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【用意するもの】◎両面テープ・・・以上
2006年01月30日
三女の向かいのベッドのお子さんが、めでたく抜糸の様子。ド「きょう、お母さんは来てる?」ナ「もうお帰りになりましたけど」ド「早っ!!」親にも、いろいろ都合があるんです。
2006年01月28日
三女の移植手術のことを知ったある人から、「もし嫌じゃなかったら、お子さんとご主人のベッドの下にでも入れてくれる?」と、赤と青の「お守り」を頂いた。それは、【新興宗教】と言われる団体のお守りだった。”この世には、善も悪もない”そんな境地に至った今は、そのお気持ちだけを受け取ることになったが、こうして無私な思いを寄せてくださる人がいるという事こそが、とても有難く感じる。お守りは、三女の面会に通うバッグの中に入れて持ち歩いている。
2006年01月28日
このところの精神的ダメージや、睡眠不足のせいか、2~3日前から頭痛が抜けず、三女の面会に向かう西○線の中で爆睡してしまった。乗り継ぎ駅に降りたら「スタバ」が目に入ったので、面会時間まで多少の余裕があったこともあり、ボヤケた頭に喝を入れるため、コーヒーを飲むことに。しばらくやめていたコーヒーの味は格別で、久しぶりにリラックスした気分に浸りながら、味と香りを満喫していた。半分を飲み終わった頃、新しいお客が、コーヒーとデニッシュを乗せたトレーを持ってウロウロしていたので、「良かったらここどうぞ、もう出ますから・・・」と、2人がけのテーブルの向かいのイスを指差すと「あ、すみません」と言いながら、30前後のきれいな女性が向かいに座った。カプチーノが泡だけになったところで、風邪防御のマスクをつけて席を立つと、お互いに会釈をしあって別れた。他人に声をかけることにやぶさかでない私は、こういう一期一会がうれしい。逆に、街を歩いていると、よく道を聞かれる。先日は、対向車線の大型トラックの運転手が降りてきて道を聞かれた。
2006年01月28日
前回の日記で、やまちゃんさんから、『鏡の法則』についてのコメントがありました。実は、すでに、rilassato angeliさんの日記から読ませていただきました。それはもう・・・(鼻水)やまちゃんさんも、”きっと今回の出来事は、夫があなたの鏡の役割をして、大切なことを知らせようとしているんだよ!!”と言ってくださったんだと思います。ちょっと気を取り直して、ゆっくり考えてみたくなりました。有難うございます、やまちゃんさん。
2006年01月26日
2つ目のキーワード。実は、三女の手術が、また延期になった。病院側の対応状況が、理想的ではない・・・という理由で(前回もそうか)”どうしてこうなったのか””この状況は、私に何かを気づかせるためか””この試練の先には、きっと何かが待っているはず”と、いつもの思考パターンに没入するパワーが、今の私にはありません。同じ状況でも、夫はどうしてこうも違うのか!?「また少しリラックスできるね」そうか~・・・そうなんだ~・・・。
2006年01月26日
きのうの『笑っていいとも』を見ました。「ロン毛(←死語?)にして、カッコイイじゃん!!」と言うと、夫が、「ちょっと太ったんじゃないか?・・・まあ、来年50じゃしょうがないな」そう、彼らは中学時代の同級生。(もちろん木根さんも)
2006年01月25日
長女が、交友関係で悩んでいる。比較的仲のいい友達が、脈絡もなく家族の話を会話に盛り込むのだと。「ゆうべ兄貴がさ~・・・」とか、「うちのお父さん、○○(←職業)じゃん。だから・・・」とか、「風邪ひいたら、お母さんとまったく同じ症状なんだ~」とか。長女いわく「そう言われても、返事のしようがないんだよね」(←クールすぎ)そして、「あ~いうのって、もしかして・・・”ファミコン”?」座布団2枚!!
2006年01月25日
次女の「入学通知書」が届いた。一時は、養護学級のある、学区外の小学校への入学も考えていたが、この1年のあいだに、次女は驚くほど変わった。養護学級に行かないことが、別に”いいこと”とは思わない。そして、STに通ったことでの”出会い”があり、私の視野を少しでも広げてもらったことに、心から喜びを感じる。人生で”悪いこと”というのはないと思う。それをどう位置づけるかは、他ならぬ、自分自身だから。
2006年01月24日
たった今、アメリカに住む夫の友達から、1枚のFAXが届いた。成功を祈る!無骨な、大きい字で、そう書かれている。そして、”直子さんも頑張って下さい!”とも。夫は、誰にも話さないつもりでいると思っていたが、彼にだけは話したのだろう。台所のコルクボードに貼って、手術の日を待とう。
2006年01月24日
珍しく、宗教の勧誘の人が来た。しかも驚いたのは、長女の友達のお母さん(Aさん)だった。もうひとりの女性は、我が家の内情をまったく知らないようで、「最近、子供さんを取り巻く環境が悪くなってきて、事件やら事故やらで、家を出た子供が無事に帰ってくるか、わからない世の中になってきたじゃないですか・・・」と言うので、「ウチは体験済みですから」と言うと、Aさんが「そうなの、この人は大変な経験をしてるのよ」と。知っているなら、最初に説明しておいてほしかった。
2006年01月24日
電車通院(?)を始めて1ヶ月あまり。目の前で化粧をされるのも、ヘッドホンから歌が聞こえてくるのも慣れました。しかし、”食べる”のは、どうも我慢がならない。最初は、目の前に座っていた女の子(20代)に、コンビニのおにぎりを食べられました。次は、隣の女の子(20代)に、中華まんを食べられました。その次は、ドアを挟んだ座席の女の人(30代)に、コンビニ弁当を食べられました。何がいやか・・・”におい”です。健康な人なら我慢できても、妊娠初期や、調子の悪い人には、迷惑千万。仕返しのために、次に食べている人がいたら、「くさや」で対抗してみようか・・・(もっと迷惑か)
2006年01月21日
おとといの夜、久しぶりにMちゃんと電話で話をした(って、かけてくれたんだけど・・・^^;)彼女の言葉の中に、最近私が”ぼや~っ”と感じているキーワードが、いくつも出てきた。その中のひとつが「ターニングポイント」。これから、どう”ターン”するのかはわからないが、三女の移植手術が、今後の私の方向性を、決めるような気がしている。どんな答をみつけるのかどんな答が待ってるのか (「ロックンロールナイト」佐野 元春)
2006年01月21日
雪が降る雪が白く降りしきる道という道を白く埋め家家の屋根を白く包む雪は教会の十字架をあとかたもなく 白く消しつくす孤独と恐怖の 暗い壁を崩し道をひらき 黒い鉄路を 白く繋ぐ新しい光のなかで私はさわやかな 青い空をみた新しい光のなかで私はあたたかい人の声をきいた別れた人を なつかしむ思い炎のように 樹氷の林をぬけて冷たく閉じた人の心の扉を叩く炎のように扉を叩き私の心の扉をひらく『樹氷の街』これって、「著作権法」に抵触する?
2006年01月21日
普段”パジャマ”を着ないので、病院から「前開きのパジャマを用意してください」と言われて、あわてて「サカゼン」に行った。あるある・・・「8L」まである!!今までなら、「5L」を買うところだけど、三女のために15キロ近くも痩せた夫の体型に合わせると「3L」を買うことになった。”手術が終わったら、また3ケタ(100キロ台)に戻すぞ!!”と言っている夫だから、退院したら着られなくなる可能性が”大”だけど・・・。
2006年01月20日
三女の様子に変わりはないだろうか。先日、担当の看護師さんが、”そろそろ手術にかかわる、いろいろなことを説明しますね”と言っていたのに、丸2日も空けてしまった。早めに家を出て、手術日前後に泊まる予定の、病院近くのホテルも、下見してこようと思う。
2006年01月19日
朝起きると、お腹がグルグルと軽快な音(←私にとっては)を奏でている。これは、ごねあさん推奨の「イオナミン」のおかげ。今朝も”どっさり”で、すっきりな一日のスタートとなりました。次に、”朝食には、フルーツを”ということなので、房の中から一番熟れていそうなバナナを選んで食べた。数分後、またもや催してきた。またしても”どっさり”出た(* ̄∇ ̄*) 腸のキャパ(=宿便貯蔵許容量)は、想像以上のようだ。
2006年01月19日
”ズッコケ”シリーズの三人が、オジサンになって・・・という話らしい。NHKで長く放送されていた”ズッコケ”シリーズは、実を言うとあまり見たことがなかった。それが、息子が死んで間もなく、息子と同じ名前が主人公の、那須先生の本が出た。それを教えてくれたのは、息子の担任の北○先生だった。早速、買って読んでみると、主人公の雰囲気といい、内容といい、息子とだぶるところが多かったので、那須先生に手紙を書いた。すると、なんと那須先生から返事が届いた。”子だくさん”の那須先生は、子供を亡くした親の気持ちをわかってくださり、年頃(高校生?)のお子さんが、バイクに興味があるので、交通事故の心配は尽きないとも書いてあった。陰ながら、これからも那須先生のご活躍を応援したい。
2006年01月19日
きょうは、三女の面会に行くつもりだった。ところが、朝になって、夫が「きょうは、みんな現場に行っちゃうから、家(=会社)にいてくれる?」というので、”え~、きのうも面会に行かれなかったのに!!”と思ったが、仕事がからむと強くは言えない。さっそく、”心の友”に、きょうの予定変更をメールする。そこへ起きて来た次女が、「きょう、ほいくえんいくの~?・・・」と浮かない顔をしている。このところ、三女の面会で帰りが遅くなったり、ひとりで実家に泊まらせたりしたので、”きょうは、息抜きの日にするか”と休ませた。面会を明日にしたので、来ることになっていたPOLAの人にも、予定を変更してもらった。すると、11時近くになって、夫が「オレ、現場に行くのやめたから、面会に行ってもいいよ」と。そう言われても、これからじゃ1時間くらいしか面会できないし、何より、次女を休ませてしまったので、出るわけにはいかない。”心の友”にもメールをしてしまったし、POLAの人にも変更してもらっちゃったし・・・。そのへんの事情を説明しても仕方ないので、「う~ん・・・明日にする」と返事をする。”何かの力”に、行動を操作されている?そう感じることが、しばしばある。
2006年01月18日
1997年10月に成立したのを、きょう初めて知った。息子が交通事故で死んだのは、1997年8月。搬送先の病院の廊下で、ドクターから死亡を告げられたとき、夫はとっさに「角膜だけでも移植してください」と言った。涙をぬぐいながら”えっ!?”と思ったが、ドクターが「お気持ちは有難いのですが、そういう制度がまだ・・・」と言った意味が、そのときはよくわからなかった。あれから9年たって、今、臓器移植の渦中にいる自分を不思議に思う。
2006年01月17日
と言われそうですが・・・。私は、はっきり言ってミシンと相性が悪い。(不器用なだけか)長女の制服の丈出しはもちろん、夫のスラックスのすそ上げ、Gジャンの襟(←ボロボロ)の付け替え・・・何でも【寸法直し】に出してしまう。そして、きょうは、通販で買ったスウェットパンツまで、すそ上げしてもらった。買ったのと同じ”三つ折”、長さもちゃんとそろってて、ミシン目はもちろん美しい直線。630円なり。
2006年01月17日
仕事の話で、義母から電話が来た。業務連絡を終えると、義母はそう切り出した。実は、移植手術のことは、夫の意向で”事後報告”にしようと決めていた。しかし、先日、夫が仕事の用事で義母の家に行ったとき、話をしたようだ。一瞬、言葉に詰まり、「はい・・・そうなんです」と答えると「こんな大事な話を、今まで黙ってるなんて」そう言われるものだと思っていた。ところが、義母は「直子さんが一番大変なんだから、体に気をつけてよ。 私は病院には行かないから、よろしくお願いしますね。」そう言っただけだった。孫も可愛いだろうが、自分の息子が臓器を提供するための手術を受けるとなっては、心中穏やかではないはず。稀有な義母の人柄には、感謝しかない。
2006年01月17日
三女の移植手術が近づいてきていて、きょうはドナー(夫)の検査がありました。CT→肺機能→胃カメラ→レントゲン→検尿→心電図→採血。とても、一日ではできそうにないスケジュールを、移植コーディネーターさんが、うまく組んでくれました。そのあと、ドナーの病棟の看護師さんから、手術前後の段取りと、術後の経過について説明がありました。切開する傷の大きさや、術後に襲ってくる痛みの説明と対処法にも、夫は冷静に聞いて、必要な質問を次々としていました。横に座っている私は、ただうなずくだけでした。
2006年01月16日
”大山 のぶ代さんじゃないとな~”と思うのは、長年慣れ親しんできたせいでしょうか。アニメオタクではないのですが、高校生の頃から、声優さんにはちょっとウルサクて、誰がどの声と同じ・・・というのを、いつも気にしていました。当然、エンディングに出てくる、声優さんの名前もフルネームで憶えている人が結構います。そんな日常の中、ひょんな縁で、ある声優さんとお目にかかるチャンスがありました。テレビで1~2度見たことがあったので、”ほ、本物だ・・・!!”と、話している間も、彼女の横顔に見とれていました。こういうとき”ちょっとでいいので、あの声を聞かせてもらえますか?”というのは失礼だと思い、最後まで取りとめのない話で終始しました。別れる段になって、「じゃあ、またお目にかかれることを祈っています・・・」と、帰ろうとした私の背中に「まったね~!!」という声!!!それ以降、年賀状をやりとりしています。
2006年01月15日
「アメイジング・グレイス」が流れているのに気がついて、ちょっと”ギョッ”としたんですね。この曲、先日亡くなった、本田美奈子ちゃんのテーマ(少なくとも最近は)のような印象を抱いていたので、それを、元気な顔した人が朗々と歌う姿に違和感を感じます。この選曲をした(許可した)朝日テレビには、そういう感情とか(勘定か?)がないんですね。なくたっていいんです、美奈子ちゃんの”持ち歌”ってわけじゃありませんから。
2006年01月15日
移植手術のために入院している現在の病院で、三女の主治医になった”○村先生”。ひとことで言うと・・・若い。一見、”極楽とんぼ”の加藤(←好み)に似ているが、彼よりも精悍な顔立ちで、身長は180センチはあろうかという、かなり見栄えのいいドクター。しかも、【小児外科】を選んだだけあって、相当の子供好きのよう。手術着のまま(ほかのお子さんの手術を終えてか)、ふらりとやってきて、ベッドに腰掛けながら三女を抱き、肝臓が腫れているぽんぽこのお腹をさすりながら、「今のところ熱もないし、いい感じ!!」と言って去ってゆく。また、回診時間でなくても、時間があるときは病室に来てくれて、説明をしてくれることもある。そんな”ふらり”が、患者や家族にとっては、とても有難い。しかし、看護師さんにはこの”ふらり”が、何か探し物をしに来たかに見えるのか「先生、何かお探しですか?」と声をかける。すると、○村先生は「ううん、ふらふらしてるだけ」
2006年01月14日
三女の移植手術にあたり、『育成医療券』の申請をした。これは、多額の手術費用を、国が助成してくるというもの。これまで、知り合いに”移植をすることになった”というと、”もし、いやじゃなかったら、募金活動をしようと思うんだけど・・・”と言ってくれた人が何人もいた。そこで、この『育成医療券』の制度を説明すると、一様にホッとしてくれる。しかし、善意の募金とは違い、”国が出す”ということは、否が応でも国民の皆さんに負担してもらっているということだ。最初の手術のときもそうだった。街ゆく人みんなに、頭を下げたくなる。
2006年01月12日
それは、だれの話にも耳を貸さない、”ワンマン王様”だったから。自分の価値観だけを優先して、周囲を振り回していたに違いない。何のしがらみもない街の子供は、王様の本質を見抜いたということか。王様は、その後どうなったのか・・・とても気になる。
2006年01月12日
”メールの返事がないので、ほかの方にお譲りすることにします”というメール。そんなわきゃねーだろー!!メールのやり取りは私の仕事なので(←そろそろ勘弁してもらいたい)、送信履歴を確認の上、夫がメールに書かれていた携帯に電話してみた。「◆&#!?」「◎$★@」「△○■*%!!」「!?・・・☆◇◎」結論。相手が指定したアドレスは、現在使っていないものと判明。気の良さそうなおじさんは「どうりで、他の人からもメールが来ないと思った・・・」一件落着。
2006年01月12日
点滴の不自由な手でも、子供と言うのはなんとかして遊ぼうとします。片手でも遊べるおもちゃを・・・と思ったら、『黒ひげ危機一髪』にたどりつきました。ちまたでは、『黒ひゲイ危機一髪』が流行だそうですが、さすがの私でも、買う勇気はありませんでした(^^;)
2006年01月10日
「STに通っている子で、日本語より英語のほうが入りやすいっていう話は、他にも聞いたことがあります」と。確かに次女も、日本語のビデオより、英語のビデオのほうを好んで見ていた時期があった。そして、憶えたフレーズを、適した状況で使い分けて、”日本語はまともにしゃべれないのに・・・”と、不思議に思ったものだった。しかし、実際のところ英語のほうが簡単だし、教材用のビデオなので、身振りは大げさな上、NHKの『えいごリアン』は、むちゃくちゃ面白い。しかし・・・そういう子が、統計的に急増しているとしたら、これには何か意味があるのかもしれない。るーえさんの個人セッションを受けたとき、次女と三女の言葉(日本語)が遅い理由を聞くと「それは、理由があって制約を受けてるの」と。その”理由”がわかる日を、楽しみに待つことにしよう。
2006年01月10日
子供の頃から”人は何のために生きるのか?”と考えてきた。そして、最近まで”魂の成長のためではないか”と思っていた。しかし、ソクラテスの時代から、人類が”人間性の向上”(魂の成長)を遂げてきたとは、とうてい思えない。だとすると、生まれて死ぬことを繰り返すだけの、”新陳代謝”のようなものなのか?もしかしたら、広い宇宙も、目の前の家族も、自分の心が作り出している幻影ではないか・・・と思うことさえある。過去も未来もなく、すべてが畳み込まれている”今”を生きるしか、ほかにすべきことはないのだろうか。思い通りにならない夫も、三女の病気も、これからの自分のありように悩む自分も、この先に待つ”何”のためにあるのだろう。”良くなるための変化あるのみ”心の友から届く言葉だけが、今の救いだ。
2006年01月10日
同じ『バナナハンガー』を使っている友人から、ビックリする画像が届いた。「うちと同じ使い方してるー!!!!」彼女のところでは、カーブの部分に”犬”がしがみついていた。そして、我が家は・・・・
2006年01月09日
長女が”イチオシのコミック!!”というので、三女の面会に向かう電車内で読んでみました。思わず吹き出すオバサンの姿に、周りの乗客の皆様には、ブキミな思いをさせてしまい、誠に申し訳ありませんでした。今どきの若い人が読むコミックは、”ツボ”が違うから笑えないと思い込んでいました(実際『フルーツバスケット』の面白さはわかりません)・・・が、世代を超えた”ツボ”というのはあるようです。
2006年01月09日
15年位前、私の父親が信頼している易者に、見てもらったことがあった。当たってることも当たっていないことも言われたが、そのとき言われて以来、ずっと気になっていた言葉があった。それは、「あんたはお酒を飲まないほうがいい」と、夫に言ったひとことだった。若い頃から”大仁田 厚”だった夫は、誰が見ても【大酒飲み】。なのに、実はコップ1杯のビールで真っ赤になってしまうので、夫はためらいもなく「はい、飲めませんから」と、答えていた。今、三女に自分の肝臓の一部を提供することになった夫。お酒を飲む習慣がなかった夫は、脂肪肝とは言われたものの、今のところ検査でひっかかっている項目はない。あの易者は、このことを見越していたのだろうか・・・。その人は数年前に亡くなってしまい、確かめるすべはない。
2006年01月07日
夕方、長女が部活の帰り、私が三女の面会の帰りに、乗り継ぎ駅で待ち合わせることにした。「この駅の売店に、たい焼き屋さんがあって、ときどきホームで食べてる人を見ると、”一度食べてみたいな~”って思ってたんだ」という長女のリクエストにこたえ、売店へと向かった。からっぽのケースに、まさに今、焼きたてのたい焼きクンが、並べられているところだった。あつあつのたい焼きを、5個買ってホームへおりた。成長期の長女と、朝、バナナを食べたきりの私は、「ここで食べちゃおうか?」と聞くまでもなく、どちらともなく食べ始める。向かいのホームにいる人はまばらで、視線はまったく気にならず、立ち食いにはもってこいのしちゅえーしょん。極寒の中、1本の缶コーヒーを分けつつ、長女の部活の話に相づちを打ちながら食べるたい焼き。もし、三女が病気じゃなかったら、味わえなかったことかもしれない。
2006年01月06日
保育園に行ってもらいました。すると、次女のクラスメイトの男の子が、長女を見て「ふ~ん、こういうおねえちゃんか」と言ったそうな。”こういう”って、どういう意味よ!!と長女は思ったそうなんですが、それを見ていた先生が「もう中学生だからね」と言うと「ちゅうがくせいか!!」と納得の様子。長女も、”あ~、デカすぎるってこと・・・”と納得したそうな。メデタシメデタシ。
2006年01月05日
古本屋で、ふと目に止まりました。【量子力学】と言えば、”お化け現象”という言葉(←しかも、合ってるかわからない)しか思い出しませんが、私が追求している、”畳み込まれた時空”や、”パラレル・ワールド”にも通じている気がするので、これから三女の面会に行く電車内で読んでみます。
2006年01月05日
三女が移植を受けるにあたり、昨年11月から、ニャンタ(←仮名)に1階の事務所へ引っ越してもらった。事務所では、ストーブの前に陣取り、従業員の人にかまってもらったり、エサが減ると補充してもらったり、決して悪くない処遇だった。ところが、お正月休みに入り、飼い主(←私?)が、家事や三女の面会で、ニャンタの存在をすっかり忘れていた。火の気のない事務所、空っぽのエサ、片付けられていないトイレ・・・。よく見ると、風邪でもひいたのか、心なしか元気がない。早速、自宅から「電気座布団」を持ってきて、私の事務机(イス)に設置。これで、始業を待ってもらうことにする。
2006年01月04日
元日から「のどが痛い」と言っていた夫。三女の移植が決まるまで、病院とはほとんど縁がなかった夫が、今朝は開口一番、「医者に行く・・・」(←ちょっと涙目)どうせ行くなら、三女の面会を兼ねて、いや、【ドナー】という責任を背負っている今となっては、ハンパな診断を下されては困るので、三女が入院している病院の救急外来へ直行した。受付で、これから移植のドナーになる予定であることを告げると、素早い対応で救急外来に案内してくれた(←気のせい?)宿直の先生も、丁寧に問診して、血液検査もしてくれた(←気のせい?)診断は、”風邪による扁桃腺炎”だったが、「これから、ますます痛くなったり、熱が出たりしたら、いつでもきてくださいね!!」やはり、【ドナー候補者】というのは、待遇が一味違う。
2006年01月03日
今では、猫も杓子も”病気の原因は、実はストレスだった!!”と言いますが・・・。ストレス度の第一位「家族の死」を経験した人が、みんな大病しました・・・って統計は聞いたことがない。だって、戦時中に夫や子供を亡くした人って、元気で生きてたりするじゃないですか。それは、私が思うに、ストレスのはけ口を、暴飲暴食に持っていくところが、現代人の落とし穴だと思うんです。それをしようにも、食糧事情が悪かったら、暴飲暴食しようがありませんから。慢性病を患っている人の中には、”体が欲しているんだから”と、糖尿病なのに、お酒がやめられない人がいるそうですが、欲することこそが”体の狂い”ということに気がつかない限り、病気の連鎖からは抜け出せません。医食同源名言です。
2006年01月02日
気も狂わんばかりの(←親が)禁飲食も解け、少しずつ食事が出るようになりました。発熱と下血を警戒しながら、手術のために体力維持をしなければならない、まさに”綱渡り”の毎日です。そんな周囲の苦労を知る由もなく、三女は運ばれて来る栄養ドリンクを一気に飲み干し、「い!!」(←おいし”い”)と言っています。
2006年01月02日
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