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この日の朝食もかなり豪勢。ゆっくりしてから宿を出発する。宿の目の前に新沼謙治の出身地であることを示す大きな碑が建っている。晴れているが大船渡湾に霧が海側から押し寄せてくる。中々見たことが無い景色である。徒歩で下船渡駅に向かうが、バスでもう一つ手前の大船渡駅に向かうことも考える。列車は10時24分下船渡発で、バスは9時35分頃に駅前を通る。とりあえずバスが時刻通りに来れば乗ろうとするも、時刻が過ぎ、5分経っても来ないので、下手にバスに乗って、肝心の列車に乗り遅れると大変なので、おとなしく駅で待つ。といっても無人駅舎とホーム1本線路1本の小さな何もない駅である。 下船渡10時24分発は気仙沼から快速に変わる、キハ110系3両編成。快晴の天候に客も多くなく、いい感じで気仙沼11時15分着、ここで下車。目的は最近登場したばかりの駅弁と、あわよくば気仙沼名物ふかひれラーメン。しかしながら気仙沼駅と、港とはかなり距離があり、これは厳しい。とりあえず売店で駅弁の「纜弁当」を確保し、港方向へ歩きだすが、たどり着くことは厳しい。途中に何かあれば、とも思っていたが、特に何も無し。止む無く駅に戻り、再び駅の売店で土産のふかひれと、残りの駅弁「黄金龍のハモニカ飯」「黄金龍のさんま飯」を購入する。 気仙沼12時20分発一ノ関行に乗車、こちらも特段マニア客などはおらず、ゆったりボックスを占拠し、早速「纜弁当」を食す。地元の様々な食材が入って中々気合いの入った弁当である。ちなみに「纜」とは「ともづな」で船と陸をつなぐ、太いロープのことであるらしい。鍋弦線を通り、ここが「ナイトスクープ」でも列車で競争した区間か、などと思いながら牧歌的な風景の中を走る。途中猊鼻渓という景勝地を通るが、特に観光客もたくさん乗ってくることもなく、終点一ノ関13時40分着。これで大船渡線全線乗車し、今回の目的の三陸方面の鉄道線はほぼ完乗したことになる。 さてあとは大阪に帰るだけである。しかしお盆の時期で新幹線はどれも満席表示。まずは在来線側のみどりの窓口でマルスをたたいてもらうが、満席。そこでキャンセルが出るのを待って、お土産屋で物色しながら時間を潰す。と、その間によっちゃんから電話がかかってくる。時間潰しのタイミングは良いけど、大阪から数百キロも離れているという点でタイミングは悪い。まあ世界を股にかける「グローバルスタンダー」のよっちゃんから見れば大した距離ではなかろう。自分もあとは新幹線に乗るだけだから、これから大変な移動、なんてこれっぽっちも思っていない。たかが新幹線5時間である。有野課長ではないが、「鉄道は1日12時間ぐらいだ」の心境である。 さて、各種土産を購入し(もっとも前半の土産と洗濯物などは前日にホテルから発送済)、一旦改札に入り新幹線乗り換え口のみどりの窓口に向かう。そこで再びマルスをたたいてもらうと、次の14時48分発「やまびこ58号」に空席が。もちろん即ゲットし、後は東京へ。しかしここでこの「岩手三陸フリーきっぷ」は大宮発着で購入したもの。よって指定券も大宮までしか出ない。大宮からならそうそう指定席に乗ってくる人はいないのは分かっているが、一応律儀にデッキに出て(半分趣味だが)、東京へ。当然有人窓口で一旦在来線改札内に出て、東海道新幹線の切符を購入。こちらは下りになるので特に問題なく入手。「駅弁屋旨囲門」を物色するが、既に2個の在庫を抱えているので購入はパス、と思いきや「本庄早稲田古代豚弁当」なる珍しいもの(といってもNREだが)を購入、さらに別の売店で崎陽軒の開港150年博マーク入りのシウマイを購入して東海道の改札に入ろうとする。と、ここでエラーが出る。駅員に言うと、大宮までの「岩手三陸~」と、大宮で途中下車扱いの片道乗車券、新幹線特急券の3枚を重ねて入れろ、とのこと。入れると通れたが、なんと「岩手三陸~」は回収されてしまったではないか。折角の記念が…。でも仕方がない。そして無事新幹線で帰阪、今回の旅も終えた。
2009年08月14日
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この日は盛岡9:26発東北新幹線「はやて1号」に乗車する。朝はゆっくりなので、盛岡駅で時間潰し。売店をのぞいたり跨線橋から撮影したり。「はやて1号」は立客も多く乗せ、こちらは全席指定席の「はやて」も盛岡以遠は特定区間として空いている指定席に乗車出来るので悠々と適当な空席に乗車。トンネル地帯を抜け、青森県に入り八戸10:03分着。これで東北新幹線全線乗車。 八戸駅で駅弁「陸奥湾てり焼き帆立弁当」を購入し、八戸線に乗り換え。大量の乗り換え客をさばくため、在来線との乗り換え改札は自動改札機を開放してフリー状態に。その乗り換え客が大量に列をなしている函館行の特急「白鳥」は折り返しとなる上り列車が遅れていて、こちらが乗車する八戸線の列車も接続待ちをする。その八戸10:16発普通列車は「うみねこ」という、座席が特急車両のお下がりらしきリクライニングシートを取り付けたちょっとお得車両。但し八戸で2両編成の列車は満席で半分くらいは立席。八戸市内を抜け、席が空いてから着席し、海沿いの眺めを見ながら駅弁を食し、終点久慈12:04着。撮影もそこそこに早速隣の三陸鉄道駅舎に向かい、この旅最大の目的「うに飯」を購入する。先客のマニアが購入すると、最後の1個で危うかった。噂によると訪問しても中々手に入らず、3年がかりで手に入れた、という人もいるよう。次の三陸鉄道の列車までの間、近くの道の駅で時間潰し。人が大変多く賑わっていたが、おそらく鉄道でそこに来た人間は自分くらいしかいなかっただろう。 三陸鉄道久慈13:04発宮古行に乗車。単行車両で始発の時点で立客も出る状態。なんとか車端部のロングシート部分を確保。車両は1両なのに乗務員は3人。1人は運転士、2人は女性の車掌、というよりはガイドのようで、新人とそれを研修中の先輩といった感じ。三陸鉄道各駅毎の名物や、愛称(宮沢賢治にあやかったエスペラント語の愛称を各駅に着けている)を紹介していた。やはり乗り潰し系のマニアが多く、あまり乗客は減らず、むしろ小本駅あたりで昨日訪れた岩泉駅近くの鍾乳洞である龍泉洞からの観光客が大量に乗車(岩泉線は当初岩泉からこの小本まで建設される予定だった)し、多数の立客を乗せたまま宮古終点14:38着。昨日に続き2度目の来訪。列車内ではあの状態だったので食べられなかったので、駅前広場のベンチで「うに飯」を食す。噂どおり大変美味。これなら1380円の価格も止む無しか。周辺をブラブラして時間を潰して昨日とよく似た時刻、宮古15:55発釜石行に乗車。今度はキハ100の4両編成と東北に来てからは新幹線に次ぐ長大編成列車である。なので当然のようにボックスを確保する。 昨日も通った道を逆走する。途中駅から高校生らしき集団が次々乗車してくる。浴衣姿が多く、釜石市内で祭りがある模様。みんな若いなあ。そして釜石到着時には4両の長大編成でも立客だらけで、大量の高校生らしき集団が下車していった。釜石17:10着。時間潰しで入れ替え作業を見ていると、2両を切り離し側線に収容していた。 今度は三陸鉄道南リアス線に乗車する。釜石17:30発は車内改装(回転式リクライニングシート装備)済の36型単行。今度は観光客やマニアも少なく、余裕で座席を確保。三陸海岸を眺めながら盛18:18着。夕方だからかそれとも市街地が離れているためか、あるいは大船渡の街の大きさからか、宮古や釜石に比べてかなり人通りが少なく、寂しい。そして久慈、宮古、釜石いずれも三陸鉄道とJRは改札も駅も別々だったが、盛駅はホームは共用されて、到着したホームの向かいに次に乗車するJR大船渡線の一ノ関行が待っている。 構内には岩手開発鉄道のホッパ車が大量に留置され(おそらくお盆休みなのだろう)、向こう側にかつて旅客を扱っていた頃の小さなホームが見える。夕方の薄暗くなるなか、頑張って撮影を行う。一旦改札から出るも何も無く、さっき乗ってきた三陸鉄道車も早々に折り返して去っていき、18:49発大船渡線一ノ関行に乗車。これはキハ110系3両編成だが、ほとんど人は乗っていなかった。2駅先の下船渡駅で下車。終点ではなく途中で下車したのは、今日初めてである。暗くなった道を15分ほど歩き、本日の宿に到着。部屋はさほどではなかったが、料理はめちゃめちゃ良く、三陸の海の幸が満載。これで1泊11150円は安いくらいである。三陸っていいなあ、と実感。
2009年08月13日
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この日はまず花巻温泉からバスで花巻駅へ移動。朝風呂を当然楽しんでから、バイキング朝食をたっぷり食して、宿を出発。温泉街入口のバス停は花巻電鉄の駅の跡で、よく見れば鉄道駅の跡であることが分かる。バスは国際興業グループの岩手県交通だったが、泊まったホテルも国際興業グループだった模様で、ここまで書いたらどこのホテルに泊ったのか分かるな。 花巻9時17分発の快速「はまゆり1号」(元は急行「陸中」のスジと思われる)で釜石へ。指定席車両も連結した3両編成で、指定席車はそれこそかつての「陸中」用の車両であろう。途中新花巻で大量に帰省客、旅行客が乗車。接続する列車は東京朝一の「はやて」で朝早くから御苦労なことである。 遠野で結構下車するも、車内は引き続き立客もかなり多い状態。途中多少居眠りしつつも、名所陸中大橋ではちゃんとヘアピンカーブの下にこれから走る線路を確認する。釜石11時04分着。一旦改札を出てみる。待合にはここにも立ち食い蕎麦があり、東日本のちょっとした主要駅では標準仕様なのかもしれない。三陸鉄道の駅舎前では、グッズの物販が行われていたが、こちらはこれからも旅が続くし、三陸鉄道は翌日じっくり乗るので見るだけ。11時25分発の宮古行に乗車する。こちらもボックスは埋まる程度の乗車率で、ロングシートにまた座るのもシャクなので連結部分の車掌台で景色を眺める。三陸の山と海の混じった風景を見ながら、吉里吉里では結局下車せず、宮古12時42分着。立ち食い蕎麦はやはりあって、昼時なので賑わっていたが、駅弁を確認しようとするも販売しておらず。なんだよと思い、駅前の郵便局で軍資金を引き出してから、駅前の食堂で昼食をとるが、地元三陸産のさんま定食で、冷凍ではない秋刀魚は脂がのって美味いじゃないか。 昼食後、三陸鉄道の駅舎内の売店で赤字解消を少しでもお手伝いすべく、お土産品を3000円ほどここで購入。そしていよいよ15時02分発岩泉線直通の岩泉行に乗車。今回の旅の最初の山場。単行列車に乗客は20人ほど。1日3往復なれば、乗り潰しに最適な列車なのか、マニア系の方が多い。しかも女性も何人か混じっている。山の中の何も無いところを走って(つまり途中でほとんど下車客は無く)16時33分終点岩泉着。下車客は皆こぞって同じことをする。まず乗ってきた列車を撮影、そして駅名票を撮影、駅舎に出て内部や外観を撮影、スタンプを押印。そして折り返し発車時間まで時間潰し。 ところでこの岩泉駅、1日に3本しか列車は来ないのに、立派な駅舎。でも使う人が少なく、かつて売店と思われる部分はシャッターで覆われ、2階には岩泉町の商工会議所が入所、おそらく委託駅と思われ、窓口で切符を売っている。駅前広場も立派だが、土産物屋もとっくの昔に潰れていて、他にはおよそ鉄道客は相手にならなさそうな焼肉屋と散髪屋しかない。その中乗客(マニア)たちはなんとか時間を潰して折り返し17時20分発茂市行に乗車、今度は暗くなりつつある、さっき来た道を進み、茂市18時12分着、接続する山田線の上下にマニアたちは分かれて乗車する。この山田線も極めて本数が少なく、宮古駅では盛岡に向かうであろう一般観光乗客が列車本数の少なさにびっくりしていた。 ここでは少ない者同志ちゃんと接続し、18時32分発盛岡行に乗車。かつて原敬が「鉄道規則によりますと、猿は列車に乗せないことになっています」とはぐらかす答弁をした当時と変わらない、真っ暗な山中を進む。東北地方鉄道最高地点の区界を通るが、暗くてよく分からない。途中乗降する人もほとんど無く、盛岡市街地に近づいてからようやく少しばかり乗車客があったが、ほぼそのままで20時27分終点盛岡到着。この日乗った車両は全てキハ110系であった。この日はあらかじめ予定通り駅前のルートインに(またも)宿泊。夕食は駅前へ盛岡冷麺を食しに向かう。有名店の一つで、本来は焼肉屋だが、冷麺客用に鉄板が無い席もあり、しかも1人客用の大テーブルもある。もちろん自分もそこで他の孤独な一人客とともに冷麺を味わったのであった。
2009年08月12日
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この日は前夜に急遽宿で時刻表をめくって予定を立て、朝食を済ませるとさっさと宿を出て金沢8時20分発の「はくたか5号」に乗車する。この5号だけは福井始発だが、問題なく自由席に乗車出来た。しかし「北陸」運休で、これではいったい何のために金沢経由にしたのか意味が無くなったではないか。せめて少しは運賃を削減しちゃれと金沢~北越急行経由~東京都区内~東海道経由~大阪の普通乗車券を購入。マルス券に経由地が全部入らないからか、みどりの窓口のおねいちゃんは書ききれない部分を手書きで記入していた。これは貴重なので旅行終了後記念に取っておいているのは言うまでもない。 直江津でJR西からJR東に乗務員交替。てっきり北越急行の乗務員になるもんだ、と思ってたらわずかしか走らないJR東の乗務員が担当だったのか。思わぬ形で北越急行線を全線乗車(但し線内どの駅にも停まっていないが)し、越後湯沢10時54分着、すぐの接続の11時2分発「とき320号」にほとんどの乗客は乗り換えるが、こちらは駅弁と柿の種を購入してこの列車には乗らず、続行の越後湯沢始発の11時10分発「たにがわ408号」に乗車。始発なので自由席が間違いなく確保できるし、先の接続列車は新潟始発でさらに乗り換え客が集中するのは目に見えているのでこれを選択。しかもMAXなので2階席に乗車できる。ちなみに昨年1階席に乗車した時は、まるで景観が無く、それはそれで面白かったのだが、やっぱり景観が良いのに越したことはない。大清水トンネルを抜け、なぜにこんなところに駅があるのか上毛高原にも停車し、関東のだだっ広い平野を突き進み、越後湯沢で購入した「くるみ山菜寿司」を昼食として食べながら大宮12時14分着、ここで下車して一旦改札を出て金沢~東京経由~大阪の乗車券を途中下車とする。 長い行列のみどりの窓口で「岩手・三陸フリー切符」を購入、たくさんの窓口のうちおそらく唯一のベテラン窓口氏であった。また窓口の掲示では既にお盆の帰省と重なっているのか、現地までこの切符で乗車出来る「はやて」「やまびこ」などは軒並み満席表示だったが、この窓口氏はちゃんとマルスを叩いてくれて次の「やまびこ53号」に空席があると、発見してくれる。自分は今までそういった経験は無いが、窓口の係員次第で満席表示だと頼んでもマルスを叩いてくれない(=キャンセルやわずかな残りがあったとしても購入できない)とか、操作が不慣れでうまく切符を発行できなかったり、間違った切符を出されたりすることがあるらしい。ところでこの切符、大宮からだと東京都内からのものよりも500円だけだが安い(東京都内28400円、川口・戸田公園~大宮間からは27900円)ので、先ほどの乗車券と合わせて少しばかりお安く出来た。 時間まで駅構内をウロウロし、在来線の特急列車の到着を眺めたりし、大宮13時06分発「やまびこ53号」に乗車、前日の悪天候(?)がどこに行ったのか、という穏やかな天候のもと東北路を疾走し、新花巻15時40分着。下車客は帰省や観光客で一杯、自動改札以外にも有人改札を開放し処理をしている。改札外に出て駅前広場の横の道路をくぐると釜石線の新花巻駅。頭上を東北新幹線の高架橋がまたいでいるが、新花巻駅が開業後に後付けで造ったことがよく分かるアングルでもある。わずか1面1線のホーム上に似合わない乗客数(それでも新幹線から乗り換えた客はわずかなようだが)、15時59発の釜石線の快速に乗車する。一方で反対方向の釜石行に乗る客の方が多いようで、ホーム上の客はほとんど動かなかった。花巻着16時06分。 駅を出るがここも自動改札化されているのがすごい。駅弁屋を捜索するが、看板のみで実質販売は新花巻のみに集約している模様。しかし駅そば屋はあった。バスまでの時間つぶしに駅でずんだアイス食す。さすがに東北だけあってこんなアイスもあるとは。 駅前のバスターミナルから岩手県交通バス16時45分発に乗車し花巻温泉に向かう。途中廃止された花巻電鉄廃線跡を車窓から探すと。まるで別の場所を走っている花巻市街を抜けると、田園地帯にこれ見よがしな自転車道路が。これこそ間違いなく花巻電鉄の廃線跡であろう。ところでこの岩手県交通バス、古い車両が多いがどこかで見たカラーリングやな、と思ったら車内の表示に国際興業グループ、と書かれてある。そうか、池袋から本社に行く途中にちょくちょく乗ったことがあるもんな、どおりで。東京からの中古車も来ているのかもしれない。そしてこの日は贅沢して1泊2食2万円の温泉ホテルに宿泊、うまい夕食に温泉を楽しんで、早く就寝しようとしたが結局0時ごろまで起きてしまっていた。 しかしながら「北陸」運休の影響で、この日は単純に移動しただけで終わってしまったような1日であった。
2009年08月11日
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今年の夏の旅行は三陸の鉄道乗り潰しと駅弁制覇を目標として計画していた。その手段として「岩手・三陸フリーきっぷ」を使用するつもりでいたが、JR東日本の切符なので大阪で売っていない。やむなく当日入手で向かうことにしていた。 当初は昨年の日光鬼怒川会津旅行と同じ、大阪から東京まで「サンライズ」で向かおうかとも考えたが、いつも同じでは芸が無いので金沢から「北陸」で上野に向かうことにした。事前に金沢経由の乗車券と「北陸」のソロ寝台券を入手し、この日8月10日、大阪19時27分発「サンダーバード45号」で金沢に向かう。 大阪駅で夕食を調達することにしていたが、9・10番線ホーム上の駅弁売り場では駅弁残り種類は少なく、ベタながらも安心できる「八角弁当」を購入し自由席に乗りこむ。お盆少し前の列車であるが、大阪始発だし、まだギリギリお盆前なので席は余裕で確保出来る。サンダーバードは快調に北陸路を走行し、金沢22時07分定刻到着。22時15分発「北陸」の発車番線がどこか探すが、駅の表示を見てみたらなんと「北陸」も「能登」も台風崩れの低気圧の大雨の影響が上越線で出ているので運休とのこと。なんたることか。ショックを受けるとともに、この後どうするか考えねばならぬ。しかし最近は長距離の夜行は都市圏を跨ぐので、都市圏ダイヤを優先するJRの方針からか、ダイヤが乱れそうになると実際の状況はともかくすぐに運休してしまうため、今回も他の列車は運休は無さそうだったのにもかかわらず、あっさり夜行は運休されてしまったようである。これではますます夜行列車への信頼性が低下→利用客が減る→夜行列車削減という悪循環である。夜行列車を愛する自分としては大変憂慮すべき事態であるし、また既に九州へは夜行列車は無く、これだけで九州へ鉄道旅行に向かうという選択肢がそれだけで狭まってしまっている。 閑話休題、運休なので止む無く清算所で「北陸」寝台券と、翌日の経路が北越急行経由「はくたか」になるので、「北陸」が通る宮内経由の乗車券の残り部分を払い戻し・・・ってあれ?返金額が多いような。あとでよく調べてみると、「北陸」ソロ寝台特急料金が9130円、運賃が大阪市内→金沢経由→東京都区内10500円のうち、大阪→金沢は使用済なのでその分の4620円分を引いた5880円、合わせて15010円が返金となるはずが、金沢→東京都区内の運賃の7980円分で計算されて、17110円を受け取っていたことが判明。こちらは後で計算して後で分かったことだし、得したので何も言わずにそのまま。後で返してって言われたらどうしよう。 で、急遽携帯を駆使してネットで金沢駅前のルートインに宿泊。便利な世の中になったものである。ちなみに金沢自体も観光都市なので、いつものビジネス客だらけと違い家族連れが仰山泊まっていて、翌朝の朝食会場はまるでルートインとは思えない騒がしい雰囲気をしていた。
2009年08月10日
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任期満了に伴う4年ぶりの総選挙が行われることになった。なに?任期満了じゃないって?そんな言い訳知らねえ。ここまで引っ張ってきて今更「俺の力で解散させたんだ!」って思うなよ。衆議院議員の任期って4年だよ、知ってるの麻生君? で、本題である。高速料金が政権与党の人気取りのために休日一律1000円、お盆期間は平日も1000円にされた。最大野党も人気取りのために高速道路料金無料を掲げている。そして愚かな人民はまんまと乗せられて1000円高速を乗り回り、渋滞が恐ろしいほど発生しまくっている。おかげで鉄道や内海フェリー利用者数は激減している。 これによって、日本国民は様々な貢献ぶりを発揮している。まずは地球温暖化。自動車使用が大幅に増加したので二酸化炭素の排出量も当然増加、京都議定書の議長国として恥ずかしいばかりであるし、政府の温暖化防止「策」が全く無意味であるという二重の恥を塗っている。 2番目の貢献は石油業界。地球温暖化の最大の原因、化石燃料の使用量を抑制する方向へ世界が向かっており、当然ながら石油業界は業績不振に陥ることは目に見えている。昨年までのアメリカ政権などは露骨に石油業界との癒着ぶりを内外にさらしていたが、日本も例外ではなく、石油業界から政府(与党)に圧力をかけていることは明白。「うちが傾いたら、お宅への政治献金も大幅に減りまんなあ」なんて言われれば、一発だろう。「某最大野党の無料化政策はパクリって言われるんで、高速道路1000円で手を打ちます。それでガソリン使用量を増やす方向にしますんで、どうか献金額は減らさんでくだせえ」というやりとりがあったんだろう。 3番目の貢献は自動車業界。「うちは去年の経済危機で自動車が売れんようになった。なんとかしろよ。じゃないとお宅への政治献金(ry)」と、石油業界と同じ構図で。「自動車は日本の基幹産業なんだよ。そのへんよく考えろよ」って。労働者と下請け企業を安値で買いたたいた利益から一部が与党に流れているからね。 4番目は建設業、特に道路屋。某道路族議員共は全国高速道路網の計画を推進すべく全力を注いでいるが、無論その構図は、道路族議員が計画にいっちょかむ→税金で道路建設→建設業界が潤う→建設業者から見返り(献金、選挙の票取り纏め)→族議員もウハウハ。1000円高速とどういう関係やねん、って言わないように。高速通行量が増えれば、既に開業しているが当初予測を大幅に下回る通行量しかない田舎のどうしようもない高速道路もやっぱり少しは増える。そしたら「それ見たことか、ちゃんと見込通りの通行量が確保出来るんだよ!」と息巻く連中が出てくる。で、じゃあ残りの(田舎のどうしようもない)高速道路も造りましょう、という方向に持っていく。 残念ながら(?)日本の公共交通を引き受ける業界には政治力は乏しい。「JRは政治と繋がってるだろう」と言われても、それは逆方向の政治屋→整備新幹線を造れ→JRはじゃあ仕方ないので引き受けます、という流れで、業界から政府になんらかの要求を出す力は乏しい。なので1000円高速を黙って見ているしかない。さらにフェリーや地方交通機関になれば既にモータリゼーションで痛めつけられ尽くされているので、抵抗力はほとんどなく、縮小再生産を繰り返すのみ。これで「モーダルシフト」などというのは憚れるのか、政治屋や政府は温暖化対策にモーダルシフトの推進を1項目に掲げているようだが、実態はまるで形骸化しているのをさらすだけなので誰もこれを声高に言う人はいない。 こうして日本人は今日も政府・国民をあげて地球温暖化推進と業界のみの発展のために貢献しているのである。
2009年08月08日
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