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昨日はお局とエレベーター二人っきりになっちまった。エレベーターホールで姿が見えた瞬間からお互いに「ゲッ」って嫌な顔しちまったさ。乗る直前に閉まる扉に思いっきり挟まれたお局。あんまりたっぷり挟まれたので「大丈夫ですか?」と声をかけるも話しかけられてムッとしたのか「別に大丈夫ですっ。フンッ」って鼻息荒く返答。あー私のこと嫌いなんだなぁ。大丈夫。私もあんたのこと嫌いだからさ。キニシナイモーン。後から思い出し笑い。だって、お局の制服はムチムチ。ボンレスハム状態。それでも上のサイズの服を着用しないのは、やせれると信じてる証拠。エレベーターの扉に挟まれたお陰で少しはスリムになったかしらwwwww昔だったらそういう風に考えることできなかったなぁって思う。私のこと、嫌ってるって反応があっただけでもガクガクブルブルで、この世の終わりって思ってた。なのに、全く気にしないどころか、心の中で笑えるようになったなんて。最近のお局は、手下にお土産をもらったのか鈴をつけて歩いている(キーホルダーか何かだと思われ)これがすごく便利。歩く度にチリリンって鳴るから彼女の所在が一発でわかる。さぼりたいとき、問い合わせをしたいとき、彼女と関わりたくないときには最適。手下も同様につけてるので紛らわしいけど。で、今日のお局。エラーが出る事例があったので、彼女に問い合わせをしたら一見穏やかな口調だが、私の言葉を信用してない発言にムッとした。なので、ムカーって怒り全開で仕事に向かう。ついでに妄想してみた。ここから先は私の妄想。 本当は、あの鈴はキーホルダーでもなんでもなくて 乳首とかのやらしい部分についてて それは誰かに命令されて仕方なくつけさせられてて チリンチリンって鳴る度に恥ずかしい思いをしてるに違いない。そんなことを妄想してたらイライラや怒りなんか吹っ飛んで愉快な気分に。昔だったらそういう風に考え方を切り替えることはできなかった。同じ立ち位置でパワーゲームをしてたように思う。今は、パワーゲームとかではなくて少し斜め上の位置にいる感じでいいか悪いかよりもその位置に自分がいることが不思議でしょうがない。お局に対する私の見方が変わってきてるんだろうねぇ。
2008年08月27日
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会社の制服は、くそ暑いのに、長袖ブラウスを着用してる私。半袖ブラウスを支給されてるのにもかかわらず。暑いので長袖ブラウスをまくってるから、あんまりかわらないけど。原因は自傷痕。肘を中心にたくさんの切り傷があって。それらの多くは10年前につけた傷がほとんどでごく浅いので、うっすらって感じでだから目立たないと言えば目立たない。傷跡のケアはほとんどしてこなくてこれは自分でつけたものだし、私にとってその時は、必要なことだったから全く後悔していない。苦しみながらも生きてきた証で大事なモノ。だからこそ、ケアもせず、普通の人と同じように夏は半袖でなんの意識もしてこなかった。自助グループの中でミーティングに参加するようになって、なんというか、自分だけの感覚を一旦、脇に置いておくっていうのかなぁ。モラルっていうのかなぁ。そんなのが育ってきて急に、腕の傷の存在が大きくなってきて。傷があることはそんなに問題ではなくて傷があることによって、人からどうみられるかって考えたときに中には、気分が悪くなる人もいるかも知れないしなぁ。って思ったりもした。乳ガンで片乳房を切除した祖母が「見る人が気分悪くなることもあるから」と自分は何一つ恥ずかしくないけど相手を思って乳房を隠しながら温泉に入る姿を思い出した。人からこの傷跡で、どう思われるかってのは自分でこの傷をつけた時点でわかってることだし人生の半分以上をこの傷とつきあってくなかでどう思われてもいい。私は私って思ってたんだ。それなのに、今は会社で半袖になることを避けてる。なんかね、ほら社会人とかって風邪をひくのも、自己管理がなってないからだ。っていう風潮あるじゃん。実際にそういうこと言われるし。だから、自傷痕をおおっぴらに見せて生活しててなにか仕事上でミスをしたときにメンタル的に弱い人って思われたくないんだよね。(弱いのは事実だけど)そこじゃなくて私を見てください。みたいな。あとは社会の中では、傷跡を見て気分の悪くなる人もいるってこと。だから、あんまり出さないようにしていた。会社を一歩出ると、半袖で過ごすけど。おんにゃのこらしく、日焼けに注意で白いながーい手袋着用で。それでも、ノースリーブってことはなかった。親戚や、友人の前でも、半袖か七分袖。昨日のミーティングは、数年ぶりに人前でノースリーブに。超、気持ちよかった。入れ墨とは絶対思えない、入れ墨を見て笑われた。これは、13歳の頃に自分でやったもの。笑ってもらえて嬉しかった。なんか自由を感じたなぁ。
2008年08月16日
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なんかね、毎日、だるくて疲れてる。いろんな悔しいことがあって回復なんてどうでもいいって気分が疼いてた。そんな時に、元彼との距離が近くなって彼の会社関連の人達と毎週会う機会があってそうなると「彼女さん」扱いされて「早く嫁にこい~」って言われまくる。嫁の肩書きが欲しくなってくる。ここしばらく、10代~20代前半の頃に知り合った人達と会う機会が。みんなそれぞれの道を歩いていて夢を実現してる人がいる。私が10代の頃は大人に見えた彼女達。今の私はあの頃の彼女達と同じ年代。結局、今の自分の状況が嫌なんだと思う。で、逃げ道としての別の生き方に惹かれる。そして、依存症者は一つの対象物に過度の期待を持ちやすいってことも知ってる。例えば、過食嘔吐の果てに痩せたとしても性格が変わるわけではなく、美人になる訳でもなく、痩せた人にすぎない。昔つきあった事のある男性は超エリートであることがステータスででも自分に自信が無くて。嫁を貰えば人並みになれる。自分に足りないのは嫁だ。って言い切ってた。足りないのは、自分に自信を持つことで友人に揉まれながら、自分を見つけなよーって言い続けてたように思う。こんな私と結婚したら、今よりもっともっと大変になるよって思ってた。当時の私は病気全開でそのくせに病識がなかったから。それと同じように、今の私が問題と向き合うのを避けて生活や環境を変えたら今よりもっともっと大変になると思う。結婚することによって問題が解決するとは思えない。解決するのは自分だもの。相手がいるから、がんばれるよって話も聞く。でも、人のために生きてるんじゃないのだ。自分の足で一度はきちんと立たなくちゃ。なんてつらつら書いてみた。なんかさ、アディクションにも走れずかといって、回復に主眼を置くことも出来ずむーんってなってる感じ。追記。後から読み返してみたらん~、結婚に対して囚われてるって感じするね。そして、自分の気持ちも見えてきた。どんな状況であれ、自分と向き合っていればいいってこと。なんだろうなぁ。
2008年08月11日
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