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食卓に並べられる額を流れていく汗がテーブルに落ち氷と共に浮かぶ多くの細い線どこかに向かうわけではなく小麦粉を原料とした大きななべで煮てください火の加減も重要でゆめゆめ煮過ぎないようかき混ぜることも忘れずにねぎも刻まれ生姜もすられゴマのつぶれる感触のこれもまたひとつの糧か額に並べられる食卓は落ちていくゆっくりと噛めば舌の上に残る麺なんて簡単にいうんじゃないお題はチャーリーさんでした
2008.07.29
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期待はしていたが、それをはるかに上回る展覧会だった。「ウルビーノのビーナス」「薬師寺」を越えて、今年見た展覧会のベストだろう。 まず、色に圧倒された。近くで見ると、何故こんな色の組み合わせができるのかと思える、圧倒的な色彩だった。 しかし、魅力はそれだけではない。これらの色彩や造形は明らかに、長い年月の知識の集積、知恵のよって描かれている。もちろん、あらゆる芸術(言語作品も含む)は、長い年月の集積として成り立っているのだが、この場合は集積の仕方、構造が違う。 大きな発見もあった。絵画は平面ではなく立体だということだ。展覧会というと、たいていは正面から見るが、この展覧会では何か違うという直感があった。直感といっても確かな知識もあり、ウングワーレの絵が砂絵が有ることがあり、とするなら、俯瞰的ではなく同じ高さから見るのではと思った。実際、角度を変えて斜めの壁に近づく位置から見ると、思いもかけぬ実感的盛り上がりや色彩、形が現われてきた。もちろん、この展覧会に限らず、絵画やはり見る視線があると思う。日本の屏風絵はその置かれた時の凹凸を、ダヴィンチの「受胎告知」は横から見る視線で描かれている。彫刻は多方面から見ようとするが、絵画はあまり方面から見ようとする人はいないが、はたしてそれでいいのかと感じた。 さらに、目は学習するのである。いや、目ではなく脳は学習するのである。斜めからの目に慣れてくると。正面から見ても、今まで見えないものが見えてくる。それがさらに進むと、様ざまな要素が絡み合って、違う形が次々と移っていき、停止している絵画のはずだが、まるでアニメーションのように動いて見える。 圧巻は、自らのドリーミングを描いた、「ヤムイモ」のシリーズである。絵画は全く異なる様ざまなエレメントが連鎖しながら、全体像を形作っていく。明らかに異なった要素が連なって、全体像ができていく。明らかな世界観だ。 ふと思った。これは私が詩でやろうとしていることではないかと。それが、絵画という形でここにあると。 実に、有意義な展覧会で、気がつけば3時間ほどの時間が経っていた。
2008.07.27
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小さな点にも似て 何匹も泳いでいる 点は閉ざされた 動くといっても停止の移動 小さいからといって点ではない よく見てください 忙しく手足を動かし 内臓だってあり 血液も流れている 透明だから透けて かすかに光を放ち わずかな時間だって動いている 水の流れにのって 吸い込んだり吐き出したり 地球の脈動が 何度も体を過ぎていき 津波も地震も体の中に 繰り返し起伏する 小さいからといって潰れはしない 誰にも分からない リズムで動いて今日は 水の一部になるがいい 御題は明道聡子さんでした。
2008.07.24
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