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[45] 道家への招待 投稿者:昭和組 投稿日:2005/08/22(Mon) 18:07 久々にパラパラッと捲ってみました。「やってみ」「考えてみ」「みろ」を独特のイントネーションで「~み」とよく言われていたことを想い出しました。
2006.01.31
[44] 小野田さん 投稿者:昭和組 投稿日:2005/08/19(Fri) 17:36 先週TVドラマでやっていたルバング島帰還兵の小野田さんが帰ってきたとき、洗心術で話題になり、小野田さんを評してあの眼は「忍者の眼」と言われていましたね。陸軍中野の後輩だったのでしょうか。
2006.01.31
[43] 代理教授 投稿者:煉丹 投稿日:2005/08/09(Tue) 12:08 藤田さんの他には、長倉さん、それと医者の黒焼きに出ていた石渡さん、在家ではこの3人くらいではなかったかな。あとは、チヨ先生、久子さん、倫子さん等の家人で、栄子さんはいわきに移ったあとに昇格したと記憶。番外で名前忘れたが、京浜東北線沿いで古い弟子のひとりが合気術張り紙出して教えていたけど、その人は代理教授だったか定かでない。
2006.01.31
[42] Re: 諸々 投稿者:oka 投稿日:2005/08/09(Tue) 03:01 > 藤田さんは鎌倉の時に既に代理教授で大先生にも直伝、他は指導員で> 奥伝心得、しかも本部内弟子からの教伝で修業年月も浅い。ありがとうございます.それで藤田先生は日本道観の中で別格の存在だったわけがわかりました.(私のおろかな書き込みは,どうかみなさん読み流してください.)代理教授の位を持つ先生は,他にもおられたのでしょうか?ある特別指導の帰り,藤田先生と二人きりで列車に乗り合わせたことがあります.いろいろお話をうかがうチャンスだったのに,こわくて世間話のようなことしかできませんでした.それ以来,何度も思い出しては,おろかな自分を責めてます.
2006.01.31
[41] Re: 諸々 投稿者:煉丹 投稿日:2005/08/07(Sun) 00:37 藤田さんは鎌倉の時に既に代理教授で大先生にも直伝、他は指導員で奥伝心得、しかも本部内弟子からの教伝で修業年月も浅い。比較にならないよ。
2006.01.31
[40] Re: 諸々 投稿者:oka 投稿日:2005/08/05(Fri) 05:52 > お三方を並列に並べて比べるのはちょっと・・・(^^;> やはり、藤田先生のはレベル・質が格段に違っていました。。。あ,おはずかしい.白状しますと,私は先生方をみるとき,どれだけ技をみせてくれるかで好き嫌いを言っていたようです.この勝手な決め方でも藤田先生はトップでしたけどね.自分の知らない技,あるいは自分が知っているはずの技でも,格がちがう人と組んだとき,技をかけられた瞬間から,転がるまでのわずかの間に,すごく濃い思考があるでしょう?そのとき,あ,これは死ぬかもなと思ったのは,藤田先生と日照先生のときでした. 仲西先生は,わたしがヘタクソなのをいつも見ておられたので,そういうことは絶対なさいませんでした.一度だけ,先生がうっかりと,ほんの少しだけ技を強くかけてしまうということがあって,同じような瞬間があったことを覚えています.このとき初めて,先生がいつもどれだけ手加減しているのか,垣間見たように思います.いずれの先生方も,ぎりぎり黒帯の私から見れば,はるか雲の上です.
2006.01.30
[39] 諸々 投稿者:昭和組 投稿日:2005/08/04(Thu) 13:08 >[29] Re: 大先生の動功術>藤田先生,日照先生,それに仲西先生の技がやっぱり鋭かったと思います. お三方を並列に並べて比べるのはちょっと・・・(^^; やはり、藤田先生のはレベル・質が格段に違っていました。。。>[30] 早島栄子先生の動功術! >ここいわき市でも、なんとか「道家合気術」を広めたいと思っています。 日本道観のお膝元(いわき市)でやる意気や良し、ですね。(笑) いい根性されています。 栄子先生、お元気なのは何よりです。>[31] Re: 聴き取り調査 >洗心術の時なども、トイレで席を外した人の悪口をよく言ってましたね(^^;)>洗心術の場では私に合わせて下さいました。 >やはり、相手の気に合わせる達人だったのでしょう。 確かに、そんなことがよくありましたねえ。 洗心術も人数が増える前は車座でやっていて、各人とも自分に語りかけてくれているように 感じさせられていたので、そう思う人は多かったでしょう。>[33] Re: 道場閉鎖のころ 左は共産党から右は国策研究会の矢次一夫氏などの大物まで、付き合い広かったですね。>[36] Re: 大先生の動功術 大東流→道家合気術→道家動功術 早島先生の口から暗器という言葉は聞いたことありませんが、 骨外しとか三年殺し・五年殺しなどの武術浪漫をかきたてる秘伝的な話、鉄扇術とか隠し武器の ことは洗心術や合気術・動功術折々の機会に見聞しました。>[37] 兵法 確かに、道家は兵家(兵法家)だ、と言われてましたねえ。 鬼谷子の兵法とか話されていました。>[38] Re: 兵法 >やはり大先生の話術と当時の悩みから,引き込まれることが多かったと思います. 何と言っても、早島先生の話には引力みたいなものがありましたからね。>当時の若い女性の会員さん(何度かデートしてもらったこともあった.なつかしーなぁ) 羨ましい。(笑) GAL隊が出来た頃には行ってなかったですから、、、もっと早くに編成されていたら 危うかったかも知れません。(爆)
2006.01.30
[38] Re: 兵法 投稿者:oka 投稿日:2005/08/04(Thu) 05:36 > 大先生のキャッラクターだからこそ実践出来るようなものが多々ありました。そうですね.一方で,私たちは常識のある一般人でないといけませんから,師匠の言うことをきくか,距離をおくかが難しいところでした.私も距離をおくように気をつけていた方ですけど,やはり大先生の話術と当時の悩みから,引き込まれることが多かったと思います.多くの人が,無茶をして失敗したのではないでしょうか.それで思い出しましたが,当時の若い女性の会員さん(何度かデートしてもらったこともあった.なつかしーなぁ)と,大先生の話をしてたとき,彼女は「あのくらい,うちのじーちゃんだって言うわよ」と笑っていってたことがあります.なんて大人なんだろうって感心して,彼女の言葉で目をさました思いがしました.修行の渦中で,客観的でいるってのはいいことではないけど,日本道観では正しいことだったんじゃないかと思います.
2006.01.30
[37] 兵法 投稿者:南斗六星 投稿日:2005/08/03(Wed) 17:34 さて色々書き連ねてきましたが、私自身は大先生を道家の行者であると共に兵法家だと思っています。実際、本人も「それが兵法だ」とよく仰ってましたし。ちなみに兵法書の「孫子」にも「兵は奇道なり」とあります。まあ、極端に言えば「兵法とはペテンだ」と言ってるわけですが(^^;)ようするに、目的のためには相手を平気で欺くわけです。例えば、宮本武蔵は一乗寺下がり松の闘いで、真っ先に子供だった吉岡一門の大将である吉岡源次郎を討ちました。そして、そのことを世間に批判されました。しかし、武蔵にとっては兵法者として当然のことでした。翻って、大先生の兵法を考察するに、大先生のキャッラクターだからこそ実践出来るようなものが多々ありました。それはさすがに妙瑞先生でも難しいと思います。ですから、妙瑞先生は自分の器の範囲で兵法を使っているのでしょう。というわけで、それが大先生よりもあざとく見えるのは、ある程度仕方がありません(´`;)
2006.01.30
[36] Re: 大先生の動功術 投稿者:南斗六星 投稿日:2005/08/03(Wed) 17:00 見ました。それも一撃必殺の技です。まあ、残念ながら悪用される怖れがあるので詳細は言えませんが。もちろん、大先生のことですから重要な部分は最初から隠しているはずですけどね。ただ、あれは使う人が手練れで、やられる側が余り鍛えていない人でないと有効ではないかと存じます。ようするに素人相手には充分使える技です。しかし、暗器を併用すれば鍛えている相手にも有効でしょう。
2006.01.30
[35] Re:Re: 聴き取り調査 投稿者:南斗六星 投稿日:2005/08/03(Wed) 16:26 >>20>大先生の話は,逸話的におもしろい話は笑い話として聞いて,なるほどと思えるところを見分ける必要がありました.まあ、そうですね。わたくしなどは大先生が「精神病には医者の黒焼きが効くんだぞ」と仰った時に、最初は素直にそういうものかと受け取りました。もちろん、直ぐに冗談だと気付きましたが(^^;)どちらにせよ、今の私にとって大先生の長所はそのまま尊敬すべき点であり、短所は反面教師です。無論、それは大先生に限らず、今まで教わった他の多くの先生についても言えることですが。
2006.01.29
[34] 自己紹介 投稿者:南斗六星 投稿日:2005/08/03(Wed) 16:11 会員だった期間 1981年から1987年まで通った道場 いわきの本部 初期の東京道場
2006.01.29
[33] Re: 道場閉鎖のころ 投稿者:南斗六星 投稿日:2005/08/03(Wed) 16:00 >>15>ギャル隊や実戦部隊といった動きを見て,とても関係する気が持てない.>早島教から抜けて,ひとりのタオイストとして生きたい.ある人が日本道観の会員だった時、大先生の指示で右翼の真似事をやったそうです。まあ、その人とはお互い日本道観を辞めてから知り合ったのですが。その人曰く、ようするに右翼の真似をしたり、ギャル隊を動員するのはカモフラージュの意味もあると。つまり、国家権力の圧力を受けないための方便です。実際、戦後でさえも多くの宗教が国家の圧力を受けましたからね。例えば、生長の家・立正佼成会・創価学会等は、その躍進期において弾圧されました。そのために、生長の家が右傾化したのは有名な話です。また日蓮宗を取り入れたのも、単に税金対策に過ぎません。何せ、「税金対策には共産系の民商を使え。ただし選挙は別だと言えよ」と会員に勧めるくらいですから。ようするに、目的のためにはイデオロギーに拘らない人だったんですよ、大先生は。
2006.01.29
[32] Re: 聴き取り調査 投稿者:南斗六星 投稿日:2005/08/03(Wed) 15:28 >>17>常識のない人(道長)で、苦楽をともにして何も感じない冷たい人まあ、常識に寄っていては、あの教授料で導引術を一般に教える事は出来なかったでしょう。また、人間的な情を切らなければ、仙人の境地には行けないかと思います。ちなみに、芥川龍之介の「杜子春」では、情に負けた主人公を仙人は称賛していました。しかし、その原話の「杜子春伝」では、仙人にふさわしくない者として突き放されているんですよ。つまり、芥川の小説は日本人向きにかなり甘く脚色されてるんですね。でも中国の原話の方が、より仙人の世界の非情さを正確に描写しているかと存じます。>◆瑞先生も一緒にいられるのはおかしい(ふつうの気持ちの人はいられないはず)あの二人は稀にみるおしどり夫婦の組み合わせなんですよ。ようするに妙瑞先生が大先生にベタ惚れだったんですね。それが、ある意味で妙瑞先生の強みです。まあ、仙術における師弟関係は、ちょうどチベット密教におけるグルと弟子の関係のようなものです。つまり、最初の段階では師匠に惚れ込み徹底服従した者が伸びます。そして師匠から独立するのは、ある程度の基盤が出来てからがベストなのです。ただ大先生は決して、それは仰いませんでしたが、本当の所はそうなんですよ。ちなみに、昔の私は大先生と意識において距離を置いていたので大して成長しませんでした(´`;)しかし、今は師匠と一体化する必要性は理解できます。
2006.01.29
[31] Re: 聴き取り調査 投稿者:南斗六星 投稿日:2005/08/03(Wed) 14:42 >>17>道長(早島正男氏)は余りにも裏表があって弟子として耐えられない。まあ、洗心術の時なども、トイレで席を外した人の悪口をよく言ってましたね(^^;)もちろん、本人がいる時はおくびにも出しませんでしたが。私も大先生には嫌われるタイプでしたから、陰では相当酷いことを言われていたと思います(´`;)それでも、大先生は洗心術の場では私に合わせて下さいました。それには大変感服しております。やはり、相手の気に合わせる達人だったのでしょう。ですから、私自身は大先生に対して嫌な想い出はありませんね。ただ、トイレに行く時は大先生が行く時にしましたが(^^:)
2006.01.29
[30] 早島栄子先生の動功術! 投稿者:南斗六星 投稿日:2005/08/02(Tue) 21:04 ある掲示板で↓のようなカキコを見つけました。http://www2.aaacafe.ne.jp/free/s19351126/main.bbs投稿者:道家合気術 05/04/04 Mon 20:25:26 お久し振りです。やっと春めいて来たのでお忙しいのでしょうか?今日はちょっとCMさせて頂きたく、掲示板を借りたいと思います。宜しくお願い致しますね。僕、道家合気術の師匠は早島栄子先生であります。今、日曜日の午後に東京の半蔵門で指導してくれています。稽古しながらお話は、そのまま洗心にもなります。道家合気術は別名、動功術と言います。元々、「合気」は日本で生まれたものですが、その奥儀は健康になる為の方法で、それを活法といいます。道家合気術は、その動きが、導引という仙人の健康法という裏打ちがあります。合気と導引は表裏一体の関係にあります。武医一如、活法と殺法があるのが、本来の武道(護身術)なのではないでしょうか?導引はその元を中国の仙道まで遡ります。(道観は、今は道教のお寺のような認識ですが、嘗ては本気で仙人を目指した人達の修行の場だったことでしょう)その仙道からは漢方医学の陰陽五行説が生まれ、経絡やツボ(急所、灸所)が生まれ、道家合気術もその経絡やツボを利用しています。ここいわき市でも、なんとか「道家合気術」を広めたいと思っています。もし興味がある方がいらっしゃいましたら、ご連絡頂けると幸いです。導引は続ければ素晴らしい健康法であります。 http://www.geocities.jp/aikijutu/
2006.01.28
[29] Re: 大先生の動功術 投稿者:oka 投稿日:2005/08/02(Tue) 14:48 > 若い男の先生って誰だろ?いや,大先生にくらべれば若いって意味でいったんですけどね.藤田先生,日照先生,それに仲西先生の技がやっぱり鋭かったと思います.それから,他の会員さんが言ってた話:本部の道場で稽古してたら,大先生と瑞先生が降りてきて,おまえらどけぇーって感じで,二人で動功を始めたそうです.それは舞を舞うように優雅であったと.これも半分逸話ですが,美しいイメージではあります.
2006.01.28
[28] Re: 大先生の動功術 投稿者:昭和組 投稿日:2005/08/02(Tue) 10:41 見たことあります。必殺仕置き人の骨外しの技はあるんだぞ、って言ってました。okaさん、手も取ったことあるなんて希少経験者ですね。(^^)若い男の先生って誰だろ?
2006.01.28
[27] Re: 大先生の動功術 投稿者:oka 投稿日:2005/08/02(Tue) 06:17 私は見たことありますよー.でも,うわぁーオーセンセーだぁって思った以外には,あまり記憶に残ってません.一か条のはじめを組ませていただいたのですが,ガバッとつかまれたなぁーっとだけ覚えてます.動功が面白かったのは,やっぱり若い男性の先生でした.特に藤田先生と日照先生の特別指導は記憶に残ってます.当時,私は鎌倉道場の駆け出しの若いものっていう役どころだったので,特別指導の投げられ役にはちょうどよかったらしいです.よく投げてもらいました.
2006.01.28
[26] 大先生の動功術 投稿者:昭和の会員 投稿日:2005/08/01(Mon) 20:38 残念ながら、私は拝見したことはありません。
2006.01.28
[25] 表のお付き合い 投稿者:昭和組 投稿日:2005/08/01(Mon) 17:42 大先生の話はそんじょそこらの噺家より面白かったですからね。大先生の動功術をご覧になったことはありますか。
2006.01.27
[24] re;メモ 投稿者:昭和組 投稿日:2005/08/01(Mon) 17:37 I先生でしたか。引きこもっちゃったんならお気の毒でしたね。
2006.01.27
[23] 自己紹介 投稿者:昭和組 投稿日:2005/08/01(Mon) 17:31 いわき本部大船の教室戸塚鎌倉道場
2006.01.27
[22] 自己紹介 投稿者:昭和の会員 投稿日:2005/08/01(Mon) 17:18 会員だった期間1983年(昭和58年)頃から2002年(平成14年)通った道場いわきの本部大阪府豊中の道場梅田スタジオさしつかえのない範囲です。
2006.01.27
[21] 自己紹介 投稿者:oka 投稿日:2005/08/01(Mon) 15:05 ところで,みなさんはいつごろの会員でいらしたのですか?いろいろ伺いたいことがありますので,さしつかえない範囲で教えてください.私は1988年から1992年まで,戸塚の鎌倉道場に通いました.ぎりぎり黒帯です.導引の特別指導にもけっこうでました.その後は,1995年まで,知り合いを頼って古い先生にお会いしたりして,稽古を続けました.
2006.01.27
[20] Re: 聴き取り調査 投稿者:oka 投稿日:2005/08/01(Mon) 14:49 > > 何千人と龍門派の長はいる。あはは.まあそんなもんでしょうね.ソウルミュージックの御大ジェームスブラウンは,誰にでも,君はソウルブラザーナンバー2だと言うので,まじめに信じた人はあとで恥をかくという話をきいたことがあります.似たようなもんでしょう.この類の話,自分の癌を治したとか,難病をいくつも直したとかは,話半分に聞いてました.そんなこと,当時の私の悩みには関係ありませんでしたから.大先生の話は,逸話的におもしろい話は笑い話として聞いて,なるほどと思えるところを見分ける必要がありました.
2006.01.26
[19] メモ 投稿者:昭和の会員 投稿日:2005/08/01(Mon) 13:36 昭和組さんこのメモは単独のものらしいです。メモの日付は1999年1月15日となっています。この方は古い内弟子の方で、現在は日本道観に関わっていた人との接触は断られています。ですから、これ以上深く御話を聞くことはできません。
2006.01.26
[18] re:聴き取り調査 投稿者:昭和組 投稿日:2005/08/01(Mon) 10:54 内容からは古い内弟子指導員クラス、あるいは栄子先生?ですかね。これは複数の方からのものか、単独でのメモなのでしょうか。1.裏表のGAP、例えば日常生活的にはどんなところだったんでしょう。2.それにより耐えられなくなったとの事ですが、そういう裏があって(一般会員の知らない部分を間近で見られてきたにも関わらず)逆に12年間よく勤められたのだなあ、とも思います。限界値を超えたよほど耐え切れない何か、きっかけがあったのでしょうかね。その後の5年間の嫌がらせって何をされたんでしょう。3.道家・・・の常識、やはり道長たるご本人がルールだったのでしょうね。>苦楽をともにして何も感じない冷たい人 の裏側には「いい時期」道長の深い信頼を得ていた方なればこそ思う裏返しの態度があったのでしょうか。ヤマギシ会で知り合ったような話を聞いたことがあります。やはり、キーポイントは女性でしょうか。4.内容を和約してご掲載頂きたいものです。派詩があって、十三代は世に広める役割があるようなことを聞いたことがありますが。あと、十三代は海外に渡るような解釈文もあると。>本当の名は掌門人【しょうもんじん】というのが本当初めて聞きました。何代目なのでしょう。江家錦氏自体が十二代だったというのは間違いないのですか?
2006.01.26
[17] 聴き取り調査 投稿者:昭和の会員 投稿日:2005/07/31(Sun) 16:16 古い御弟子さんに聴き取り調査したメモが手元にあります。私が直接聴き取りした訳ではありませんが、公開させて頂きます。ある方が日本道観を辞められた理由。1.道長(早島正男氏)は余りにも裏表があって弟子として耐えられない。2.12年勤めた道家を辞めるというと「明日から出て行け」といわれ、5年間いやがらせを受けた。3.常識のない人(道長)で、苦楽をともにして何も感じない冷たい人 ◆瑞先生も一緒にいられるのはおかしい (ふつうの気持ちの人はいられないはず)4.「道観」NO.21の道家流門派第13代は「ニセモノ」中国語に訳してみると、どこにも13代とは出てこない。ふつう允可の印が有る。中国・台湾を現地調査して、本物と出会った。チンギスハンが中国北京で1200年前に道家を広めることを指示何千人と龍門派の長はいる。本当の名は掌門人【しょうもんじん】というのが本当
2006.01.26
[16] 霞を食う 投稿者:昭和組 投稿日:2005/07/31(Sun) 15:50 あちらで気が立ち昇る話をされていましたね。立ち昇るで思い出しましたが、よく「仙人は霞を食って生きる」というが早朝、森林・山で立ち昇る「朝モヤを吸うのだ」というのを思い出しました。
2006.01.26
[15] 道場閉鎖のころ 投稿者:oka 投稿日:2005/07/31(Sun) 14:13 鎌倉道場が閉鎖されたのは1992年だったようです.その時は,毎週楽しく道場に通っていたので,目標を急にはずされたような気がしたものでした.当時のノートを出してきたのですが,不思議と,そのころには何も書きのこしていないようです.それからのことは,見事に記憶から抜けてます.東京の道場へ通ったのか,1993年3月4日に次のような日記が残っていました.「あと6回残っている一手先回のけいこを含めて,東京の道場には行かない決心をした.ギャル隊や実戦部隊といった動きを見て,とても関係する気が持てない.早島教から抜けて,ひとりのタオイストとして生きたい.」
2006.01.25
[14] あちらで 投稿者:昭和組 投稿日:2005/07/30(Sat) 14:47 okaさんは鎌倉道場が閉鎖されたときに去ったと言われていましたが、結局いつ閉鎖されたんですか。
2006.01.25
[13] Re: え,え,何の話? 投稿者:oka 投稿日:2005/07/30(Sat) 06:29 > その前、大船駅の観音側から横浜方面に向かう線路沿いに> セレブM川さんの会社ビルがあって、その1階だったかが> 道場で、屋上に仙女=つまり仙姑の石像常識を超えてますね.きっと大先生が,こういうの建ててみろーとか言ったんでしょうねぇ.そういえば,東京の道場の駅には,日照先生の顔がどでかく描かれていて,「あちらを見よ」とか書いてありました.これもそうとう怪しい雰囲気を発散してました.
2006.01.25
[12] >え,え,何の話? 投稿者:昭和組 投稿日:2005/07/29(Fri) 00:19 >もっと教えてください.okaさんの通われた「鎌倉道場」は所在地(長尾台でしたっけ)JR戸塚駅から旧国道歩いて行ったところですよね。その前、大船駅の観音側から横浜方面に向かう線路沿いにセレブM川さんの会社ビルがあって、その1階だったかが道場で、屋上に仙女=つまり仙姑の石像(電車から見た目の高さから5~7Mくらいあったように思いますが)を建立していたんです。電車通勤や通学の人、最初はオヨヨッと思ったんではないかと思います。(笑)それももうなくなって久しいようですが。セレブM川さんは洗心もかかさず出られていたようだし、合気術や導引なども毎月習っていたと思うので、[4]に出ているお名前のメンバーの中でも道観のことについて、相当詳しい方の一人だと思います。
2006.01.25
[11] re:きました 投稿者:oka 投稿日:2005/07/28(Thu) 15:57 > 確か、奥さんは神奈川の方で元々奥さんがセレブM川T子さんで> 初期の指導員だったはずかと。[4]にお名前があるようですね.ご夫婦そろって沖縄に行かれました.雄志先生はコンピューターの人でしたから,ここを見ておられるかも知れませんね.> 戸塚の前は観音様ある大船から戸塚に向かう東海道線・横須賀線から> 大きい仙姑像を創られたりして、考えてみれば凄いですよ。え,え,何の話?もっと教えてください.
2006.01.25
[10] re:きました 投稿者:昭和組 投稿日:2005/07/28(Thu) 09:43 >仲西先生夫妻は,鎌倉道場が閉鎖に追い込まれて,>故郷へお帰りになりましたよ.そうでしたか。それでは旦那さんの方ですね。九州か沖縄の方でしたっけ。確か、奥さんは神奈川の方で元々奥さんがセレブM川T子さんで初期の指導員だったはずかと。戸塚の前は観音様ある大船から戸塚に向かう東海道線・横須賀線から大きい仙姑像を創られたりして、考えてみれば凄いですよ。
2006.01.24
[9] そう考えるとだいたい・・・ 投稿者:煉丹 投稿日:2005/07/28(Thu) 02:35 これらを全部やった場合、入門パターンが病気治しや健康法から入る場合と、合気術から入る場合で若干違いがある。病気治しや健康法から入って、毎月、陳24節行気など習う人はその度に1-2万掛かるから。年間でみると、初年度、入門で講演会出て、導引術基本学び、毎月の合気術稽古に1回特訓やって、洗心術を年に3-4回出たとすると、30万~35万くらいは掛かるだろうから、お稽古事として見たら、結構な「道楽」だったね。次年度、健康で特に追加導引指導が必要なければ、合気術と洗心術1-2回なら、15万~18万に経費半減ってとこかな。
2006.01.24
[8] 会費 投稿者:煉丹 投稿日:2005/07/28(Thu) 02:19 同窓会なんで、必然的に昔話になりますが・・・いつの頃からか、大金取って2chで叩かれてるるようですが、考えて見れば昭和時代でも、決して「安売り」はしていなかったよねえ。しかし、それが高いか安いかは人それぞれの価値観の問題だからなあ。ホリエモンの1-2時間のセミナーだって7-8万、10万取る訳だからね。鎌倉時代は静坐法指導と講演会が毎月1回会費1万円、導引術行法指導が2日で7万円、土日は特別として8万円、合気術が毎週土日で月謝が5千円、特訓稽古として(技を早く進めたい・習いたい)希望すると5千円、毎月1-2回、洗心術3日間会費3万円。そのかし、あの頃はそれなりに中身は濃かったところはあったよ。
2006.01.24
[7] 改名組さん 投稿者:煉丹 投稿日:2005/07/28(Thu) 01:58 まあ、結婚改名はともかく、結構途中で名前変えてる人が多いやね。それで実際のところ、ご利益はあったのかねえ。
2006.01.24
[6]きました 投稿者:oka 投稿日:2005/07/27(Wed) 14:27 おー,これはいい所ができましたね.仲西先生夫妻は,鎌倉道場が閉鎖に追い込まれて,故郷へお帰りになりましたよ.思えば,あれが現在の荒廃への兆でした.
2006.01.24
[5]2ch 投稿者:昭和組 投稿日:2005/07/27(Wed) 09:47 okaさんの「鎌倉道場の雄志先生」と聞いてもピンとこないから道観名簿見たら仲西夫妻のことですね。いま、どうされているのでしょう。
2006.01.23
[4]服気の時間だね。 投稿者:煉丹 投稿日:2005/07/27(Wed) 01:16 501 :名無しさん@3周年:2005/06/09(木) 資料:全国ガイド 難病、慢性病の特効療法と名手1001人 わたしの健康’80年2月号別冊付録 より抜粋 P22~P23 中国伝来の自力治療術 導引術 道家龍門派伝的第13代 早島正雄 導引術を行っている主な先生 西原精秀 阿部隆男 豊島輝夫 中村恵一 須藤丈夫 村木邦行 森益三 八重樫洋雄 和泉文雄 森川知恵子 熊田静子 松尾隆俊 田中茂 兼田久生 梅本隆裕 増田正盛 船曳弘子 宇都宮益三 山内実名前聞いたか知ってる人多いね~。会社員から社長さん、中華店主、漢方薬局、指圧師・・・さまざま。GOMA BOOKSの導引術入門シリーズややサケ風呂健康法の巻末に指導員や道場一覧出ているけどこの頃の人だったら松武館~日本道観への変遷、政策転換のこと知っているんじゃないかね~。
2006.01.23
[3]中 投稿者:煉丹 投稿日:2005/07/26(Tue) 20:37 道場に入るとよく薬草(茶)煎じた匂いがしてたよ。どくだみだとか、げんのしょうこ、鳩麦とか7-8種類っていってたな。
2006.01.23
昭和の松武館・日本道観会員の同窓会 投稿【2】[2] かまくら 投稿者:煉丹 投稿日:2005/07/26(Tue) 20:28 松武館道場は鎌倉の九品寺近くの銭湯の横の路地を20Mくらい入ったところにあったんで、初めて訪ねる人にはわかりにくかったよねえ。
2006.01.23
[1]同窓会 投稿者:昭和の会員 投稿日:2005/07/25(Mon) 18:02 2ちゃんねるで、昭和の松武館・日本道観会員の同窓会をネット上でしましょうという提案があったので、掲示板を作ってみました。昭和の松武館・日本道観会員の同窓会
2006.01.23
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