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平原綾香の音楽を聴きながら奈良の道を歩いていた。 40女が行き先もなくうろうろしている姿は傍から見てきっと不気味なものであったろう。 この季節の奈良は、外国人観光客かいかにも「ハイキング」します熟年男女にあふれかえっている。 そんな中で普段着で何をすることもなく歩いている私は浮いていた。 奈良は本当はあんまり行きたくない場所だった。 なぜなら思い出がいっぱい詰まった場所だったから。 なんでもないような場所に残像はくっきりよみがえってくる。 信号待ちの交差点 ・・・喧嘩しながら「じゃ、私もう帰る!」と踵を返した場所。 奈良公園の桜の樹の下 ・・・少し寒い日の午後ひっそりとお弁当をつついた場所。 春日大社の神苑 ・・・蓮の花になぜだか命を感じるねと話した場所。 いまさら残像を蘇らせたとしてもどうしようもないことないのだけれど・・・ でもどうしてまた奈良へ行こうと思い立ったのだろう きっと私の中にあるあの時間がまだ止まっているからなのだろう あの時間の私はまだ若い 現実の私がどんどん年を取っていくのに記憶の中の私はあのころのままで
2007/07/31

あなたを探していたあなたを待っていたあなたの手が夢から現実に変わるまで
2007/07/31

目が覚めた時妙に体が重かった。頭も痛い。辺りは日が暮れたらしく真っ暗だった。さっき少し食べすぎたからだろうかと考えながらノロノロと部屋の明かりのスイッチを手探りで探した。スイッチをつけた‥しかしつかない。何度もパチパチとやってみる。つかない。ブレーカーが飛んだのかな・・とため息をつきながらゆっくりと起き上がった。ブレーカーは1階の玄関脇にある。とりあえずブレーカーを上げてこよう、そう思い階下へ降りようと階段を降りていった。ブレーカーのスイッチを上げると消えていた電灯は点火した。ほっとして、部屋に戻ろうとした。その時。階段を降りた横の部屋の明かりがついているのに気がついた。誰かがひそひそと話をしている。誰か男の人の声だ。聞き覚えのない声と、どこかで聞いたような声とが話をしていた。私は確かめようと思って、半開きになっているドアのノブに手をかけた。その時ふと下を見てギョッとなった。誰かの血まみれの足が転がっていたのだ。私は心臓が早鐘のように鳴った。これは‥。きっとあの二人は殺人鬼に違いない‥。私は怖くなって家から飛び出そうとした。しかし玄関は鍵がかかっていて出られない。二階から屋根伝いに逃げようと思い、そっと足音をたてないように二階へ上がろうとした。ところが・・。後一歩で階段を上がりきろうというところで木の階段が、「キィー」っと鳴ってしまったのだ。私は心臓が縮み上がった。・・聞こえてしまっただろうか・・。階下で声がする。「おい、二階にも誰かいるのか?」私は生きた心地がしなかった。男たちが階段を登ってくる音がする。殺される!切羽詰って焦った私は勢いよく窓ガラスを開けると屋根に飛び移った。二階へ駆け上ってきた男たちと目が合ってしまう。「やはり、いたぞ!」男たちが追いかけてくる。私は無我夢中だった。なんとしてでも逃げなければ!しかし男たちの足は早かった。みるみるうちに距離が縮められていく。助けて‥!そう思った瞬間腕を掴まれた。ものすごい力だった。組伏せられ髪の毛を鷲掴みにされた。抵抗したがビクともしなかった。男の一人が大きな鎌のようなものを持ってきた。これで殺されてしまうんだ‥薄れゆく意識の中でそう思った。鎌で首をはねられてしまうのか・・。銀の刃が眩しく光った。コロサレテシマッタ真っ暗だった視界がぼんやりと明るくなってきた。ん?私は生きている?ぼんやりとぼやけていたものが、次第に輪郭を整え始めはっきり分かるようになってきた。天井だ。真っ白な天井にいくつかの電灯がついている。「わかりますか?」私に問いかける声が聞こえた。白衣を着たナースだった。私は瞬きをしながら小さく頷いてみせた。「先生、意識が戻りましたよ」横のベッドで他の患者を見ていた医者が振り返る。顔を見た瞬間凍りついた。あの男だ!私は悲鳴にならない悲鳴をあげた。私を殺した男だ!しかし医者と呼ばれた男は私にニコッと微笑んだ。「目が覚めましたね、執刀は僕がさせていただきました。詳しくは主治医から話があるでしょうが・・。手術は無事成功しましたよ。」手術!?男‥医者は続けた。「始めに抗ガン剤でガン細胞を動きにくい状態にしていましたからねぇ。病巣はきれいにとれましたよ。あと‥少し離れたところにも一カ所転移がありましたのでね、切除させてもらいましたよ。」この男は医者だったのか‥。では私が殺されたというのは?私は私の中のガン細胞を切り取ってもらったのか。殺されたのは、ガン細胞の方だったのか‥。私は‥。あちこち切り刻まれて痛む体を少し動かした。‥生きている。私は殺されていくガン細胞になった夢を見たのか‥。いや‥殺されていくガン細胞の怨念が宿主である私の脳に焼きついたのか。ガンが私なのか。私は私なのか。今こうしているのは現実?殺されたのが夢?いや、それとも‥。殺されたのが現実で、今こうしているのが夢?ボンヤリとした頭でそんなことを考えていたら、急に眠たくなってきた。もう一眠りしよう。目が覚めたら何が本当かが分かるだろうに違いない。そして眠りに落ちた・・・。
2007/07/31

彼女と付き合ってはや1年半になる。 彼女は、アルツハイマー型痴呆で今年85歳になる。 初めは妄想がひどく不穏状態で暴れたりもした。 しかし抗精神薬の作用が徐々に効いてきて、今ではすっかりおとなしくなってしまった。 それは薬のせいだけではなく、病気が進行してきたせいもあるのかもしれない。 人は経験したことを記憶の一部にとどめておくことができる。 或いは、理性的に物事を思考したり、推測したりして判断を下すことができる。 アルツハイマーというのは「知性」が段々と失われていく病気である。 経験、学習に基づく記憶が脱落していく。 そう。 忘れていくのである。 何もかも。 脳に定着の浅いものから、記憶の新しいものから抜け落ちていく。 しかも・・・。 その「忘れゆく自分」を本人は「自覚」してしまうのである。 「思い出せない」という恐怖。 「忘れていくんだろう」という不安。 記憶の引き出しが無造作に引き出され、 中のものは、見ている間に外へ散らばっていく。 楽しい思い出も。 嬉しい思い出も。 愛した人の名前も。 喜んだことでさえも・・・。 みんなみんな消えていく。 これまで住み慣れたところが、一夜にして見知らぬところへ。 これまで親しかった人が、違和感感じる人に。 見知らぬ国へ一人取り残されてしまったような。 分からない言葉で。 理解できない動作で。 最後まで残るのは「感情」である。 しかしその感情も、自分が取り残されたような恐怖感や不安感、或いは孤独感しか感じられないような状況下であるとしたなら・・・。 それは哀しいことでしかありえないのである。 しのぶさんは、ずっと徘徊をしていた。 「帰りたいんです。」と叫び続けていた。 あちこちのドアを叩きまくり、開かないと足で蹴ったりもした。 「帰るためのお金を盗まれてしまった。」 人のかばんを見るとその中のものを持ち帰ったりもした。 しのぶさんは帰りたがっていた。 どこに? 「家」に帰りたがっていた。 そう、でもそれは実際の家ではなく自分の居場所である「家」のことに他ならなかった。 「どこか分からない」 「何を喋っているのかわからない」 「どこの誰だかわからない」 そんな見知らぬ場所から、自分の知っている場所・・落ち着ける場所に帰りたがっていたのかもしれない。 彼女に顔を覚えてもらうのに1年近くかかった。 薬がききすぎて一時期体が硬直して動けなくなってしまったときもあった(パーキンソン症状といって筋肉がこわばり円滑に動けなくなる副作用がある)。 「しのぶさん、おはよう」 「しのぶさん、こんにちは」 「しのぶさん、こんばんは」 「しのぶさん、お風呂?」 「しのぶさん、ご飯?」 「しのぶさん」 「しのぶさん」 ・・・・。 無表情な彼女の顔もずっと関わっていくうちに、微妙な変化があるというのに気がついた。 ほんの数ミリ口角が上がる。 ほんの数ミリ眉毛が落ちる。 それは本当に微妙で分かりにくいものではあるけれど、確実に存在していた。 いつからだろう。 私と目が合うと、僅か数ミリ口角を上げてくれるようになったのは。 いつからだろう。 一生懸命目で追いかけてきてくれるようになったのは。 ついこの間、私が帰り支度をしていると、後ろから誰かが私の服のすそを引っ張った。 振り返ると、しのぶさんが立っていた。 「どうしたん?」 私が尋ねるとしのぶさんは強くすそを引っ張りながら、こう言った。 「連れて行って。私も連れて行って。」 すがるような目をしていた。 私は、しのぶさんをぎゅっと抱きしめて、優しく背中を撫でながらと言った。 「連れて行ってあげたいなぁ」 「でもね、ここがしのぶさんのおうちなのよ」 「今日はここで泊まりなさい」 「明日必ず迎えにきてあげるからね」 一緒に部屋まで手をつないで上がり、ベッドに寝かせて彼女とよく歌う「おぼろ月夜」を歌った。 暫く横にいたが、少し彼女の気持ちもほぐれてきたのか、薬もきいてきたのか、穏やかな表情になったのでそっと部屋を後にした。 帰り道私も切なくなった。 月は静かに私を照らす。
2007/07/30

「今何時」 そう聞かれて 「ビーフ味」とか「ちょっとまってってって~」 そんな風に答えてしまう自分が空しい。 歩きながら 「私はかわいいタマゴメン~」 などと歌ってしまう自分がやるせない。 おやぢギャグを連発して 「はあ?」 廻りにそんな顔をされて 焦りながら笑う自分が哀しい。 おやぢな自分。 私は、いつのまに女を通り越しておやぢになってしまったのだろう。。。
2007/07/30

僕の心に魔法をかけて過去を置き去りにする勇気が出るような未来を諦めないでいられる希望が出るような
2007/07/29

友達から送られてきた手紙を私は読み返している。 筆圧の強い少し癖のある字が所狭しと並んでいる。 「これまでの人生、思い出したくもないことばかり。本当にイヤだった。だから過去を思い出すより自分は前だけを見て歩いていきたい。」 そう、書かれていた。 友達は今まで人と関わりあってきていやな思いばかりしたのだという。 仲良くしていたいと努力をしても相手から遠ざかられることが多くて関係は破綻するばかりだった、と。 些細なきっかけで友達になった私は、何通か手紙のやりとりをした。 人生に絶望したと書いてある手紙に、私は思った気持ちをそのまま書いたりした。 しんどい生活の中でささやかな喜びを感じたと書いてある手紙に、私は一緒になって喜んだりした。 何通かの数えるほどの手紙のやり取りだったが、いつも手紙を読むと相手の気持ちに触れたような気がして嬉しかったのを思い出している。 今私が読んでいるのは最後の手紙である。 「一番しんどいときに傍に居ってくれたやんか。本当に人が好きになれるということを気づかせてくれたやんか。もうやり残したことは何にもない。ほんとうにありがとう。 この手紙のやり取りが一番楽しかったよ。これまでの人生の中でね・・・。」 原発性胆汁酸肝硬変症。 肝機能低下が認められ肝移植の対象である・・・。 過去をかたくなに見つめるのを拒否し、未来だけを見る、と宣言していた友達は・・。 未来は・・・。 今貴方は・・どこをみつめているのだろうか。
2007/07/29

他人が言ったせりふを一字一句覚えている・・というのは善し悪しかもしれなくて曖昧に流せばいいことも、なぜだかその矛盾が気になって考え込んでしまうそんなことが嫌で気を紛らわすためにお酒を飲み始めた私を傷つけたくないがために優しい嘘をつく人がいた私はその人の言った言葉の矛盾に気が付いて疑心暗鬼にとらわれた結局私はその人を拒否してしまったのだけど言葉にとらわれてその人と培ってきた思い出さえも消してしまっていいものかどうか当時の私は許せなくて拒否してしまった今は昔どうしようもないのだけれど私は傲慢な人間なのだと思い出してはため息をついてしまう
2007/07/28

その男性が病院に運び込まれてきた時既に危ない状態に陥っていた。肝臓破裂による腹腔内出血。おなかが膨れ板のように硬くなっていく。見る見るうちに血圧が下がっていく。測れなくなる。脈も微弱になる。その男性は運び込まれて30分でお亡くなりになられた。享年40歳。まだまだやりたいことがあったに違いない。若すぎる死。死によって断ち切られた家族の絆。家族はただただ泣くしかなかった。亡くなった時父親に抱きついて号泣したのは背の高い息子さんだった。見るからに「ヤンキー」姿の、その彼の泣く姿に私は胸の詰まる思いがした。金髪に染められた髪が揺れてその合間から涙のしずくが見えた。「親父ぃ・・・。」体全体が細かく震えていた。救急隊員が医師に申し送りをしていた。事故の状況、経過。横で蘇生準備をしていた私は状況を聞いて胸が痛んだ。肝硬変で寝たっきりに近かった男性は、夜中になっても帰らない息子のことを案じていた。「あいつはまだ帰らんのか・・。」いつも妻にこぼしていたらしい。どうやら息子は暴走族に入っていたようだった。息子の部屋には酒ビンが転がり、缶ジュースの空き缶にそっと鼻を近づけるとツーんとした匂いがする。シンナーも吸っているらしかった。その日の夜、日が変わっても帰らぬ息子に業を煮やした男性は妻に言った。「連れて帰ってくる」そういい残して出かけて行ったらしい。大きな道路の一角。たくさんのバイクが止まっている。存在感をぎらぎらさせながら止めている。そこに男性は出て行ったらしい。たくさんの群衆の中息子の姿を見つけた男性は叫んだ。「おい、帰るぞ、こんなとこにおったらあかん」息子は鼻で笑った。「帰らねぇよ、ばぁか。」そんな押し問答をしているうちに仲間が「帰りたくねぇ、っていってんのにふざけた親父だな」そう言って男性を軽く突き飛ばしたらしい。男性はよろめき横にあったガードレールにおなかをぶつけた。「うぅ・・。」おなかを押さえ暫くすると顔色から血の気が引いていった。脂汗を流し苦しみ始めた。明らかにおかしくなった男性を見て息子は不安になった。「どうしたんだよ。」父は答えなかった・・・。すぐに救急車が呼ばれ男性は病院に搬送された。車内に息子が付き添い父の手を握っていた。父は震える手でポケットから手帳を取り出した。必死になって何かを書いているようだった。口に酸素マスクをし、腕に血圧計を巻きながら彼は敢えて何かを書こうとしていた。病院に搬送された時には既に血圧は40くらいに下がっていた。輸血しても間に合わない状態であった。蘇生を繰り返すが間に合わなかった。遅かった・・・。気管の中の管を外し点滴チューブを外し心電図モニターを外し綺麗に体を整えた。家族に着ていた服をお返しした。息子が服を紙袋に入れようとしたときポケットから手帳がポトっと落ちた。何気なく拾い読んだ息子の目に涙が浮かんだ。そこには震える字で数行書いてあった。「多分このまま死ぬかもしれない。 ××男のこと 頼む。 最後まで見守ってあげられなかった。 ごめん。」死を直感した彼が妻に宛てて書いた文章だった。読んだ息子は何も言わず唇をかみしめながら深くうなだれていた。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今は昔の話。私の若い頃の話。どうしてこんな話をしたかって??それはねぇ、あなた・・・。こないだね、この病院にレジデント(研修医)が来たのよ。背の高い大柄な人だった。「これからよろしくお願いします。」そういってにこっと笑った表情に引っ掛かりを覚えてねぇ・・。「そう、何だか前に見たことのあるような感じがするよねぇ。」そういうと彼は照れくさそうに微笑んだのよ。「以前父がここでお世話になりました。」黒髪の彼と金髪の昔の彼がダブって私は唸ったわよ。「あぁ、あの時の・・。」そうあの時の息子さんだったのよ、彼は・・・。彼の目に優しさと意地がちらりと覗けたのは、私の思い過ごしだったのだろうかしらねぇ・・・。
2007/07/28

何もかも虚構の世界であり私自身の存在も夢に過ぎないと思えたとき初めて安心できた怖がる必要はないのだとそこから旅は始まったまだまだ終らない旅が
2007/07/28

その夜は満月でもないのに、灰色狼が哭いていた。低く低く。泣いているかのような哀しみを帯びた鳴き声だった。慟哭‥まさにその言葉が相応しい声だった。「どうしてそんな哀しい声で鳴くの?」バラは、自分の前で鳴いている灰色狼に話しかけた。灰色狼はギョッとしたように後ろを振り返った。「ずっとそこにいたのか」バラは笑った。「私はもう長いことここで生きているわ、これからもそうだけど‥。」少し枯れかけたバラはシナを作って笑った。灰色狼はそれを見て顔をしかめながら言った。「哀しみ‥か。何もかもなくしてしまったものの気持ちが君に分かるかい?」バラは遠い眼をした。「私はたくさんのものをなくしてきたわ。自分から捨てたものもあるし、なくしてしまったものもある。ねぇ、狼さん。おかしいと思わないかい?人間の庭に咲いているような可憐な美しいバラがこんな山の中でひっそりと生きているのって。」灰色狼は確かに不思議だと思った。「まぁな。」そう思いながら、このバラは自分の事を可憐だと思っているんだと思って少しおかしくなり、クスッと笑った。バラは眉をひそめた。「何が可笑しいの?」バラは4つのトゲを見せながら灰色狼に言った。「変なこと言うとひっかくわよ」そう言いながらもバラは、灰色狼の眼をのぞき込んだ。「狼さんが悲しそうに鳴くのは、全てのものをなくしてしまったからなの?」灰色狼は、思い出したかのように暗い眼になり大きなため息をついた。「これでも俺は灰色狼の仲間うちのボスだったんだぜ。」そこで一つ大きく哭いた。ウォーン。灰色狼は話だした。「あの向こうの山に灰色狼の群れで作った集落がある。初めは狼と妻と子どもの小さな群れだった。しかし食べるものが少ない‥俺は食べ物を確保するのに群を少しずつ大きくしていった。フラフラしている若いモンの面倒を見たり、小さな子どもを育てたりした。食べ物が足りないときは、自分のものを食べさせたりして飢えをしのがせてやったこともあった。そうして群を大きくしていったんだ。」灰色狼は遠い眼をした。「俺は俺なりのやり方でみんなを愛してきたんだ‥」灰色狼の話は長かったが、それでも思わず聴いてしまわずにはいられないほど真剣味を帯びていた。バラは、聴きながらこの灰色狼はまじめなんだけれど、融通性がないんだと思うようになった。たとえば、掟を守らないものをいかに守らせるか‥厳しく言った方がいい狼もいれば、穏やかに話をした方がいい狼もいる。しかしこの灰色狼は掟を破ったどの狼に対しても厳しく、また口汚く罵った。「こんなことも分からないのか、そんな奴はさっさと死んじまえ、この脳なしめが!」大きな集団になればなるほど、そのやり方では通用しなくなってきた。穏健派が新しい方策を口にしても「これが従来のやり方だから」と言って相手にしなかった。初めは何とか調和をと考えていた穏健派も余りの融通性のなさに次第にボスから離れていった。しかしボスはボス‥、裏で陰口をたたきながらも何とか集団は保たれていた。あるきっかけが契機とならなければ、おそらくこのままだったかもしれない。契機‥。彼、灰色狼はある日のこと、散策をしていたところ、運わるく人間の作った罠にひっかかってしまった。もがくが罠は足に食い込んで離れようとはしない。一週間もたったころか。人間が罠にかかった狼を見て「シメシメ」と生け捕りにしようとした。灰色狼は死にかけた振りをして人間を油断させている隙に何とか命辛々逃げ出した。後ろ足は少し骨折しているらしくかなりの痛みが走る。それでも懸命に逃げてようやく群のある場所までたどり着いた。「ただいま」しかしそこで狼が見たのは、自分の場所に別の狼が座っていてほかの狼がかしづいている光景だった。「おいっ!そこは俺の場所だ」その場所に行こうとすると、ほかの狼に押し止められた。「もうお前の場所じゃないんだ、あの場所はみんなで決めた次のボスが座る場所なんだ。」灰色狼は激怒し、半狂乱になった。「誰がいつそんなことを決めたんだ」誰かがポツリと言った。「もう誰もお前のことをボスだとは思っちゃいないさ。」その日から灰色狼の転落の日々が始まった。罠に傷つけられ足が不自由になった狼は、狩りにも満足な加われなくなった。当然群の厄介者扱いをされる。プライドの高い狼は我慢できなくなった。下手にでたらいいのに、かえって八つ当たりしてみんなに嫌われる。悪循環だった。満足に食べ物を分けてもらえなくなり次第にやせ細っていった。しかし爛々とした眼光は以前よりも鋭くなり、それが余計にみんなを遠ざけてしまう一因ともなった。そんな灰色狼だったが我慢に我慢を重ねて「いつかまた‥」と夢を見ることで何とか凌ごうとした。それほど切羽詰まっていた。しかし‥そんなある日。灰色狼は、肩身の狭い思いをしている妻や子供が昔の部下に虐められているのを偶然目撃してしまった。昔の部下‥彼が一番ぼろくそにしかりつけた奴だった。恨みがたまっていたのだろう。憎々しげに「能なしの奥さんで運が悪かったと思うんだな」と言っては殴りつけていた。しかし妻はそういわれながらも、必死に「彼のことを悪くいうなんて、この恩知らず」と抵抗しては、さらに暴力を振るわれていた。灰色狼は思わず「なにをしてるんだ」と躍り出た。「あっ!父ちゃん!」傷だらけの子供が叫ぶ。凄みをきかせて灰色狼は睨みつける。「俺に直接言うならともかく‥俺の大切な妻や子に‥そうさ、お前は昔から卑怯だったんだ。味方を平気で裏切ったりして!まだ分からないのかっ!」逆上した元部下は灰色狼に飛びかかっていった。壮絶な死闘を繰り広げ‥。灰色狼は元部下の息の根を止めた。「ザマアミロ」そして後ろにいた妻と子に「大丈夫か」と言いかけて凍りついた。灰色狼が見たのは、妻子が既に冷たくなりかけている光景だったのだ。‥死んでいる‥慌てて駆けより名前を呼んだが既に後の祭りだった。灰色狼は目の前が真っ暗になった。‥コノヤロー!‥怒りに打ち震えていた灰色狼の肩を誰かがたたいた。「仲間内で死傷沙汰を起こさない‥これはあなたが決めた『掟』です。あなたは掟を破りましたね。破ったものは群から追放です。」考えるゆとりもなく灰色狼はフラフラと歩きだしていった。遠く遠く。誰も来ないような遠くへ‥。灰色狼は、茫然自失しながら山道をトボトボ歩いていった。その後ろ姿はかつてのボスの面影の欠片もなかった。‥俺は何も悪いことをしていない。みんなのために一生懸命精一杯のことをしてきただけなのに。どうしてこんな目に遭わなければならないのか。誰が悪いんだ?自分の運が悪いのか?それにしてもみんな手のひらを返したように冷たくなって‥酷いもんだ。なんて冷たいんだ‥そんなことを思っては深々とため息をつく。周りは闇。ホーホーと鳴くフクロウの声がかすかに響くのみの闇。怒りに燃えていた灰色狼は、突然一転して急に虚無感にとらわれてしまった。‥なにもかもなくなってしまった‥そんな日々が数週間続いた頃、灰色狼はすっかり年老いたよぼよぼな姿に変わってしまった。ウォーン。哀しい遠吠えの声が響きわたる。低く低く。泣いているかのような‥。そこで灰色狼は、4つのトゲを持つバラに出会ったのだった。バラは、灰色狼の話をじっと黙って聴いていた。バラは言った。「なにもかも無くしちゃったのね。これまで築き上げてきたもの全てを。大切にしていたもの全てを。」灰色狼は唸った。「俺は一生懸命だった。何にも悪いこともしていないし、一番いいと思ったことをやってきただけなんだよ。それなのに‥どうして。」バラは心の中で、きっと一生懸命なんだったのだろうけれど場が読めずみんなの心を見失ってしまったんだろうとこっそり考えた。バラは優しく尋ねた。「ねぇ、狼さん。もし‥もしよ、万が一群れのみんなが申し訳なかったと謝って受け入れてくれたら戻る気はある?」灰色狼は、即座に「イヤだ」とキッパリ答えた。「誰があんなところに戻るもんか、あんなところ、こちらから願い下げだ!」バラはフワッと笑った。「そうよね、戻りたくないわよね。大切なもの‥奥さんや子供もいない、ボスとしての地位もない、自分のプライドも認めてもらえない‥自分の居場所がないのであったらねぇ‥。」灰色狼は空虚に笑った。「俺の居場所‥居場所はどこにもないのだろうか。何もかも失ってしまった。居場所がない俺はもう死んでるのと一緒じゃないか。」そしてなおもこう言った。「よほど運のない奴なんだろうね、俺は。ほかのずる賢い奴らみたいにうまく立ち回ることもできず、誰も俺のことを理解しようとはしない。みんな頭がいかれていて低能だから俺のやりたいことがわからなかったんだ。あぁ、本当に運が悪いとはこのことだ。」バラは、はんなりとため息をついた。「あなたのいう事にみんな賛成するかどうかは分からないけれど、少なくともあなたはそう思っているんだから、そうなんだと思うわ。やりきれないわよね、可哀想に‥」灰色狼は力が抜けたようにまた空虚に笑った。「もう、俺の境涯はこれで終わりなんだ‥。」バラは甘い吐息を吹きかけながら、灰色狼に言った。「哀しみに満ちた灰色狼さん。あたりはだんだん冷えてきたわ。夜露が体を冷やすし、余計にイヤなことも思い出させてしまうわ。陰で少しおやすみなさいよ。少し眠るのが今のあなたには一番必要なのかも知れなくてよ。」灰色狼はくたびれ果てたように陰に移動しうずくまる。‥眠りが必要か‥眠らなければいけないのならもう永遠に眠っていたい。こんな現実からは、おさらばしたい‥そう思ううちにいつしか眠りにおちたみたいだった。時折呻吟しながら眠っている灰色狼の姿をバラは見ながらそっと呟いた。「本当に生きるのに不器用な狼だこと。一生懸命さがかえってあだになり、転げ落ちるかのように生きている‥うまくいかないものよねぇ。」
2007/07/27

2007/07/26

私は他人のことでは泣けるのに自分の事では泣けない。 笑ってしまう。 「へへへ」 苦笑いなのかな、これって。 人前では絶対泣けなくて、泣くとしたらたぶん布団の中だけだと思う。 どんな哀しいことがあったって。 「ねぇ、大丈夫なん?」 「あはは、大丈夫よぉ~~」 「えっ!?うっそー、これって本当?大変やんか」 「あはは、そうなんよね・・でも仕方ないよ」 自分でもアホなのかと思う。 あ。 でもそういえば中学生のときクラスメートに言われたことあるわ。 「いつもヘラヘラ笑ってて何を考えているの?」 私は笑うしかなくて 「ん?そう?」 と言った。 その子は軽蔑したように 「自分の悪口を言われても笑うなんて」 と顔をしかめた。 私は悪いことをしたのかと思って哀しくなった。 でもこれまで、家庭で、笑わなきゃ殴られたから笑うしかなかったし でもそんなこといえないし でも笑いたくなかったら笑わなくてもいいんだといわれたらそうだとしかいえないし 弱い私を感じていたからいい加減にして って、そう強がりたかったけれど それもいえなかった でも 泣けないなぁ。 笑えるけれど。 あ。 そういえば・・。カウンセリングの先生も言ってたなぁ。 「辛いことを話しているのに顔が笑っている」 「それはあなた、言語と態度の不一致している例ですからね」 あはは。 確かにそう。でも誰も分析してくれとは言ってない。誰も指摘してくれとは言ってない。嬉々と見解を述べているカウンセラーをアホだと思った。得意がっているけれど、かえってクライアントの心を離れさせてしまっている・・。 でもそれを聴いて笑えたのは やっぱり? しかし?
2007/07/26

いつの間にか転寝をしていたらしい。 風を孕んだ窓際のカーテンが行ったりきたりして私の頭を撫でていた。 あれは夢だったのか・・。 ぼんやりと外の日に当たって輝いている青葉を眺めていた。 夢にしては切ないような気がする・・。 青葉を眺めながら涙ぐんでいる自分に気がつき苦笑した。 「約束だからね、忘れたらいけないよ。」 にっこり微笑んだ優しい表情に私は、こくりと頷いた。 「うん、今度は3日後の金曜日ね。」 「たくさんお土産買ってくるからね、おもちゃも一杯買ってあげる。」 そんな会話をして私達は別れた。 バイバイと小さく手を振りながら私は、その姿が小さくなるまでじっと見送っていた。 オカアサン・・・。 小学校の校門の前の2本目の電柱が私達の待ち合わせの場所だった。 3日に一回の間隔で会っていた。 「杏ちゃん?」 そう呼びかけられ振り向くと母が立っていた。 母は私が5歳の時突然いなくなった。 「ちょっと買い物に行ってきます」 そう言って出かけたっきり帰って来なかった。 その母が今ここに立っている・・・。 「一緒に喫茶店に入ろう」 そういわれて連れて行かれた小さな喫茶店。 しばらく話をして別れていく。 それがきっかけで何度か待ち合わせをするようになった。 お茶を飲みながら母は色んなことを喋った。 「ごめんね。急にいなくなって。仕方なかったの。お父さんに追い出されてね。」 「杏ちゃんだけでも連れて行きたかったのよ、本当よ、しんじてね。」 私は小さく頷き、困ったように笑うしかできなかった。 「代わりにおもちゃ一杯買ってあげる!何でも買ってあげる。」 そういって母は笑った。 私はおもちゃもほしかったが、おもちゃを買ってくれるという母が家に帰ってきてほしいと思った。 「お母さん?もうお父さんと一緒に住めないの?」 そういうと母は困ったような顔をした。 「うん。」 あるとき母におもちゃを買ってもらった。 「ありがとう」 そういって母に笑いかけた。 私の顔を見ながら母はニコニコ笑い、私に訊いた。 「ねぇ、お母さんとお父さんどっちが好き?」 私は困った。 父の穏やかな顔を思い出したからだ。 母・・とはいえなかった。 おもちゃを買ってくれる母も好きだったが、「早く寝ろよ」と布団をかけてくれる父が恋しかった。 答えを逡巡していると母は言った。 「おもちゃを買ってもらって嬉しくないの、あっそう・・。」 私は言葉を失った。 校門の前での待ち合わせする約束が数ヶ月続いた頃だったか。 「じゃ、今度金曜日にね。」 そういって母は去っていった。 私はいつものように小さく手を振って、バイバイをした。 母の背中は心なしか曲がっているように感じた。 そして待ち合わせの日になった。 私は電柱の影で待っていた。 3時。 ランドセルのもち手の部分を握りながら待っていた。 4時。 まだ母は来なかった。 どうしたんだろう。 少し夕暮れの影がさして少し寂しくなった。 5時。 母は来ない。 来ないのだ、今日は・・・。 ようやく諦めて帰った。 自宅でテレビを見ながらぼんやりとしていた。 翌日もしかして金曜日と土曜日と言うのを聞き間違えたのかと思って同じ場所に言ってみた。 3時。 しかし母は来なかった。 もしかして来週の金曜日なのかもしれない。 そう思って待っていた。 その次の金曜日も。 その次の金曜日も。 ずっと待っていた。 しかし母は現れなかった。 5歳の時「ちょっと買い物にいってくるね」と言い置いて、突然消えてしまったあの時のように。 何にも言わずに消えてしまった・・・。 「杏ちゃん、あなたが好きよ」 「杏ちゃん、あなたと一緒に暮らしたいのよ」 「杏ちゃん」 「杏ちゃん」 ・・・・・。 言葉を信じていた私は、あんなに優しい言葉をかけてくれた母がもう二度と現れないわけがない、また会いに来てくれる、そう思った。 小学校からの帰り道電柱の影を覗き込む癖がついた。 いないと分かっているのに・・・。 しかし母が立っているような気がしてならなかった。 そんな日が数日、数週間、数ヶ月たち・・学年の変わる頃になってようやく・・電柱を覗き込まなくなった。 もう母は来ないのだ。 そう思った。 大きくなって風の便りにあれからすぐに年下の男性と再婚したらしいと聞いた。 そうか、もう私は要らなくなったと思われたんだなあ・・そう思った。 高校生の時。 「約束」という言葉を聞くと昔のことが思い出される。 この年になって母も好きで約束を破ろうと思ったわけではないのだろうと考えられるようになった。 仕方のなかったことなんだと。 しかしその一方で「もうこれで来ないから頑張ってね」といってくれてたらなぁ、と思う。 子供にも「別れ」と言うのは分かる。 しっかり別れを意識させてほしかった、宙ぶらりんな状態で「待って」なんていってほしくなかった。 叶うことのない約束を待ち続けるのもしんどいものであるから。 転寝をしていたとき 「またね」 という約束をして母と別れる夢を見た。 夢から醒めて少し切なくなったのは・・。 まだあの時の寂しさを私は持っているからなのだろうか。 母に怒りも恨みもない。 あるのは寂しさだけだと思う。 ・・・・・・好きで好きで求めても得られなかったもの。それは母の存在なのかもしれない。母はこの世の中には存在しないものだと感じている。母はいない。 母を捜しながら 気がつくと「自分」を探していた。 母とは自分の原点 自分の「今」を見極めること それは、今の自分を確認しながら 原点を感じ取ること。 そう感じてから 母を捜すというより むしろ 私は自分探しをするようになった。 母がいない その不安定さ 自分がいない その不確かさ 自分という伝てを辿って やがては「母」にたどり着くかもしれないという そんな期待を抱きながら・・・。
2007/07/26

出会いによって、人生拡がりを別れによって、人生深みを楽しみによって、人生彩りを哀しみによって、人生共鳴するのだろう
2007/07/26

2007/07/25

自分を好きになってほしくて宙返りをしたり、魚を鮮やかに取ってみせたり、百万回も死んだんだぜというより、なによりも「あなたが好きです」そういったほうがどれだけ伝わりやすいか
2007/07/24

過去の亡霊が夜な夜な私を苦しめていたことがあった過去の亡霊はささやく「すべてお前が悪いのだ」「お前が生き方を変えられなかったせいだ」そうかもしれないけど過去は変えられない亡霊たちを愛してきた私は叫ぶ「それでも本当に好きだったのよ」私は過去の亡霊を記憶の引き出しにしまいこみ鍵をかける鍵を握りしめながら唇をかみしめる「あんたたちの思い出なんか・・記憶にまた上書きしてやる!何回も何回も上書きしてやる!」こんなことを思うのは誰も話し相手のいない孤独な夜
2007/07/23

「この人いいなぁ」と自分で思うのは憧れ「この人いいでしょ」「この人を見習いなさい」と他人から言われるのは押しつけ自分で頑張りたいなと思う気持ちを応援してくれる言葉と人の意欲を削ぐような言葉との違いは・・きっと犬で言うなら上下関係を重視するかしないかで人間で言うなら意識上でパワーゲームをしているかしていないかで小学生の女の子が一生懸命宿題の図画制作をしてきた「ほらこれ」おずおずと差し出しながらこうも言った「私、もう少しがんばらなくっちゃねぇ、まだまだダメよねぇ」お父さんは笑いながら「ルノワールの伝記でも読めばぁ?」とだけ言った女の子は嘲笑されて哀しくなり言い返した「他人の伝記を読んで何が分かるというの」不親切なお父さんは、ルノワールの人生のどの部分が絵画に影響を残したかを知っているのだろうか
2007/07/23

昔はものを思はざりけり
2007/07/23

一つでも手を抜いたらおしまいですたちまちレース編みは崩れてしまいます
2007/07/22

2007/07/22

僕はそれからいくつもの出会いを経験し、いくつもの別れを経験してきた。 陽気なマリン。 シャイな桜花。 真摯なさくらんぼう。 みんなみんなかわいい子たちだった。 あの子達と我を忘れて遊んでいた幸せな頃。 しかしなんでだろう・・。 気がつくとみんな立ち去り、僕一人がここに佇んでいた。 人生仕方のないものかもしれない、人生ってこんなものさ。請われるままに結婚をした。しかし愛のない結婚生活だった。やっぱり人生とは・・。 そうおもって自暴自棄になりかけた頃・・・・。杏樹と知り合った。 盛夏の声がまだ響かぬうち水無月の初め。 瞬く間に恋に落ちてしまった。 当時出版社の編集を仕事にしていた僕は、先輩から「変わったアーティストを紹介するよ」と言われた。「私的なことを書く作家さんなんだけれど、何故かひきこまれてしまうものを持っている。つながりを持っておいたほうがいいように思うよ。」そういわれて好奇心満々で出向いていった。渦巻きメガネで髪の毛を三つ編みにしている女性を想像していた。 待ち合わせの喫茶店に入ると先輩が僕を見つけ手を上げた。向かいに座っている女性・・・が杏樹だった。メガネはかけてはいなかった。ショートカットの瞳の大きな女性だった。僕はしどろもどろに話をしたが何を話したかよく覚えていない。覚えているのは喫茶店を出て先輩と別れた後、杏樹が僕に「少し街を歩きませんか」と言ったことだけ。 時間はすでに夕方になり日はかなり傾いていた。商店街の坂を歩いていくと昔の武家屋敷を改修したような茶店の前を通った。 「感じいいね、入ってみようか」そう誘うと杏樹は「はい」と頷いた。 ぎしぎしいう木の階段を上がっていくとそこは静かな空間が広がっていた。 二胡の演奏が微かに流れている。 夕暮れ時、柔らかに変化した光が二人の空間を包み込み、それが僕の心の何かを揺さぶるような気がした。 これまで精一杯強がりを言いながら、しかしちゃらんぽらんに生きてきた僕は、切なくて涙がこぼれそうになった。 夢はね、夢を見たい人がいるから存在するのかな・・・。 夢はね、一生見続けると現実になるのかな・・・。 そう杏樹が呟いているのが印象的だった。 杏樹が身動きするたびに風に乗って運ばれてくる沈香の香りが僕の鼻孔をくすぐる。 しかしその香りは・・・遠い昔を思い出させるような不思議な香りだった。 僕が僕であった時代。 僕が等身大を「生きていた」時代。 あぁ、だめだ。 この曲は・・・。 涙がこみ上げるくらい心がざわざわする。 二胡の切ない調べに暫くぼんやりとしていた。 人からは「生き急いでいる」と言われてきた。 否定してきたけれど・・でもそうかもしれない・・・。 少し僕はしゅんとしていたのかもしれない。そんな僕の横に座っていた杏樹は優しく僕の手を取った。 「いい眺めよね。」 それだけぽつりと言った。 杏樹の手のぬくもりを感じ 杏樹の手の重みを感じ しかし引き寄せたその手は軽やかに羽が生えたがごとく、僕の手をそっと包んだ・・・。 僕は杏樹に恋をした。
2007/07/21

次男が撮った写真を後から眺めていると自分の撮った写真と酷似していることに気がついて苦笑した。血は水より濃いというのか。唇の上のほくろの位置も、生まれつき歯が2本少ないことも同じ。
2007/07/21

この写真は、私の長男が撮ったもの。キャプションは?・・と訊くと「不安感」だとのこと。彼はこの後個人懇談でみっちり教師から絞られる事を予想していたのだろう(笑)
2007/07/20

「ねぇ、ねぇ、人魚姫って泡になる前、王子様になんて言いたかったかと思う?」 僕の目を覗き込んで杏樹はふわりと笑った。 「さぁ、自分が泡になってしまうことの恨みを言いにいったんじゃないかなぁ」 「恨んでたのかなぁ。どうして?」 「そりゃそうだろう。自分の声を犠牲にしてまで必死になって人間になろうとしたのに王子は見向きもしなかったんだからさ」 「だって王子は知らなかったんだよ。王子を助けたのが本当は人魚姫だったってことは。」 杏樹は遠い目をした。 「恨みに思っていなかったんだよ、人魚姫は。人魚姫はね・・本当に王子を愛していたんだよ。見向きされてもされなくても消える前にもう一回愛を打ち明けたかったんだよ・・・。」 遠い記憶。 巡る記憶。 僕は人から愛された経験がない。 父母はできちゃった結婚で僕を生み、始終喧嘩ばかりしていた。 僕の記憶に残っている父母はお互い背を向け、違うものを探していた。 僕は間に立っていつも揺れる気持ちを持っていた。 僕はピエロになりながらも眠れるような居場所をいつも探していたような気がする。 父母は・・というより母は・・・僕が5歳のとき他の男性と「蒸発」した。 父は・・しばらく一人だったが、再婚した・・のは僕が7歳の頃。 新しく来た母は、すぐに妊娠した。 悪阻ですこぶる機嫌が悪かった。 「子供らしくない子だね。何なの?その醒めた目は?」 僕は幼い頃からあんまり笑うことを知らない子供だったから新しく来た母に対しても笑顔を向けるということを知らなかった。 「鬱陶しい顔ばかりするなよ」 よく蹴られた。 言うことをきかないとつねられた。前腕は目立つから、いつも二の腕。 それでも絶対泣かなかったから、終いには外へ放り出された。 幼い頃あれは小学校3年のときだったか。 親に家を閉め出されてあてどもなくとぼとぼ歩いていった。 木枯らし吹きすさぶ夜更け、各家には灯がともっているのを僕はぼんやりと眺めていた。 どこかあったかい場所はないものだろうか・・・。 しかし結局は「看板の裏」だった。四角柱の立て看板の足の部分に子供がもぐりこめるだけの隙間がある。そこからいつも入っていた。 なぜならそこが一番暖かかったから。 看板の裏に潜り込み、上を見上げるといつも星が瞬いていた。 四角に切り取られた空の中に星が一杯詰まっていた。 寒いので白い吐息で手を暖めながら、眺めていた。 星は寒いほど綺麗に輝いている。 あの時の星が一番綺麗だったような気がしている。 あの時はあれが当たり前だと思っていた。 他を知らなかったから。「小公女」の話を読んで「偉いな」と思ったのは、元々「いい暮らし」をしている中で突然の不幸に見舞われたのにもかかわらず、純真な気持ちを持ち続けていられた、ということ。 僕は初めから「いい暮らし」をしてなかったから素直にその 状況に順応できたのではないかと思う。 最初に底辺から出発したものは、ある種「開き直り」が生まれるのかもしれない。いや、開き直りというか期待しない人間・・諦めたような人生を送ってきたのかもしれない。 そんな僕にもひとつ思い出がある。 僕がコンビニでバイトをしていた頃のこと。 夜が更け、店の後片付けをして帰宅しようと寒い道へ向かって襟を立て小走りに通り過ぎようとしたとき、「足」が見えた。 足!? 看板の下に白い足が見えたような気がした。 そんな馬鹿な。 僕はもう一度眺めた。 足は見えないが何かそこにいる気配がした。 僕と同じことをしている!?看板の下にいるのは誰なんだ・・・。 僕は看板の下から上を見上げた。 すると・・二つの目と視線が合った。 「おい」 じっと見つめられている。 今度は少し優しく話しかけた。 「そんなとこにおったら寒いけん、出ておいで。こっちおいで。」 すごすごと出てきたのは、がりがりのやせっぽちな男の子だった。 周りの冷気に負けないくらい冷たく鋭い視線を返してくる。 「なにしとるんや?こんな時間に?」 答えない。 「はよ、家に帰ったらどうや」 そう言った時、視線の強さが崩れて一瞬迷うような弱さがちらりと見えた。 黙りこくっている男の子の手をそっと取って 「冷えとるけん、うちにおいで」とすたすた歩き出した。 空気の冷たい夜だった。 澄んだ快晴の名残か凛とした空気が針のように僕の頬に突き刺さる。 あったかい温もりが欲しくなった。 家に入ると梅昆布茶を淹れた。勧めると子猫のような男の子は隅っこでひっそり、でも美味しそうに飲んだ。年は多分10歳くらいだろう。こんな夜中に一人でうろうろしているなんて。 「眠とぉないかい」 男の子はかぶりをふった。 怯えたようなでも泣くまいと心に決めているような唇の結びか ただった。 そんな様子をじっと見ていて昔の自分に似ていると思った。 僕も外をほっつき歩いていた記憶が彼の姿を通して蘇ってきた。 僕と同じにあらゆるものから距離をとりたがり、それでいて哀しみの表情を滲み出させている・・・。 「とことん言葉の消えた子じゃのう、まぁいいか。」 男の子は傷ついた猫のように目だけは澄ませてこちらの様子を伺っている。 思えば不思議な出会い方だった。 子猫のような男の子は、お茶をすすった後そっと自宅に帰っていった。 自宅の前の物置と家の壁の隙間に体をねじり込み、 「多分明け方まで開けてはくれないんだよ、でも僕がここにいないとあの人にとってはまずいことになるかもしれないからね」 そう寂しそうに笑うと男の子は闇の中に消えていった。 僕はなんとも言えず自宅に戻った。 そんなことが半年近く続いただろうか、いつしか無二の親友みたいになっていた。 「おい、来るかい?」 僕の顔を見ると、顔をぱっと輝かせる彼だった。 「あったかいお茶が飲みたいよ」 僕たちはいつしか何時間でも話し合う仲になった。 年が離れてるのにもかかわらず、彼は僕の心の友になった。 僕は信じられないくらい彼の生真面目だけれどやるせない心に共感し、彼は彼で僕にありったけの思いをぶちまけるようになった。 「俺、なんだか本当に血のつながったような兄弟みたいな感じがしているよ」 そういうと彼はふっと笑った。 「ほんとうだねぇ、ありがとう。見ず知らずの僕なのに」 本当に、幸せだった・・・。 ある日のこと、看板の中で彼は泣いていた。 僕は足をつつきながら「どないしたんや」と問いかけた。 彼は看板の中から出てきた。 「今までありがとう。僕ね、もうこれで多分あえなくなると思う・・・。」 衝撃だった。 「どないしたん?いったい??なにがあったん?」 彼は涙の粒をぬぐいながら優しく笑った。 「お兄ちゃん、僕ね・・・。」 なかなかいえない。 「なんやねん。今更水臭いなぁ、言うてしまいや」 何度か促したのち彼は意を決したように喋りだした。 「あのさ」 「あのさ・・今日ね、僕・・・・」 「今日・・・生理が来たんだ・・・・。」 生理。 彼は、いや彼女は女性だったんだ・・・!! 衝撃が走ったが僕は喋り続ける。 「そんなこと関係ないやろ」 「そんなんでこの関係が終わってしまうのかい?」 彼・・彼女は諦めたように笑った。 「もうこんな関係は続けていられないよ・・お兄ちゃんに迷惑がかかるからね。」 幾ばくかの会話がなされたが・・これが終わりだった。 余りにもあっけない終わり方だった。 僕はやせっぽちの男の子の笑顔を、泣き顔を、怒り顔もみんなみんな見てきた。 しかしそれは・・・。 もう終わりにしなければならない過去の出来事にならざるを得なかった・・一枚の写真と成り果てたのだった・・・。
2007/07/19

2007/07/19

2007/07/19

月はやせ細り 思いやつれて 貴方を恋いる 切なき胸の中 感じてみてね 呑まれた私の 心の猛き思ひ 抱いて抱えて 見つめていて 月はふくよか 丸みを帯びて 貴方への思い 積もらせゆき 満ちる姿現す
2007/07/18

幸せは意識しないと見えてこない幸せはしっかり探さないと見つからないただ・・。幸せは感じるもの 味わうものだから自分を意識していないと感じられないものでもあったりして
2007/07/18

幸せ探しの名人がいたどんな小さな幸せでも見つけ出す不幸せの中からでも幸せを探し出すいつもいつも名人は笑っていたそんなに楽しいかと訊くと「この世の中 どんなことでも楽しい」そう答えた幸せって何なのだろう楽しいことってどんなことなんだろう考えたでも分からなかったまた考えたやっぱり分からなかったそんなある日ふと後ろを振り返ると幸せについて考えた自分の足跡が一本の道になっていた。これって幸せ?これも幸せ?幸せの足跡が点々とついていた。幸せは前に見えるものではなく後ろに見えるものだということが分かった気がつくと私は「すみません」という言葉の代わりに「ありがとう」という言葉を使うようになったのに気がついた幸せは意識しないと見えてこない幸せはしっかり探さないと見つからない
2007/07/18

2007/07/17

思い出の詰まった街を通り過ぎる日常ほとんど忘れかけていてもう大丈夫だと思っていた時間が遡行した現在の風景に過去の風景が重なり合った誰もいないはずの街角に後姿が浮かぶような気がした街には足跡が一杯ついていた私は過去を振り払おうと自分の手をぎゅっと握りしめた現在につながる暖かい手を必死に捜し求めていた
2007/07/17

2007/07/16

彼女と初めて会ったとき、彼女はさっと眼を伏せ、身を建物の影に隠そうとした。 「はじめまして」 にこっと笑って手を差し出したけれど、彼女はチラッと私を一瞥しただけだった。 「この子は、怖がりで人とは仲良くはなれないんじゃないのかな」 彼女を連れてきた人はそういった。 生後すぐに置き去りにされていたところを通りがかった人に発見された。 冷た吹きっさらしの場所で後もう少し発見が遅れていたら命はなかったんじゃないのかと、その人は言った。 彼女の眼は鋭いと思いきや、思いのほか淡々とした「温度」を感じさせない眼であった。 この子と養子縁組して果たして育てていけるかどうか心配になった。 「まぁ、そのうち慣れてきてくれるだろう」 そう思うことにした。 彼女と生活するようになって私はこれまでの「子供」に対する常識を根本から覆される思いを経験した。 子供らしくない・・・。 まさにその一言に尽きた。 相手、私の表情を伺うが自分の表情は覗かせまいとする。 「一緒に遊ぼうよ」 そう誘ってみてもいやそうな顔をする。 じゃれようとすると体を少し引き気味にしようとする。 それでいて顔はなんだか観音様みたいな表情をしているのが私にはおかしかった。 私のすることをじっと見ていて、鼻で笑っていることもあった。 「おかしな子ね」 しかし、なつかないからといって、なぜだか嫌いになったりすることもなかった。 不思議な子だった。 無表情な眼の奥に何かしら感じるものがあった。 何なのだろう。 この子の眼の中に潮の満ち引きのようなものを感じた。 深い深い茶緑色の瞳は海の色を感じさせた。 彼女の何かに惹かれていたのかもしれない。 無反応な、言ったら冷たい反応でも私は「好き」だと心の中で呟き続けていたのかもしれない。 彼女は高貴なお姫様のように手を差し出した。 「かわいいかわいい」 ・・・ここまで来ると惚れていた、のかもしれない。 しかし彼女の手を握っていると私は胸がどきどきした。 「もっと仲良くなりたいのだけどなぁ。」 そう思った。 彼女は育っていった。 お世辞にもあんまり綺麗とはいえなかったけれど、私にとっては「かわいい」子には変わりなかった。 成長していって一人前の女性になろうとする頃か。 ある日私は・・・発見した。 彼女が・・・。 「妊娠」しているということを。 「誰なの、相手は!?」 言うはずもなかった。 私は額に手を当てて、深々とため息をついた。 いつのことなんだろう。 この間留守にしたときだったのか。 そんなことを考えるより前に彼女の体調を考えた。 なんとか無事出産させてあげなくては、と。 月満ちて彼女は子供を生んだ。 かわいい男の子だった。 そこで初めて彼女の表情の崩れるのを発見した。 ぎこちないしぐさでおずおずと子供を包み込むようにしていたときの彼女の顔は、うっとりしてさながら甘いお菓子を食べているようなそんな柔らかさだった。 「貴女もそんな表情をするのよねぇ。」 私は心の中でそう呟いた。 と、同時に彼女の子供は彼女が育てるには不可能な状況だった。 私はその赤ちゃんを育ててくれる里親を探した。 近くに気立てのいい夫妻が子供を育てたがっているということを知って、その夫妻に子供を託した。 彼女は連れ去られる子供の顔を眺めながら「あ」と呟いたかのように見えた。 声にはなっていなかったのかもしれないが、彼女の周りの空気が一瞬だけ「途切れた」ように私は感じた。 また彼女との水入らずの生活が始まった。 二度とこのような失敗がないようにと注意した。 彼女は相変わらず何にも考えていないような表情で遠い場所を眺めている。 彼女の心はここにあるんだろうか。 話しかけても面倒くさそうに首はふるが、「気持ち」はあんまり見えてこなかった。 彼女は子供を引き離した私に復讐しようとしたのか。 いや・・どういうつもりかは分からない。 それから・・。 3回妊娠し出産した。 いずれも私は額に手を当てて深々とため息をついた。 この子は・・・。 子供と引き離されてる瞬間のたびに彼女は声にならない悲鳴を上げたのも一緒だった。 しかし、段々と変わっていったのは、彼女の瞳だったのではないだろうか。 深く深くより深く、彼女の瞳の色は深みを増して底の見えぬ深海を思わせるようになった。 私の生き方。 人任せ。 生きるのも死ぬのも人任せ。 命の連鎖すら断ち切られ、その場に佇むことを要求される。 そこには、私の哀しみも、私の喜びも、そんな感じることすら制限される場があるに過ぎない。 生かされている生きてはいない存在。 それが私。 そんなことを謡うような視線の泳がせ方だった。 私は彼女の手をとり囁き続けてきた。 生きるのも死ぬのも自然任せ。 命の連鎖は断ち切れはしない。 眺めてごらん。 貴女の子供たちを。 あの子達はすくすくと生きているよ。 貴女の命をもらって、鎖を感じながら。 感じる感じないは貴女の自由。 感じなくてもいいし、感じてもいい。 それが貴女。 結局彼女は自分の子供より、自分の孫より、自分のひ孫より長く生きた。 子孫の誕生と死を眺め感じてきた。 彼女の瞳は段々深くなり最後は黒緑色にさえなった。 でも、どうしてだか彼女はね、最後の息を引き取るときにふっと力が抜けたように笑ったんだよ。 それこそ体中の力をいっぺんに抜いたみたいにね。 往年18歳。 雑種だけど一番私が愛した猫。愛しき「トマシーナ」さまへ。
2007/07/15

押しては引き引いては押しその自然なリズムが今は一番心地いいものだと知りました大地に根づくもの、魂の震えを感じながらここへ来てよかったと思っています波へありがとう忘れていたもの置き去りにしてきたものようやく取り戻せたような気がします
2007/07/15

必要とはされてきたけれど必要とはしなかった「百万回生きた猫」は自分で自分を抱きしめていたけれど本当の意味で他人から抱きしめられたことは、なかったのだろうと思うだからたぶん自分の抱きしめかたは知っていたけれど他人の抱きしめかたは知らなかったのだろうと思う愛し方を知らなかったのだろうと思う無理して宙返りをしなくてもよかった無理して白猫の気を引こうとしなくてもよかったただあることで自分がただあることで自分オッケーであることでネコは幸せになれるのだものどうして生きるのか生きる意味を見出すため見つかったらそれに向って全身全霊突っ走ったら・・・もう二度はいらない生き返る必要もない他人から「好き」と言われるために自分を作るのではなく自分で「好き」と言うほうがシンプルのような気がする「百万回」生きてようやくこの答えにネコはたどり着いたのかもだからきっと・・
2007/07/15

初めて携帯電話にカメラ機能がついたものを買ったとき、「なんて便利なんだろ」と思った。面白がってなんでも写した。空、花、人・・そばにあったはさみまで・・。それまで写真は記念写真としてしか思わなかったのでいつも写真はみんなの集合写真かかしこまって能面のような顔をしている自分の姿しか持っていなかった。「だから面白いって言ってたじゃないか」そういってその当時の彼は笑った。彼は偏狭な人間で、「場」というものが見えない人だった。一緒にいても常に被写体を探していて話しかけても上の空なことが多かった。真剣に話をしていても目の前に変わった光線の被写体が現れるともうダメだった。話をさえぎり、すぐさまカメラを構えて撮りだす。誰と一緒に来ているのか分からないようだった。写真仲間じゃないよ・・恋人同士なんだよ・・そういいたかったけどぐっとその言葉を飲み込んだ。半分不満を持っていたせいかもしれないけれど、彼の撮った写真はつまらなかった。技術は優れていてそこそこ綺麗なのだけれど、心が感じられなかった。キャプションを読んでも何をいいたいのかよく分からなかった。でも「いいねいいね」と私もごまかし続けて褒め続けた。そんな私が写真を撮るということの面白さを知った。初めはピントがほとんど合っていない間抜けな写真ばかりだった。「あれ・・。なんぼやけてる・・。」自分の顔で練習をした。どうしたらうまく映るだろうか。初めは優越感たっぷりに教えてくれた彼だったが段々いやな顔をするようになってきた。「女が写真撮るなよな。」「携帯カメラじゃないの。そんな仰々しいものを撮っているわけじゃないよ。」デートでは次第に言葉がなくなっていった。彼はそれまでは一応少しは気を遣ってくれていて、話を聞いてくれてはいたが、もう話すら聴かず無言であちこちうろうろして勝手に写真を撮るようになった。私も頑なになって「もういいや」と自分も携帯で写真を撮っていた。どんどん溝が開いていくのがよく分かった。これではダメだと思って、「一緒にいるときはカメラをお互い使わないことにしようよ。お互い、向き合って話をしようよ」そういった。不承不承「いいよ」と返事をした彼だったが暫くすると「忙しい」といってあまり会おうとしなくなった。「仕事だから」「どうしても抜けられない用事だから」「体がしんどいから」その時によって理由はさまざまだった。私は単純に「寂しいけどしかたないよねぇ。」とじっと待っていた。彼を間抜けだと思ったのは、そういいながら暫くして「新作」といって送ってくれた写真を見てからだった。相変わらずの綺麗な写真、でも心のない写真。撮った日付がその「忙しくて」と断ってきた日にちばかりだった。「どうしても抜けられない用事」が、これだったのかとがっかりした。河原での川の流れの写真。森で撮ったらしい昆虫の写真。日付もごまかしたらいいのに・・と思った。或いは「デートより写真を撮ることに夢中だからそっちを優先させたい」って正直に言ったらいいのに・・とも思った。・・うそつき・・そう思った。心の中でどんどん距離が開いていくのが分かった。心の温度がだんだん冷めていくのが分かった。自然消滅だった。あっけなく別れた。デートの帰りホームに立っていた。お互い反対側のホームに立っていた。線路をはさんで私はバイバイと手を振った。彼は目の前にいる私に気がつかず、線路をしきりに眺めていた。私はふっとため息をついた。もう疲れてしまった・・・。そこへ電車が来た。私は乗り込みながら彼を見た。一度もこちらを見ることもなかった。私は心の中で二度目の「バイバイ」をした。
2007/07/14

「今すぐ私に逢いにきて」「今すぐ私を抱きにきて」喉元まで出かかっている言葉を飲み込むのに苦労するのは私の体の中で月満ちているからだろう私の口を借りて卵子が叫びだそうとする私は生きたいのだと
2007/07/13

【酒飲みの星】星の王子様の話でこんなくだりがある。「酒飲み」の星に行く。そこには一人の酒飲みしか住んでいない。王子は酒飲みに訊く。「どうしてそんなに酔っ払っているの。」酒飲みは答える。「酔っ払って忘れたいからさ」「何をそうまでして忘れたいの」「恥ずかしさだよ。」「恥ずかしさ?」「酔っ払っていることが恥ずかしくてそれを忘れるために呑むんだよ。」大人って変だなぁ、と王子様は思う。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【おんなありき】人生、走っている状態だと思う。周りを見渡す暇なく走っている状態だと思う。私には元々持続力がない。すぐに疲れてしまうほう。だから「走っている」と本当の意味で自覚してしまったとしたら「走れなく」なる。考える余裕を与えずひたすら走らなければならない。走らなければいけないのか、とか走る必要性があるのか、など考え始めるともう絶対走れない自分がいる。走るために走る。星の王子様は笑うかもしれない。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【ある寓話】アルコール依存症ではないかと思えるような酒飲みの女がいました。不幸があるから呑むのか。そう訊かれても女はただ笑うばかりでした。幸せですよ、何もかも。そう。女は「成功」している人生を送っていました。恵まれて幸せを感じていました。ただそれは一つの条件がありました。「走ること」「走り続けること」走るのをやめたときそれまで見えなかった不幸が一挙に押し寄せてくるだろうといわれていましたから。女は24時間のうちのホンの数時間だけ走ることを止めることができたのです。「お前は絶対飲んだらあかん。」そういってくれる人がいました。「忘れるために呑むな。」いや・・言っているかのようでした。なぜなら言葉は一言も発しはしていなかったのですから。しかし女は飲まずにはいられませんでした。走っているのを忘れるために。その人はその女が見ていられませんでした。「飲まなくてもいい景色を見たら気持ちが紛れるよ」あたかもそういっているがごとく女をあちこちの綺麗な場所に連れて行きました。海、山、森、緑、川・・・。女は喜びました。呑まなくても走っているのを忘れさせてくれる時間というものがあるのね。・・ありがとう。女はその人に心の中で手を合わせました。ある日女は体調不良を覚えて病院へ行きました。検査をしてもらうと胃袋に「おでき」ができているといわれました。「ちょっと引っ掛けて取るくらいの大きさだし大丈夫ですよ」そう太鼓判を押されました。検査が終わって暫くすると医者は苦い顔をして言いました。「これから定期的に来てください。場合によっては薬をお出ししたいと思います。少し深刻に考えたほうがいいでしょう。」女は走ることがイヤになりました。もういいかなぁ、走るの・・・。あたし、これまで十分幸せだったし・・・。女は走ることをやめました。蹲り動かなくなりました。そんな女の背中をとんとんと叩く人がいました。あの人でした。その人は女の様子を後ろからじっと見守り続けていたのです。女にその人はコップを渡しました。酒を酌み交わしてその人は言いました。「少しだけ呑もうか」そういって二人は最後の酒の杯を酌み交わしました。
2007/07/13

コトリが温かさに飢えて寒い寒いと感じている時のお話です。コトリは忙しく働いていました。来る日も来る日も忙しく・・・。それは生まれたばかりの雛のえさを探さなくてはいけなかったからです。いつもピイピイか弱げな声で鳴く雛を見ては「大丈夫よ、まっててね、美味しいえさを探してくるからね」そう思っていました。雛はいつもピイピイ鳴きます。「かわいいね」そう思いながらもコトリは「私だけでこの子を育てられるのかしら」いつもそんなことを思っては心痛めていました。そんなある日のことでした。コトリは出かける用事があって出かけました。心の中で「私がいない間ちゃんとこの子は眠っていられるのかしら」「こんなことしなくても一緒に眠りたいのに」そう思っていましたが叶わないことだと思いなおしていました。でも本当は心配でした。大丈夫なのかしら・・。いつもそう思っていました。ある時、用事が終わって疲れた羽根を広げ帰ろうとした矢先のことです。「おつかれさん」ぬっと出てきた姿にコトリはびっくりしました。「あら・・」見るとそれは背高のっぽの鳥でした。「いつもしんどそうにしてるからたまには楽さしてあげようとおもってな」そういいながら二羽は少し飛びました。あるお城の近くでした。「この辺が良いかな」そういいながら立ち止まり、鳥はもっていた袋を開けました。すると・・。中には・・。なにがはいっていたのでしょうか。「まぁ、口にあわんかもしれんがな」そういいながら鳥は紙包みを広げました。無造作に広告の紙でくるまれた中に玄米のおこわが入っていました。「滋養がつくからな、ほれ、食え」ぶっきらぼうにいう鳥でしたがその顔は笑っていました。コトリも笑いました。「私、生まれて初めて男の人にお弁当を作ってもらったわ」鳥も笑いました。「俺も生まれて初めてやなぁ、こんなんは。」二羽でくっくっくと笑いました。がさつで不器用でスマートじゃないのかもしれません。でもコトリにはそれがたいそう嬉しかったのです。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・雨が降る静かな午後のひと時、私は転寝をしながら切ない夢を見ていました。
2007/07/12

貧乏な私が泣きながら 「出かける交通費にも苦労するの」 そう言った時 「何を言ってんだよ、任しとけ」 はるばる大阪まで来てくれた 体調がよくなり、働くようになって収入が安定してきてからも 「ねぇ、もう大丈夫だから半分出すよ」 何度もそういっても 「いや、大丈夫」 そう胸を張ってきたあなただった そんなあなたはいつしか私に不満を持つようになった「自分だけ移動もしない、金も使わない」 「お前のせいで貯金がなくなった、お前はのうのうと大阪にいやがって、俺だけ東京からわざわざ出てきて何もかも失ってしまった、返せ、金返せ、サラ金から借りてでも俺の使った金を返せ」 そういってきた 私はつらくなって「ねぇ、楽しかったことを思い出して。あんなに仲良くしていたのにどうしてそんなことを言うの」そういった。 私。 そんな悪いことしてないよ ごめんね そういいながらどうしたらいいのって相談してたじゃない・・。 そう思いながらハラハラ東京から来る彼を嬉しいような申し訳ないような顔で見ていたのに 私。 何度も 新幹線代の往復って金額かかるでしょ 私カンパできないしそんなに使っちゃいけないよ そういったのに サラ金使ってでもこれまでのデート代返せ お前に騙された、金を騙し取られた そういわれたとき涙が出てしまった・・。そうかなほんとうにそうかな お金は働いて返せる でも 「君は困っているから僕が出す、君と会いたいから」 あの言葉が嘘だと信じたくないだけで あれは私にとってかけがえのない宝物だったのに
2007/07/11

「イヤだ、助けてくれ、苦しいよー」心からの叫びだった。怯えていた。動揺していた。震えていた。私はしっかり抱きしめながら囁いた。「大丈夫よ、大丈夫」しかしそんな言葉が嘘の過ぎないというのを私は知っていたし・・彼自身も知っていたと思う。背中をそっとさすりながら落ち着くのを待って私は彼を寝かせた。血圧・・異常なし。体温、呼吸、脈拍・・異常なし。末梢循環指数・・異常なし。他覚的所見・・腹部膨満感、緊満、四肢冷感、チアノーゼ・・異常なし。なんら変わった所見はなかった。私は安定剤を筋肉注射して部屋の外にでた。彼は54歳、末期肝臓ガン。体中に転移している。職業は新聞記者。入院して2ヶ月。抗がん剤点滴の治療をするにはしたが、もうそれ以上しても仕方ないと途中からは途絶していた。食欲がなく中心静脈栄養で何とか栄養を補給している状態である。彼は看護師の間では評判が悪かった。「そんな検査の説明じゃわからん」「何のためにそんなことをするんだ」突っかかっては怒鳴り散らす日々が続いた。「あの人、最悪よねぇ」そう言われていた。そんな評判の悪い彼だったが、私はなぜだか憎めなかった。怒鳴ってしまった後に、「はっ」とした表情をする彼の顔を見ていたし、何にも言わない彼の瞳に時折浮かぶ深い諦めの色を見てしまっていたからだ。彼は自分の病気のことをどこまで知っていたのだろう。直接的な病名は誰からも聞かされてはいなかったはずだし、彼の口から病気について話を聞くこともなかった。しかし彼の表情を眺めていると何だか自分の状態を知っていたように感じた。彼に慰めの言葉をかけるのは、元気な私達がかけると侮辱に聞こえるかのように思えた。彼に励ましの言葉をかけるのは、未来が続くかのような自信を持つ私達がかけると傲慢に聞こえるかのように思えた。私は淡々と説明をして、静かに話を聴くことしかできなかった。「杏ちゃんはな、なぜだか好きやな。」「うるさいことも、中途半端な慰めもせんやろ、そこがいい」そういってくれた時嬉しかった。しかし心も痛んだ。彼はもう長くはない人なのだ・・。そういう無力感と諦念に心満たされてしまうからだった。彼は仲良くなってからもたくさんは喋らなかった。しかし視線の先に私がいるのに気がついた時「おっ」と視線が緩んだり「あぁ」と気の弱いところをチラッと見せてくれたりした。それが私には貴重な想いであるかのように感じた。彼に何かしてあげたいと思った。彼が少しでも安楽になれるにはどうしたらいいかと思った。しかしほとんどできないのが現状だった。肩を落とし小さくため息をつく私に「ええねん。あんたが落ち込むことないやろ」・・・かえって慰めてくれたりした。それがまた私の心を揺らした。何にもできない・・・これほど無力感を味わったこともなかった。そんな日々が続いたある日のことだった。彼の部屋に入ると彼は大声で泣きじゃくっていた。体全体が震えていた。「どうかしたの」私が声を聞くと彼は振り返った。「杏ちゃん・・怖いんだよ、何だかものすごく怖いんだよっ」私の腕を掴んだ。ものすごい力だった。「イヤだ、助けてくれ、苦しいよー」泣き叫ぶ彼の体をぎゅっと抱きしめた。「どうしたん、いったいどうしたん、なにがあったの」彼はただ泣いていた。「怖いんだ怖いんだ怖いんだ、助けてくれ助けてくれよ」尋常でない彼の興奮した様子に一抹の不安を感じた私は、主治医に連絡を取った。しかし他覚的な所見でおかしいところはどこにも見つからなかった。「様子見といてよ、とりあえずセルシン5ミリ筋注しといて。」主治医はそういって部屋を出たのだった。安定剤を筋肉注射して暫く背中をさすっていると彼はうとうとしだした。顔についた涙の痕が切なかった。さぞかし怖かったんだろう。さぞかし怖かったんだろう。そう思うと心が痛んでいつまでも抱きしめていてあげたいと思った。私は準夜勤務の看護師に申し送りをして帰宅した。帰りの電車で彼の顔が、彼の泣き顔がふと浮かんで自分も泣きそうになった。・・どうしてこんな病気が存在するの・・・。思いながら悔しくなった。その日の夜うとうとしていると夢の中に彼が出てきた。「ごめんな、さっきは。」「何言ってるんです。気持ちは治まりましたか。」「あぁ、ありがとうな、しゃあないもんな。」「怖かったんですよね」「でも君の顔を最後に見ておきたかったんだ。」そういわれた瞬間えもいわれぬ思いがして私は飛び起きた。深夜1時過ぎ。妙にリアルな夢だった。あまりにリアルすぎた。私はなぜだか、この瞬間彼が逝ってしまったのだと確信した。言葉では説明できない予感を感じた。・・あぁ、今彼は亡くなったんだ・・・。その思いが自然に私の中に流れた。翌日出勤して黒板の患者名簿から彼の名前が消えているのを知った。夜勤者に訊くと夜中に腹腔内出血を起こしてあっという間に亡くなったのだと教えてくれた。「早かったわぁ。」そうため息をつきながら夜勤の看護師は言ったのだった。死を直感した彼の恐怖感はどんなに怖ろしいものであったろう。目には見えない「死」がじわじわ彼の体を蝕んでいく・・。また一人この世界から違う世界へ旅立っていくのを眺めなければいけなくなった。
2007/07/10

僕の存在は何なのさあなたは僕のことどう思っているの僕はあなたの恋人じゃなかったのあなたは好きな人は今いないのきっとそう問いかけたかったのだろうかと・・ちょっと違う解釈のおかげでちょっと近い距離になったのかと・・これも思い出になりますか?
2007/07/10

思い出はできるものじゃなくて作るもの思い出は思い出すものじゃなくて思い出してしまうもの思い出の中に言葉は浮かぶものじゃなくて込められるもの触れた手の暖かさを覚えていますか絡ませあった舌の感触を覚えていますか抱き合ったときのお互いの体温を覚えていますか
2007/07/09

「僕はちょっとしたことでも気になってしまうんです。相手とつきあって段々馴染んでくる。こう言えばこう返してくる、とか、こういう生活をしていて・・と把握しているような相手が突然イレギュラーなことをする・・それも説明なしに。はじめは自分の中で納得しようとはするんですよ、いくつかの理由をつけてね。しかしそれが嵩じてくると不安に押しつぶされそうな感じがしてくるんですよ。やっぱりおかしい・・ってね。いや・・おかしいのは僕の方なんでしょうか。」 話を聞きながら、きっと彼は幼少の頃から、両親に甘えた記憶がないのだろうと思った。 理屈の通らない本能的な甘えを、理屈で捻じ伏せているかのような印象を受けた。そしてそれを自分自身に対して隠蔽してしまおうとしているかのように見えた。 「泣きたいときに泣きたい」 その泣きたい理由が理に適っているかどうか。 適っていないと泣けないのだろう。 人はそんなものでは括られやしないのに。 「泣きたい理由が見つからない」 「でも泣きたいのに」 そんな葛藤を抱えて困惑しているかのような子供の姿が彼と重なった。 哀しみは放置すれば憂鬱になる。 怒りは放置すれば怨恨になる。 しかしひょっとして・・。彼は自分が感じていることを相手にもそっくり同じ事を感じさせるようにして、「答え」が欲しかったのではなかったのだろうか。 自分が求めている答え。 しかし相反して相手は逆上し「夜叉」になってしまった。 答えは、もらえなかった・・・。 いや。 答えは出ていたのかもしれない。 すなわち「夜叉」になることが「答え」だったのではあるまいか。 相手を夜叉に仕立て上げる事で彼は、自分自身閉じ込めておいた「夜叉」の部分を肯定したかったのではないだろうか。 「泣きたいときには泣けばいい」そう言われたかっただろう、しかし決して言われることのなかった彼の半生を思い遣るといじらしさを感じた。私はふと外を見た。彼が座っている後ろの窓越しに桜の樹が見えている。 風があるのか、その枝振りは揺らぎあたかも誰かに手を振っているかのようだった。 窓を通しては聞こえてこない。 無音の世界に住んでいるかのような声無き叫びが伝わってくるかのようだった。 彼は目の前にある青磁のカップソーサーに視線を落とした。 深くくすんだ青色の中に自分の心をも溶かし込みたい気持ちを感じたのではないかという気がした。 彼は疲れているのだ。 生きる方向に向かって歩いていたはずなのに、いつの間にか幾体もの傀儡を抱きかかえ闇の中を彷徨せざるを得なくなってしまった。 その重みに耐えかねて。 しかし私には彼の闇に光を灯してあげることはできない。 灯せるのは自分自身だけなのであるから。 見守るしかできない。 私は彼に言った。 「あなたを思い出すと光源氏を思い出すわ。『源氏物語』の中の光源氏ね。彼はさまざまな女性遍歴を重ねたわよね。才気迸る女性、気立ての優しい女性、美貌高らかに歌われた女性・・それこそきりがないくらいにね。あらゆる女性に囲まれながらどうしてそれだけで満足せず、彼はいろんな女性を探し続けていたのかしら・・?」 彼は言った。「さぁ。彼は満足しなかったからなんでしょうか。それまでの女性に。きっと藤壺の面影から逃れることができなかったんじゃないでしょうか。」 私は彼の端正な顔立ちをじっと眺めた。 この人のお母さんは彼をどんな目で見て、どんな思いで彼を育てたのだろうかと想像した。彼女もまた心の中に、夜叉を持っていたのかもしれない。度重なる夫の不倫。 言葉にならぬ思いをふつふつと煮えたぎらせていたに違いない。 自分が心の中の夜叉の部分を出せない分、出せる相手に嫉妬したくはなかっただろうし、他人に出して欲しくはなかったのだろう。それがたとえ、実のわが子であったとしても・・・。果たしてそう禁止されてしまった子供は長じて「夜叉」の部分を永遠に自分の中に持っていなくてはいけない羽目に陥る。 母がしたように。 自分も同じように。 私は彼に言った。 「そうね。藤壺・・彼女に対しては・・いえ、でもきっとそれ以前にね、藤壺にお母さんである桐壺を見ていたのかもしれませんよ。しかし桐壺はなくなってしまった・・。これはもうどう変えようもないことですよね。源氏は藤壺(桐壺)に対して彼女との恋愛が成就しない怒りと彼女に対する愛着を同時に感じて辛かったんではないでしょうかねぇ。」彼はじっと聞いている。 「愛するものからのストロークを感じられない辛さ。これは一番の責め苦だと思うんですよ。人は愛するものから関心を寄せられたい、愛されたい、構われたい、そう思うものです。それが自分の満足できる大きさでなかったとしたら、人はより何らかの働きかけが欲しくなるものよ。無視されるよりそれがたとえ自分に対しての「怒り」であってもね・・・。」 彼はうつろな目をした。私はさらに言った。「源氏は藤壺(桐壺)にもらえなかった気持ちの塊を誰かから、代わりにもらいたがっていたのではないかしら。しかしそういう彼の行動を嘆き悲しむことこそすれど、結果的にはみんな源氏の行動を黙認、許容してきた。それが彼には『無視』『無関心』として映ってしまったのではないかしら・・・。」 彼はまた泣き笑いの目をした。 「『家庭』の基盤がぐらついていると心まで不安定感を感じるという事になるんだと仰りたいんですね。なるほど。確かに僕は、いつも母がどこかへ行ってしまうかと思いながら暮らしてきました。それくらい存在感のない人だったんです。だから家にいたって、僕はいつも彷徨っているような気になっていました。」 彼は続けた。 「源氏は誰か・・を探していたんではないんですよね。いろんな女性の中に見えてくる『母親』を探し求めていたんですよね・・。数多の女性の中に見える『母の部分』も一緒に探していたのでしょうかねぇ。」 彼は大きくため息をついて立ち上がった。 「そう・・誰かじゃないあなた・・すなわち『母親』に対峙しなければならないんですね。僕の場合も・・。ありがとう。少し考えてみたいと思います。」 彼を見送った後私は窓を開けた。その瞬間、木々のざわめきが悲鳴のように聞こえてきた。 外はまだ寒い。窓を開けなければ聞こえなかった木々のざわめきを聞いていると、先ほどの彼との会見が蘇ってきた。彼の心の「窓」を開けたことはよかったのだろうか。そんなことをふと思いながら窓を閉めた。
2007/07/09

寂しい目をした人がいた。 その人は、人懐こくて朗らかな人柄なのに、目だけはいつも寂しそうだった。 頭もよく社会的立場も高くみんなに慕われていた。 なのに目だけはいつもどこか遠くを眺めていた。 彼は時折自己破壊衝動に駆られてしまうと言った。 自分は本当は汚濁したイヤな人間なのだと苦笑いした。 車を運転しているときに 「アクセルを目いっぱい踏み込んでこのまま飛んでしまいたい」 とよく思うそうだ。 湯船に浸かって風呂場の天井の湯気をぼんやりと眺めているときに 「全てを洗い流したい」 と心がねじれるような苦痛を味わうそうだ。 桜の蕾がかなり膨らんでいる。 茶色の殻から白緑色の若蕾が顔を出している。 日光に当たって白っぽく反射した樹の幹は去年より一段と逞しくなったかのような気がする。 彼と出会ったのもこんな季節だったかと思い出した。 そう。 小春日和のような陽気な表情を浮かべて彼は私と握手したのだった。 しかしその手は妙にひんやりしていて、私は冷たさを感じながらそっと顔を見つめているとあの「目」にぶつかったのだった。 目だけは陽気ではなかった。まるで泣き笑いしているかのような目だった。 彼の目は「深海」を思い起こさせた。 見えるようで見えない深い底に沈んだ哀しみが感じられるようだった。 彼は澱みなく話してくれた。自分の人生、いろんなアクシデントはあったが概ね成功していると思う、と言った。 しかし時折無性にやりきれなくなり頭をかきむしりたくなることがある、と言った。 原因はわからない、生きているのが厭に思うくらいそれは衝動的にくる、と言った。 同族会社の取締役で政略結婚して子供もいるが結婚生活は形式だけのもので、妻には愛情を求めていないし求められてもいない、と言った。 本当に愛せる人がほしくて何度も恋愛をしたのだが、長続きしなかったのです・・・。 そこだけは申し訳なさそうに小声で話をする彼が、妙に人間らしさを感じて印象に残った。彼は大きな波をこれまで何回か経験してきている。 彼が18才の時両親が離婚した。 父親は仕事か女性で忙しくほとんど家にいたことがなかったらしい。 母親はそんな夫を見て趣味に明け暮れるようになる。 あの頃ハウスキーパーに来ている老女と一番一緒に時間をすごしたんじゃないのかな、とため息交じりで彼は言った。 温度の低い両親だった、と言った。 離婚して彼らは母親の財閥関係の傘下に身をおかれることになった。 財閥から資金援助を打ち切られた父親の会社は運営困難に陥り倒産したらしい。 「お父さんと一緒に死んでくれ」 そう泣きながら手をつかんだ父を呆然と見ている他なかった、と言った。 それから彼の一生は財閥のものになった。 彼は安定感ある身分を一生保証された代わりに、心の安定感を一生失うことになる。 「本当に心から愛せる人を見つけ出したいんです。」 「しかし自分にはどうしても今まで探しきれずにいたんです。」 「もう誰もそんな人はいないのではないかとも時折思うことがあります。」 そう切々と私に訴えた。そんなときの彼の目は一段と深い色の目になった。 人生を諦めている訳ではないのだが、いい加減探し続けることに疲れ果てている・・そんな目だった。 たくさんの恋愛をしてきて、心から許しあえる人を見つけようと思ったが、なぜか喧嘩別れしてそれでおしまい・・ということが多いのだ、と彼は笑った。 つき合ってきた女性の温度差には敏感なほうで、その中に「冷たさ」を感じると自分の気持ちもすっと醒めていくのだ、と言った。 そして段々喧嘩が多くなり終には別れ話となるんだと言った。 「いつも彼女たちは最後は夜叉みたいな形相で迫ってくるんです。それを見ると、あぁ、もう終わりだなぁと思うんです。」 彼は自分は敏感だから、相手の気持ちが醒めて来ると肌で感じるのだと言った。 「なんだか自分に心が向いていないような気がする。」 そう思うと焦燥感で気持ちが揺らぎ、それを打ち消したいがためについ、他の女性に愚痴をこぼしたりモーションをかけて気を紛らわそうとしてしまうらしい。それが相手の女性にも伝わり大喧嘩に発展してきたらしい。 「本当に愛してきたはずなのに自分に対して関心が薄れてきているんじゃないかと思っただけで醒めるのはやはり本当に愛していたのではなかったのでしょうか。」 私は愛しているかどうかは恋愛が終わってから見えてくるもので、恋愛しているときは「好き」かどうかしかわからないわよ、と言った。 「好き」をどうやって持続させていこうかと心を砕き、 「好き」をどうにか見失わないようにしようと相手を信じる。 その中で自分をどれだけ燃焼させられたか、 燃え尽きて後が残らないくらい気持ちを出し切ったか、 過去を過去として懐かしく思い出せるような「肥し」にまで灰化させられたとき初めて相手を、自分をも愛したことになるのではないかと言った。 「あなたは、相手に温度差を感じたときどんな感覚をもったのですか?」 すると彼はしばらく考えていたが、 「うん・・。寂しかったですね。あぁ、本当に自分は愛されていないんじゃないのか、またか・・って・・・。」 と呟くように答えた。 「寂しく感じたとき、あなたはどうしたかったのですか?本当はどうしたかったのでしょうか?」 「やめてくれ、と怒鳴りたかったですよ。僕は知っているんだ、君の温度が下がってきているということも、元から大して思ってはくれてなかったんだろうということも・・ってね・・。」 「しかし相手にはそれを伝えなかったの?」 「無理です。だってそれは僕の妄想かもしれないし、相手に言ったってかわされるのが見えていますしね。」 「そう・・・。」しばらく考えて彼は言葉を続けた。
2007/07/09

私は女で枚方市に住んでいます。42歳です。恋人募集中です。でも結婚したいなんて言わない方がいいです。哲学や文学を語りながら実はセックスも好きだったりします。条件から当てはめると同じような女性はたくさんいますよね。別に私でなくてもいい。絶対私でないといけないということはない。だから時々「私でいいの」というメッセージを分からないように折り込んでおきます。分からなくてもいいんです。大概分からない・・。実の母親でさえも分からなかったから仕方ないんです。私じゃないとどうしてもいけない・・そんな必死さを持つ人はいない・・。でもね。わかりますか。そういう私も必死さを持っていないんですよ、きっと。だから相手に望んでばかりいてもいけません。私の中途半端な態度を感じて相手も「次」を探すのでしょうよ。でも私の心は疲れきっているのかもしれなくてそれならそれでもういいや・・と感じてしまいます。
2007/07/08

アルコールを飲まなきゃ眠れなくてアルコールを飲んだら思い出して思い出したら眠れなくて眠れなかったら寂しくて寂しさは影のようにつきまとって逃げても逃げても追いかけてくる逃げるうちは追いかけてくる向き合って初めて影を踏みしめることができるように寂しさもじっとこらえて感じてそれが自分のしたことの結果だと感じなきゃいけないのだけどアルコールを飲むとなんでこんなに寂しくなるのだろう
2007/07/08

出会いの瞬間は 今までにない心響く人 ・・なんて思うのだけれど別れの瞬間は きっとこれまでの別れを全部被せちゃうから辛くなるんだろうねさよならその言葉に込められた意味の重さに心までが傾いで時間が来れば痛みは和らぐのだとは思っていてもふとした瞬間に過去に引き戻された時が辛いリズムに任せて踊っていれば次へのステップが開けるだろうに
2007/07/07
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