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三枚にまずはおろして 酢に漬けてください 濃すぎても薄すぎても いけません ちょうど良いお湯加減で 少しあったまたっところで あがったりさっがたりで まあもう少し待って 出たり入ったり ゆっくり足も伸ばして 米にも酢を混ぜて 充分かき混ぜて のぼせないように気をつけて 空気も大きく吸って 昆布も忘れないように 目を閉じないで しっかり巻いて 開いたり閉じたり 体が少し浮いたら もう明日も近いから 包丁で切って おもむろに頬ばり お題は北村守通さんでした。
2008.11.28
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明日は以下のイベントに出演します。 「Flower Gold Art Words #07 -1周年記念SPECIAL-」 日時:11/26 wed. open 18:00,start 18:30 会場:武蔵小金井アートランド 入場、参加料:\500(飲食別) 出演者(11/24現在) ・TASKE(企画者兼司会) ・森川雅美(ゲスト) ・守山ダダマ(鋼鉄詩人,地獄RECORD所属) ・ともちゃん9さい(アイドル系詩人) ・でんでん植松(ピン芸人) ・ジェラルド(from France/詩で参加) ・TOMOMO(出展のみ) ・羊監督(予定) etc. その後も、イベントが続きます。 12月20日(土)14時~17時 白山ジャズ喫茶「映画館」 あんど出版トークイベント「詩はどこにあるのか?」 野村喜和夫、岩切正一郎 司会 森川雅美 1000円+1ドリンク以上 終了後の懇親会有(4000円程度) 12月27日(土) 開場18:30 開演19:00 天道大人プロデュース詩人の聲 森川雅美『山越』を読む 広尾 ギャラリー華 http://homepage2.nifty.com/gallery-hana/sub7.html 予約 一般・2500円 学生・1500円 当日 一般・2800円 学生・1800円 ご予約、お問い合わせは 北十字舎 まで 〒171-0031東京都豊島区目白3-6-5 TEL:03-5982-1834 FAX:03-5982-1797 12月の28日日曜日18時頃から22時頃 江東区深川資料館レクホール タイトル 「家族」 家族をテーマとしたパネリングや詩の朗読をおこないます 主催 三角みづ紀 ・モリマサ公 協力 1000番出版(重兼徹) 馬野幹 他 パネラー 木棚 環樹・三角みづ紀・ヤリタミサコ?さいとういんこ・ 森川雅美・ 月乃光司・太郎本人 他 1月4日夜 「引かせ王」 例年通りに西荻窪・奇聞屋にて 以下はまだ予定で、変更等あるかもしれませんが。 日時:1月31日(土)14:00~17:30 第二回「酒乱」 シンポジウム「80年代詩を読む」 20、30歳代の若手詩人はどのように日本の80年代の詩を捉えるのか。 会場:白山「映画館」予定 出演:杉本真維子、久谷雉、伊藤浩子、郡宏暢、鈴木啓之、他 司会森川雅美 料金:1000円 終了後の懇親会有(4000円程度) これに、句会、歌会、勉強会など。お客さんでなく主体的に参加するイベントが増えてきたな。 今後トークイベント、シンポジウム、即興詩イベントなど、行っていきたいと思っています。 よろしゅうお願いします。
2008.11.25
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一昨日に、江戸東京博物館の「ボストン美術館浮世絵名品展」に行った。 ボストン美術館は、世界でも有数の保存状態の良い、浮世絵のコレクションで知られる。最近まで一般の公開されなかったため、確かにもとの色彩が残っている、稀有なコレクションである。 展覧会では、歌麿、写楽、北斎、広重などの、保存状態の良い作品が展示されていた。北斎の天才的ともいえる独自の色使いや、広重のあざやかなブルーを見ることができた。広重は、まさに青の、というより藍の絵師といってもいいだろう。 しかし、何といってもこの展覧会の目玉は、歌川国政の3点だろう。ポスターにもなっている、「市川鰕蔵の暫」を見れば分かるように、実に大胆な表現である。絵の3分の1ほどを占める右下側は、一辺が球状の直角三角形の形に、衣装の模様が描かれている。のこりの3分の2に、悪に対する憤怒の、歯を噛みしめ目を見開いた横顔が、実に印象的に描かれている。色彩は派手ではないか、隈取や衣装の色が効果的に計算されている。瞬間を捉え、それを造形化していく能力は、他の追随を許さないところがある。そのことは3点ともに伺われる。国政を見ると写楽ですら地味に思えるほどだ。 もう一つ、私の発見は鈴木春信だった。代表的な浮世絵師の一人だが、今まで、写楽や北斎に比べると地味な気がして、あまり関心がなかった。しかし、今回系統的作品を見て、この絵師の凄さを感じた。もしかすると、浮世絵の代表を上げるなら、写楽や歌麿や北斎ではなく、春信なのではと思えてきた。春信はただ優れているのではなく、次の世代に新しい浮世絵をつなげた人物である。自由詩でいうなら萩原朔太郎といったところだろう。ともかく色彩のあざやかさは、それ以前と比べてまさに革新だった。色のあざやかさは光の発見でもある。今まで限られた色彩でしかなかったものが、鮮やかな錦絵になれば、そこには光が感じられるだろう。特に、展覧会の見所の1点と言える、「寄菊」は背景の漆黒の闇に、明かりに照らされた人物と、その周辺だけがあざやかに描かれ、当時の人は驚いたことだろう。もちろん、優れた改革者は優れた実作者でもなければならない。確かに、春信に他にはない才能がある。それはしぐさと表情であう。何気ない様子だが、わずかなしぐさと表情で、実にたくみに感情を表している。これもまた他の追随を許さないだろう。 二人のすばらしい絵師を発見した展覧会でした。
2008.11.24
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何もいない 何かがある前の 風はわずかに吹き まだ誰も名づけられない 始まりもまだない 生まれては消えて よもや誰にも知られず 淡淡とした残像 一人ですから まだ明けない 感傷にふけることなく 暗い道のりを 足だけが歩き ここからの底辺に 髭も伸びていく いつまでも 泣き止むことなく 晩餐がはじまる 晩餐がはじまる 知られることなく 恥ということか まだ暗いまま 談笑が続き お題はTASKEさんでした。
2008.11.20
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昨日は東工大に伊藤比呂美さんの講演聞きに行った。講演というよりほとんど朗読会だった。 伊藤さんは魅力のある人だという人が多い。確かに不思議な人だ。ともかくあけっぴろげというか、驚くほど自分を曝す人だ。アメリカに渡ったことを、剥き身の貝が太平洋を泳いで行くよう行くようなものだ、と比喩していた。ともかく行動の人のようだ。 司会は、水無田気流さん。こちらは知識の人だ。若いせいかともかく知識で語る。根が学者なのだろうか。 ふたりのアンバランスが面白かった。水無田が伊藤さんにからかわれているようにも見えなくもない。伊藤さんの懐が深いのだろう。 伊藤さんはラフカディオ・ハーンの、英語を理解できない日本人の奥さんの英語練習帖から書いた詩を読み、詩はぎこちない言葉で書かれる、というような内容を話しされた。 古典に惹かれるのは、限りなく薄くなっていく自我のなかの自我を感じるからだ、というようなことも話された。 私は質問した、この古典の限りなく薄い自我と、伊藤さんが最近の詩集の最後に樹木を持ってくるのは、樹木にこの自我に近いものを感じているのでは、と質問をした。 伊藤さんは、樹木も古典も自分には理解できない力があるから惹かれる、というような内容を答えられた。常に理解できい力に惹かれるとのこと。 今日、強風だった。仕事場のベランダから見ていると、小さな雑木林のような庭の木々が、いっせいに靡いていた。確かに圧倒するパワーである。 帰りには落ち葉がたくさん地面に散り敷かれていた。踏む音を楽しんだ。
2008.11.19
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最後に四谷のギャラリーの「田名部ひろしヴィジュアルポエトリー展」に行った。 ヴィジュアルポエトは日本ではあまり盛んとはいえないが、北園克衛から新国誠一、高橋昭八郎、藤富保男など、優れた書き手がいる。 田名部ひろしさんもそんなヴィジュアルポエトの書き手の一人である。「視詩」という、たぶん日本で唯一のオールカラーのヴィジュアル個人詩誌を発行している。 昨年の「現代詩手帖」の詩誌月評でその詩誌を取り上げたのが縁で、今回案内をいただいた。ぜひ一度お会いしたいと思っていたので、足を運んだ。 田名部さんは画家でもあり、独特の空間を持つ造形と、バラバラに崩れもとの意味に戻っていく、視覚化された言葉が印象的だ。例えば「宙」を「うかんむり」と「由」に分けたり、「明」を「日」と「月」に分けたりして、視覚的に配置している。しかし、言葉は原初の豊かさを目指すのではなく、むしろバラバラにされたそこに有るだけの、廃墟にも似た状態で置かれている。そして、詩とはむしろバラバラになった言葉ではないかと、こちらに問いかけてくる。そこが魅力だ。 詩もいろいろな表現が有ると豊かになるな、と田名部さんの作品を見て改めて思った。田名部さんのブログ http://homepage2.nifty.com/poetry/
2008.11.18
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「フェルメール展」のあとは、国立西洋美術館の「ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情展」に行きました。 ヴィルヘルム・ハンマースホイは、19世紀終わりから20世紀はじめに活躍した、デンマークの画家です。生前は高く評価されていましたが、死後忘れられ、最近再評価されています。再評価に伴う、日本で始めての大規模な展覧会です。 展覧会を見て思ったのは、確かに再評価されるだけの力をあるということ。反面、死後忘れ去られたことも納得しました。 まず絵を見た瞬間、絵の質感というか厚みに驚きます。執拗に何回も重ね塗りされ、実に見事な明と暗が表現され、ざらつくような感触が伝わってきます。風景画や、彼の代表作ともいえる、室内に妻をモデルにした、黒い服の女がいる作品郡は、まさにそのような印象を与えます。 しかし、見ていると、同じ作品が続いているようにも思えてきます。作品群にはとても良い作品が2,3点ありましたが、それ以外は、同じパターによって描かれているように思えてきます。 ただ、私はこの画家の真骨頂は、最後に展示された、人のいない室内風景と思いました。人がいないという不在が、逆に人のいた時間を強烈に思わせ、存在の力として見る者に迫っていきます。そう考えていくと、室内に描かれた、黒い服の女性も不在であり、幻か霊なのかもしれないと思えてきます。ゆえの空洞としての存在感。 確かに面白い画家です。しかし、時代は20世紀初め。大きな変動の時。どうにも地味なのは否めません。やがて、大きな時代の波の中に呑まれ消えたのも無理はない、とも思えます。 しかし、再評価される価値のある画家で、この展覧会はひとつの発見だったろう。 最後に苦言(文句)を一つ。西洋美術館は展示の劣化が著しすぎる。学芸員サボるな。業者任せにするな。せっかくな作品を充分見られんぞ。
2008.11.17
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都美術館の「フェルメール展」に行きました。 昨年見た『牛乳を注ぐ女』に勝る作品は、残念ながらなかったが、7作品が見られたのは収穫だった。また、『手紙を書く婦人と召使』『ワイングラスを持つ娘』『小路』 などの秀作もあった。フェルメールの作品の特徴はやはり光であろう。一見この世のものでありながら、決してありえない光、そこが魅力だろう。ありえないという言い方は不適切かもしれない。あるが日常の眼では見えないと、いったほうがいいだろう。細胞そのものが発光するという研究もされているが、そのような粒子の目、がフェルメールの絵にはありはあり、それが故に静謐がある。そして、同時に、現実の力として、絵は動き出す一瞬のエネルギーのたまった状態で静止している。この静と動の対立のエネルギーが絵画に緊張をもたらしているのだろう。たぶん、フェルメールと他の作品の差はそこだろう。技術的には小さな差かもしれないが、表現としては大きな差だろう。 このことは、フェルメールの、あるいは絵画にかかわらず、創作全てにいえるのかもしれない。 ほかに、 カレル・ファブリティウスという画家は、フェルメールの師ではないかといわれており、レンブラントに天才的と評価されながら、爆発事故で若くして死んだ画家である。レンブラントの手法に強く影響を受けながら、独自の方向を模索した画家で、今回新たな発見だった。再評価されても良い画家だろう。 なお、この展覧会は展示作品が少ないせいか、都美術館にしてはまれに見る展示の良いもので、気持ちよく見られました。
2008.11.16
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心が伸びていく伸びていくどこまでも遠く見えないくらいにかすむであろう眼はまだそこからの空隙に心が伸びていく伸びていく決して心なんかじゃないさらに手と足のどちら側ですかこちら側ですかちょっとだけ道から外れたり心が伸びていく伸びていくゆっくりと眼を開けることだ少しだけ掌を開き誰がそこからの呼吸になるか上昇する草の根にも似てそこになんでもない小石を置けよさらに少しだけ伸びていくのか心の殻にお題は暖房さんです。今回はほんとに即興。
2008.11.12
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天道大人プロデュース詩人の聲 森川雅美『山越』を読む 開催日時 2008-12-27 土 開催場所 東京都 広尾 ギャラリー華 開場18:30 開演19:00 予約チケット 一般・2500円 学生・1500円 当日チケット 一般・2800円 学生・1800円 ご予約、お問い合わせは 北十字舎 まで 〒171-0031東京都豊島区目白3-6-5 TEL:03-5982-1834 FAX:03-5982-1797 ギャラリー華 http://homepage2.nifty.com/gallery-hana/sub7.html 森川雅美が全霊をこめて新詩集『山越』の主要作品を読みます。
2008.11.06
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