リュンポリス
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明けましておめでとうございます!今年もよろしくお願いいたします!時が過ぎるのは早いもので、あっと言う間に2019年へと突入してしまいました。平成最後の年末年始は、いつも通りまったり実家・・・ではなく、ギリシアへ一人旅に行っていました!今回はコリントス、エギナ島、そしてスパルタという、ドーリア人の主に定住した地を中心に巡って行きました。最大の目玉は何と言っても「スパルタ」で、かつてペロポネソス戦争の末に海洋帝国アテナイを破り、テーバイが台頭するまでギリシアや小アジア地域で覇を唱えた無敵の都市国家に初めて足を踏み入れることになります。2018年の12月29日深夜に、アエロフロート・ロシア航空によってモスクワ経由でアテネへ到着し、翌日から活動を開始しました!◆コリントスへ上陸!(2018/12/30-12/31)午前中にアテネのアクロポリスやパルテノン神殿を参拝した後、早速コリントスへ向かいました!6年前に人生で初めてギリシアを訪れた際、メジャーな遺跡を巡るアメリカ人向けのツアーでコリントス運河だけはフォトストップとして観光できましたが、現代コリントスの町、そして古代コリントス遺跡には今回が初となります。KTELバスというギリシャの長距離バス(イギリスで言うメガバス)を利用し、コリントスへ上陸です!★コリントスで主に訪れたスポット①ベニゼル広場(ペガサス像)②ペリアンドロス像③コリントス湾(ポセイドン通り)④ディオルコス遺跡⑤コリントス運河とイスミア橋⑥古代コリントス遺跡⑦アクロコリントス遺跡滞在一日目は①~⑤までを観光しましたが、特にコリントス湾は感動的でした!これはディオルコス遺跡※に向かうまでの道(ポセイドン通り)で偶然にもコリントス湾を一望できたのですが、あれは良い意味で青天の霹靂でしたね。美しすぎます!夕暮れ時、水色の絵の具で海面をそのまま塗りつぶしたかのような、あの淡い神秘的な光景は、まさに美の女神アフロディテの祝福そのものでした。心を奪われるとはああいうことなのでしょう。ディオルコス遺跡に行った帰り、近くのベンチに座り、ギリシャの音楽を聞きながら辺りが暗くなるまで眺めていました。※古代ギリシアの時代は、地峡に運河がまだ出来ていなかったので、船を一度陸に上げて反対側の沿岸部まで引っ張り、地峡を渡っていました。地峡は重要な物流ルートだったので、古代コリントスはこれを管理し税を徴収することで、膨大な資金を入手していました。その跡地がディオルコス遺跡です。▲ディオルコス遺跡へ後1kmというところで偶然見つけた浜辺。淡いコリントス湾の美しさに脱帽です。2日目は古代コリントス遺跡へ向かいましたが、ここで大失態・・・。なんと古代コリントス遺跡と考古学博物館がクローズ!しかも年末だからとかいう特殊要因ではなく、定休日の月曜日だから・・・!orzなんという初歩的なミスでしょうか。柵から辛うじて遺跡を眺めることはできますが、中に入ることができないなんて・・・!グラウケの泉の遺構やアポロン神殿は柵からも見えますが、肝心のペイレネの泉※は全く見れない・・・!※ペイレネの泉は、コリントスの英雄ベレロポンがペガサスを捕まえた場所とされる伝説の泉です。ベレロポンはペガサスに跨ることで無敵の力を得ますが、傲慢になりすぎたことで最終的にゼウスの怒りに触れ、飛行中にペガサスから落ちて死にます。(もしくは下半身不随)ここまで来てこんな結末なんて嫌だと思ったので、代わりに古代コリントス遺跡の背後に聳え立つ山の頂上にあるアクロコリントス遺跡へ向かおうと決意。グーグルのオフラインマップによると4~5km山道を登らないと行けないとありますが、まぁヘーキヘーキ!と、当初は軽い気持ちで行きましたが・・・まぁ地獄でしたね。笑▲巨大な岩塊のような山の頂上にあるのがアクロコリントス遺跡です。標高は575メートルとそこまで大きい山ではありませんが、徒歩で登るとなると大変です・・・!というのも、途中で雨が降ってきたんです。傘は現地調達しようと思ってたので持ってきてませんし、近くの店で買おうにも、年末だからかどの店も閉まってました。仕方なく雨に打たれるがまま山道に行きましたが、真冬の雨で体温は奪われるわ、ずっと上り坂で体力は消耗するわ、果てしない山道(なにせ4km)で心折れそうになるわで、この時点では控えめに言って最悪でした。笑 景色は良かったんですが、それを楽しむ心の余裕がありませんでした。笑雨が強くなってきた時は、林の中に入り、オリーブの木の下で雨宿り&休憩。雨が弱まってきたらまた山道に戻って登るということを繰り返していました。残り1km!というところで、人通りゼロだった山道にも車が通りかかり、私の近くに止まりました。同じくアクロコリントス遺跡観光に訪れていたアメリカ人ご夫婦で、「君大丈夫?遺跡まで車に乗ってく?」という温かすぎるお言葉!!!(忘れもしません、レイチェルさん!)二つ返事でOKし、残り1kmは「ありがとう!あのままだったら死んでたよ、ハハハ」なんて冗談を言いながら優雅に遺跡までGO! 得体のしれないびしょ濡れのアジア人を乗せてくれるなんて・・・、人の温かさに感謝すると同時に、感動しました。で、ここからが本題のアクロコリントス遺跡なんですが、地獄の試練を乗り越えて来ただけあって、感動もひとしおですよ!古代コリントス時代の重要なアフロディテの神域である上に、ビザンティン時代は難攻不落の要塞として活躍しました。現在残る遺構はビザンティン時代のものが大半を占めますが、奥地には第二のペイレネの泉(The Upper Peirene Spring)があります。こちらはペガサスが蹴って湧き出た、もしくは河神アソポスがコリントスの創始者シシュポスに与えたという2つの異なった伝説があります。ともかく、古代コリントス遺跡で見れなかったペイレネの泉を、アクロコリントス遺跡で見ることができたんですから、もう大満足ですよね!!!▲アクロコリントス遺跡からの眺め。神話では、アクロコリントスの領有を巡って海の神ポセイドンと太陽神ヘリオスが争ったとされています。例の如く、ポセイドンはこのアクロポリスを手に入れることができませんでした。(代わりにコリントス地峡の守護神となりましたが)▲ペイレネの泉の遺構。ここから水分補給できるので、アクロコリントスは敵に包囲され籠城戦になっても長期間持ちこたえることができました。行きの山道であれほど体力消耗したにも関わらず、いざ遺跡に着いてみれば、不思議と活力が漲り、常時ランナーズハイのような状態で2時間以上観光できました。遺跡内部も、急斜面や崖と隣り合わせの狭い山道など、危険な山地であることに変わりはありません(手すりや柵なんてものはありません。落ちたら自己責任です)が、もう楽しいのなんのって!靴、コート、ズボン下部が総じて浸水するという客観的に見れば悪夢のような状態でしたが、重要な神域にいるという事実だけで最高の気分になれました!さて、一通りアクロコリントス遺跡を堪能し、問題は帰りです。親切なアメリカ人ご夫婦はとうの昔に帰ってしまっています。まぁ、今回は下り坂だし、大丈夫だろうとまた徒歩で下りることを決意。1kmぐらい進むと、今度はコリントス在住のギリシャ人のお爺さんが車で拾ってくれました!しかも、向かっている先が偶然同じ方向だったのもあって、ホテル近くまで送ってくれるという最高の優しさ!おかげでコリントス行きのバスを待つ時間を短縮でき、アクロコリントスへの大冒険にも関わらず、想定より早めに戻ることができました。本当に感謝してもし切れません・・・!人の優しさに触れることのできたコリントスでした。◆アテネで平成最後の年越し!(2018/12/31-2019/1/1)コリントスのホテルで一旦体勢を整えた後、年末の夜はアテネへ!アクロコリントス登山で心底疲れ切っていましたが、年越しカウントダウンは見ようと深夜はシンタグマ広場に佇んでいました。年越しの瞬間は、多くの人が派手にライトアップされた広場に集まり、皆でギリシャ語でカウントダウン。年越しした直後はアクロポリスから花火が上がりました!(残念ながら、広場からだと建物が邪魔してあまり見えませんでした笑)ロンドンの年越しのように派手で長いセレモニーはありませんでしたが、一刻も早く眠りにつきたい私としてはその方が好都合でした。笑ちなみに、どさくさに紛れて腕時計を盗もうとしてきた不届き者もいましたが、なんとか死守しました。彼女からもらった大事な腕時計だったので、盗まれてたら悲憤の年越しになっていたところでした。笑▲年越し直前、続々とシンタグマ広場に集うギリシャ人たち。深夜にも関わらず、小さなお子さんも年越しカウントダウンに参加していました。年が明け、元日の午前は、以前から言語交換SNSでギリシャ語でやり取りしていた現地女子大生のカリオペさんと初めて会ってきました!(あれだけびしょ濡れになったのに風邪をひかなかったのは奇跡ですね笑)ケルキラ島の大学に通っているそうですが、実家はアテネとのことで、年末年始は帰省しているようです。まだ私のギリシャ語はスピーキング・リスニングが不十分なので、基本的には英語での会話となってしまいましたが、ギリシャ語もちょっとだけ話すことができました。私がギリシャ大好きであるのと同様に、カリオペさんも日本が大好きであり、日本の文化やギリシャの文化を教え合うという、非常に楽しい一時を過ごすことができました!(古代ギリシャに関しては私の方が詳しく、「大学の教授みたい!かっこいい!」と言われて鼻高々でした笑)◆これがスパルタだ!!!(2019/1/1-1/3)カリオペさんとの談笑の後は、KTELバスでスパルタへ!移動に4時間かかるという長丁場でしたが、車窓を眺めていると全然飽きませんね。夕暮れに照らされたアルカディアの景色は、まさに黄金の理想郷でした。さて、スパルタと言えば、あの映画『300 スリーハンドレッド』の舞台であるのみならず、ゲーム『ゴッド・オブ・ウォー』の主人公クレイトスの生まれ故郷でもあります。『ゴッド・オブ・ウォー』は私がギリシャ好きになったきっかけでもあるので、スパルタは言うなれば私のギリシャ愛のルーツです。そこに初上陸ともなれば、興奮しないわけがありません!着いた時にはもう夜でしたが、すぐさまレオニダス像に初詣へと向かいました!!!笑▲現代スパルタの町を見守るレオニダス像。下の石碑には、王の有名な言葉「モーロン・ラベ (ペルシア軍に対して言い放った言葉で、「投降してほしくば、武器を奪い取ってみよ!」という意味)」と、彫刻家パノスの弔辞が刻まれています。★スパルタで主に訪れたスポット①レオニダス像②レオニダス王の墓③リュクルゴス像④スパルタ考古学博物館⑤古代スパルタ遺跡⑥アルテミス・オルティアの神域⑦エウロタス川⑧名も無き古代神域⑨ミストラ遺跡⑩オリーブとオリーブオイル博物館何と言っても最高だったのは古代スパルタ遺跡です!特に、古代スパルタ遺跡のアクロポリスに残るアテナ・カルキオイコスの遺構は、スパルタの守護神アテナを祀る最も重要な神域で、スパルタ軍の集合地点でもありました。ペルシア戦争のプラタイアの戦いで勇名を馳せたスパルタ将軍パウサニアスが、裏切りの罪で追われた時に逃げ込んだのもこの神域です。この神域にはパウサニアスだけでなく、あのレオニダス1世や、歴史家クセノポンに称賛されたアゲシラオス2世、そしてメガロポリスの戦いで壮絶に散ったアギス3世も訪れていた※でしょうから、そこに立つことができたというだけでもう最高です!!!クレイトスも史実だったならば「スパルタの亡霊」と化す前には訪れていたであろう場所ですからね!笑 遺跡を歩きながらクレイトスのテーマ「Rage of Sparta」を歌ったことは、決して忘れません!(この曲はギリシア語でかなり過激な歌詞なので、周りに人がいなくてよかったです笑)※レオニダス1世は、言うまでもなく『300 スリーハンドレッド』の主人公でもあり、テルモピュライの戦いにおいて、たった6000人(内、スパルタ人は300人)を指揮して、ペルシア軍200万人(実際は10~30万人程度)を数日間足止めしました。その際に言い放った数々の名言は、現代のギリシア軍やアメリカ海軍のモットーにもなっています。アゲシラオス2世は、スパルタの最盛期と凋落期の両方を生き抜いた王で、最盛期においては小アジアでペルシア帝国に戦いを挑み、連戦連勝でペルシア帝国の太守ティッサフェルネスを死刑に追い込みました。凋落期においては、エジプトで現地の王位争奪戦を支援し、その報酬を得ることで祖国の資金繰りを助けました。アギス3世はアレクサンドロス大王と同時代の王で、マケドニアの支配からギリシア諸ポリスを解き放とうと反乱を起こし、強大なマケドニア軍に対して緒戦で勝利しましたが、メガロポリスの戦いで圧倒的な数の差に押され、部下を逃がし自らは死ぬまで戦い続けました。▲アテナ・カルキオイコス神域。カルキオイコスとは「青銅の家」という意味です。ここから古代のレオニダス像や、スポーツ競技会での優勝を記念した奉納品が出土しています。そして、忘れられない出来事と言えば、この古代スパルタ遺跡の劇場跡地で、鳥のフンが頭に直撃しました。笑劇場跡地のオルケストラで写真を撮ってると、天から水飛沫みたいなものが突如ブシャーと降ってきました!あまりにも突然のことでカメラを守るので精一杯でしたが、恐る恐る頭を拭ってみると、謎の緑色の半透明の液体がっ!周りに人はいませんし、最初は劇場跡地の斜面上部から謎の生物が威嚇としてコブラみたいに毒を吐きつけたのかと思いましたが、まぁ冷静に考えたら鳥のフンが妥当ですよね…笑アテナの祝福を受けたんだと言い聞かせながら、ティッシュで頭を拭った後、何事もなかったかのように観光を続けました。笑(もちろん、遺跡からホテルに帰った直後にシャワーを浴びましたが笑)▲雄大なタイゲトス山脈に見下ろされた古代スパルタの劇場遺構。ヘレニズム後期かローマ初期に作られたとされています。ペロポネソス半島の劇場の中では最大のもので、悲劇や喜劇の上演に加え、宗教儀礼の会場や集会所としても利用されました。アテナから洗礼を受けた次の日は、世界遺産のミストラ遺跡へ!こちらもアクロコリントス同様、山の上にある遺跡ですが、今回はちゃんと折り畳み傘を購入して持参し、タクシーで山道を楽々上って遺跡まで行きました。笑 チケット売り場のおばちゃんとギリシャ語で仲良くなり、ウキウキ気分で遺跡を巡りましたが、アクロコリントスに負けず劣らず素晴らしい景色でした!所々に設置してある説明パネルでビザンツ帝国の勉強もできますし、ラコニアを一望しながらビザンツ帝国へと思いを馳せていました・・・!▲ミストラ遺跡にあるパンタナッサ教会。教会内部ではお賽銭を入れ、蝋燭に火を灯してお祈りをしてきました。◆エーゲ海クルーズ(2019/1/4)スパルタ観光を終え、興奮冷めやらぬ内にアテネへと帰還し、エーゲ海クルーズに参加してきました!今回の旅は基本的には全て個人手配ですが、効率的にサロニコス湾の島々を巡れるということで、旅行会社にクルーズのみアレンジしてもらっていました。エーゲ海クルーズは人気が高いのか、参加者の半数以上が日本人の団体観光客であり、今まで現地ギリシャ人や英語圏観光客との交流を主にしていたので、一気に現実に戻った感がありました。笑そんな中、一人旅中の日本人3人の方々と親しくなり、ギリシャトークで盛り上がりました!年齢も職業も住んでいる県もバラバラで、ギリシャでエーゲ海クルーズに参加することがなければ決して出会わなかった3人と考えると、なんだか素敵ですよね。日本でも、日本ギリシャ協会の活動やギリシャ系アクティビティを通し、大学教授、ギリシャ料理屋のオーナーシェフ、ギリシャ正教徒、翻訳家、現役大学生、ベンチャーCEOなど、様々な出会いがありましたが、社会人になって社外の出会いが減っている中で、ギリシャは本当に素晴らしい機会を提供してくれているなとしみじみと感じました。★エーゲ海クルーズで主に訪れたスポット①サラミス島近海(サラミスの海戦の起こった近く)②イドラ島(イドラ・タウン、歴史博物館、時計塔)③ポロス島(ポロス・タウン、考古学博物館)④エギナ島(エギナ・タウン、アファイア神殿、聖ネクタリオス修道院、アポロン神殿)さて、エーゲ海クルーズでは、あの歴史的なサラミスの海戦※のあった海域の近くを通るなど、ルートも素晴らしかったですが、何と言っても最高だったのはアファイア神殿です!古代アゴラのヘファイストス神殿に次いで保存状態が良く、最も美しい神殿の一つだと称賛されている通り、雄大な景色を背景に聳え立つそれは、アテナイと競い合っていた古代エギナの威光を充分に感じ取れる傑作でした。ツアーの特性上、どの島やスポットでもゆっくり観光はできませんでしたが、冬で船便が激減している中、一日の内に3島を一気に回れるのはクルーズの最大の魅力ですね。※世界史でもトップクラスに有名な大海戦です。ペルシア戦争の折、アテナイの将軍テミストクレスがギリシア連合海軍を束ね、サラミス島近海でペルシア海軍に戦いを挑み、歴史的大勝利を飾りました。この海戦で戦局が覆り、ギリシアの反撃が始まると共に、ペルシアのギリシア征服という夢は破れました。古代エギナの海軍も30隻ほど参加し、ヘロドトスによればエギナ海軍が最も活躍したとされています。▲この辺りの海で、海戦前にペルシア海軍が停泊していました。左手に見えるプシッタリア島の影の向こう側のサラミス島近海で、伝説的な大海戦が勃発しました。▲アファイア神殿は、パルテノン神殿と同じくドーリア式の神殿です。神殿の破風はトロイア戦争を表象していましたが、ドイツによって持ち去られ、ミュンヘンのグリュプトテーク博物館に収蔵されたままになっています。エーゲ海クルーズの後は、仲良くなった3人とアテネで飲み会です!通りすがりの気さくなギリシャ人のお爺さんに教えてもらった美味しいレストランに入り(ギリシャ語で話したところ、「ギリシャ語喋れるの!?難しい言語なのに凄いね!」と感激され、近辺で最も美味しいお店に案内してくれました笑)、ギリシャ料理と談笑を楽しみました。このお店のムサカは最高クラスに美味しく、かつてロドス島で食べたパスタや、デロス島で飲んだヘレニックオレンジジュースに匹敵するほどの味でした!!!しかも値段もお手頃で、さすが地元のお爺さんが最高だとオススメするほどのお店です!◆そして、帰国…(2019/1/5-1/6)楽しい時間はすぐに過ぎ去り、とうとうお別れの時がやって来ました。午前中はシュリーマンの邸宅を改造して建てたアテネ貨幣博物館で貨幣について学び、午後イチのフライトでモスクワへ・・・。モスクワでは、30分ほどフライトが遅れたことに加え、空前絶後の大混雑で、乗り継ぎのセキュリティチェックの前はディズニーランドも真っ青の長蛇の列&満員電車クラスの人混み!「搭乗時間あと5分しかないんだけど!」「早くしろよ!」なんて怒号も飛び交う始末・・・。乗り継ぎ時間はあと1時間ほどしかなく、「あ、ドーハの悲劇、台北の悪夢に続き、モスクワの絶望か・・・」なんて思ってましたが(ドーハは第2回ギリシア旅行時、台北はベトナム旅行時に乗り継ぎをミスった場所です笑)、ぐいぐい前進する人に着いていったら奇跡的に間に合いました!そして、何とか帰国です・・・!今回は内陸部の遺跡を中心に一人で回りましたが、古代コリントス遺跡がクローズしていたこと以外はこれといったトラブルも無く、平成最後の年末年始に最高の一時を過ごすことができました。特に古代スパルタ遺跡は、今回のハイライトです。アテネのアクロポリスと比べると、確かに派手さはないかもしれません。ですが、タイゲトス山脈を背景に佇むスパルタのアクロポリスは、確かに「最強のスパルタ人」の面影を現代にまで残していました。更に、今回は出会いがいつもより多い旅となりました。アクロコリントスで私を救い出してくれたアメリカ人ご夫婦とコリントス在住のお爺さん、ギリシャ語や現代文化について教えてくれた現地女子大生のカリオペさんや、クルーズ中に様々な情報交換と談笑を楽しめた一人旅組、最高のお店を紹介してくれたアテネ在住のお爺さんなど、一人旅だったんですが、人の温かさに触れることのできた旅でした。第5回ギリシア旅行の時には、もっとギリシャ語でコミュニケーションを取れるように、リーディングやライティングのみならず、スピーキングとリスニングも頑張りたいですね!
2019.01.07
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