ/ 20230601 朝ドラに「庭の千草」が次のページ/ 20231227 消えゆく歌を追う人次のページ/ 20231228 バーバラ・アレンと米津玄師------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
2023/05/02
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