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阪神百貨店の「全国有名駅弁とうまいもん大会」4日目の報告予定。
2009年01月26日
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阪神百貨店の「全国有名駅弁とうまいもん大会」3日目の報告予定。
2009年01月25日
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阪神百貨店の「全国有名駅弁とうまいもん大会」2日目の報告予定。
2009年01月24日
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阪神百貨店の「全国有名駅弁とうまいもん大会」1日目の記録予定。
2009年01月23日
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先週水曜日の晩に泊まっていたホテルの空調がおかしかったようで、朝起きると部屋が寒い寒い。設定30度にしても吹き出し口から出るのは冷たい風。廊下に出るとそっちのほうが暖かかったくらい。もちろんその日から頭痛。それでも頭痛をおして仕事をする。夜ホテルに帰り(別の部屋)、薬を捜すがこんな時に限って風邪薬も頭痛薬も切らしている。 翌日金曜日の朝になっても頭痛は治まらない。なんとか仕事をするが、昼になりさらに頭痛がひどくなり、腹の調子もおかしくなり始める。腸ではなく胃の方がしんどくなり、食欲が失せる。夕方にやや治まり5時間がかりで帰宅するが、深夜まで報告を打っていると、今度は胃がさらにおかしくなり始める。 土曜日の朝、頭痛は無くなるが、胃の調子は最悪。食欲は皆無。予約してあった歯医者の後、内科に医者の梯子をする。やはり風邪が胃にきているよう。やや微熱も感じていたが、夜になり微熱は間違いなく発熱になり、体の節々がだるくなる。なんとか食した夕食の後、胃の辛さと節々のだるさで唸りながら部屋の中でのたうち回る。こんなことはもう何十年もなかったから自分でもびっくり。母親からは「インフルエンザでは?」とも疑われたが、咳や鼻水などの症状がなくどうやらそれとは違うよう。それでも「タモリ倶楽部」を見てしまう根性は我ながらすごい。 日曜日、症状はマシになるが、のたうち回ったからか、熱にやられた後遺症か、腰をひねると痛い。腹の調子もいま一つ。頻発する放屁は凄まじい臭いがする。まあもう一晩寝れば大丈夫かな、と思いきや、やはり夕食後に悲劇が。下痢の到来である。もうこうなったら止まらない。寝るまで何度トイレに駆け込んだことか。しかもアウトなタイミングも。 で、今日月曜日。朝一番のトイレ駆け込みでやっぱり肛門から液体が放出され、やむなく休みを取って再度医者に。風邪が胃から腸に移ったようで。 それで、普通の平日のこんな昼間に日記を更新したわけで。こんな長引いた、色んな症状が交互に押し寄せたひどい風邪は久しぶりなので記録しておこうと。
2009年01月19日
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この日は恒例になったOBPの「鉄道わくわくフリーマーケット」へ出陣する。今回は世間が3連休の最中、ワシは12日しか休みがなく、しかしながらこの日は中川家礼二のトークショーもあるということで貴重な休みを使って出向く。あともう一つ目的があり、10日に発売された伊賀鉄道860系の鉄コレを購入するという重要任務もある。これは近鉄鶴橋駅構内のショップと伊賀鉄道上野市駅とこの会場の3か所で限定6000個とのことであったが、発売当日の午前中に鶴橋と上野市は売り切れという恐ろしい事態になっていたブツであった。マニアの執念も凄いが、それを食い物にしているネットオークション転売屋には腹が立つ。 で、トークショーが12:30からなので午前中に会場に向かう。メイン会場の円形ホール入口には行列が。マニアなお友達よりも家族連れが多い。おそらくマニア達は朝早くから来てるのであろう。 ようやく入場し、真っ先に近鉄ブースに向かうと鉄コレ専用のブースまで用意しているのに客は特におらず簡単に860系をゲット。鶴橋や上野市は何だったのか、と思う。まあここは入場料が900円かかるけどね。それにしてもここでの売れ残りはやはり密かに上野市と鶴橋に運ばれるのだろうか、それとも五位堂のきんてつまつりまで取っておくのだろうか。 そこから各ブースを眺めながら、物色していく。事前に決めていた目的は数点、かつてのヤマケイ出版の私鉄ハンドブックシリーズ「近鉄」、TOMIXのトワイライトエクスプレス用スロネ25500増結単品、同じくTOMIX24系北斗星客車セット、あとは適当に模型と本を物色していく。とにかく人が多いが、昨年から会場内の飲食が禁止になったため、駅弁販売は無くなっている。さらに表にあったラーメン屋台なども新地の店が忙しいためか今年はいなかった。 12時を過ぎたのでぼちぼちトークショーの会場のMIDビルに向かう。既に多数の人々が椅子席からあふれ周辺に陣取り、その向こう側の階段、さらに吹き抜けの2~4階まで人がいる。こちらは一通り眺めて、とりあえず一番人の少ない4階の吹き抜け部分に陣取る。ここはさすがに人があまり来ない。そこで礼二のマニアックなトークを30分笑いながら聞き、その後ビル内に発見した郵便局ATMで金をおろして再度メイン会場に入る。 入ると礼二が自身が編集長をした「笑う鉄道」の販売サイン会をしている。その横を通って再び今度は時間を気にせず物色を再開。模型を扱う店はかなりあったが、目的のブツは見つからず。また、各社の限定鉄コレなども一部並んでいるものがあったりする。中には阪急810系を数箱積み上げた所もあったが、どうゆうルートで入っているのだろうか。結局1969年の「鉄道ピクトリアル」を1冊購入で終了し会場を後にする。 その後今度は近鉄鶴橋駅の鉄道グッズショップへ向う。昼食を摂っていなかったので鶴橋駅の「うどん亭」でカレーうどんを食してから、店に向かう。噂に聞いていたとおり空きスペースを利用した小さな店であるが、近鉄沿線を模したNゲージレイアウトを運転出来たり、近鉄全駅のストラップが揃ってたり(しかも吉野口はJRW仕様、竹田は京都市交仕様にちゃんとなっている)、なかなかマニアックである。ここに860系を求めてマニア達が早朝から行列してたと思うと凄いな。今までの2250系、800系共々再版して、さらにシリーズを増やしてここで売れば相当儲かりそうな気がするのだが。 環状線からわざわざ近鉄の切符を買い替えてきたので、ここから日本橋、堺筋線経由動物園前を通って帰宅する。久しぶりに充実したマニア活動な一日であった。
2009年01月12日
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今年は簡単な記録として。 今回は長浜と2人のみで行く。両親は今年は面倒くさいのか、父親は楽しみの伯父の家には行くが、伏見稲荷には行かないとのこと。 JR天王寺より快速で奈良に出て、奈良線のみやこ路快速で臨時停車する稲荷駅まで向かい、そこからは例年通りのルートで稲荷山を登る。本殿横で今年の命運をおみくじで占う。結果は「吉凶未だ分からず」…つまりお前の今年の命運は良いのか悪いのか神さんでも分からん、ということやな。なんか天からも見放されたのか、それともレアなおみくじを引いたというラッキーなのか。 奥の院で重軽石(願いを念じて思ったよりも重く感じたら願いは叶わず、軽く感じれば願いは叶うという)を試す。もちろん重く感じる。世界征服の野望は今年もかなわんか。 そして登山開始。長浜は相変わらず足が速い。わざと急いで歩いているのか、元からなのか分からん。ただあまり早足で歩きすぎるということは、生き急ぐ→死に急ぐということでもある。現に歩くのが早い大阪人は寿命が短い。と、そんな言い訳をしながら(誰に?)、頂上へ。 そして下山、いつもと同じ茶店で軽食をとる。いつもはうどんとおでんという定番だが、今回は自分はうどんはパスする。かわりにぜんざいを食す。そして長浜は相変わらず食べるのも早い。食べ急ぐ人間は(ry)。 下山途中いつもと同じ社にお参りしながら元の参道に戻り、やはりいつもの店でみたらし団子を購入後、近くの父方の墓参りをする。これも毎年の恒例であるが、今年は近くにいるにもかかわらず親の墓参りに来ない息子(我が兄弟の父親)の不肖振りを報告する。なお、ここのお墓は線香用の火起こしが難解であるので、火遊びが出来ないのが困りものである。 お墓のあるお寺から、京阪藤森駅まで歩く。名神高速の高架下を歩くが途中にその不肖息子の通っていた中学校がある。ちなみにこの辺は戦前は軍隊が駐屯しており、龍谷大学は確か師団司令部の後だったはずやし、師団街道という道路もある。父親が小さい頃には弾薬庫の跡地の堤防(緊急時に弾薬庫に水を流し込むためにため池があったらしい)も残っていたとか。 藤森から京阪で、さらに丹波橋から近鉄に乗り換える。京阪のコンコースで今や新大阪駅や東京まで進出しているジューススタンドで一服。長浜はスープを飲んでいた。しかしこれはなかなかいい商売だと思う。わずかなスペースがあれば出店出来るし、面倒な調理器具もたくさんいらないし、人員も最小限で済むし、手頃な値段なので客層も選ばない。惜しむらくは我が近鉄線内にはほとんど無いということである。 近鉄寺田で下車し、勘で伯父の家まで歩く。意外と迷わずに着いたことに密かに自分自身に感心する。
2009年01月03日
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新年アレ出してお見せしとうございます。何年も飽きるまで元「はい火」リスナーは貫き通す。 昨年の総括日記はまだ書いていないが、とりあえず元旦の行動日記を。 まず、31日に開催となったKM会の忘年会に参加、この面々とは結構久し振りである。どうせこの後はまた一人になるからどこに行こうか、と密かに(?)考えていたのだが、いきなり/佐\に「伊勢神宮行かへんか」と言われたので、速攻で合意。2年連続のお伊勢参りとなるが、他のメンバーは行かないらしい。昔は皆で大晦日から元旦にかけて色んな所にお参りに行ったものだが。 忘年会終了後に例によって歌合せ(カラオケ)に行きその後/佐\と共に難波へ出る。22:50発の本来なら名張止まりだが深夜運転の特急宇治山田行に乗車する。隣の席にはどこからか電波が届いている方が独り言を言いながら、時々車掌に迷惑をかけていらっしゃる。/佐\と二人で暖房が利きすぎている車内でひたすらしゃべっている。しゃべるのやめたら多分寝てしまうだろう。真っ暗な中を進んで伊勢市にて下車。まず外宮にお参りする。自分はすっかり勘違いしていたが、本来は外宮を先にお参りしてから内宮にお参りするのが本筋らしい。去年は逆にお参りしてしまった。暗い中をお参りするのもまた昨年の朝の明るい中と違った雰囲気である。 その後内宮に歩いて向かう。空気はかなり寒い。大体外宮と内宮の間は6キロほどあるらしい。暗い中を6キロも歩く奴はそうそういないと思っていたが、意外にも他に徒歩や自転車で走っている連中やらがウロウロしている。内宮近くのおかげ横丁の方面までくると一気に人だかりが出来ている。人の流れに沿って内宮に向かうが、/佐\がトイレに行きたがり、トイレを探しまわる。しかしながら寒いからか2人とも異様にトイレに行く。昨年は店じまいしていた某超有名和菓子店は今年は行列が出来るほどの大盛況。他の店先にも山のようにお土産品として積んでいる。宇治橋は今年架け替えるとのことでバイパスを造って一方通行になっている。その先には並のキャンプファイアーどころではない、大きな火を焚きあげていて周りに人だかりが出来て暖を取っている。我々も暖を取って、五十鈴川の河畔で手を洗って参道を進む。と、参道の途中から行列になっている。本殿正面からお参りする人は左手で止まったまま、我々はお急ぎの方の右手からお参りするルート。それでも昨年お馬さんがお参りしていた本殿前の階段の下からは中々進まない大渋滞。なんとかお参りしてから右手より本殿の裏手に回ってお帰りのルートに出る。御神酒もばっちり頂いて、近鉄の切符の記念品を貰い、神宮を後にする。 空腹を満たすため伊勢うどんを食してから、おかげ横丁を横断して五十鈴川駅へ歩いて行く。およそ2キロほどの道のりである。これで今年は夜中行軍で8キロほど歩いたことになるが、帰宅後体重を計っても大して変化はなかった。 五十鈴川から特急で賢島に向かう。駅の待合室で待っていると、宇治山田からきた回送車両を見た/佐\が指をさす。その車両番号が「12345」であったのである。元旦早々縁起がいいので早速写真に収める。その後この車両は折り返し整備後名古屋に向かって出発していった。 賢島に向かったのはどこか適当な所で初日の出を拝むためであったが、到着したのは5時半。日の出まで1時間半もある。しかも時間をつぶす所も無く、やむなく駅から外に出てみると、英虞湾の観光遊覧船が6時10分発の初日の出遊覧をするそうである。早速駅で待っている/佐\とともに駅でボーっとしてても仕方がないのでおっさん2人で乗り込むことに。他にもお客さんが多く、しかも周辺のホテルなどからツアーになっているのかたくさんのバスで次々とお客が乗り込む。乗り込んだところで伊勢神宮でもらったのと同じ干支の置物を貰う。これなら伊勢神宮ではもう一つの盃にすれば良かった。ちなみに近鉄の初詣切符では通常の英虞湾遊覧船は割引らしいがこの船は逆に割増料金であった。もっとも後で分かったことだが通常の遊覧ルートよりも外側に出て英虞湾の湾口より外側まで出ていたので割引でないのはやむを得ない。 真っ暗な英虞湾を進むが、やがて少しずつ明るくなってくる。毎度のことながらこの夜明けの感じは初日の出でなくても結構好きな感覚なのである。夜行列車で迎える夜明けは最高であるし、辺り一帯が静かで空気が冷えたあの感触は心地良い。次第に明るさを増していき東の空はオレンジ色に変わってくる。40分ほど進んだ所が英虞湾の入り口で、そこで船は止まり日の出を待つ。他にも観光船が何隻か周辺で待機している。皆が東側に偏るので船が傾いている。自分まで東に寄ると船が転覆するかもしれないので(?)、上甲板の西側に出て東の海を見る。やがて7時を過ぎると初日の出をお迎えする。もちろん皆が一斉に写真を撮りまくる。船の上で初日の出を迎えるのは人生初めてである。 そして船は賢島への帰路につく。船内では鏡開きを行い、乗船客に御神酒をおかわり自由で振舞っている。もちろんこちらも2杯頂く。縁起物なのでどんどん飲んで下さい、と船長らしき人もおっしゃっている。 完全に明るくなった船内では、あんなに初日の出に歓喜していた人々がまぶしすぎる太陽をカーテンで遮って眠りにつく。/佐\もまたその一人である。途中真珠工場見学に立ち寄るが、特に真珠に興味があるわけではなく、2人そろって船内で眠る。ぜんざいのサービスもあります、と言われ少し心が揺らぐが、眠気が勝つ。20分ほどで真珠工場を出発し、8時過ぎに賢島に到着する。 賢島からは大阪へ帰るだけだが、8時5分に大阪行の特急が出たばかりで、次は9時5分。鳥羽乗換という手段もあったが、/佐\が9時5分を希望したので、おとなしく待つことに。売店も開店準備中でまさに手持無沙汰であったが、8時半には売店が開いたので、お土産の赤○と朝食の駅弁を購入、2人揃って1200円の「伊勢弁当」を選ぶ。小さいながらも伊勢海老の半身とムール貝、蒸しウニなどがアワビの出汁で炊いたご飯の上に乗った贅沢な品である。 乗り込んだ特急は2階建てのビスタEXであったが、企画乗車券のためか平屋建ての4号車。その4号車に乗りこんで待っていると反対のホームにはまたも名古屋から「12345」を含んだ特急車両が到着する。中々幸先の良い年の始まりを迎えたが、これで運を使い果たしかもしれない。帰りの特急では2人とも朝食後に居眠りしたまま、乗り換え駅の八木まで乗り、そこからは橿原神宮前経由で帰宅する。 帰宅がちょうど昼になり、長浜がジャ○コで駅弁を購入してきてこれを昼食にした後、風呂に入って夜まで寝る。そしてもちろん夜も寝る。
2009年01月01日
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