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早速親ばか第一弾です。一生懸命写真を入れましたので、気になる方はどうぞ見にきてくださいね。親ばかになれるのはそのベイビーの親だけだもの、一生懸命親ばかします。+++アルバムはこちらから+++
August 27, 2004
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ゆーゆーが産まれて10日が経った。縫った出口の傷もだいぶ癒えて、乳首と乳房の腫れも随分治まってきた。産まれてから次の日にはゆーゆーは上手に乳首を口に含んでいたが、最初なので母乳の出が少ないこともあり、または食欲旺盛なのか、一時間ももぐもぐと乳首を吸っていた。やっと吸い終わったかと思ったら、また1時間半後には同じ様にお腹が空いて一時間吸う。そんなことを繰り返してるうちに、幾ら指導されたように母乳を与えていても突然の「吸われ過ぎ」で乳首がすっかりかさぶただらけになってしまっていた。母乳を与えれば与えるほど子宮が痛くて痛くてしょうがなくなって、大量の血が出口から出てくる。ゆーゆーが沢山吸う為にその収縮の度合いが随分と激しいらしくて、痛み止めを飲んでいてもお腹がきりきりと痛む。戻りが早いのは結構だが、辛いものは辛い。傷口も癒えるのに時間がかかるので、病院で指導されたようにトイレに入らなければならない。どういうことかというとトイレットペーパーを使ってはいけない、ということで一回一回トイレに入るごとにスプレー式のボトルを使って傷口を洗って、丈夫な使い捨てタオルで軽く水をふき取って、オキシドールスプレーをかけて、消毒用のパッドと汚物用のナプキンでしっかり傷口をガードして完了。一回トイレに入るのに10分かかる。しかも用を足すと同時に大量の血が出てきて、子宮が収縮して痛い。トイレに行くのも億劫だ。一週間も経つと母乳の出は良くなってきたので、一回一時間の母乳時間が30分になり、20分になり、やがては10-15分でもなんとか、というぐらいになって、時間が短くなっても飲む量は増えたおかげで胸の張りと痛みがほとんど消えてきた。乳首のかさぶたも殆んどなくなって、もうそんなに痛くない。傷口もしみるし、子宮も痛いけど、先週ほどじゃぁない。痛み止めがないとちょいと辛いがなんとか回復してきた、とそんな感じだ。いや、こうやって胸の痛みが消えた、っていうのはゆーゆーが相当お乳を飲んでいる、っていうことだ。本当に君、産まれて10日なのかい?と聞きたくなるぐらいかもしれない。産まれた日にナースに母乳指導されて、くいくいお乳を飲むゆーゆーの姿にそのナースは驚いていた。今なんか喉を鳴らして飲んでいるからそれもすごい。ゆーゆーが飲んでくれればくれるほど、子宮も痛くなるが胸の張りも熱も消えてちょっと楽になる。しぶといけど、先週は辛かったなぁ。さてさて問題の夜と朝の生活だけれども、体が回復してきた分今週は夜中に起きるのも楽だ。ゆーゆーは泣くけれども、なんだか分かり易い。大体泣く時はお腹が空いた、か、おむつ変えろ~、だ。先週はまだまだ消化器官が弱かったので便秘した。初うんち以来うんちがでなくて、日が経つごとにお腹が張るらしくて泣く回数が増えていた。でも、大量の母乳を飲み続けて4日後、これはこれはのうんちの大洪水、3連発!あれからすっかりぐずることも減って、ゆーゆーの行動がわかりやすくなってきた。お腹空いた、おむつ変えろ、の他にも、これからうんちがでるぞ、や起きてるんだからどっか連れてってくれ、の「サイン」を出すこともなんとなく分かってきた。泣きながら手を口に当ててたときは「お腹空いた」、泣きながら足をばったばたさせていた時は「おむつ変えろ」、それでおむつが濡れてなかったときは「うんちがでるぞ」(で大体、抱いてあげて数分後にでっかいおならをする)、お乳もあげたばかりおむつも濡れてなくて眠れず起きていて泣いている時は「どっかに連れてってくれ」で抱いて歩き回ってあげると泣き止む。今のとこ、まだまだ分かりやすくてかっわいいベイビーである。夜と朝のリズムを本人はつかんでいないが、起きる時間と寝る時間と起こし方が分かってきたので随分コントロールしやすくなってきた。母乳をあげて寝るときと寝ないときがあるんだ。「寝てる期間」に「お腹空いた」のサインが来て母乳をあげてもゆーゆーは飲み終わった後数時間目が覚めない。で、「起きてる期間」に母乳をあげると飲み終わった時うとうとしてるけどすぐ目が覚める。で、起き続ける。起き続けると母乳が早く欲しくなる。母乳をちょっとだけしかあげないとお腹が空いてすぐ目が覚める。多めにあげると寝やすくなる。ベイビーも人間なので一日中寝ないし、起きてる時もある。ゆーゆーの場合は1回「起きてる期間」が来ると5時間ぐらい起き続ける。それが一日2回ぐらい。で、「寝てる期間」も一日2回、大体1回7時間ぐらいだなぁ、と分かってきた。私が寝てる時に「寝てる期間」に来てもらう為には私が寝る直前まで「起きてる期間」になっていてもらわなきゃいけない。夜中に「起きてる期間」が来たらこっちは寝てるというのに一時間ごとに授乳したり抱いて歩き回らなければならないんだ。それは辛い。だから夜の7時か8時ぐらいから母乳をあげるために起こして、ちょっとだけあげてすぐお腹を空かせる。お風呂に入れたりして刺激もする。お腹が空いて泣くがたっぷりあげない。するとまたちょっとしたら起きてお腹空いたと泣く。これを夜まで繰り返す。そして自分が寝る直前にた~っぷりお乳をやって寝る。するとそれから寝てくれて3時間ぐらいは寝続ける。3時間後に泣いてお乳をあげてもその後も寝てくれる。それで次の「起きてる期間」が朝の7時半から8時ごろにやってくる。ちょっと早くて辛いけど、夜中は寝れる!朝はへとへとだ。お昼頃までどんなにお乳をあげても起きてるし、どんどんお腹が空いて泣く。何回も何回も授乳する。そして抱いて歩き回って遊んであげる。お昼には寝てくれるので、何かをするならお昼に限る。が、何かをしたいが一緒に寝ちゃったりしてしまう。そして夜が来て、お母さんの暖かい晩御飯をありがたく頂いて、寝てて欲しいけど夜中の為に無理やりゆーゆーを起こして母乳あげて、遊んで・・・。でもね、ゆーゆーはかわいくてかわいくてしょうがない。寝てるだけだとつまらない。泣いてくれると疲れるけどうれしかったりする。そんなもんなんだ。必殺技がある。夜中、母乳あげてもどうしても寝てくれない時は、寝ながら母乳をあげて、そのうちベイビーがうとうとするのでそのまま腕枕で抱き合って寝ちゃうようにするとそのまま何時間も寝てくれる。腕枕してる方は体が痛くなるが、数時間はぐっすり寝れる。体が痛くなって思わず、ベイビーを自分から離して他のところに置くと、ベイビーは目が覚めてお腹が空いた、と泣く。だからまた寝ながら母乳をあげて、腕枕したまま寝る。これで夜は快眠だ。彼氏や旦那と肌と肌を触れ合って寝たりして安心するけれど、ベイビーとしっかり肌と肌を重ねて寝るととっても気持ちよくてそれも安心する。ベイビーの匂いはいい香り、そして暖かい。愛してる男性以外にも肌を触れ合って安心して寝れる、そんな人がいたんだ、と触れていると当たり前だけれども新しい関係に不思議な気持ちになる。私の母は「肌を任せるぐらい自分の全部を信頼しきってくれる人は、自分の赤ちゃん以外いないわよ」と私とゆーゆーが抱き合って寝る姿を見て言っていたが、本当にその通りなんだろうなぁ、と思う。***先日小児科医に行ってゆーゆーを検診してもらった。待ち合わせ室に雑誌が置いてあった。手にとるとタイトルは「Pregnancy」、妊娠している女性用の雑誌だった。ぺらぺらめくって中を見ると沢山のきれいな妊婦の写真がある。今の私はこの人達の仲間に入れない。ゆーゆーがお腹にいた時の本当に幸せな、特別な、歩きながら生活しながら音楽を聴きながらいつでもお腹にいたゆーゆーのことを考えていた、その時の自分を思い出して切なくなった。お腹にいたもう一人の命はもう一人の人間として独立していて、そして私も「一人」になった。今日、おむつの買出しで「一人」で道を歩いていた。「二人」でいた幸せを知っていると、今「一人」でいることがとても淋しく感じた。
August 26, 2004
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→→→→続き→→→→目が覚めると下半身の圧迫を感じ続けていたが痛くないのでもう少し色々考える事ができた。ノリノリは「みんみん、もうちょっとだね。麻酔入れたけどもう10センチ開いてたね。」と言われて初めて、あ、なんだ、もうちょっとだったのに私麻酔入れたんだ・・・、と気づいた。その時は痛くて痛くて必死だったけれども、そうやって言われると(麻酔なくてもできたのに…)となんとなく悲しい気分にもなった。でも、それと同時に寝てりラックスしたことによって次の「いきむ」ステップが多分スムーズにいくだろうなぁ、という自信もでてきて、下半身の強い圧迫を感じながらドクター達が戻ってくるのを待った。***ドクター達が戻ってくるとさっそく「いきむ」体勢に入った。ナースに指導されてノリノリは私の片足を上げる。もう片方の足をナースが上げて「いい?これからいきみたい圧迫が来た時に、大きく息をすって10数えるからその間いきむのよ。10数えたらもう一度深呼吸をしてまた10回いきむ。それを一回の圧迫の期間で3回やるからね!」と私に指導した。痛みは消えて心は冷静だったので自分の体が何時いきみたいか正確に感じる事ができた。じわじわとその時がやってくると「来た!」と私はナースとノリノリに合図する。そして「大きく息吸って!せーの、1,2,3,4,5,6,7,8,9,10!」自分でも自分の足をしっかり抱えてとにかくいきむ。「はい、もう一回!1,2,3,4,5,6,7,8,9,10!」そして「はい、もう一回!1,2,3,4,5,6,7,8,9,10!」こんな作業を何回か繰り返しているとナースが「ベイビーの髪の毛が見えてきたわよ!」と励まし始めた。そしていきみを繰り返すにつれ、下半身の圧迫感はもっと強くなり、なおさらいきみたくなってくる。でも、正確に自分に来ている圧迫感を利用して、効果的にいきまなきゃ!一番強くいきみたいときにいきむのが効果的なはずなんだから。冷静に自分の体の合図を感じながら何回も、何回もそのいきみを繰り返す。ノリノリやナースと共に母も一緒にカウントしている。繰り返すともっといきむ要領が分かってきて、最初は息を止めるだけだった顔もだんだんしわくちゃになり力の入った声も出てきてますますいきみに力が入る。そしてそのいきみたい、という感触と共にゆーゆーがでてくるような圧迫感も感じ、陣痛の痛みはないものの出口のあたりがやたら痛くなってくる。ゆーゆーが産道を通っている。そして出口から出ようとしている。私は確か麻酔を打って無痛だったはずなのに、い、い、い、い、い、い、い、い、痛い、痛い、痛いのなんのって、またその痛みの苦しみに「いたぁ~~~~~いっ!!!」と叫んでしまう。「もうちょっとだから、みんみん、もうちょっとだよ!」とノリノリは横で応援しているが私は痛みでまた狂いそうだ。「痛いよぉ~~~~っ!!!」「無痛なのに、痛いよぉっ!!!」「無痛なのにぃ~~~っ!」「無痛なのにぃ~っ!」わけがわからなくなって半泣きで叫んでまたいきむ。いきむ、いきむ、いきむ。だんだんゆーゆーが見えてきたらしくいきむ感覚が短くなっていく。そして「あ゛ぁぁぁぁ~っ」という叫びと共に「後、もう一回だ!!!」と声が聞こえてきて、もう一回いきんだ途端、圧迫感から抜けた。気が遠くなっていく意識の裏で、「ほら、旦那さん!これを切って!」とノリノリがベイビーのへその緒をはさみでちょきん、と切るのが見えて、ベイビーがおぎゃぁ、と泣くのが聞こえてそしていつのまにかベイビーが私の胸に抱き上げられた。ゆーゆーだ・・・。目が涙で一杯になって、ゆーゆーを見るよりも先にノリノリを見た。うれしくて声が出なくてただ必死にノリノリを見つめて、ノリノリは耳元で「おめでとう」とささやいてくれた。ゆーゆーを抱くといつもお腹の上から感じていたのと、全く同じ感触のおしり、せなか、ひざ、手のこぶしを感じて本当だ、ゆーゆーは今ここに産まれてきたんだ、私のゆーゆーなんだ、としっかりゆーゆーの体を抱いて確かめた。意外に髪の毛が多くて、うわ、なんでかな、毛深いぞ、でもゆーゆーだ、お腹にいたのと同じ大きさだ、でも毛深い、とひたすら第一印象が頭に回ってただひたすら肌のぬくもりを感じた。その後胎盤などを取り出されてとても痛かったが、頭がもうろうとしていてそんな痛みは一瞬で過ぎていった。ナース達がざわめいた。ゆーゆーとの初対面に気を取られて気づかなかったが、ゆーゆーはそんな私の感動を気にしていないのか突然「初うんち」をぶっぱなした。私の体は早速うんちだらけになった。ナースがゆーゆーを抱いて体を拭いている途中、ゆーゆーはまたうんちを飛ばしてそのナースにぶっかけた。いきみ始めて約40分後の日曜日の午後3時35分だった。3127グラム、身長50.8センチのゆーゆーは、出ると決めてから約6時間後には、私の腕に抱かれていた。産まれた日のゆーゆー・ベストショット!
August 21, 2004
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皆さん、こんにちは!!!なかなかオンラインできない間沢山のメッセージとお祝いの言葉、本当にありがとうございました!!!色々あったけれども、無事にゆーゆーを産みました。これも、ほんとう、沢山の人から励まして頂いて頑張れたんだ、とつくづく思います。出産にまつわる話は人それぞれで、私の場合もすごく痛かったけど今思うとなんだかとてもおもしろく感じるので徐々に話をまとめて忘れないうちに日記にあげていけると思います。ゆーゆーはとっても元気で、お乳をたっぷりあげてもすぐお腹が空くし、一人で寝かすとビービー怒るし、私も出産の跡が痛くて痛み止めなんかを飲んでしまうとゆーゆーと一緒にぐーぐー寝てしまう始末で、あんまりまとまってネットの時間が今のとこ取れないのですけれども、ゆっくり皆さんのページでも覗きながらオンラインします♪それでは…近いうちに。
August 20, 2004
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→→→→続き→→→→通された部屋はピンクで、もっとかわいらしい部屋だった。母は「へぇーこんなかわいい部屋で産むのねぇ。」とやたら感心している。私は分娩用のベットにあがり、ノリノリは横でしっかり手を握ってくれている。新しいナースがやってきてやたら「無痛じゃなくていいの?本当にいいの?」などと心が揺らぐ事を言う。めっちゃめちゃ痛いっていうのに、そんな魅力的なことを聞き続けないでくれ…、私がここで「NO!」と言っているその気力ははっきりいってこの楽天で「私は自然で頑張るわ!」と言った見栄、それだけである。そのナースに「無痛もできるわよ…?!」と言われる度に楽天の自分のページと日記が頭に過ぎって「いい。決めたんです。」と痛みに耐えながら私は言葉を漏らす。で、その間に来る陣痛に「うぃででででー!」「あぁーっ!」とすさまじい声が口から出てくる。ノリノリはしっかり手を握って、私を励ましている。お腹に機械をつけて腕に血圧器を巻いてもうその頃はお昼の12時過ぎた頃なのだろうか、随分長い間「あ゛ぁ~」という下半身が破裂するような痛みと「ふーっ」というなんとか持ちこたえられる痛みを交互に経験して、ナース達が意外に明るくべちゃべちゃ話し掛けてくれたので陣痛の間に私はべらべら冗談を言ったり会話をしたりしてなんとか時を過ごしていた。痛みは時間が経つごとにもっと増していき、最初の方はナースがいるときは「あ゛ぁ~」のうめき声でなんとか耐えていた叫びもそのうち「い゛だーぁぁぁい゛、いだいっ、いたいよぉ~~~~~~っ」と涙を流した叫びになりノリノリも私の涙に釣られて目を真っ赤にして「大丈夫、大丈夫だから!!!」と必死に手を握り返す。母が部屋の端の椅子に座って心配そうに見ている。私がリクエストしたSystem of a DownのToxicityのCDをノリノリはラジカセで流していてくれたが、はっきり言ってそれも全然耳に入らない。あんながんがんのハードロックを聴いたナース達が「うわ!こりゃー変わっていて、すっごくいいねー!普通はクラシックとかだもんねぇ。」と喜んでいる。自然分娩、ということで粗方の痛みを何も無しで乗り越えていた。最初に提案された痛み止めのピルが欲しかったのだが、子宮が7センチも開くとそれを飲むにはもう遅いらしくて(赤ちゃんがでろでろの昏睡状態で出てきてしまうらしい)痛みを消したいなら麻酔しかもう駄目だわ、とか言われた。そんなわけで本当にほんとの自然になるんだ…、な~んて思っている間もなく、陣痛は負けずと激しくなる。さっきまでだって充分痛かったというのに、ますます痛みは激しくなる。それにつれて、私は異様な吐き気を感じてきた。き、気持ち悪い…。すごく、すごく気持ち悪い。陣痛と共に吐き気とも戦わなければいけなくなる。吐き気と痛みと戦っていると、その親切だけど「痛み止めは?」とうるさいおしゃべりなナースが点滴をするから、と言う。点滴なら今まで何回もしたことがあるし別に抵抗がなかったのだがこのナース、「あなたの血管、すっごく硬いわねー!」などと言いながら思いっきり失敗した。いっ、痛いじゃぁないの!せっかく陣痛がお休みの時なのにやたら痛い。陣痛が来たら痛くて針に耐えられるほどじっとできないので「今打たないでぇ!」と私は叫ぶ。そして痛みが引いた時「行ったから!」と叫ぶ。彼女はもう一度点滴をさそうとする。また失敗。痛い。そして陣痛が来る。この陣痛の時にまごまご針を刺されて失敗して暴れてしまったら出産どころじゃなくて私の命が危ないんじゃないか、と思ってかなり焦る。ノリノリに日本語で「ちょっとこいつ何とかしてよぉ~~~っ!」と泣きながら叫ぶ。ナースはまた失敗。血がまわりに飛び散る。そしてまた陣痛。今度は逆の腕を試すそのナース。また失敗。陣痛。陣痛が消えると「早くしてくれー!早くーっ!!!」と私は恐くて叫ぶ。何回もトライしてようやく手の裏の一番痛そうなとこに針を刺し終えた。これで人を教えているこのおしゃべりナース!本気かよ~っ!!!この頃になるともう殆んど気が狂いかけていて下半身がもう熱くて破裂しそうで、陣痛が来る度「いた~いよぉ~~~っ!あぁ゛~~~っ!あぁ゛~~~~!」と私は泣き叫んでいた。横になっているのが唯一陣痛を和らげているというのに、その失敗ばかりのナースは私をなぜか90度に座らせようとして陣痛が来ていなくても「あぁ゛~~~~~いた~~~いよぉ~~!」と最高潮の痛みを味あわせてくれる。頭に来るが、怒っている場合ではなくて、陣痛が薄まったその時ばかりに私は思いつくことを叫ぶ。「もうやだ~~っ!」「助けてくれ~!」「死ぬ~!」そしてノリノリに向かって「二人目は絶対無痛で行くぞ~~~っ!」と泣きながら叫ぶ。自然でやると決めた自分にめちゃめちゃ後悔していて、二人目のことを考えている場合でないが口が勝手にこう動く。自分で何を言ってるか分かっていて、我ながらおもしろい、と思いながら叫んだセリフで意外に余裕があったと言えばあった。午後1時を過ぎると痛みの苦しみに喘ぎ叫びながら、痛みが限界に達していて下半身に今まで以上に圧迫感を感じゆーゆーが下の方に随分下がってきたのではないか、と自分で感じる。いきみたく感じる圧迫感だが頭の裏の自分の知識で「いきみなさい、といわれるまでいきむのを我慢しないと体力が持たない」ということを思い出していきむのを我慢する。何分ごとにこの陣痛が来ているのか分からないが、泣き叫びながら何度も、何度も、このいきみたくなるような痛みを耐えて耐えて耐えて耐えて、耐えまくった。その時、吐き気が最高潮に達する。「お゛えぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~っ!!!」吐いた。さっき、最高の気分で食べたバニラクッキーがでてきた。「もう一回、吐くよぉ~~~!!!」そう叫ぶと、ナース達が慌てて吐き皿を持ってきた。「お゛えぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~っ!!!」もう一回吐いた。さっきの弱い吐き気とは比べ物にならないくらい大きな吐き。皿を反吐で一杯にする。「ごめん!でももう一回吐いちゃうよ~~~っ!」「おぉえぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~!!!!」ナース達が次の皿を持ってくる前に吐いてしまった。あのクッキー、食べた時も最高の気分だったが吐いた時も最高の気分だ。こんな爽快な吐きは妊娠9ヶ月間なかったに違いない。こんなに気持ちがいい!あぁ、吐けてなんて幸せなの!!!気持ちいーい!!!「ごめん!!!」ナース達に叫んだが、もちろんこんなこと日常茶飯事なのだろう、皆「大丈夫、気にしちゃ駄目!」と励ましてくれて私は最高の気分で全てを吐き終えた。しかし、痛みは消えるどころか激しくなるばかり、そしていきみたくなる圧迫、我慢する苦しみ、どんどん気が狂っていく。何回も何回も痛みと我慢、そして陣痛が薄くなる間でさえも痛くてしょうがなくなって「もうやだぁ~!死んじゃうよ~っ!いやぁ~!痛い~っ!!!」ナース達が日本語を理解しないのもお構いなしに自分の言葉で泣きながら叫んで、叫んで、叫んで、叫んで、叫んで、それでもまだ痛みを耐えなければいけなくて耐えられなくて「もういいっ!麻酔打ってくれーぇーっ!!!」と私は狂って叫んだ。今まで頑固に「いいっ!いらないっ!」と言っていたのに突然「麻酔打ってくれぇっ!」になったのでノリノリは戸惑っていたが私はノリノリの手をつかんで「もういい、ほんと、もうだめ、麻酔打って、打ってって頼んで、もう駄目なの!!!」と泣きながら叫び、ようやく本気だということに気付いてもらった。そう決めたとほぼ同時期に主治医のドクターがやってきた。丁度別室で緊急事態発生、帝王切開を手がけていたらしく、私の陣痛の状態をナースから聞いて慌ててやってきた。私はもうどうでもよくてとにかく早く無痛にしてもらいたい一心でこの圧迫感のある陣痛を乗り越えていた。早く、早く、早くしてくれ、もう耐えられない!ドクターは落ち着いて私の子宮口を調べると「もう10センチ開いてるわね。」と言った。私はもうどうでもよかった、とにかく痛みを消してくれ、もうそれだけで耐えつづけていた。破水していた状況も相まって、ベイビーよりも先に血の塊が子宮から出てきたのをドクター達は発見して「この事態で何か失敗したら帝王切開になるかもしれないわ。痛み止め打った方がよいと思う。」と私に提案した。私はもう何でもよいから痛みを消して欲しかったがその「帝王切開になるかも」と聞いたらなおさら(こんな長い間痛みに耐えてきたのに、帝王切開なんて嫌じゃー、やめてくれー、なんでもいいから楽にしてくれーっ!)という気持ちで一杯になって泣きながら「もういいからどうにでもしれくれぇ~~~っ!」と叫んでいた。そうと決めた途端、麻酔士が現れてあれよあれよと言う間に背中に麻酔を打った。その途端、すっと痛みが消えて眠気がやって来た。陣痛と共にあったいきみたくなるような下半身の圧迫はそれでも感じつづけていたが、それに痛みを伴わない分我慢もしやすくて、ノリノリに「ごめん、眠くてうとうとするけど一緒にいてね…」とうめきながら私はいつのまにか寝ていた。午後2時頃だった。ドクター達は「じゃ、これで少々休んで力を貯めてからいきみ始めましょうね。」と部屋を去っていった。→→→→続く→→→→
August 19, 2004
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今週は一体どのくらい壁腕立て伏せや階段の昇り降りをしたんだろう。まゆみちゃんが「花のつぼみが開く瞬間を想像すると子宮が早く開くようになる」と言っていたので自分の記憶にある限りの花を頭の中で咲かせた。もう、思いつく花がなくなるくらい、何百本の花を咲かせたと思う。日曜の朝は父親に申し訳ない気持ちで一杯だった。しかし父は「あのね、お父さんは自分の子供の出産の時一回も立ち会ったことないんだよ。孫の出産に立ち会えるわけがないじゃないか。全然気にしてないから。」と笑って悲しそうな顔をした私を励ました。母も父が出産の日にゴルフに行ったり、放って置かれたりした事を思い出して「そうよ、気にしないほうがいいわ。一回立ち会わないといつまでも立ち会えないものなのよ~。」と笑っていた。日本で仕事漬けで何十年も休む間もなく働いていた父は、今回の一週間の訪問をゆっくり過ごしていて実にリラックスして喜んでいた。毎日、産まれるのを何もしないで待つのも辛いので開き直ってあちらこちら近場を観光に連れて行ったり、家に帰ってゆっくり寝たりして彼いわく、何十年分もの睡眠を今週取った、などと笑っていてまぁ、それなりにいいのかもしれない、と思うようになった。産まれなさそうだったのでノリノリは出勤し、親子3人でゆっくり毎日を過ごしていた。そんなのも随分と久しぶりだったのではないだろうか。しかし父に初孫を見せたいがためにそうやって何日も運動していたので、私の体には毎日弱い陣痛が来ていた。いつも今度こそは本当の陣痛がきたか?とどきどきしながら時間が経つとその痛みは消えていたりしていたが、彼が帰るその日曜日の朝の陣痛はいつもより少々強い痛みだった。朝食を食べ終わりトイレに行くと、なんと「おしるし」とか多分呼ばれる血があそこから出てきていて、うわ、今日かもしれない、とちょっとどきどきする。しかし、病院には「しゃべれないような、歩けないような痛みが5分間隔になってきたら電話をするように」と言われていて、その時点での痛みは確かに痛かったが話せるし歩ける痛みだったので朝の6時半には父を空港に送るため、あまり気にしないで外に出た。チケッティングとセキュリティー検査を済ますと、父は「きっとお父さんが帰ったら産まれるよ…」と言いながらゲートのかなたに去っていった。今回会ったのは1年数ヶ月ぶりだったが、次会うのも多分一年以上後で、ゆーゆーが産まれても会えるのは随分成長してからなんだなぁ、とちょっと淋しく思った。それよりもなによりも、これから一ヶ月父とは会えない母がとても淋しそうな顔をしていて、空港にいたおじさんがやってきてなぜか彼女のことを一生懸命励ました。そんな悲しそうな顔をしていたのに、母親は最愛の旦那が去ると「じゃ、日曜の今日、産まれなかったらフォーシーズンズホテルでおいしいご飯を食べよう!」とこれまた開き直ってうきうきしていた。私も、いけたらいいなぁ?と思っていた。が、父が言い残した通りなのかどうなのか、空港をでた直後、なんだか今まで本当かうそかよく分からなかった痛みがなんとなく「こ、これはやばいかも…」と思うような痛さになってきた。家に帰ってトイレに入ると、また新たに血の跡が出てきていた。今まで「しゃべれないような痛み」っていうのがどんなのか分からなかったのだがその時来ていた痛みは、こう、じわじわっ、とやってきてやってくると体が締め付けられるような息がとまってしまうような痛さだった。時計を見ていると7分間隔ぐらいでやってきていて、痛みがやってくる度じわっと冷や汗をかいてそれに耐えようと体が固まってしまう。多分今日産まれそうだからそろそろ病院に行く用意をして、母とノリノリにと慌てて頼んだ。ついに、ついに、ゆーゆーと会える日がやって来たんだ、と冷や汗混じりに確信した。しかも、父が帰った直後。うれしいんだか、悲しいんだかさっぱり分からないがそんなこと関係なくただ一つ変わらないのは、めっちゃめちゃ痛いんだけどー!っていうことぐらいか。そうやって思っていられる分、余裕なのかもしれないしまだ本格的じゃないのかもしれないがとにかく、父がいたところで父はどうやって何時間も待合室で待っているんだろう?というのが私の常日頃の疑問だったので、余計な心配の種が消えてそれはそれでいいのかも、なんてぼやーっと考えていた。なんとなく5分おきに陣痛が来てるかな、と思った時点で病院に連絡をした。どんなに痛くてもあまり早く連絡して家に返されたら困るのでそれでもできるだけ我慢した。日曜日を担当しているドクターなんてろくなやつがいないかもしれない、とどきどきしていたがなんと電話をかけなおしてきたドクターは私の主治医で「取り合えずじゃぁ病院に来なさい」と言ってもらえた。私達は入院の荷物など一式持って慌てて病院に向かった。***午前9時頃病院に入ると、早速部屋に寝かされて今まで受けていたNST(ノンストレステスト)と同じ機械をお腹につけて、心拍と胎動とお腹の針をチェックされた。ゆーゆーは起きているらしく心拍もそれなりに高く、陣痛もきちんときている。ノリノリは機械からでてくる山グラフを見て「あ、今陣痛来てるんだね」と私の渋い顔を見ながら手を握ってくれる。陣痛が来ない時は余裕で話していたが、痛みが来ると下腹部が10倍ぐらいに腫れているような激しい痛みに耐える為に思わず声が詰まる。呼吸法などをやってみるがあまり痛みが消えている気がしないし、音楽も耳に入らなくなってくる。優しいナース達が出迎えてくれて「大丈夫、きっとこのまま産まれるわ!」とか「自然でするの?!じゃー、XXっていうピルを飲めばなんとか越せるから頑張って!」とか「ほんとに無痛でなくていいの?!」とか色々話し掛けてくれて、痛みの波が時折やってくる中、気持ちを朗らかにさせてくれる。しばらくして研修医のドクターがやってきて子宮の開き具合を調べた。「うーん、まだ5センチね。」と言われる。「それってどういうことですか?」と聞くと、「初産だから大体一時間に1センチづつ開くので、この感じだと10センチまで後5時間、押す(いきむ)のに多くて2時間はかかるから産まれるのは7時間後ぐらいかしら。しかも、陣痛は6-7分間隔ね。」と答える。いいじゃないの!私は5分置きに感じたんだから!と心で思っていたがその時々来る痛みにそんなことを言い返す元気もなく、そうですか、と答える。「自然で産むのよね。」「はい。」「じゃー、このまま5時間もここで待っているのは辛いから一旦帰ってあと2時間後ぐらいに病院に戻ってきなさいよ。」「え!帰るんですか?!」と、驚いては見たものの、こんなお腹に機械をつけてろくにトイレにもいけない状態で子宮口が開くまで5時間も待っているのは確かに辛いかも、と考え直す。私が思うようにすればいいとノリノリも母も言ったので、好きなだけトイレに行けるのがメリットだなぁー、とだけ考えて、この痛みに耐えて一旦帰宅することに決めた。数時間後、この痛みに耐えてどうやってこの病院に戻ってこれるのか疑問だが、そうドクターに言われるってことはできないわけじゃないのだろうからま、なんとかなるだろう…。ゆっくり、ゆっくり、下半身の破裂しそうな痛みと戦いながら駐車場まで歩いて車に乗り込んで家に向かった。家に帰る車の中で痛みの山を昇り降りしながらノリノリと母とわいわいしゃべっていた。入院荷物の中に入れたバニラクッキーが無性に食べたくなって、家に帰ったらあれを開けて食べるから、となぜか私は宣言した。痛みで頭がもうろうとしているせいかそのクッキーが最高に食べたい、と思うことで家に帰る気力を保っているようなものだった。そして家の前に車を止めようとしたその瞬間、お腹のゆーゆーが「ばこっ!」と膀胱の下辺りをパンチして、陣痛とは違う、内蔵をつねられたような変な痛みが走った。痛たたた…!痛いよぉ~。半泣きで車を出ると、股から血の混じった水がちょろちょろと流れ出てきたのだった。は、破水だー!股からでてくる水は自分の意志で止められるわけでなく、無意識におもらしでもしているかのようにちょろちょろと出てくる。そのまま病院に帰りたいところだが、病院に帰るにはまず電話をして、ドクターから電話がかけ直されてきてそれで初めて病院に戻れるのだ。焦ってもしょうがないのでゆっくりとできるだけ体を動かさないように、ノリノリに「あのバニラクッキーだけは必ず持ってきて!!!」と叫んで家に戻る。とにかく床にバスタオルを引いて股にバスタオルを挟んで横になる。陣痛の波はそれでも何回も何回も押し寄せてくる。冷や汗をかきながらノリノリに病院に電話をしてもらって、渡されたバニラクッキーを貪るように食べた。あぁ、なんておいしいの!これが食べたかったのよ!幸せだーっ!息が止まるように痛いけど、なぜかバニラクッキーで陣痛を乗り越えている私。うまい、うまい、うまい。私がクッキーを食べまくってる間に、ドクターから電話が来てノリノリは今の状況を伝え、とにかくまた病院に戻るように言われる。しっかりクッキーを手にして車に乗り込む私とノリノリと母。病院を出て30分ほどしか経っていない、10時45分頃にまた同じ場所に着くと、さっきの看護婦が「おかえりなさーい!」と出迎える。痛みの波は何度も来てるけど、なぜかハイな私は「いい運動だったわっ!」と皆を笑わせる。痛いときは泣き顔なのに、口がやたらまわる。同じ部屋に通されてもう一度子宮口を調べると既に7センチ開いている、とさっきの研修医が言った。破水して一気に広がったみたいだ。痛みの波はもっと強くなり、痛みが来るごとに下半身が破裂しそうになり今まで「うぅ・・・」とか「あ゛・・・」だったうめき声が「いったたたった・・・」「う゛ぎーっ」などと変わっていく。痛みがくるとノリノリの手を強く握って、ノリノリを見てしまう。ノリノリはそんな私を見てどうしようもなくて、強く手を握り返して「大丈夫…大丈夫だよ…」と真剣に私のことを見てくれている。そうやって何回も、何回も痛みと戦い続けていると、ナースがやってきてじゃ、部屋を移動します、と言う。わ、この部屋じゃないんだ・・・。ベットで運んでくれるのかと思いきや、自分で別の部屋に歩かされる。歩けない痛みなのに…。→→→→続く→→→→
August 18, 2004
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フランス料理を食べ終わって、次の日になっても陣痛は来なかった。あんまり来ないのでだんだん悲しくなってきて、取り合えずノリノリの提案でフィラデルフィア美術館の階段で一時間、長い階段を昇り降りしてみた。映画ロッキーでロッキーがあそこの階段を上ってトレーニングをして、ガッツポーズをする場所だ。あそこで同じようにトレーニングする妊婦はきっとなかなかいないかもしれない。ロッキーが昇り降りした階段。階段を昇り終えるとロッキーの足型が実は残ってる。でも、その夜になっても陣痛は来ず、予定日が来た。朝、しぶしぶ検診に向かう。先週が最後だと思ったのに…。ベイビーが順調に大きくなり誘発剤をうたないことになったので、ドクターはとっても喜んでいた。私もうれしいが、親の為にはそれをうたれてもよかったのだ。そうすれば間違いなく父はゆーゆーを見て帰ることが出来たのだから。とにかく、うたない、ということは自分でなんとかするしかないんだ、と思ってしまった。やりたい事を全部終えた今、私の仕事は産むことだけ。こうなったら、執念だ!エクセサイズを思う存分再開していいとドクターからオッケーが出たので、もう頑張るしかない。予定日はそういうわけで陣痛が来ないまま過ぎていくが、アパートの地下へと続く階段をかけ昇り降りを沢山し、ネットの情報で腕立て伏せみたいな、お腹に圧力をかける運動がいいだの、早めに歩くのがいいだのあったのでやるだけやりまくっていた。まゆみちゃんは床拭きがいい、というので家の床拭きもした。何度も何度も壁を使って腕立て伏せをしているとそのうち運動を止めても、弱いけれども下痢のような、でも下痢ではない痛みがやってきていて、しばらくするとまた止まって、そしてまたやってくるようになった。痛みと共になぜか吐き気がくる。アメリカ東海岸時間で12日の夜中午前1時30頃の今は、痛いけど思ってたほど痛くない。きっと産まれる時はもっと痛いのだろうが、ちょっとよく分からない。でも10分ごとぐらいにこの下痢タイプの痛みがきていることは感じるし、なんせお腹が張りに張りまくってはちきれそうに固い。5分ごとになったら病院に連絡しろ、となっているのでもう少し様子を見ようと思う。しかしなー、なんだ、この痛み、思ってたより痛くないんだよぉ。でも、9-10分ごとなんだ。多分、陣痛だ、とは思う。ゆーゆーにはもう安心してでておいで、会えるの楽しみだよ~、と言ってある。結構余裕でネットをアップできるのはそんなに痛くないからなわけで、もしかして気のせいなのかもしれないな。これで今日産まれなかったら笑えるけど、どちらにしても近いのでまぁ、気長に運動して頑張ろうと思う。一応ネットの情報では痛みは人それぞれ、と言うので時間を計って気長な気持ちでいこう。伸ばしに伸ばしてまだ産まれてなくて、読んでる皆さん、ごめんなさい。レスをする心の余裕がないけれど、皆さんの応援、本当に励みになってます。頑張るぞぉ!そんなわけで、最新情報でした。産まれますように…(最終ミッションを思って、遠い目)
August 12, 2004
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こんばんわ!只今アメリカ東海岸時間夜10時30分、みんみんパイの妊婦期間のミッションは全て遂行されました。昨夜、両親を無事フィラデルフィアに迎え、今晩、全米で5本の指に入るレストランLe Bec Finで最高級のフランス料理を堪能してきました。さ、後は父親が帰国するまでにゆーゆーを産むだけ!今日のノンストレステストとその後の超音波の検査の結果、「おなかが小さい」と言われてきた私のお腹に入っているゆーゆーはなんと!3008グラムまで成長していたことが判明致しました。3週間前に2270グラムだったから…約800グラムの成長です。日本では臨月に大きくなるのが普通だけれどもアメリカではあんまりそれは一般的でないことらしく、ドクターは信じられない、を連発していました。まぁ、寝て食べて寝ての生活だったので当然だとは思うんだけど。それで、誘発剤のオプションは却下になりました。自力で産みたい日に自然に産むしかない!病院に入ると2泊3日で入院なのでこれから陣痛が来たらしばらくアップデートできないのだけれども、事後きちんと報告致します。速報を知りたければ、多分祐さんのページにアップデートしてもらえるかも?と思ってます。気持ち的にはもう少ししたら陣痛が始まると思っているので、シャワーを浴びたりしてすっきりしておこうと思います。こう、4月頃からゆーゆーが産まれるまでにやっておきたいことをリストアップしていて、それが全て完了したのでこの上ない達成感で幸せ一杯です。あぁ、なんてすがすがしいの!料理を食べながらもう幸せ一杯で、帰ってきてもうきうきしています。今、陣痛がやってきてもこの上ない達成感で乗り越えられること間違いなし!楽しみになってきました。(って、いってる場合では無くなるんだろうが…)それでは皆さん、楽しいお盆休みをお過ごしください。アメリカの皆さんも楽しい一週間を。はやる気持ちを抑えて、みんみんパイは安産をしてきます。(多分)帰ってきた暁には、どうぞ新コーナー、ゆーゆーの写真館にもお立ち寄りください。(開設中)そして私の自慢話にもまたお付き合いください。それでは、しばしの間、ごきげんよう!!!(多分)
August 10, 2004
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とある、最近結婚した私よりちょっと年下ぐらいのカップルがいる。アメリカで暮らしている日本人にはいろいろな人々がいるが、私がよく会うのは「日本に帰りたくないからだらだら生活している日本人」だったりする。日本食のレストラン系で働いている人々でプロの職人として、一生懸命働いている人は本当に数が少ないと思う。日本人寿司職人の大半が留学生の成り上がりで、だらだら学生生活を送ったあげく結局学校を卒業できず、そのまま寿司職人としてグリーンカードを取ってしまった人が多いのではないだろうか。ウエイトレスでもそんな日本人が山ほどいる。何にも考えず在米中に国際結婚を取り合えずして、結局離婚して、学校も中退しちゃって取りえがないからそのままウエイトレス。お給料もいいので止められない。そのカップルは典型的なそういうレストランでなぁなぁ系の二人組みだ。旦那は日本食屋を転々とし、寿司職人として働いてようやくグリーンカード取得プロセスのまん中ぐらいまで辿りついた。(グリーンカードを職人として取るには大体4-5年かかる)職場を変えたら、グリーンカードプロセスがますます遅くなるのに、無計画だから平気で転々とする。奥さんのほうは語学学校を中退して、そのままI-94や学生ビザが切れて不法滞在になった。レストランでぼちぼちウエイトレスとして働きながら、不法滞在がやばいのでグリーンカードの申請にリーチがかかっている彼氏と結婚したわけだ。まぁ、二人とも人間的には性格も曲がってなくて、お似合いのカップルなんだけど。突然だから、親にも紹介しないで結婚したらしい。と、いうわけでなぁなぁと暮らしてきた彼らはそういう身なので「健康保険」というアメリカで暮らすのにもっとも重要なものに加入していない。きちんと就職をすると保険に入れるわけだが、大した努力も就職活動もしていないわけで当然保険はない。保険にはいると、月々10万円位かかるのでもちろん入りたくない。彼らは先月会った時、私の産婦人科費用はどこから出てるのか聞いてきた。もちろん、職場から出てるんだよ、と答えた。***おととい電話が来て、彼女が妊娠した、とのほほんと言ってきた。おめでとう、とは言った。彼が子供好きで欲しいのはよく知っていた。保険はどうするの?って聞くとその旦那は、保険がこんなに重要な物なんて今まで知らなかった、と言った。あのさ、産むのはできると思うよ、病院行かなくても…、彼女若いしボランティアで出産を助けてるとこもあるけどさ。でも、考えてごらんよ。それで産んでも、子供に何かあったらどうするの?保険入ってないと高くて病院いけないんだよ。えぇ…。お金の話したくないけど、アメリカで生きるってそういうことでしょう。旦那の君がしっかりしないと産んでからがもっと大変なんだよ。フルタイムで正式に働いてるの君なんだから、ちゃんと社長と交渉するとかなんとかして保険は入らないと大変だよ。知ってる、夫婦で保険だと大体月800ドル、家族だと1100ドルぐらいはするんだよ。知りませんでした…。奥さん、体辛くなるだろうけど私もぎりぎりまで働いたんだよ、できるんだから。ちょっとだけじゃなくてきちんと働いた方がいいよ。とにかくお金だけは確保しておかないとね。はい・・。駄目な時は自費で病院に行こうと思ってるんですけど…。高いんですよね…。100万ぐらいかかるんですよね。あのね、100万で検査してもらえる事なんてほんのちょっとだよ。とにかく、産む事はどうにでもなるんだって。問題はその後だから。奥さんの体調については色々アドバイスはできるけどさ、もっと先のこと考えなよ。こんな感じの会話をした。日本で日本人として暮らすなら何も心配することはないだろうし、そんなどうやって生きるか気にして生きる必要なんてなかったけれどここは違う国だ。そこできちんと認められて、一市民として生きるのであればそれなりの知識と努力は必要だ。ノリノリも私もそのくらいの努力はしてきたし、それにあわせて社会のシステムを学んできたし、親に頼らなくていいように必死で働いてきた。ベイビーだって、感情はともかくお互いが大丈夫、と生活に自信がつくまで、作ることにきちんとけじめをつけてきたことも確かだ。私は彼らを人間としては決して嫌いではないけれど、無計画でなんとかなるだろう、的に生きている姿を見ているといつもがっかりする。実際、そんなのは彼らだけじゃなくても沢山いて、私は今まで色んな相談を受けたりした。そしてその度、親身になってアドバイスしたけれど、そういう状況に結局なっちゃう人っていうのはどれだけアドバイスしても頑張りきれない、自分に甘い人が大半だ。粗方のアドバイスを終えると、じゃ、もっとお経をあげて頑張ります、と答えが返ってきた。それで成果がでるなら頑張って欲しいと思う。就職相談を他の人から受けたときもあったけど、結局それから就職活動自体はその人は頑張れなくてだらだらして、お経を半年ほどあげてコネで就職を見つけた。その人がまた他の誰かに私を紹介して、私はまた就職の相談をしてあげたけど、いいかな、その人はお経でコネを得たことになっていて大した努力をしていないから自分で相談にのれず、結局私に就職相談が周って来るわけだ。人の生き方には色々あるし好みも運もあるからあんまりぐちぐち言いたくないけれど。産まれてくるベイビーは親を選べないから、今回ぐらいは真剣に生きてくれ。ベイビーの為に。
August 8, 2004
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ゆーゆーが産まれてくる希望の日まであと4日と迫ってきた。9ヶ月あったのに、あと4日だ。信じられない、というか、どきどきする、というか、ついに会える喜び、未知の痛さへの恐怖、全ての結果をもう数日で経験してしまうんだと思うとなんともいえない興奮状態になる。普段、人生の変わり目っていうのは徐々に訪れて、時間が経ちやがて、あ、あの時は変わり目だった、と思うことが多いけれど、日付が頭で分かっている今回はなんというか身構えてもしょうがないけど待たずにはいられない、そして避けられないという使命感が差し迫っている身動きできない状態だ。今私にできるのは、希望の日までに産まれないようひたすら寝ているだけ…。昨日の検診でドクターに「子宮頸が3センチ降りてますねー」と言われた。ゆーゆーはまだまだおなかで暴れているものの、体は完全にスタンバイ状態だ。これだけ体が準備していても産まれる日は予測できないと言われているので、あまり激しく歩いたり走ったりしなければ来週まで持ち越せるんだろう、と信じている。もう何ヶ月もゆーゆーに8月のX日に産まれてくるように、と言ってきたし、最近は体の準備度が早くて焦ったので「とにかく両親が来て、次の日のフランス料理を堪能したらもうでてきていいから、それまでおなかの中で大きく育つんだよ~」と予定日よりも一日繰り上げてもいい、とゆーゆーにそれとなく伝えてきた。おなかから出てきたら、もう戻れないし…早く会いたいけど、生涯で一番幸せな時間かもしれないから十分楽しむように…、産まれる直前のゆーゆーに一生懸命言い聞かせてるとこだ。そして、私もゆーゆーが出てきたらゆーゆーをおなかに感じて楽しむ事ももうなくなる。それもとても淋しく思うだろうから、残りの時間、ゆーゆーの胎動をじっくり楽しんでいたいと思う。足の付け根、骨盤の痛み、背中の痛み、今週の頭から比べれば随分減って歩けるぐらいにはなったがまだまだ痛い。しかしドクターによると、それは全く普通で、しかもそうやって広がり下がってきたおかげで、もし予定日の次の日に誘発剤を打つことになったとしても充分安定して産まれてくるだろう、と言われた。私としてはちょっとそれはうれしい。初産だと産まれるまで全く降りなくて大変な思いをする人もいるわけで、それで誘発剤を打つと大変な痛みを伴ったりするわけで、いや、痛いのには変わりないけれど、下がってきている分きっと時間的には苦しみは低いんだろう、と思う。(信じてる…)次の検診は来週の水曜日だ。私の予想では早くて月曜の晩御飯の直後、または翌日の火曜日のうちから陣痛が来るだろう、と思っているのでもう次の検診はないだろう。これはあくまでも自分の予想だけれども、現実にそれが起こるのなら出産はもしかして殆んど自分の意志でコントロールできるのかもしれない。皆さんにもおもしろい現実の例として参考になるかな。月曜の夜、というと日本では火曜日の朝だから、それ以降に私がのほほんと足跡を残していたら、なんだー、産まれてないじゃん、ぐらいに思って下さい…、どちらにしても差し迫ってるのは間違いないのだけれども。NST(ノンストレステスト)も昨日受けた。Xデーが迫っているのでテストの後もう一度超音波で羊水の検査を受ける。(普通週一回で月曜日だけやっていた)ゆーゆーは良好、羊水も良好。ゆーゆーは毎回顔を手で隠しているのだが、なんと今回は初めて手を胸に置いていた。あと4日で会えると言うのに、初めての画面でのご対面だ。か、かわいいよ、ゆーゆー…!意外に目鼻立ちはパッチリしてるかな。ま、私もノリノリもはっきりした顔立ちなので当然かしら…親としてはもう何でもかわいく、特別に見えるものである。超音波写真なんて、結局白黒のなんだかよく分からない影を写しているだけのものなのにやっぱりベイビーは特別に見えるんだ。次の月曜日は夕食のフランス料理を控えているので、日中は空けてある。NSTは月曜にもう一回やるので親も連れて行って、超音波で羊水の検査もするだろうから一緒に病院の様子を見ることができるだろう。9ヶ月の間、私が経験してきたことを親と共有する機会は全くなかったわけだからちょっといい機会だし、心と身体的にノリノリに沢山支えられてきたけれどJanに貰った妊娠についての本を読みながら殆んど一人で実際にドクター達と交渉したり話を聞いたりしてきた私の姿を見せられるのは、それなりに親孝行じゃないのかな、なんて思ってる。
August 7, 2004
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さてさて、大幅にデザインの枠が変えられるようになりました。皆さんいかがお過ごしでしょうか。使えないタグが増えるの耐えられませんね。スクロールぐらい、使わせておくれー!トップページのこの幅の融通の利かなさ、どうなってるの?しかもこの文字の小ささ、困ってる人沢山いるに違いありません。しょうがないけど、ちょっと計画が甘い…楽天さん…頑張ってくださいよー。私のページもなんとかここまで持ち直しました。一時期はどうなっちゃうかと思った…足の付け根は痛くてしょうがないけど昨日よりましです。ベットから動かないで、寝転んでパソコンしたりぐうたらな時間を過ごしています。沢山日記の更新が行ったでしょう、すみません。現在日記をカテゴリー別に分けて、楽天さんがめちゃめちゃにしたフォントの設定を直しているところです。まだ去年の日記分しか終わっていないので、これからも沢山古い日記が更新されますが、どうぞお許しください!それでは、また近いうちに…。
August 4, 2004
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今日から足の付け根の側の膣に近い骨がかなり痛くなって、ほとんど歩けなくなった。先週から痛かったけど、もっと痛くなった。かなり近いかもしれない。でも親が来て、産まれて欲しい希望の時間まであと一週間と一日ある。どのくらい耐えられるのかわからないけど、水曜に検診、木曜にまたNSTテストがあって私はひとりで車にのって病院に行かなければいけない。そこまでたどり着けるのかも今のとこ自信がない。華氏911のこと、日本にあるアメリカの大学で経験したことの日記を書いていたけれど、それがアップできるか分からないかも。産まれてこないよう、しばらく寝てようと思う。
August 3, 2004
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