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寝る間もなく朝の4時に出発だ。グランドキャニオンに行くと人に言うたび、「正気?」と聞かれるがもちろん正気だ。それよりもこの時期、ラスベガスとかそんな町に出るほうが私には辛い。そういう繁華街に行くと観光する場所が沢山あって、折角来たのだからとあちらにこちらに歩き回らなければならない。それは絶対無理だと分かっている。しかも、おいしいレストランなどあったらそっちの方が困る。つわりが戻ってきた今、吐くのは日常茶飯事、胃が気持ち悪いの殆んどで、どうせアイスぐらいしか楽しめない。だから、私はグランドキャニオンで自然を眺めてぼんやりしながら(渓谷の下に下ったりできるらしいがそんなことはしないし)、繁華街もないので夜はさっさとホテルで横になり、食事にアイスを楽しんで寝る。うーん、随分前に計画した旅行だけど、なんとも的確に計画したものだ。自分でひそかに自分を誉める。(ここに書いている時点でひそかでないが)一応旅行保険に入ったので万が一の時はなんとかなるだろう。今週の検診の時にドクターにもう一度「週末、グランドキャニオンに行きますよ?」と言ってみたがやはり彼女は「あら、いいじゃない、楽しんで!」と何も心配な顔をせず言った。職場のJanや子持ちの友達のまゆみちゃんとか皆が何かと心配するので「ドクターがいいっていうからさ。」ととにかく言うと、不安な顔をしながらも「そっか、ドクターが言うなら、平気だよね・・・」と渋々認めてくれる。ま、大丈夫だって分かってて不安になってもしょうがないので、ドクターのあの「楽しんでね!」の笑顔をしっかり信じてさっさとパッキングした。先週使ったタクシーのドライバーが私達に携帯番号をくれた。ナンパでなくて電話番号をくれるような親切なドライバーは初めてだ。私一人がタクシーに乗ると「何人?」とか「You are beautiful.」とか日本人の彼女を紹介してくれだとか分け分からない事を聞かれて電話番号を渡す人がやたらにいて困ったことがあった。今回はノリノリが「あのさー、来週朝早く空港行かなきゃ行けないんだけど、タクシー会社に電話すれば来てくれるかな。君の会社の番号教えてよ。」と聞いた。するとドライバーの彼は「僕に電話してくれれば行くよ!」と答えた。君達何人?と聞かれたので、日本人だと答えると「僕はね、日本人にすごくいいイメージがあるんだよ。」と言った。出るときに明かり越しに彼の顔を見るとかなりハンサムな好青年だった。(私のタイプ~♪)Mattと自己紹介した彼はエジプトから10年前に来たと言う。丁度ノリノリと同じ時期だ。私のお腹を見て「僕も子供が一人いるんだ。かわいいよ。」と笑った。その彼がうちに朝の4時にピックアップしてくれることになった。プライベートタクシー、なんてちょっと割りに合わないがあの親切でかっこいいMattにお目にかかれると思うと私はうれしいし、ノリノリにも彼の印象は凄く良い。自分が日本人として日本人と自覚してアメリカで生きていると、こんな感じのことがたまに起こったりする。エジプトで日本の会社が地震に強い地下鉄を建てたとか(職場のエジプト在住歴5年のジョセフの話から)そんな社会的貢献にも関係していると思うが、私がいつも思う日本人が好かれる理由は日本人の「人の気持ちを大切にする」と言った人間性からきてるのではないのかな、と思う。大体の日本人は他の外人に比べて自己主張が少なくやさしいとかおっとりしているとかそんな感じで人を大切にするところがある。もちろん、それが原因でアメリカや外国で暮らした時大変な苦労をするわけであるが、もともと持っているものはなかなか失わないし沢山の中国人やベトナム人がいる中でMattのように「日本人」を区別していいイメージを持っているのであればそれはとてもうれしいことだ。そしてまた、自分が日本人でいることに誇りを持てるんだ。(もちろんそのイメージ通りの「いい日本人」として自覚して生きなければならないが)話は変わるが、最近ようやくベイビーレジストリーをベイビーザラスで作った。レジストリーを作ると言うのはアメリカで一般的なことで、他にもウェディングレジストリーとかアニバーサリーレジストリーとかそんなものがあって何かというと、とある自分の決めたお店で「レジストリー」という「自分の欲しいものリスト」を作って人にお祝いを貰う時にそのリストから選んで贈ってもらう、というものだ。日本人の文化からすれば、そんなことをすると何か買いたいものを人におねだりしているみたいでちょっと変な気分だが、アメリカの文化で考えるとどうせものをその人に贈りたいんだから欲しい物を知りたい、遠慮しないで教えなさい、教えてくれないと困るわ、とそんな感じである。そう思うと随分効率的なシステムではある。そしてそのレジストリーを作るのが出産の時にはなおさら一般的で、ベイビーが生まれる、というのはとても幸せなことなのでとにかくお祝いしたい人の為に作るようなイメージだ。作っていないと「お祝いしたいのにできないじゃない」となるみたいなのでとにかく作ってみる。ジョセフが言うには人々は商品を見て予算と合わせて買うから、気にしないほうが良いよ、と言う。この前の日曜日にベイビー商品の安全性についての講義を聴きに行ったのでちょっとお店の商品を見てみることに興味があった。インターネットでレジストリーを作れるのだが、子供も初めてだし馴染みがない物ばかりなので実物を見たくなってようやくお店に行ってみた。ベイビーザラスに行くのは初めてだ。安全性の講義でクリブ(ベイビーベッド)をよく観察して下がスプリングでできてる台は子供が跳ねたりして壊れ、事故になる可能性があるからボードで下になっているやつの方がよいとか、マットレスは硬い方が良いとか、カーシートは5方向からベイビーを支えるやつがよいとかそんな注意を延々と受けたので、よく観察しながらこんなのは良いのかな?と色々見る。レジストリーの作り方はとても簡単で、受付で名前とか予定日だのを書くとバーコードを読むハンディーな機械を渡されて自分で好きな商品をスキャンしていくだけである。おもしろいのでいろいろスキャンしたくなるが、いけないいけない、あんまり沢山物はいらないんだ。高いものも安いものも、これなら欲しいかなと思うものだけを揃えて見る。ノリノリは何が必要なのかあんまり頭にないらしく私があれだこれだ言ってるのを横でしらーっと付いてきているだけである。全く持っていつも現実を追ってない旦那である。どうりで車も買う車種だけは決めているが、お金を未だ集めきれないわけだ。私の財産は揃っているというのに!粗方作り終わり帰宅すると、そのレジストリーをAmazon.comでチェックした。世の中便利なもので選んだ商品の消費者の評価をあのウェブで見れちゃったりできるわけである。すると選んだ商品は粗方オッケーだったが、中には良いとおもってもあんまり評価が良くない商品もあってちょっとびっくりする。画面で見ただけでは分からないが、実物を見ても分かってないわけだ。評価も数人じゃあんまり説得力がないが、50人以上超えたものだとかなり信頼できる気がする。そんなわけでお店に行った後もまたいろいろ変えた。それでこうやって作って、友達がレジストリーを見て買って、それを手渡したりするのにベイビーシャワーと言う催し物をベイビーが生まれる前にするのがお決まりらしいのだが、ベイビーシャワーは普通女友達だけで行われるらしくしかも、産む本人が計画するものではない。でも人は私に開くべきだと言う・・・私にはそんなわざわざ開いてくれるような友達はいないので、結局自分でパーティーを計画する事にした。そもそも私の友達はそんなに多くないのに、女性だけに限ってしまったらはっきり言って人数が少なくてパーティーにならない。夫婦で仲の良い人もいるし、旦那を通して友達の人だっているんだ。女だけって誰が決めたの?!**ま、いいや、旅行を控えてちょっともう寝なきゃいけないので打ち切っちゃう。ノリノリが横でめちゃめちゃ怒ってる。あわわわ・・・。飛行機の中で寝るからいーじゃんかーっ。とにかく、今日から行ってくるので、しばらくお休みね。火曜の朝(そっちの火曜の夜)には復活します。ごきげんよう!→→みんみんパイの超プライベートなベイビーレジストリーに参加したい人はこちら。
June 26, 2004
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今週から日本の数えで9ヶ月、アメリカの数えで8ヶ月に入った。どちらにしても後一ヶ月ちょっと、32週に突入だ。お腹が随分大きくなって、もう普通にしていても誰もが妊娠と分かるぐらいになった。バスに乗ればたまに席を譲ってもらえるし(それでももっと太っていて歩くのが困難な人々やよぼよぼのおじいさん、おばあさんが一杯いるので私が席を譲ってもらえる確立は低い。)、店に入ったり何かするにつけて「予定日はいつなの?」「男の子?女の子?」と聞かれるようになる。そういう質問をしてくれる人は大抵お腹を見て凄く幸せそうな顔をしてくれる。そんな顔を見て、私も答えるのがうれしくなったりする。お腹にいるときからベイビーは生命力満ち溢れたパワーを出しているのだろうな、とそんな人々と話して思う。ゆーゆーの動きはかなり激しくなり、最近はその動きを自分の内臓にもやたら感じている。ゆーゆーが動くと内臓がぶにょぶにょと押されてうぎっ、と私はたじろいてしまう。体の中を人間が動いているのだからそんなもんなんだろうが結構不思議な気分だ。一寸法師が入った鬼なんて、こんな感触だったりして・・・なーんて、ゆーゆーに一寸法師の話を寝る前に読み聞かせながらそんなことを考える。自分から見える範囲でゆーゆーの動きをアメリカ風に言うと「お腹がジェットコースターのように動く」となるが、まさに今そんな感じだ。お腹の右がすごーく盛り上がって、左が今度はすごーく盛り上がって、胃のほうに盛り上がったと思ったら、わき腹にどどっ、と蹴りが入って手で触るとゆーゆーの足を感じる。それでお腹の皮がまた盛り上がって、振動で揺れて、山ができて、谷ができて、一体お腹で何をやっているんだろう?と疑問で一杯になってしまう。寝てそれを見ていると、山と谷の差はきっと10センチぐらいできちゃってるかもしれない。そのくらいお腹が自由に上がり下がりしてゆーゆーは自分に与えられたスペースで壁を押してみたり、伸びをしてみたり、寝返りを打ったり、何かと動いたりしているみたいだ。で、それをしばらくの間繰り返した後、眠たくなるらしくしーんと静かになってしまう。あ、静かになったなー、と思うと、今度は一部分からとん、とん、とん、と一定の速度で振動を感じたりする。これはしゃっくりらしい。ゆーゆーはしゃっくりが多くて、毎日最低3回以上は20分程のしゃっくりの時間があると思う。その度、とん、とん、とん、と感じる位置が違うので頭の位置が移動しているのだろう。お腹でしゃっくりが多い子は産まれてからもしゃっくりをよくするらしい。ゆーゆーが起きるリズムもなんとなくつかめてきて、産まれてからのことを考えると私としてはちょっとまごまごしてしまう。朝の7時半頃にお腹はもこもこ動き始めて、職場に着くまでには静かになっている。11時を過ぎて1時ごろまで結構暴れている。するとまた静かになって、5時、6時頃にまた動く。晩御飯を食べるとちょっと静かになって、10時頃動いて、また寝る。それで、夜中の2時頃ごろごろしてるのだ。この夜中の2時が引っ掛かる・・・。トイレに行きたくなってはっとそんな時間に目がさめるとお腹が動いているんだ。もう寝るよー!と語って、うとうとしていると3時ぐらいには静かになる。きっと産まれてからもこんなパターンなんだろう。めでたいことに妊娠線ができていない。例の安いくせにかなり評価が良かった妊娠線対策のオイルが効いているのか(以前の日記参照)、はたまたもともとぽっちゃりしているからなのか、とにかくない。まぁ、これからもっと大きくなるらしいので油断はできないが結構効き目に驚いているかもしれない。一本で随分長い間持つのもすごい。5ヶ月の時から使っているが、一本しか使い切っておらず、まだまだある。難点を言えば、手と肌がオイルでべとべとになることぐらいか。でもやっぱり安いので文句は言えない。お臍も健在で中心線以外は特に変化はない。胸はさらに肥大したらしく、先月までつけていたブラジャーがとうとう入らなくなって新しいサイズを購入した。母乳はにじみでてくるのをたまーに見るが、別に出てきていない。乳首マッサージというのがA・U・Nちゃんから貰った本に載っていて、乳腺のつまりを取るためにちょっとやってみている。どうやらそのマッサージはこの時期ぐらいには日本で指導されるらしいが、ここはアメリカ、ドクターはそんな素振りも見せないし言わないし、ましてやこの前とったチャイルドバースクラスでもそんなことは一つも教えられなかった。マッサージをすると乳腺のつまりがとにかく取れる。硬い小さな石が乳腺からでてくるとたまに他の乳腺から液体がにじみ出てくるのが見える。かといってそれ以上は出てこないのだが。ゆーゆーの成長を感じるにつれ夏もどんどん近づき暑くなってきたと思ったら、私の食欲は激減した。しかも朝起きると気持ちが悪く、毎朝食べていたヨーグルト、豆乳が胸につかえ、とりあえずアイスを食べている。アイス、と言ってもアメリカものは砂糖が多すぎる。糖分を気にしているので、結局食べれるものはシャーベット風のフルーツバーだ。それでさえもいろいろあって、バナナやココナッツものは一つのバーに砂糖が13グラム入っているのに対し、他のピーチやストロベリーなんかは20グラム以上砂糖が入っていたりして注意しないと糖分を取りすぎてしまう。成分表を睨んで必死に選ぶ。昼ご飯にはカンタロープ、日本で呼ぶにマスクメロンだろうか、とにかくそれに限る。先月は焼きとうもろこしばかり食べていたが、今月はとにかくあの中身がオレンジのメロン。甘くて酸がなくて丁度いい。フライトポテトも消化に良くてかなりいける。あと不思議だが、カッパ巻きがすごーく好き。人生こんなにカッパ巻きを愛したことがない。きゅうりなんて・・・と思っていたのに、きゅうりだから食べたい、あの寿司飯と共に!とそんな感じだ。アボカド巻きもいけるし、太巻きなんかも野菜が多くて凄く良い。毎日食べてもあれなら気持ち悪くならないんだ。ノリノリの店に立ち寄って、思わず持ち帰りで買ったりする。それを買わないでいると、昼も夜も食べる物がなく作る気力もなくてとりあえずアイスを食べて寝てしまう。***ノリノリが最近、ゆーゆーのアメリカの苗字に私の方をつけると言い始めた。私はノリノリのお母さんのこともあり、ノリノリとはずっと別姓でいようと決めたのでゆーゆーのアメリカでの苗字はノリノリの方をつけようと思っていた。日本では私の戸籍に入りアメリカでノリノリの苗字を使う予定だったが、ノリノリは将来私の戸籍に入ろうと心で決めたみたいでそれなら全部統一しといた方がいいのでは、と思ったようだ。本人が変えてもいいのなら、私としては全く構わないのだけれどもそれをノリノリのお母さんが聞いたらまた凄く怒るだろう。それを避けたいので、ゆーゆーには平等に私達それぞれの苗字を使ってもらおうと思っていたのに・・・な。ノリノリがそうしよう、と言ってもノリノリのお母さんに申し訳なくてまだ決断を躊躇している。結婚したのは私達だから親は関係ないかな、とは思うけれどもお義母さんである限り彼女の気持ちを大切にしたいし、なかなか連絡を取らないし母の日のギフトを贈ってもお礼も言われないけれども、遠くで60を過ぎても頑張って働いている彼女を思うと少しでもいい方向に行けるよう、もう少し考えてみたいと思っている。もちろん、当人のゆーゆーに取って一番いい方向でなければいけないけれども。
June 25, 2004
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日記が書けそうなのに書けない日々が続き、折角作ったカレーとか食べたもの全部吐きまくってイけてない日々が続いています。おかげでこの時期なのに体重も1キロ以上減ってしまい、本人ふらふらしてますがおなかのベイビーは元気一杯のようで心配する余地もありません。こういう敗北宣言みたいなの書くと、日記を書く気がおきるかもしれないので取り合えずアップしときます。今週から8ヶ月(日本で9ヶ月)に入ったので次の日記は8ヶ月目の体の記録について予定しています。では…週末グランドキャニオンに向かいますのでその時までに粗方アップデートできますよう♪
June 23, 2004
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毎日新聞からhttp://www.mainichi-msn.co.jp/kurashi/katei/news/20040619k0000m040164000c.html****以下引用****小6同級生殺害:二男刺された事件と「状況そっくり」 11歳の女児の心を突き動かしたものは一体何だったのか。同級生の女児(12)をカッターナイフで切り付け、死亡させた長崎県佐世保市の小6女児殺害事件は、その陰惨な行為と周囲に見せていた加害者の“素顔”との落差が社会を揺るがせた。呪術や残虐映画への執着、子供世界に広がるネット文化が、更に事件の様相を複雑にする。過去の少年による凶行から、戦慄(せんりつ)の事件を解く手がかりを探した。 「二男が刺された事件と状況がそっくりだ」。1日夕、仕事先から帰宅した母親(45)は、佐世保事件を報じるテレビのニュースに息をのんだ。 福岡県小郡市の農村地帯で3年前に起きた小6男児=当時=による同級生殺人未遂事件。佐世保事件とあまりにも類似点が多い。2人は小6の11歳で、同じバスケットボールクラブに所属。周囲の見方は「仲良し」で加害者は「普通の子」。凶器を事前に準備する計画性もあった。 何より驚いた共通点は手口が残酷、執ようで、加害者の普段の顔と行為がうまく結びつかないことだった。「また起きてはいけない事件が……」。父親(49)も二男が刺された事件と重ね合わせ、声を落とした。 事件があったのは01年6月9日。土曜日だった。キャッチボールをするために、2人は市内の城山公園へ行った。午後1時20分ごろ、男児は突然二男に馬乗りになり、包丁でメッタ刺しにした。背中など13カ所を刺され、傷のうち二つが肺にまで達する全治1カ月の重傷。男児は久留米児童相談所から、家裁ではなく児童福祉施設に送られた。11歳であることや、被害者が死亡しなかったことを考慮したとみられ、少年審判は開かれなかった。 男児は補導された当時「いじめられていた」と供述したが、その後の警察や市教委の調べでは、いじめの事実は何一つ確認されなかった。両親は「本当のことを知りたい」と思い、何度か男児の状況などを尋ねたが、児童相談所は「守秘義務がある」の一点張り。今でも、地域住民の中には「いじめが原因」と思い込んでいる人も多い。 事件から3年。中学3年になった二男は、傷跡を隠さずプールに入れるまでに回復した。だが、いまだに事件については触れたがらない。佐世保事件については「僕は(事件現場が)学校の外だったからなあ」とだけ話したという。 加害者の家族は事件後に引っ越して、行方は分からない。母親はうわさで、加害者が施設を出たことを知ったが、その言葉には不満と不安が入り混じる。「あの時きちんと動機を調べていれば、佐世保の事件につながる『何か』が分かったかもしれない。なのに、加害者の更生ばかり優先された。反省しているのか、命の大切さを理解したのか。何も分からないまま同じ社会に生きているのが怖い」 犯罪被害者問題に詳しい諸澤英道・常磐大大学院教授は「加害者のウソで被害者が二重に傷つくケースは多い。同じような少年事件を防ぐためにも、被害者や社会に、情報を公開する仕組みを作るべきだ」と指摘する。 警察庁によると、最近10年間に起きた小学生による殺人・殺人未遂事件は6件。佐世保事件を機に警察庁がまとめた資料では、小郡の事件だけは動機が書かれていない。****引用終わり****学校内でなかったから大きく報道されなかったそうだが、佐世保の事件があるだけにインパクトがある事件である。以前の日記にも書いたがこの年代の「仲良し」は例えどんなに仲良しに見えても一瞬のうちにして崩れ去ったり、どちらかが我慢していたり、お互い相手に嫉妬があったりと、当事者同士が気づいていなくてもすれ違いが起こったりしている。大人がどれほど「仲良し」同士だと思っていても、子供の心の中では修復できていない何かがあったりするのだ。そしてその子供の「本当」の気持ちを親が聞いてくれないと、子供は周りからの「仲良し」のレッテルと自分の気持ちの葛藤で相当なストレスを受けることになる。もう一度以前の体験談にちょっとつけくわえて説明するが、小学校の時数年間とても仲が良かった子がいた。交換日記をし、毎日遊ぶ仲だったけれどもある日彼女の言ったことと行動が気に食わなくて喧嘩をした。私はすごく傷ついて、親にも相談したが結局彼女のことを許せなかった。そこで担任の先生が、この「仲良し同士」の喧嘩と絶交状態を見かねて個人面談をして仲を取り持った。喧嘩した彼女は何が悪いか分かっていなかったらしく、私が勝手に離れて行ったと思ったようでそれを担任の先生に面接の時に伝えたようだった。学校でおとなしくていい子だった私は、先生がわざわざ面接をして彼女と仲直りしなさい、と言ってきたので「嫌!」とは言えず、努力しよう、と思った。それから何かとイベントがある度に彼女と私はくっつけられた。でも、この頃の私はやっぱり彼女が許せなかった。そして彼女が自分の何が悪いか、分かっていないところも気に食わなかった。無理やり仲良くさせられて、何かのイベントで彼女に花束を渡さなければいけなかった時、私は悔しくて涙が出た。クラスのみんなと担任の先生は彼女と私が本当に仲直りしたと思い、その光景を見て感動していた。違う、違うのに、誰も分かっちゃいない、どうして私は彼女と仲良くしなきゃいけないの?!どうして無理やり…。そんなことを考えていた。今となってはただの思い出だが、その時の私はクラスメートと担任の先生のレッテル張りに深く傷ついていた。そんな私の気持ちを知っていたのは親だけだった。随分仲良く遊んでいたし喧嘩のきっかけ自体はたいしたことなかったから親はその子のことを悪く言わなかったが、私が彼女と精神的にもう仲良くできない、と言うことは知っていた。毎晩、晩ご飯を食べながら学校で起こったことを話していた。だから、小学校の卒業式にだって「演技」ができた。彼女とも写真を撮ったし、親同士も話していたはずだ。最後に思い出のペンダントだって彼女から貰った。それでも、私は彼女を心の底から仲良しだと思えなかったが…そして中学校に入ってから、彼女と二度と遊ぶことも話すこともなかった。上は小学校時代の「仲良し」にまつわる思い出であるが、とにかく「仲良し同士なのに」殺人・殺人未遂が起きた事実の「仲良し同士」は別に不思議でも何でもなくて、仲良し同士じゃなかった方が不思議かもしれない、と私は考える。この幼少期の「仲良し」の特徴は毎日遊んだり何かを交換したりしてかなり密接になることだ。距離がない。だから自然に周りの大人やクラスメートは彼らが「大の仲良しだ」と考える。そのレッテル張りがあると彼らは必然的に離れられなくなってしまったりするのだ。そしてやっかいなことに最初は仲良し同士でだったけれども、そのうち片方が片方を好いて、もう片方は相手を良く思わなくなったりすることだってある。学校で「普通の子」などと思われている、別に言うとそうやって「レッテル張り」されている子は必ず先生やクラスメートの面前なので大抵自分を抑制して我慢していると私は思う。子供、いや人間は全て個性的で人それぞれと認識した方がいいはずだが、学校で先生に目をつけられない、規律を守っているおとなしい「普通の子」は大抵その抑制されたストレスを持っていく行き場を探している。年下の兄弟がいれば彼らをいじめたりするし、他人をいじめたりすることもあるかもしれないし、親にわがままを言ったり、テレビを見たりゲームをして忘れたり、外にでたりと何かをしようとしたりするかもしれない。学校などで静かな子であればあるほど、自我に目覚めた頃から反抗期が酷くなったり家族に対する当たりが酷くなったりするかもしれない。とにかく何処かに誰にも抑圧を受けない、自由に自分の気持ち(又は怒り)を吐き出す場所が必要になるのだ。間違うとそれが誰かに怒鳴ったり暴力を振るったりする威圧的な態度で抑圧から解放されようとする。上の記事と先日の殺人事件の類似点は仲良し同士だったことの他に「計画をして殺人を犯そうとした・犯した」ことである。その怒りの吐き場所がなぜ計画性のある殺人になるのか、上の記事にも先日の事件の報道状況からして原因がはっきりすることは多分ないと思われるが、共通している事はどちらの事件とも加害者がそれが真実かどうかはともかく動機を説明していることである。もし彼らが命の大切さを理解しておらず映画などに触発されて興味本位・好奇心が動機で殺人・殺人未遂を犯したのであれば、それが真実かそうでないかに関わらずそういう「いじめられた」「むかつくことを言われた(書かれた)」などと被害者が悪くて、自分のしたことが正しいと取られるような動機を述べたりしないだろう。逆にこのような言い訳をするということは「相手が悪ければ、殺しても良い」という発想がどちらにもあるわけで、その発想の原因を突き止めることが子供である加害者の精神状態を理解することになるだろうと思う。まだ恋愛やお金などのしがらみがない小学生のこの若い時、口喧嘩だって殴り合いの喧嘩だってまだまだ許されてそうやって社会を学んでいくこの時期、「殺人」という方法でしか自分の怒りを晴らすことができない子がまた現れないよう子供の「怒り」や「ストレス」について親も学校ももっと注意深く見守っていくべきであると思う。→→この件に関してはこんなことも書きました。
June 20, 2004
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ニューヨークに行った先日、私はとある日系美容院でヘアカットをした。フィラデルフィアにも素晴らしい美容院はあるがやはり日本人のヘアカットは日本人でないと好みが分かってくれないので、髪を切る時は帰国した時かニューヨークに行ったときか、どちらかに決めている。それでも渡米したての最初の頃はいろんな美容院をトライしたものだ。その度、酷い経験をした。中国系の美容院にいった時は、写真を持っていき「こんな感じできます?」と聞いてみた。怪しげなおばしゃんは「えぇ、できるわよー」と言い私にパーマをかけた。そして全く写真とは別の髪型になった挙句、最後のセットの時に私の前髪を90度に立ち上げて中華風にしようとした。(もちろん写真ではそんな風にもなっていない)私は「もういいっ!やめてくれ!」とおばちゃんに叫んでお金を払って横のショッピングモールのトイレに駆け込んで髪型を直した。アメリカの美容院に行ったときはストレートパーマをかけてくれ、といったが適当にカットされドライヤーで伸ばされただけだった。こちらの美容院では支払いと共に担当者にチップをあげなくてはならない。頭に来たのでチップは払わず出てきたが、後でなんとなく気付いたのだ。アメリカでは「パーマをかけた髪のパーマを取るリラックスパーマ」はあるけれど「ストレートパーマ」などはないってことを。そんなの知るか!時代遅れがっ。そんなことはともかく、今回私はヘアカットだけを頼んだ。パーマ液も染めも地肌から化学薬品が羊水に入ると言われていて、どうぜなかなか美容院に足を運べない身になるのだからこのまま伸ばしても大丈夫なよう、しっかりレイヤーや透きを入れてもらうことに決めていた。ヘアカットだけなのでそんなに長い間かかることはないと思っていたのだが、ノリノリを何十分もロビーで待たせているのは申し訳なかったのでじゃぁ、40分後に必ず戻ってきてね、と念を押して彼を見送った。と、いうのは前回ここに来た時、彼は約束の時間通り戻ってこなかった。1年半ぐらい前の結婚式の数週間前、粗方髪を整えてもらおうとパーマとカットをしに来たのだが彼は2時間経っても美容院に戻ってこなかった。すっかり髪も綺麗になって支払いを終え出たかったのだがその美容院、チップはクレジットカードでは受け付けないと言う。私はチップにできるほどの現金は全く持ってきていなかったので、ノリノリから借りなければならず結局待つしかなかった。彼が帰ってきたのは既に終わって30分程経った時だった。近くの紀伊国屋に行くと出て行ったのに一体何が起こったのかと聞いてみる。ノリノリはえーっと、ヴァージンレコードによって・・・とかぶつぶつ話したがよく聞いてみるとどうやら日本のビデオ屋を探しに行ったと言う。そのビデオ屋というのは私が以前古本屋に行った時にそのビルの上にあったお店で、ノリノリはそれについてきただけなので場所自体は裏覚えだったはずだ。「あ!そのビデオ屋に行ったの~?!」と私はあからさまに不機嫌な顔をする。そのビデオ屋にノリノリを連れていった時彼はちょっと普通のビデオ置き場に目を通すと、さっさとアダルトビデオの方に行ってしまった。おもしろそうなので私は付いていったが、どんなにノリノリに話し掛けても彼はタイトルを見るのにかなり熱中していて私の存在など忘れているようだった。ふて腐れて普通のビデオ置き場で時間をつぶしていたが、ノリノリは20-30分もそこから出てこなかった。散々待たされた挙句、「うーん、良いのなかった!」だと。私をそれだけ待たせて謝りもしないで言う言葉かっ!私達は当然大喧嘩をした。で、前回のその時、2時間以上も戻って来れなかったのはビデオ屋に行く道を迷っていたからだと言う。そんなわけないだろーがっ、あんた、またアダルトビデオ探しに熱中していたんでしょう?!?!と問い詰めると、そ、そ、そ、そ、そんなことないですぅ・・・と笑いながら言うノリノリは明らかに嘘をついている。エロビデオ探しで時間を忘れ、美容院に戻ってこなかった、私を待たせた・・・情けないパートナーである。もちろん、その後はまた大喧嘩だ。こんな過去二回の喧嘩を避けるべく今回は念に念を押して、40分後には戻ってきてね、とノリノリに言った。そんなやりとりを見て担当の美容師さんが不思議そうにしていていたので、ノリノリが去ってシャンプー室に入った直後、いやあのね、この前エロビデオ見に行ってずーーーっと帰ってこなかったんです、と暴露する。美容師さんは大笑いして、また別のことをあれやこれやと話しながら作業を進めていった。平日だったのでお店がひまだったらしく、美容師さんはゆっくり私の髪を切っていった。日本から着たばかりで、ニューヨークでは新米になるが実際日本では6年もお店で働いていたなかなか腕の良い人だった。このまま伸ばしたい、という私の意向を聞いてかなり考えて丹念にレイヤーを入れていってくれた。45分程経ってノリノリは帰ってきていなかったが、彼はまだ髪を切っていた。私は頭の中で「やっぱりあいつ、またビデオ屋に行ったな・・・戻ってこない・・・」とノリノリのことを考える。それから15分分後だろうか、ようやくノリノリは戻ってきた。遅いじゃないかっ、と思いながらもまだ髪の毛は作業中であるのであんまり怒る場合ではなくとりあえず我慢する。美容師さんはそれからまたさらに時間をかけて、私の髪をドライヤーで伸ばし始めた。ノリノリは横に立って、美容師さんにあれやこれやと話し掛け3人でぺちゃくちゃ話しながら私のヘアカットが終わった。支払いをしている間にノリノリは彼にチップを渡して、私達は去る。次来る時はいつだろうな・・・。思ったより時間がかかったので、帰りのバスの時間がかなり迫っていた。慌ててサブウェイに飛び乗り、Canal St駅に降りてチャイナタウンに向かう。私はこの体なのであまり走れないが必死に歩く。チャイナタウンはかなり道が入り組んでいて、馴染みのない私達は必ず道に迷う。しかもそこにあるバス停はチャイナタウンの端っこの方にあり、とにかく駅から遠い。間に合うかどうかも分からなかったが汗だくになってそこに着くと、午後4時発のバスが丁度動き始めたところだった。手を上げて、乗らせてくれーっ!と叫ぶと発車地にいたバス会社の中国人が慌ててバスを叩いて止めてくれ、私達は運良くそのバスに間に合った。席に着くと、暑い中を小走りしてきたせいか私は気持ち悪くなり座席を倒してそのまま眠った。***数日前にノリノリに「ね、紀伊国屋で何を買ったの?」と聞いた時に彼は「英語の教材(NHKから出ているCD付きのテキスト)を買ったよ。」と答えた。「他は?」と聞くと、いや何も買っていない、と言う。あの日はHMVにも寄って私の好きなSeetherというバンドのニューアルバムが特価になっていないか見てきたとか、紀伊国屋では北野武の「座頭市」がビデオで安かったんだ、とか言っていた。今日ノリノリは「みんみーん、今晩仕事から戻ってきたら『座頭市』見ようよー!あっち(テレビの部屋)に置いてあるからさ。」とか言い始めた。座頭市が安かったのは聞いていたが、買ったとは聞いていなかった私は、え?と思い、買ったの?!と聞く。「買ったって言ったでしょ?」と偉そうに言うノリノリ。なんでそんなことになるんだ?と変な予感がしたので、ね、安かったとは言ってたけど買ったとは言ってなかったよ、でもさ、買ったの袋から開けてもうそのビデオのとこに置いてあるなんてなんか不自然だなぁ、と答える。普段買った物は大抵袋に入れたまま玄関近くのダイニングテーブルの上においてあるのが常であるのだ。「あのさ、ビデオ買ったってことはさ、またアダルトビデオも買ってきたでしょ?」とばっさり私は聞く。ノリノリは「び、えぇっ?」としわを寄せてひょうきんな笑いをして「買ってないよっ」と慌てている。「あの・・・、その顔、嘘ついてる、って顔してるよ。買ったでしょ?」「か、か、か、買ってなーいっ」「いいや、買った。その顔が買ったと言っている。レシートはどこ?買ってないならレシート見せてよ。」「れ、レシートはもう、捨てちゃったよ。」「捨てたー?!やっぱり買ったんだなっ。」「か、買ってないよぉ~・・・だ、だって、買ったとか言ったらみんみんの家族にばらしたりするでしょ、そんなの困るー」「じゃー、買ったんじゃんっ。そんなこと恐れて隠してるのっ?!」買うのは別にいいが、なんで隠すんだーっ!なんで問い詰めるまで言わないんじゃーっ!と以前の喧嘩を思い出し私は顔が引きつった。随分前の日記でノリノリのビデオ事件を暴露したことがあったので、どうやら気にしているらしい・・・、ってねー、隠してるからおもしろくなってネタにするんだってば。今日もおもしろいネタをありがとう。ノリノリは私が居ない時にひっそりビデオ屋に足を運んだり、ひっそりエロビデオ鑑賞するのが好きだ。別にいいけれども、奥さんとしては旦那が一人でその楽しみを独り占めしているのはちょっと淋しかったりしてしまう。っていうか、必死にその一人だけの娯楽を守ろうとしている、その姿勢!しかも隠す、その態度!・・・でも結局私は分かってしまうのだ。嘘をつけない、そんなところがかわいいのよね、と多めに見ておきながらこれからもゆっくりノリノリの秘密を暴いていくのもまた、私の楽しみになっていくのだろうな、とぼんやりしながら仕事に行く彼を見送った。
June 19, 2004
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暑かったり寒かったり、不思議な天候が続く。梅雨などないのに夕立や雨の日が増える。普段のフィラデルフィアなら4月の時点であつーい!日々が始まるので今年も去年と同じく冷夏の類だろうと予想する。ただ去年と違って寒すぎないことが救いだ。去年はかなり寒い夏だった。昨夜一ヶ月前に買ったエアコンをようやく試す時が来た。暑くて寝れず、目を覚ます。エアコンをつけると涼しくなったが、数時間後に寒くなって目を覚ます。で、あんまり寝た気がしないのに朝が来る。体はぼーっとしていて、一昨日のニューヨークとんぼ帰りの疲れもあまり取れていないようだ。とにかく支度して職場に着くのがやっとで、仕事をしながら眠気と疲れに必死に戦う。今日も日本にいたような蒸し暑い日だった。こんな日は必ず胃の調子がおかしくなる。つわりが戻って来るんだ。食べたいものは頭に浮かぶのに胃がむかむかして気持ち悪い。頭はあんまり回らず、いつもの創作意欲もとんと失せてしまう。アイスクリームが食べたくてしょうがないのだが、なぜか脳裏にステーキが浮かぶ。トマトが好きなのに、切るのがめんどくさい。でもステーキ肉を買って焼くことはめんどくさいと思わない。それは妊娠のせいなのか、ただの私の好みなのか、不精なのか自分では検討がつかない。家に帰るともう何もしたくなくてベッドに横になる。新しいマットレスはさすがに高級なだけあって、横になっただけで眠気がしてくる。体がとても楽になり、背骨の疲れがさっと引く。ノリノリも私もこれには毎日感動する。難点なのは一回横になると、もう立ち上がって料理も皿洗いも洗濯も掃除も何もしたくなくなることだろうか。罪なマットレスだ。雷が今日もなり始めた。私は昔、雷と停電が大好きだった。雷の光や作る光の線を眺めるのも好きだったし、自然が鳴らすその音も大きくて魅力的だし、そして運よく何処かに当たって家の電気がちょっとつかなくなってしまう、そんなスリルで特別な時間が好きだった。さすがに今は余計な迷惑をこうむってきたの(こんな日記とかこんな日記とか特に前のアパートは何度もブレーカーが落ちてくれた)で雷で停電なんて楽しいことでも何でもないがじっと耳を澄まして雨と雷の音を聞いていると、自然の大きな力に吸い寄せられて小さかった頃のどきどきが蘇ってきた。
June 18, 2004
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先週末、ノリノリと私は以前から予約していたChildbirth Classに参加した。日本では母親学級と呼ばれているのだろうか。とにかくこちらは夫婦両方で取るクラスである。長期のものも短期のものもあるが、私達が参加したクラスはたったの一日だけのクラスで、朝の10時から午後3時半頃まで通して行われた。いつも通う病院の受付ロビーに椅子が何列にも並べられ、そこに着くと既に沢山のカップルがイントロダクションのビデオを見ていた。一人の女の人が病院のスタッフに囲まれ、力んでいる。旦那さんも横で心配そうに見ている。病院のスタッフが掛け声をかける。そして、ベイビーの頭が女の人の股の間の穴から見えてくる。青白く血にもまみれた頭が見えると、画面を見ていた私ははっと息を潜めたがこれが現実で瞬間なんだとなんとか目を逸らさずに見る。そして、粗方出てくると病院のスタッフがベイビーを取り出し、ママに産まれたてのベイビーを抱かせる。「Oh, my god, oh my god!!!」と涙声でベイビーを抱えるママとそれを眺めているパパ…。こんなビデオをその日2回ぐらいインストラクターは流した。動物でも何でも「産まれる瞬間」に飛び切り弱い私は、何度も何度も感動して、目がうるうるしていた。テレビでゾウが出産したシーンでさえも私は感動してしまう。そのくらい、母体が新しい生命を産む瞬間にとてつもない命のパワーと神秘を感じる。自分がゆーゆーを産む瞬間は、ゆーゆーが目で見えなくなるぐらい泣きじゃくるだろうな、ともう分かっている。初めて心音を聞いたときもうれしくてうれしくて、自分の中にいる新しい生命に感動して涙が止まらなかった。お腹の中で動きまくっているゆーゆーを見る度に感動しているのに、もう出てきた時はどうなるか想像しただけでもちょっとぞくぞくする。長い講義ではあったが特に退屈することもなく、お決まりの呼吸法や、麻酔・無痛分娩・帝王切開についての説明や破水からお産までの段階や手順など、ありきたりだが旦那と共に知っておきたい事をざーっと聞いた。ノリノリは横目で私をにやりと見ながら呼吸法を何度もやって遊んでいる。こら!真面目に聞けってば~っ、インストラクターが見てるでしょっ、と肘で彼をつつく。次の講義に進んでいるのに一向に止めようとしない。こんな父親を見てゆーゆーが育ったら、全くどんな腕白な子になってしまうんだろう!ただでさえ、お腹で暴れていると言うのに。全ての講義が終わり一段落つくと、インストラクターがお向かいの病練にあるLabor&Delivery Department(分娩室?)に皆を連れて行った。お向かいの病練ということは普段通っている産婦人科の建物では出産しないということだ。え?と内心思うが知ってよかった。産まれそうな時は間違えないようにしないといけない。それだけでパニックになりそうだ…。3階、4階を見て周ると最後にとあるガラス張りの部屋に連れて行かれた。そこには産まれたてほやほやのベイビー達がお臍や手首にいろいろな物をつけられて一人一人プラスチックのベッドに寝かされていた。みんなしわくちゃで、目をつぶっていて、白い子もいるし黒い子もいるし、殆んど寝ているが泣いているベイビーもいる。なんて小さい手足なんだろう…そしてこんな手足みたいなのが今、私のお腹の中で感じているやつなんだ。また新たに一人、ベイビーが運ばれてきた。インストラクターが「あれは生後1時間よ~。」と教えてくれる。新しいベイビーはまず、足形を取ったインクをふきふきと拭かれ、被った帽子をぽいっと横のごみ箱に捨てられ(なぜかこちらは産まれた直後ベイビーに帽子を被せている・なぜだか知らない)さっとタオルで体の汚れを拭かれたかと思うと目の前の秤に乗せられた。5.5パウンド(約2330グラム)。大きく見えるが意外に小さめのようだ。そしてまた他のベイビー達と同じように手首やお臍になにやらつけられてベッドに寝かされた。目をつぶって寝ている。この時まで私は、産まれたてのベイビーはみんなしわくちゃでぜんぜんかわいくないと真面目に思っていた。検診室の廊下の壁にも沢山のしわくちゃなベイビーの写真が張ってあって、見る度「なんだかなー。産まれてちょっと経ったベイビーの方がかわいいのに、なんでこんなしわくちゃのばっか…」とか考えていた。父親は出産日の数日後に休みの都合で日本に帰ってしまう事になっているが、しわくちゃのゆーゆーしか見なかったらもしかして「かわいくないっ!」とがっかりしたまま帰国してしまう事になるのではないかと心配していた。しかしその日、沢山のしわくちゃのベイビー達を見たとき、自分のもにょもにょしているお腹の皮やがい骨のような超音波写真、そしてあの講義で見たビデオと生命の力強さを思い出したとき、全てが神秘的で素直に、あぁ、なんてかわいいんだろう・・・としわくちゃのベイビー達がどれほど魅力的で美しいものなのかじーんと心に染み渡ってきたのだった。そのしわくちゃな姿が一瞬のうちに終わってしまい育っていくのだな、と思うとなおさらその姿がはかなくて貴重なんだとガラス越しのベイビー達に目を凝らした。小さい手足、目をしっかりつぶったかわいいベイビーが、あと2ヶ月でお腹の中から私の胸元に抱き上げられる日が来るんだと思うともうそれだけで感激して、しばらくその場から足を動かす事ができなかった。
June 15, 2004
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仕事を休んで、ノリノリとニューヨークの領事館に行く。ノリノリはパスポートの更新に、私は美容院に・・・。その後慌ててフィラデルフィアに戻り、ダンスのクラスに出る予定。産休に働いてくれるMeganにみっちり仕事を仕込んでおいた。しっかり教えれば安心して休みが取れる。産休が終わりMeganがすごーく仕事が良くできていたら、キックアウトになるかもしれないが・・・いやいや、そんなことでキックアウトしたら裁判沙汰になるのでならないだろう。産休で解雇、なんて非常識なので考えるのはやめる。それ以上に、自分が今まできっちり仕事をしてきたことには自信がある。Meganはもの覚えがいいけれど、彼女がここまで働き易いのも私がしっかりBasicをセットアップしておいたからなのだぁ。新しいプロジェクトで何かをクリエイトしなければいけなくなったとき、Meganが本当にできるかどうか判断される事になるだろう・・・。
June 14, 2004
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4月末、受け持ちの歯医者を切り替えなければならない羽目になり保険会社に電話をし切り替えたところ(これに関しては以前の日記参照)、次にその新しい歯医者に「切り替えた新しい患者リスト」が送られ正式に登録されるのは6月頭であるから、それまで待つように、と5月頭に言われた。最初に「歯医者にもう行かねばー!」と思い立ったのは3月。前回の歯医者が予約を入れてくれたのは4月の末。そこで既に一ヶ月半は経っているわけだが、そのリストに載るために新たに1ヶ月待ち、ようやく6月がやって来た。6月の1日から私はその新しい歯医者に電話をしつづけていた。「あの、今月からお宅の『新しい患者』としてリストに追加されてるんですけれども予約取れませんか。」、と電話するたび「まだリストが来ていない」だの言われて結局10日経った。10日経ってやっと「リストが来ました、あなた追加されてますから大丈夫ですよ。」と返事をもらう。いつ予約が取れる?と聞くと、どうも都合の合わない時間ばかり言うので思い切って「もう我慢できないの。ずーっと待ってるから。なんとかなんないの?」と聞くと「緊急だったら朝だけ受け付けてるから、アポ無しで朝来てください。」と言ってくれた。それを受けて早速翌朝、私は歯医者に向かった。歯医者に着くと初診なのでカルテを作る為、いろいろ記入させられた。なんとか貰った紙を埋め終わった頃、受付のおばちゃん達が「あの・・・妊娠してるの?」と聞く。「はい。7ヶ月ですけど。」と答えると、「悪いけど、妊娠してるならドクターから手紙を貰ってこなきゃだめ。」とばっさり言われた。・・・。わなわなわなわな。「でも、ドクターに昨日会った時『行ってもいいからね』と許可もらってるんですけど?」「そんなこと言っても確実にベイビーを守る為、手紙がなきゃ治療しない事になってるんです。」「おっしゃることは分かるけど、私はすぐ見てもらいたいの。」「でも手紙が必要です。」と、彼らは手紙手紙と主張して、何も説明無しで私を門前払いをしようとした。私は、そうやって前回のアホな歯医者に事情も聞いてもらえず門前払いされて、約3ヶ月の間こうやって待ちつづけたんだ。出産日が近づくにつれて「歯医者に行く」ことに凄く不安があるのに一体どうしてそんな無責任に皆解決策無しで門前払いするんだ?私のこの歯は一体いつ抜いてもらえるんだ?私はホルモンも手伝って怒りに震え、目がうるうるしてきた。「あのねー!私だって、このリストに載るまでに既に一ヶ月も待っているし、その前の歯医者にも理不尽に拒否されて、こんなに長い間この親知らずを我慢しているのに!そしてやっと今日ここに来れたのに!それでも見てもらえないわけ?!もう待ちに待ってこの日を迎えたから、そんなこと言われてかなり動揺しちゃうんですけどっ!ずーーーーっと我慢してるのにぃ~~~っ!」手紙を貰ってとかそんなプロセス踏んでたら、もう暇な日も無くなっちゃって月末の旅行にもかかっちゃうよー、そんなに長い間苦しみたくないよー、歯をちょっと抜くだけなのにぃ、そんな時間かかんないでしょうがぁ~!と、怒りに任せて受付でひくひくしながら立ち往生していたところ、ようやく受付の彼らはわざわざ「緊急」でやって来た私の気持ちが分かったらしくかなり慌て始めた。「わ、わ、わかった、ごめんなさいね。とにかくそれでも手紙が必要なの。ドクターにすぐ電話して、手紙をファックスしてくれたら今日の2時に見てあげられるわ。」なんだ、解決策があるなら最初からそれを言え、それをっ!「じゃー、ファックスを受け取ってもらえれば、また今日来れるのね?!」「はい、そうです。これがうちのファックスナンバー、そしてこれがドクターの名前だから彼宛に。」「わかった。すぐ私のドクターに電話してやってもらうから。今日また来る。」歯医者を後にして、歩いて5分ほどにあるうちのオフィスに着く。目は腫れたままだったので、ビルに入り次第セキュリティーのリチャードが私を見つけて「おぉ~、M、どうしたんだよぉ~」と飛んでくる。あれやこれやと説明すると、「全く、腹の立つしうちだよなっ。時にはがつんと、したくなくても怒んなきゃいけないからなぁ!JanだったらMの代わりに怒ってくれるんじゃないか?オフィスまで送ってあげるよー。」となぐさめにエレベーターに一緒に乗って6階のオフィスまで送ってくれた。オフィスのドアを開けると丁度そこにJanがいて目を真っ赤にした私と付いてきたリチャードを見てびっくりする。リチャードがあれこれ事情を話し、いやJanならMの代わりになにかしてあげられるかもと思ってね、言いに来たのさ~!と得意そうに言う。Janがお礼を言うと、彼はまたビルの1階に帰っていった。私は取り合えずJanに何が起こったか説明して、手紙を送ればもう大丈夫だから平気なの、と伝えた。ただね、折角朝オフもらったのにまた2時にここ出なきゃいけないんだけど、大丈夫かしら・・・?と聞く。ま、うちの財団は今はあまり忙しくないし、そういう緊急事態はみんな平気にオフを取るのであんまり問題ないのは分かっている。思っていたとおりJanは「当然でしょう!歯医者に今日は行きなさい!」と答えた。慌てて昨日のドクターに電話をする。手紙がすぐ欲しいんだ、とアシスタントに告げると意外に早くドクターにそのままつなげてくれた。彼女に事情を説明し、すぐ送ってくれたら今日行けるのでお願いできないかしら?というと二つ返事で「1時間以内にファックスできる、大丈夫よ!」と即答してくれた。私は今日の歯医者を含め、アメリカで行かなければならないいろんな場所を信用していないが、産婦人科の私の病院だけはかなり信頼しているかもしれない。こんなに対応が早くて相手思いなのは私が使ってるPNC銀行か、サテライトのDirectTVぐらいかもしれない。いやいや、そんなとこと同等にしたら失礼か・・・。カスタマーサービスがきっちりしているところが少ないので、日本では当然の事だがちゃんとした対応ができるところはいつも感動してしまう。関係ないがAT&Tなんて最低なんだぞ。それから数十分経って、歯医者の受け付けから連絡が来た。内容を聞くと、ドクターからの手紙は受け取ったが今度は保険会社からの新患者リストに名前が見当たらないとかほざく。なんじゃそれー、と思ったがいやいやしかしそうやって連絡が来る、というのは今日ちゃんと見てくれるから確実にしているだけのことなのでありがたく電話を受け、分かった、保険会社に確認の電話を入れてまた連絡するから、と答える。慌てて保険会社に電話をかけるとリストの32ページの下から3番目に名前が載っていると言う。また歯医者に電話をかけて、「あの、32ページなんだって」と伝えると「見つかりました。では2時に来てください。」とやっと言われた。全く、その保険会社に確認するのだって、なんでったって私がやらなきゃいけないわけ?!怠け者め~!まぁ、いいや、とにかく今日抜いてもらえそうだ。上司のAlanが目の前を通り「M,聞いたよー、歯医者の話。ま、そんなことばっかりだけどさ、今日は歯医者行っておいでよ。」とあっさり許可を貰った。**歯医者に着くともうVIP待遇のように受付のおばちゃん達もにこにこ迎えてくれ待ち時間もなく、すぐドクターがやってきて治療室に入れてくれた。ほんとうは親知らずの残りの3本とも抜いて欲しかったのだが、それを言うと「はっはっは~、それは赤ちゃんが産まれてからにしなさい。今日は一番痛む一本だけ抜いてあげよう。」と断られてしまった。なんだぁ、覚悟していたのにな。前回、下の親知らずを一本抜いた時歯茎に埋もれていたのを切って抜いて縫い合わせたりして相当痛かったとか、今回は上の歯だけれどもちょっと心配だとか、そんなことも伝える。前回それを抜いてから私は一週間痛みと頭痛で苦しんだ。(でも抜かないよりましだった)ドクターはそんな話とか妊娠具合の話とかを聞いてカルテを仕上げて早速治療にかかってくれた。治療の直前にドクターは紙を持ってきて「あのね・・・、親知らず抜くの、保険にカバーされないんだよ。$112だけどいいかい?」と聞いた。私は耳を疑ったが、どちらにしてもカバーされないのならここまで来て嫌とは言えないのでどうぞお願いします、と取り合えず言った。15分後、レントゲンもあつーいエプロンをしてとり終わり麻酔も受けてなんなくと親知らずは抜かれた。これだけとは分かっていても3ヶ月待ってたったの15分、うれしいのに空しい、複雑な気持ちである。しかも、保険でカバーされないときた。・・・。わなわなわなわな・・・。最初からカバーされないって分かっているのなら、こんなに待つ必要なかったんでないの?保険が利かないとか保険を受け付けないとかで前の歯医者といざこざになったのに、そして今回も長い間待っていたのに、結局カバーされないわけ?!?!びーっ!治療を終えて受付にでると、おばちゃん達が「よかった、よかった!私もうれしいわ!無事に今日できて!」と喜んでくれた。私は「は、は、は、ありがとう。でも、保険の為にこんなに待ってきたのに保険利かなかったね。笑えるよ・・・。」と感謝の笑みを浮かべながらも複雑な気分でクレジットカードを出した。よく考えてみれば、これで3本抜いていたら$300は軽く越したということだから、抜かなくてよかったかもしれない。しかし、一体何の為の保険なんじゃ。抜けた安心感と保険に対する怒りが交互する。とにかく受付のおばちゃん達にきっちりお礼を言って外に出ると、まだ2時半だった。薬局に足早に向かい、ドクターから貰った妊婦用の痛み止めと抗生物質の処方箋を出すと、30分待ってくれ、と言う。オフィスが近いので戻ろうかと思ったがオフィスをでる直前にJanは「早く終わっても、戻ってこないで家に帰ってゆっくり寝なさいね。」と言った事を思い出し、ま、ここでいきり立って働いたところでこの歯の跡の回復が遅れたら困るし体、疲れやすいから大事にしよう、と私らしくない妊婦としての考えに甘えて近場のブティックをぶらぶらし、薬局に戻って薬を受け取りそのまま家路に着いた。前回のように歯茎を切って、抜いて、縫い合わせて・・・をしなかったので比較的痛みの引きが早く、私はもらった薬を飲んでとにかく爆睡した。次の日は仕事なのできちんと働けるか心配していたが、薬の作用でぼーっとしながらも痛みはすっかり引いて結構さっぱり金曜日を職場で過ごした。→→→→→→またはUS Life Indexへ行ってみる→→
June 13, 2004
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今週、今月2回目の検診があった。取り合えず全てが順調なので特に以前のように焦る事もなく、幾つか持っていった質問も合い変わらずドクターにあっさり答えられ検診を終えようとしていた。が、最近ホルモンの分泌物のせいで急所が相当な痒みを伴っていたのでそれを話すと、ドクターは慌てて処方箋を書いてくれ「あのねー、そういうときこそ病院に電話をするように」と言われる。そんなこと言っても~、治ると思ってたんだもん!最初の頃に治療したイースト菌の症状カンジダ炎(*性病ではないですよっ、ホルモンですホルモン!)が復活したかもしれないし、肌が敏感になっているだけかもしれないし、とにかくそれはちょっと非常事態だったらしい。取り合えず処方箋をもらえて良かった。治るに越した事はない。前々回に受けた糖尿病の血液検査も問題なかったとの報告を受けた後、ドクターは2枚の紙を手渡した。一枚は「あなたと赤ちゃんを確実に面倒見ます」という約束をする書類。それを渡されて「あの、どういうことですか?」と思わず聞いてしまう。これにサインをする事でデリバー(出産)の時に間違いなくこの病院で面倒を見てもらえる、という。この病院に通い始めた時点でそういうことではないのだろうか?さっぱりわけわからないが、とにかくサインしないで面倒見てもらえなかったら困るのですぐサインをする。もう一枚は、「Circumcision(割礼)をお願いします」という紙だった。以前の日記にも書いたが、Janのママに始まりこのページに来た沢山の方のアドバイスとノリノリの強い一任、親の賛同を得て、私の結論は自分の気持ちとは別に「はい、お願いします」となった。一応、結論に対しては納得しているもののこの日はノリノリが同伴で検診に来ていなかったので、私がサインすることになる。自分の気持ちとは別物の結論なのでここぞとばかりにドクターに「あのー、普通アメリカでは皆さんおやりになるんですよね・・・?」とちょっと聞いてみた。すると彼女は「いやね、今はそうでもないのよ。昔は病気を予防するだのなんだの言われていたけど、最近のリサーチではそういうことは関係ないと言われているの。だからね親の意思次第なのよ。」と意外な答えをもらってしまった。あ、そうなんですか・・・と頷いていると「大体はねー、父親がしていれば子供はして、していなかったらしない、かな。そんな感じよ。」とドクターは続ける。彼女は目で私の答えを聞いたので、「いや・・・、うちは旦那はしていないんですけれども旦那がした方が絶対いいと言っていますのでその紙にサインします。」と言い切った。紙を受け取って、サインをした。サインは一瞬だけれども、この結論に達するのに自分で随分時間をかけたのでとても重みを感じた。何ヶ月も前に決めた事だけれども・・・現実に「Yes」と答えて気持ちは複雑だ。しかも本当に「YES!」と思っているノリノリがサインしたのではなく、心の中では「Are you serious?」と疑心暗鬼になっている自分がサインしたのだから。いいや、これはゆーゆーの為なんだ、男のノリノリが言うんだから間違いないんだ、ノリノリの気持ちに切り替えてサインしたんだ。サインをすると、「それでは割礼の手術は生まれた次の日にするからね。」と告げられ内心、あー、よかった、私は病院に少なくとも一泊二日は確実なんだ・・・と全く別のことに安心する。実際何日ステイするのかは定かではない。ひどいと日帰りとも聞くが、大体は1泊2日か2泊3日、帝王切開だと4泊5日と言う。今聞かないのは、また2週間後にでも聞ける、という安心があるからだ。まぁ、そのくらいお楽しみでもいいだろう。特にそういうことを気にしたり心配はしていない。次の日に歯医者に行き親知らずを抜くことを告げて、その日の検診を終えた。ゆーゆーの心音は157で前回と随分違ってまた上がっていた。前回だけとりわけ低かったから寝ていたのだろうか。今回も相変わらずあっちにこっちに動き回ってくれて、ナースを困らせた。でもなんとか心音を取った時、その「ぱっかぱっか」言う音に毎回思うことだが、あぁ、生きてるんだなぁ、と幸せな気持ちになった。
June 12, 2004
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昨日の午後検診に行き、本日長期間のいざこざとプロセスを経て無事歯医者で親知らずを抜いてもらう事ができました。いろいろまた馬鹿らしいやりとりが起こったりしてそのことをいつかまとめて書きたいけれども、取り合えずこれから数日痛みで思考回路がストップする事請け合いですので日記の更新ができないかもしれません。しかもロムってばっかりになるかもしれません。元気になったらいろいろ書き出します。それではみなさん、ごきげんよう。楽しい週末を、ね♪
June 11, 2004
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小学生…この年代の時期、やっぱり女の子同士でも沢山喧嘩するし、小さな女の子同士のグループでいじめにもあうし、当事者同士が事態を把握してなくても沢山傷つくようなことが起こる。中学生になってからでもどんな子にだって、起こる、ある。それはとても普通だし、そんな時期に喧嘩をしなかった子のほうが少ないと思う。私にもそんな思い出がちゃんとあるし、友達の相談にのった思い出だってある。交換日記をしたり毎日遊ぶぐらいとても仲良かった子と小学生の時、大喧嘩した。でも殺したいと思わなかったし、親が関与することでもなかったけれども親にも言ったし、担任の先生だって喧嘩したことは知っていた。結局私は相手のした「人を卑下して自分が一番」と振舞うような行為が許せなかったし、そんなことを相手に言っても相手は何が悪いのか分かってないし理解できない。結局、担任の先生が幾ら取り持とうとしてくれたところで私達は以前のように心から仲直りはしなかったしそのまま卒業した。同じ中学に入ったけれども、もう話すことはなかった。そのぐらい、数年仲良くてもとあるささいなきっかけでばっさり相手と縁が切れてしまうのが、この時代の「超仲良し同士」の特徴だったりするかもしれない。あの事件について考えている人の沢山の人が同じような「ささいな喧嘩の経験」を小学生の時にしたに違いないと私は考える。でも、誰も大の友達を何かの拍子ですごく憎い・許せない、と思った時「殺したい」まで思って罪を犯さなかった人々が多いからこうやって沢山の成人の方がまともに生活しているのだろう。もしあの事件が予防できたとするならば、子供同士が行っているささいな喧嘩を(例えネットでも)親がしっかり解決しようとしなくても「聞いてあげる」ということをすべきだったり、命が大切というよりは「殺人が罪である」ということをしっかり分からせることであったり、またその子の異常性を見抜くことであったり、親は子供を監視する必要はないけれどもできるだけ近況を話させたり聞いてあげたりすることが必要だったはずだ。それは、その子の近況がネット社会だろうと普通の社会だろうと関係なく必要だと思う。「ネット社会」が異質だから子供にはどうのこうのとよく人は言うが、同じくそれも新しい形態の「社会」であり生活の一部になりうる。そこで起こっている近況は明らかにその個人に影響しているわけで、「子供が何かやってる」ぐらいの感じではもう済まされない。そんな社会にはなってきているのではないか。夫婦関係だって、その隠れた「画面の社会」で人との出会いや喧嘩をしていることをパートナーに内緒でし続けたら完全に溝が出来る。内緒にしていて、その社会でストレスが溜まれば相手に当たる。素敵な出会いを隠していれば相手は嫌な思いをするし、信頼関係が薄くなる。別にパートナーに画面の社会のことを管理・監視・干渉される必要はないが、粗方話しておくこととそうでないことは随分夫婦の関係に違いが出る。殺した女の子が武器を選んでいたり、日にちを選んでいたり、相手を死んだことを確認していたりなどの事実を並べればその子が異常なのは間違いないし、それがネットで何が起こっていようと彼女に対する弁護の言葉は私には到底浮かばない。ただ、ここまで「怒り」を感じている子は普段からも当然心の中で全てのことにずーっと怒っているはずで、その怒りのあてどころがその彼女を殺したくなる瞬間まで何にもなかったに違いないと私は思う。兄弟も多分いなかっただろうし、その怒りをあてつけるような趣味や習い事も持っていなかっただろう。結局怒りの矛先がネットで自分の気持ちを吐き出すという行為だけになってしまい、その彼女の持っていた怒りを小さい頃から構ってくれる人がいなかったのだろうと思う。小さい頃から「怒り」を抑えている人はいろいろな反動が大きくなってやってくる。リストカッターもその一部であると私は思うし、「いじめ」とかもそんな感情からやってくるし、逆に「怒り」が「欝・絶望」に変わって自殺にもなるし、それをまともに乗り越えられる人もいるし、結局精神不安定のままで成人になって何かを起こす人もいる。暴力的な映画を見てその「怒り」を抑えることが出来る人もいるし、激しい音楽を聴いてその「怒り」が消える人もいるし、とても静かでピースフルなものに触れて抑えることが出来る人もいるし、またとても愛してくれる人が側にいるだけで何もかもが変わったりする。カウンセラーに通っても随分変わるし、ただ自分をネットでも普通でも面と向かって理解してくれる人がいるだけで変わる。盗みやレイプなどと違って殺人、特に計画された殺人の動機は殆どが「怒り」である。そしてその特定の個人に対する「怒り」を消すことが出来ない原因はそれ(殺すこと・怒り)にしか気を集中できない状態であるからだ。もっと歳を取れば人生経験もあるし「殺人は罪」と分かっているし、色々なことに気を紛らわすことだってできるだろう。でも彼女のような少女だった場合、「それにしか気を集中できない状態」に心理的に至っていた彼女の環境はやはり異常だったと思うし、もし原因を追究したいとか今後の予防策を考えなければいけないと思うのであればまず被害者が何をしたとかそんなことではなくて、幼い加害者が生きてきた異常な環境なのではないか、と私は思う。→→この件に関しては続きも書きました。
June 9, 2004
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ゆーゆーの様子が随分と変わってきた。ちょっと前までパンチやキックで大暴れだったのに、今度は狭いお腹の中で上に下にあっちにこっちに手足を伸ばしているのか、寝返りを打ちまくってるのか、はたまた踊っているのか、とにかくぐるんぐるん動くようになる。それをされる度私のお腹は右に大きくなったり、左に大きくなったり、わき腹からかかとを感じ、おへその辺りが時々もごもごと上がってきて、完全に「うわー、中にベイビーがいるよ~っ」と普通に座っていても見えて感じる。時々わき腹にバタ足や頭からごっつんこするらしく、それをされると私の内臓から地震が起こったような、なんとも不思議な感覚で体がよろける。ノリノリと丁度向かい合って立ち話をしている時もあっちこっちに動いているので、ノリノリからもゆーゆーの動きが時々見える。寝転がってお腹を観察しても当然、やたら動いているのがノリノリの目でも見えて私達は不思議な気持ちになる。どうしよう?!こんな元気で?!私はその不思議に動くお腹の皮を眺めながら、すごくかわいい!と一人でにたにたする。おへその右下を触るとちょっと丸い手触り。頭がある感触がなんとなくして、うーん、ゆーゆーの頭かなぁ、とそっちがひくひくする度わくわくする。そして左のわき腹に手をやると時々ゆーゆーの足が当たって、あ!足を感じる~っとまた感激する。子宮は段々下のほうにも広がってきたらしく、たまにお腹の随分下のほうに手か何か当たった感触もする。後2ヶ月もあるのであんまり下がってきて欲しくないし、洋服もその辺りはちょっとゴムが当たる範囲なので出来れば上にいてくれないかしら?、と心配する。いや、しかしもう2ヶ月だ。今月はチャイルドバースクラスを取るし、月末はグランドキャニオンに旅行に行くし、あっという間に終わってしまうだろう。うちの親はもう既に初孫の為に色んなものを買い揃えていて、準備万端である。数日に一回は電話が来て、あれを買った、これはどうしよう、と話す。来年のゆーゆーの一歳の誕生日には両親の結婚記念日30周年も兼ねてハワイ旅行をうちの親は既に計画していて、今からどのホテルがいいか検討していたりする。あれだけ両親が喜んでいるのを見るとゆーゆーを産むのにも一応自信が出てきて、親の為にも頑張ろうと心から思う。ノリノリの親からは相変わらず連絡は来ないし、既に8人目の孫になるのであまり気にはしていないようだ。ノリノリのお母さんは私達が別姓を選んだことに未だに怒っている。っていうかいろいろ説明したけれども、ノリノリがそのうち私の姓に変わるんだと信じて、それに対して怒っている。ノリノリと私の別々の名前を連名にして母の日に花を贈ったその日、ノリノリの弟くんが実家からこちらに電話をかけてくれた。お母さんは電話の近くにいたみたいだったが、弟くんが「ありがとうって言ってたよ」とノリノリに伝えるだけで電話にも出なかった。別姓を選んだのはうちの親の影響でもなんでもないが、うちの親がノリノリの家に年賀状を送っても返事も送らなかったのでうちの親は混乱していた。何もしないのは余計な気遣いもなく、さっぱりしていていいけれどもうちの親にはそういうアメリカっぽい(?)センスはなかなか分からないだろうからちょっと申し訳ない。かといって、ノリノリの親を責めてもしょうがないのだけれども、アメリカに住んでて頻繁に会わなくて言い分まぁよかったと考えるしかない。父の日に送る高級梅干は花よりも喜んでくれるんではないだろうか?見えないお腹の中のゆーゆーと同じように、普段会えないけれどももらって何かを喜んでくれる彼らを取り合えず想像して見ようかと思う。うちの母親に花束が届いた直後、こちらに電話がありかなり感激したと伝えてくれた。こちらはなけなしのお金をはたいてそれなりの物を選んでいるので、そのくらいノリノリの親も喜んでくれていればいいのになぁとやっぱり心配に思う。返事がないと、贈ったものがよっぽど気に食わなかったのかなぁ、「もの」で何かを計るわけではないがアメリカにいる以上「もの」でしかサプライズは出来ないような気がするので、ちょっと不安になる。ここでいつも頭にくる要素の一つに「彼らが学会員」ってことが私の中では浮かんでしまう。一体何を学んでいるの…お礼を言うとか感謝の気持ちを表すだとか、そんなことは学べないのだろうか。お経だけがそんなに素晴らしいんですか?(ごめん、ノリノリ)私が予想している次の彼らとの睨み合いはもちろん…ゆーゆーを学会員にするかしないか、お経させるかさせないか、そんなことだろうと思う。私がしっかりゆーゆーに学会の世の中でなくて普通の世の中を見せていくしかない。本人が気づくしかないんだから。
June 8, 2004
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先週の日曜日、ノリノリと私はちょっと贅沢にフォーシーズンズホテルのサンデーブランチに行った。上品な和え物のサラダ達、スモークサーモン、カルフォルニアロールなどの前菜から、キャビアなども添えられるオムレツ、フィレミニョン、鴨肉、ラムチョップ、焼き豚などそれぞれの特徴を生かしたアントレー達、ワッフルバッフェ、デザートも数種類のケーキ、チョコレート、フルーツ、アイスクリームなどを取り揃え、食べたいだけ食べれる豪華なブランチだ。有名ホテルなので内装も素敵である。開け放れた大きなガラス窓から光が差し込み、グレース・ケリーが結婚式を挙げた教会がローガンスクェア沿いに見える。私達は窓に近い席に着いた。それなりに綺麗な格好をして、テーブルを囲みながらゆっくり食事を進める。舌鼓を打ちながら、そんな美しいロマンティックな日曜日・・・に見えるけれどもそんな場所で、ノリノリのレストランの経営状態の話や、学会について議論を交わしたり、イラクで殺されたジャーナリストの話や今度のアメリカ大統領選挙の話など、ちっともロマンチックでない会話に時間を費やしてしまうのが、まぁ、私達夫婦の特徴である。出されたアイスティーがとてもおいしくおしゃれだったので、ノリノリは自分のレストランでも出したら良いかもしれない、と考え、私も彼のレストランで出されているリプトンから煮出したおいしくないアイスティーのことを思い出してそれもいいかもね、と言う。あ、でもでも、緑茶のアイスティーを出すともっと売れるかもよ?それも考えたら?、なんて頭が創作意欲で一杯になってあれやこれやと提案する。しかし、私がお店を仕切っているわけでないので幾らアイデアを出したところでボツである。でも、そんなことをノリノリとわいわい言いながら考えるのが楽しかったりする。前菜を終え、アントレーを全種類制覇して、オムレツまで食べて、なかなか調子よく私は食べ進めていた。一応、食べ物に好みはあるがつわりはなんとか引いたみたいだったのでノリにのっておいしい物を食べ続けた。ノリノリはお気に入りのラムチョップを何回も食べに行っていた。そしてだんだんお腹が一杯になり、しぶとく食べたスモークサーモンの臭いが鼻につくようになってきた。やばい、やばい、デザートに行かねば。ここでデザートが堪能できなかったら淋しいも~ん!と慌ててデザートのテーブルに私達は向かう。このほぼお腹が一杯になった状態で、私はケーキをスキップしてフラン(カスタードプリンみたいなもの)とか、ムースとかバニラアイスクリームとか、一口サイズのチョコレートフルーツカップをお皿に並べて、またゆっくり食べた。アールグレーをミルクティーにして飲みながら、ノリノリと取りきれなかったデザートを一口づつ交換しながら口に入れたりして楽しむ。そしておいしかったデザートだけもう一度・・・。さすがに食べる速さがますますゆっくりになってきて、ノリノリと私は取り合えず話し込む。ウエイターがさっきより頻繁にやってきて、私達のテーブルをチェックしているように感じる。そんなにここに座っていたのかな。なんて思っているうちに、私はなんだか苦しくなってきた。チェックを受け取って支払いを待っている途中、ノリノリに「あの・・・悪いんだけどトイレに行っていい・・・?」と聞いた。ノリノリは「え、支払いを待ってる途中なんだから、すぐ店を出れるよ?」と答えたが「いや、分かってるの。耐えてたんだ・・・。でも、もう、だめだ・・・で、で、でざーとが・・・」、と真っ青な顔をして私は席を立つ用意をする。ノリノリは緊急事態を察して「じゃ、ロビーで待ってるから、平気。」と行かせてくれた。こんな現象は妊娠した最初の頃何回もしていたんだ。つわりはひどくなかったけれども、体の信号を無視した時は必ずこうだったんだ。お酒をちょっと飲んでもだめだったし、フライドチキンなんかも食べたら必ずだめだった。ノリノリの誕生日においしい食事をしたけど、あの後もデザートでだめだった。もう、つわりは終わったと思ってたのに・・・あぁ、またもや不覚・・・。豪華な食事だったのに!ぴかぴかのトイレに入ってジャケットを脱ぎ髪の毛をちょっとまとめて、位置を決めて、下を向いたら・・・なんの苦労もしないで勝手に出てきた。もう胃に入らなかったらしくて、食道でなんとか体の中に食べ物が隠れていたみたいだった。がーーーーーっ、と出すとふらふらするがすっきりして、苦しみが取れた分おいしかった食事の余韻だけ蘇ってきた。贅沢で楽しかったのになんとも後味の悪い情けない結末。ぐぐぐ・・・一応すっきりしたので、ノリノリと私はそれからすぐ側の美術館に行った。フィラデルフィア・ミュージアム・オブ・アートは日曜日は献金制で普段$12払わなければいけないが、この日だけは好きな額で入れる。二人で$2払って、それぞれのお気に入りの絵をさーっと眺めに行く。ノリノリはルノアールとかが好きだが、最近は私の影響でピカソとかなんだかモダンで奇抜なコンテンポラリーコーナーもお気に入りである。その辺のコーナーは結構新しい作品も入れ替わりで来るので、それを探すのもまた楽しい。今回は原色に塗られた山々を組み合わせたオブジェがあり、いろんな角度からあちらこちらでその山を眺めて、あーだこーだと騒いでいた。いい加減歩き疲れると、私達は美術館を出てその前にある公園のベンチで日向ぼっこをした。黒系の服装をしていたので日差しがより暑く感じられ、先ほどの食べ物がだんだんと消化されているのか眠気がどんどん増していく。私はうとうとし始めたが、ノリノリはさっと立って、「んじゃ!スポーツクラブ行こう!」と元気に歩き始めた。私は口を尖らせて「ちょっとー、もうちょっとーゆっくりしよーよーっ」と訴えたが、心では分かってるのだ。今行かなかったら眠くてやる気もでないし、さっき食べた分も消費されないで体重になってくっついて、後でびーびー言うんだ。しぶしぶノリノリにくっついて、車に戻った。こんな週末も、ゆーゆーが生まれたらしばらくなくなってしまうから、自由なうちにやれることはやっとかないとな。ゆーゆーが生まれたら、ノリノリは平日に休みを取る為日曜日は仕事をする。一緒の休みがなくなるのは少々不安でもあるし、悲しくもある。
June 7, 2004
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ノリノリは華奢な人に見えたが意外にもマッチョだった。妹の言葉を借りると「半マッチョ」。むっきむきでないけれども反町隆史くんみたいにバランスよく筋肉がついている人のことを呼ぶらしい。うちの親も弟も、今までのボーイフレンド達も決して筋肉が綺麗についている人はいなかったので、ノリノリの体を見たときはちょっと衝撃的でうれしかった。私も、こんな筋肉の人と身近になれることがあるんだーっ!!!うきうき。うきうき。と、あまりにも雲の上のタイプだったのでそんな気持ちだったと思う。話に聞くと日本にいた頃警備員をやっていたので、必然的に体を鍛える事になってあぁいう体を手に入れたらしい。お腹は6つに割れ、腕の筋肉が表と裏に、胸板がしまって厚い。彼を見てても想像つかないが、昔はサーフィンもやってたというから、なかなかのスポーツマンだ。一方私はというと、昔から運動は嫌いではないが体育が嫌いで、その不得意な分野を人と比べられるのがもう嫌で嫌でしょうがなくて、人と一緒に体を動かすことにとてもためらいがあった。よく歩いたりしたし、サイクリングもしたけれど、とにかく自分ひとりで体を動かして楽しむ事が多かった。そうすれば恥ずかしいと思いながら、運動をすることはなかったのだから。そんな私をノリノリはジムに誘った。私はいやいや、ちょっと一緒だと恥ずかしいし・・・。と渋々していたが、ノリノリの体を見ているとなんだか羨ましくなってきて、ね、私にもそんな体になるチャンスが来るかしら、と聞く。ノリノリは「もちろん!絶対なるって!大丈夫!」と答える。丁度その時、1999年度MTVアワードで、ブリットニー・スピアーズが半ヌード状態で歌い踊った。ステージで踊るブリットニーはとても綺麗で、まだその頃10代だったがお腹にすーっと6パックの筋肉がありとってもかっこよかった。あんな風になれたらいいな、とすごく憧れたのだった。結局2001年の2月に、私達は街中のバスケットコート&プール付きのなかなか豪華なジムに通うことに決めた。幸運な事に、私の会社の医療保険で特別なプログラムがあってそれに登録すると年間120回ジムに通ってチェックインすると、一年後に微量だが$120が返ってくるというシステムがあった。それから2ヵ月後にその手続きをして私はブリットニーのようになる為に、そしてお金が返ってくるために、毎日せっせせっせとジムに通う事にした。最初の一年を終えた時、ブリットニーになる所か体重が4キロぐらい増えてしまった。なんで、こんなに頑張って運動しつづけたのに!!!というのが正直な感想だ。ノリノリは相変わらず半マッチョでかっこいいまま。私は一年前よりぽっちゃりした。普通運動すると筋肉がついて、筋肉の方が脂肪より重いから・・・とかそんな話を聞くが、それでは、私の脂肪は一向に減っていなかったってことじゃないか!そのショックから、自分の生活をもっと見直すようになった。よーくよーく見直してみると、私は仕事帰りにジムに寄って、その後夜遅く食べてすぐ寝る、という生活を繰り返していたり、運動しているから平気だ、と思って好きなものを食べたいだけ食べていた事に気付いたのだった。そんな食生活が運動した体の脂肪を落とさないで、筋肉だけつけてむちむちの体になってしまったんだと。その次の1年、私は運動もしっかりしたが、食生活にもかなり気をつけた。食事の前にジムに行き帰りが遅くなった時に食べる物は玄米と魚、と決めスープやお茶を沢山飲んで食欲を満たして、油や炭水化物が少ない物を主流にして食べた。ノリノリの誘いでダンスのクラスを毎週取り始めて汗を流し、他にもバスケだとかヨガだとか、ベンチプレスだとか、ノリノリにアドバイスを受けながらいろいろやってみた。するとその約一年後の2002年の終わり、結婚式の時までに私は8キロぐらい痩せていた。(4キロ増えて8キロ減ったのでマイナス4キロだけど)ウェディングドレスも好きなものを適度なサイズですっと着れたし、何しろ以前痩せていた時よりもなんとなく筋肉がついてかっこよくなってきていた。ノリノリの指導のもと、姿勢や歩き方も随分改善されて、もっとどうどうと胸を張って歩けるようになった。そして2003年が過ぎジムにめげずに通っていたが手続きが遅れて、また新しい$120返還のプログラムを6月から再開した。調子に乗ってるその時次の一年は結婚式という目標もなかったので、もう特に体重が減ったりはしなかったが現状維持という感じになった。気が抜けてちょっと太ったり痩せたりしたけれども、運動のセンスが以前よりぐっとついてきてダンスももっとできるようになったし、どんどん自分の体に自信がついてきた。そして妊娠だ。今でも辛いからこれで体力がないまま妊娠してたらどうだっただろう?とちょっと不安になる。しばらくやっているものだったので、今まで続けてきたダンスクラスも止めなくて良いし、さすがにバスケはもうやらないがその時々の自分の体にどんな運動が合っているか分かるし、自分の体力の限界が分かる。食事もかなり気をつけていたので、気を使える。この前の火曜日、ついに3回目の年間120回を終えた。地道に続けてきて、これが1年でも2年でもないことがとても自分に意味があって感動した。運動が好きでなかった私を知っているのでノリノリも一緒に喜んでくれた。これからはゆーゆーが生まれてくるので、来れる回数もぐっと減るしこのプログラムはほとぼりが冷めるまで再開しないだろうけれども、ジムは辞めないのでまた来なきゃ。ここまで頑張れたのはノリノリが楽しさを教えてくれたから。新しい達成感を手に入れることができて本当に感謝している。ただ一つ、ノリノリは嘘をついた。私のお腹はまだ6個に割れていない・・・。うーそーつーきーーぃっ!
June 5, 2004
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準備も山を過ぎたので明日こそはもう少し余裕ができて、いろいろ書き込める気がする。あともう一つ、ホットな気持ちのうちに日記に書きたいことがあるけれどそこまでいくかしら?!週末は泊りがけで行ってきますので、明日全部できるように頑張ってみよう!!!書き込みの返事が遅れてごめんね~♪ではではまた。
June 4, 2004
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アメリカ風にさっと、ささっと、つけてしまいます。ウェブで何でもできる時代なんですね。でも英語です。その気のない方は絶対行かないで下さい。ほんとに、行かないで下さい。もし参加するなんて事があるのならハンドルネームを必ずつけて下さいね。ここ
June 3, 2004
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→→→続き→→→<奉仕の均衡>両思いの先のもう一つの過程「精神的な双方の歩み寄り」はその恋愛を深い深い愛の絆に変えていくのに重要な要素であるのは間違いないが、さてはて、一体それはどういうことなんだろう、とちょっと掘り下げて書いてみたいと思う。例えば、さわりの恋愛を楽しんでいた頃、相手から「ね、ちょっと食事行こうよ!何食べたい?」と聞かれて「お勧めの店・・・」とか答えたりとかそんな感じの会話を持ったりしなかっただろうか。それって、「XXと食事に行って話したい!こんなとこ連れて行ってあげたい!」という気持ちと「誘ってくれたんだからどこ連れて行ってくれるか何か考えがあるのかな?!」とかそんな相手のことをお互いで推測するような、いい意味で相手を思いやるような気持ちのやり取りが背後にあったりしなかっただろうか。そんな背後にある相手を思う気持ち。単純だけど、これが全てでこれの延長が「愛」の始まりだと私は思う。しかし、恋愛の過程において、それはあくまでも「推測」の世界になりがちだったりする。言葉にするのもちょっと恥ずかしいし、そんなに自分をさらけ出すのも相手に遠慮したいし・・・。そんな風に例え推測でもこれが「さわり」の部分で相手を思う気持ちが推測できる範囲であれば、その双方の精神的な歩み寄りは成立する。したがって「さわりの恋愛」はそういう推測範囲での相手への思いやりで成立する。これがロングタイムリレーションシップになると、相手への思いやりなどは推測の範囲を超えてしまう。お互い環境も性格も違った他人同士、推測だけで意思疎通が完全にできるわけではない。付き合いが長くなればなるほど、推測をすることに疲れてさじをなげるか、推測をしつづけるか、もしくは推測などはもう止めて思っていることをはっきり言うか、どれかの選択が起こることになる。感情や愛情表現が上手くない人の場合、全てを推測で、そして相手にも推測してもらうことを期待する場合が多い。(特にこれが日本の文化だったりするが)それがただ「好き」とかそんな言葉でさえも口には出さないのでなんとなく一緒にいることで相手に気持ちを訴えたり、そしてまた相手も「まぁ、きっとそういうことなんだろうな?!」とお互い不確かな推測が続いていく。相手が自分に適した人であれば、その推測だけでも関係は長続きすることができるだろうし、別に言葉に出さなくてもさりげない行動で思いやりや気持ちを伝えられる人だっている。逆に推測を止めて、はっきり気持ちを伝えたり意見を言ったりするようにお互いがなると喧嘩は非常に多くなりがちだが(はっきり言うことで意見の違いが明確になるときもしばしば)、もし相手を理解し合おうという気持ちがきちんとあれば二人の間にあるもやもやは即効に解決することができる。ただ意見が違う時だけではなくて、喜怒哀楽も口に出す事で気持ちを共有できるし、その数が多ければ多いほど二人の共有物が増えて相手が何に対して喜怒哀楽を示すか、自分にも分かるようになってくる。どちらにしても上に書いたようなロングタイムリレーションシップが成立する為にはいつでもお互いが「相手を思う気持ち」を持ち続けていることが必要不可欠である。「推測し続ける」または「はっきり言う」ことで二人の関係が成立できず、それに付随して「相手を思う気持ち」を失ってしまうと結局「推測する事にさじを投げる」ことになる。相手の思っていることが全くわからないし、相手がうれしいのか悲しいのかもわからないし、何をしたって反応がない。そうなってくると慌てて気持ちを聞いてももう相手には答えてもらえず、そして悪循環なものでこちらも何ももう言う気は起こらない。気持ちが通じ合う、という両思いになった時の気持ちがもう起こらない。相手の気持ちを知る事ができない分、相手を思う気持ちが薄れていき、次第にはなくなり、お互いのリレーションシップが成立しなくなる。そこで、「相手を思う気持ち」とは何かというとそれは、相手に対していかに自分を献身できるかという「相手に対する奉仕」であったりする。「相手を思う気持ち」を失う、ということは「相手に対する奉仕」を放棄する、ということにつながっていると思う。そもそもこれは生まれた自分の家庭環境や性格にも大きく反映してくるのだがもともと人に「奉仕」をすることが得意な人、そうでない人がいると思う。相手の為に何かしてあげよう、とか自分の得には成らないけれども相手の為に何かできることをしてあげよう、とそんな行動のことで、これは自分の今までの生き方にも深く影響している。家族や友人、周りの人に「奉仕」されて生きていると自分自身も「奉仕」することに何の抵抗もないが、そうでない環境にいると自分が自分自身だけに奉仕することに慣れすぎて他人に奉仕することはできなかったりする。そして、その要素は「愛」の絆を深められるか、深められないかに大きく影響すると思う。もう一度「さわりの恋愛」に話を戻すが、あの出会ってどきどき!とかはっ!としたその瞬間、それ以上の関係が可能でも可能でなくても「あの人のことをもっと知りたい!」とか「振り向いてもらいたい!」という気持ちが発生して、その時初めて「自分」だけでなくて自分以外の「相手」に対して気持ちが動く。このスタート地点に置いて自分がどうのこうの、と自分の損得を考えている人は殆んどいないと思う。そしてその経過がなんとなく上手くいって、思いを寄せた相手に何か自分の為にしてもらった瞬間(例えばそれがプレゼントだったり食事の誘いだったり)、あぁうれしい!と誰もが思うに違いない。そしてその相手の為にこちらからも何かしようと思う、そんな気持ち。ここで双方の「奉仕の均衡」が保たれていることになる。さわりでもお互いの恋愛関係が成立していることになり、相手に気持ちがざーーーーーっと惹かれていって、上手くいけばのめりこんで、幸せな時間を過ごす事ができる。なぜなら、全てが相手の為に、と自分の身を投げ打つことができるからだ。そしてそんな時間が、恋愛の醍醐味だ。これがまた長い付き合いになってくるともうちょっとお互いの生活観に対する「現実」のようなものが見えてくる。そこで、きちんと「精神的な双方の歩み寄り」を常に図っているとその「現実」に対しても相手に対する「奉仕」ができるようになる。例えば相手がXXという音楽が好きだったとしたらそのコンサートに連れて行ってあげるとか、XXというブランドの洗剤が好きだから買い物の時にはそのブランドをわざわざ選んであげるとか、肉が好きだから肉料理をよくおかずに作ってあげるとか、細かい事だけれどもそんなことである。これは「セックス」に対しても同じことが言えたりする。意思疎通をきちんと図って、相手が喜ぶセックスをお互いに奉仕することだってできる。そしてその「相手が喜ぶ」ということに自分の喜びを見出せる関係になる。このお互いの「奉仕」の度合いがイコールである限り、二人の愛はほぼ永遠に成立するのではないか、と思う。片方だけでなくてお互いが同じ「奉仕の均衡」を保っていることが大切である。その奉仕の度合いが大きい少ないに関わらず同じベクトルで均衡を保っているべきで、片方だけ奉仕の度合いが大きいと間違いなく片方に負担になって崩れていくし、相手にとって負担だとかうざいだと思われたりとか、また逆にその奉仕に依存しすぎてそのありがたさを見出せないとか、そんな現象が起こりがちである。そして「奉仕の均衡」は片方が奉仕をした時に相手が喜んでいるという気持ちを知る事ができる、いわば「奉仕=相手の喜び」ということを確信しつづける事で保つ事ができる。それを確信する手段として、先述した「推測」や「はっきり言う」が必要な要素となってくるわけで、「精神的な双方の歩み寄り」を成立させていくことができるのだ。そして恋愛とはまた違う次元ではあるが、この奉仕の原則はパートナーだけでなくて、家族や子供、友人との信頼関係、それらに対しても適用することができる。<一人の人を愛し続けるということ>さてここまで、さわりの恋愛とロングタイムリレーションシップの愛を成立させる為の要素について述べてきたけれども、実際一人の人をずーっと愛しつづけるというのはどういうことなんだろう。現実に一人の人とずーっといると、最初の出会いはどうであれ、どきどき、というさわりの恋愛の感覚はそのパートナーに対して無くなっていくのは事実である。どきどきするには相手の事を知りすぎているし、セックスもマンネリ化するし、喧嘩はいっぱいするし、新しいことはあんまりない。でもこれはさわりの恋愛が「愛」の全てだと思っている場合である。別の次元で言い換えてみると現実に一人の人とずーっといると、最初の出会いはどうであれ、何年経ってもそのパートナーと思いが通じ合った時のどきどきを思い出すことができるし、相手に奉仕し、奉仕されて、お互いが喜んでいく姿を見ていくことに最高の喜びと感謝を見出すことができるし、セックスはちょっと飽きるけど(笑)他の人と寝るよりも断然安心するし、喧嘩をして頭に来るけれども言いたい事を言い合ってすっきりするし、お互いの信頼関係が完全に築きあがるとその「安心感」というものはその人個人にとっての揺ぎ無いパワーになる。これは自分で自分の為に奉仕し続け生きてきた感覚では絶対得られないものである。相手に奉仕し続け、され続けて生まれるパワーは一見、自分の得にならないように感じるけれども(実際に自分のことだけでなく相手の事も考えて行動しなくてはならないから勉強とかはかどらないし自由に旅行などの行動ができないとか・・・まぁこれもお互いの意思疎通を図っていれば問題ないことではあるが)そこで築かれた「安心感」が結局各々の生活に対する意欲をぐっとあげることができて、意識を思いっきり向上させることができたりする。そして何よりも、その安心感は自分の生活に「感謝の気持ち」を産む。そしてその感謝の気持ちは結局、その人との間に育まれた「愛」に対するものなんだ!と気付くのである。パートナーとの「愛」が自分に安心感と感謝の気持ちをもたらす。そしてそれに気付くと、またパートナーを同じ様に愛することができる。それは相手に奉仕し、されることでお互いの喜びを見出す関係であり、相手が喜んでいるのだと確信できる関係である。そして自分と相手の生活に対する意欲がぐっとあがる。***さわりの恋愛のようなどきどきはないけれども一人の人を愛することは(そしてそれが成功するのであれば)それ以上に楽しく心強い事であると思うし、また別にさわりの恋愛ほど毎日がどきどきして楽しい事はない。全ては個人の性格や趣、環境、経験に寄るけれども恋愛も愛も、人生において重要な要素であり、また素晴らしい思い出である。沢山の人はそれで大変安定したり、または、その恋愛・愛という関係で人生を苦しむ事になったり辛い思い出を増やす事もあると思う。しかし一旦仕組みに気付くと、自分に合ったパートナーを選ぶのにもそれほど苦労をしなくなるし、ぐっと長続きする事ができる。そのパートナーとの毎日の中でちょっとした冗談やいたずら、そんなかわいいことも二人の関係には必要不可欠なことであるし、そんな恋愛したての最初の頃の気持ちを持ちつづけることが、またはもっと時代をさかのぼって子供の頃のように素直になって喜怒哀楽をさらっと伝えつづけたりすることが、恋愛・愛の二人の関係を長く楽しく続ける要素であることも忘れないようにしたい。何事もそうであるが、最初の時の気持ちを持ちつづけることが、いつでも新鮮な関係を生んでいくのだと思う。
June 2, 2004
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ルーチェmmsさんからご紹介いただいたレシピでございます。**************日本は日曜から、えらい夏日に突入!30度越えましたよ。暑くなって体がダルクなると思い出すのが、夏の後半に絶対食べるトマト料理です。旬の野菜って、その時期の体を調整してくれるのだそうです。つまり冬野菜は体を温めてくれ、夏野菜は体温を下げてくれる。8月って、完熟トマトが出回るでしょう。これと、やはりこの時期だけ出る冬瓜(とうがん)とを使ったスープです。1.冬瓜の皮や種をとり、ざっくりと切る(大きめのカレーの具程度)。2.鍋に、水を入れ、冬瓜としめじを加え、煮る。3.沸騰した頃、鶏肉(適当に切ったもの)と完熟トマトを入れる。4.煮込んで、冬瓜が透き通ったら、しょうゆ、塩で味を調整(好みに)して、できあがり。これはママが八百屋で人から聞いて作り始めた料理。子供の頃も好きだったけど、大人になって、夏バテで胃が重くてグッタリ食欲がない・・・って時期に作ったら、不思議といつも体が軽くなるんです。旬の野菜のパワーだなと毎年、野菜に感謝。体質にもよるかもしれないけど、きっとダルさがラクになると思います。・・といっても、アメリカじゃ冬瓜、手に入んないかな。 (6月1日0時43分) ****************************と、いうことでございます。おいしそうですねぇ。どうもありがとう!冬瓜…いいですねぇ!多分アメリカだとチャイニーズなどのオリエンタルマーケットで手に入るかもしれません。っていうか、私は冬瓜と言うものを料理したことがありません。(私にとって)全く新しいタイプのレシピを紹介していただいて本当に感激です。野菜たっぷり、そして旬の野菜、夏を乗り越えるには本当によさそう。早速試して見たいと思います!!!これを作った方のご感想もお待ちしております!!!++++TOMATO同盟TOPへ行く++++
June 1, 2004
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