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三女の入院のため、実家にいる長女から電話。「○○(←次女)が、お母さんに会いたいって泣いてる」じゃあ、代わって・・・(と言うと、電話の向こうで、母が「”お母さん、こんばんは”って言うのよ」と指示している)「こんばんうわぁ~~~~~!!!」これは重症だ。でも、さっき会ったじゃん!!(面会の帰りには、いつも実家に寄る)夜なら車で20分の距離なので、行ってやることもできる。でも、”電話をすれば、お母さんが来てくれる”という前例を作ってしまったら、みんなが次女に振り回されることにもなりかねない。「お母さんも会いたいよ~、でも、明日も会えるから大丈夫だからね」というと、意外にもあっさり納得した。次女が、長女にしがみついて眠る姿が目に浮かぶ。
2006年02月15日
治療が痛かったから・・・ではないのです。先日、三女が帰宅しているとき、私の治療のため、歯医者さんに行きました。せっかくなので、三女の手術のことを話し、虫歯について相談しました。それは、移植のあとは免疫抑制剤を使うため、虫歯などの口内細菌からも、感染症になる可能性があるからです。しかし、三女の虫歯の状態を見て、「う~ん・・・、ヘタに治療して、そこが化膿したりすると、もっと大変なことになっちゃうからな~」と、悩みに悩んだ末、フッ素塗布だけをしてくれました。そして、きょうの夕方、また治療に行ったので、三女の手術が決まったことと、病院に戻ったことを話すと、「あ~、やっぱり手をつけなくて良かった。でも、可哀想だね~、まだ3歳なのに、親元を離れて・・・それに、大きな手術だもんなぁ」と、ときどき目をこすりながら、三女のことを心配してくれました。受付にいた奥様も、「完全看護とはいえ、心配よねぇ・・・」と涙。私も、つられて涙が出てしまいました。
2006年02月13日
今朝10時から発売になった、「江原啓之スピリチュアル・ヴォイス2006」のチケットを買おうと、情報提供者Mちゃんとともに、チケットぴ○に電話をかけまくった。”つながった!!”と思ったら、「チケットは、完売いたしました」のメッセージ。人気があるのはわかっているけど、ものの10分で完売とは・・・。次の手段は、ネットオークション。検索すると、すでにお目当てのチケットがずらり。先行販売で手に入れた人が、結構いるんだということを初めて知った。それにしても(予想はついていたが)、かなりの高値での取引になりそうだ。Mちゃんは、「いい席なら、○万まで出すよ!!」私も、だんだん気合が入ってきました。
2006年02月11日
おとといの朝、病院から「手術日のメドが立ちそうなので、明日戻ってきてください」と電話。急いで夫に連絡し、私はキャンセルしたばかりのホテル(←手術前後に泊まる)を、あわてて予約しなおしました。そして、昨日。入院前の「RS検査」(ウイルス感染がないか)も通過し、一週間ぶりの病棟に。看護師さんたちから「おかえり~♪」と声をかけられるたび、三女はこわばった顔でバイバイ(←家に帰りたい)をしていました(涙)急患が入れば、また延期の可能性もありますが、それはまた、そのとき・・・と、この一週間で思えるようにもなりました。きょうは、私自身の体調も万全でないので、面会はあきらめました。明日から、長女&次女は、実家に”プチ引越し”になるので、その準備もしなければなりません。
2006年02月11日
ごねあさんのブログを読んで、【食】に対する考え方に”革命”が起きてから、バナナは朝食の定番になりました。一言で”バナナ”と言っても、なるべく熟れた状態で食べるのが重要。便利なバナナハンガーのおかげで、皮は黒くなっても、中身は白→クリーム色・・・と熟れてくれます。
2006年02月08日
結局、脳死移植は、”提供したい人(家族を含む)”と、”提供を受けたい人”のあいだで行われれば、何も問題ないんじゃないか・・・とさえ思う。しかし、江原氏によると、”スピリチュアルな観点から言うと、肉体をパーツとしてとらえてはいけない”らしい。しかし、”心の友”の意見もまた、ある意味スピリチュアルであると思う。”直子の父上がいつぞや仰ってた「移植が可能な時代に生まれている」事から考えても、それが許されなかった時代に生きてた人達より進化(神化!?)した考え方を求められる(試される)のではないかという気がします。”そう、時代が変われば【課題】の内容も変わるわけです。そして、いつの世でも試されるのは、行為そのものではなく【動機】。これは、江原氏も強調しているところです。まだ続く(え?もう飽きた?)
2006年02月07日
今朝、次女(年長)の担任の”たえ先生”(←仮名・・・なわけない)から、「おかあさんに見せたいものが・・・」と呼び止められた。”不思議ちゃん”の異名を持つ次女のことなので、たいがいのことでは驚かなくなったワタシ。先生がエプロンのポケットから出したのは、次女が先生にあてた手紙らしく、得意の「虫の絵」の上にたいせせんと書いてあった。”ちえこ先生”も、”ちよこ”だと思っている次女には、”たえ”が”たい”になっても、”せんせい”が”せせん”になっても仕方ない。(たえ先生スミマセン)いや、そんなことより、この半年くらいのあいだで、やっと文章は読めるようになったが、字を書くことには消極的だった次女。”字をつなげると単語になる”と気づいたんだ。よかったね。そして、”たいせせん”は、「この手紙、ずっと大事にします!!」と言ってくれました。
2006年02月06日
”脳死=脳への血流が止まる”それだけが判断基準ではないと思うが、こういう状態になったら回復(しかも、どこまで?)する可能性はゼロに等しいんだと思う。ゼロに等しい状態でも、本人が、”できるだけ生きていたい”と希望したり(もちろん意識のあるうちに)、家族が、”どういう状態でも生かしてほしい”と思えば、それは絶対に優先するべきだと思う。ドナーになろうと、最善を尽くされて死を迎えるもの、あまり批判の対象にはならないから。しかし、レシピエント(患者)はどうだろう。脳死移植を推進したり、移植のための募金をする人の中には、見知らぬ人から「そんなにまでして生きたいのか!?」と言われることがあるらしい。また、つづく
2006年02月06日
今となっては、”移植”の二文字を見たら、素通りできない立場にあるが、どういうわけか、三女が生まれる前から「臓器移植」については、考えるとはなしに考えていた。池田清彦の『臓器移植、我せず、されず』を読んだのも、三女が生まれる前だった。『移植病棟24時』は、きのう長女が『花とゆめ』を買うのに付き合っていった本屋で偶然見つけ、夜になって、家族が寝静まってから、台所で缶チューハイを飲みながら一気に読んだ。「肝移植」は症例が多いだけあって、内容のほとんどを占めていたが、病状と用語がすぐに理解できることには少し複雑だった。著者の、加藤友朗医師(マイアミ大学移植外科)によると、「脳死は、脳への血流が止まることだが、このことをちゃんと認識していない医師もいる」そうか、漠然と”植物状態になる”ということではなかったんだな・・・と、自分の不勉強を知ることになった。つづく
2006年02月05日
夫が、ネットオークションで、また「ダチョウの卵」を買った。1個2,000円もするわりに、白身が水っぽくて、黄身も盛り上がってないし、味が薄くて・・・早い話がキモイ。(←関係者の皆様スミマセン)何が夫にそうさせるのか?『鏡の法則』から言ったら、それは私に何を気づかせるためなのか。(でも、さっぱりわかりまっしぇ~ん)夫は、ダチョウの卵を電気ドリルで穴を開けて、その穴から割り箸を差し込んでかくはんし、ストローを差し込んで口から空気を送り込んで中身を出す。まるで職人仕事のようだ。中身は見た目以上に入っているので、ボールいっぱいの”溶き卵”の完成。ここで嫌な顔でもしようものなら、とても不機嫌になるので、心の広い私は「新鮮なうちに、プリンを作ろうかな」と、カラメルを作り始める。夫は、中身が無くなった卵の殻を、流しで丁寧に洗っている。プリンを蒸しているあいだに、卵もきれになった様子。鍋のほうに目をやって「どう?うまくできそう?」と、プリン大好きな夫は上機嫌。そして、きれいになった卵の殻を大事そうに持って、自室へと消えていった。
2006年02月05日
”脳死は人の死か”私は”死んでない”と思う。”かなり死に近い状態”と言えるとは思うが、そう言っている間にも、事故や急病で、脳死を通り越して亡くなる人もいるので、元気な人より長生きする可能性だってある。それはそうと、”命あっての物種”という言葉。私は、いつの頃からか、この言葉が嫌いになった。いつか死ぬことはわかっているのに、いつまで”生きてて良かった”と言ってるつもりなんだろう・・・と思う。だから、メディアでも”最悪の場合死ぬことも!!”って、それじゃ、人生最後はかならず”最悪”ってこと?そう思っている人にはその人なりの、そうは思わない人にもその人なりの【課題】があるんだろう。つづく
2006年02月04日
タイトルはおぽーちゃんのパクリでございます(汗;)数日前、ふと気がつくと、”第2冷蔵庫”がただの「物入れ」に変わっていました。この冷蔵庫には、ジュース、缶詰、ビール、シャンパン、缶チューハイ、ドレッシング、タレ、そして冷凍のお弁当おかずくらいしか入っていないので、大きな被害はありませんでした。しかし、無いのは不便なので、さっそく夫と近くの家電量販店へ。いつもは直感で物事を決める私ですが、今回は”コレ”と思った2台の冷蔵庫を行ったり来たり。そこへ、どこからともなく現れた、シュミの悪い服装をした女の子(失礼・・・)が、迷っていた冷蔵庫(しかも、それは”現品限り”)に手をかけた。これで決まりました。もう1台のほうを買うことに。家に持って帰ると、長女が「あ、いいね~コレ」と。置いてみると、寸法もぴったりでした。こういう”啓示”のような出来事が起きるのもまた、日常茶飯事。
2006年02月04日
三女の移植手術日が不確定になってしまい、夫の食欲に歯止めがかからなくなってきました。それまで、「う~ん、きょうはこれくらいにしとくか・・・」と言ってセーブしていた夕食も、いまや食卓に並べただけ完食。もちろん体重も、一時は”夢の80キロ台”に突入したのもつかの間、91、91.8、92.6・・・と着実に”悪夢の3ケタ”への階段を昇りつつあります。三女は、入院中に摂取した【高カロリー・高たんぱく・滋養強壮】の食事のおかげで、二重アゴになって帰ってきました。手術には、体重は多いほど良いらしいのですが、少し散歩をして筋力をつけようと思っています。
2006年02月04日
「臓器移植」には、”脳死”からと”生体”からの2通りがある。”生体”は、家族からの提供があれば問題ないが、提供の意思があっても移植できなかったりすると、”脳死”からの移植しかない。とは言っても、現在の日本の法律では「15歳未満のドナーは認めない」ことになっているので、15歳未満のドナーからの移植を希望する人は、海外に行くしかない。しかし、これには莫大なお金がかかる。ときどき、メディアで取り上げられる「○○ちゃんを救う会」が、募金活動をしているという話を聞くと、これまで、自分の子供が、海外での移植しか治る見込みがないと言われて、募金に踏み切った親は、全体の何%くらいなのか・・・と、いつも考える。”ほかにも子供がいるから、海外に行ってまで、移植を受ける余裕はない”とか”自分の子供のために、見も知らぬ人からお金をいただくなんて・・・”とか”もし、移植ができても、病気が治らなかったら、募金してくれた人たちに、どう顔向けしたらいいのか・・・”とかいろいろな理由で、募金活動をハナから諦めた親御さんも、相当数いるのではないかと思う。「それなら、日本でも15歳未満のドナーを認めればいい!!」と思う・・・が、”脳死は人の死か”という定義が、いまだに曖昧なのだ。つづく
2006年02月02日
三女に「一時退院」の許可が出て、きょう自宅に戻ってきました。いつ病院にもどるかは、手術の日程次第・・・という、宙ぶらりんなままの退院で、不安な面もありますが、1ヵ月半ぶりの家族揃っての生活に、身も心もちょっとひと息です。三女のことを気に入ってくださっている、イケメン○村先生。三女と病棟を出ようとしたところに現れて、無言で三女を抱き上げると「はい、ママに”バイバイ”は?」って・・・ちがうでしょ。
2006年02月02日
三女の面会に向かう電車の中で、心の友からのメール着信。”この本の中に、直子夫妻、三女、長男・・・いや、家族全員のことだなと思う箇所が随所にあり、もし、まだならばと・・・”実は、この本が出たことは、新聞広告で知っていた。しかし、”江原本”は、ほとんど読破していたので、その総集編か・・・くらいにしか考えていなかった。”それならば・・・”と、面会前に病院近くの本屋に駆け込む。しかし、”やはり出遅れたか・・・”と思った次の瞬間、平積みの最後の1冊が。”まってたよ~ん♪”と、江原さんからのメッセージが聞こえてくるよう(←うぬぼれ)まずは目次に目を通すと、「臓器移植」の文字。まさか、こんなことについて書かれていたとは・・・。面会まであと10分。その前に「臓器移植」の章だけでも読みたいと思い、買った本を片手に病棟に向かった。つづく
2006年02月01日
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