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輝くとは光が一杯である。一点のかげりも無い明かりのようなものなのではなかろうか。お断りしておくが、オーラとかエーテルとかいうおっかないお話は抜きで、光は目に見えない。しかし確かに感じることが出来る。誰でも太陽の光線浴びて熱いと感じるだろう。話が太陽や月などの星だけでなく、希望や若さも輝くものである。ということは希望もなく、若さも無いと輝かないということになる。確かに若さに満ちた輝きはまぶしい。まともに見つめることの出来ない太陽のようである。ところがこの輝きは高熱で無く、ただ暖かくて気持ちのすこぶる良いものである。冬の太陽といったところである。がやはりまばゆいのである。非の打ちどころもないほどの実力や成績も輝くという。かげりの無いまばゆい光を発すること、これが輝くことではなかろうか。
2005年08月31日
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ボルドーに住んでいる日系二世のアメリカ知人が、日本のお母様の写真送ってくれました。真っ赤なエプロンを自慢げにしているところです。それは私に元気をくれます。彼女は80歳ちかいですが、50歳にちかい娘よりも活き活きしてます。まだ自転車に乗って買い物するんですって。ベルギーで知ってた50歳になっていない人でしたけど、彼はいつも隠居生活のことばかり心配しておじんくさかったです。我父は80歳、90歳までも生きてやるぞと言っていたのに、阪神の地震のあと数年後に病身の妹を亡くし、そして彼も70歳にならずで逝ってしまいました。元気が急降下で消えていってました。元気って何なのでしょうか。
2005年08月30日
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シャトー・オーブリアンの葡萄が今年は異状乾燥のために(葡萄つみが)開始されました。
2005年08月26日
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日本人は潔いというが、それが過ぎるように思う。桜はパッと散る。それにはそれなりの根拠があるのである。前の日記にも記したが、古い建物をあっさりと壊すことが出来るから、古いものにこだわらないから進展が早いということを言う人がいる。戦後にあれだけの発展をとげたのもそのせいだという。うしろを振り向いたりせずに前進し続けるのである。が、そのエネルギーはいつまで持つのだろうか?戦後広島の街を訪れたひとりのアメリカ人は、原爆の記念館に入ったりしたら、日本人の人につばをかけられたり、罵倒されたりすること覚悟だったらしい。ところが、人々は微笑みさえ浮かべていて気持ちわるかったと言うのをテレビのドキュメントかなにかで聞いたことがある。また、一通行人が戦争の恨みは仏教徒であるから無いとカメラに言うのも聞いた。アメリカ人を排斥しろとか、敗戦の恨みを持てというのではないが、過去へのこだわりがあまりにも無さすぎるように思う。良い過去は着実な現在の積み重ねなのはわかるが、といって今を有意義に生きていると言えるのだろうか?また日本人の誇りにも埃がかかっているようにも思える。これは戦後の教育でそうなったのだろう。ドイツ人も戦後の自戒教育や国を二つに分けられたりで「私はドイツ人だ。そのことを恥じます。」となってしまった。まあそのほうの論争はひとまず、「私は日本人です。そのことに誇りを持ってます。」というのがそろそろ出てきてもよさそうなのだが。謙遜するのが昔からの美徳なら戦後進駐軍のアメリカさんが置いていった自己主張というのを使ってもいいのではないでしょうかしらね。特によそで。。。どこに行っても日本の車やオーディオ関係、ドイツの車などの機械類は高く評価されている。中国がいくら伸びても、東南アジアが政治的にすっきりしたところで、40度の猛暑の中を背広を着て毎日会社に通い、仕事をし、休みも僅かで世界に誇れる品質を産み出す国民がこの日本以外にあるだろうか。
2005年08月26日
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ネット送信というのは、目ではっきりと見えないから(きっと早すぎるのでだろうが)うまく相手側に伝わっているのかどうかよくわからないでイライラしてしまうことがある。しかしそれは我々がスピードに慣れ過ぎているからである。日本で行きすぎたサービスに慣れていると、フランスあたりのヨーロッパでは腹の立つことが多いものである。人を食った態度とか言うが、個人個人の世界と集合の世界との違いに慣れれば、そういうものだとわかるのである。いずれにしてもやはり日本人は過保護になっているのではないかと感じてしまう。開封郵便物に「…開くためには舌片を持ち上げ、閉じるためにはそれを本体に再び附着させること。」と日本語と英語で記載してある。危ないのは外地で心侘しい時に、ふと外国人の優しい態度にひっかかってしまうことである。
2005年08月25日
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昨日はどこかでひっかかっていたのだろう。 同じ書き込みが出てしまった。 今日のはまともにつくかしら。。。
2005年08月25日
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今日はというか、今朝までお気に入りのタンポラリー・アートが展示されていた。 というと皆さんはどこかの美術館かシティーホールでだとか想像されるだろう。 実は約一ヶ月前の朝から突然にこれは開催されて、通行人の目を楽しませてくれてい たのだ。 しかも只で、雨の日も風の日もである。特に風の日はゆらりゆらりとまさに一時モー ビルであった。 大体がアート、芸術とは予期のできない形の定まらないものではなかろうかと思うの である。 しかしある晴れた夏の早朝にふと見上げると、バスケットシューズが15足あまり電 線に引っかかってゆらいゆらりとしているのを見ると、非常に嬉しくなったのであ る。 見ているのは私ひとりだけ、誰一人も私の見ている方向を見る人は無く、そのアート を見ようとする者もない。ちょっとシュールな感じであまりにうれしくて、もうひと つやってるブログに書き込んだのぐらいである。 そうして毎日いつまで続くかとぞくぞくしながら朝そこを通るのである。 普段は電線があることさえわからないところに、妙はものがぶらさがっていれば見る よなぁと私は思う。今朝取り除かれて、再び電線があったのかどうかもわからなく なった。やっと駆出された区の従業員が3名もおおげさに、しかし原始的なやりかた でひとつひとつはずしていった。その解体式に出席できたのもラッキーだった。 といっても最後の2足は高すぎて彼らの準備したのでは(単なる木の棒で先にひっか けがついているだけでトラックの上に登ってとる)だめで、どうしようか考えている ようであった。 もうすぐ新学期であるが、平和な実に平和な一景であった。
2005年08月24日
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今日はというか、今朝までお気に入りのタンポラリー・アートが展示されていた。 というと皆さんはどこかの美術館かシティーホールでだとか想像されるだろう。 実は約一ヶ月前の朝から突然にこれは開催されて、通行人の目を楽しませてくれてい たのだ。 しかも只で、雨の日も風の日もである。特に風の日はゆらりゆらりとまさに一時モー ビルであった。 大体がアート、芸術とは予期のできない形の定まらないものではなかろうかと思うの である。 しかしある晴れた夏の早朝にふと見上げると、バスケットシューズが15足あまり電 線に引っかかってゆらいゆらりとしているのを見ると、非常に嬉しくなったのであ る。 見ているのは私ひとりだけ、誰一人も私の見ている方向を見る人は無く、そのアート を見ようとする者もない。ちょっとシュールな感じであまりにうれしくて、もうひと つやってるブログに書き込んだのぐらいである。 そうして毎日いつまで続くかとぞくぞくしながら朝そこを通るのである。 普段は電線があることさえわからないところに、妙はものがぶらさがっていれば見る よなぁと私は思う。今朝取り除かれて、再び電線があったのかどうかもわからなく なった。やっと駆出された区の従業員が3名もおおげさに、しかし原始的なやりかた でひとつひとつはずしていった。その解体式に出席できたのもラッキーだった。 といっても最後の2足は高すぎて彼らの準備したのでは(単なる木の棒で先にひっか けがついているだけでトラックの上に登ってとる)だめで、どうしようか考えている ようであった。 もうすぐ新学期であるが、平和な実に平和な一景であった。
2005年08月24日
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日記の書き込みを設定しておいてメールで返信すればいいようになってるシステムを使っているのですけども、今日の書き込みがなかなか出ませんね。気が短いのでどうしたのだろうとモヤモヤしてます。まあ、そのうちに24日の日記出てきはるやろ。。。
2005年08月24日
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おかげ様で、なんとゆっくりくつろげたのでしょうか。 こうして好きなことしながら時間を持てるって幸せですね。 生きているだけでなく、休暇を持てる、しかも有給なんていいですね。 思いっ切り普段のリズムをこわして、毎日他のことやりましたが、 とにかく精神的にとても休養できました。 よっぽど疲れていたのかもしれません。 たった1週間ほどなのに。 (こちらでは1ヶ月ちかくとって思い切り遠くに出かける) どこにも行かなくても充分にやることに恵まれました。 忙しすぎたかもしれません。 もう夏はこれで終わりかと思うとちょっと惜しいです。 特に陽が短くなってくるのが感じられます。 もう夜「ぶらぶらなんとなく」が出来なくなる。 でもアイスクリームだけは食べ続けますよ。 なんでも今度のムール貝のお祭りにちなんでそのフレーバーのが出るらしいのです。
2005年08月23日
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23日からまた書き込みいたします。
2005年08月22日
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仕事(お勤め)の時より時間が一杯あるようなのですが、もうやることがぎっしり詰まってしまってます。一度失業していた時には、失業保険とかもらうのに仕事をしていない証明をするため、日中の決まった時間に出頭しなくてはならなくて、失業するのもお勤めのひとつだと思いました。自由になるってしんどいことなのですねぇ。でも生かされている事に感謝して毎日を励めば命は輝くのでしょう。A BIENTOT!
2005年08月12日
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古いといっても新品で無いという程度に捉えていただきたい。机や椅子、そして人間も古くなっていく。生き物の場合は成長という。小さな芽が長い年月かけてゆっくり育ち、何百年もたって大樹となり、幾重もの年輪をつくり、小さな生き物を守りながら主になっていく様は壮大である。我々の身体も同じように育って、いつかは老いていく。それが自然というものである。例えばヒルアロン酸やQ10などで若さを保とうとしても、皺が出来たり、腰が痛くなったりするのは当然なのである。よく運動をしていると体は楽であるが、肌のはりやつやには限度がある。赤ちゃんのようにはいかない。精神的に修行すれば随分違うだろうけど、老いというのはいずれにしても避けられないのである。建物には命は宿ってはいないだろうが、形あるものなので寿命がある。公団住宅というのは30年らしい。普通の家でもやはり寿命がある。日本では古い建物というのを次々に壊して新しくするのが好きなようで、時代の証人のようなものはあまり見ない。ヨーロッパにはその点非常に古いものが残っている。もちろん戦争の火を免れたものが多いが、ドイツのように何十年もかけてレンガ一つ一つを再建するところもあるぐらいに過去にこだわるところがある。第一建物を崩壊するのに厳しい基準があって許可がなかなか下りないのである。自然崩壊なら30年以上かかる。特に文化財などに指定されたものは困難である。なかには表の指定された部分のみをうまく残して後ろを完全にモダンにしている場合もある。人によっては、日本人はあっさりと移ることができるが、欧米人はひつこく過去にこだわる、と言う。削除ボタンを押せば全てが消える。しかし本当に消せるのだろうか?
2005年08月12日
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昨日の山椒アイス屋さんのご主人は本当に職人さん。つまり物つくりにこだわりを持つプロ。フランス人だけど、話し好きなおじさんてとこ。そこでは常に色々なものでのフレーバーつくりにチャレンジしてるようで、行く度に新しい味と出会える。そこで若い男と会うようにしげしげと私は通っている、(若い男よりもゴマシオのほうが良いんだけれども)山椒だけでなく、パルメザンチーズ、バルサミコ酢、赤いピーマン、バラの花びら、イエローレモン(種もはいっている)、クリークビール、モロッコの特上スパイス、チョコレートのシャーベット、マドラスジンジャーカレー、私のお気に入りジャスミンジンジャー、パッションフルーツ、メロン、青リンゴ、みかん、胡椒三種、もちろん定番バニラ(でも粒粒入り)、苺、さくらんぼ、シナモン、煎茶、エキスプレッソ、ミルクコーヒー、カシス、ハッカ、塩キャラメル、マンゴ、桃、パスティス、スペキュロース(ベルギーの黒砂糖のビスケット)、マロン、わさび、クリスピー、木の実ミックス、とさらにリストは続く・・・のである。作るのもおじさんなら、通うのもおばさんということなのか。
2005年08月11日
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日本では暦の上での一番暑い時が過ぎたら残暑と言うでしょう。 今日なんか残暑お見舞いですね。 ところがこちらは何度も書きますが、北のほう(当然ここベルギーも)が涼しくて雨 がパラパラ、セーター姿もチラホララ。夏は早く来てとっくに去ってしまったようで す。よっぽど大事な用事があったのでしょうか。 南は山火事(付け火が大半)特にポルトガル、そしてフランスでは水不足で大変。 南極の氷は融ける。アルプスの氷河も無くなる。 人類は火星に基地をつくろうとしている。 あぁ、毎日毎日皆さんがんばってるねぇ。 ちなみに冷凍のうなぎを今回は食べませんでした。でもあの山椒のかおりって~~ 好きです。ブリュッセルのお気に入りのアイス屋さんで山椒のフレーバーのアイス味 見しました。舌がしびれて、気持ちよかったです。(変態ではない)
2005年08月10日
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ヨーロッパでヒロシマというとすぐに原爆と結びつく。 今日はナガサキの番である。 戦後60年ということもあり、なぜアメリカ合衆国が原爆を二度日本に落としたかの 意見会のようなものがあり、結局は早く終戦させてアメリカの兵隊の命を救うため だったということで落ち着いている。 日本でこういう話をすると、もう済んだことだから、とか煩がられてしまうのであ る。 大量殺害されたユダヤ人は、何百年たってもその恨みを忘れない。その思いが今度ベ ルリンのど真ん中に異様なモニュメントをつくらせたのである。過去の清算はつけな いとならない。 第二次大戦と呼ばれる戦いは、もう過去のことなのだろうか? 新しいものに、移り変わるものに次々と乗り換えていく日本人はうしろを振り返るこ とはあえてしない。 まるでそれが恥であるかのように。 しかしいつかは明確にしないとならないのではないだろうか。 戦争に勝った負けた以上に、その本質というか、結果だけでなく経過を理解すること が大切ではないのだろうか。今では日本人が日本人であることにあまり誇りを持たな いように思える面がある。 なぜそうなったのか。 わたしの子供の頃は、日本ではそういった教育は一切学校でやってなかった。現在で もドイツの様な反省教育(自戒教育)は温室日本では夢ごとである。何も日本だけに 反省しろと言っているのではない。しかし過去を振り返って何が起こったのか見かえ してみることが大事だと言っているのだ。それには2発も原爆をくらった日本の国民 として堂々と行うことだと思う。特にあれから優位を誇り続ける米国が裁かれること など期待しないほうがいい状況である。現在でも命を賭けた戦争が世界で行われてい ることにさえ麻痺というか、他人事のように感じられてしまうようである。 アメリカのやったことの成否を問うというのでもなく、単に何があってあの結果を招 いたかを考えるべきであるというのである。これが日本でなら平和すぎて戦争音痴に なっているので、うるさいこと言うなとなる。しかし一旦国外に出れば否が応でも考 えさせられる。うまく逃げ切ることは出来ても、何の足しにもならないのだから、正 面からも一度見直すべきだ。それもまだその戦争の生存者がいるうちに。 ヒロシマやナガサキは外国でなく、日本の国内であるのだ。被爆者の方々は日本に居 たから犠牲になったのだ。日本の犠牲になったのだ。そこには日本人や外国人の区別 はない。しかもヒロシマとトーキョは陸続きである。 争ってまで原爆保持国になりたい国々。今の世界は「殺虫剤を保有する蟻の集団」で あるという。
2005年08月09日
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「チャーリーとチョコレート屋」 とかいう和題になるのでしょうか、 日本でのタイトルと原語のそれとがかけ離れていることが多いのです。 さてこれは不思議な感覚が残りました。これから見に行く人のために中身については いえないのですが…でも溶けないチョコレートアイスなんていいんじゃないかって思 いますね。 観賞の前に内容を知らなかったのですが、この原作者の本はいくつか読んでいるので 多分ちょっと”おかしな”出来じゃないかと思ったのが大当たり。 ファンタスティックでした。J.D.のファンでなくても充分に楽しめる、しかし子 供の心がないとちょっと軽いかなぁ。という感じ。 ちなみに日曜日の午後ということもあって子供ばっかり。私の隣の子が席を立つ時席 に脱いだままのコートをそのままにしていく位でした。 でも最近映画業界はやりくりが大変だろうなとつくづく思うのです。値段はどんどん 上昇していきますが、内容はいまいちだし、空席が非常に目立ちます。 さあ次は、これっというのが来ないですね。
2005年08月08日
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日本に住んでいないのにまるで日本に居るみたいだなあ。なんて感心しました。送り主からは好きなようにどうぞということですので、ちょっと…「ソフトの本数」 :大体ソフトって何でしょうか。 (これは冗談ですよ。念のため) 現在明確なものは不明ですけどすごい量です。「今見たい映画」 :送り主のobuse55さんの影響というか…でJ.D のチョコレート屋さんの映画です。明日あたりに予定してます。これって子供用なんですね、ベルギーなんかでは。以前に「紅の豚」をやるというので出かけたら子供の映画大会みたいにガキッコばっかり。子供忘れた母親 みたいでした。声がレノおじさまだったからか、皆さんあの頃は宮崎さんも今ほど知られてなかったので、フランスの映画だろうと思い込んでたようです。まあ、漫画のようなものは子供用と決めつけるところがあります。それも大人と子供の境界線がくっきりはってあるからでしょう。「最後に見た映画」 :「コンフー」です。若い美人がコンフーをやるのでな くて、ベテランのおじさんやおばさんが気持ちよかった。これは中国語の ヒアリングのためでした。「思い入れのある映画」 :結構ありますが、特に私の洋画熱に火をつけたの が何といっても、あの「West Side Story」でまる一日弁当も水筒も持たずに映画館にいました。3回続けて上映してました。その前に父が連れて行 ってくれて、その時に穿いて行った黒いレースのスカートがきつくてちょっとしんどかったのを覚えてます。今は私の息子がファンです。スカートでなく映画のです。念のため。「バトンを渡す相手」 :受け取られた方、よろしかったら続けてあげてくださいな。
2005年08月05日
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昨日の続き 個人の秘密日記と違って見られることが前提である。ウェブマスターもいるので、こ とば使いに気を使ったりする。読み返しなんかしていくうちになんとなく文章が出来 てくる。漠然とした考えもまとまってくる。 文章のうまいへたよりもその行為が素晴らしい。 と思うのである。 特にはっきりと顔が見えないというのがいいのかも知れない。 いくらプロフィールの項を探っても、載ってないことは無いのだから。 その文章からその人となりをあてるという一種のゲームなのかもしれない。 賞品をあてにしないゲームなのかもしれない。
2005年08月05日
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ブログは個人が自分用にだけつける日記でなく、他人にも披露する一種のコミュニ ケーションである。 誰にも読まれたくなかったらブログしないだろう。 そこにブログが発信されているということは、何らかの反応を待っているのだろうと 思う。 コメントあれば、掲示板に書き込みあれば、それはそれで嬉しいのである。もっと私 書箱に何か入ってればもっと気持ちが高ぶるのである。 でも傷つきたくないと思う場合もあって、開いて読み始める時にはとにかくどきどき するものである。 これも刺激の一種である。(ヤスミンさんの日記からの瞑想) 単調な生活からの逃避である。座ってパチパチやってるだけで、多数の人と伝達でき るのだから。服を着替えて、靴を履いて、財布や鍵を持たなくても自分の世界の外に 出れる魔法の扉を開くのだから。 あまりに簡単に通じてしまうので、それに慣れると、普通に時間のかかることが疎く なり待たされることに文句を言うようになる。 日本のきちんとした生活に慣れると、ヨーロッパは恐ろしいほど自然の生活であっ て、一旦その生活に慣れるともうもとに戻れなくなる。 人間の底に潜む”自然”とは、侮れない。
2005年08月04日
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住所の変遷メモ: 今までに住んだところの翻訳をすると… ボルドーでは、マルゴー通り: マルゴーはもちろんワインのシャトーの名前。 現在ではリサーチ関係の事務所になっている。 モンペリエでは、聖ジョーム旧城壁外通り と、エペ僧通り:一度引っ越した。 エックスでは、最初が貴族通りで次が鋳掛屋通り: 身分が一変しているところにご注目。 国変えてスイスでは、大ランシー通り。これは地名で言ってみれば上新庄くらい。 ドイツではポールの家の通りとなって、ここでなんのことかわからなくなってしま う。 日本には人の名前を道の名につけないようである。 特にフランスでは革命大通りとかシャルル・ドゴール将軍大通り、よくあるのがヴィ クトル・ユーゴー通り、聖なんとか教会広場などが大抵どこの町の地図にも載ってい る。ドイツではゲーテ通りといったところ。 ちなみにベルギーでの私の住所はルイ・ルプートル・アヴェニュー、チャールトン大佐 通り、そして今はバッタ・アヴェニューである。 もちろんこの30年には、短期間ではあるが他所にも住み着いている。 ベルギーの日本領事館での住民登録(届け)の紙に記入する際に、フランス語(また はオランダ語)の住所を日本語でと書いてあったのだが、 どういうことかわからず、係りの人に聞いても要領を得なかったので、はっきりと飛 蝗(バッタ)並木通りと記入した。 それでよかったのか悪かったのかもわからない。事務の人は受け取りさっと目を通し てそれで終わり。反応なんか期待しないほうがよい。 領事館とか大使館はお役所である。非常に事務的である。感情を表さない。 しかしいざ緊急事態発生となると大変なのであろう。 と思う。
2005年08月03日
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先週末の事… もうすぐ7月31日だ。30周年だ。どこかに出かけようか~ なんて想いをめぐらせていた私の脳細胞がガツンと一発打撃をくらった。 うちの息子の荷物が盗まれたという知らせが、私の携帯電話に登録してない電話番号 からかかってきた。 2週間の夏季講習を終えての最終の日の夜の打ち上げパーティー中で、他の参加者と 一緒に荷物をまとめていたという。盗まれた鞄には財布から鍵や身分証明書がはいっ ていた。更に携帯電話もあった。 一夜明けてから警察への届け出などをしてしょんぼりして帰って来た息子を見て、最 後の日でよかったと思った。もしこれが講習の前や最中であれば、せっかくの講習が 台無しになったであろうと思う。もちろん何もなければそれに超した事はないのだ が。 今は夏であることをうっかり忘れるくらいに涼しいので、警戒することもおろそかに してしまう。 しかしこの事件は、(7月28日の寝台車参照)25年前の真夏の南仏でのひったく りを思い起こさせた。更に3年前の夏の終わりの交通事故のことも。 これからの行動を示唆しているかのようだ。テロ行為は用心の仕方が無いが、泥棒や スリなどは気をつけることで充分に防げる。と思うのだが…
2005年08月02日
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まずはBONJOUR!である。 仏語を話すところでは、必ずといっていいほどこのあいさつで朝が始まる。 こんにちは、とも併用出来るので日が沈むまで使える。 しかし最近は皆あんまりこういうあいさつをしなくなった。 といって日本みたいに会釈で済ませるでも無し。。。 今で目立つのはパリのタクシーである。タクシーに乗り込むと、運転手さんが BONJOUR!というあいさつをしてくるのである。 乗っていきなり行き先だけを告げるのと違い、何か気分が心持落ち着く。 最初にあいさつされたのだから、次はこっちの番である。 BONJOUR!となって行き先を告げるのである。 昔は外国人だとぼられることがある。とか聞いていたので、滅多にタクシーに乗らな い貧乏学生の私は、とにかく一生懸命にしゃべり続けたのである。 小さい頃からおしゃべりだったようで、何時間でもひとりでもしゃべることが出来る ので問題は無い。 一度交通渋滞でなんと1時間以上も乗っていたことがある。オルリーからなんとデ ファンス、つまりパリの南から反対方向へ行くのだが、環状道路がいつもの混雑で いっちもさっちも行かない。遊びでパリまで出たのでなく、この時はお仕事だったの で時間を選べなかったのだが、メーターはピコピコするし、前には進まないし、降り ることも出来ないままだった。運転手さんはタイ人の女性で家族とパリに住んでいる とのことで、私が日本人なのでか気軽に話しかけてきた。渋滞してることなど気にも かけず、楽しくおしゃべりが始まった。彼女は近く整形手術を受けて鼻を高くすると いう。「この鼻じゃよくないからね。」と言うのだ。そのためにあともう少し毎日稼 がなければならないともいうのだ。私が「いいじゃない、こっちじゃそんなこと全然 気にしないじゃないの」と言うと、「マドモアゼル(マダムなのだけど)、だめだ め、綺麗にならなくっちゃ」と返ってきた。 しかし鼻の低いのが好きだという人もいるのだけれど、そこまで言ってはせっかく期 待をふくらます彼女に悪いので黙った。 自分では欠点と思うところが、他人さまにはチャームポイントとなっていることがよ くある。 それに気がつかない場合が多い。要は的確な見分けをしてうまく共存することかもし てない。 もしかしたら異状に太いふくらはぎでもそれが好いという人がいるかもしれないし、 何か得なことがあるかもしれない。
2005年08月01日
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