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A・U・Nさんからご紹介いただいたレシピでございます。**************そろそろ暖かくなってきたので、冷製パスタなんかを投稿してみます。材料は、・トマト・きゅうり(もしくはアボガド)・ツナ缶(もしくは生マグロ)これを適当なさいの目に切って(ツナは大きめにほぐす)塩、コショウ、すりおろしたニンニク、オリーブオイル、レモン汁(もしくは白ワインビネガー)を合わせたもので混ぜる。バルサミコ酢があったらちょっと足してもいいかも。で、スパゲッティーと和えておしまい。スライスオニオンとかカイワレみたいな葉っぱものを混ぜるのもアリです。****************************と、いうことでございます。おいしそうですねぇ。どうもありがとう!ビネガーやレモンの酸っぱさ、にんにくの辛味、トマトが交じり合って素晴らしい夏の一品になりそうです。私も早速試して見ます。アボカドなんてこってり感がいいですねぇ!これを作った方のご感想もお待ちしております!!!++++TOMATO同盟TOPへ行く++++
April 30, 2004
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創価学会員が確実に投票をすることで「公明党」または「公明党推薦」の候補がほぼ確実に当選することが増えてきた事実に関して、学会員で(だけど?)愛する旦那のノリノリと無宗教な私は、これからの将来政治家が「公明党推薦」や「公明党」であることだけで選ばれることに非常に危機感を示し、「公明党は将来解散すべきである」という見解に合意した。学会員のノリノリの話によると、公明党立ち上げ時は創価学会も非常に弱い勢力でありこれから目指す明るい未来に対し「何か貢献できるかもしれない」という意図で立ち上げた、創価学会の教えに基づいた庶民の為の庶民の党であった。(非常にあいまいに書いてます、すみません。)そして初めの頃はその名の通り庶民の為に政治を考えていた面もあったと言う。が、現在「票集め」という策略に学会員票が利用されているという傾向は、「公明党推薦」の候補者がほぼ当選するという現象を見る限り否定することは難しい。なぜなら「公明党」または「公明党推薦」を学会員そろって応援・投票をするのは彼らの活動の一部でもあり、彼らが政治家や政策を見ないで「党推薦だから」という理由で投票をしているという事実はほぼ明白である。したがって、その「党」自体がどんな方向に進んでいようと「学会活動」の一部として選挙活動が含まれてしまう為、そして政治自体が「庶民」の方にいい方向に向かっているかというと全くそうでもないため、「票集め」のための政党は無くなったほうが良いのでは、という見解に達した。ちなみに第2代会長の戸田氏の言葉の中に「若者は政治を監視せよ」というものがある。これはもちろん、盲目に投票せよ、という意味ではない。監視をする、と言うことは自分達の政治にきちんと目を向けること。そして悪いところは悪いときちんと言って政治を動かそうとすること。学会員の活動は決して悪いものだと私は思わないが、自分達の行動に目を向けることができなくなってしまっては彼らが唱える「平和」の声はいつまで経っても届くことはないだろう。・・・って本当に学会員の方々がノリノリや私の周りの学会員さん達のように目覚めてしまったら、「公明党」にあやかっていた人々が猛反発するんだろうなぁ。今の「寺」と「学会」のように分裂してまた弄りあいになるのかもしれないな。学会は一体どんな方向に進みたいと思っているんだろう。このままじゃ、本当に利用されるだけされて平和とか教育とか意図と政治がどんどんずれにずれまくって矛盾だらけになって破滅だよなぁ。私は学会員さんたちがそれぞれの意思を持って政界にでることは反対じゃない。頭良くて素晴らしい人々はたっくさんいるものね。そういう学会員さん達だけに政界にでてもらって、関係ない人を推薦する制度はなくしてもらいたいものだ。
April 29, 2004
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昨夜あまりにも咳が酷く殆ど眠れなかったので本日仕事を休んで初めて内科ドクターに会いに行ったところ、ウィルス性気管支炎だとのこと。何故楽天に今オンラインしているか自分でもよく分からないが、あまりにもふがいない一日だったので取り合えず書いてみた。詳しい病院の話はまた今度。あぁ、なんて情けない一日だったのだろう。まっとうな薬を飲めないって辛いんだなぁ。
April 28, 2004
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24週目に入った。日本では7ヶ月目、アメリカでは6ヶ月目に入ったところである。週末ごとに大きくなるお腹はますます膨らんできて、特に先週具合が悪くて食べては寝込み、食べては寝込みしてしまったものだからお腹の成長振りは(体重も)自分の予定以上である。一応お腹と胸以外は膨らんでいない感じはするのでそれでよしとする。できれば体重をあんまり増やさず、日本の方々がされてるようにスリムなままで産みたいと理想はあるけれどやはりもともと人並みに肉付きがいいので人並みに増えてしまうのだろうなぁ、としょげる。前から訴えているが、私の体重の殆どは胸についている。あぁ重い。どう考えても3,4キロあるに違いない。大きさもともかく、中身も相当詰まっているみたいでもうそろそろ母乳が出てしまうんではないか?と心配している。人によると5ヶ月ぐらいから出る人は出るらしいから、油断はできない。心の準備、と思って思わず使い捨ての母乳用の胸パッドを購入してしまった。かといって今からでても本当に困るのだが、そういうものを買ってしまうと「明日にはでるかもしれない」とそわそわしてしまう。乳首にはなんとなく乳腺みたいな穴が幾つか見えてきて、「ここから母乳が出るのかなぁ?」と無邪気に自分の胸を観察してしまう。これも今だけの楽しみである。ゆーゆーが生まれてしまったら、今のこんな気持ちさえ忘れてしまうのだろう。っていうか、こんなに大きくなっても胸がセクシーじゃないっていうのが不思議だ。生理前のちょっと張った感じみたいだったらなんかセクシーな胸、って思えるけれどもこの胸はほんと、乳出します、っていう感じなんだよなぁ。そして乳を出し終わったらどうなっちゃうんだろう・・・いやいや、今それを考えるのはやめよう、うん。しかし胸はセクシーじゃなくても、お腹は結構セクシーだったりする。胸よりも神秘的だ。今までの、ちょっと脂肪がのった筋肉つけても引き締めきれない感じのお腹の肌がぴーんと伸ばされて、ベイビーのところだけ美しく張り出し、立って鏡を覗くとお腹がとても美しく感じる。妊娠線予防のオイルを塗ると完璧。もうお腹がかっこよくてしょうがなくなってくる。一旦お腹がセクシーだと感じてしまうと、今度は洋服を着るに当たって「いかにお腹をセクシーに見せるか」ということに燃えてしまう。もう、隠すも何もないような雰囲気のお腹になってしまったので、無理に大きいシャツをきてお腹を隠すよりもわざと体とお腹にフィットするようなものを着ておなかの素晴らしいラインを人に見せびらかして歩きたくなる。・・・が、私のお腹はどうやらあんまり大きくないらしくぴったりしたのを着るとあんまり気付いてくれる人がいない。ただのお腹でてる人に思われるのかなぁ。気付いた人に「6ヶ月なの!」といっても「小さいよぉ~!」と言われてしまうので、そんなもんなのかもしれない。ちょっとがっかりである。しかしこの「セクシー路線」に反して「カジュアル路線」でこの前ちょっと大きめのマタニティー用のTシャツとカーゴパンツで過ごしていた時、とあるスーパーのトイレに入ろうとしたら私の1秒前にトイレに並んだ男性が「あ・・・!君は…」と洋服を見てトイレを先に譲ってくれた。あんまり意識していなかったが、その時初めて「おぉ~マタニティーって分かってもらえるとこんなに気にしてもらえるものなの?!」とうきうきした。それからすっかり人にマタニティーとして意識される、ということを期待してしまう。だが、とにかく、本当に意識してもらいたいのなら私の場合まだまだ「セクシー路線」じゃだめらしい。***私の咳は止まらない。今日で既に一週間が経った。ノリノリは先週半ばに咳と共に熱を出し、私はなんとか咳だけで耐えていたものの週末にはやはり熱を出し、「あぁ、これは気管支炎とか酷いと肺炎なみだなぁ」と涙を流しながら激しい咳をしつづけていた。産婦人科のナースに電話をしてなんの薬なら飲んでいいか聞くと「咳にはRobitussenかTheraFlu、熱を出したらタイレノ-ル」と言われた。それを聞いて慌ててファーマシーに行くとそこにはRobitussenもTheraFluもあったけれどもなんだか「普通」のRobitussenやTheraFluが無くて全てが「咳・胸の痛み用」「アレルギーフォーミュラ」「熱フォーミュラ」「咳と熱フォーミュラ」「6時間咳止め用」とかなんとか、一体どの種類のを買えばいいのかさっぱりわからない。タイレノールは一応「普通」という種類があるので迷わなかったが、後はどれを買えばいいのか分からず取り合えず「咳・胸の痛み用」を購入する。しかし、後で別のファーマシーで「妊娠しているけどドクターにこれは平気、と言われて買ったんだけど」とRobitussenを見せると「一体どんなドクターにかかってるわけ?良いわけないでしょ!」と言われた。混乱する。既にその時一回飲んでいた…。こちらはあまりの咳の激しさに息もまともに出来ず死に物狂いである。だめといわれても、あっちには良いと言われたし、あぁ、もう苦しくてそんなことを考える気が起こらない。何回も飲む事は結局気がひけたので大量のホールズを口に入れてなんとか気持ちだけしのぐ。喉を通り越して気管から大量の咳を発して私は苦しんでいるが、ゆーゆーはいたって元気のようである。お腹が激しく揺れつづけているせいか、どうやらそのリズムが気に入ったらしく「どどっ、どどっ、どどっ」といつに無く軽妙なリズムで暴れている。Kornを聞いていた時には、あの重低音がなんだか心に響いたらしくそのドラムの音にあわせて私のお腹の壁にぶつかっている。横になっているとゆーゆーの動きがもっと分かるようになる。お腹を出して観察していると蹴った時は目でも見えるぐらいお腹がぼよ~っと揺れるのでノリノリは面白がって、「あ、今ここ蹴ったね」「あ、今度はここ!」とまるでもぐらたたきのように私のお腹をぺんぺん叩いてゆーゆーと遊んでいる。私もときどき自分のお腹が動いているのが見えるのでその動きを見ると「は~~~っ。かわい~~~」と1人でうきうきしてしまう。ゆーゆーは私のお腹の右側に頭を置いて、それを中心に地球儀のようにくるくる回っているような気がする。時々、うつ伏せになって私の足側に体を向けてしまうと、蹴った時になんだが尿道を蹴られるらしく、私はちょっと変な気分である。トイレに行きたくないけど、トイレに無性に行きたくなったり、なんだか敏感なところを蹴られていてとっても不快である。ゆーゆーが大きくなるにつれてその不快度が増してきたので最近その辺を蹴られたときには「ちょっと~、ゆーゆー!お願いだから上向いてくれる?そこ蹴られると辛いんだよぉ。」と頼む。すると、ちょっと動きが静かになってしばらくすると蹴る位置が変わる。うむ、やっぱり頼んでみるものだな。本当に理解しているかどうかは別として、頼んだり合図を送ったりする事は結構大切だなぁ、と思う。その風邪で辛くて横になっていた先週のとある夕方、ゆーゆーはやっぱりまたお腹を蹴りまくって遊び始めた。私もお腹を叩き返して遊んでいたが、途中で叩いた後にお腹に手を置きっぱなしにしていた。すると、「もにゅもにゅっ」と自分の手が触れたお腹の下に、なんだか違う物体が私のお腹を隔てて触れ合った。「え、ゆーゆー?」その違う物体は私の手の下のお腹の中でむにゅむにゅしながらじーっとその肌を押し付けていた。お腹の左上の部分なので、これはきっと足に違いない。お腹を隔てているけれども、初めてのゆーゆーとのスキンシップに私も目をつぶってじーっとぬくもりを感じていた。→→→→またはUS Life Indexへ行ってみる→→
April 27, 2004
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安心して寝れます。みなさん、取り合えずごきげんよう!!!楽しい週末をね♪私は風邪を治します。
April 24, 2004
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→→→→→続き→→→→→さあ、今ここで現在ニュースによく出てくる主要な土地を皆さんに目で追っていただきましたが、この地図を眺めて都市をよーくよーく眺めているとバグダッド以外はユーフラテス=Euphrates川沿いにあります。川沿いには大きめの都市が出来るのは昔からの鉄則ですが、チグリス=Tigris川沿いの都市クット=Kut, アマラ=Amarahにも戦闘が起こっているのを見ると(Clashes Rise in Southern Iraqワシントンポストから)、川沿いの都市で現在かろうじて戦闘が起こっていないのはサマワだけになるのです。バグダッド以外の都市の戦闘状況悪化は大体3日頃から起こっていますので、サマワに戦闘が来る可能性はこの状態から推測すると随分高いと思われます。実際同じくサマワに駐在するオランダ軍のところに22日砲弾が打ち込まれたりしましたし(今月に入ってから外国部隊への攻撃が増えているこれ・これ・またはこれ)、サドル師掃討からデモも行われていますし(これ)、自衛隊が派遣された初期の頃以上にイラクの全ての都市の治安が悪化しているのは一目瞭然のこととなります。今回の拘束事件はどちらかというとこのことに目を覚まさせてくれたよい機会だったとも言えるかもしれません。少なくとも「日本人」が拘束された事で沢山の人がイラクの現状に目を向けるきっかけとなったのですから。<小泉政権は知っている>とにかくこの記事でもほのめかしてありますけれども、このような切羽詰った状況の中で自衛隊の方々が活動しているのは本当に危険であり、彼らは治安維持活動が出来ませんので一国民として私は隊員の方々が心配でしょうがありません。私は危険な地にわざわざボランティアを進んで行かれた邦人の方は偉いと思っていますし、同じように危険な地にわざわざボランティアとして志願して行かれた自衛隊の隊員の方々も偉いと思っていますので、もし、隊員の方々に何かが起こったら「自己責任」などと隊員の方々を決して責めることはありません。しかし、もし本当に隊員の方達に何か起こった時、それを決めた日本政府を「自己責任」だ!とか「セキュリティーの管理がなってない」とかで責めたところでその事態が回復されるのでしょうか。今回の「邦人拘束事件」で自衛隊は撤退することはありませんでしたが、自衛隊が随分危険な状態を迎えつつある、というのは実は小泉政権も今回のことを通じて十分察しているように思われます。もちろんそんなことは大きな声を出して国民に言うわけはありませんからこっそりですけれども、現在小泉政権は大変な決断の時を迎えているのでは?と私は推測します。ここ数日の日本政府の動きをちょっと見てみますと、アメリカがこの方針(大統領選挙を見越しているという見方もあるが)を4月16日に出してから直ぐ、こんな記事や(国連主導を米に働き掛け 首相、国内テロ警備強化 産経 4/22)、こんな記事や(小泉首相:イラク復興「仏独露」参加を後押し サミット 毎日 4/22)、こんな記事(小泉首相:米主導イラク再建、限界を認識 国連主導後押し 毎日 4/24)が出されていて「国連主導を米国に働きかけ」ている様子が伺われます。米国のニュアンスと違って小泉首相は「国連主導」には「仏・独・露」を取り入れてと発言されていますが、よく考えてみるとその国々の中で兵隊をイラクに派遣している国はありませんね。しかもスペイン軍は撤退し始めています。ですから「国連を中心」を持ち出すことでフランス、ドイツ、ロシアを含めて新たな外国治安部隊をイラクに取り入れることができるかもしれない、という意図を感じる事ができます。それが成功すれば、イラクの事態が沈静化されるかもしれませんが、この記事(国連事務総長、イラクへの大規模チーム派遣は不可能 日経 4/13)に述べられているように国連チームでさえも派遣が無理な土地に突然国連を中心にした部隊を直ぐ集めるのはほぼ不可能です。しかも今起こっている混乱が実際国連主導にすることで早急に治まるかというと、これは明日明後日に起こったことではないので、まず治まることはないでしょう。国連を中心にした治安部隊が到着して自衛隊を守ってくれる方が先か、もしくはこの混乱の中サマワにいる自衛隊が攻撃されるのが先か、未来はわかりませんので私はどちらとは意見をここではいいませんが、ただ一ついえることはこの記事(イラク自衛隊派遣 主権移譲後も継続 東京 4/23)に書いてある、6月主権移動後まで自衛隊を駐在させるという小泉首相の発言の意図の裏には大きな「賭け」が入っていると私は考えます。その「賭け」のような、戦闘に巻き込まれるか巻き込まれないかの状態の中で自衛隊がどこまで「復興」活動できるかは疑問です。そしてわざわざあちらに向かわれた隊員さん一人一人の命を「賭け」で左右させてしまうのはとても辛い事ですね。もし、戦闘に巻き込まれて自衛隊が自分の命を守る為武器を使って攻撃した時、「復興活動」が目的の自衛隊は他の「治安維持」活動をしている外国人部隊と同じように「武器を使う武装した外国人の軍隊」としてイラク人の目には映ることでしょう。そんな事態になってしまうと自衛隊のイラク駐在は違憲そのものになりますから、日本政府はこの事態を正当化させるために憲法改正を叫ぶ可能性もありますね。今回の日本人拘束事件も「被害者がいけない、何が起こってもしょうがない」という雰囲気の世論でしたから、もしかしたら自衛隊に被害が出ても、「被害者が出てもイラクは戦場だ、国際社会の一員になるためには多少の被害者はしょうがない」という同じような世論になって、「国益」だとかそんな理由をつけて自衛隊を様々な場所にどんどん派遣しアメリカ追従を続けるようになるのかもしれません。実はそういう流れになってしまえば最初から「自衛隊派遣はイラク人の為でもなく、日本国民一人一人の為でもなかった」ということが証明されてしまいますね。う~ん、それはアメリカが今回のイラク戦争はアメリカ国民を恐怖に陥れる大量破壊兵器をフセインが持っているから攻撃した、と言いながら見つけられず、イラク国民をフセインから解放してあげたんだ、と言ってもイラク人に感謝されていない現状をみる限り「この戦争は最初からアメリカ国民一人一人の為でも、イラク国民の為でもなかった」って証明しているのとほぼ同じことになってしまうのかもしれません。***今回の邦人拘束事件は、蚊帳の外から見ていたイラクの現状を「日本人」が拘束された、つまり半戦闘状態に巻き込まれた、ということで沢山の人々がイラクの現状を直面した重要な事件だったと私は思います。そして、沢山の様々な意見を持った方々がその場の「感情的」な意見や日本人に対する意見だけにとどまらず、国際政治の大局を見据えたり世界の将来を考えたりする、いいチャンスになればいいなぁと心から思います。なぜなら、幾ら「日本の為」だとか「日本の国益」だとか言っても世界の国々があるからこそ日本という国が成り立つわけであるし、特にイラク問題は世界中が関与していますので各国の動向を見ていかないとなかなか本当の日本の姿や将来を探っていくのはとても難しいことであるからです。そしてかなり緊迫して迫っているイラクでの状態をこの拘束事件だけに捕らわれて見逃してしまっては私達はただの「世論」として結局政治家の手の上で転がされてしまうだけなのではないか?と私は考えるわけです。*個人の日記ですので乱筆・乱文・誤字・脱字、どうぞお許しくださいね。→→→→参考記事の一覧に行く→→→→♪♪♪テーマからこの日記に来てみんパイのことを全然知らないそこのあなたの為に!♪♪♪→→→→取り合えず全く関係ない他の日記に進んでみる→→→→→→→→取り合えずおいしそうなトマト同盟に行ってみる→→→→→→→取り合えず気晴らしにぽぽぽっきの絵でも見てみる→→→→→→→取り合えず感動の妊娠日記の始まりに行ってみる→→→→→→→→取り合えずみんパイの職場の様子を読んでみる→→→→→→→取り合えずアメリカにいるよくわからない日本人の話でも読んでみる→→→→→→→→取り合えずみんパイの苦労話でも読んでみる→→→→→→→取り合えずみんパイがどんな人々をリンクしているか見てみる→→→→→→→取り合えずトップページにでも行っておく→→→
April 23, 2004
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く、くるしい・・・のどが痛くて息ができません。ひさびさに頭の使いすぎでしょうか。でも、ノリノリも風邪ひいて、熱を出していました。うつしっこしないよう別々の部屋に火曜日から寝ていますがあんまり効果がない模様。週末には復活するようがんばるぞ~
April 22, 2004
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→→→→→続き→→→→→カナダ人ではもう一人拘束されていてもう一人の方の安否はまだわかりません。カナダの世論は当然ですが(ここで当然、と書くのは世界の新聞の風潮は「ボランティアに行った日本人」を責めるのはおかしいという記事の方が多いですから)拘束されたボランティアの方を責める風潮はありません。そしてまた、時々この拘束された人々の自己責任に対して「NGOのセキュリティーシステム自体が甘かったのではないか。NGOの自己管理が足りない」という指摘も見かけますが、これだけ様々な種類の拘束者が今回いますと、それは同じようにセキュリティー会社やテレビのジャーナリスト達、配管行員、エネルギー会社の社員、そして兵隊まで自己管理が足りなかったことになってしまいます。もちろん、NGOに対する非常時のセキュリティーシステムは今後も大変重要な課題になると思いますが、今回の拘束事件がNGOの自己管理が足りないせいである、というのはこの状態から見ていくととても言い切れるものではありません。ここで読み取れるのは「自己管理」をいちいち責任追及していく間もなくこれだけの人が拘束されてしまうと言う、イラクの何か切羽詰った状態であるのだと私は考えます。どちらにしても家族がどんな要求をどんな形でしたとしても、上の全ての方々のケースから分かるように軍隊が撤退されたり何か違うことが起こったという変化は政府からはありませんから、イラクの武装集団がしていることは無駄なことだとはっきり言えるでしょう。そしてまた、拘束が多発した初期の頃と違って数日経つごとに沢山の拘束者がまた解放されました。ここで一役買ったのがスンニ派のイラク・イスラム協会のクバイシ師(クバイシという名前より通称はAbdel Satar Abdel Jabarと呼ばれているようですね。)というとある指導者の方です。彼がいなければこれだけ沢山の方々が解放されたということはなかったでしょうけれども、日本政府が「日本国民」の為の「迷惑」をあれだけ主張しているにもかかわらず同じく「日本国民」を助けてくれたとして彼に「感謝」の意を述べていないというのは最初から全自国民を大切にしていない、と言う態度の表れなのかもしれません。ところでさきほどちらっと書きましたが、そのクバイシ師が管轄するスンニ派というのはどういう派かと言うと、イラクではマイノリティーの派でかつてフセイン政権はこのスンニ派で作られたバース党という政党で活動していました。イラクの大多数の方はシーア派。と、いうことは武装集団はスンニ派の指導者のいうことを聞くということですから、今回の拘束劇の動きを動かしているのはスンニ派ですね。ちなみにこの事件のほぼ発端になっているサドル師はシーア派です。シーア派はイランにも多数いまして、こんな記事もありますけれどもイランと随分前から中のいい派です。今回米国がシーア派のサドル師を攻撃しているのは、もし彼が政権を握ってしまうとイランと同様に米国の言うことを聞かない国(いわばアメリカが望んでる「アメリカ追従民主主義」の国)になってしまうのでそんな指導者は排除してしまえというのが理由でしょう。しかしそのやり方があまりにも突然で卑怯でしたので、仲の悪かったシーア派とスンニ派は「反米」ということで共闘しているようです。<今、「拘束された人の自己責任」という話題の裏に隠れてしまっているもの>「自己責任」に関しては私でなくとも既に沢山の人々が論理を展開されていますので私は敢えて説明したりしませんが、私が付け足すのならば、「拘束された人の自己責任」や「迷惑」でお怒りになっている方は一体誰の何に対する迷惑なのでしょうか?という疑問をもう少し考えてみてみたほうがいいのでは、ということですね。救出費用に使われた「日本国民」の税金に対する迷惑ですか?それとも「日本国民」が拘束された彼らに「心配させられた」という迷惑なのでしょうか?もし税金が迷惑だというのなら、こんな記事(外交機密費で在外公館用に3890万円の日本画購入)とかこんな記事(官房機密費の関連文書開示 疑念ぬぐえず)とかこんな記事(中川氏、官房機密費疑惑を否定)とかもありますけれども、そんな用途不明なお金よりわざわざボランティアに向かわれた日本人の方々の救出に使われたお金が気に食わないのでしょうか。自衛隊の撤退を家族がテレビに出て要請したのが気に食わないのでしょうか。そしたら皆さんは直接「迷惑」を掛けられたわけではないですよね。昔、電X少年という番組で江X2:50が裸になったり結婚詐欺まがいな企画をトルコでして沢山の方が「迷惑」だと思われたと思いますが、それとどちらかが「迷惑」なのでしょうか。一体誰の何に対する迷惑なのでしょう。とにかく拘束された日本人の方々を「迷惑」と思うのはそれはあなたの「感じる事」であり「感情」であるから別に何を思うかは自由ですし、お好きなように思えばいいと私は本当に思っています。ですけれどもここで、その皆さんがもたれている様々な「感情」とは別にこの「自己責任議論」の裏にある次の事柄を私は指摘していきたいと思います。とにかく、幾ら議論したり感じたところでそれは「日本国民」に対する「迷惑」の話ですから、それは「イラクの方々」の「迷惑」の話ではありませんね。行き拘束された大勢の方々は一応「イラクの人々」に「迷惑」を掛けるためにあそこにいるわけではありません。もし武装をしていない彼らがあそこで「迷惑」というのならば武装していてイラクの人々を武力で統制しようとしている各国の軍隊の方々はもっとイラクの人々にとって迷惑な人達でしょうね。その治安維持の為に破壊行為を繰り返し、またそれがイラクの武装集団との戦いの連鎖となり、丁度去年の今の時期に終戦宣言がブッシュ大統領から出されていますがその時よりも随分酷い状態になっています。フセインがいなくなってイラクの人々を「解放した」として、イラクの人々も喜んでいたはずだったのですが一体なんで今でもこんな状態になってしまったのでしょう?日本の自衛隊は表向き、そんな「戦闘が終結」したはずのイラク南部、サマワにその破壊されたものを復興する為に派遣されました。立派なボランティアです。「今の時期イラクにボランティアに行くなんて…他にもボランティアしなければいけないところは沢山あるのに…」と沢山の方々が拘束された人々に対しての感情を述べていますが、自衛隊もそんな「今の時期」にわざわざあちらに向かっています。自費ではなく税金です。でも私はイラクの困っている人々にボランティアをするのは素晴らしいことだと思いますので、ここで自衛隊のしている「ボランティア」が「迷惑」だとか「考えなし」だとかそんなことは絶対言いません。(裏向き、自衛隊が「アメリカ支援」と伴い推測される「日本の国益」の為に派遣されているという事実に関して、またわざわざ武装して復興作業が成り立つのか、この記事によると復興活動は縮小されてしまいますのでそんな事態で復興作業が続けられるのか、サマワの人々の自衛隊支持率低下などはまた別の話ですが)はい、それでは皆さんにイラクの状況をもっと知っていただく為にこの地図を見て頂きたいと思います。(いや、何もこの地図に限らなくてもいいのですけど現地っぽい地図の方が実感沸きますね。)自衛隊の派遣されている「サマワ=Samawah」を見つけられましたか?イラク全体の地図から南の下のほう「Al Mutanna」という地域の上の方にあります。見つけられたら「バグダッド=Baghdad」を探してみてください。イラク全体の真ん中、右よりにあります。見つけられましたか?そこが、去年からずーっと戦闘地域になっている場所です。フセインの銅像とか倒されましたね。ここです。知ってのとおり首都ですね。それでは、次に「ファルージャ=Fallujah」を探してみてください。バグダッドから左にちょっとだけ離れたところにあります。この距離大体70kmぐらいでしょうか。70kmというと東京から小田原ぐらいでしょうか。さて、そこが只今米軍の「サドル師掃討作戦」で大変なことになっている場所です。3月28日頃から始まったこの反米勢力掃討作戦を発端として、その3日後31日に暴徒化したイラク人がアメリカ人を4人を殺し焼死体を引きずりまわしたり、釣る下げたりする残酷な事件がおこりました。そしてそれから一ヶ月の間に報復としてこの一ヶ月にイラクの民間人約600人が殺されたり、そのイラク人の暴徒化によりアメリカ兵は100人以上が亡くなったと言われています。(USA Todayからこんな記事がでています)ちなみに最初の日本人3人が拘束されたのはこのファルージャから大して離れていない少し北西、左上にある「ラマディ=Ramadi」です。他にも沢山の人々がこの辺りバグダッド、ファルージャ、ラマディで拘束されています。次に、「ナジャフ=Najaf」を探してみてください。バグダッドから130キロほど真っ直ぐ南に下がったところにあります。現在そこではそのサドル師掃討作戦が始まってから、ファルージャを去ってサドル師はこの都市に移りそれと共に米兵もこちらに移動し この記事(ナジャフで全面衝突の懸念 米軍とサドル師の民兵 共同 4/19)に言われているとおりアメリカ軍との緊張が続いています。それでは次は「ナーシリヤ=Nasiriyah」を見つけてみてください。ナジャフから南東、右下に120キロほど離れた地点に「サマワ」がありますがそのサマワから真っ直ぐ東に90km行ったところにあります。現在ここではイタリア軍が駐在しており、韓国の人権活動家と米軍基地で働いていたイギリス人が誘拐された場所でもあります。4月6日にはこんな事件(イラク戦闘、中南部で拡大 シーア強硬派と駐留軍 共同)も起こっています。そして、最後にナーシリヤから150kmほど南東、右下に下がってみてください。そこに「バスラ=Basrah」があります。そこでは4月21日に爆発が起こったばかりで68人が死亡、約100人が負傷しました。(Basra bombs kill at least 68 Iraqis CNN News)しかしこれにはアルカイーダが関与している可能性もあるようです。(バスラ自爆テロで5人逮捕、アルカイダに関係と供述 日経 4/23)→→→→→続く→→→→→
April 21, 2004
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整理するためにきっちり思うことを書いてみたいと思います。あんまり書いていることが伝わらないと腑に落ちませんのでなるべく細かく思ったこと・分析したこと・そして核心に近づいて考えてみたいことなどを自分なりにまとめようと思います。人にはいろいろな視点がありますし、もう沢山の人がこのことについて書いていますし、私の視点はまたその一部に過ぎませんから書いたところで何が起こるとかそんなことはありませんが、少しでも皆さんの視点の幅を広げるタシになればいいなぁ、と思う限りです。これを読んで感想を書き込みたい方は歓迎ですが、しっかり最後まで読んで内容を理解してから良識のある書き込みをして頂きたいと思います。(前回あまりにもくだらない書き込みが多かった為)あと、一番最後に今回のこのシリーズを書く為に使った参考記事の一覧リストをつけてあります。***<はじめに。「邦人人質事件」は氷山の一角ですね。>日本人の3人が人質になった、というニュースを聞いたとき、沢山の方々が「え?なぜ日本人が誘拐?どういうこと?」という印象だったと思います。そこで詳しく情報を見て見ますと「日本人の民間人」が誘拐されたということです。ここで「イラクは戦争状態にある」という認識を持っていれば「なぜそんなところに日本人が行ってるのか・・・?」とそんな考えになります。「あんな戦争状態の場所に行ってしまえば、誘拐なんて起こっても当然だろう。あんなところに行っているのが馬鹿だ…」とそんな気持ちに誰もがなると思います。私も最初のイメージはこんな感じだったということは否定しません。しかし、次によーくこの情報について読んでみますと「誘拐されたのはジャーナリスト、カメラマン、ボランティア」となっています。この戦渦の中、あそこにいるジャーナリストは決して少なくありません。世界中からジャーナリストやカメラマン、もしくはボランティアが向かっていることでしょう。そして大体、そこにわざわざ行っているような民間人のジャーナリストはあちらの戦場の様子を世界中に伝えるべくイラクにいるほかの人々と同様大変な思いをして現地で生き抜いています。あそこにいる兵士達のように武装をしているわけではありませんからどちらかと言うとイラク国民側にたって状況を見ていることでしょう。一体なんでたってそんな人たちが拘束されてしまったのか?ちょっと何かがおかしいな?ともう少し知識がある方は思ったと思います。そこで、それと共に現れたのが「自衛隊を撤退させろ」との武装集団からの日本政府へ要求でした。ここでこの情報をストップさせますと、大体民間人のジャーナリストやボランティアと方々は戦争反対の方が多いだろうし、自衛隊が派遣された時も国内半々で随分揉めていましたから「民間人が人質になった挙句、自衛隊撤退の要求がでているのだから(しかも自衛隊は米兵と共に戦っているわけではないのでわけの分からない要求であるし)、これは体を張ってのパフォーマンスか?」と「自作自演」説が生まれてきます。人質が助かる一つの条件として「自衛隊撤退」がだされてしまったのですから、人質をどうしても助けたいご家族の方はもちろん真っ先に「とにかく撤退させてくれ~」と要求します。わざわざイラクの戦渦にいる人々をレポートまたは助ける為に人質の方々があちらに言ったのは家族だって当然分かっていますから、そしてその方たちが最初から自衛隊派遣に賛成じゃなかった、なんてことも大体予想がつきますから、家族としては自衛隊を撤退させるという決断を政府がしてくれて人質が助かったのであればそんな素晴らしいことはないでしょう。親族の気持ちとしては当然ですが、それを見た親族の人でない人々は彼らの色々な「個人情報」をやりとりしていかに彼らが無駄なことをしているのか、いかに策略的に見えるか、感情的にこの事件について語り合います。しかし、ここでもう少しこの事件の様子を見てみますと、この人質事件に関しては実は日本人だけではなくて他の国の沢山の外国人・イラク人が誘拐されていることが判明します。それもほとんどが民間人です。もちろん全員がボランティアでもジャーナリストでもありません。いろいろな事情でイラクに入った人々ばかりです。今思えば、邦人誘拐が最初の誘拐ではありませんでした。4日の時点で韓国人人権活動家2人が拘束されていますし、日本人が拘束された7日とほぼ同時期に韓国の宣教師達や中国人、スペイン人、カナダ人が拘束されていますし、アメリカの兵士も民間人もイタリアの民間人も次々と拘束されていきました。この表を参考(朝日新聞から) (いろいろな情報を見る限り、この表の日付、人数が完全に正しい情報とは言えないが誘拐された事実自体はあっている模様)数日間の間で一気に沢山の外国人が拘束されていた事をよく考えてみれば「日本人拘束はその一環だったんだ」ということは当然ながら浮かび上がります。そして武装集団があまり考えなくランダムに外国人を拘束している姿も浮かび上がります。つかまった方々は軍人や政府関係の方ではなく殆どがイラクの為に何かしている外国人だったわけですから武装集団のしている行為は政府を動かしたりするには何の効力もないように見受けましたし、どちらかというとそういう方々を見境なく拘束している彼らに対して「一体何が起こったんだ?どういうリーダーがついているのだ?」と、この事件を追っていけばいくほど「拘束された人々の実態」よりも「武装集団がしようとしていること」の方に目が向かいます。特に拘束されたその各国の人々の情報を辿っていけばこのことはなおさら鮮明になり、この時点で「拘束された日本人がおかしい」とか「拘束された日本人が何かを企んでいる」とかそういう理論は殆ど消えてしまうのです。<どんな人々が拘束されたのか。>私の以前の日記の感想に対してそのとらわれた民間人達を調べもしないで、>おちゃらけてゲーム感覚で行った奴がどうなろうと知った事ではありません。と勝手なことを乱暴に書き込まれた人がいましたが、沢山の方がその拘束された日本人の方を「あんなところにいくなんて…」と考えるのと同様、そんな状態のイラクにゲーム感覚で行く人などいません。(幾ら金持ちだろうと親から金をサポートしてもらっていようとそんな軽い気持ちで行けるボランティアの場所ではありません) 例えば、アメリカ人で拘束された人に関してはこんな(暗いニュースリンクから)記事もあり、泣く泣くイラクに行った方もいます。しかしこの方が働くハリバートンという会社は「イラク復興」を現在アメリカ政府から請け負っている会社で、アメリカのチェイニー現副大統領はその会社から元CEOをしていたということで今でも178,437ドル(約1,942万円)の報酬(同じく暗いニュースリンクからの引用)を貰っており、アメリカのニュース番組でその方の家族がどんなに泣きながら人質の命の無事や解放や助けを請うても副大統領のコネで「イラク復興」のお金を貰っているような会社はその人質の為に撤退しませんし、政府はもちろん何もしません。ちなみに彼と同じようにその会社から拘束されたアメリカ人は彼を含め全部で7人で、そのうち3人は(記事により4人とされているものもある)既に殺害され遺体も確認されたとNew York Timesの記事には書かれています。しかも4/12のこの記事を読めばわかりますが、このアメリカ人のハミルさんと言う方はアルジャジャーラ放送で拘束されている姿をビデオに流され「12時間以内にアメリカの軍隊がファルージャから出て行かないと私は殺される。」と訴えています。記事によると、ハミルさんは武装集団にもきちんと扱われていて大丈夫だとも伝えています。もちろんアメリカ軍隊は去りもしませんでしたが。(彼の生死はまだ不明)イタリア人は4人拘束されていて一人殺されていますが、彼らはどういう経歴の方だったかと言うと全員アメリカの警備請負会社で働く警備員で、Mujahideen Brigadeというグループに拘束されました。そのMujahideen Brigadeは日本人を拘束したグループ(またはフランス人ジャーナリストを拘束したグループ)と全く同じ名前です。そして皆さんも知ってのとおり、イタリアも軍隊撤退を要求されました。まだ生存していると言われている他の3人のうちの1人の父親は、地元の列車を止めたり道路で立ち往生して「人質が亡くなる前に考え直せ!!!」と政府にアピールしています。(この記事を参照・イタリア語の新聞が英語に翻訳されます)首相は家族達と電話で会談したようですね。軍は撤退しないようですけれども。さすがに列車は止めないでしょうが、私が人質の家族であれば何かできる限りのことをしますね。チェコスロバキア人で拘束されたのは3人のジャーナリスト。拘束されたウクライナ人3人とロシア人5人はInterenergoservisというエネルギーの民間会社の社員達。フランス人はCAPAテレビのジャーナリストです。Mujahideen Brigadeと呼ばれている武装集団の他にもJihad Squadrons, the National Islamic Resistance、the Imam Rifai Brigadesという3つのグループがいてそれらも今回の拘束劇に関わっている可能性が高いと言われています。(この記事参照)しかし彼らは全て無名の武装集団であり、結局裏にはAnsar al-Islamと呼ばれる元フセイン大統領の私兵組織ともささやかれています。(なぜなら彼らはスンニ派だからです)4/11に拘束されたデンマーク人の配管工員は4/21に死体で発見されました。35歳。その5日前の16日にはデンマークの兵隊もパトロール中に殺されています。410人の兵隊がデンマークから派遣されていますが、彼らの駐屯地は本日4/22に爆発の起こったバスラです。カナダ人では7日と最近に2人拘束されていかすが、彼らは日本人と同じような人権活動家です。カナダのCNEWSの記事によると最初の一人はInternational Rescue Committeeというニューヨーク基盤のNGOに働いている方でナジャフで子供達を助けていたとのこと。カナダ政府の協力、イラク・イスラム聖職者協会の助けもあり9日に解放されました。カナダは兵を派遣してアメリカをサポートしていなかったので何か要求などはされませんでしたが、彼自身は元々シリア出身のカナダ人だった為「イスラエルのスパイ」などと疑いを掛けられたりしました。(この話を聞いてイラクの武装集団はイスラエルの状態においても随分神経を尖らせている事が伺われます)彼の話によると42人ほど拘束されている外国人は殆ど人権活動家であり、パキスタン人も拘束されていたとのこと。(この拘束されたファダルさんはインド系のカナダ移民で見かけはインド人風です。パキスタンの方も同じような顔立ちをされていますので多分同じ「イスラエルのスパイ」疑惑で拘束されていたのかもしれません)イラクの子供達は病気、食べ物、水や電気の不足で大変な状態にあるということで、まだいつかは決めていませんが必ずイラクに戻ってNGO活動を再開させたいとの事です。→→→続く→→→
April 20, 2004
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ひさびさにぽぽぽっきから投稿がやってきました。あまりにも連絡が来ないからもうさすらいの地で遊びほうけて私のページなど忘れてしまっていると思っていました。せっかくですので、日記にアップさせていただきます。たまにはこんなのもいいでしょう!ぽぽぽっきからのコメント****私の創造の中に生きているうつぼを描いてみました。わかってます。現実は違うって。だけど、夢を見させて下さい。夢、すなわちメルヘンである証拠にご覧下さい。この鮮やかなうつぼ。鮮やかな海。かわいい瞳。その瞳は、周りのかわいい魚達をふれあうことでますます輝いているのです。だけどね、意外にこれ、速く泳いでいるんです。鮮やかな海に見えて、実は頑張っている。そこに現実の厳しさを感じます。夢と現実を表すビバぽぽっき!**** →→→→ぽぽぽっきのパイナップルブラウンに行ってみる
April 19, 2004
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makhさんからご紹介いただいたレシピでございます。**************そうそう、トマトねたですがね。トマトといえば、ドライドトマト好き?あたしはセミドライトマトが死ぬほど好きなんだ。オリーブと、フェタチーズと、セミドライドトマトと、ハンガリアンサラミと、シェイブドパルメザンのサラダをほとんど毎日のように食べているよ。(4月19日16時31分)****************************と、いうことでございます。上の材料を和えるだけと思われます。おいしそうですねぇ。どうもありがとう!セミドライドトマトは、サンドライドトマトとちょっと違って多分オリーブオイル漬けみたいになっていますし、オリーブ、フェタチーズ、サラミ、パルメザンチーズも塩が結構入っていますので、取り立てて塩を入れて味付けする事はないと思われます。あえて欲しければ、胡椒かビネガーくらいかもしれませんね。みんパイは本日作ろうとしたのですが、セミドライドトマトがあまりにも高価で今日はあきらめて帰って参りました。日本ではどのくらいの値段で買えるのでしょうか。ふと思いましたが、ピザにのっけてもおいしそうですねぇ。これを作った方のご感想もお待ちしております!!!++++TOMATO同盟TOPへ行く++++
April 18, 2004
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ひとつ書き忘れたのだが、先日超音波検査を受けた時に私達が画面をのぞいているとゆーゆーは二つの手を折り曲げていて手を振っていた・・・!後にもらった写真はがい骨のようだけれどもやっぱりかわいく私には見えるのだった。***朗読がもともと好きなので毎晩のように寝る前、絵本やお話を声に出して読むことにしている。そして例のベイビートークとやらを使って「8月11日に、おじいさんとおばあさんと(私の両親)ダディーと(ノリノリ)皆で一緒に逢おうね!」と語る。何処かの情報で毎日日付を言ったり、誰々がいる時に、とか指定して語りかけていると現実になるそうだ。ほんとかどうか、それはお楽しみ。いつも日記を読んで下さっている皆さんの興味も預かって私はすすんで実験してみようと思う!果たしてゆーゆーはお願いどおりに生まれてきてくれるのでしょうか。こうご期待!私の両親は既に航空券を買い終えているのです。ゆーゆーが生まれる日を動かすわけにはいきません!
April 17, 2004
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ファラフェルは中東の豆ミートボールです。ベジタリアンの食生活を楽しむためには数少ないたんぱく質の多いおかずであり、また肉ばかりの生活に飽きた時丁度よい食事でもあります。今回は、そのファラフェルとそれにかける簡単なソースとしてトマトを入れたヨーグルトをご紹介致します。**************+++トマトヨーグルト+++生のトマト 好きな分だけにんにく ちょっとレモン汁 多め低糖または無糖ヨーグルト 欲しい量に見合うだけ塩・こしょうトマトを細かくみじん切りにする。すりおろしたにんにくをレモン汁と和えて、ヨーグルトを入れてかき混ぜる。お好みで塩・こしょうで味をつける。(このソースはタヒニソースの応用です。本場はタヒニソースと言って、ヨーグルトの代わりにタヒニ<ゴマのペースト>を入れます。トマトは入れるとすっきりするからみんパイが勝手に付け加えました。ヨーグルトレシピですとキューカンバーソースの代わりに、Gyro<イロ>というラム肉のサンドイッチにも使えます。)+++ファラフェル+++*より簡単にするにはファラフェルミックスを使うのがお勧めですヒヨコマメの缶詰 または 手に入らない人にはおからにんにくクミン または カレー粉胡椒水っぽくないもので何か混ぜてみたいものがあったらお好みでトライヒヨコマメの缶詰はしっかり水を切り、フードプロセッサーで細かいペーストにする。(おからには必要ありませんね。水分だけ気をつけてください。しかし水を切りすぎると具がくっつきませんのでそれも気をつけて。)すったにんにくとクミン(カレー粉)、胡椒をペーストに混ぜ(何か足したい食品はこのときに足す)硬さを確認する。水っぽくなくてスプーンですくってちょっと手で移動させればぽとっ、と落ちるぐらいが最適の堅さ。揚げ物用の鍋に油を熱して、ちょっと落として泡が立つぐらいになったら、揚げ始め。手で丸めると食感がカチカチになってちょっと噛みづらいので、スプーンですくって軽く手で形をととのえ、固めないでそのまま揚げてしまうのが良い。時間もかからないし、さっさか揚がっていきます。揚がったらペーパータオルなどで余分な油を落とし、温かいうちにソースをかけてどうぞ!ピタパン等にレタスと共にはさんでもいいですが、おかずにするならサンドイッチではなく、メインのおかずにして食べまくった方がいいと思います。好きになったらやみつきの一品~!****************************+++ご感想もお待ちしております+++++++TOMATO同盟TOPへ行く++++
April 16, 2004
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「M!検査が終わったら間違いなくドクターに『結果を持ってきたから会わせて下さい』って言うのよ!検査が終わってから直ぐ帰ってきちゃ駄目、ちゃんとドクターと話して説明して貰いなさいね。」先週の検診でゆーゆーの心臓にちょっとした不明の跡があると言われ、気にするのはやめようと思っていても一人で溜め込むのが辛くて、Janにもこのことを打ち明けていた。それから彼女も随分心配したらしく、週末が明けた時私のところにやってきて開口一番「いろいろ考えていたけど、やっぱりドクターの99.99%の言葉を信じましょうよ。」と言った。そして彼女も私が受ける今日の超音波検査の結果をとても気にしていた。受けたらさっさか帰宅しよう、と確かに私は考えていたのでJanに言われて初めて「そうだった、私はこの一週間こんなに気にしていたのにドクターと話もしないで家に帰るわけにはいかないな」と気付いた。ありがとう、ちゃんと言ってみる、と彼女に伝えると私のことが信用できないらしく「絶対恥ずかしがっちゃ駄目よ!必ず言うのよ!」と念に念を押してくれた。はい、ママ。その通り。そのぐらい言ってくれないと私、勇気でないもの。明日から彼女は両親に会いにボストンへ旅立ち、今日の午後は長男を歯医者に送らなければならずどうしても付き添いにはなれなかった。心配してくれている彼女の気持ちが痛いほど分かるので、終わったらどうだったか連絡するね、と約束した。時間になるとノリノリから連絡が来たので、じゃぁまた、電話でね!とJanと別れ、私は慌ててビルを降りて迎えの車に飛び乗った。ゆーゆーは相変わらず元気だった。車の中でも病院に着いてもおなかで遊んでいてそんな様子を伝えるとノリノリも「あぁ、こんな時でも暴れてるベイビーなんてほんと先が思いやられるなぁ。」と苦笑いした。私のドクターから直接専門医にアポイントが入っているのでどうやらしっかり話が通っているらしく、今までの検査と違いビルのフロアに着くとすぐ検査室に通された。検査室に通ると全然待ち時間もなく女性の検査官がさっとやってきて明るく挨拶した。彼女は簡単に、ダウン症のスクリーン検査を受けたかどうか、家族・親戚にダウン症の方がいるかどうか、家族に心臓病の方がいるかどうかを聞いた。私達は全部該当しなかったのでいいえ、と答え、それが終わると彼女はてきぱきと超音波検査を始めた。おなかに人肌に温めてあったジェルを塗って、早速スキャナーを当てるとゆーゆーの頭や背骨が画面に現れた。彼女は「それではちょっといろいろ計るからね」と頭の大きさ、脳の大きさ、手足の長さなどなどをどんどんズームし固定して、写真を撮り始めた。以前の検査と違ってあまりにもてきぱきしているのでノリノリと私は驚いてぽかんと画面を見つめている。「ここが心臓なのね。」と彼女はぴくぴく脈をうっているゆーゆーの心臓を映し出した。小さい心臓がぴくぴくしているのを見るとノリノリも私もは~っ、かわいい…と見とれてしまう。検査官はさらにゆーゆーの心臓をクローズアップした。「あ、あったわね。白い点。」画面を見ると心臓の左右両方の部屋に一つずつ米粒のような白い点があった。くっきり写っている。う~ん、一体何なのだろう?やっぱりあった。間違いじゃなかった。白い点があっても元気に動いている心臓を見ていると、それに問題があったと思うことさえ忘れてしまう。ゆーゆーの体がいろいろ写っているが、これが自分のベイビーなのだと思うだけでその会えたうれしさで一杯になり、やっぱり問題あるとかないとかそんなことがどうでもよくなって来てしまう。ゆーゆーは足をクロスにしていて、この時ばかりは意外にじーっとしていた。ノリノリと私は(実はノリノリは画面に何が映っているか殆ど理解できていないみたいだったが)彼女が次々と映し出す画面をじーっと見ていた。私はふと「あの、この前の検査で男の子って言われたんですけど、本当かどうか見ていただけます?」と聞いてみた。検査官は「もちろん!知りたいなら喜んで。」と早速スキャナーを動かし始めた。私は前回男の子といわれた時「証拠」を見ていなかったので確信半分、ちょっと疑っていた。どきどきしながら画面を見ているとぼぼ~ん、とおしりから先に行ったとこにくっついてる丸いボールが現れたのだった!!!やっぱりあったっ!内心(はっきり見てしまったぁ~)と動揺したが検査官の彼女は先の三角の物体をきちんと画面に映し出すとノリノリに「ほら~!男の子ですよぉ~」と教えてあげた。画面がよく分かっていないノリノリもその「三角の物体」はどうやら認識したようで「おぉ~ほんとですねぇ。」とのんきに声を上げた。おめでとう!と検査官。私達もありがとう!とお礼を言う。前回の軽いショックとは違い、今度はやっぱり男の子だった!という安堵の気持ちで一杯だ。検査が終わると彼女は去り、今度は専門のドクターが現れた。背が高く細身のインド人の彼はさっきの検査官よりきびきびと私達に語りかけた。「はい。それで君達はレインバウム先生になんて言われて来たんだね。」「えっと心臓に白い点があるから見てもらいなさい、と言われました。」と私。「それで?なんていった彼女は?」「いえ、聞いたけど何も。99.99%大丈夫とか言われましたけど…。」「あ、そう。」ドクターは私達にベイビーは健康に育っている、とまず伝えた。そしてこの「心臓の白い点」というのは心臓病かダウン症の恐れがあるのだと昔は言われていたのだけれど実は今はそんなに関係ないのだ、ときびきび説明した。しかし「白い点」自体は明らかに他の心臓と違うものがある印でそれが何かは分からないのだが、特に問題があるわけでなくて、殆どが無事に生まれてくるのだそうだ。そして家族に心臓病があるのであれば心臓の疾患があるかもしれないが、両方とも健康な家族のようだし、母体の私も20代だからダウン症の可能性はほとんどないだろう、と言った。しかし、それと同時に一応この点があるから100%完全に大丈夫だとは言い切れないのだそうだ。しかしね、もう君は22週目だ。ペンシルバニア州で堕ろしていいのは24週目まで。君達、結局堕ろす気持ちなんてないんだろう?余計な心配しない方がいいよ。僕ならね、母体が28歳でこの健康状態なら何も心配しないね、と言い切られた。ノリノリと私はぐちぐち質問したが、この強気のインド人ドクターの発言を聞いているとなんだか心配しているのもめんどくさくなってきて最後はどうも、と言って診察を終えることにした。結果のファイルを渡されて、じゃ、これをこのフロアの受付に渡しておいてね。レポートは後でレインバウム先生に送っとくから、と言われた。私達は慌てて「いやいや、ドクターに検査が終わったらすぐ来なさい、と言われたんです。会いに行きたいのでこのファイルをあっちに持って行きたいんですけれども!」と食い下がると、じゃ、受付にコピーしてもらっておくれ、と言い残して去っていってしまった。とにかく受付で検査の紙をコピーしてもらいエレベーターで6階に下がった。レインバウム先生はその日もきちんと来ていて、患者さんを診察しているところだった。100%大丈夫、と言ってもらえなかったけどあの雰囲気を見ているともうどうって事なさそうだね…とドクターが出てくるのを待ちながら私達は話していた。そしてふとその紙を見ると「成長の様子」みたいなことが書いてあり二人そろって思わずそれに見入った。その紙にはベイビーの体のいろいろな部分が「現在○週目」まで育っているとかそんな感じのことをレポートしてある紙で沢山の体の部分の医学用語が書かれていたが殆どが順調に「22weeks+3days」とかそんな感じの記録を示していた。その中の2つぐらい未だ「21wks」と書かれている部分もあったのだが、その中で一つだけ一週間だけだが「23wks」とやけに発達しているものがあったのだった。親ばかだが、そんなものを見ると21wksと遅れのあるものなど全く目が行かず、その23wksと書かれた発達しているものが気になってしまうものだ。私は慌てて辞書を開けてその部分のcerebellumという単語を調べてみると、なんとそれは小脳だった。おぉ~っ!ゆーゆー!君は小脳が発達しているのかい?!おぉ~っ!おぉ~っ!良いところだけに目が行ってしまうので笑ってしまうが、マイベイビーが少しでも脳みそが発達していると思ったらもううれしくて私の気持ちはあっという間に空のかなたに飛んでうきうきし始めた。別にそれが手でも何でもうれしいのだけれども、とにかく結果を見てよかったぁ!とそんな気持ちで一杯になった。他の人の診察を終えてレインバウム先生がでてくると「どうだった?何か言われた?」と聞く。「いえ、あまり気にするなとは言われたんですけれども…」と答えると「なんで白い点が問題だったかとか聞いた?」と言われる。はい、と答えるとダウン症の可能性が殆どないけれどもあるかもしれないこと、そのため100%確実にベイビーはヘルシーだと言い切れないことを伝えられた。でもね、他にもいたのよ、そして大丈夫だったのよ、でも嘘をつきたくないから、最初から言っているのよ…とドクターは言ってくれた。ドクターの気持ちは当然だし、感謝している。それ以上は何だって私達の責任なのだから。「その最後の0.01%の不安を100%大丈夫にするために羊水検査があるのよ。すっごく簡単だし事故なんて殆ど起きないから、すごく不安だったら羊水検査をうければいいのよ。」とドクターは言った。私は不安と喜び、そしてその最後の0.01%が確実じゃないという空しさみたいなのが入り混じってとても混乱し目がうるうるしてきた。羊水検査、受けて安心しようかな?とこの混乱状態の中ちょっと心が揺れ始めた。困った目でドクターを見つめていると「大丈夫、気持ちはわかるわ。ベイビーはね、生まれる前から親に一杯心配かけるものなのよ!」と立ち上がってハグをしてくれた。ノリノリを見ると「みんみん、大丈夫なんだから。もう気にするのやめようよ。な!」と私の肩を叩く。ドクターは「じゃぁ、羊水検査を受けようと思うならすぐ連絡してね。時間的なものもあるから直ぐの方がいいけれどもきちんと話し合って決めてね。」とまとめ、私達は彼女に厚くお礼を言って別れてビルを出た。車に戻るとノリノリは「羊水検査、受けないだろ?」と聞く。私は半分ぐらい心が揺れていたので「なんで?受けようと思っていたよ…」と言う。「ここでダウン症だとかわかったところでどうするの、みんみん?命を区別してもしょうがないだろう?」「でも。心の準備があるし…。」「よく今日会ったドクターの言ってること思い出してみなよ。絶対大丈夫だよ。」「まぁ確かに紙を見ている限り無事に成長はしているみたいだから体に疾患はなさそうだし…。」「だろう?じゃ、もういいじゃないか。受けなくたって平気だよ。な!」ノリノリはそういって車を進めた。彼にそう言われると私の不安もどんどん薄れてきて、平気かな?ともっと思えるようになってきた。家に帰ってJanに電話をした時、ゆーゆーの心臓に白い点がちゃんと存在したこと、ドクターが強気に言ったこと、羊水検査をやっぱり受けないことに決めたこと、そしてゆーゆーの「男の子の証拠」をきちんと目で確かめたことを元気一杯の声で伝えた。Janも話を聞いて同じように不安になったりうれしくなったりしたみたいで、涙声が聞こえたけれども私が明るく決断を伝えたことで彼女も不安に思うのを止めたみたいだった。そうね、それでいいのよね、と私の決断を受け止めてくれ、元気ならよかった!と一緒に喜んでくれた。Janに話す事で私も自分の決断にもっと自信を持ちはじめた。そう、もう、気になんないよ!ゆーゆーは、元気だもの!!!Janにはこの前のバーミツバの時の写真を渡しておいた。Janのご両親とノリノリと私が写っている、なかなかよく取れた写真だ。ボストンに行ったらご両親にぜひよろしく言ってね、と最後に頼んで電話を切った。
April 15, 2004
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すごいですねぇ。日本のメディア、楽天にページを持っている方の意見、沢山の日本の方々が今回の事件に対する気持ちを述べていますが読めば読むほど全般的な印象は「どんな情報を見ているのだろう?」という疑問ばかりです。今までのイラク情勢、そして日本人拘束の後に流れる数々のニュース、ファルージャで現在起こっていることなどを総体的に見ていくと今回の事件は「日本人が拘束されて自衛隊撤退要求された」ということが大きな趣旨ではないことは既にあからさまであると私は考えます。今回の事件を経て多くの方々が「あんな危険な土地に民間人の日本人が向かったおかげで拘束されて世界中・日本に多大な迷惑をかけている迷惑を考えない人々」とそのような趣旨のことを述べていたりそのご家族や本人のウェブページなどに嫌がらせをしている事実に対して海外に住んでこの事件を眺めている者としては「あれ?日本人ってこんな狭い側面しか見れない人々だったっけ?」と驚きを隠せません。拘束された方々がボランティアとかそんな活動をしていたものだから(と、言ってもこんな時期にイラクに行くのはそんな方たちしかいないのは当たり前で、ましてこれが旅行者だったら皆さんの気が済むのか?と思ってしまいますが)それが気に食わないのか、別に彼らが自衛隊の活動現場に行って実際活動を阻止したとかそんなことをしたわけでもないのに、何を恐れているのか沢山の人が自衛隊がこの事件をきっかけに撤退するのでは?と懸念を抱いているようにも見受けます。だから過剰反応するのでしょうか。もう一度書きますけど、将来他の要因があって自衛隊が撤退することはあるかもしれませんが、この事件をきっかけに自衛隊が撤退することはまずないと思われるでしょう。なぜなら、米国がいて米国が要請しているから彼らは「サマワ復興」肩書きであちらにこの状況下の中駐在しているからです。さて、この前の私の日記に自分のことを書かれていると反応されたのか知りませんがsGnさんという勇気のある方から沢山の書き込みを頂きました。本当にありがとうございます。この場を借りて取り合えずお礼を言わせていただきます。そして彼の主張に寄るとその拘束された日本人に関しては「自業自得」で「ほっとけ」という類のものでありますが、皆様が同じように同調されるのは私としては一向に構わないのです。お好きなように思っとけばいいのです。しかし!それはこの前の私の日記のポイントとは全く関係がありません!そんな感想では私の日記のポイントが分かっていただいているとは思いません。ホルモンのバランス的に感情的に書いたので私の主張がきちんと反映されなかったとなんとなく察し致しましたので、もう少し明確に伝わるように考え直してみました。そこで!そんな風に思われる皆様方には拘束された日本人の方々を取り合えず責める前に、その「責める」とか「迷惑」とか考える主張の前に、その主張を正当化するために矛盾を解消していただきたいと私は強く願っています。あなたがどれを選ばれるか、私はあんまり気にしません。別に感想など欲しくありません。でも、矛盾を解消しておかないと、皆様の主張はいつまで経っても感情論であまり説得力がないのです。だから手助けしたく思い、その思いをこの日記に託します。1.イラク人の武装集団に拘束された日本人が「考え無し」「自業自得」「迷惑」といろいろ彼らの「非」「疑惑」を主張し続けたい方はぜひ、他に拘束されていた、または現在も拘束されている、スペイン人、中国人、フランス人、イラク人、アメリカ人、そしてイタリア人などなど各国の国の方々の「非」も主張してください。どれだけあそこにいる民間の外国人が無防備で無能で迷惑かと今あなたが日本人の彼らに対して思っていることと同じようなことをきちんと一人一人主張してやってください。ついでに、ファルージャでぼろぼろにひきづりまわされている遺体のアメリカ人の無防備さ、迷惑さも同じように主張してください。そうすれば、あなたの「拘束された日本人迷惑論」が随分説得力のあるものになります。2.もし、そんな沢山の人々の非なんて主張できないなぁと思うのであれば、拘束された日本人の「非」を問い続ける主張なぞは止めて、日本人を含め上記に書いたような沢山の諸外国の方、ましてや自国民の方まで拘束しているイラク人武装集団の「非」を主張してください。ついでに米国のサドル師・武装勢力の掃討作戦で600人もの民間人を殺害されて狂っているイラク人が米兵を殺し遺体を引き回したり無残なことを起こしていますが、それをやっているイラク人の「非」を同じように責めてください。凶暴化したイラク人を責めてください。3.それでも「拘束された日本人の非」を主張したい。しかし、また別にもしこのようなイラクの戦況下で自衛隊に何かが起こって隊員数人が被害にあったとして「家族や友達に止められても志願してイラクに向かった、その自衛隊員の個人の非」は自業自得として責めたくない。(被害に遭っても『しょうがない』とは言いたくない)なぜなら自衛隊員が被害に遭えば「指揮どおりに行動していたのであれば、指揮者の責任」(sGnさんの言葉を借りました。サンキュ!)であるから、「指揮者の非」を責めなければいけないからである。もしそういう考えを持っているのであれば、既に沢山の死者を出しているイギリス兵、アメリカ兵また諸外国の軍隊の指揮者を今から責めてください。日本人だけ死ななければ指揮者の非は責めなくていいのか?自衛隊は裏向きはともかく世界各国の働きに貢献する為、蚊帳の外に出された湾岸戦争の時の二の舞を踏まないとかそんなことも踏まえて、憲法何とかの議論を振り切ってイラクに向かったのですよね。まさかそんな主張の人が、日本の兵だけ死ななければよい、なんて思ってることありませんよね。自衛隊だってこんなイラクの戦況下でしたら同じように被害に遭うかもしれません。既に仲間のイギリス、アメリカ兵は沢山亡くなっていますし、「指揮どおりに行動していた」のだから彼ら個人の「非」はありません。被害に遭った兵隊をしょうがないと責めないで指揮者の非を責めることを考えているのであれば、既に被害者大勢の他の国の軍隊の指揮者も責めてみましょうか。選択はあなたの自由ですし、私はあなたがどう考えるかなんて興味はありません。でも物事を「公平」に見て頂きたく、皆様方の矛盾点になりそうなところを一応指摘して見ました。望むことは日本の島国の関心事だけに目を向けず、世界のもう少し全体的な図を理解してから、どうぞ説得力のあるご主張をされてほしいと、そんなとこでしょうか。これは拘束されている日本人の話とか、生還を望むご家族の方々の話とかそんな類の話ではないのですよ。頑張って、遠くの海のほうの話でも取り入れてみて頂いてほしいところです。そして運悪く拘束されてしまった人々全員が無事に戻ってきますように、惨殺されまくっているイラクの現況下が少しでも改善しますように、私は心から願っています。それでは、次はゆーゆーの話を書きたいと思います。ま、こんなことを余裕で書いているぐらいだから私が元気一杯!ということは皆様にも察することができると思います。では!
April 14, 2004
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過去に激しいDepressionになったのは数年前に大学を卒業したばかりの時で仕事を始める前だっただろうか。公園や川沿いでぼんやりと遠くを眺めたり、普段絶対歩けないような距離をいつの間にか歩いていたり。睡眠薬を飲んでも眠れなくて、カクテルの本を買って様々なカクテルを作って飲めないくせに飲みまくったり。そんな状態にも関わらず、なぜか多くの友達から電話がかかってきてみんな好き勝手な自分の悩みを私にいつも相談して、私は毎日その悩みに答えてあげた。一人一回の電話に付き大体2時間ぐらいだろうか。2時間も自分の脳と神経を使って悩みに答えてあげているのに、次の日また同じ悩みで電話をかけてくれる人々。それが何ヶ月も続いて私はすっかり電話恐怖症になったりして、もう誰の電話も取るのをやめた。電話を取らなくなったら、彼らはやっと問題を自分で解決できた。同じことを繰り返し悩んで人に同じ悩みを言い続ける人は、結局そのことで悩んでいたいだけなのだ。私は骨身にしみたよ、私の脳みそと神経を散々すり減らしておいて、後で何事もなかったように他のことで悩み続ける君達の顔を見たり声を聞いて。そんなことはどうでもいい。そんな自分のことでも気がおかしくなりそうなのに人に神経を使っていた時、天気のいい日は必ず近場のリッテンハウススクエアという公園に出てベンチに座った。空を見るとこんな場所からでも日本に繋がっていることがうれしくて何時間でも眺めることができた。夏の水曜日の夕方にはステージが公園の真ん中に設置されて、いろいろなバンドが公園に集う人々を観衆にして演奏した。犬や子供を連れた人々が立ち止まり、街の真ん中にあるその公園は人で一杯になる。ステージの前では数人の人が踊りだし、そんな陽気な人々を見ているだけで心が晴れた。ゆっくり流れる時間を街の人と共に過ごすと、その時間だけは淋しい気持ちを感じることはなかった。ジムで水泳をしようと道具一式を抱えていたが、その夕方ふと、自分ひとりの時間をその公園で過ごしてみたくなった。いつも水泳に向かう時は自分自身に戦いを挑んでいるような強さがあるのだがどうもそんな勢いが見つからず、やっとやってきた春の訪れを目で確かめたくなった。強さの代わりに好奇心が芽生えて自然に足が向かった。公園に着くと名前は知らないが数本の樹が鮮やかなピンク色のつぼみや花を咲かせ、私はその脇にあるベンチにわざわざ向かい腰を下ろした。隣のベンチで話している女性達、久しぶりに集ったのか写真を撮りあう中近東系の言葉を話している男性達、読書をしているおばさん、犬を連れて歩くおしゃれなお兄さん、芝生にはリスが歩き回り公園の脇に見えるストリートの歩道には仕事帰りの様々な人々がせわしなく歩いている。上を見上げると、背の高いビルやコンドー(コンドミニアムが入ってるビル)の隙間から雲がほとんどない赤茶けた空が見える。耳を澄ますと、ストリートを走り抜ける車の音や人々の話し声の他にも、風の音や静かな空間に現れる大気の音なども柔らかく聞こえてきて私は自分の神経を自然の音に傾ける。そんな時間は頭の中を空っぽにできる。確かに気になる出来事がきっかけで私の精神状態はいつになく不安定になっているけれども、実際悪い方向は信じていないからそんなに事件については悩んでいない。大丈夫、と自信を持って言えるのに気が乗らないのはなぜだろう。何を私は恐れているのだろう?空を見上げて何回も深呼吸をしていると、おなかのあたりからぼこ、ぼこっ、と別の命の動きが感じられて思わず私は微笑む。仕事をしていてもそうだ。自分のことに集中している時に「ここにいるの忘れないでくれる?」と言わんばかりに存在感を主張するゆーゆー。そんな時に自分が母親になるんだということを深く実感する。合図をしてくれると無視したくないので、私はおなかを軽く叩き返す。私からの合図に気づいてゆーゆーはまたおなかを蹴り返す。こんなことを繰り返して随分時が経ったように感じる。自分の体に別の命がいて、一心同体で日常生活を過ごす感覚なんて実際ゆーゆーがおなかにやってくるまで全く想像なんてつかなかった。そして自分の体にいるからこそ、その命がいとおしくてしょうがない。ただの別の新しい命、なんて割り切れるものではなくて、なんでこんなに大切に思えるんだろうと混乱するぐらいその命に対して芽生えた激しく大きな愛情に自分で驚いてしまう。それは科学とか現実とか、そんな測ったり見たりできる世界とはあまりにもかけ離れていて、幸せでありたいという人間の奥底にある本能の波でただただ自分を満たしているようで、自分だけが開くことのできる新しい世界なのかもしれない。ゆっくり自然や命の動きに体を預けていると、そのうち吹いている風が冷たくなり不完全な春を身で感じる。そしてはっ、と現実に戻ると、時計は6時を過ぎている。そっとベンチを立った。こんな気分の日はゆっくりと家路に着きたく思い、いつもと違う路線のバス停に向かい足を運ぶことにした。いつもの路線の方がバスの本数が多いがたまにはゆっくりもいいだろう。サウスストリートの方を選べばオーガニックストアにも立ち寄れる。たまには帰り道に買い物でもしよう。とぼとぼと4ブロック先のバス停まで降りていった。18thとサウスストリートの角にあるバス停につくと、誰も待っている人はおらず車はどんどん通り過ぎていくがバスが来る気配はなかった。後から来た人が少々その場で待っていたが、数分後にそのままバスの進行方向に歩いていってしまった。私もこのまま立って待ち続けるのも難かなと思い、てくてくと進行方向に向かって歩くことにした。バス停は一ブロックごとにあるので、そのうちバスが見えればその角で待てばよい。20分もすれば来るだろう。そう思って10分ほど歩いて見たが、バスはとんと来る気配がない。そのうち、腰が痛くなってきた。初め元気が良かった歩調は次第にゆっくりになって行き、そのうち足を動かすのがやっとというくらい腰に痛みを感じるようになった。姿勢はかなり気をつけているのだが、私は毎晩寝る体勢に苦しんでいた。妊婦用のクッションや丸いクッションを使っておなかと背中を支えているにも関わらず「左向きに寝るのがベスト」という(多分逆子対策も含む)妊娠ガイドのアドバイスにより大体その姿勢で寝ていても、片方に重心がかかるというのは随分と無理がありどうしても腰を痛めてしまう。別に片側に重心をかけてもかけなくてもおなかの重みが体の負担になり寝る時にそうとう腰に負担がいく。普段は寝るときにしか痛まないのだが、こう長い時間歩いていると重力がかかってきてどうも張らない筋が痛んできたみたいだった。あまりにも苦しいので20分以上歩いたところで次のバス停に立ち止まりバスを待とうと決めた。スーパーで買い物なんてもうどうでもよくなってきた。道路に出て先を眺めると遠いところにバスが来るのが見えたので、私はそのまま13thストリートの角に立ち止まり西側からやってくるバスを待った。13thストリートは街のど真ん中に位置するブロードストリートを挟んで東側に位置している。14thに値するブロードストリートは4車線で車が行きかう大通りで、バスは私が来た方角の西からブロードストリートを渡って東のサウスストリートにやってくる予定だった。ようやくあちらに見える信号が青になったのでいまかいまかと待ち構えていると、バスはなんとぷいっと曲がって北方角のパインストリートの方に行ってしまった。そうだった、サウスストリートには2種類の路線が走っていて、一つはサウスストリートを西から東へ走るだけのものともう一つはブロードストリートを曲がって2ブロック北のパインストリートを東へ走るものとあったのだ。大通りを越えてわざわざ13thストリートまで苦労して歩いたのにすっかり不意打ちを食らってしまった。一つのバスが来るのにこれだけ時間がかかったのに次は一体いつに来るのだろうか。痛む腰を押さえながら、私は泣く泣く9thストリートにあるオーガニックスーパーまで足を運ぶことにした。腰があまりにも痛いので足の大きさぐらいしか足を動かすことができず、足を引きずるようにゆっくりゆっくりと前に進んだ。なんとかスーパーについて、たいした買い物もしないが大きなショッピングカートを引いて体重を預けて進んだ。トマトを沢山袋に入れて適当に店内を歩き回りお会計を済ますと、職場用のかばん、ジムの水泳用のかばんの他にもう一つ食品入りのショッピングバックが増えて、ショッピングカートを返してしまった私の歩くスピードはさらに遅くなった。自宅へ直接着くバスは4thストリートの角から出ている。18thストリートからスタートして9thストリートのスーパーまでもうこんなに歩いてしまったのだから、来る来ないか分からないバスを待とうなんて寝言は言っていないで一気に残りの5ブロック歩いてしまおうと決めた。東側に向かえば向かうほどサウスストリートの繁華街が近づいていき、道を歩く人々が増えていく。ゆっくりと足を運びながら街の人々と同じ時間を過ごしている共有感をまた味わっていると先程の淋しい通りを一人で歩いていたのとは全く違い、もう少し早く足が進むように感じられた。4thストリートの角に着くと自宅方面行きのバスは去ったばかりで、足元に荷物を置いて今度は立ち止まって次のバスを待った。週末ということも手伝ってか、繁華街を歩く若者達は元気一杯だ。わいわい騒ぎながら歩くグループ連れのおしゃれな彼らを見ていると友達とわいわいしていたそんな時代の自分もまた思い出され、バスを待っている間いろいろな思い出が頭の中を交差した。→→→→またはUS Life Indexへ行ってみる→→
April 13, 2004
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********この日記には続きがあります。そちらの方が詳しく解説してありますのでそちらもあわせてお読みください。→→→→続・狂ってるのはテロリスト→→→→解説・狂ってるのはテロリスト / もうちょっとだけ考えてみる→→→→解説・狂ってるのはテロリスト / もうちょっとだけ考えてみる→→→→解説・狂ってるのはテロリスト / もうちょっとだけ考えてみるこんなのもあります。→→→→米兵がイラクの囚人に性的虐待して写真を取っていた。 そしてまた、テーマからこの日記に来てみんパイのことを全然知らないそこのあなたの為に!→→取り合えず全く関係ない他の日記に進んでみる→→→→取り合えずおいしそうなトマト同盟に行ってみる→→→→取り合えず気晴らしにぽぽぽっきの絵でも見てみる→→→→取り合えず感動の妊娠日記の始まりに行ってみる→→→→取り合えずみんパイの職場の様子を読んでみる→→→→取り合えずアメリカにいるよくわからない日本人の話でも読んでみる→→→→取り合えずみんパイの苦労話でも読んでみる→→→→取り合えずみんパイがどんな人々をリンクしているか見てみる→→→→→取り合えずトップページにでも行っておく→→********先週から気が張り詰めてます。ホルモンのせいでやたら精神的な浮き沈みが激しくって、次々に押し寄せる感情の波に必死に対応しています。こういうときに限ってノリノリは大忙しなので、私は今日は家で一人のんびり耐えています。昨日は歳が近いスティーブとビビアン夫婦にお昼をもてなして、その後彼らのニューホームにお邪魔してSeabiscuitを見ました。晩ごはんは韓国料理を食べて、私は彼らといる間しゃべりつづけました。(トビー・マグガイア好きです。キュート!)どうでもいいですけど、沢山の人が例の話題に触れていて私なんてこんな精神状態だから考えたりあんまりしない方がいいんですけれど、でもあの事件からいろいろ考えていたので書いちゃいますけれども、やっぱりおかしいのは拘束したテロリストであってこの事件をきっかけに自衛隊を撤退させる必要はないと思うけれども、あそこに行った人々をおかしいと非難するのもどうかな、と思う。あの中の一人の人のウェブサイトなんてネチヅンのせいで閉鎖されちゃったんだって?あぁ、同じ日本人としてそんな中傷しかできない人達なんてみっともない、情けない。責めて解決になるんですか?生きて帰ってくるんですか?よっぽど残された家族がテレビに向かって自虐的に「あの馬鹿は…」と行った身内のことを言及したに違いない。わざわざあっちまで行った身内に「I'm proud of my son (or daughter)」ぐらいの意味合いが親に言えなくてどうするの?だから周りの人まで「そうだ、そうだ、馬鹿だ~」と日本人的な自虐節が生まれてくるんでしょう。行く勇気もないくせに馬鹿にするんでない。だいたいジャーナリストやボランティアを拘束して自衛隊が撤退しなかった、とか言ってあの人達を殺したらテロリストは本当に狂ってる。それこそ全く意味のない人殺しだ。何の為にボランティアやジャーナリストが殺されたりするのか。何の為に彼らってあっちに行ってるわけ?君達の国の状態をその場に行けない他の地にいる人に伝える為なわけだ。いわば、見たことを伝える「口」だ。米軍が「口」をふさぐなんてもう沢山あったりしてるわけだけど、あそこの人まで一緒に「口」ふさいじゃったらどうなっちゃうわけ?「口」をふさいでくれて喜ぶのはその政府とか米軍とかだよ。テロリストの彼らは日本政府と米軍の立派な協力者になるし、それに気付いていないのか、そんな立場の人を誘拐して政府を脅そうとしたり実際殺す、とかなんて言っちゃってるテロリストは本当に狂ってる。開放説もあるけれども、無駄な人殺しだと気付いて解放してくれるなら、一応テロリストにも脳みそがあるんだと私はほっとするだろう。自分達の求めているものを本当に得たいのなら、誘拐して政府が動きそうな価値がもっとありそうな人を誘拐したほうがいい。いつも心配してくださる方、またはこの日記で気分を害された方がいたらこんなこと書いて本当にごめんなさい。私の喜怒哀楽に付き合って頂き、大変感謝しています。Seabiscuitは見ましたか?私は競馬に興味がないものでただ馬が走ってるだけ、見たいにしか考えていなかったのですけれども馬で勝つために走ると言うのは本当に奥が深いものなのですねぇ。ゆーゆーは相変わらず、お腹を蹴って、お腹を叩き返して、また蹴っての繰り返しで私とめげずに遊んでいます。****もう一言。誘拐された人々のことを「自業自得」だと散々非難している人々は、志願制でイラクに向かった自衛隊の人々にもし何かあった時に同じことを言ってくれるのだろうか。政府の決定は別として、実際派遣された自衛隊の方々だってイラクの為、自分の仕事に対するプロ意識の為、いやいやじゃないわざわざ志願してイラクに行かれたのだ。それで何か起こっても「自業自得」なんて言わないでしょう?誘拐された彼らは日本政府の後ろ盾がないだけなのさ。・・・はい、いい加減シンプソンズでも見て黙ります。妊婦は気が立っております。*****次の日のメモうーん、なんとかまともな方向に動いてきたか。頭の良い支持者がきちんと指示をだしてわかってきたのかな。後はもし何かあっても日本にはもう出す金はない、とにかく返せぐらい主張して欲しいもんだなぁ。日本人じゃなくたってもう散々ボランティアの人は殺されてる。命がけなのは彼らだって当然分かってる。ボランティアの人を責めるのは本当に筋違いだ。そして誘拐された彼らが八つ当たりされない方向で、あそこにいる様々な軍隊が撤退されますように。
April 12, 2004
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ベジタリアンを追及する為にはポテトの存在は欠かせませんね。しかも妊娠中にやたら食べたくなる物の一つに油っぽいポテトだったり致します。折角ですので簡単レシピをご紹介したいと思います。**************Potate Wedge 即席みんパイ風食べたい分だけのポテト(日本にあるかどうか知りませんがユコンゴールドとか甘くておいしいですね。)オリーブオイル(ヘルシー志向の方に)お好みのハーブ(バジルとかオレガノ、ローズマリー、パセリなどがいいですね。)にんにく塩・胡椒ポテトは皮付きのまま8等分ぐらいに割って三日月型にする。切ったポテトの量に合わせてなるべく大き目のワック(中華なべ)、またはフライパンに入れて、水をひたひたになるように入れそのまま煮立てる。その間ににんにく・ハーブは細かく切っておく。ポテトを入れたお湯が煮立って5分後ぐらいには随分柔らかくなっているので、少々堅めにゆでたところでお湯を全部捨てる。お湯を捨てきったら、もう一回火にかける。ワックに残っていた水分が粗方飛んだら、オリーブオイルを豪快に全体的にまわす。なべのそこに5ミリぐらいの深さで溜まるぐらいかな。油が温まってきたらにんにくとハーブも入れて、ポテトが崩れないようゆっくりかき混ぜる。1-2分ごとにかき回し全体的な位置を変えていく。そうする事によってポテト全体に焼き目がついていくのでいい色になるまで続ける。油が足りなかったら足すように。全部がいい色に焼きあがったらキッチンペーパーをひいたお皿に移して余分な油を落とす。アツアツの間に塩・胡椒して、できあがり。注意:大き目のフライパンを使わないと焼き目をつけるために随分長い間火にかけることになり、大変な量の煙が出ます。火災報知器がなってしまうのでどうぞお気をつけください。(余計な体験談)****************************+++ご感想もお待ちしております+++++++TOMATO同盟TOPへ行く++++
April 11, 2004
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→→→→→解説・狂ってるのはテロリスト / もうちょっとだけ考えてみるに戻る→→→→→+++参考記事++++http://www.rosbaltnews.com/2004/04/20/66308.htmlWho Needed Russian Hostages? 4/13http://www.cnn.com/2004/WORLD/meast/04/13/iraq.hostages.int/Italy working to free hostages 4/13http://www.wsws.org/articles/2004/apr2004/jap-a16.shtmlWSWS : News & Analysis : Asia : JapanJapanese government shaken by Iraq hostage crisis 4/16http://www.nytimes.com/reuters/international/international-iraq-canada.htmlCanadian Kidnapped in Iraq; Ottawa Urges Leaving 4/20http://cnews.canoe.ca/CNEWS/World/Iraq/2004/04/21/431061-ap.htmlDane reported missing and presumed kidnapped in Iraq is found dead 4/21http://cnews.canoe.ca/CNEWS/World/Iraq/2004/04/16/423903-cp.htmlKidnapped Canadian released in Iraq calls home to say he's sorry for the fuss 4/16http://www.channelnewsasia.com/stories/afp_world/view/80172/1/.htmlFrench hostage released in Iraq, dozens of others remain in captivity 4/15http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/europe/ita/news/20040416ddm007030155000c.htmlイラク邦人人質:3人解放 各国の反応(毎日)4/16http://member.nifty.ne.jp/bologna/2k4_04.htmlmese corrente - Italia onlinehttp://cnews.canoe.ca/CNEWS/World/Iraq/2004/04/22/432487-cp.htmlKidnapped Palestinian aid worker freed in Iraq in apparently good condition 4/22http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/kiji.php3?&d=20040421&j=0071&k=200404215257高遠さんら誇りに 米国務長官が評価 「危険冒し支援」 自己責任論も否定 北海道新聞 4/21http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20040423it01.htmイラク人雇用を拡大…橋・道路再建事業も 読売 4/23http://translate.google.com/translate?hl=en&sl=fr&u=http://www.lemonde.fr/web/article/0,1-0%402-3216,36-361630,0.html&prev=/search%3Fq%3DAu%2BJapon,%2Bles%2Botages%2Bdevront%2Bpayer%2Bleur%2B%26num%3D50%26hl%3Den%26lr%3D%26ie%3DUTF-8%26oe%3DUTF-8In Japan, the hostages will have to pay their release フランスルモンド紙 英語訳http://asia.news.yahoo.com/040416/kyodo/d81vufrg0.htmlIslamic cleric slams Japan, says group more concerned about hostages Kyodo 4/16http://www.washtimes.com/world/20040411-011729-9158r.htmU.S. hostage threatened with death Washington Times 4/11http://www.asahi.com/international/update/0409/014.htmlシーア派とスンニ派が「反米」で共闘 バグダッド 朝日 4/9http://news.goo.ne.jp/news/sankei/kokusai/20040328/KOKU-0328-03-03-12.htmlイラク中部で銃撃戦 米兵死者400人に 産経 3/28http://news.goo.ne.jp/news/sankei/kokusai/20040424/KOKU-0424-03-03-34.htmlイラク再建ブレーキ 相次ぐ外国人拉致、治安悪化 産経 4/24http://www.worldtimes.co.jp/news/world/kiji/2004-04-01T085747Z_01_NOOTR_RTRJONC_0_JAPAN-142203-1.htmlイラクのファルージャで住民暴徒化、米民間人4人殺害 ロイター 3/31http://www.kyoto-np.co.jp/kp/topics/2004apr/10/K20040410MKJ1Z100000093.htmlファルージャの停戦提案 米軍、騒乱沈静化狙う 京都新聞 4/10http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20040407AT3K0702G07042004.html米軍がファルージャに突入、モスク攻撃で40人死亡 日経 4/7http://www.nikkei.co.jp/news/main/im20040406AS3K0602Q06042004.htmlシーア派などと駐留軍の衝突、イラク中南部で拡大 日経 4/6http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A13038-2004Apr14.htmlDeath Lurks in the Groves On the Road Toward Najaf Washington Post 4/15 http://news.www.infoseek.co.jp/topics/world/operation.html?d=22yomiuri20040421id22&cat=35いらだち強める米政権、米兵死者4月100人超に 読売 4/22 http://www.philly.com/mld/inquirer/8488173.htm?1c68 Dead, Hundreds Hurt in Basra Car Bombings Philadelphia Inquirer 4/21http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040417-00003023-mai-int<米英首脳会談>イラク暫定政権、国連主導へ方針転換 毎日 4/16http://www.asahi.com/international/update/0422/012.html陸自部隊、宿営地外での活動縮小 オランダ軍へ迫撃弾で 朝日 4/22http://news.goo.ne.jp/news/kyodo/seiji/20040423/20040423a1380.html現場の自衛隊が持たない 石破氏、復興策の結論急げ 共同 4/23 http://www.tokyo-np.co.jp/00/kok/20040418/mng_____kok_____005.shtmlイラク主権移譲、国連主導へ 東京新聞 4/18http://www.jiji.com/cgi-bin/content.cgi?content=040418112002X473&genre=pol国連主導なら自衛隊派遣容認=枝野民主政調会長 時事 4/18+++++++++++++++++++++++
April 10, 2004
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→→→続き→→→バス停を降りてから30秒程歩けば自分のアパートに着く。検診前だったので体重を少々気にしてお昼ご飯を食べなかった。冷蔵庫にあるものを適当に取り出し簡単に胃を満たしてから、寝室に置いてあるパソコンに向かった。日本語で検索してもあまりそのような状態を医師に告げられることがないらしく、そのことに関する記述がひとつも見つからなかった。仕方なく、言われたとおりに「bright spot」という言葉を使って英語で検索してみると、沢山の人が同じことを告げられたことがあるらしく色々と資料が現れた。分かりやすいものにざっと目を通してみると、この「bright spot」が胎児の心臓に現れる原因の一つに「カルシウムの塊が現れることがある」と書かれていた。もしそれが本当だとしたら、最初の<骨みたいなものがあるかもしれない?>という自分の推測が当たっている。なんとなくうれしい気持ちになって、最後まで記述を読んでみると「時々現れる現象で産まれる前に殆どが無くなってしまうので何も問題はない」となっている。もちろん、超音波検査の不具合などで生じることがあるから、気にすることはあまりない、とそんな感じにも記述されている。少々ほっとして別のページを開けてみると、「カルシウムの塊の可能性」の他に「ダウン症の可能性」というものが挙げられていたのだった。ダウン症の可能性…。まさか、と思い他のページを幾つも幾つも開けてみたが沢山のページに「ダウン症の可能性」が記述されていた。可能性があるだけで、ダウン症だということはほとんどないことのほうが多いが、関連があると言われているとか…。---絶句した。ゆーゆーにそんな可能性があるかもしれない、という不安で頭が一杯になった。実は先月の検診の時、ダウン症を調べる血液検査を受けたいのなら受けてくださいね、と医者に言われていた。ノリノリと私はさんざん話し合った挙句、その検査は受けるのはやめよう、と思い切って決断したのだった。というのは、ダウン症の検査と言うのは、例え結果が「ダウン症の可能性あり」と出たとしても信憑性が低く、ダウン症の可能性の方が低かったりするのだ。もし、おなかのベイビーが「ダウン症の可能性あり」と判断されたとして堕ろすことを決意したとしても、堕ろしたベイビーが正常だったりしてしまうのだ。検査の結果を信用して、普通の子を堕ろしてしまったら私はショックで一生立ち直れないだろう。そんな思いをするなら例え「ダウン症の可能性あり」と結果が出たとしてもその信憑性を疑って正常な子が生まれることを信じて産むことに決めるだろう。私はまだ可能性が高くなるほど高齢ではないし、家系にだってダウン症の人はいない…。そう考えてみると、どういう検査の結果が出ても結局産むことになるから、余計な心配をしない為にそんな検査は受けるのをやめよう、と結論を出したのだった。白い点はただダウン症の可能性と関連があるだけで、ダウン症だと決められたわけでもなんでもない。これを気にして大事なゆーゆーを堕ろしたりするわけにはいかない。ダウン症として生まれてきたって…ノリノリと私のベイビーである以上、それはそれで重大な意味があるのだろう。私達の生活に重大な変化が起こるのだろうけれども、成し遂げなければいけない何かが私達の中で生まれるのだろう。時計を見ると午後4時を廻っていた。ノリノリのレストランは昼休みの真っ最中だとはっと気づいたので、携帯電話に電話をしてみた。「どうしたの?検診終わった?」とノリノリの優しい声を聞くと私は言葉に詰まってしまった。「どうしたの?みんみん?」「・・・」「どうしたの?」「・・・検診は無事終わったよ。ゆーゆーが動きまわっててね、心音取るの大変だったんだよ。」電話越しでノリノリは笑う。「それで、他は?」「・・・」言い出そうと思ってもやっぱり声がでない。私はくすん、ずずーっと鼻をならした。「どうしたの・・・?」「・・・あのね、この前の超音波検査の写真で心臓に白い点があったんだって。・・・それで・・・特別に検査を受けることになって・・・」「で、その白い点の可能性は?」ウェブで調べたら間違いか、カルシウムか、ダウン症だって書いてあった、と告げた。「・・・。・・・大丈夫だよ。絶対大丈夫。ゆーゆーはいつも元気じゃないか。」「でも・・・。ダウン症だったらどうしよう。」私はぐすぐすと泣きじゃくっていた。「ちょっと~、泣いたらゆーゆーがびっくりするじゃないか。そんなこと心配するなよ。」「でも~・・・」「じゃぁ、血液検査するかい?したところでどうするんだい?」「・・・しない。検査しない・・・何にもしない・・・」「だろう?大丈夫だよ、絶対大丈夫だけど、もし何かあっても意味があるんだよ。とにかく落ち込むのだけはやめなさい。」とノリノリはとにかく私を落ち着かせようと忍耐強く言ってくれた。ただでさえホルモンのせいで泣きやすい私はもう電話越しでびーびー泣いていた。ドクターに言われたこと、ドクターが電話口で言ったこと、不安な気持ちになったことをぶつぶつと話した。「とにかくあのへなちょこ検査官じゃない人が検査してくれるんだから、それはいいことだよな!やっぱり検査を受けないと何にも分からないだろう?とにかく気にするのやめようよ。ね、みんみん。」「・・・うん。ぐすっ・・・。」その血液検査を決める時だって、私達は充分話し合ったのだ。今更そんな話し合いが現実になろうとならなかろうと答えは決まっているはずなのに。本当に現実になるかもしれないとそんな不安が生まれた時、もしかしたら大変な人生を背負うことになるかもしれないゆーゆーのことが悲しくって泣いた。ゆーゆーは普通のベイビーとして生まれてくるだろうと信じている。でもゆーゆーが、心臓に白い点、という形で私達にくれた不安は、もし運命のいたずらでダウン症のベイビーとして生まれてきたとしても十分に心構えていられる強さを前もって与えてくれているのかもしれない。ダウン症のベイビーの将来はもちろん大変な境遇で大変な生活を切り抜けていかなければならないけれども、頭脳もきちんと発達すると私は知っているし、大変なだけで人間として生きていくのに何も恐いことなどないのだと私は分かっている。いろんな可能性を考えて、私はもっとダウン症のことも勉強しなければいけない。それはおなかにいるゆーゆーが、「もっといろいろ考えなさいっ!」とそんな意味を込めてノリノリと私にくれたサプライズ・ギフトなのかもしれない。精密超音波検査は次の火曜日に行われる。→→→→またはUS Life Indexへ行ってみる→→
April 9, 2004
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一ヶ月ぶりの検診だった。妊娠してから4回目の検診で、来月7ヶ月を迎える辺りから検診は毎月2回に増やされる。ノリノリはパートナーのポールが休みだったので仕事を抜け出せず、Janはパスオーバーで(ユダヤ人のイースター祭みたいなもの)Alanの兄弟が住むミネソタに旅立ってしまったので今回初めて一人で検診を受けに行った。8番通りとSpruce通り一帯にあるペンシルバニアホスピタルは幾つものビルを備えていて、産婦人科のWomen’s Buildingは本館の前にある石造りの建物だ。お昼には病院街のその通りでも沢山のフードトラックが立ち並び、人々はちょっと遅い昼ご飯を買い求めている。道にはフィラデルフィア庶民の名物ファーストフード、「チーズステーク」(長いパンにスライスチーズをひき細切れ牛肉と玉ねぎを炒めたものを乗せたサンドイッチ)が焼かれている匂いがほんのりする。6階に上がり診察の受付を済ますとそれほど待たないうちにいつもの診察室に通された。いつもと同じように部屋に入ったらすぐ備え付けのトイレで尿を取り、看護婦さんが来るまで部屋でのんびり待つ。看護婦さんが来るとまず、洋服を着たまま体重を量り、血圧を測り、おなかの赤ちゃんの心音のチェックをする。今回のゆーゆーはおなかの中を動き回っているらしく(前回はおなかを蹴りまくっていた)、看護婦さんが「心音がなかなか取れないのよねぇ~、動き回っているのはとってもいいことなのよね。私には迷惑だけど!ふふふっ。」と必死にゆーゆーの心音を探している。やっと心音が見つかった、と思ったらあっという間にゆーゆーは動いて向きを変えてしまったようだ。うーん、さすが私のベイビー、いつも元気に暴れている。心拍数156。そのいつもの検査をして看護婦さんが去ると、ちょっとしてからドクターが来る。いつものようにレインバウム先生は、看護婦さんが記録した私の体重と、血圧と、ベイビーの心拍を見、子宮の大きさを測って「あなたはとっても順調ね。全く問題なし!」と褒めてくれる。「つわりは終わった?」と聞かれ、「いえ、以前よりは随分とマシなんですけれども、まだ食べれないものもあって、朝も時々胃が気持ち悪くて…。」と答えた。「あら、そう…。時々妊娠中全部つわりの人いるのよねぇ。あなたもそうかもしれないわね…。う~ん、かわいそう。」と言われる。職場のバーバラには3人の息子がいるが、3回とも9ヶ月のつわりを経験したらしい。数ヶ月前と比較して随分楽にはなっているのだが、私も多分そんな類の一人だろうとなんとなく思っている。やたら色んな油を使った既製品や酸が強いオレンジだとか大量の味の素の味がする製品だとかそういう体に悪いものを吐き出すだけなので、物が粗方食べれるだけ幸運かもしれない。その会話が終わると「何か質問ありますか?」とドクターは聞く。ここで質問しないと、検診はすぐ終わってしまう。日本ではどうだか知らないが、アメリカはとにかく自分で気にすることがない限りドクターはやいのやいの言わないのでさっぱりしている、というかほんとに診察されてるの?というかとにかく放任主義である。今回は5つぐらい質問を用意しておいた。まず、「あの、先々週一晩で4パウンド(約2キロ)突然増えてしまって、その一週間おなかが張ってとても不快だったんです。やはり一気に体重が増えたのが気になるんですけれども…?」と聞いた。ドクターは「あら。あなたね、まだ10パウンド(約5キロ)しか増えていないじゃないの。そんなことで心配しちゃ駄目よ。十分うまくやっているわよ!」と答える。実際、最初に検診した時点で元の体重から2キロぐらい増えていたわけだし、既に7キロほど増えているのだがドクターはそんなことは気にしない。日本のウェブサイトだと私の体重増加は赤信号である。ひどいとドクターに怒られるらしい。前回の検診からトータルで5パウンド(約2.5キロ)増えていて、一ヶ月にそのぐらい増えるのは危険だと日本では言われている。まぁ、私のドクターが気にしないのなら気にしてもしょうがないか。あぁ、気にするのやめよう。次に「あの、頭痛持ちで時々頭痛いんですけれど、どうすればいいですか?」と聞くと彼女は「タイレノ-ル(アスピリンではないそうです・PortlandのAkikoさんからご指摘頂きました。ありがとう!)だったら何でもいいわ。飲んで平気。」と言われる。私は恐くてクスリは飲んでいないのだが、飲んでいいというのなら、気にすることじゃないのかな?そして「あの、先週末ぶらぶらしていた時に、両足の付け根とこの子宮の周りが激しく痛んで、歩けなくなっちゃって…。休んだら痛みはひいたんですけれど、大丈夫でしょうか?」と聞くと、ドクターは「それはね、普通なのよ。骨盤が開くから痛みが走るんだけどね、かなり痛いのよ。そういう時はとにかく横になって休んでね。大体治まるから。そして、もし、治まらないなんてことがあったら病院にすぐ連絡するように。」と答える。そうか、そんなものなのね…。休んだら治っちゃったからやっぱりそんなに気にすることじゃないのね…。「ダンスをまだ続けているのですけれど、いいですか?ジャンプはあんまりしませんが…?」と聞くと「上出来、素晴らしいわ!自分で無理してないと思えるようにやればいいのよ。」と彼女は答える。ジムのダンスのクラスをまだ続けていると日本の親に言う度、「もう、やめなさい!」と怒られるのだがこっちのドクターはとにかく「できる運動はやったほうがいい。」と言う。私は続けたいのでドクターの言うことを聞いている。最後に「実は6月の終わりに(その頃既に8ヶ月となっている!)、フェニックスに旅行の計画立ててみたんですけれども?」と聞くと「あら~、いいじゃない!行ってらっしゃい。」と言われる。まぁ、私は自分の限度とか注意点とか人に言われなくても分かっているので、ドクターはそんな私のポジティブな雰囲気も見越しているのだとは思うがとにかくどうぞ!好きなことしなさい!と、まぁそんな感じだろうか。皆さん心配するかもしれないが、私はそんなわけで6月の終わり…8ヶ月始まり頃にアリゾナのグランドキャニオンの大自然を眺めに週末旅行に行く予定である。(自然でリラックスするのが好きなのね)帽子と日焼け止めと大量の水ボトルと共に車で周る予定だ。心配性の人に余計な心配をされたくないので、あんまり人に言わないが。こんな感じで、何も否定されない、何も注意されない、ただただ自分を元気づけるだけのドクターとの会話が終わると彼女は「じゃ、これで診察は終わりなんだけど、この前の超音波検査の写真をもう一回チェックするから部屋を出てちょっと待っててね。」と言い、私は自分の荷物をまとめて診察室を出て彼女を待った。彼女は戻ってくると、「ちょっと、来てくれる?」と言い私を側に呼んだ。「あのね、結果を見ていたんだけどその中の検査官の記述にね、『心臓にbright spot(白い点)が写っている』って書いてあるのよ。ちょっと気になるから専門医に見てもらいに行って欲しいのよ。」と言った。「白い点?あの、それがあるとどういう可能性があるんですか?」と私は聞く。「いや、たいしたことないし、私が実際これを見たわけじゃないからなんとも言えないのよ。気にして欲しくないんだけど、念の為っていうことで行ってくれる?」と彼女。私は内心<おぉ!あのへなちょこ超音波検査官じゃなくて専門の人にきちんと見てもらえるなんで随分なチャンスじゃない!>と喜んでいたが(自分のへなちょこ保険の待遇により専門の人にきちんと見てもらえるチャンスが今までなかった・以前の日記参照・)、しかし白い点、ってそんなに問題なのかしら?と疑問で一杯になった。ドクターは早速上の階にいる専門医に電話をかけてこう言った。「私の患者で、『心臓に白い点がある』と超音波で結果を出された子がいてね、彼女をそちらで見てきちんと見て欲しいのよ。」横でうんうん、と私はその会話を聞いている。「彼女は21週目なんだけど…でもね、保険がキーストーン(私のへなちょこ保険の名前)なのよ。分かってるの、21週じゃまだそっちで見るには保険が適用されないんだけど。でももう21週だし…。」ふむふむ。そうそう、そうなのよ、私の保険がね…。「ね、どうしても気になるから見て欲しいのよ。できれば直ぐにでも。これは大変な事態かもしれないから、できれば週に関係なく毎月でも観察してほしいのよ。何事もなかったらそれで良しだけど、これからどうなっていくか観察する完璧な見本になるわ!だから、お願い!」…あの~、大変な事態って…、完璧な見本って…?レインバウム先生はそう喋って次の火曜日に精密超音波検査のアポを取ってくれて、電話を切った。そして一言、「99.99%問題がないことなのよ!ただね、念の為だから!気にしないでね!」とにっこり笑ったのだった。私は取りあえず、わかりました、では火曜日に検査受けますね、と彼女と別れて別の窓口でその診察の手続きとチェックアウトをし産婦人科のビルを後にした。表に出ると冷たかった朝と違い日がよく照っており、4ブロック先のバス停までとぼとぼ歩く私をぽかぽかと暖めた。病院街の歩道は煉瓦でできていて、でこぼこした道は私の足をなおさら遅らせた。眩しい光を受けてぼんやりと前を向いて足を運んでいると、さっきドクターが私に言ったこと、そしてドクターが電話口で話していたことが頭の中でくるくる回り、私は混乱して目が涙でうるうるしてきた。ゆーゆーがいつも暴れていて元気なのは知っているし、おなかを叩くと叩き返してくれるぐらい反応がいいのも分かっている。今まで順調だったし、何も問題ない事だって信じている。ドクターだって、へなちょこ保険の私をきちんとした検査に連れて行かせるためにあれほど大げさに電話口で言ったに違いない、と想像がつく。でも、心臓に白い点、そしてわざわざ精密な検査を受けなければいけないとはどういうことになるのだろう。超音波検査で白くうつるものは「骨」であるから、骨の一部なのかしら?それとも特別な筋肉、ミネラル、とか特別な能力を備えたもの、なんて何かいい兆候の印と考えられないかしら。ゆーゆーに悪いとこなんてあるわけない。こんなに元気なんだもの…。バス停に着くと道の角に座っていたホームレスにお金をねだられる間もなく、バスが来た。取りあえず家に帰ったらその白い点とやらをウェブで調べてみようと、流行る気持ちを抑えて目的地を待った。→→→続く→→→→またはUS Life Indexへ行ってみる→→
April 8, 2004
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突然ノリノリから電話が入る。「あのさ~、みんみん、キャメロン・ディアズ好きだったっけ?」となんだか聞いてきた。キャメロン・ディアズといえば私のお気に入りのコメディー”There is something about Mary”の主人公の女優さん。(こんな映画が好きだなんていうと程度がしれますね。でも好きなものは好きなのです…)有名どころで言えばジム・キャリーとマスクで共演したとか、最近バージョンのチャーリーズエンジェルの一人だとか、とにかくお茶目でかわいいイメージの人で、美しい彼女は当然私のお気に入りの女優さんの一人だった。「え~~っ、大好きだよぉ。知らなかったの?」と私が聞くと、「あぁ~~…やっぱ好きだったかぁ~~~」などと言い始める。「一体何?」「実はさ、来たんだよ、お店に…。電話してあげればよかった…。」が~~~~~ん!フィラデルフィアにいるのぉ~?!く~~~~っ!よくよく話を聞いてみると、どうやらランチの閉店間際15分前に「今から6人そちらに行っていいかしら?」という電話を受けたらしい。それで慌てて入ってきたのが女性客。6人のグループだということでノリノリはなんとなく奥まった部屋に6人がけ用のテーブルを作ったらしい。その最初に入ってきた女性に「うーん、完璧だわ!ありがとう!」と言われ、(なぜお礼言われたんだ…?)と思いつつノリノリはフロントに次の客を出迎えに身構えた。すると次に現れたのがキャメロン・ディアズだったと言う。一瞬動きがとまったノリノリはそれでも仕事なのできちんと彼女をテーブルに案内して、他の女性客も同じように案内して取りあえず彼女達をウエイトレス達に任せた後、最後に別のテーブルに配置されたセキュリティーの男性と話したらしい。彼によると、キャメロンちゃんは映画の撮影でフィラデルフィアに一週間ほど滞在中だとか。お刺身とか蒸ししゅうまいとかを頼んで、3分の2ぐらい食べて後は夜ご飯に持って帰ってしまったそうだ。さすが、ハリウッドの人は食事制限が厳しいのね…。閉店ぎりぎりにきたので、お店にはお客さんが既に去り彼女達だけが残った。ノリノリがお会計をしてあげた。クレジットカードにはちゃんと「キャメロン・ディアズ」と名前が彫ってあったらしい。当然かもしれないが、ほんとにほんとにその人のクレジットカードには偽名(もしくは本名?)じゃなくてその人の名前が書いてあるのね…。(余計な感動)そうしてお会計が終わった後、ノリノリはきちんと彼女にサインを頼んだ。一緒に働いているポールはもちろんカメラを出してきて「撮ってもいい?」と聞く。キャメロンちゃんは「私用ならいいんだけど、お店の壁とかに貼らないで!」と要求した。(ノリノリが言うに、彼女はオフだったので化粧とか洋服とか気にしていたらしい)それを聞いてノリノリは(なんだ~、どうせお店の壁に貼れないなら…)と思って「おい、ポール!一緒に撮ってあげるよ。」と、二人を並べて一緒に撮ってあげたらしい。そしてキャメロンちゃん一行は帰って行った…。この後、一人でおおはしゃぎだったのは言うまでもない、ポールだった。あちらそちらそこら中に電話しまくり写真を自慢!ノリノリはそれで私に電話してきたのである。「帰る前に教えてあげれば道端で出会えたのに…ごめんね。みんみん。」「…う、うらやましい…」夜、仕事が終わったノリノリを車で迎えに行った。待っていると、ノリノリがぱーっとやってきて私に2枚の紙を渡してくれた。一枚目には「For Nori:」とノリノリの宛名付きの彼女のサイン。二枚目にはそのサインの横にコピーしたポールと彼女の写真。写真はコピーだったので白黒だったけど、やっぱりかわいいキャメロンちゃんが写っていただった…。う~んいいなぁ。***ノリノリのレストランには以前にもメルギブソンだとか、ブルースウィルスだとか、ボブディランだとかそんな感じの人が来ているそうです。あぁ、でもキャメロンちゃんほど感激な人、いないよなぁ…。
April 7, 2004
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21週目を迎えた。日本とアメリカではどうやら数え月が違うらしく、日本の情報によると私は6ヶ月目に値するがアメリカの情報では5ヶ月目である。(日本では10ヶ月目が産む月であるのに対し、多分アメリカでは9ヶ月が産む最後の月となる)どちらにしても20週目が妊娠の中間地点である。ゆーゆーは大きくなって私のおなかもそれに合わせて下のほうが随分と出てきたようだ。胸がでかくて腰まわりが太ってる人が大勢街を歩いていたりジムにだってうろうろしているのに、ジムのハウスキーパーさんは私を見て一発で「あら?ベイビーがいるの?」と聞く。私はえぇ、と答えながらもちょっと不思議な気持ちである。体自体がただの太ってる脂肪とかでなくて、母性ホルモンで充満しているのかもしれない。ジムでジャクジーにちょっと漬かっている時に、私と同じ感じで下腹が出ていてゆっくりジャクジーに入ってきた中年のおばさんがいた。私は「あ!仲間かも!」と思ってなんだか心が一気に晴れて、思わず「ベイビーが(おなかに)いるのですか?」と聞いた。おばさんは冷たく「いいえ。」と返したのだった!そんなこと聞かれたおばさんもかわいそうかもしれないけど、そっけなく答えられた私も相当空しかった。どうして他の人は私が妊娠してると分かるのに、私は妊娠している人の区別がつかないのだろう。あぁ、情けない。体重が二週間前に増えたまま減っていない。これではこの前の検診から2.5キロアップである。脂肪で体が太った、という感じはしないのだが取りあえず胸がさらに輪をかけて大きくなって、まるで巨乳アイドル並みである。乳輪がなんだか大きくなってきて、それに合わせて色もちょっと濃くなってきて、なにより乳首がなんだか大きくなった。ベイビーいらっしゃい!と鏡を見るたび胸が言っている感じ。妊娠線がおなかに出るのも怖いが、こんなに大きくなったら胸に線が出るのも怖いので胸にもローションを塗っている。世の中沢山妊娠線用のローションが売っていて、大体$20(約2200円)以上はする高いものばかりである。高いと少量で$140(約1万5000円)なんてしてしまう。皆、妊娠線が欲しくないからそのくらいのお金は平気で払える。なのに、私がインターネットで探し当てた商品はなぜか$6.50(約720円)で、他のどんな高価なローションよりも評価が良くて5つ星がついている。(これ)ノリノリにほんとにそんなの効くの?と言われるけど、多分ローションなんてこのぐらいが妥当な値段で、値段に騙されて他の製品を買う必要はないんだろうな、となんだか確信している。使ってみるとオイルを塗っている感じだが、塗った後す~~っとして肌に馴染みも良い。使っている私は結構上機嫌である。安価なのでもったいぶって塗る必要もない。***ゆーゆーの動きは前にも増して強くなり、時々ノリノリがおなかを触っていたり眺めていたりしていても胎動を感じたり見たりできるようになってきた。今まで私一人でゆーゆーの大暴れを楽しんでいたが、週末はノリノリと一緒に楽しんだ。ゆーゆーが細かく動いてる時に私達はベッドに横になって、ノリノリは私のおなかに手を置いておく。じーっとしていると、ゆーゆーが「ばこっ!」とノリノリの手の下にアタックした。ノリノリは喜んで、おなかをぽんっ!と叩き返す。するとゆーゆーもまた「ばこっ!」と蹴り返す。また叩き返すと、また蹴り返される。そんなことをずっと繰り返して、ノリノリはゆーゆーがほんとに私のおなかの中にいるんだ、と実感して喜んでいるよう。実家が送ってくれた「はじめてトーク」とかいうそのチューブにおわんがついたような道具を使ってノリノリがゆーゆーに話しかけると、ゆーゆーは丁度声のするところをばこばこアタックする。まるで「あの~!ここから音がするんですけど!ちょっと~!」と訴えているみたい。私の声はそれを使わなくても体の振動で十分届いているようで、私がそれを使う時と、ノリノリが使う時のゆーゆーの反応は結構違っていてなかなか面白い。私が使う時はゆーゆーは「はいはい、聞こえてますから…」と思ってるのかどうか知らないが随分静かである。別に音がするところにアタックしたりとかあんまりしない。しかし、ノリノリがその道具で喋った時は「あれ!体の中から声がしないのになんだか音が聞こえてくる?」と思うらしくて「あの~!ここから音が~!!」とばこっばこっ、となるのである。その反応がおもしろくって、私は毎日ノリノリに「ちょっと~~話しかけてよぉ~~」とねだってみる。親や妹や友達が側にいたら、彼らにもぜひ使ってもらいたいものだ。いろんなページで「この商品は無駄で意味がない」とか書かれているのだが、多分この商品が必要なのはママの私じゃなくてパパとか、他人じゃないのにベイビーに声を聞かせてあげられない人だろう。産まれる前の今だから楽しめる、かなり貴重な商品だと思う。(確かに別にこの商品を買わなくても紙コップとかそんなもので代用できるわけだが)産まれたゆーゆーがノリノリにどう反応を示すかがとても楽しみだ。他にも大きな変化といえば、説明書どおり、20週目を過ぎた先週から心音機でゆーゆーの心音がもう少し聞けるようになったことだろう。ざっざっと私の心音とは違った随分早い音が機械の影でぼんやり動いている。でもなんとなく感じるのだが、心音機を使っているとゆーゆーはあんまり心地が良くないらしく大抵の場合、心音機が当たっているところにゆーゆーはアタックする。時々疲れて寝ているのでその時にこっそりやるとアタックされないが、こっちが音を聞いているだけのはずの心音機なのに何らかの電波か音かをゆーゆーはキャッチしているのかもしれない。あんまりいい感じがしないので、最近はあの機械で遊ぶ回数を減らしている。***昨日はノリノリは創価学会のミーティングで数時間出て行ってしまった。私は最近あそこに行くのがあんまり好きでない。気持ちの問題で、あそこに行って沢山の人々と会い話すのは決して嫌いではなくむしろ楽しいのだが、もともとあの宗教に馴染めないので生理的に避けてしまっているようだ。ここ数ヶ月は日本人の人とも実はあまり会っていない。というのは、とにかく妊娠に関する日本の考え方とアメリカの考え方が違いすぎて下手に日本のやり方しか知らない人と会うとなにかしら「不安」を煽られてしまうのだ。仲の良いまゆみちゃんはお母さんが産婦人科の看護婦なので、やたら詳しい。でもその分、「・・・すると流産になるかもしれないから気をつけて」とか「・・・するとよくない」とかなんだかそんな話ばかりになってしまうので私は恐くて会いたくない。仲もいいし、彼女自身は好きなのに、今話したくない人トップテンぐらいに入ってしまっている。友達思いの私のはずなのに、ちょっとした矛盾で自分になんだかがっかりしてしまう。今朝は突然2月が戻ってきたように寒かった。早くオフィスに出たかったのでノリノリに先駆けてバス停に行くとバスが去ったばかり。びゅーんびゅん風が吹いている中で一人バスを待ち、バスが来た!と思ったら置いていったはずのノリノリが「へへ~っ!間に合った!」とやってきて一緒にバスに乗った。待ち損だ!でも、一緒に行ったから同じところで降りて、オフィスのビルの角のスターバックスでtoffe nut coffeeとかいう新製品のコーヒーを買ってもらった。身も心もあったまって、私達は仕事場にそれぞれ向かった。
April 6, 2004
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ブッシュ大統領は大っ嫌いだが、取りあえずそれでも感謝しなければいけないことがある。今年のタックスリターンで「マリッジ・ペナルティー」というものが解消されたのだ。どういうことかというと、去年まで子供なしの夫婦はなんと独身の人の倍ぐらい税金を払わなければいけなかった。独身でタックスリターンをすると$1000ぐらい返ってくる状況でも、これが「結婚・子供なし」だったりすると一銭も返ってこないのだ!しかも、そんな事実を知ることになるのは結婚してからのこと。税金のことを知って初めて「あぁ!子供もできてないなら結婚するんじゃなかったっ!」と思ったりするわけである。ノリノリと私は一昨年の暮れに結婚したので、その年一年間同居していなかった、ということにして去年は独身同士で申請した。家族の都合で年末に結婚したのにこれほど感謝したことはなかった。ノリノリが多く払った税金がちゃんと返ってきたのだから。私達は金持ちじゃないので$1000違ったら大違いである。しかし今年はそんなトリックも通用しない、とあきらめていたところブッシュさんのこの措置だ。しかも独身の時よりも結婚した方が税率が低くなり、足りない場合は払う額が減り、払いすぎた場合は返ってくる額が増えた。それでみんなが税金を払う分が減ったのだから、アメリカで問題になっている教育費のお金だとか余計に使われている軍事費だとかそんなことが頭によぎるが、取りあえず切実な問題だったのでこれはブッシュさんに感謝しなければいけない。本当にありがとう。来年税率が戻っても、ベイビーがいるものね。これで不合理に払っていると感じないまま、幸せな結婚・家族生活が送れるもの。そんなわけでタックスリターンの締め切りは4月15日であるが、私達は家も買っていないし取り立てて財産もないので別にアカウンタントに頼まなくても自分で申請できてしまう。それは、頼まなくてもいいんだ~!というアカウンタントに払うお金をセーブした気持ちと、ふふふ…こんなもの自分でできてしまうのよっ、と自分を誇らしげに思うささやかな気持ちが重なってなんともハッピーな気持ちでるんるんである。(ただのホルモンのせいか?)1040EZは財産がない独身の方か年収$50,000以下の子供無し夫婦の方用の用紙である。それが一番簡単なフォーム。残念ながら有難いことにノリノリと私は年収合わせて$50,000以上あるので私達は1040Aというフォームを使って申請する。しかし取り立てて財産がないので、記入することはEZの時と同じ。トータルを入れてDeductionを引いて、税金をTax Tableで調べて自分の払った税を差し引いて終わり。そして出した結果は、確認の為ウェブでチェックしてみる。世の中便利なものがあって「tax計算ウェブ」見たいなの(taxturbo.comとか)がある。有料だが、最後まで使わなければただなのだ!だから、取りあえず最後の方まで言われるまま記入してみて、最後にたどり着く直前で「あなたのタックス」という項目に出てきた金額と自分で出した金額を照らし合わせてみる。間違っていなかったら同じ値段が出るので、それでばっちり!と、やり方を皆様に教えてしまったが、そんな風に簡単なので恐れずにやってみたほうがきっと良いだろう。ちなみにノリノリは財政学科卒業をしたくせに自分でできないが。(ぶつぶつ…頼りない旦那…)最近はソーシャルセキュリティーが外国人には出ないようになっているので、その場合のタックスリターンは結構やっかいな物になる。どこかに問い合わせてTax ID Numberとやらを手に入れなければいけないのでもしソーシャルセキュリティーナンバーを持っていなくてタックスリターンを今後するような方がいたら、随分早めにそのTax ID Numberなどを手に入れておいたほうが良いだろう。もらう時はもちろん、「これをどうやってタックスリターンに使うの?」と聞いてみておけば財産がない人は私と同じようにもしかして簡単にタックスリターンの手続きを終わらすことができるかもしれない。そんなわけで、結婚万歳!財産無し万歳!ありがとう、ありがとうっ!
April 5, 2004
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昨日皆さんからいろいろ意見を頂いてほんとうにうれしかったです。この場を借りてお礼を言います。本当にありがとう!!!そしてこれからも何かありましたらどうぞよろしくお願い致します。さてこの度、皆さんに聞いてみた、ということをノリノリに話したところ「女のみんみんがそんなことを悩んだって分かるわけないだろ~。僕の言ってること信用できないわけ?!」と怒られた。でも、でも、でも、でも。やはり切っても切らなくても体のつくりを一生変えるような一大決心である。ゆーゆーを自分のおなかから産む身としては、あ、そう?!とかとかで簡単にどうしても決断ができない。掲示板にも書いたけど「皮」を切ったところで「感じない」と恨まれるかもしれないし、切らなかったところで「ムけない」と恨まれるかもしれないわけである。また逆に切ったおかげで「清潔だし、長くセックスできる」と感謝されるかもしれないし、切らなかったおかげで「マスターベーションが道具なしで簡単にできる」と感謝されるかもしれないわけだ。私の心で引っかかっているのはきっと「皮を切ったおかげで感謝していない人と出会った」いう昨日の日記で書いたことだと思う。彼がただのマスターベーション好きのエロ兄ちゃんになってしまったのはその皮を切ってしまったからではないか、という疑問がずっとあるからだ。そいつは変なやつだったので、もしかしてそいつだけが単なる変態だったのかもしれない。しかし、彼がマスターベーションするためにジェルを日々購入し、ジェルを運悪くきらしてしまったときはこんにゃくとか何かそういうもので代用しないと気持ちよくならないとかそういうことは事実で、イキたいのに、そんなに努力をしないとイケないのかと思うと、皮を切ったおかげで性的欲求不満になってしまうのではないかと将来のゆーゆーを思うだけで心配してしまうのである。(でも世の中沢山切っている人がいるわけで、別に全員が欲求不満になっているわけではないと思うのでこれも勝手な心配なのかもしれないが)ノリノリは日本男児で包茎にならなかったので、普通の皮付きの人である。ノリノリはベイビーの皮を切った方が良い、と言うが、ノリノリは別に皮付きで嫌だった、ってことは「不潔になる」ところ以外はあんまり言っていなかった。じゃぁ、実際皮がない人はどう思っているのだろう?やっぱり「皮がなくてよかったっ」と思っているのだろうか。それとも周りの人みんな皮がないからなんとも思ってないのだろうか。私も「皮を切るのが普通」の文化で生きていればそんなに悩むこともなかったのだろうが、「皮があっても普通」の文化に生きているのでこういう選択肢ができてしまい、どちらを選んでも自分のベイビーの将来のとある一面を変えてしまうことにとても不安を感じるのだ。ゆーゆーは将来アメリカも行き来するが、日本で基本的に暮らすだろうし。逆に、相手の女の子のことを考えると「皮を切った方がよい」というのは断然納得ができる。男の人によってはそういうところをいつでも清潔に保つ、という習慣ができない人もいるだろうからもし彼女が口に入れなきゃいけなかったときとか、その女の子のことを考えて清潔にしているひとが世の中どのくらいいるのだろう、なんて考える。洗いやすいほうが気分がいいに決まっている。しかも耐久力がつく…。あんまり長くても女の子の方は体が冷たくなってきて飽きてしまうこともあるが、うまい男の子になってくれればとっても楽しいセックスライフが待っているのだろう。でもそれはきちんとしたパートナーがいる場合なんだよな。自分が「相手の女」としての立場、ただそれだけで考えるのならそれなりに割礼歓迎なのかもしれない。でも「ママ」の立場でゆーゆー自身のことを考えるとやっぱり…切る必要があるのかどうか…、と感じるのかもしれない。皮がある「パパ」の立場のノリノリは割礼賛成である。そして昨日意見をくれた男性方もみんな割礼賛成である。と、言うことは…じゃましているのは私の「ママ」という立場だけなのかな?そういうことなのかな?欲求不満になるかもしれないとか、ジェルを一生買い続けなければいけないとか、そんな余計な心配と「ママ」の気持ちは捨てて…「ママ」だからこそ割礼しましょう、との決断を下さなければいけないのだろうな。随分前に別れたあの変態のせいで、ここまで悩むことになるとは思わなかった…。ゆーゆーを割礼することになったとして、割礼したその日もその後も、しばらくあの変態のことを気にして私は生きていくのだろう。それは私がとっても無邪気で、そいつに二股かけられたり関係を拒んだのに拒み切れなかったりした、あの頃の甘い自分が犯した罪への罰なのかもしれない。PS 私はかなり真面目に書いていますが、率直過ぎて不快な思いをされた方は本当にごめんなさい。
April 3, 2004
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→→→SamのBar Mitzbahからの続き→→→Bar Mitzbahの儀式がようやく終了し、私の同僚のマイクとマイクの奥さんを見つけたのでノリノリと私は彼らのほうに向かっていった。とにかく会場は見知らぬユダヤ人で一杯なのでここは何とか私達と同様ユダヤ人でないマイク達と行動を共にして後のランチまで場を持たせようとしていた。公民館のような礼拝堂に壁をはさんでまたまた簡素な公民館風の広いステージ付きの会場があり、そのど真ん中にバッフェスタイルのランチがどどーんと設置されていた。200人程の人々が礼拝堂から流れ出てきて、ぼやぼやしている間にバッフェのランチには人だかりができ、人々の分厚い壁に私達は弾かれてしまってずいぶん遠いところでそのランチを眺めていた。「どこから列かも分からないなぁ。」とマイク達とうろうろしていた所、突然割腹の良い一人のおばあさんが私のところにつかつかと直進して来た。「あなた!!!M(私)でしょう! Janが探していたのよっ。」紫色のド派手なスーツを着ていた彼女を見て私は一瞬固まったがその大振りな目鼻立ちと「私」が何物なのかすぐ分かるところを見て思わず「Janのお母さんですねっ?」と聞く。「そうよ~。この見知らぬ人々の人だかりではあなたが寂しい思いをすると思って、探していたのよ。さあさあ私と一緒のテーブルでご飯食べましょうよ~。」あまりの突然の出来事とママの押しで、ノリノリと私はとまどったままマイク達を放って(マイクごめんよ~)そのまま案内されるテーブルに着いた。こんなところにいるアジア人は私達だけなので分かりやすかったのだろうが、誰が誰なのかさっぱり見当がつかない私達を見つけてくれたママに感謝した。しかも、バーミツバの主役のご家族と一緒の席なのである。なんだか有名人に特別待遇を受けた気分。ミーハーな私はちょっとうれしくなる。Janのママは次々にJanのパパ、従兄弟、幼なじみ、パパのビジネスパートナー、Alanのママ、弟、亡き妻のママ、もう知っている人と言う知っている人全てを紹介してくれて来た人みんなに「Mはねぇ、ベイビーボーイがおなかにいるのよ~。」と私に代わって話し続けた。みんながおめでとう、と声を掛けてくれノリノリと私は彼らに次々に自己紹介をし、いつもJanとAlanにお世話になっている旨を話して普通に会話をした。よく考えれば、昔はこんな人だかりがいるパーティーなんていつも壁の花で全体をひっそり観察していることの方が多かったし、人を紹介してもらっても何を話せばいいのか分からなくてただ相手の言うことをうんうんと聞いていただけ、なんてこともあった。けれども、こう積極的にパーティーの一部になってその場にいた人々ときちんと話しをして渡り合って行くだなんて自分にはできるようになったのだぁ、と妙に自分の中で感動していた。それは日本にいたときの私そのままだ。日本にいたとき、初対面の人や大勢の人と渡り合ったりするのになんの苦労もなかったし得意であったけれども、アメリカに来て数年間の間しばらくヤマトナデシコ風にだんまりしていた自分がいた。今のオフィスに働いて2年ぐらいしてからだろうか。どこに行っても馴染める、ていう自分が戻ってきたのは。それは自分にもっと交際範囲を広げさせてくれたノリノリのパワーかもしれない。そんなことはともかく、あれよあれよと人と会い、Janのご両親や学校の先生をしている従兄弟とわいわい言いながらランチをしていた。Janのママは親切にもひとつひとつ食事を指差して「これはベーグルというのよ(知ってるけどうなづく私)、そしてこのスモークサーモンはコッシャー風に塩加減が薄くしてあって・・・」と全部説明してくれ、どれだけ今回会うのを楽しみにしていたか、Janが私のことを好きか、主役のSamがかわいかったか、冬住んでいるフロリダはどうだとか、夏住んでいるボストンの話とか、もう話せるだけ話してしまいに隣の従兄弟さんの椅子についたクリームチーズを拭いてあげているノリノリを見て「彼はキュートねっ。魅力的な旦那様だわっ。」とお茶目に感じたことを教えてくれたりした。愛情一杯のママだったので私は話していてとても感動していた。そしておなかのベイビーの話になった時、彼女は突然私に聞いた。「ねぇ、男の子でしょう?あれ、どうするのあれ?」「?」「あれ、と言うと・・・?」と私はびっくりして聞き返した。「ほら、あれよ。アメリカでは大抵男の子にはするのよね・・・」とママ。ノリノリが「あぁ、あれですね。」と分かった様子。私は突然「あれ」の話になったのでびっくりしたが「あれ」は「あれ」なのであれの話だと認識した。昨日の掲示板に書いてもらったけれども、ユダヤ人には「割礼」と言って生まれたての男の子のペニスの皮を切ってしまう伝統がある。しかしアメリカでは別にユダヤ人ではなくても男の子は皮を切ってしまうのがどうやら普通らしいのだ。私はゆーゆーが男の子と知った時、決してそのことが頭によぎらないわけではなかったがやはり日本人だし、そんな伝統は必要ないのでは?小さいベイビーにそんなはさみいれたら痛いしかわいそうなのでは?と思っていた。「いや、でもあれは私の国ではやらないし・・・必要ないのでは?と思っているんですけれども・・・。」と答えると、ママは「いやいや、でもねぇ、今アメリカではそれをするのが普通だし、菌とかいろいろ考えたらやっぱりねぇ。もうちょっと考えておいた方がいいわよ~。」と言われてしまった。ま、ママはママだし~、参考にね、と思って私はその時は聞き流し内心突然の発言でびっくりしてしまったが、ママの優しい心遣いから成る話題。私はありがたく彼女の考えを受け止めた。その後もたわいのないことをあれやこれやと話して、いつの間にかJanと親しい人々はAlanとJanの家に移動して行きテーブルには私達だけが残された。ノリノリと私は日本人らしく(!)カメラを取り出してJanのご両親と一緒に写真を撮った。ママは元気一杯に見えているけれども、ガンでかなり侵されていることを私達は知っている。フィラデルフィアになかなか来ることもないだろうから、誰もそういうところでカメラを持っていかなくても記念撮影を考えるノリノリの判断は正しいと思った。実際写真をとって彼らはとても喜んでくれた。ノリノリは職場に行かなければいけない時間が迫っていたので、Janとの約束どおり、帰る前に軽くAlanとJanの家に寄るためご両親をそこに置いて彼らの家に向かうことになった。ご両親も家にそのうち来ることになっていたのでそこでまた会いましょう、と話してお別れした。家に着くとアレンが「それが一大イベントなんだよ~」とこぼしていた通り、巨大なテントが庭に建てられていてその中でSamとその友達40人程がDJと大暴れをして遊んでいた。テントを抜けて家に入ると、Janがそこにいた親しい友達達みんなに「私の娘なの~っ。ベイビーがおなかにいるのよ!」と紹介してくれてまたその場にいた人達とお産のことやなにやらで盛り上がった。マイクも来ていたのだが数少ないその場にいた男性だったのでノリノリと一緒に居づらそうな顔をしている。Janの従兄弟がノリノリと私を「家のツアー」に連れて行ってくれた。3階から地下まであって大きな綺麗な家。家具も綺麗で上品なつくりだ。ボストンの話などをしながら従兄弟さんにすっかり打ち解けて、私達はツアーを終えた。リビングの隣の部屋に写真の部屋があって、ノリノリと私はAlanとJanの結婚式の写真を見つけて一緒に見ていた。こじんまりした式場にうちの所長、小錦体型で巨大なビジネスマネージャーのHarryの姿もあり、私はHarryが普段そういうものに参加しないのをよく知っていたので彼が写っていてちょっと驚いた。AlanとHarryはなんだかんだ言って仲が良いのだから・・・。そしてページをめくっていくと、そこに今日会った姿よりももっともっと奇抜な格好をして元気そうなJanのママの姿があった。「これを見ると、今はやっぱり元気がないんだね・・・」とノリノリ。悲しい気持ちになるけれども、会えてよかった。それでも元気だったものね。Janのママは家に来たけれども、朝からの式でとても体が疲れたらしくあまり話す時間もなく上の寝室に休みに行ってしまった。ノリノリが行かなければいけない時間が来たので、その場にいた人々全部とAlanとJanに厚くお礼を言って私達はその場を去った。******夜、ノリノリも仕事を終えて帰宅し、私達はベッドに横になりながらその日の話を沢山した。違う体験だったので、ノリノリと私は二人でうれしかった。Janのママのこと、Janのこと、そして文化に打ち解けた私達のこと。お互いの感想をいろいろ話していたが、ようやく最後にゆーゆーの「あれ」について話題が戻ってきた。「いや~、私はやっぱり必要ないと思うんだけど?」と言うと、ノリノリは、「僕は男として、やったほうがいいと思う。だって、将来包茎になる心配がなくなるんだから。」と(私にとって)衝撃的なことを言った。「え~~~~っ。でも、でも、でも!包茎になる確率ってそんなに多くないのではないの?ノリノリだって平気じゃん。遺伝とか関係ないの?」と私は聞く。ノ:(ノリノリ)「いや、でももしもの為に・・・。だって包茎って分かる時って思春期なんだぜ。それで治すのに入院しなきゃいけないんだよ。」ミ:(私)「入院すればいいんじゃないの?」ノ:「あのね、あのぐらいの年頃の子にその為に一週間入院したなんて事実があったら本当にかわいそうだよ。」ミ:「そういうもんなの?でもそのなるかならないか分からない確立の為に切っちゃうわけ?ねぇ、皮がある自分の経験として皮がなかったらなぁ、って思うこととかあるの?」ノ:「無いほうが早くイカないよ。しかも皮があるとカスが溜まるし、雑菌がはいるし無いほうが清潔だもの。」ミ:「でも~、でも~、切ったらかわいそうだよぉ。」ノ:「思春期に切るよりいいよっ。」そんな感じで私達の会話は結論がなく終わったが、女の私として「切ったらかわいそう」と思っていても男のノリノリが「切った方がよい!」と思っているのであればそっちのほうがいいのだろうか・・・と悩み始めた。以前、アメリカ人で切った人と一緒に居たことがあるが、彼の場合、皮がないおかげでカンジないから女の子ともあんまり感じなくてマスターベーションをセックス以上に一杯していた。(makhさんの彼と違って育ってない)その人は結構皮がないことを嫌がっていたので、それはかわいそうだなぁ、なんて思っていた時期があった。ノリノリは潔癖症のところもあるので「清潔」という主張は彼には合っているけれど、実際のところ、ほんとのほんと、男性はどう思っているのか知りたいところである。楽しく感動的な出会いとバーミツバの式と共に、ゆーゆーの為になぜか大きな課題が浮上した、目まぐるしい一日だった。PS皆様、ご不快でなければ、意見くださいね。真面目な意見を知りたいです。→→→→またはUS Life Indexへ行ってみる→→
April 2, 2004
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シナゴーグはいつも通う韓国スーパーマーケットから北に少し行ったところにあった。ノースフィラデルフィアにあるそのスーパーは別にたいした場所にあるわけではないのだが、その先をちょっと抜けていくと道路脇には立派な家が立ち並びあっという間に高級住宅地街に変わる。低所得層が多く住んでいるすさんだ街並みでも車で10分行けば、全く別の土地にいる気分になるというものだ。特にフィラデルフィアは市街を抜けると道1本1本変わるだけで歩いている人の雰囲気ががらっと変わったりする。隣の道はぼろぼろの家、歩いている子供達もギャングだったりして大騒ぎしているが、横の道はぴかぴかの家が立ち並び、綺麗に整備された道に静かに車が並んでいたりする。綺麗な家が立ち並ぶ辺りはどんなに近くてもギャング達は近寄りがたいらしく意外に静かで、横の道、あるいは車で10分行った場所がぼろぼろの郊外などとはとうてい想像がつかない。招待状に式は朝9時半から、と書いてあったのだが、Janは「みんな遅れてくるから10時ぐらいにくればいいわよ」と教えてくれた。それなのにノリノリと私はさらに遅れて10時15分に到着した。ユダヤ人の教会であるのでゴシック調の伝統的な教会の建物を想像していたのだが、実際そのシナゴーグはそこら辺にあるモダンなビルとあまり変わらない、いや、どちらかというと公民館みたいなあまり芸のないコンクリートの建物だったのでちょっと拍子抜けする。どうやらユダヤ人学校とくっついているらしく、中に入ると学校みたいなつくりになっており、廊下の壁にいろいろ注意書きやお知らせの紙が張ってあったりして、そんな様子を見るとフィラデルフィアにある創価学会の会館と殆ど変わらいなぁ、と妙に一人で感心した。そしてその奥にとても広い空間があり、教会と同じように奥にラバイ(ユダヤ教の神父)が立つ小高いステージ、そこを中心にして木でできた長い長い椅子が前から後ろまで何列にも並んで、空間を埋め尽くしていた。そっと後ろから入ると、今日の主役のSamとお兄さんのBen, 両親のAlanとJanがそのステージの後ろに設置された椅子のところに座っていた。私達が入ってきたことにJanは気づいたらしく、こっそり手を振ると振り替えしてくれてノリノリと私は取り合えず一番後ろの列の席に座ってみた。座ると男の人がやってきてノリノリにユダヤ帽を「かぶってね!」と渡しに来た。白いシャツにパステルブルーのネクタイ、濃いグレーのスーツでかっこよく決めたノリノリだったが、その帽子は簡素な真っ青のサテン素材でできていてあんまりかっこよくなかった。ノリノリはとまどっていたが、ほら、ちょうど髪がうすいところが隠れていいんじゃないの、と私は強引にかぶせてみる。気にしてることを言われて、当然ノリノリはふてくされる。斜めを見るとうちのオフィスによく来る印刷屋さんのチェリーがいて、あ!と声を掛ける。ユダヤ人のチェリーは、今はね、ここのページを読んでるからこの本開けなさい、と前の椅子の裏の入れ物に入っている聖書を渡してくれてわけの分からないまま私は目を通した。聖書はヘブライ語で書いてあり、一応半分英語訳がついている。しかしステージの上でラバイはヘブライ語で喋っている。一体どこを読んでいるのかは想像つかない。ノリノリと私は目を合わせて、さっぱりわけわからないねと日本語で会議をして、分かっているフリをしながらきょろきょろ周りを観察し始めた。教会だとその神父が立つステージの裏にキリストの像とか十字架だとか、そんなものが置いてあるが、ここユダヤ人の場所にはもちろんそんなものはなく、金色の鰹節(ごめん、ユダヤの人)みたいなオブジェが裏の壁一面にただひたすら散らばっているだけである。あれは多分このシナゴーグでのデザインだとは思うが一体あれはなんなんだろう、とノリノリと私はそわそわする。天井の方にはステンドグラスが心持ちはめられておりそれなりに教会風のものがおいてあるが、内装はやはりどう見てもモダンなので公民館に教会の椅子とステージが入った感じがする。賛美歌のようなものを周りの人が歌い終わると皆着席し、ステージにいるラバイの横にSamがやってきてポディウム(教壇)の上に置いてある巨大な巻物の一部を読み始めた・・・と、いうかなんと歌い始めた。とにかくユダヤ教のものに参加するのが初めてだったのでびっくりしたのだが、彼らはどうやらその巨大な巻物(教典)を読むとき日本の長唄みたいに歌いながら読まなければいけないらしく、ラバイもSamも他に出てきて教典を読み始めた人も皆歌いながら読む。「イ~ジャェ~ラ~ア~ハァ~二~クマリ~♪♪ハリシメ~タ~クリジャル~♪♪」(↑適当に書いてます)こんな感じに延々と歌い続けるのだが、どうやら旋律だって決まっているらしくある一定のところに来ると会場に居る皆も一緒に唱える。あの巨大な巻物には教典だけでなく、楽譜も書いてあるのではないか、と私は疑い始めた。そのぐらいすらすらと教壇に立つ人々は歌い続ける。歌い続けるその感じは、まるでアフリカや世界の原住民が火を囲んでなんか歌っているのとかとあんまり変わらない雰囲気だ。さすが、世界で指折りの古い宗教とだけあり、そういう原始的なところに繋がっているのだなぁ、と考えた。キリスト教では聖書は読むが、聖書を歌い読みはしないだろう。どっちかっていうと、あの創価学会の人々が皆でお経を唱える雰囲気に似ているのかもしれない。ノリノリはそういうところに共通点を見つけて結構喜んでいた。ユダヤの男性はスーツの上にショールみたいな綿でできた布を肩にかけており、一節一節、自分の読むところが終わるとそのショールの角を手に持って教典に軽く触り、そしてその教典を触った角を自分の口に持っていって吸う。(もしくはキスしてるかも?)最初、あぁ、あの大事な教典に皆さん唾でもつけているのではないか?!?!と思っていたがどうやらそうではなくて教典の生気を吸っている、というかそんな仕草に見えた。そんな感じで人々が教壇に上がっては歌い、歌い終わったらショールで教典の生気を吸い、また新たな人が現れて歌い、皆がなぞり歌い、とかそんな感じのことを繰り返して1時間ぐらい経ってしまった。アレンも出てきて歌っていた。アレンは歌うタイプの人ではないので、部下の私としては面白く見ていた。ノリノリと私は聖書を開いて参加しているフリをしながらとにかくきょろきょろしていた。そういえば、この会場にはアジア人など誰もいない。私達はとっても目立っているはずだ。心なしか、人々の視線が気になってしまう。そうしてようやく、Bar Mitvahで読まなければいけないところが終わったらしく、Samが英語でこれからの豊富みたいなのをスピーチし始めた。Samはまだ変声期前なので少年のとってもかわいらしい声で、僕はバスケが大好きだし、将来ユダヤ教をしっかり信じて頑張ります、来てくれたあなたも、あなたも、あなたも本当にありがとう、とそんなことをスピーチして皆を笑わせた。そしてラバイはSamに教会からのバーミツバギフトを渡し、ようやく成人を認めた感じだった。あぁ、なんとか一息ついたかなぁ、とわけの分からないまま見ていると、どうやらそれで式の「第一部」みたいなのが終わったらしく、ラバイが巨大な教典の巻物(ちなみに巻物の核に黄金の巨大な棒が両脇に入っている)の棒の部分を握って、会場をゆっくり歩き始めた。すると、椅子に座っていた人々がその通り道に群がって、男の人はその肩にかかっている綿のショールで、おんなの人は素手でその巨大巻物に触っていき、触って手を口に持って行き生気を吸い始めた。ノリノリと私はなにがなんだか分かっていなかったので呆然と通り過ぎる様を見ていたが、有名人が通っている時もあぁやって人々は群がって肩に触ったりする、全くそんな雰囲気だ。ミーハーな私はとっても触りたくなってきて、椅子から出ようとしたが、ノリノリにやめなさいっ、と引き止められて泣く泣く巨大な巻物を見送った。物惜しげに見送っていると、ステージ上、教壇裏の鰹節のオブジェが、なんとどど~んと真っ二つに割れてまるでアラジンの扉のようにゆっくりと開き始めた。あの黄金の壁一面のオブジェはなんと巨大なドアだったのである。そして、その裏にはまたまた黄金の壁に塗られた巨大な棚が現れ、そこになんと7本もの巨大巻物の教典が並べられていたのだった。そしてひとつのスペースに空きがある。私が見送った巨大巻物は、ラバイにゆっくり持ち運ばれその空きスペースにきっちりしまわれた。全部で8本そろった巨大巻物はまた、鰹節オブジェのドアの奥に消えていった。ひえ~~~っ。私は有名人を8人見たような気がしてなんだかうきうきである。しかもどんな教会にもいるキリスト像と違って、結局隠されてしまったのではあの巨大巻物達はそんなにお目にかかれることもないのだろうと思い、やっぱり触っておきたかった、などとちょっと悔しい気分になる。気づくと賛美歌の時間になったらしくて、人々は聖書とは違う小さな本を前の椅子の背中から取り出してラバイに指示されるべく歌い始める。どこからかパイプオルガンの音がしてきて、ノリノリと私はページを目で追うがヘブライ語で歌っているようなのでやっぱりなんだかよく分からない。主役のSamやAlan達は既にステージから降りていて、粗方歌い終わるとラバイが延々と話をし始めた。私はこの頃にはもう結構飽きてぼけーっとラバイの話を聞いていた。ノリノリも飽きてトイレに行った。招待状にはこの後すぐランチに入ります、と書いてあったので私とノリノリはランチのことで既に頭が一杯である。いやいや、その前にJanのご両親と会う、という一大イベントが私には残されていた。どっちかっていうとそっちのことで頭が一杯だった。Janのママは私がオフィスで働き始めた3年も前から毎日のようにJanから私の話を聞かされてるはずだ。会うのは楽しみだけれども、緊張する。そしてAlanが言っていたが、ランチにはこのままこの会場の人200人ほど全員が参加するらしいから一体どうやってJan達と話すことができるんだろう。ユダヤ人でもない私達には肩身が狭いランチになるかもしれないなぁ、なんてそんなことを思いながら全3時間のBar Mitvahの式の終わりを待ち構えていた。→→Janのママとついに会うに続く→→→→またはUS Life Indexへ行ってみる→→
April 1, 2004
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