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XとY 男の子 父親は私が男の子であることを願って止まなかったということで、名前も男の子のの み用意してあって女の子の名前がなかったらしい。 結局女の子用の名前は高額でもらったが、立派すぎるというので(なら普通のにして くれればいいものを)その高くついた名前は使わずに別の名前で10歳すぎまで育っ た。 よってその後と比べると二重人格とまではいかないが、私にはふたつの性格が共存し ているようである。まるでベルギーの国みたいで、仏語圏とフラマン語圏が共存して いるみたいである。しかし厳密にはドイツ語圏もあるので、そこは今の私で言えば欧 州仕込みの性格とでも言うのだろうか。もっともこれは、以前から眠っていたものが 表に出てきただけであって、私は昔から気だけはしっかりしていた。思ったことを はっきり言う方だったし、自分はこうだと皆と違う意見を堂々と述べていた。それで か、いつも群れとは距離を保っていた。 人と違うことが大事で、個性を持つことを信条にしてきたのである。 気が強いと言われても、それでなきゃひとりでやってけないと応える。実際そうでな いと踏み潰されてしまうのである。 昔シシリア人の家主が私にぽろっと吐いたことばに、「この国では、そこいらでひと りで死んでもそのままで誰も来てくれない。何かする時邪魔になるのでどこかへ退け られる。つまりそれまで誰も来ない。そういうところなんですよ、フランスは…」と いうのを今でも覚えている。結婚したてでシシリアから南仏に出て若い二人は一生懸 命差別と闘って働いたに違いない。やがて子供も生まれるが夫は病死、女手ひとつで 男の子ふたりを育てあげる。上の子には大学教育までいかせ、教師としてパリのほう に、下の子だって気立てよく育つ。お金だけが頼りになる。お金を稼いでいればい い。とそれこそ死ぬ思いで貯金したに違いない。 シシリア人はお金に細かいという人がいるが、それだけ苦労した彼女は、単なる守銭 奴でなく、本当にお金の値打ちを知っているのだ。 今彼女はおそらく孫たちに囲まれて自分の建てた家でコーヒーを淹れていることだろ う。小さな幸せをしっかり守っているに違いない。 でもシシリアからの親戚がやってきているかもしれない。そしておしゃべりの話題は 限りないことだろう。 シシリアの太陽のような女性だった。 そして ついにアルファベットの最終章 ZERO これで零だから、もとに戻る。 8月からはまた新しいサイクルが始まるのである。 このブログも非常に個性的になっているが、これから自由に続けていこうと思う。 クリックして読んでもらって、気に入らなければそれでいい。 共感してもらえば、またそれでよし。 一日24時間を有効に使って欲しい。
2005年07月29日
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WはVがだぶってるので、だぶるベー(ダブルヴェー)と仏語ではなります。 飛行機や特急車が普及した今は、かつては魅力の寝台車も姿を消しつつある。 ベルリンにまだ壁がある時、電車で西側のハノーバーからベルリンに入ったのだが、 着くのは早朝であり、簡易寝台車だった。何も放送が無く、一体どこに着いたのかわ からないままで電車が止まる度にきょろきょろして誰かが起きてくるのを待つ。しか しドイツ語を習う前だったので、どう言ったものか知らなかった。ただ「ベルリン」 でいいと思っていたが、あとで西ベルリン駅でなくZOO(ツオー)駅(動物園がある から)と言うということがわかったのだった。東ベルリンもアレキサンダー駅とか 言っていたっけ。西のビザだけで東に行くためのビザは取ってなかったので万が一東 に入ったらどうなったのだろうか。あの時は、そのまま東に行けるのかなんて想像も つかなかった。旅行者にもわかるように西と東で区別すればいいのになんて自分勝手 に思ったものである。西から東ベルリンに入るには、旅行者は一日visaを発行し てもらわなければなかった。でも知る由もなく、東に行く気もなかった。 西ベルリン用のVISAとそこの語学学校の住所のみを手にしていたにすぎないから だった。 それより5年ほどさかのぼり・・・パリからマルセイユのほうに戻る時、貧乏学生で あったので寝台車料金を始末しようとして寝台の無い車両に乗ったことがある。本来 が夜の電車で寝台用なのでが、普通の車両が一両繋いであったのだ。しかし夜の10時 30分あたりまで発車しないため、出来て間のないモンパルナスタワーの上で時間をつ ぶしてから、駅に向かったのだった。 つまり一夜を座ったまま電車にゆられたことになる。住んでいたのはマルセイユから 電車に乗り換えて30分のところ。なんとか無事マルセイユについた朝、預けていた スーツケースを係まで取りに行くと、エレベータが故障していて地下の置き場まで階 段を降りていくのである。するとそこのにいちゃんが私を誘ったのである。疲れきっ ていた私は、「ほんまに、フランス人とは~」とそのお誘いをふりきったところ、彼 は「じゃ、勝手に帰れ」と捨てせりふ。重いスーツケース、しかも持つ手が壊れてい る(ではないか、)を抱え2階分をあがったのである。ひどいとは思わなかったが、 なぜこんな目にあうのかと自分がわからなかった。 しかも我が住処まで行く電車は出発近しであった。早くしないと乗り遅れる。次の電 車まで待つことになれば、こんな駅で1時間以上も過ごさなければならない。必死の 思いで切符を買って、荷物をひきずって、走って殆ど動き出す電車に乗り込んだので ある。 問題はそのあと、マルセイユの次の駅でだった。この駅に10分近く停車したままで あるとは、よく乗る者だけにしかわからない。 私は荷物があるので席につかないで、入り口の近くで立っていた。2両ほどの小さい 電車である。ちょうど私の横の扉が開いて誰かが出たのであるが、マルセイユから私 の横にも地元の悪餓鬼みたいなのが数人立っていたが、出るでもなくひそひそしてい たのである。私はパスポートの入ったかばんを肩にかけていたので、そのほうを壁際 にして用心した格好をとった。 しかし駅での出来事に疲れて、あわてて切符を買ったので小銭入れだけ首からかかっ たままでセーターの中に隠すのを忘れていたのだった。本革のひもつきのお気に入り の財布だったのだ。パスポートに気をとられてこちらのほうを完全に忘れていたの だった。 それを思い出させてくれたのが、私を取り巻いていた例の悪餓鬼である。 「いい財布だねぇ」とか言って近づいてくるのである。 私はもううんざりで、脇をかためた。ちなみに電車は止まったままである。ちょうど その時、ひとりがうんと私のそばに来て思わず財布を引っ張ったのである。ひもが しっかりしているのでそんなに簡単にはとれない。そのうちふたり、3人と両手で掴 みにきたのである。私はなされるがままになっていた。というより動けなかったので ある。 なぜならそれと同じ時、座席のほうで誰かが立とうとしたら、「動いちゃいけない、 座ってなさい」と言う声がフランス語ではっきり聞こえたのである。それは悪餓鬼た ちとは関係ない普通の人のようである。 小悪魔たちは財布を引っこ抜くのに成功して、そのまま走って電車を駆け下りた。私 はさっきの声の持ち主の後ろ姿を確認しながら、追いかけようとしたら出来ないこと はなかったが、それは無人の島でいたずら猿を追いかけるに等しいと判断してただ 突っ立っていたのである。第一足が動かなかった。 財布をひったくられたことより、「動いちゃいけない。」という声に私の感性は狂っ たのである。25年ほどたつが、その時のことはスローモーションで今もはっきりと覚 えている。 それがフランスでの忘れられない思い出である。寝台車代を節約したがために発生し たとも言えるが、そのおかげで大変貴重な経験をした。 どんなに人に囲まれていても、襲われるのは自分だけである。たくさんの行き来のあ る大通りで犯される場合もあるのである。結局頼れるのは自分のみ。人を恨むべから ず。自分を鍛えるのだ。 到着した駅で乗客のひとりが、車掌に言っておいた方がいいよ。と言うではないか。 もはや判断力を失った私は言われるがままに居そうもない車掌が姿を現すのを待っ て、一応さっきの事を報告した。彼は、フランス人がよくする肩を浮かす造作をし て、「夏だからね、」と言った。それだけで終わり。壊れたスーツケースの取っ手を かばいながらごろごろころがして、私は自分の住処にゆっくり歩いて戻った。
2005年07月28日
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UTOPIA ユートピア(理想郷)存在しない処の意味である。実現しない夢というのもある。夢は追いかけるもので実現するものではない。と思う。おまけVOIX/VOICE 声自分の声がきらいということは、自分の存在を認めていないからだというが、きらいなものはきらいなのだ。しかしいくらきらいでも変えない限りそれと生活しなければならない。嫌な奴と一緒に生活しなければならないこともあるだろう。それと一緒だ。と思う。
2005年07月27日
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URGENCE 緊急 緊急だ。至急だ。 と毎回言うとその意味を失う。 本当に緊急であるか、ないかを見分けることが肝要である。 変化は急にはやってこない、常に少しづつ変化しているのである。 コップに水を一滴一滴たらしていくと、表面張力でぎりぎりまで表面がふくれる。 しかし次の一滴でコップのふちから上の水が一気に流れ落ちるのである。 突然の変化というが、よく観察していると突発するこというのは極まれで、 大概がコップの水と一緒である。 あと一滴で溢れ落ちる時が緊急時となる。
2005年07月26日
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TEMPS 時間 一日は24時間である。 時間もとり方次第で長くもなれば、短くもなる。 30日で1ヶ月、12ヶ月で一年。 それをどう生きるかは皆さんの自由なのである。 おまけ: TIME タイム 休止する時にタイムである。 小さい頃は「たんま」と言ったようだが、「短間」と言ってたのか… 休止はいずれにせよ短い方がいいのではないかだろうか。
2005年07月25日
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つまり21日が国民の祝日で。。。(ベルギーの国民ではないのですが、ベルギーに住んでるととにかくお休みですから)21日の夕方から夜にかけての野外催しは、ベルギーのお決まりのにわか大雨で皆傘をさしながら、濡れながらの風景がテレビで映ってました。私その時はビデオを見ていたのであとでニュースで見たのですが、「やっぱり降ったか」って。毎年この日にはこの大雨も参加するのです。特に今年は国家の175歳の祭ですものね。お昼すぎの国防戦隊のパレードには降らなかったので、少し遅れての参加でした。その雨のおかげで、またそのせいでか今日は涼しいです。緑が嬉しそうです。
2005年07月22日
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http://www.175-25.be/EN/homepage/ フランスのようにこの日のあと休暇をとる人がたくさんいます。特に大臣さんたちは 2週間から3週間とって他所に行くようです。もちろん緊急事態が発生するといつで も帰ってこなくてはなりません。 このホームページは公のものですから安心して見ていただけると思います。 英語のところを選んでますが、仏語やオランダ語もありますのでみてください。 ベルギーの歴史を少しでも知ってもらえたらと思います。
2005年07月21日
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TROU 穴 とてもよく晴れたある日、 ひとりの阿呆がトラックを運転していた。 運んでいるのは穴だった。 彼は穴を拾ってはトラックに積み、 そしてまた拾っては運んでいた。 一杯の穴を積んだのでもう帰ろうとしてバックした。 するとトラックはゴトンとして止まってしまった。 どうしたのかと彼はトラックを降りて後ろを見に行った。 彼はトラックと一緒に大きな穴に落ちてしまった。
2005年07月20日
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TRADUCTION 翻訳例えばフランス語を日本語に訳すときであるが、フランスと日本の歴史や文化を無視して訳しても、機械的に辞書をひいて訳したにすぎず、生きた訳にはなりえない。ことばの背景にはその歴史、文化、それを使う人々、その人種等があって、決して=(イコール)でふたつのことばを結べるものではない。それが英語であってもドイツ語であってもしかりである。とはいえ、一度も自国を出ずに、ひとりたりとも会話をせずにことばを習うことが出来るのは、辞書のおかげである。一冊の辞書をつくるのは労力と年月のかかる非常に大変な作業であろう。しかもことばは生きているので始終変化する。出版時に古くなってしまった表現があったり、新しい表現が次々に出ている場合があって、苦労はつきないものだろう。私はことばに興味があって、辞書を読むのが好きである。子供の頃は「言林」というのがあってひとりで何時間も読んでいたことがある。特に「ぱー」というところをひいて、「手の指を全部広げたさま」とか書いてあったのには感心してしまったのを覚えている。当時の辞書には挿絵などない。文章だけで、それも決して難しくない文章で説明してあるのだ。一番よく御世話になったというか、役にたったのがこの「言林」だった。これでわからないことだけ両親に聞いたのだった。小学生用とか中学生用の国語辞典などは使ったことがない。そんなペラペラな辞書よりずっと重宝したのである。フランス語の辞書を買い求める頃に、どういう辞書が良いかをブロンド短髪の小柄で男装が良く似合う仏語教師に聞いたところ、PETIT ROBERT だと即答。 だけど重いと私が言うと、「辞書は持って歩くものではない」と即返答。しかり、以後このことばを肝に銘じて何語をやるにもポケットサイズは買っていない。 PETIT ROBERT は「言林」よりも大きくて重いが、それこそ小学生から大学生まで使える仏語の辞書である。新語などは年々つけたされていくが、一冊あればそれで何十年でも充分である。とは言えやはりマーケティングの時代である、毎年更新され次々にそれぞれの年層にあったROBERT が発行されている。一冊の辞書はひとりの友だちのようなものであると思う。 一生の間のある時期に知り合ってから別れるまで様々な事を教えられ、支えられるのである。良い友、悪い友というが、良い親、悪い親というのが無い様に、辞書にも良い辞書、悪い辞書なんてないと思う。ようはそれを使う者の心がけ次第ではないだろうか。ひとつの文章を訳してみても、人の違いがそこに出る。その人の歴史や考え方や生活が出てくる。また声を聞いただけでも、その人がみえてしまう。字を書いても、後ろ姿を見ても、 ・・・・・・・・
2005年07月19日
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トラピストビールの話TRAPPISTE暑いときは何といってもビールが飲みたくなる。日本ではがぶ飲みをするが、ベルギーでもフランスでもドイツでも普段はゆっくりと味合うものである。ベルギーにはドイツに負けないくらいに実にたくさんの種類のビールがあるが、そしてかつおいしいが、その中でもトラピストビールというのは、ベルギーの6っつのトラピストのみが正真正銘のトラピストである。CHIMAY,WESTMALLE,ORVAL,ROCHEFORT,WESTVLETEREN,ACHELである。シト-教団の修道院、またはその近辺でシト-修道士によってつくられ、利益は個人的利益でなく営利を目的にしないことがきまりである。日本の高野山で豆腐をつくるのとどこか似ている。ちなみに修道院ではチーズもつくるのである。トラピストビールにはそれぞれの味わいが違い、こくが深い。ワインのようである。ビンで売られているので国外にも出されており世界中の人が味わえる。他にも修道院ビールはベルギーだけでなく、ドイツの南に点在していて大きなビンに計っていれて売ってくれるという。父がこの南ドイツでトラピストではないが修道院ビールを次々に味わって、しっかり私と会う約束を忘れてしまったことがあるが、彼の嬉しそうな顔を見たら、もうどうでもよくなった。うちの地下室には今もこの空ビンが置いてある。こういうのはドイツでも地元の人でないと知らないので、どこのガイドブックにものっていない。父を案内してくれたのはチェコ出身のドイツ人だった。
2005年07月18日
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THEATRE 演劇 先週の夜はずっと演劇の講習に参加した。 舞台で劇をするのでなく、体でいろいろな表現するというとわかりやすいかもしれな い。 最初は別の講習に申し込んでいたのだが、参加者が足りなくてキャンセルになり、急 遽移ったのである。中学では演劇部、高校も創作劇、それに声のトレーニングなどに 参加したりしているので、自分の体の表現には幾分慣れている。緊張感なしに参加。 楽しい1週間だった。しかも講師は私のことを間接的に知ってる人だった。ブリュッ セルとはいかに小さな町であるかである。どこかで誰かが知っているというか、見て いるというか、ちょっと都会に慣れた者にとっては、いささかやっかいなところでは ある。 毎夜帰宅時間が遅くなり、朝だけはゆっくりしたかった。休みの日の楽しみは朝好き な時に起きれることだ。しかし週末も合わせて体調も楽になって、また新しいサイク ルを始められる様になった。これも気持ちの持ちようひとつなのかもしれない。 しかしこの講習のせいで、前よりも周りの人々の行動に興味を持つようになった。た だ単にスーパーのレジで突っ立って待つ代わりに、周囲を観察するのである。すると 時間がまたたくまに過ぎていくことがわかった。
2005年07月15日
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「T」のつくことばが多すぎてどんどん泉が沸くように出てきます。このまま行くとキリが無いのですが、あと少しで終わってあとを続けてから31日までにきれいにかたをつけます。あとは気ままに、たまに、またはどしどしとその時の気分でやってきますね。読者の方にはよろしくおつきあい願います。いつも本当にありがとうございます。
2005年07月14日
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TERRE 地球 地球の他にも生き物が住んでいるとはSFでしかないが、あり得ないことでもないよ うである。地球とは反対の方向にもうひとつの地球があって、生き物が住んでいると しても、誰もそうではないとは断言出来ないのだから。 昔デパートで売り物ではないが、地球のビーチボールが飾ってあって素敵だったので 欲しくなりあちこち捜したものだった。見つからなかったが、チャップリンの映画を 想わせるような地球だった。 地球儀なら面積や形勢がそのまま比例しているが、一枚の紙の地図は中心になる国に よってがらりと変わる。特にヨーロッパの世界地図はヨーロッパが中心になるので右 が中国でその端っこが日本、その下がオーストラリア。左の方はアメリカである。こ れがオーストラリアを中心にすると、反対になってしまう。文章では難しいから、ど こかで図を参照してもらうほうがわかりやすいので、ここでは省く。さらに日本が中 心になるとアメリカが両端に出て来たりするのである。 物は見ようでどうにでもなる。あるところでの常識は別のところでは非常識である。 うそつきも場所が変わればうそつきでなくなるものである。美人というのもその土地 での評価による。ある人にとっての幸せも、あなたにとっては苦しみとなる場合もあ る。喜びも、悲しみもとらえかたで思いのようになる。 常にたくましく、そしてふてぶてしく自分の都合の良い方をとればそれでいいのだ。 モンブランはイタリアからとフランスからとドイツから見るのでは違った山に見える が、所詮モンブランなのである。富士山だって裏富士があるように、場所を変えれば 山のおもむきが変わるのである。 己自身、ちょっと見方を変えてみれば結構いけるかもしれないのだから、あきらめる なかれ。
2005年07月14日
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工事 夏の間は休む人が多いので道路工事があらゆるところである。といっても朝早くから でなく昼間は休んで夕方はもう終わり、もちろん週末(土日)など働かない。 深夜や夜通しの作業はめったにない。(あることはある。)これも7月のみで8月は 皆が一斉に休むようである。家を建設している場合でも8月はストップになる。業者 が閉まると誰も働かない。肉屋もパン屋も閉まるのでいっそのこと皆で休みというと ころである。 夏でなくても日曜日は基本的に仕事はしない。店舗は休み。土曜日も閉まるとことが 結構あるので事務所勤めの者にとっては、19時あたりまで開いているスーパーが頼 り。17時に事務所を出て18時に滑り込むためには、意を決して出かけなければ間に 合わない。買い物の袋を提げて地下鉄に乗りたくないのでなるべく自宅の近くですま せたい。よって日曜市は野菜や果物を仕入れる貴重なところだ。日本のようにいつで も何でも買えて、食べれてなんてまだまだこの私の居るヨーロッパでは無理である。 レストランはフランスでもお昼なら12時から14時までで、夜なら19時から22時あたり で、それ以外の時間はいれてくれない、というか誰もいなくなるのである。カフェー ではろくなものは食べれないし…ファーストフードだって結構高くてヘルシーではな い。 しかしアムステルダムでは大抵の中華やインドネシア系のレストランでは12時から ずっと昼すぎても夜までノンストップで入れる。 フランス的習慣で14時になるとも う食べれないと思い込んでクークーいうお腹をがまんさせていたら、どこからともな く良い匂いで鼻がくすぐられて、ふと見ると目の前のインドネシアレストランから人 が出てきた。私が空腹状態であるのがわかったのか、その人はにこりとしてさあどう ぞと中に入れというような格好をした。魔術にでもかかっているかのように私は其の 中に吸い込まれるようにして入っていったのである。 なんと食い意地のはった話と思われるかもしれないが、アムステルダムの美術館の近 くのレストランが並んだ通りに行かれたらばよくわかるが、ゴッホもレンブラントも フェルメールもいいのだが、あれだけインドや中国やイタリヤ、ギリシャの料理が目 の前にちらつけばふらふらと鼻のままに進んでしまうのである。しかも午後ずっと入 れるのだから…
2005年07月13日
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TERRORISME テロ行為 7月のロンドンのテロ行為は英国人の冷静さを改めて見たようである。 第二次大戦の時のように敵に対して、国民が国王とともに抵抗の態度を表している。 とはいえ、レストランや繁華街はいつもの賑やかさはなく、せっかくの好天気が幾分 むなしい。特にオリンピックの主催地に選ばれたあとだけに、言い表すことが出来な い感情である。これがパリであっても同じ事である。ブリュッセルには欧州機関が集 中しているので観光スポットには外れてもリスクは充分にある。ロンドンの一般の市 民を狙うテロ行為は許せない。 亡くなられた方々のご冥福をここに祈ります。 ヨーロッパの空港では検査が幾分きつくなったとはいうものの、爪きりはどんな小さ なものも持ち込めないが、ブレスレッドやペンダントにいたってはフリーパスであ る。おそらくテロ用の教科書に従ってのことであろうが、その時その場で臨機応変に 対処できないと、第二第三のテロ行為が発生するだろう。
2005年07月12日
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1週間だけですけれど、楽天市場にも行かず、クリック2000を超えたところで休息です。ちなみに昨夜から非常に涼しくなりましたよ。20度もないのです。でもこれで普通なのですよね、ここは。。。そんじゃまた~七夕の日は願い事お忘れなく。例え雨でもお願いはしておきましょう。子供の気持ちで短冊に書いてつるしておくのも良いですね。あなただって昔は子供だったのですから…
2005年07月05日
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TOILETTES (複数に注意) 洗面所のこと、つまりお手洗い、便所。 化粧室とも言うが、外国ではなるべく自分の要求をすんなり表現した方が苦しまなく てすむ。 一度北イタリアで知人の家で、トイレに行きたくなったので、仏語で聞いたがその人 はイタリア語のみのようだったのでジェスチャーで手を洗う格好をしたところ、OK と連れていってくれたところはまさしく手を洗う洗面台があっただけ。その水の音を 聞くだけでもたまらないくらいだったが、もう少しだけがまんしていればいいかと皆 の居ることろに戻り待った。話し好きな人たちはにぎやかだった。話が食事のことに 移りかけた時、もう一度会話にあまり参加していないさっきのイタリア人に今度は思 いっきりトイレなんだよ、ジュースたくさん飲んだからと見せると、なんとかわかっ たみたいでWCを案内してくれたのでほっ。。。 そこではバーニョ(浴室)と言えばいいと言うのだが、お風呂なんかに入りたくない 私は思いもつかなかった。手を洗いたいと言うのが一番わかりやすいしエレガントだ とスイスの知人は教えてくれたのだったが、ところ変われば皆変わるであることを痛 感した。もっと変わった表現もあるが、知らない人が多いので使わない方が無難であ る。以後常にあの場所を最初に確認するくせがついてしまった。一度火事でなんとか 逃げ出せた人が、行くところまず避難方法をチェックするのと同じだ。惜しい男に逃 げられたら次回から慎重になるのと同じ。食べ過ぎて苦しい思いをしたら、あと控え るようになるのと同じ。 パリでもブリュッセルでもたいがいトイレは有料だが、ハロッズのようにきれいでロ ンドンの土産話のために行くようなところはあまりなく、何故只にしないのか、暴利 じゃないかと思ってしまうことがある。美術館などではすでに入館料を払っているか らだろう、大概只。しかしコンサートホールでは有料のところもある。映画館は最近 は汚いが無料のところが増えている。デパートでは大概有料、駅も、キャバレーも、 商店も、カフェーも。さらに映画館やコンサートホールでは案内嬢にチップが要る。 昔私にとってこのシステムは納得がいかなかった。有料にするわけがあればそれで良 いのだが、ひどいのになるとただ入り口で立ってお金を集めるだけなのだ。以前から 聞いた話では、映画館などは映画を見せるところとトイレは別だからということだっ た。駅でも国鉄とトイレは別の経営らしいのである。たまに空港などは同じ経営なの で無料になるとか言われると、そういうものなのかとうなずいてしまう。 チップだけで生活をたてている人がいるんだと言われても、ピンとこないのは私だけ だろうか。 しかも最初からトイレのないところが結構あって、こっちの人たちはなるべく行かな いように育っているのかなあと考えてしまう。体の大きさも影響するだろう。大人よ り子供のほうが回数が多いはずである。私も小柄なのでよく行くのかもしれない。 子供ならピピ(小)とカカ(大)ですむものを…
2005年07月05日
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一日24時間 生きる人生はひとつ。 体もひとつ。 でもやりたいことは ありすぎる。 選ぶという作業をしなくてはならない。 決して欲張ってはならない。 疲れてしまった週明けにて
2005年07月04日
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7月1日から一ヶ月は夏物バーゲンセールである。今季は暑いので売り上げが良いかもしれない。良いものはすぐになくなる。特に私のサイズはセールを待ってると何もない。しかし多くの人たちはこれで夏物買って休暇に旅立つのである。日本の様にしょっちゅうセールしているわけではないので、売るほうにとっては稼ぎ時なのである。次は1月1日の冬物バーゲン。
2005年07月01日
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SOUVENIR 思い出(す)30年前の今日は、あと一ヶ月で日本を去るというひとつのけじめの日だった。不安もなく、あてもなく、向こう(こっち)はもっと涼しいと聞かされていた。しかし夏時間で夜遅くまで明るいとは知らなかった。今でも夏時間だから、帰宅が遅くなっても幾分安心していれる。昨夜はセネガルのお坊さんが、ギネアに教会再建資金繰りのためにやったコンサートに出かけてきた。セネガルの伝統的弦楽器で少しハープとマンドリンの様な音を涼しい教会の講堂に響かせた。観客はセネガルだから皆真っ黒だろうと思い込んでいたらしく、白人が出てきたので幾分がっかり、何故か微妙な心境に陥ることしばしですぐに演奏が始まった。いくら涼しいとは言え、夕方8時といえば普段は食事が終わりテレビでフランスのニュースを見ている時間であり、横になってくつろいでいる時間帯である。教会の神聖な雰囲気とともに私の霊は一時体を抜け出して、ゴシックの天井の横のところの青いステンドグラスのロザスに一体化したようである。いつもこの教会というのは、私を眠らせてくれるのである。昔パイプオルガンの演奏があって友人と出かけて行ったが、最初の出だしは覚えているが、そのあと皆の拍手の振動でこのときも魂が体に呼び戻されたという感じだった。一緒に行った彼女は私が抜け殻だったことに気がついていたのだろうか?皆と一緒に私の横で手をたたいている姿には、それらしき気配はなかったが・・・誘ってもらって寝ていたのではありませんよ、ちょっと体を休めていただけ・・・です。以後オルガンだけでなく、ゴスペルのコンサートでも、クラシック音楽のフルート演奏でも教会が苦手である。きっとあの独特の振動だろう。フランスの24時間レースで有名なルマンの近くの教会でもグレゴリアンの歌を聞いたが、学校で授業が開始して間もなく眠くなるが如く(もちろん全科目ではないが)眠くなるのである。そして終わると自然に目が覚めるのも不思議な話だ。しかし私の魂は抜け出して、どこに行ってるのだろうか?信者の方々に:私は信者ではありませんが、教会が好きです。ただそれだけです。 それも誰も居ないひっそりとした時が一番好きです。
2005年07月01日
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