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世の中様々な人々がいてその性格も気持ちも考え方も十人十色だから一つに結論を決められないけれども、なんとなく一定の傾向性があると思う。恋愛や愛については、その人達同士の出会い、境遇、環境、色々なものが作用してくるし、初めも終わりも様々なストーリーがあるし、最終的に残るのはその人個人の「思い出」という形、またはその現時点においての活力源だったりするし、そしてまたは未来への希望になったりするだろう。ただ、一応人間、という考える生き物である限り、それがどんな形であっても(生理的でも精神的でも)人生の中で経験しない事はないし、そして死ぬまで受けていたり求めていたりする必要不可欠な要素であることは変わりない。結婚などして1人の人をパートナーとしてずーっと一緒にい続けること・・・これを沢山の人々が「妥協と忍耐」という形で述べているけれど、実際そこに「愛」を見出してそのパートナーを一生愛しつづける事ができるのだろうか。それともやはり結局は「妥協と忍耐」になってしまうだけで、もうそれ以前の「恋愛」的な気持ちは残る事は無くなってしまうんだろうか。無くなってしまうような「恋愛」の気持ちは結局時間が経てば「幻想」として葬られてしまうものなのだろうか。こういうことはその時の本人達の気持ち次第なので、別にこんなに小難しそうに論理を立てて説明する必要など全くないし人によっては余計なお世話かもしれないけれども、なーんとなく頭に浮かんできたので自分なりにゆっくりと思うことを解き進めてみようかなぁ、と思う。<恋愛は幻想>恋愛にも当然色々あるけれども、取り合えず、とある人に出会ったりした時に心臓がばくっ!となったりはっ!とどきどきしたり、その人のことが気になって気になってしょうがなくなったり、一目見て呼吸が激しくなってしまったり、不思議だけれども頭よりも生理的な体の反応が恋愛が始まる一番最初に来ると思う。それからその人のことを考えたり、ちょっと見ただけで顔がほころんだり、うきうきしたり、そして何回も何回も会いたい、会いたい、と思ったりする。次にその人が自分のことを気にしてくれないかな、と話し掛けてみたり、ちょっと親切な事をしてあげたり、また逆にいじめてみたりして相手の反応を伺う。相手の反応を見るのがうれしくて、また何かしてみる。そして、相手が自分に気を持ってくれるんじゃないか、自分の事好きになってきたんじゃないかな、なんて気にしてみたりしてお互いの「心」が引き寄せられていく時間をじわり、じわりと感じていく。多分、ここまでの「さわり」の過程が一番楽しいんじゃないかな。ここに時間をかければかけるほど、本当にお互いが両思いだった!と確かめ合った時のうれしさはもう一生忘れられない「美しい思い出」になる。その時を思い出すだけで何年、何十年経ってもどきどきする事ができる。そんな素晴らしい瞬間だ。さて、問題はそれからだ。その後にどんな結果がついてくるかでその「美しい思い出」も輝くか廃れるかはっきり分かれてしまうことが多い。歳を取って悪い経験を重ねていくともうその思い出を崩すような「結果」を考えるのが辛くなってきて、上の一番楽しいと感じる過程で大抵恋愛を止めてしまうようになる。もしくはその延長で自分にぴったりのパートナーを見つけて引退(笑)、違う違う、結婚という形で「さわりの恋愛」に幕を引くことができたりする。では、「さわりの恋愛」の先の「結果」として何があるのか。その恋愛で遂げた両思いの先にはたった二つの過程があって「精神的な双方の歩み寄り」と「セックス」である。大抵の場合、男性はこの恋愛とセックスは直結していて、両思いになったらすぐセックスしたい、となる方が多いみたいだ。両思い・好き=セックスらしい。しかし女性の場合、恋愛といえばその「さわりの恋愛」で築いた時と同様、精神的な気を引き合う、そして歩み寄っていく過程をいつでも求めていて、その延長上にセックスがあったりする。(もちろんすぐセックスしたいっていう人もいるだろうが)この場合、両思い・好き=精神的な歩み寄り>セックスとでもなるのかしら。「美しい思い出」が廃れる一番の原因はその「セックス」により重点が置かれている場合だと思う。男性のように気持ちとセックスが直結していると、女性が求めている精神的な歩みよりはとてもじれったく感じるだろうし、その違いを理解していないと男性はずーっと精神的な歩み寄りを図ろうとはほとんどしない。そして・・・同じ人とのセックスに飽きて、その相手の女性の中身もあまり理解できず、疲れて気持ちが離れていく。また逆に女性は決してセックスが嫌なわけでなくて、むしろセックスをした方が安心したりするけれども、相手に気持ちを伝えても完全に精神的に納得いくまで理解されないままセックスでごまかされてしまったりして、しまいにはセックスでなんとかしようとする相手の気持ちに不信感を抱いてしまい、気持ちが離れていく。(そして弱い女性になると自分が求めていなくても男性の「好き=セックス」を信じて、セックスをすることで男性に愛されていると確認しつづけてしまう事も起こる)「セックス」はあくまでも一過性のもので、どんなに楽しいセックスをしつづけていても、それだけでは「愛」の絆は深まらないし一生を乗り越えられるような強さを持つことができない。ここで「精神的な双方の歩み寄り」が同時に確立されていないと、恋愛は結局セックスをして終わり、そしてそのセックスだけの為に別れや喧嘩など必要以上の精神的苦労を蒙りたくない、そんな「悪い結果」しか頭に浮かばなくなってくるので「恋愛は幻想」という「さわりの恋愛」だけを表現した言葉になるのだと思う。大抵、このケースが原因でできた「廃れた思い出」は頭に来たり空しさが残るものの方が多いと思う。さわりの恋愛感情と体だけ満たされて、残りの精神的安定感が生まれないからだ。だからなおさら恋愛は幻想になる。もちろん別にどんなに精神的な歩み寄りをトライしても性格的な問題ですれ違いが起こることもあるし、それ以前に相手が自分に合うか合わないか「事前の見極め」もかなり必要な要素ではあるから「廃れた思い出」にも様々な原因があると思うが、セックス重視が原因の廃れた思い出は特に経験が少ない頃の恋愛に生まれやすいのではないかな、と思う。とにかく、こんな思い出が自分にとって負担であればあるほど、さわりの恋愛を求めたくなったり深い恋愛に臆病になったり、もしくは逆に「愛」を心底求めるようになったりとその人個人個人の行く先に深く思い出が影響する。→→→続く→→→
May 31, 2004
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Slipknotの新譜、Vol.3 (The Subliminal Verses) が出た。<スリップノットの全般的な音楽の流れ>Vol.3はSlipknotの三枚目のアルバムになる。一作目のSlipknotは1999年の夏に発売された。アメリカでも相当売れたけれども、日本人好みのメロディアスでハイスピード、荒れ狂うドラムに誰もが圧倒されて日本でも大人気になった。普通のメタル好きなら、あぁ、こんなのが聴きたかったよ・・・と必ず思う一枚。二作目のIowaはそれから一転してデス調のスーパーヘビーになる。一作目のメロディー&スピードが好きだった人はかなりショックを受けたに違いない。が、そのデス調もドラムの重さも素晴らしくて、おもーい音楽を求めていた人にはかなり最高。私は随分このアルバムを聴いたし、本当に重くて楽しい音楽。デスの割には早めのテンポ、やはり重くて激しいドラムが最高。バンドにはドラムが3人いる。そして2001年、Iowaを出してからSlipknotは活動をちょっと休止した。ボーカルのコリーとギターのジェームズが昔のバンド、Stone Sourを復活させて、Slipknotでつけていたマスクも外して素顔で活動をし、アルバムを一枚出す。アメリカンハードロックのゆったりさや重さが大受けして大ブレーク。Slipknotとは全く趣が違う音楽だけれども、これを聴くとSlipknotが持っている力強いメロディー的な部分はこの感性から来ているんだなぁ、と妙に納得する。またそれと別に同時期、SlipknotのドラムのジョエイがMurderdollsというバンドを結成してアルバムを出す。こちらは素顔ではでなかったが、化粧ばっちりのビジュアル系で、かなり早いテンポのオールドスクール的な軽ロック。これを聴くと何でSlipknotはあんなにテンポが速い音楽なのか、かなり納得する。軽ロックでメロディー&ハイスピードだったので、多分アメリカより日本での方が受けはよかったかもしれない。アメリカのメタル好きには、まったく違う音楽なのであまり受けは良くなかったと思う。コンサートの観客もパンク系の女の子の取り巻きが多く、黄色い声で会場が埋まる。さて、この経過を経て今回の三作目が来るのだ。残念ながら一作目のようなあっという間に頭の真ん中が宙に浮いてしまうようなそんな衝撃は無いけれども、二作目のデス系よりは一作目の雰囲気を取り戻している。数曲はストーンサワー系のゆったり、アメリカンロックも折りこまれていて、ストーンサワーをかなり聴いていたアメリカ系の人にはすんなり受け入れられるが、聴いていなかった人達にはぴんとこないかもしれないな。残りのヘビーな曲達は二作目のIowaの雰囲気も失わず、ハイテンポ・おもーいドラム、気持ちだけメロディアスというスリップノット全般が好きなら絶対気持ちを裏切らない構成になっていると思う。ストーンサワー、マーダードールズという随分違う感じの音楽を聴かされたので、どうなるか不安だったがファンとしては合格。そして、その別バンドの時の音楽性もばっちり蘇るようなアルバムになっている。ドラムが幾重にも連なる重さ、そしてメロディーの後を追うテンポの速さ、そして全身で速さを駆け巡ったと思ったら突然来る静けさ。やっぱり脳天が宙に浮いてくる。いいぞー!<Slipknotのコンサートの様子>大好きなバンドなので、このバンドのコンサートに何回か通った事があるけれどもさすが、大人気のバンドであるだけパフォーマンスはかなり激しい。人生で行ったコンサートの中で最も危険だったベスト3に入る。普通、モッシュピットができるコンサートとなると、大きなピットが会場に1つ、2つできて人々が大暴れとなるがこのバンドのコンサートの場合、中くらいのピットが前だけでなく後ろの方まで10個ぐらい会場に現れて、そこら中で人々が暴れている。安全に立てる場所が無いので相当の注意が必要である。音楽がハイスピードで重い為に止まるところが無く、人々は最初から最後まで暴れ続ける。モダンメタル好きから、クラシックメタル好きまで幅広く愛されているバンドなので、ロンゲ組も相当見かける。年齢層も幅広くて、かなり親父までやってくる。そういう人達はドラックやってる人も、ビール飲みまくって酔っている人もいて、それがあの混んだ暴れている会場で動き回るから大変だ。ロンゲ組は髪を振り回して音楽を楽しむので相当迷惑。これも気をつけたほうが良い。バンドの方も、ただ演奏するだけでなくパフォーマンスにかなり気合が入っていて花火などはよく音楽に合わせて飛ばす。なんせメンバーが9人いて全員体がでかくて覆面、かなりの迫力だ。いつでも全員が忙しいわけではないのでドラムのやつらなんかは物を投げて遊んでいる。ドラムは3セット、そして上に下に動く!そんな不安定なドラムによいしょと乗って大暴れするメンバーや、ボーカルはステージ脇の背の随分高いスピーカーなどに乗ってそこから観客に飛び降りたりする。会場はそれに合わせてクラウドサーフィングも激しく、ひっきりなしに後ろから人が泳いでくる。なのに突然ある一定時間になるとメンバーは会場の観客全員を座らせて「我慢」をさせる。そして・・・音楽が始まり・・・サビの音楽が盛り上がる部分で・・・会場は「我慢」を解き放たれる。その時の盛り上がりようと言ったら、もう絶対経験しないと分からないが彼らの音楽が体に入ってきて会場全員の脳みそがどっかにイっている。その音楽を聴く事に快感が生まれて、明るいステージと熱気が快感を頂点に持っていくんだ。その重い音楽を聴く事の喜びを体中で表現できる、そんな開放された空間に招待される。***自己満足。興味のある方、ぜひ聴いて見ましょう!現在日本でも洋楽部門でセールス1位を飾っている様子。
May 30, 2004
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ノリノリが新しい仕事を始めて既に4ヶ月が経とうとしている。金曜日ほど気が楽な日はない。街に沢山人が出て綺麗な格好をして賑わい、皆がグループを組んで楽しそうに集う。アメリカでは大抵日曜日は休息日で皆教会に行ったり家族と過ごし街は閑散とするので、金曜の夜と土曜は街に繰り出して気楽に過ごすにはもってこいである。月曜の仕事のことも考えなくてよいし、一番楽しめる時間だ。ノリノリが仕事を変える前は仕事が終わる時間もほぼ一緒だったので、数ブロックしか離れていない仕事先から一緒に自転車に乗って毎日帰り、金曜日はよくいろいろな場所に立ち寄って食事をしに行ったり、映画を見に行ったりと何かと楽しい時間を過ごしていた。金曜日を1人で過ごすようになって、もう随分慣れてはきたが街に沢山の人が楽しそうに歩いているのを見ていると途方も無く淋しく感じる時がある。最近お腹がさらに大きくなり体が重くなって、動き回るのが辛い時が沢山ある。仕事が終わると、もう何もしないで家で寝ていたいというのが本音だ。でも金曜日になると何かしたい、としばしば思うのにそれを1人でする気力も元気もでてこない。したくても元気が出ないから結局家に帰るわけで、心が落ち込む。そしてノリノリといつも楽しんでいた時間を思い出したりして、ちょっと哀愁に浸ったりしてしまう。職場にも友達はいるが、金曜日に働きに来る友人はおらず大体平日にランチを一緒にする。他の友達も今は結婚していたり、既に日本に帰ってしまったり他の州に引っ越してしまったりと、気軽に待ち合わせをして遊ぶような人は私の周りにはもういない。結局、お腹のゆーゆーと自分に向き合うことになってしまう。そんな日は一応スポーツクラブに行って、水泳でもする。金曜日のスポーツクラブは当然だが、とっても空いている。帰りのバスの時間を考えてさっさと水泳を終わらせて、シャワーを浴びてジムを出ると、そんな日に限ってバスが30分以上来なかったりとかしてしまいさらにがっかりする。帰宅してパソコンに向かっても何も書きたいと思わないし、楽しいはずのパソコンもちっとも楽しくなくてうんざりしてくる。で、結局簡単にノリノリの分の食事を作って、おにゅーのベッドで横になる。**ぐったりしていると働いているはずのノリノリから電話があった。まだ夜の9時50分だ。どうしたの?!と聞くと、今日は昔のオフィスのXXちゃんの送別会があってレストランの社長に「送別会にちょっとだけ顔を出してそのまま家に帰っちゃいなさいよ!」(一応他にも働いている人がいたり、メモリアルデーウィークエンドで連休になるためレストランの客が少なかったとかそういう理由で余裕があったのだが)と言われて、さっさか職場を引き上げることにしたそうだ。そして、「ね、みんみん、どっか行こうか?!」と聞いてくれた。ぐったりしていた私はそれを聞いて一気に元気が出てきて「行くよー行く行くっ!!!」と答える。それからすぐ家を出て待ち合わせ場所に行き、サウスストリートまで足を運んだ。サウスストリートは週末はいつも栄えていていろいろなお店があるが夜遅くだったので、6thと側のベインブリッジストリートの角にあるクレープ屋に入った。食事系の豪華なクレープも置いてあるが、二人で2種類のデザートクレープを食べる。食べながら今日一日の出来事や、あれはどうなった、これはこうなっただの仕事のいざこざなどもすっかり話して、私達はすっきりする。お店をでると、いつも歩くサウスストリートのコースを辿って古着屋で遊んだり、ライブハウスに立ち寄って今後のコンサートをチェックしたり、いつも行くカフェに掘り出し物を探しに行ったりして、歩きつかれたところで満足して家に帰った。「実はね、電話を貰う前に『淋しい金曜日』っていう題名で淋しい日記を書いていたの。」と告白した。ノリノリは笑って「いつも、ごめんね。」と謝る。「いいのいいの!もう慣れちゃってたんだから。でも、今日は電話貰ってうれしかったー!」と素直に私は言う。私達はいつもすごく素直に「愛してる!」という言葉を二人で言う。そう思うときにいつも言う。それは私の両親がとても仲が良くて、そんな二人を見て育ったからかもしれないし、ただ単に素直に育ったからかもしれない。ノリノリも最初、その言葉を言う時に躊躇っていたことがあったが一回言うようになると、言いたい時に自然にでてくるもので心と言葉がつながっている事、そして相手にもその気持ちが伝わる事が安心感と喜びを産む。日本にいた時、そんなこと言うのも結構恥ずかしいかな、と思ったときがあったけれどもアメリカに来るとI love youというのも、人前でチュッ!とキスをするのもとても普通で実際好きな人にそれができるのは変に遠慮が無くて、でもうれしくて、心から相手と一緒にいてうれしいと表現できる手段だ。そしてその気持ちをノリノリをシェアできることがうれしくて、一緒にいれて良かった、といつも感謝する。**今週の土曜日ノリノリは仕事だけれども、日曜日にはフォーシーズンズホテルでブランチをすることに私達は決めてみた。ノリノリから連絡が来て、予約を入れたとのこと。そのお金をどこからだせるかちょっと悩むが、ゆーゆーが生まれたらもう行けないので、折角の3連休、一日ぐらい豪華に、おいしく、デートをしよう。あのレストランは私達の一番最初のバレンタインデーを過ごした思い出の場所だ。何を着ていくかは、考え中!*アメリカではバレンタインデーは「男性」が「女性」をもてなします。
May 29, 2004
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今週から28週目、日本の数えで8ヶ月、アメリカの数えで7ヶ月に突入した。アメリカでは最初の1から3ヶ月をFirst Trimester、4から6ヶ月をSecond Trimester, そして最後の7から9ヶ月をThird Trimesterと呼んでおり、私はついに最後のTrimester入り、いよいよ出産を控えて現実的に準備を始める時期である。これから検診は2週間に一回になり、今までより多くドクターに会うことになる。昨日の検診の直前に超音波検査を受けるようドクターから指示をされていて、ノリノリと私は久しぶりにゆーゆーと対面した。随分大きくなったようでゆーゆーの部分部分が切れてしまい、あまりはっきり何が写っているかわからないときもしばしば。ゆーゆーは横顔しか見せてくれず、なぜか片手でこぶしを作って、おでこにあてている。前回は手を振っていたが、今回は「考える人」の真似でも見せてくれているらしい。小さく動く心臓には相変わらずはっきりと「白い点」が左右対称に写っていた。消えているかしら?と期待をしていたので、ちょっと残念ではあったがもうあまりこのことは気にしていない。今日の検査官も「この点が心臓にあって普通に生まれてきたベイビーをもう沢山見たから、気にすること無いわ。」と言い切ったので、ま、そんなもんだよね、と聞き流す。元気だというのはわかっているので、あまり質問しても意味が無い。心拍数は133と前回の156から随分落ちた。大きくなった証拠なのだろう。もしかしてゆーゆーが寝ぼけているから遅かっただけかもしれないけれども。全てが順調に育っている様子で、何も問題ありませんね、と検査官はさっさかチェックを終えた。推定体重は2パウンド9オンス(約1230グラム)で、先々週ぐらいから食欲が減り体重が落ちているのだがそれとは関係なく育っているみたいだ。その後、主治医のドクターに会うと、うーん、全てが順調ね、と言われる。あまりにも問題がないので一応食欲がなくなっただの運動すると息切れが激しくなるとか言ってみるが、それはね、普通の事なのよ、で返事は終わり。運動も続けるべきだし、別に食欲がちょっと無くても問題は無いと言う。その朝は普段以上に格別にトイレが近い朝だった。ゆーゆーが大きくなってきているからだと分かっているが膀胱に圧迫を受けているらしく、普通にトイレに行きたい日とかなり頻繁にトイレに行きたい日があり、後者のような日はほとんど何もでてこないと分かっていても数分後ごとにトイレに行かないと気がすまないので地獄のようだ。しかもそんな日は必ずゆーゆーは大暴れしていて膀胱を蹴られる度にい、い、痛いよー、とゆーゆーに必死に話しかける。気が向くとゆーゆーは静かになるが、その膀胱炎もどきは終わらない。超音波検査をした時、あら、ベイビーはBreech Positionにいるわねぇ~、と言われた。検査官の人が「トイレに頻繁に行きたくなるでしょう?!」と聞いたので「えぇ、いつもではないんですけど今日は格別に行きたくて…時々あるんですよねぇ。」と答える。で、その原因がBreech Positionなのだそうだ。…逆子である。いつもベイビーの頭を超音波検査で見る時は自分から見てお腹の右下をチェックしているのだが、今日は左をチェックしていた。今まであれだけ運動したりして動き回っていたのに逆子になってなかったほうが不思議だったので、あぁ、この膀胱炎の感覚が逆子の時なんだー、と妙に納得する。で、いつもこの膀胱炎感覚を味わっているわけではないので、多分ゆーゆーは自由に動いているんだろう、今だけ逆子になってるだけで、と自信を持つ。と、勝手に自信を持っていたが、自分の主治医に一応「あのー、逆子みたいなんですけど?」と言ってみる。(自分から言わないと何も言おうとしない私のドクター…。)すると期待していたとおり「まー、そうだけどまだまだ動くからね、36週目まで気にする必要ないわ。」、とそれで答えが終わる。彼女はいつも「あのね、そういうことは今、気にして欲しくないのよ。大丈夫だから!」と言っているので、まぁ、同じくそういうことなんだろうなぁ、と一人で納得する。ノリノリは横にいたが、あんまりぴんとこないらしくぼーっと私達のやりとりを聞いていた。最近、ベイビーが生まれる前に新しい車を買おう、とノリノリと私は決めたので彼はそのことで頭が一杯だった。診察を終えて、車に乗り込むと「ねー、どうしよう、どっちにしよう?!」とゆーゆーのことはそっちのけで車のことを考えている。数ヶ月前にトヨタからScion(サイオン)というブランドの車が発売されて、もともとの設備がよい上に値段もお手頃なので私達はそのブランドの中からXAにするかXBにするかやたら悩んでいた。XAのほうが格好がよく、運転しやすい。でもこの買い物天国のアメリカではちょっと小さすぎる車で、そう思うとちょっと不恰好で運転しにくくても大き目のXBの方が良いんではないか、とそんな贅沢な悩みである。私はそれよりも資金繰りに悩んでいて、大きいほうがもちろんちょっと高いし、どちらにしても一体どうやって払うんだろう…集められる現金にも限度があるし、ノリノリはローンを組みたくないとか無謀なことを言っている。(ローンを組んで車を買うと車の保険がかなり高くなる)私の貯金、ノリノリの貯金、二人の貯金、親からの祝い金、私の(自慢の)アメックスのクレジットカード、どう合わせたって車を買っておつりが出るような金額にはならない。全く気が遠くなる。そんなことを二人で話し合いながら、ゆーゆーがおでこにこぶしをあててたねー、とその日の感動に話題が戻った。ノリノリは「いやー、今からそんなに考えてもらっちゃ困るんだけどなぁ。」と笑っていたが、車のことを思い出すともしかしてゆーゆーは一緒にどうすればいいか悩んでるんじゃないのかしら、なんて思いついて私もまた笑った。
May 27, 2004
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赤くみみず腫れのようと言われる妊娠線には見えないのだが、お腹の真ん中、おへその下からおへその上にまっすぐ薄く茶色い線ができた。ネットでぶち当たった情報によるとそれは「中心線」だという。私が胎児の時に右半分と左半分が左右対称にできて繋がった、そしてその時の線がなぜか妊娠するとでてくるとか書いてあった。さっぱり意味が分からない。でも、真ん中にまっすぐその線は入っていて、とにかく妊娠線ではない。ベイビーを産むと消えるらしいが、こんな線が現れるのも不思議な現象の一つだと思う。***不思議、と言えば、人の心。いろいろな恋愛があるけれども、自分がその人に気があるんだ、とはっきりした証拠を相手に見せてしまった途端、その人はまた新しい人を求めて去ってしまう時がある。最初はあんまり気がなかったのに、なぜか見つめられたり優しくされたりして思わず相手に惹かれてしまう時がある。相手のことをちょっと分かっていなくて、でもなぜか自分の方を向いていてくれているという微妙な圧力が、なぜかうれしい。(Makhさん呼ぶにSM論理かな?!)それでなぜかその圧力にわざわざ吸い込まれるように進んで行って、その圧力を解こうと扉を開けた途端、その先には結局なんにもなくてその微妙に圧力を楽しんでいた時の思い出と去ってしまった空しさが心に残る。じらしてじらして扉を開け損ねた時の気分と、結局開けてしまって無くなってしまった時の気分は結構似ている。でも、開け損ねた時の方が余韻がいいかもしれない。でも、そんなことは結果が出るまで全部「仮定」の世界で、それ以上の判断は経験と直感ぐらいでしかできないし結果が出たところで自分がいかに捉えるかも考え方次第だ。それを知っていて恋愛と言うゲームを楽しめる人もいるし、そうでない人もいる。***学生の頃、18歳年上のちょっと変わってた人が好きだった。なんとなくデートに誘ってみたらいい返事が来て、2回ぐらい出かけた。でもなんとなく気が引けてると、今度は彼が誘ってくれた。彼は教授だったので、学校にばれないようにこっそり付き合ってそのどきどきがお互い楽しかった。好きな気持ちをまっすぐ彼に向けていろいろ女の子としてできることをしたけれど彼の反応はいまいちで、ずーっと続いた彼の無神経な反応にそのうち私は疲れ、気持ちが離れて行った。そして、もう気持ちが冷え切ってなんとなく彼にそれを伝えた時、彼は突然家を買って復縁を迫った。でも、私の心は戻らなかった。これはゲームじゃなかったけれども。こんな上の例じゃなくて他にもっと分かり易い話があるのに、はっきり書く気になれないのは相手に対する怒りだけでなく、自分に対する怒りや嫌悪感もまだ残っているからなんだろうな。いつか書けるときがくるかな。***お腹に現れた中心線に沿って、うっすらと毛が並んでいるように見える。男女関係なく、お腹に毛が生えている人はもしかしておへその下から上にまっすぐ毛が生えていて、それを中心に回りに毛が生えていないだろうか。ノリノリのお腹にも毛が生えているような気がしたが、もしかして真ん中に一本線を中心にして生えているかもしれない。観察してみよう!
May 25, 2004
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ダイエットの話をちょっと。今アメリカでは「Low-Carb」ダイエットが流行っています。もともとはアトキンス式ダイエットが進化したものなんですが、日本で流行った低インシュリンダイエットなどとあんまり変わりません。要するに「炭水化物控えめ」の食生活を送る、とただそれだけなんですね。で、本当に効果があります。でもアメリカでアメリカ人で、アメリカの食生活に慣れきっていてそのダイエットをするのはとても過酷です。なぜなら、アメリカ人のお昼ご飯はサンドイッチしかないっからで、何でもかんでもパスタや砂糖一杯のジュースがくっついてきてそれに慣れていると、ローカーボダイエットは間違いなく物足りない。小さい頃からやたら砂糖の入った甘い物を食べたり飲んだりしているので、日本の商品みたいに砂糖が控えめの味だと味がしないそうです。お茶が砂糖無しで飲めない人々なんて、本当にかわいそう。それはともかく、ローカーボダイエットは脂肪分の制限が無いので要注意です。確かに砂糖を取るより脂肪を取った方が太らない結果がでるかもしれませんが、何でも取りすぎは注意。結局バランスの取れた食生活が健康な体を作ります。それだけなんですね。完全にダイエットに効果を出す為には以下のことを守ってみましょう。1.寝る前はとにかく食べない。どうしても食べたいなら豆・豆腐・肉・魚、ミルク・低糖ヨーグルトなどたんぱく質系のつまみ程度。2.一日最低120gは糖分を取らないと脳みそに栄養がいかないので必ず糖分は取るべき。朝は特に。炭水化物は朝や昼は必要。3.塩分を取りすぎると腎臓にも悪いし水太りするので気をつけるべし。4.食事と共にジュースや砂糖の入った飲み物はまず止めるべし。5.バターはなるべく止めて、オリーブオイルをふんだんに使うべし。6.魚の油は体脂肪を減らすのでそれなりに食べるべき。7.ローカーボだからと肉を食べ過ぎると腸に悪いので必ず調整すべし。8.豆やとうもろこしを積極的に食卓に取り入れるべし。野菜は生野菜よりも温野菜がお勧め。9.水やノンカロリーのお茶などは沢山飲んで、新陳代謝を高めるべき。10.麺類はそばや硬めにゆでたパスタ以外はあんまり食べ過ぎないようにすべき。***砂糖の変わりに甘味料があるけれども、ダイエットコークなどに入っているものは胎児にも悪いので妊娠中は取らないように言われます。そこでSplendaっていうものがでてきてこれなら砂糖の成分からできているので妊婦でも安心だそう。最近はSplenda入りのアイスクリームが出てます。たまにはそれもいいかな。***また何か思い出したら書きます。(←AUNちゃんの真似)
May 24, 2004
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明日の夕方、未だにひっそり続けているツアーガイドのバイトをする事になった。ガイドといっても明日の仕事はトランスファーだけで、お客様を空港に出迎えてホテルに送るだけの仕事だ。ボスからファックスで歓迎カードが送られてきたがなんと名前は「X神タイガーズ」と書かれている。野球選手?!とどきどきしたが、名前のリストを見てもどうやらそうではないらしい。うーん、ただのマニアさんかな。全米を周って野球観戦するとのことだ。もちろん皆さん男性の方である。あんまり書きすぎてもなんなので今日はここで終わり。今日はこの前購入したApartment26のニューアルバムを聞いた。かなり満足。重くてファンキー!
May 22, 2004
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今日初めて普通の服を着ていてもバスの中で席を譲られた。仕事が終わって顔もげっそりしていたに違いない。体がすぐ疲れるようになり、誰か譲ってくれないかな、と思ってバスに乗ったのでいつもよりお腹を前にだしていたかもしれない。優しい青年がどうぞ、と譲ってくれた。ふてぶてしいおばさん・おじさんは沢山座っていたのに、親切な若い人。ゆーゆーも大きくなったらそんな子に育って欲しいな。ジムにも未だぼちぼち通っているが、先週ぐらいからいままでよりも増して疲れやすくなり、ちょっと運動しただけで脈拍がすぐあがり体も息切れが激しくなりだるくなる。昨日なんてダンスをして、水泳をしたがほんの15分ほど泳いだだけでプールでぜえぜえしていた。風邪を引いてからリズムが崩れてジムに通う頻度が減った。体力が落ちたのかもしれない。家に戻って妊娠ガイドをチェックすると27週目ぐらいは貧血になりやすくなるそうだ。ぼちぼち食事はちゃんとしているつもりだが、あまり作る元気も無いし、トマトやきゅうり、とうもろこしが異常に好きになってそればかり食べているので、もしかしたらちょっと食事が足りないのかもしれない。でも、肉を食べたいと思えないし、かといって魚は胃にもたれるし、いいのか悪いのか、食べる事自体が辛かったりしてしまう。しかしここで誰かが毎日おいしいご飯を作ってくれたとしたら、うれしくてばくばく食べてしまうだろう。こんな太りやすい時期、それは絶対良くない。妊娠の最後の3ヶ月に太るとただの脂肪でなく「脂肪細胞」なるものが増殖して、産んでから体重が戻りにくくなるという。いやいや、これ以上太りやすくなったら困るって。……ここから先はしもネタになります。お嫌な方はスキップして下さい。……なんだか書くのは恥ずかしいのだが、胎動がかわいいとか胸がでかくなったとかそんな事だけじゃなくて不思議な体の変化が一杯起こっている。私は何でもノリノリに話しているので彼は何でも知っているけれども、沢山の妊婦の方は(妊婦でなくても)どれだけ自分の体のことをパートナーに話しているんだろう。去年、日本に帰国した時に高校の時の友人に会ったが彼女達と「結婚して何か変わったこと」について話した時、私は思わず「何でも話せて心が安定するし・・・うーん、そうだなぁ、おならなんかも別に恥ずかしげなくできる仲だし・・・良くない?」と言ったら、友人のHは「えー!うちもう結婚して2年経ってるけど一度も相手におならを聞かせた事がないよ!」と驚いて私を見た。え~~!夫婦なのにおならしないの?!私達が変なのかしら?!後でノリノリに話したら彼も驚いていた。礼儀を大切にできるのもいいかもしれない・・・でもうちの夫婦はもうおならをしすぎたのでいまさら我慢しようと思わないけれども、彼らのような夫婦は子供ができたら我慢させるのだろうか?!いや、子供だけおならしてもよい、とか変なルールが生まれるのかもしれない。おならやげっぷの無い家庭の子供はどうやって育っていくのだろう?!おもしろい変化で一つ気付いたのだが、私の体重が増えるに従って大きくなったのは胸とお腹だが、実はもう一つ、股のあそこの辺りが異様にふっくらした。これって不思議じゃないか?!ベイビーがでてくると思えば当然だけれども、見慣れない場所に脂肪がついているのでとっても違う気分だ。ホルモンのバランスでおりものは増えてくるし、ふっくらしているから汗をかきやすい。そのホルモンのいたずらで、皮膚との何かに不具合がおこるらしく時々かゆみを感じたりする。薬をぬってもすぐ治まるわけじゃないので、苦しくて夜眠れないことだってある。苦しんでいるとノリノリは心配して一緒に起きる。かわいそうなノリノリ・・・。さらに率直に書くけど、ここまで妊娠経過が進むと性欲とかは増えはしないけど無くなるわけではなく普通に一緒になりたいと思うのだが、入れるところがどうやら狭く、またはきつくなって、本当にリラックスしないとかなり痛い。しかもするとそのホルモンのおりものが増えてちょっと後味が悪い。それがめんどくさくなって一緒になるのが億劫になり、お互いぴったりくっついて寝るけどそれ以上あんまりしようと思わなくなる。よく妊娠中は旦那がかわいそうだから風俗かなんかに・・・とか聞くけれど、幸運なことにうちの旦那はそこまでセックスに渇望していないのでそんなところに行こうとも行きたいとも言わないし、私としてはそんなノリノリの一途な優しさにとても心が安定する。(年もあるか?!)そうじゃなくて、一緒に音楽を聞いて太鼓を叩いたり、まだ会っていないゆーゆーの為にそんな時間を楽しむことがうれしい。極めつけのいやーな変化の一つに、大きくなったお腹のせいで尿道が圧迫されてくしゃみとか咳をした時にちょっともれちゃう、というのがある。これはもうどうしようもない。風邪の時は咳ばかりだったのでしかたなく生理用ナプキンをつけて過ごしたけれども、それをするとそのふっくらしてきたさっきの場所が蒸れて汗をかいてホルモンのおりもので痒くなって最悪である。できればつけたくないし、こまめにトイレに行っていれば粗方大丈夫であるが、それでもくしゃみは意図していないときにでてしまったりする。かなり微量の液体だが、気分はもちろん良くない。人によると毛深くなったりするらしいが、私には幸いそういうことは起きていない。妹の先輩は7ヶ月でお腹の辺りがもうもじゃもじゃだったらしい。少し下腹部の毛の生える範囲が増えた気はしたがもじゃもじゃの気配はとりあえず無いので、そんな自分の体に感謝、感謝である。妊娠した女性一人一人、体の変化は違うが、沢山のご夫婦は一体どうやってこの時を乗り越えているのだろう。奥さんだけが一人でひっそり秘めているのだろうか。食事をしてくしゃみをしてしまったり異様に下半身が痒くなってきたりすると、私はノリノリに「あのね…XXXで辛いからちょっとごめん。」とトイレに去って、我慢しないで緊急事態を対処しようとしている。外出していても同じことが起こるし、辛い時は必ず言う。例えこれが妊娠中普通に起こる事態だったとしても、やはり最初に「あの、…漏れて気持ち悪い」とか伝えるのは人間として(別に男女関係なく)恥ずかしかったりすることだと思う。愛している人に汚い自分の事態を伝えるのは情けない、というか悲しくなってくる時だってある。そんなことが何回か起こると、ノリノリに「あのね…。XXとかしちゃったけど…。私のこと嫌いになった?!」と私は思わず聞いてしまう。ノリノリは「なーに言ってんの。妊娠したらそうなっちゃうんだから、そんなことで嫌いになってどうするの?」と笑う。「でもさー、最近あんまりエッチしてくれないじゃん。」と意地悪を言うと「痛いって言ってたからっ!!!」とやっぱり気遣った言葉を返す。こんなちょっとした遊びの質問とやりとりで私はなんだか安心して、ノリノリをまた自分なりに大切にする。そんな経過を通して私達はゆっくり夫婦として歩んでいるんだよなぁ、と二人で過ごす日常にいつも感謝する。なかでも特別に感謝していることがある。人は年を取っていくと老いは避けられないし、まして夫婦で長い間いるとやっぱり関係が馴れ合いになってお互いの魅力が感じられなくなったりする時がくるのではないか、と私はいつも不安に思う。ノリノリは私より随分年上だけれども、私はノリノリの洋服や髪型のスタイルをしっかりコーディネートしていつ横にいてもかっこいい!と自分の中で思えるような人にしているし、ノリノリはそれを拒否しないで受け入れてくれる。そしてノリノリはベッドに横になる私のところにおやすみを言いにきて「みんみんはかわいいっ!」と褒めてくれる。口では「そんなことないってば!もう!」と私は答えるが内心褒められるとすごくうれしくなって、ずっとかわいくいたい!と心から思ってしまう。無邪気なのかなんなのか分からないけれど、ノリノリがめげずに連発してくれるその言葉は私にいつもパワーを与えてくれて、身も心もかわいくいようと心に誓う。ノリノリがパワーをくれる日常生活は、疲れたり考えすぎたりする私の心をまっさらに洗い、何回も何回も新鮮な心が再生してきて、私はまた人に優しくなれる。
May 21, 2004
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最近の私のお気に入り!メキシコ料理のピザ的なもの、Quesadillaを紹介します。ブラックビーンペーストは沢山作っておくと便利です。日本でどのくらい食材が入るか分かりませんが、一回はまったら止められないおいしさなのです。**************トルティーア(薄くてまるいパンでラップサンドとかで使うやつ)トマト 食べたい分だけシェダーチーズなどメキシカンミックスのとろける細切れチーズ(これがベストだが好きなチーズで良し)ブラックビーン 1缶レモン汁ハラペーニョかタバスコ、クミン(オプション)胡椒玉ねぎ(オプション)コリアンダー(オプション)ブラックビーンは水をよく切ってミキサーかフードプロセッサーに入れ、そこにレモン汁適当、刻んだハラペーニョまたはクミンスパイスを一緒にいれ細かくペーストにする。みじん切りした玉ねぎ、コリアンダーを好みによって加える。味を見て胡椒を。トルティーヤを広げてペーストを半分側に塗り、その上に細かく刻んだトマトを敷く。チーズを沢山散らして、半分に折る。トースター、またはフライパンでチーズがとろーりとするまで焼く。トースターの熱が強すぎるとトルティーヤがぱりぱりになりすぎて食べづらいのでお気をつけて。めんどくさい方は、ホールフーズやトレーダージョーズでおいしいブラックビーンペーストが売ってます。トマトを乗っけるだけでおいしさ100倍!****************************これを作った方のご感想もお待ちしております!!!++++TOMATO同盟TOPへ行く++++
May 19, 2004
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以前も書いたが乳腺から何か硬いものが時々でてきていた。それを取って置かないと後に乳腺がつまり痛くなるとかそんなことを聞いていたので、土曜の夜シャワーを浴びる前にまたそれを取り除いた。すると、自分の乳首から見慣れない白い液がかなり微量だったがじわーっと滲み出てきた。「うわーっ!!!でたよでたよでたよぉ~~~っ!」と大騒ぎして寝室でおニューのマットレスでくつろいでいたノリノリのところに一目散で走る。ノリノリはうとうとしていたのでそれをちょっと見て「いやー、ほんとに出たね。そっかー、パッドつけなきゃね。」とぼやーっと言う。私もパッドが必要かな?と思ったが、よく観察するとちょっと滲み出てきただけで少し押さえてもどうやらそれ以上出る様子はなかった。そっか、気持ちだけなんだ、最初って。浴室に戻ってシャワーを浴びるともう母乳らしきものの影はすっかり無くなって、また新たに出る気配は無かった。よかった、という安心半分と、もう終わりか、と残念な気持ち半分だ。まぁ出てきたということは必要な時に出てくるだろう、ってことだからよしとしよう。寝室に戻るとノリノリは、「みんみん、母乳でておめでとう!」と言ってまた寝っころがった。それって「おめでとう」の類のことなんだろうか?!言われてもあんまりうれしくないのは気のせいだろうか。母乳が出るようになったらこの重い胸からも開放されるかもしれないから、その為のおめでとう、なのかな。いやーそしたら、かなりめでたいよ!***一ヶ月ぐらい前からこっそり約束していたのだが、日曜日にご近所にお住まいだと判明していたYuko RNさんとノリノリと私で夕食を一緒にした。初対面の私達だったけれども抵抗も何もなくすっかり打ち解けてしまって、ノリノリの日本食屋でお酒を勧めながらいろんなことをお話した。アピタイザーのサラダに入っていたミニトマトをぱくっと口に入れた時、私の口の端っこからなぜかトマトの汁が飛び出してきてテーブルに飛び散り、私は初対面だというのに最初からすっかり恥ずかしい思いをした。こうなったら、もう恥ずかしい事はないっ!祐さんはとっても気さくで面白い方で、ノリノリも私も話しながら笑いが止まらなかった。しかし本当に偶然で不思議な事なのだが、なんと祐さんは私と同じ千葉出身で渡米した時期も同じで、しかもアメリカに来る前に働いていたがんセンターは私の自宅から車で10分にあるところだった。私が使っていた地元の駅周辺にも住んでいたことがあるそうで、ノリノリを他所に地元話で盛り上がってしまった。なんてこと!?世界って狭い!さすがは看護婦の祐さん、私達のささいな医療に関する質問にも沢山答えて頂いてとても勉強になった。そして注射の針を刺すのが好きな祐さんが「いい血管してますねぇ~」とノリノリの事を誉めた。めったに誉められないノリノリをそんな風に誉めてくれて横の私はノリノリに代わってなんだかうれしかった。例え血管でも好きな人が誉められるとうれしいものだ!(祐さんありがとう!)たらふくご飯を食べて私達はまだ話したりず、スターバックスでコーヒーを買って側のリッテンハウススクウェアでまたお話をした。日本人として、がん治療専門の看護婦さんとして、今とっても輝いている祐さんを見ていると、私も頑張ろう、とまた元気が湧いてきた。先週の土曜日にマスターを卒業した祐さん。楽しい時間を本当にありがとう。そしてこれからもよろしくね!折角縁があって知り合いになったのだから、楽天で知り合いになった皆さんにもいつか、未来に会えるときがくるといいな。
May 18, 2004
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ゆーゆーが生まれるに当たって、私達は例に無く「高級」なマットレスを先週末購入した。ベビーベッドは既に用意してあるのだけれども、やはり夜などは一緒に寝て、スキンシップを計ったり、泣いてもすぐ母乳があげられるように一緒のベッドで寝たほうがいいだろう、という結論に達したのだった。ノリノリと私は今までフルサイズのマットレスに一緒に寝ていた。これは、私が学生の時に引越しした人から中古で買った品物で貧乏学生の私には十分使えるものだった。ノリノリは貧乏学生時代、どこかで購入したかた-い布団ベットで何年も過ごした。一緒に暮らすようになってから、ノリノリの布団ベッドはソファになり、私のマットレスが二人の寝場所になった。私達二人とも、そんな感じの人から安く買ったりどこかの安い商品だったりの家具にとても慣れていて、二人でいる限りあんまり贅沢な品は買っていなかった。そこでマットレス屋に行って、フルサイズよりもう少し大きいクイーンサイズのマットレスを見に行った。マットレス屋さんのセールスマンは、見慣れない高級なマットレスたちを目の前にしてまごまごしている私達に「まぁ、取り合えず寝て見なさい」といろいろなマットレスに横にならせてくれた。随分寝心地がいいマットレスだったが、値段を聞くと$1200です、とか$1800です、とかもう手のつけられないような金額を言って私達はがっかりした。すると上手な彼は「うーん、予算が$500ならこんなのがあるけど。」と、端っこのコーナーに連れて行ってくれた。あれだけ寝心地のいいマットレスで横になった後でそのマットレスに寝てみると、私はなおさらがっかりした。その寝た感触っていのは、ノリノリと私が寝ているマットレスと全く同じ感触だったのだ。あぁ、私はこんなマットレスで6年間も寝続けていたんだ。どんなに新しいマットレスでも、今寝ているマットレスと何にも変わりが無いんだ…。そう思うと、今お金が多少なりとも学生の時よりはあるというのにそのお金をまた学生の時と同じ様なマットレスに費やすのにかなり抵抗が出てきた。そして自分が今まで「頑張って貧乏していたんだなぁ」ということをしみじみ感じてしまった。自分のしてきた苦労とかいろいろなことが思い出されて、たかだかマットレスを買いに来ただけなのにかなり感傷的になる。多分、ノリノリも同じ気持ちだっただろう。そんな様子を見込んでセールスマンが「あっちにね、アウトレットがあるけど、見てみるかい?」と言う。実は私達が入ったマットレス屋はたまたまアウトレット店だったのだけれども、この店、アウトレットの方は店内中ほどに配置してあるらしい。私達が最初に寝たのは入り口の近くのものだったので、アウトレットと言うよりは新品だったに違いない。次に私達が寝たのは、$800の硬めのマットレスだった。その寝心地のいい事…。マットレスを包んでいる布やクッションはソフトで心地が良く、でも寝てみると硬めですっきりする。セールスマンはそのブランドマットレスの中のスプリング構造を丁寧に説明してくれて、どれだけ丈夫であるか教えてくれた。(これは、ゆーゆーがちょっと大きくなってマットレスの上でトランポリンして遊んでも大丈夫そう・・・)ちなみに元値は$1700(!)でワールドクラスのブランドである。あんまり心地がいいので、セールスマンと話しているというのに私はうとうとしてくる。予算が$500だった為、ノリノリと私はその心地いいマットレスで横になりながらその余分な$300分なんとか安くなったりしないものかと真剣に悩み始めた。二人とも当然のごとくさっきの$500のマットレスに戻る気は起こらず、セールスマンに他に無いのかとか色々聞く。しぶしぶと奥の倉庫に入っていた$600のマットレスを試させてくれた。彼が言うには、少々安価にはなるけれども質のよさはさっきの$800と殆ど変わらないということだった。それに寝てみたが、硬さは良くてもいまいちあのソフト感が無く、ノリノリも私もあんまり満足できない。あぁ、良品の素晴らしさを知ってしまうってほんと、罪だよなぁ。結局いろいろ話した挙句、$800以下にはできないけれども$50相当のラテックス製枕二つと同じく$50相当のマットレスフレームを値段に込みにしてその私達の気に入ったマットレスを売ってくれるとそのセールスマンは言った。私は頭の中で手持ちのクレジットカード達にどうやって分配して返済していくかくるくる計算しながら、うーん、やっぱりもうこれを買うしかない!と心に決めていた。高い買い物だけれども、ノリノリも私も、そして生まれてくるゆーゆーも間違いなくそして後悔なく(例えこの店員が上手に売っただけだったとしても)このマットレスでこれから長い長い間快眠できるに(また遊べるに)違いない。買うぞ~っ!一昨日、ついにそのマットレスがうちに配達された。古いマットレスがあった場所に早速置いて横になってみると、この寝心地といったら・・・あぁ、なんて贅沢なんだろう。こんなものが買えるようになってありがとう!うん、もうなんでもいいけどありがとう!と誰に感謝するわけでなく喜びにひたるしかない。ノリノリも私も何回も横になってこのささやかな贅沢を満喫した。古いマットレスは日本人学生などがよくチェックする掲示板に宣伝を載せて売りに出す事にした。私のマットレスは古いけれども、広さがあるし、きちんと寝床になるので貧乏学生にはそれでもささやかな贅沢だ。ノリノリと私が辿った道をまた新しい誰かがきっと歩んでいく。そんなスタートに立ったこれから花開く人を、この古いマットレスがまたしっかり見守っていくんだろう。その人にも違う贅沢を手に入れる未来が来ますように。
May 17, 2004
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26週目も終わりに近づき、お腹がますます大きくなってきた。それでも人に会い6ヶ月です、と言うと、ちいさーいっと言われるのだがとにかく自分としてはかなり成長しているように思う。(アメリカ人が大きすぎるだけさ)普通に立って下を見ても今はお腹の下は見えない。椅子に座ると、お腹がぷくーっと膨れてゆーゆーがお腹にいることを実感する。なぜかここ数日、食欲がかなり減退した。何か食べてもすぐお腹が一杯になる。胎動も胃の方まで感じるようになってきたのでどうやら胃が押し上げられているらしい。ゆーゆーの動きがお腹の広範囲に感じられるようになって、あまりにも突然のことなのでこちらが驚いてしまう。数日前まで、そんなことなかったのに!そんなわけでようやく普通の服を着ていても「ベイビーできるの?」と聞かれるようになった。それでもマタニティー服を着ているときと着ていないときの人々からの扱われようは大違いで、マタニティーを着た日はバスに乗った直後に「席どうぞ~!」と譲られたりしてあまりの周りの人の反応のよさにこちらはびっくりしてしまう。それに反して普通の服を着ているとやはり「妊娠なのか…それとも太っているだけなのか…」と思われるらしく誰も反応しない。なんだか面白い。相変わらず胸も成長してくれて、乳首から乳腺に詰まったカスみたいなのが時々出てくるようになった。このカスができった時、母乳が出るんだろうなぁ、となんとなく思う。胸が重くて毎日運ぶのが大変だ。これだけは早く解放されたいものだ。ゆーゆーは相変わらず「ぼこっ」と単発で蹴ったりもするが両手両足で「ぼこぼこぼこぼこぼこぼこっ」としたり時々リズミカルに「ぼ・こ・こっ」と三回蹴りだったりと面白い。お腹が大きくなって行動範囲が広がったのか、膀胱のほうから胃の方までお腹のありとあらゆる場所に動きを感じる。あんまり激しいと、お腹を下したのか?!と自分で不安になってしまう。そんな感じの腸のあたりから感じるぼこぼこぼこ、なのである。寝ているとゆーゆーの動きがとてもよく見えて、もうこのまま飛び出してきちゃうんじゃないか、といつも思う。おへその右側ぐらいからぼぼぼぼっ、と動いたと思ったら今度は左側の方に動きが移って、お腹を両手で包んでみると、時々ゆーゆーがあっちに泳いだりこっちに泳いだりするのを感じることができる。また同じことを書くが、まだ本人も見ていないし動くお腹を見ているだけなのに、「あぁ、なんてかわいいんだろう…」と真剣に思ってしまう。先月の超音波写真を枕元に今でもおいてるのだが、そのぼんやりしたゆーゆーの顔と小さく振っている手の写真を見る度、もううれしくてうれしくて喜びの気持ちで一杯になる。スキャナーがあったらぜひ日記にも載せたいよっ!(他の方が見ても決してかわいいとは思わない写真だと思うが)そんな気持ちが体中からでているのか、会う人会う人、職場のJanもJosephもセキュリティーガードのRichardも、ユニオンリーグの友達Violaも、「M、最近、ほんとに綺麗だよ!すごく見た目の雰囲気がいい。」と言う。私自身は眠たいし、お腹は出るわ胸は重くて下がり気味だわ、自分が美しいと思うことなど全くないのに周りが偶然にでも同じことを私に告げていることを見ると、ゆーゆーパワーと母性ホルモンが充満して今の私は喜びと女性的な何かをかもし出しているのかもしれないな、と思うようになった。いいことだけど…子育てが始まるようになったら…同じようにいられるのだろうか…?きっと寝不足、髪の毛ぼさぼさ、仕事で疲れ果ててるんだろうな。今が花ならしっかり花になっておかないと。でもゆーゆーと会う日は不安もあるけど待ちきれない。8月11日までに暴れすぎてお腹から飛び出てきませんように。
May 15, 2004
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週末、母の日にニュージャージーのひさ子さんの家に行った。ひさ子さんはノリノリが渡米した10年前からお世話になっている人で、彼女のことをMommyと呼んでとても大切にしている。Daveという素敵な旦那さんがいたが、昨年の暮れに亡くなった。Daddyと呼んで慕っていたDaveがいなくなってから、私達はとても淋しい思いをしているがひさ子さんはそれ以上に悲しんでいる事を私達は知っている。毎年、母の日は彼女の家に何か持っていっていたけれども、今回はDaveがいない分やっぱりちょっと寂しかった。例年のごとくサプライズにしよう、と彼女に連絡していなかったので家に着くとひさ子さんはおらず、娘のテリーと彼女のガールフレンドがいた。テリーはちょっと変わっていて、心は優しいけれども偏屈な人。もう42歳ぐらいだけど、見た目も心も(頭も・・・)とても子供で話していると楽しいけれども、時々耐えられない時がある。止めてくれ、って言ってるのに犬を「ほら、Mにキスしてあげな~」と顔に近づけてきたり(動物は好きだけどさすがにキスはできない私)、塩は嫌い、とかいって市販のものは散々食べるくせに自分が作った食事には塩を絶対入れないだとか、野菜を一口も食べないだとか、どうでもいいことなのに口調がなぜかきつくなったり・・・。凄くコンサーバティブで新しいことは絶対挑戦できないタイプの頑固なアメリカ人である。10数年付き合っていたボーイフレンドのジムがいたが、結局ゲイとして女の子のパートナーと最近付き合い始めた。本人はずっと悩んでいたけれども、ジムもちょっとゲイの気があったらしくどんなにテリーが結婚したいと思っても決してプロポーズしなかった。ジムも心は優しいけれどもちょっと変わっていて、テリーをずっとガールフレンドとして大切にしていたけれども体の関係が一度もなかった、とか聞いた。そんなことはどうでもいいが、そんな不安定でよく分からない付き合いがもともと気が不安定なテリーをますます不安定にしたのは言うまでもなく、その付き合っていた10年間、バイのテリーはゲイとして生きるかそれともジムとの将来を期待するかずっと悩んでいた。それで私達がテリーと会った時、彼女はまずノリノリに向かって「Brother,私決めたんだ。もうジムは待たないの。振り切ったんだ。」と言った。テリーと知り合って3年ぐらい経ったが実はそのセリフは過去に既に2回聞いた。だから、あっそう・・・、とあんまり驚かなかったが、心から新しいパートナーの彼女と上手く行くように、心で願った。ひさ子さんはショッピングモールから後数時間で戻ってくるから、と言われてノリノリと私は取り合えずダイニングテーブルについてテリーとそのガールフレンドと話した。ガールフレンドは体が大きいものの雰囲気はテリーとよく似ていて、はっきりものを言うし口調がきつい。性格は悪くなさそうだけど、ちょっと変わっている。ま、お似合いかな、と私は思っていたがノリノリはちょっと戸惑っているようだった。話題はもっぱら私達のベイビーの話になった。6ヶ月にしてはお腹が小さいとか、ベイビーレジストリーを作ったかとか、新しいアパートの話とか、生まれるときの夏の予定とか。で、男の子だったの、女の子だったの?、と聞かれたので確実に男だと答えると、姪っ子しかいないテリーはかなり喜んだ。その時、ふとガールフレンドが、最近何か変わったことないの?、と聞いた。私はノリノリが仕事のことでも話すかと思ったら、ノリノリは突然この前ゆーゆーに聞かせる為に買った太鼓の話をし始めた。それで太鼓を聞かせていて胎動の反応もすごくいいんだ、って話をするとテリーもガールフレンドも私達の話に理解を示そうとするどころか、突然「何言ってるの?!ベイビーが寝るのに必要な音楽をずっとかけなきゃいけないでしょうが。」「クラシックが頭にいいんでしょう、今から始めないともう遅いよ。」「そうそうもう遅い。」とか勝手なことを口々に言ってきた。ノリノリは場を合わせようと「そうだよなぁ~、そんな音楽でしか寝れなくなったら・・・」と苦笑いをしたが、人の気持ちも知りもしないくせに「もう遅い」とか言った彼女達のセリフに私はかなり頭に来た。妊娠した事もないくせに、調べた事もないくせに、何てこと言うんだ。「That’s none of your business!」と叫ぶところだったが、彼女らが変わっているのはもう最初から分かっている事、子供相手に切れてもしょうがないとぐっとこらえた。と、その会話の直後にテリーが「で、名前は決まったの?」と聞いてきた。それはあんまり聞かれたくない質問だった。と、いうのはDaveが亡くなった日、テリーは「もし、ベイビーが男の子だったらDaveって名づけてよ・・・」と泣きながら私達に頼んだのだった。私はそれを頼まれた時、冗談じゃない、私のベイビーなのになんでDaveって名前を付けなきゃいけないのよ、関係ないでしょうが、とかなりぶちきれていた。そういうことを一回頼まれてしまうと、約束していないのに他の名前を付けるのにとても罪悪感があった。名前を考えた時はいつでもテリーの顔が頭に浮かんだものだったが、それでも日本人としてゆーゆーに誇りを持ってもらいたいので迷わず日本語の名前をつけた。いつかは言わなければいけないことだったので、私達は思い切って「うん、名前ね、決まったよ。YUXXXXって言うんだ。」と紙にスペルと漢字を書いた。すると紙を見て、ガールフレンドは「ふーん、ちょっと違うね。」と言い、テリーは「随分違うね、発音できないからもういいよ。」とスペルを読もうともしないで「アメリカの名前ないわけ?いいよ、のりジュニアって呼べばいいでしょ。」と切り捨てた。私はかなり頭に来て「なによ、読もうともしなかったじゃないっ」と叫んだ。私の名前だって、ノリノリの名前だって発音できるくせに、なんだその態度は。本人がまだ私のお腹にいるから、適当なこと言って。その最初から名前が日本語だから、読もうともしないって態度なんなわけ?そのアメリカの名前が当然、って態度はなに?ひさ子さんが来るまでこんな会話が続くなと思い、私は横のノリノリに「ね、お昼ご飯食べにいこう。ひさ子さん帰ってくるまで時間あるじゃん、それまで外行こうよ。」とさっさか家を出た。朝早く出たので、昼の時間にまだなっていなかった。とにかく車をダイナーまで走らせて駐車場に止まったが、こみ上げてくる怒りで言葉に詰まって動けなかった。ノリノリは「ああいう考えの人にまともに怒ったってしょうがないだろ?気にするなよ。」と慰めてくれたが、それでも彼らの失礼な態度に、おなかのゆーゆーの為にいろいろ考えてあれこれやっている私自身としては耐えられず、気を落ち着けるのにしばらく時間がかかった。ひさ子さん抜きで彼らに会いたくなかったので、私達はドライブをして数時間つぶしてようやく彼らの家に到着した。全く連絡してくれればいいのに~!と笑っていたけれど、ひさこさんは私達が持ってきた花をとても喜んでくれた。Daveが居なくなってね、亡くなった直後より今のほうがもっと悲しみが増してきて良く泣くようになったのよね、とぽつりと言った。ノリノリが一番心配していた事だ。でも学会の活動が忙しいらしくなんとか元気にやっているようだった。それからベイビーの話になり、あれやこれやと話して、テーブルの上に置いてあったゆーゆーの名前の書いた紙を見て、いい名前じゃない、と言ってくれた。どんな意味なの?と聞かれたので、「人と人を繋げて、そして人の繋がりの流れをつくっていく、っていう感じの意味かな。」とノリノリと私の解釈を一生懸命説明した。テリーも側に居たので英語でも説明した。するとテリーは「それはとってもきれいな意味だね。きれいだよ・・・」と返事をした。「発音はなかなかできないけど(おいおいトライしろよっ)、でもその名前ならルルーとかで呼ぶかもしれないけど、名前の意味は本当に素敵だと思う。」と言って横のガールフレンドもそうだね、と笑った。私はその言葉を聞いて、やっぱり日本の名前をつけて良かった、と心から思えた。
May 14, 2004
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追加されたりしたら随時アップデートします。記録に残しておけば、産まれた後どんな反応をするか何か思うことが出てくるかもしれません。来てくれる皆さんがこの記録を思い出してゆーゆーの成長を見守ってくれればいいな、と思います♪(結構笑えるとおもう)++ベーシック 重頻度に使っているもの++*音楽*KORN「Life is Peachy」から特に6,7,8曲目。ナチュラルハイ「愛カタリ」シングル1から4曲目まで全て。Kornは帰宅後時間つぶしに聞いている事が多く、邦楽のナチュラルハイは朝食時に聞く。*楽器*ボンゴKORNの好きな曲にあわせて叩いておく。ほぼ毎日一曲ぐらいはやる。*歌*朝、シャワーを浴びる時に「おっはよーおっはよーあっさが来たー」と歌う。ゆーゆーが動くと「ゆーゆーは元気かなー、かわいぃ~なぁ~」と帰宅して料理を作りながら歌う。*本*「日本のむかし話二年生」から特にかさこじぞう、水の種、竜宮の鼻たれさまと一寸法師「Guess How Much I Love you」「The Little House」毎晩好きなものを一つ朗読、余裕があれば日本語と英語の話を両方読む。*その他*はじめてトークを使って寝る前に一日の出来事を手短に話す。<「今日は暑かったね~」とか言ってる。>ノリノリも少なくていいから必ず何か話す。音楽に合わせてぽんぽんお腹を叩いたりする。胎動があったときなるべく叩き返す。お腹を見て愛しいと思う。8月11日におばあちゃんとおじいさんと、みんみんとダディーと会おうね、それまでお腹ですくすく育ってね、と真面目に話し掛ける。ようちゃん2号さんが書いてくれた「あしたのために」を自宅でウェブ開いた時に必ず読む。++オプション まあまあの頻度で使っているもの++*音楽*MADONNA「Erotica」から特にDeeper and Deeperと他。「The Most Famous Midnight Classics」クラシックアルバム。特に2曲目から。Ozzfest2002コンビネーションアルバム気が向いて思い出したら、もしくはいい加減毎日聞いてるものに飽きた時にかける*本*「くまのがっこう」「くまのがっこう・ジャッキーのぱんやさん」「くまのがっこう・ジャッキーのじてんしゃりょこう」「The Diary of A Worm」上よりも頻度は少ないが週一ぐらいで読まれる本。*車*FMでジャズチャンネルとヒップホップチャンネルをかけることが一番多い。でも車に乗るのは週末ぐらいか。*その他*退屈な時バスの中や道端で広告を見たらスペルをぶつぶつ言ったりして遊ぶ。週一回のヒップホップダンスクラス。気が向いたら宇多田ヒカルの歌でも歌って遊ぶ。水泳をする。お経や学会ミーティングを避ける。(精神的なとこから来るのか、本能的に身を守っているのか、その日が来ると勝手に体調が悪くなってノリノリについていかなくて済む。ごめんね、ノリノリ。)1人で居ても楽しいと思うことをする。★まだ更新するつもり。★
May 13, 2004
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夏のが近づいてくるにつれてフィラデルフィアの街ではいろいろな催し物が開かれる。街は決して大きくないので、イベントがあると気軽に向かえるのがこの街のいいところだ。先月はインターナショナルフィルムフェスティバルという毎年行われる映画祭があり、街の幾つかの映画館をスポンサー達が10日間ほど借り切って世界中の映画を流してくれていた。これは普通の映画のようにに一回一回入場料を払って見なければならないが、日本、韓国、中国も含め、ヨーロッパ各国、イランやイスラエルなど様々な国の映画を見ることができ、私もこのときばかりは普段見られない日本の映画のスケジュールをしっかりチェックして見に行けるものは必ず見に行く。ちょっと古いが、北野武の「花火」とか釈由美子ちゃんが主役の「修羅雪姫」だとか、野村万斎さんがでていた「陰陽師」だとかそんな映画を見ることができた。今年は「あずみ」とか見ようと思っていたのだが、ちょっとタイミングがずれて逃してしまった。来年はゆーゆーがいるから見にいくのはちょっと無理かもしれない。ちょっと残念だ。さて4月のメインイベントは映画祭だが、5月になると暖かくなるのでぐっと野外イベントが増える。私のお気に入りは「スプリングフェフティバル」だ。どんな祭りかというと、街のど真ん中にあるウォールナットストリートをブロードストリートから5ブロック先の公園までどどーんと閉鎖して、その道全部にテントがでて、街の有名なレストランが露店を出す。4つほどの特設ステージも設置されて、それぞれでバンドが演奏したり、街のダンスクラブがショーを披露したり、ファッションショーがあったりと大変賑わう。道を歩いていれば無料のサンプル品だとか景品だとか、そんなものもたんまり配られていてそれらを集めるのもまた楽しく、そしてその日は大抵晴れて皆がうきうきする。先週の土曜日、その待ちに待ったスプリングフェスティバルがやって来た。私はスケジュール表に前々からメモしてあったので、その日は寝坊しないでノリノリと早速ウォールナットストリートに向かった。空は真っ青。まさに祭り日和である。様々なレストランが出ているが、街の有名なレストランの出す露店はなかなか見もので大抵のテントが一皿$5以下でメニューをだす。だから普段手に届かないレストランの食事も、この日はたったの数ドルで味わう事ができるのだ。一年に一回の祭りだが、こんな素晴らしい祭りはないっ!普通アメリカで祭り、というと大抵露店にでるのは具の無いピザだとか、バーベキューだとか、レモネードだとか、ファンネルケーキとかいうお菓子なのだが、もちろんこの祭りではそんなつまらない物は現れない。レストランお得意のメニュー、例えばイタリアンレストランのBuccaならミートボールサンドイッチ、プライムリブというステーキハウスならプライムリブステーキのサンドイッチ、ノリノリの日本食屋はパックに詰めた寿司、メキシコ料理のQdobaならサルサとトルティーヤチップを出す。Smith & Wollenskyからはローストビーフ、Samsonストリートオイスターハウスからは生がきや生エビのカクテル、Hyattホテルの新しいレストランBlissからはココナッツ風味のスペアリブ、中華のWok’sからは春巻きとかそんな物が売っていた。デザートも場所によっては置いてあり、目新しいケーキだとか、フランだとか、カンノーリ(イタリアのお菓子)とかそんなものが大体$2ぐらいでお店ごとに置いてある。そしてなんと言ってもこの祭りの目玉はアメリカで5本の指に入る高級レストラン、レベッカ・フィンの露店である。遅くなって売り切れになってしまったら嫌なので、ノリノリと私は会場に着いたとたん人ごみを掻き分けて、そこに向かって突進した。今年のレベッカ・フィンは・・・アスパラガスの冷スープ$1、チキンとマッシュルームのサラダ$2とサーモンのパイ包み$3、とケーキだった。全部最高においしかったが、チキンとマッシュルームのサラダというのが変わっていて、見た目はサラダではなくチキンの中にかなり細かいマッシュルームとほうれん草などの野菜をソテーしたものが巻かれていた。天気がよく外は暑いので、ひんやりしたそのサラダが舌に最高に気持ちよかった。あぁ、ささやかな贅沢!他にもRoy’sというハワイアンフュージョンのレストランが出していたスペアリブがとっても柔らかくて本当においしかった。普通スペアリブっていうと堅い豚肉で、歯と歯の間に肉の筋が詰まって取れなくなって嫌な気持ちになったりするのに、それは違った。上品なパイナップル風味のバーベキューソースに、肉が口で溶けた。今回の私のお気に入りはこれ。ノリノリはHyattホテルに入っているイタリアンのPalmレストランが出していたラムチョップが気に入った。一本$2でとても安いし、柔らかくておいしい肉。付け合せのサラダもおいしく、肉を漬け込んでいたソースもおいしかったのかな。気に入ったノリノリは食べ終わってからもう一本即効買いに行った。使える現金を持てるだけ持ってきた私達はそうやって、あっちらこっちらで一種類ずつ食べたい物をちょこちょこ買って二人で半分こっこして食べ歩いた。ノリノリは目ざとくサンプル品や試食が置いてある店を見つけて、二人でこそこそと何回も試食して見たり、興味あるレストランのメニューを貰って眺めてみたり、そしてはたと立ち止まってステージで演奏しているバンドを見たりしてゆっくり時間を過ごした。来年にはゆーゆーがいるから、今回みたいに気軽に二人であっちこっちすることはもうしばらくないんだなぁ、と私は楽しみながらもあと3ヶ月で会えるゆーゆーに会えるうれしさとまた逆のちょっと不安な、躊躇している気持ちが交互してなんとなく感傷に浸っていた。ノリノリと二人でぴったりくっついてわいわいデートするのにしばらく慣れていて、そしてそれを今までとても楽しんでいたので、もう1人のかけがえの無い存在が現れて3人になった時、どうなっちゃうのかな?と未来に少しわくわくする。ノリノリも「ゆーゆーは男の子だからみんみんのことを取り合いになるなっ」と言っているので、私と同じように3人になることに何か不思議な気持ちがあるのだと思う。まだ会っていないゆーゆーに寄せる期待はそれでも大きくて、特設ステージに現れたちびっこバレエ団に1人だけ踊っていた男の子を見ていると「うーん、ゆーゆーもバレエを習わせたら男の子だから貴重になってこうやってステージの華になるかもしれないなぁ。」なんて私達はぶつぶつ話す。本人を見てないから、こんなことを言ってられるのも今のうちなのかもしれないな。ぼけーっと私達はステージを眺めていた。かんかん照りの空だったがちょっと温度が下がってきたらしく、空気が冷たくなってきた。私はそれでもそんな冷たさが体に心地よかったが、突然ノリノリが「みんみん、行こう、だめだ、あっちあっち!」と焦り始めた。なんだか嫌な予感がして、もしかしてカウントダウン?、と聞くと、うん、と言う。ウォールナットストリートには私の働いているビルがある。気持ちよかった私とは裏腹に、この気候でお腹が冷えてしまったらしくノリノリは真っ青な顔をしていた。慌てて彼を自分の職場のトイレに引っ張って連れて行った。笑っちゃいけないが、かわいそうなノリノリ。デートっていっつもこんなハプニングが起こらないか?なんだかロマンチックなはずなのに、お腹が痛くなったりガスが出たり洋服にジュースこぼしたり化粧が崩れていたりさ・・・。まぁ、そんなハプニングが起きても相手をかわいい、と思っていられるから楽しいデートなんだけど。もっと若かった時ってそういうこと、恥ずかしかったり気になったりしたよなぁ。でもさ・・・関係ないけどゆーゆーが生まれたら・・・こんな時はどこまで急げるんだろう?!いやいやノリノリじゃなくってゆーゆーの緊急事態の方が多いんだろうな。おもらしとか起こる前にどこまで頑張れるんだろう?!ベビーカー、本人、どこまで急がせてトイレに連れて行けるんだろうかっ?楽しい5月の野外イベントは鱈腹になったお腹とは全く別に、私の頭を新しい疑問で一杯にした。ノリノリはそんな私の頭とは別に、すっきりした顔でトイレから出てきた。***フィラデルフィアでは6月はローカストストリート「プライド」ゲイ祭り、ブロードストリートのジャズフェスティバル、7月はアートミュージアムからパークウェイにかけて独立記念日祭、ペンズランディングで日曜日のフリーコンサートやアイスクリーム食べ放題フェスティバル、ブロードストリートで行われるホーギーデー(フィラデルフィア名物ホーギーというサンドイッチをただで配る日)、水曜の夜に行われるリッテンハウススクウェアのフリーコンサート、8月のヒスパニックデー、などなどなどなど、ただで楽しいイベントが沢山行われます♪
May 11, 2004
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--Philadelphia Inquirerから--もしかしてレジスターしないと読めないかもしれません。この記事とこの記事とこの記事とこの記事--海外ボツ!Newsから--この記事--他の参考記事--アルジャーラからこの記事++アメリカの民間人がかなり残虐にイスラムの武装集団に殺され、しかもビデオが放映された。++このニュースが大きく出てどうも私のことを思い出してくれる方が多いらしくなぜかページのアクセスが増えました。皆さんのそんなお気遣い、本当に感謝しています。えぇ、びっくりしてぶっ倒れそうでした。さて折角来ていただけるのですから期待を裏切らずこの記事について何か書こうと思います。上にこの事件を書いた記事をリンクしておきました。日本語の方はともかく、ここ地元フィラデルフィアで一番読まれている新聞、Philadelphia Inquirerからの記事を少々日本語に訳しつつちょこっと解説してみようと思います。<処刑されたニコラス・バーグさん>今回、かなり残虐な手で処刑されたニコラスさんはアメリカペンシルバニア州フィラデルフィアの郊外ウェストチェスター出身の方です。26歳。彼は昨年12月から今年の2月までイラクに滞在していて、3月14日に再びイラクに旅立ちました。3月24日にアメリカの家族に電話をし、3月30日に友達の誕生日の為に帰国すると伝えました。が、その24日にイラクの警察に拘束されてしまったのです。それから13日拘留されることになり、その間にアメリカの役人に保護されました。約束の30日になってもニコラスさんは帰ってこず、そしてなぜか31日にウェストチェスターのバーグ家にFBIの調査官が訪問しニコラスさんのイラク訪問の目的だけを聞いて帰りました。そこで家族は4月5日フィラデルフィア市に「米軍が違法で息子を拘束している」と訴状をだし、それを受けたかどうかは分かりませんでしたが4月6日にニコラスさんは米軍から解放されました。そして4月9日、ニコラスさんから家族に電話がありヨルダンを通って帰国すると伝えられる。…そしてその日を境に消息を絶ちました。そして先週の土曜日(5月8日)にバグダッド近郊の高速道路で遺体が発見されました。*彼は小さな通信会社の社長で、イラクの通信事情を立て直したいという気持ちで訪問していました。小さい時からボランティア精神に富み、高校生の時から発展途上国などに一人旅をしていたそうです。ユダヤ人で、家族には両親のほかにお兄さんとお姉さんがいました。体格も大きく、男らしい人だったということ。家族や友達、誰も彼にイラクに行って欲しいとは思わなかったけれども、彼の決意は固く誰も止められませんでした。彼がイラクに行く前は会社の経営は上々でした。そういう余裕があったうえで「復興」に関わりたいと彼はあちらに行ったそうです。ビジネスを広げる為ではありませんでした。小さい頃から科学が大好きで、コーネル大学中退。イラクに行く前はアフリカのウガンダやケニヤで通信施設の復興作業に関わろうとしていました。*と、いうことはファルージャなどイラクの戦況が悪化したのは3月30日からですので、もし軍に拘束されずに帰国できたとしたらこのようなことは起こらなかった、と言うことになります。<ニコラスさんを拘束した武装集団>まず、現在アルカイーダの指導者のトップはAbu Musab al-Zarqawi(本名Ahmad Fadhil al Khalayleh)というヨルダン出身の人です。そして、このニコラスさん虐殺の映像は Muntada al-Ansarと言う組織のウェブサイトに載せられましたが、この組織はアルカイーダと密接な関係にありますので、このトップのAbu Musab al-Zarqawiがやったのではとアメリカでは疑われています。(実際ビデオではそれが本人だと確定できないので定かではない)アメリカ政府は現在この人の情報をくれた人々に1000万ドルの賞金をオファーしていますので、まぁ注目の人です。彼自体は今イラクにいると言われています。この映像は2002年にウォールストリートジャーナルの記者がパキスタンで惨殺された映像とよく似ています。が、その記者の場合、武装集団に「ユダヤ人だといえっ!」と強制されているにも関わらず、ニコラスさんの場合はユダヤ人だったにも関わらずビデオにはそれを言わせる場面はありません。まぁ、そのことから今回の事件はユダヤ人の恨みからではなくアメリカ人への恨みという武装集団の魂胆が見えますね。<このビデオで武装集団が言ってることの訳>「イスラム社会よ。黙っていられるか?!虐殺され、誇り高き血を流し、Abu Ghraib刑務所での男女共々イスラムのへの悪魔のように剥奪された恥辱と記録の写真、、これでイスラム教徒は健やかな睡眠へとどう導かれるんだ?!」「ブッシュ、キリスト教の犬め、これからお前を苦しめ、辛い日々が来ることを待ってろよ。お前とお前の軍隊がイラクに足を踏み入れイスラム教徒に暴力を振るったことを後悔させてやる。」「Abu Ghraibや他の刑務所にいる誇り高きイスラムの男女は血や命より気高い。こんなマナーで虐殺をしていくのなら、お前(ブッシュ)は次々と屍や棺おけだけを増やしていくことになるんだぞ。」だ、そうです。上にも書きましたがユダヤ人とは今は関係なくアメリカ人とブッシュに対する恨みの犯行ですね。<ブッシュさんの言ったこと>「テロリストの目的は我々の意思を砕くことにある。しかし彼らの行動は自由が築かれていない社会がどれだけ廃れているかを証明しているだけだ。我々は(自由が築かれた社会にするという)任務を果たす。任務を果たすんだ。」だ、そうです。上のテロリストの要求とブッシュさんが言っていることはあまりにもピントが外れていますのでちょっと笑えます。<このショッキングな事件について思うこと>上の海外ボツ!Newsの記事にも書いてありますが、「アメリカ人が殺された」というこういう映像は9月11日のテロのときと同じく、そしてブッシュさんもなんとなく言っている様に一部のアメリカ人は「絶対屈してはならない」「アメリカ人を恐怖に陥れたやつらは報いを受けるべきだ」という主張が必ず出てくるでしょう。そうすると武装集団がやったのと同じ様な暴力の連鎖が生まれてきますね。こういう虐殺のビデオショーが延々と発表され続けていくかもしれません。アメリカ軍自身が行ったイラクの刑務所での1000枚以上の虐待写真報道で、政府や軍部の責任追及だとかでここ数週間ずっと盛り上がっていましたが、今回の報復ビデオで運良く注目がそれることになるでしょう。どちらも残虐ですけれども「あっちのほうが残虐」とかで残虐さで正義を決めてしまう方向性もありえます。もちろん殺された被害者の家族はだからといってイラクで復興作業をする為に向かった息子の意思に反してイラクを攻撃してくれ、などとは言わないでしょうが彼の死を利用して世論がイラクに対する嫌悪感でもっと攻撃を願う可能性はありますね。しかしこのニコラスさんを殺した武装集団はアルカイーダに関係がありますし、そのリーダーはヨルダン人ですから、どんなにイラクを攻撃したり取り締まったところで彼らが鎮圧されることはまずないでしょうね。ですからイラクの状況が悪化すればするほど、今回のような事件が起こる可能性があります。殺されたニコラスさんはただ単にアメリカ人と言うだけでこのような目にあったと思われますから、ますます無差別な誘拐、殺人が増えることになりそうですね。彼がいつ拘束されたのかは分かりませんが、4月9日から消息を絶ったということですのでもしかしたら日本人の方たちが拘束されたのと同じ時期に同じ様に拘束されていたのかもしれません。ちょうどその時に拘束されたトーマス・ハミルさんは一週間ぐらい前に自力で拘束から抜け出しましたけれども「虐待写真の報道があってから扱いが悪くなってきた」と言っていましたので、ニコラスさんは最近までただただ拘束されていただけなのかもしれません。最初からアルカイーダに関係がある武装集団に拘束されていたのかはちょっと疑問ですね。一応日本的な論理で今回の事件を考えてみますと、ニコラスさんは単身でイラクに行っていたようですし、外国での復興支援経験はけっして多いとも言えない状態、そして家はユダヤ系で(ユダヤは大体金持ち)小さいとはいえ会社の社長さんですのでお金持ち、この時期あちらに危険を冒して向かい、そして武装集団にあんなに残虐に殺された彼は自業自得です。セキュリティー管理もきちんとしていなかったでしょうし、家族に危ないと言われていても向かい、そんな戦況で具体的に復興支援などはできなかったでしょうね。そう考えてみると前回拘束された日本人と二コラスさんのボランティアの未熟さはあんまり変わりがないでしょう。これがもし新たな邦人や韓国人民間人だったりすればまた「自己責任」の大合唱だった事請け合いだったに違いありません。白人の方だけかわいそう、って思うのやめてもらいたいですね。っていうかあの時日本人を非難した人で今テロリスト非難している人、結構ピントずれてますけど分かっているんでしょうか。結局二コラスさんはテロリストに言い様に使われてしまいました。ですからニコラスさんの自業自得なので、テロリストは非難できないのかもしれません。私としては一ヶ月前の自分の最初の主張に戻してそんな民間人を拘束して残虐に殺してしまうイラクの武装集団ではない、アルカイーダとコネクトしている武装集団が狂ってると言ってもいいですけれども、まぁ、米軍もこの戦況に置いて沢山民間人を殺しているわけですね。っていうか、その前に1000枚も見つかったイラク人虐待写真、あれすごい数ですよね。どう考えても処罰を受けた米兵数人だけの仕業ではないでしょう。だったらそんなにデジカメのメモリとかフィルムとかどこから手に入れてるんでしょうね。1000枚も写したら数人だけじゃ飽きちゃいますね。どこかに今回の虐待写真事件に関して「戦争には虐待が起こるものなんだから、こんな写真なんてたいしたことない…」とそんな感じの論理を説いている方々もいたような気がしますが、そうするとテロリストの報復の残虐映像も今回のイラク戦争を咎めるだけの手段の一環ですから、ま、そういうものは起こることなんだよね、とどんなに映像がショッキングでも同じ主張をきちんとし続けてもらいたいものです。♪テーマから日記に来てみんパイのことを全然知らないそこのあなたの為に♪→→取り合えず全く関係ない他の日記に進んでみる→→取り合えずおいしそうなトマト同盟に行ってみる→→取り合えず気晴らしにぽぽぽっきの絵でも見てみる→→取り合えず感動のベイビーと初めて会った記録に行ってみる→→取り合えずみんパイがどんな人々をリンクしているか見てみる→→取り合えずトップページにでも行っておく
May 10, 2004
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友達のヘイディから紹介してもらった究極に簡単なトマト料理レシピでございます。**************トマト 食べたい分だけパルメザンチーズ(これがベストだが好きなチーズで良し)お好きなハーブ(バジル、オレガノ、パセリなど)バターまたはオリーブオイル塩、胡椒はお好みオプションでにんにくやパン粉トマトは2センチほどの厚切りにスライスする。アルミホイルにバターまたはオリーブオイルを薄く敷く。その上にスライスしたトマトを並べる。トマトの上にパルメザンチーズ、ハーブ、好みでみじん切りにしたにんにくや、パン粉を上にかける。胡椒も欲しければこの時に。それらをオーブン、またはオーブントースターでチーズが溶けるまで焼けば終わり。チーズに結構塩分が含まれているので、塩は食べる時に足りなかったらかければいいと思います。暖かいトマトを食べたい人にぴったりの簡単な料理。でも、見栄えもいいのでサイドディッシュにも、ベジタリアンにはメインにも、結構役に立つ料理です。チーズ好きにはたまらーんっ♪****************************これを作った方のご感想もお待ちしております!!!++++TOMATO同盟TOPへ行く++++
May 8, 2004
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不思議なことだが2週間しっかり気管支炎を味わって苦しい思いをしてから、おなかのゆーゆーの胎動の動きがすっかり変わってしまった。咳を始めたあたりの日記からぼちぼちと書いてはいたけれど、その咳ばかりの2週間、ゆーゆーは本当に楽しかったみたいで、苦しい思いをしていた私とは裏腹に胎動の頻度が増えに増えまくっていた。今までの胎動は「ぼこ…、ぼこ…、ぐにゃ」とスローテンポであぁ、動いてるなぁ、なんて感じだったのだろうか。それから咳を始めて1週間、2週間経つと「ぼぼこっ、ぼこっ、ぼぼこっ」と咳をしていた感じと同じように2回づつ程連続になってきて、しかも一回一回の間が短くなり、あら、元気になったなぁ、と思う感じになった。それから咳の頻度が減っていっても、ゆーゆーは「ぼぼこっ、ぼぼっ、ぼぼこっ」と2連続蹴りを繰り返すようになり私は心の中であぁ、すごいな2週間これやってれば覚えちゃうもんなんだなぁ、なんて思っていた。そして…ある日、日記を書きながら私のまぁまぁお気に入りのバンド(最高にお気に入りではないが…)KORNのLife is Peachyというアルバムを聞いていたところ、ゆーゆーの動きが以前にも増して活発になったので私は飛び上がった。<Kornはモダンなヘビーメタルだが、特に初期の頃の作品は不思議なリズムと重い二重ベースで独創性と重さに長けている。Life is Peachyはセカンドアルバム。>いや、それはもう2連続蹴りなんてところじゃなくて「ぼこぼこぼこぼこ、ぼこぼこぼこ」なんてベースの音に完全に反応している感じであった。おもしろくなった私は、てててん、てっ・て、てててん・てて、てててん、てっ・て、てててん・てて、と両手を使っておなかを太鼓代わりにしてリズムに合わせて叩き始めた。(分かるかな、上のってアメリカンメタル的なリズムなんだけどな)そうするとゆーゆーはますます面白くなってきたみたいでまぁ蹴るわパンチするわ、もう動きが「ぼんぼこぼこぼこ、ぼぼぼぼ」と激しくなり、ベットの上で仰向けになっておなかを見ているとおなかがぶくぶくぶくぶく揺れるわ揺れるわ、もう見てる私は楽しくて楽しくてしょうがなかった。そんなゆーゆーを見るのが楽しくてその後数日同じ音楽でおなかをリズムに合わせてぼこぼこ叩いていた。あぁ、なんてかわいいんだろう!そんなことをしているうちに、音楽を聴いていない日中の仕事中のゆーゆーの胎動にも激しく変化が現れてきた。いや、変化も何も、こっちが一生懸命仕事しているというのにおなかは「ぼん、ぼこぼこぼこ、ぼんぼんぼんぼん」なのである。しかも向きが時々変わって、ゆーゆーが私のおなか側でなくて内臓側の方を向いてしまったときには本当にすごくて、私のからだの内臓が「ぼんぼこぼこぼこ、ぼんぼんぼんぼん」と激しい刺激を受けることになりそれはそれはなんだか苦しいような、むずがゆいような、痛いような、かわいいような、変な気持ちになるのだ。家に帰って寝る前になるともっと元気になるみたいで、私は疲れてるのに思わずおなかにリズムを打ってしまう。こっちが疲れてくるので「もう、ねるからね~~~おやすみ!」と目をつぶるがゆーゆーはいたって元気である。そして私が起きる時間にまたその「ぼこぼこぼこぼこ」で起きなさーい!と合図する。うーん、私はまだ眠いのよぉ!シャワーを浴びているとふっと頭に、あ、そうだ、簡単な太鼓でいいからドラムを買ってそれでリズム打ってあげようかな?と思いついた。今はおなかをぼこぼこ叩いているが、音楽に合わせてリズムの音をもっと聞かせてあげたらもうすこしリズムっていうものに対して理解してくれるかもしれないな。生まれてからも太鼓なら叩いて遊べるだろうし…。うーん、ゆーゆーに叩いてリズムを取ることの楽しさを教えてあげよう。私も自分のおなか叩いてて楽しいしな!***月曜日に今月最初の検診があった。ナースがいつものように心音を図ろうとおなかに機械を置くと、いつものようにゆーゆーは暴れていたが、今回は機械めがけて「ぼこぼこぼこぼこぼこっ!」だった。それに合わせておなかが波を打っていたのでナースも私も大爆笑。横にいたノリノリは生まれてからのやんちゃぶりを想像したのか、笑いながら顔をヒクヒクさせていた。ドクターは「うーん、胎動がかなりあるみたいね。とってもいいことだわ!」とにっこりした。
May 7, 2004
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→→→→→続き→→→→→→<そして次の薬局>自宅の近くに、専門薬局っぽい小さな薬局があったことを思い出していた。もう5時を回ったが開いているかもしれない。とにかく車を近くに止めてドアに向かった。ドアには「5時半まで」と書いてあった。あ、間に合った、と思いドアを開けようとすると鍵がかかっている。え?と思ったが、何回やっても鍵がかかっている。・・・閉まったのかな。足が車に向かって動き始めたがもう一回立ち止まって自分の時計を見る。5時10分だ。もう一回、薬局のドアに向かってドアを確かめる。やっぱり鍵がかかっている・・・。あぁ、5時半、って書いてあるのになぁ。あきらめて車に向かってとぼとぼと歩いていくと、後ろから「ちょっと!今、入ろうとした?」と声がする。振り返ると、その薬局のおじさんみたいだ。あぁ、よかった!慌てておじさんの所に行く。おじさんは「早く閉じようと思っていたんだけど、君が戻ってきたの見えたから・・・。」と親切に店を開けてくれた。「ありがとう。この処方箋の薬が欲しいんですけど・・・。」とドクターから貰った紙を渡す。彼はしばらくその紙を眺めていたが、「うーん、この薬は無いなぁ・・・。」とぽつり、と言った。私はちょっと焦って「あの、CVSでも同じこと言われたんです。そんなに特別な薬なんですか、それ?」と聞いてみる。彼はしばらく考えていたが、「あ、もしかしてこれはあの薬かもしれない。ちょっとおいで。」とお店に入れてくれた。ただの薬なのに一体なんでこんなに面倒なんだろうな。おじさんが奥でしばらく何か探していたが、ようやくはっきりしたようでカウンターに来た。「あのね、この処方箋さ、スペル間違ってるんだよ。」・・・・え!「君、これ咳止めの薬だろ?」「はい。Robitussenと同じ成分のはずです。」「じゃぁ、間違いなくこれだ。ほら、こんなにスペルが違う。」こんな手間暇かかってるのはあの親切なドクターのスペルミスのせいかいっ!いやいや、CVSのあいつらがプロフェッショナルじゃないからこのおじさんみたいにこれはXXのことだ、とかできないんだ。あいつら~っ。とにかくおじさんの出した物は間違いなく私の欲しい物だったので処方してもらえるようお願いする。おじさんは「早く帰りたかった・・・」という顔は全然隠していないが、親切に私の要望を聞いてくれた。すまない、と思いながらも今日みたいな日にこのおじさんだけにでも親切に、的確に対応してもらって私は感謝の気持ちで一杯になった。数分待って薬が出来上がると、それは$8ぐらいでぎりぎり手持ちの現金で払えた。その薬局にはカードマシーンが無かったのでさっきみたいに$50とか言われたらどうしようかとどきどきしていたけれども、なんとか払える範囲でおじさんも私もちょっとほっとした。今日は本当についていない日だったの、でもあなたがこうやって助けてくれて本当に救われたの、ありがとう、とかなり真剣に私はお礼を言った。おじさんは、じゃ、少しは気分がよくなったんだね、それならよかったよ!と励ましてくれた。閉めたかったのに、本当にごめんね、と謝って私は車に戻った。車に乗って深呼吸をすると、おじさんに親切にしてもらったうれしさと共に、今日の歯医者、CVS、そして病院での何時間もの待ち時間などに対する怒りが一気に込み上げてきて、体が震えた。<そしてあほ保険>怒りと風邪に長い間取りつかれ、ようやくほとぼりが冷めて5月になる。歯医者に予約を取る為にはまた新たに自分の保険を扱ってくれる歯医者を探さなければいけない。私の持っている歯医者リストは既に3年前のものになっているので新しいリストを手に入れるため、しぶしぶ保険会社に電話をした。保険会社の対応はそれなりに親切。登録した歯医者がキーストーンイーストを受け付けるのをやめた、ということを伝えたらでは早速新しいリストを送ります、と言われた。私はウェブで内科医を検索できるのは知っていたが、歯医者の検索ができないのでどういうことかと聞いたところ、キーストーンイーストの歯科保険を取り扱っている会社は別会社なのでそこのウェブサイトに行かなければいけないと言う。とにかくアドレスを聞いて早速検索することにした。よく見てみると、私の保険を受け付ける歯医者などこの街中で6つぐらいしかなかった。その中の2つが、私の歯医者のように取り扱いを止めていて、実際4つしか選択が無い。なんだよ。と、ある一つに電話をかけると、最初の予約は8月までないという。毎日キャンセルがでるのでウェイティングリストに載せることができるが、それでも確実でない。うーん、この歯医者を自分の登録にするのはちょっと危険だな。次にこれはどうかな?と言うところに電話をすると「直ぐ予約取れますよ。」と言う。え!ほんとに!と喜ぶ。じゃぁ、これから自分の歯医者として登録しますけど、予約は取れますか、と聞いたところ、最初に登録してからでないと予約は取れません、と答えられる。・・・なんで、いいじゃない、登録する、って決めてるんだから、と訴えると「確実に払ってもらえると確認しないとだめなんです。」だと言う。「じゃぁ、わかりましたけど。これから保険会社に電話しますから、また掛けなおせばいいですね?」と私。電話口の女の人は「いいえ、今日保険会社に登録すると、登録されたと確認できるようになるのが6月1日からですので、予約できるのはそれ以降です。」と、言う。「・・・・・・。じゃぁ、6月まで予約取れないの?なんとかならないの?」「なりません。」電話を切り、また保険会社に電話をかけてその歯医者を自分の保険に登録した。私が歯医者に行こうと最初に電話をかけたのは3月の終わりである。本当に来月、歯医者に無事行けるのか、今から不安だ。行きたい時に歯医者にいけない、情けない保険、情けないシステム。一つ救いがあるとすれば、出産にかかる費用がたったの$15で済む、ということぐらいだろうか・・・。いやいや、保険を持ってるだけ感謝しなければならない。しかし、なんでこんな思いを何するにもいちいちしなければならないんだ?!→→→→→→またはUS Life Indexへ行ってみる→→
May 6, 2004
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→→→→→続き→→→→→→<薬局>車を走らせてどこの薬局に行こうか迷っていたが、いつも行く職場の近くの薬局は街中にありとても車では行けないので結局数年前に使ったことのある駐車場つきの薬局CVSに行く事にした。CVSにちょっとした日用品はいつも買いに行っているが、その中に併設されている薬局は機会がない限りなかなか使うことはない。ま、そういうお店に入っている薬局はどこも同じだろう、と思い早速処方箋をカウンターに持っていった。「これ、お願いします。」とカウンターの中年の白人女性に渡した。「初めての方ですか?」と彼女。「いいえ。3年ぐらい前に使ったことあるんですけれども・・・。」「3年前じゃ新規になりますから、住所を教えてくださいね。」処方箋から薬局で薬をもらう為には個人のデータを登録しなければならないので、住所や生年月日を告げる。「では、20分ほどかかりますけど、お待ちください。」お店をいろいろ見て回るほどの体力も残っていなかったので、カウンターの近くの椅子に座りぼーっとする。薬局の中ではさっきの白人女性の他に、太っていて気が強そうな黒人の女性も働いていて白人のおばさんが彼女にいろいろ聞いている。どうやら、黒人の彼女の方がボスみたいだ。・・・。待つこと20分。ようやく私の名前が呼ばれる。カウンターに行くと、「あのね、二つのうちの一つはうちで取り扱ってないの。ひとつはあるけれど。」「え。入荷予定もないんですか?」と驚いて聞くと、白人のおばちゃんは困ったように後ろの黒人のおばちゃんを見た。そして黒人の彼女が「ない、ない。取り扱ってないんだから!」とこっちに叫ぶ。・・・あぁ、2度手間だなぁ。これじゃ、また他の薬局行かなきゃ行けないじゃんか。「わかりました、ひとつでいいですから、それ下さい。」と私は言う。「はい、それじゃ$11ですけど・・・・あ、ちょっと待ってください。」とおばちゃんは後ろの黒人のおばちゃんに何か言われて振り返っている。何か嫌な感じがしたので、「なんですか?」と聞く。「あのね、この薬はこれとセットなのよ。」ともうひとつの箱を私に差し出した。私は、なんでセットなのか、どういう薬なのか、全然見当がつかなかったので「セットなら別に買いますけど。」と言うと、後ろの黒人のおばちゃんが「それは保険が利かないよ~」と白人のおばちゃんの方に叫ぶ。おばちゃんは、「で、このセットは保険が利かないので、$50するけどいいですか?」とさらっと言った。・・・$50?!?!日本円だと5500円ぐらいか。なんで保険が利かないの?保険が利かないとそのくらい高いのは知っているけど、一体何?ってことは最初の箱は$11だから、合わせて$61。薬にしてはかなり高いなぁ。でも、でも・・・。「え・・・・。でもセットなんですよねぇ。買うしかないですよねぇ。」と私が言うとおばちゃんはうんともすんとも言わなかった。私は高くても、とにかくこの苦しい咳をなんとかしたかった。だから、いいです、買いますよ、と言った。一つの薬のはずだったのに(しかも処方箋でセットの薬だと書かれてもなかったし)、なぜか二箱を高額で手に入れ私は取り合えず車に戻った。まだもう一つの処方箋を薬にしていないから、少しでも早く他の薬局に行ってみなきゃ。もう5時近くなってしまったし、CVSで仕入れていないようなものが置いてある個人経営の薬局は閉店時間が近くなっているだろう。と、思ったが、折角買った高額の薬をとにかく早く試してみようと車のなかでそれらを開けた。どうやら私が手に入った方はスプレー式の咳止めのようだ。$11の保険の利いたほうの箱を開けて確かめる。こういうスプレー式を手にしたのは初めてだったが、昔友人が使っているのを見たことがあったので説明書を読みつつ喉の奥にしゅーっとしてみる。うぇ、ガス臭い薬!はてはて、この$11だった方のスプレーだけが薬だと思っていたが、横に先ほど買った$50の箱が置いてある。他のスプレーなのかな?、とにかく開けてみよう、と思い開けてみると・・・・・・・それはどうみても$3ぐらいで買えそうなプラスチック製の、スプレー薬専用の吸入補助器みたいなちゃっちいパイプだった!!!え~~~~~っ!これが$50?!っていうか、こんなの無くたって喉にスプレーできるじゃんかよっ!!!だから、あのばばあ、なんだかあいまいな返事してやがったんだなぁっ!!!かちーーーーーーんっ!車を同じ店のドライブスルー薬局の窓口に止めて「おい!さっきこれ買ったんだけど、こんなのいらないじゃないかっ。こんなの返品する!」とさっきの白人のおばちゃんに怒鳴った。おばちゃんは「返品はなしなんです・・・」と後ろの黒人のばばあを困った顔で眺めるとそいつも「あのね、返品なしだから。使い方なら教えてあげるよ。」とかほざく!!!「あんた、これがいるとかいらないとか言わなかったじゃんか!」「でも返品できないんです・・・。」・・・・・・。・・・・・・。ホルモンのせいでとにかく怒りの沸点が高い私は、もう怒りで失神しそうである。・・・・・。「いらんわ、そんなん!」ばばあに向かって叫ぶと、とにかく落ち着いて、落ち着いて、と自分に言い聞かせて車を走らせた。こういう時が一番事故に遭いやすいから、気をつけなくては。もういい、あのあほ薬局、二度と使わないぞ。→→→→まだ続く→→→→→→またはUS Life Indexへ行ってみる→→
May 5, 2004
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→→→→→続き→→→→→→<病院>丁度午後一時半ぐらいに病院へ着く。受付の人達は他の人々に対応していて、初診の私は何をすればいいのかちょっとわからない。日本なら、診察カードをボックスに入れて…とかだったが、ここの受付は「Referral用(紹介状を貰う人用)」と書かれていて診察用の受付が無い。よく見ると受付デスクのところに名前を書くリスト(レストランの待つ人用のリストと同じ感じ)があったので、取り合えず名前を書いて、受付の近くのいすに座ってみた。患者さんへの対応が終わると、受付の人が「あ、あなた、1時半の予約の方ね」と声を掛けてきた。「はい。」と答えると、じゃ、横の受付で手続きしてね、と言われる。最初なので自分の情報や保険の確認をした後初診料$15を請求され、カードで払おうと思ったら「現金しか受け付けないの」と言われた。ちょっとびっくりしたが、受付の人はあっさり「じゃ、次回払ってね。」と無理に請求しなかった。そんな態度に私はさらにびっくりした。そんな手続きが終わると「じゃぁ、待合室でお待ちください。」と言われ、テレビのある場所に座る。結構沢山の人達が座っている。黒人の太ってる人々が圧倒的に多くて、彼らは通りすがるドクター達に「元気?」とか話し掛けているので常連さんが多いようだ。車椅子に座った人とか、おじいさんおばあさんも多い。こんなにいるけど、みんな一体何時の予約なんだろう。・・・。・・・・・・・・。時計は3時を過ぎた。1時半に予約したと思ったのに、私はまだ待合室にいた。疲れて元気がでないからぼーっとしているが、一体予約したのにどうなってるんだ?とちょっと戸惑う。以前、緊急病院に行った時、2時間とか6時間とか、平気で待たされた事があったので病院はこんなもんだろう、とは思ってはいたがやっぱり不思議な気分である。それからちょっとして、ようやくドクターが私を呼びに来た。取り合えず、ほっとする。診察してくれた先生はとっても明るく気さくな女の人で、私の体の具合をよく聞いてくれた。妊娠していると伝えたところ、何ヶ月?と聞かれて6ヶ月です、と答える。彼女は「え?6週間?」と言うので「いえいえ、6ヶ月なんです。」と慌てると「え~~っ!どこにいるの?!小さいよ~!」と驚いていた!そりゃアメリカ人と比べたらそんなもんなのかもしれないなぁ。性別の話とか、結婚生活のことなんかでなぜか盛り上がって(彼女の話によると妊娠している人が来た時、大変不幸な境遇で子供を持とうとしている人と会う事が多いらしい)、聴診器、血圧、鼻、耳、喉をチェックしてさくさくカルテを作った。一旦彼女の診察が終わると、「じゃぁ、ボスのドクターを呼んでくるから」と部屋を出て行った。アメリカでは先に研修医が患者をチェックしてそれからメインのドクターが来て、診察結果を確かめるという場所が多い。緊急病院でもそうだ。だから二倍に時間がかかる。一回研修医が出て行くと、次が来るのにまた結構時間がかかったりする。やっとメインのドクターが来ると軽く私の様子を聞いて、また聴診器、鼻、耳、喉のチェックをした。そして「じゃ、妊娠中でも平気な薬をだすわね。ちょっと待っていてね。」と部屋を出て行ってしまった。研修医の彼女の診察通りだったのだろう、とっても素早い。そしてさらにぼけ-っと診察室で待つとようやく最初の彼女が部屋に入ってきた。「えっと、診察結果はウィルス性気管支炎だったの。」「やっぱり。」と私。「それで、バクテリア性の気管支炎だったら抗生物質出してそれで治るんだけどね、残念ながらウィルス性には特効性の薬はないのよ~。でも少しでもマシにする為にこの2つの薬を出すからね。」といい、2つの処方箋をくれた。一つはちょっと前に買ったRobitussenという薬の中に入っている一つの成分を多く含んだ錠剤。そしてもう一つは喘息の人などが使うスプレー式の咳止めだという。私はありがたくその薬が記述された2枚の紙をもらい、厚くお礼を言って診察室を出た。待合室に出ると既に4時をまわっていた。人で一杯だった部屋はもう誰もおらず、受付の人々は閉める準備をしている。どうやら、私は閉院までいたらしかった。ちょっと待ちくたびれたが見てくれたドクターが素敵な人だったので、我慢しよう。とにかく、次は薬局にいってこの処方箋を少しでも早く薬に換えよう。もう、息するのも苦しい!→→→→続く→→→→→→またはUS Life Indexへ行ってみる→→
May 4, 2004
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<歯医者>咳が出始めてから一週間が過ぎ沢山休息を取ったにも関わらず月曜の夜から、咳がのどではない全く違う場所から現れるようになった。体全身を震わせて、深い息を吸い込み大きく咳を何回も何回もする。音も苦しみも激しくなり結局一晩中咳き込み続け、私だけでなく隣で寝ていたノリノリも心配して眠れず火曜日の朝を迎えた。この咳き込みようは異常だな、ちょっとやばいなとさすがに思ったので、最初から仕事で午前中オフを取っていたのだけれども、結局潔く一日休む事にした。午前中には待ちに待った歯医者のアポイントメントがあった。親知らずが3本ほど残っていて、最近疲れが溜まると激しい痛みを感じていた。産婦人科のドクターに「歯医者って行っていいの?」と聞いたところ「より安定した妊娠生活を送る為に歯医者に行きたいのならぜひ行った方がいい。」と言われたので自分の保険に登録した歯医者に電話をした。そして、一ヵ月後のこの日までアポはとれないわ、と言われ私は渋々今日まで待つ事になったのだった。この咳き込みようで歯医者に見てもらえるかどうかは疑問であったが、とにかくキャンセルしたくなかったので行く事にした。そして、自分の主治医に電話して初めてアポイントメントを取った。過去3年、私は自分の保険を使って主治医に会ったことがなかった。妊娠して初めて産婦人科に行く事になり、この酷い風邪でようやく内科の主治医に会う気が起きた。3年も経っていまさら会うのはちょっと恥ずかしいが(普通アメリカのシステムでは主治医を持った時点で健康診断とかにいくらしい)、とにかくそんな泣き言をいってる場合ではない。「今日アポイントメントとれますか?」と聞いたところ、大丈夫、のこと。午後1時半に予約を入れた。(以前風邪を引いて病院に行きたかった時、「アポは一ヵ月後です」と言われた経験があったので意外な返事だった。X田火災保険、あんた達のやったことは忘れないよっ)出勤するノリノリと別れて、まず歯医者に向かった。受付に入ると白人の受付嬢が「お名前は?」と聞く。名前と予約時間を告げると、なんだか書類を捜している。予約を入れているはずなのにちょっと時間がかかりすぎていると思ったので不審な目でその白人を眺めていると、「保険は?」と聞かれた。「キーストーンイースト(私のへなちょこ保険の名前)ですけれども。」と告げると彼女はなんだか変な顔をして「あぁ、キーストーンなの。」と言う。一体なんなんだ、この態度は?と思ってると彼女はとんでもないことを口走りおった。「あのぅ、申し訳ないんですけれども、うちはもうキーストーンイーストは受け付けない事になったのですぅ。すみませン。」と抜かす。こういうときの白人女の顔って、典型的なビッチの顔である。いや、ただ単にこいつがビッチなだけかもしれないが、とにかく典型的なビッチが使うフェイクな口だけスミマセン、っていう顔をしている。「ちょっと。私はね、一ヶ月前に予約を入れてるわけ。一ヶ月もこの日を待ってるわけ。そんなこと言われてじゃ、なんだっていうのよ。」とかなりむかついて言うと、「でも保険が利かないから、現金か正規の値段を払ってもらう事になりますぅ。」と言う。席を外して奥にいるドクターに確認しに行ったらしいが、また同じことを言ってきた。「やっぱりだめですぅ。」「あのね、そんな事言われても一ヶ月前に予約取った時はそんなこと言われなかったでしょう。いつから変わったわけ?」「2、3週間前ですぅ。」「ちょっと私はね、妊娠してるし、親知らず痛いから早く抜きたいのに一ヶ月も待ってたんですけど、冗談止めてよ。」「あぁ、妊娠されてるんですかぁ。じゃぁ、どちらにしても治療できるかどうかぁ分からないからぁ・・・」「あのね、ドクターに行っていい、って言われてんの。」「あぁ、そうなんですかぁ。でも、受け付けない物は受け付けないですからぁ、すみませン。」とまたあの顔をして言いやがる。とにかく、こんなアホな場所に付き合ってる場合じゃない。すげー腹立つけどここにいてこいつの顔見てるだけでむかついてくるので、私はファックユー!と奥のドクターに聞こえるように叫んでその場を去った。ホルモンも手伝って私の怒りは頂点以上に達して、車に戻って運転席でとにかく運転する前に怒りを抑えようと必死だった。いやいや、こんな時はノリノリに電話するに限る。まだレストランも開店していないから時間あるかなと思い電話してみた。ノリノリはうんうんと話を聞いてくれて、あのね、そんな歯医者には行くなってことだからとにかく落ち着きなさい、といつものように私の怒りを吸収してくれた。とにかく怒りで気が狂いそうだったけれども、のりのりに話を聞いてもらうと少し気持ちが戻ってきた。あぁ、私の一ヶ月の我慢はなんだったんだろう。既に6ヶ月だと言うのに。次、どこかの歯医者でアポを取ったらまた一ヶ月待たされるのだろうか。それは耐えられないぞっ。少々怒りが落ち着いてきたので、とにかく家に帰る。9時半の予約だったが何もしなかったのでまだ10時である。あぁ腹立たしい。内科のアポイントメントまで時間がある。数時間休んで、また車を出して次の病院へ向かった。→→→→続く→→→→→→またはUS Life Indexへ行ってみる→→
May 3, 2004
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ABC NEWSから。http://abcnews.go.com/wire/World/ap20040430_1505.html4月30日のABCニュースを見ているとこのようなニュースが流れる。バクダッドに近いAbu Ghraibという場所の刑務所にいる囚人20人をアメリカ陸軍の警察部隊の6人が性的虐待をしその姿を取った写真が公開され、問題になっているという。そのニュースの時に写真も共に画面に出されたがどういう写真かというと、顔をマスクで隠された囚人達が裸になっていて(全て男だと思われる)、人間ピラミッドやセックスの体位などをさせられていて、二人の笑顔の米兵と一緒に写っていた。これらは昨年に撮影されそうだが、上のウェブの記事によると、囚人達は頭にマスクをかぶされて両手に電線を巻かれ(実際電流は流れないようになっているが)、箱の上に乗せられ「ここから落ちると電気が流れるぞ」と脅されながら写真を取られたと言う。そして性器にモザイクをかけたこれらの写真がアルジャーラ放送とアルアラビア放送で流され、アメリカの醜聞がさらに広まった、ということだ。アメリカでは水曜28日に初めてCBSチャンネルで公表された。この虐待をした6人は職務怠慢と他人への虐待、暴行と猥褻で起訴されているがどのくらいの罪を受けるかは定かではない。今回のこの件を通してブッシュ大統領は「これはアメリカ人のすることではない」と、ただでさえファルージャの状況を含めイラク人、中近東諸国からアメリカのイメージは悪いと言うのにさらに追い討ちをかけてこの写真が公表された事で完全に怒りを示しているようだ。もしかしたらキツイ裁きを受ける可能性もある。その上記に書いた「Abu Ghraib」という場所は以前サダム・フセインが政権を持っていた頃、主に政治犯などの囚人を残酷な拷問にかけていた場所と同じ場所である。そこで米兵が囚人に性的虐待をしたというのはとても皮肉な事である。彼らは一体何故そこにいるのか?結局フセインと同じことをしていたら正義も何も全く説得力がないな。日本人拘束だとか彼らの記者会見だとか、その話題だけに目が行って実際の「イラク」自体に目が向けられていない沢山の人々には本当にがっかりする。話題も、問題も、それだけじゃない。もっと考えるべき事は沢山あるのに。イラクで一体何が起こっているのか、沢山の人々が考えてくれればいい。ABCニュースは今晩のナイトラインで722人の米兵の死者の名前と写真を追悼の意味をこめて全部読み上げ公開するという。アメリカでは現在このABCニュースの行為が正しいか正しくないかで相当揉めている。でもこの死者の名前を読み上げる事で少なくとももう少し沢山のアメリカ人が現実と直面する事になりそうだ。アメリカ人は「アメリカ人自身の被害」にはとっても感傷的だから。次は病院の話をちゃんと書きます。では。♪テーマからこの日記に来てみんパイのことを全然知らないそこのあなたの為に!♪→→取り合えず全く関係ない他の日記に進んでみる→→→→取り合えずおいしそうなトマト同盟に行ってみる→→→→取り合えず気晴らしにぽぽぽっきの絵でも見てみる→→→→取り合えず感動の妊娠日記の始まりに行ってみる→→→→取り合えずみんパイの職場の様子を読んでみる→→→→取り合えずアメリカにいるよくわからない日本人の話でも読んでみる→→→→取り合えずみんパイの苦労話でも読んでみる→→→→取り合えずみんパイがどんな人々をリンクしているか見てみる→→→→→取り合えずトップページにでも行っておく→→
May 1, 2004
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