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新しい経験とクリスマスツリー:私のアイスフレーバーの旅は続いている。先週は、なんと煙にまかれたような味のアイスであった。最初はキャラメルかなぁ?色はキャラメルだけど…味もキャラメルっぽいけど…うん?なんだこりゃ?あぁ、煙が~煙が口の奥から~ちらっとおじさん(マスター)のほうを見る。彼はうしうし笑っている。まさかっ、これ、あれ?へへへと続けて、本物のハバナだよと言う。うへぇ~、こりゃすごいゃ。前から聞いてはいたが、実際に口にしたのは初めて。皆さん、これは本当に初体験です。そして、グランプラスに17メートルの本物のツリーが立てられた。飾り付けて来年の初めまで立つことになる。クリスマスフレーバーと言えば、やはりこの木のにおい、ヴァンショ(暖めたワイン)のかおりであろう。そろりと師走にはいる明日である。
2005年11月30日
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ディズニィーのお話がイメージつきで世に行き渡っているせいか、母親は継母であるとされているが、しかも彼女はブロンドでかわいい子である、実母(フリーページを見てください)であるというバージョンのほうが古くて多いらしい。赤頭巾の話も然りである。この世には似たような話が一杯ある。世界中で3450ほどのもとの話があって、シンデレラの話は500に近いバージョンが存在するらしい。一番酷いのは、シンデレラは三人姉妹の末っ子であり、家は貧しくて、母を皆で食べることになる。上ふたりは食べるのだが、シンデレラは食べたふりをして灰をかぶって喪に服すのである。またシンデレラのギリシャ語が女性の性器を捨てたものとか、灰をかぶせた母だとかだという。以上はこの週末に仕込んだ話であるが、この人肉を食べるという話は興味深い。単なるお話のアトリエということで参加したはいいものの、今までのおとぎ話のイメージがごろりと変わってしまった日曜日だった。
2005年11月29日
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「200メートル以上だったら降るだろう。しかしそれ以下は無理だろう~」なんてうそぶいてたカフェーのおやじがびっくりするほどの雪が降った。降ったなんて中途半端なもんじゃなく、街中でも10センチの高さがあった。ところが気温はプラスだからしゃきしゃきしている。道の上ではじゃきじゃきしていて、歩くとグシャーシューとなって足をとられて転ぶ。車もタイヤをとられてしまうので、ゆっくり動くしかない。それでも買い物へは出かけなくてはならない土曜日の朝。そしてやめときゃいいのにあれもこれもとかごに入れる。結局重さと嵩でどうにもならず、もう一枚の袋を買う。人参1kとヨーグルト1k、みかん2キロというのがたまらんかった。バナナはパスしたが、ビスケットの箱とサラダが軽いのに嵩張ってしまった。どうしても一度に買ってしまうのを止められない。平素は毎日曜日に朝市でぴんぴんの野菜と果物を買うので、土曜日がその他の物、それも日曜日に市場へ行けない時はその日に継ぎ足す。金曜日の夕方は中国食材屋で日本のお菓子や中国野菜の日。月~金が仕事だから仕方ないか~自家用車があった時は、その土曜には朝空っぽの車が夕方満載と言う具合だった。米、トレペ、水、ビール、じゃがいも、パスタ、ヨーグルト、バナナ、牛乳、などなど重くて嵩張るものである。
2005年11月28日
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(ベルギーのフランス側の)アルデンヌ地方(昔ここで戦争があった)だけでなく、 このブリュッセルにも雪が降るという天気予報があった。 それが今日らしい。 空模様はそれらしいが、ぱらつく雨に白いものが混じるだけ。 急に雪見大福が欲しくなった。 白玉ぜんざいもいい。 甘酒も。 しかし、金曜日なので仕事がひけたらアイスクリームを食べる。 店のまわりにはすでに、クリスマスマーケットの小屋が立ち並んでいる。 Bon weekend!
2005年11月25日
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先日ネットで遊んでいたら、ある質問サイトを見つけました。「男の人は太った女性よりも細いのが好いのか、それとも太いほうが好いのか」という女の子の質問に、「太ったのは絶対に嫌だ。」とか「太いのを見ると、恋愛なんて消える」とか「太いのを見ると、どうしても笑ってしまう」とかありました。太いの太いのと読んでいて気分悪くなるほどでした。私は前にも書きましたが、やや太めを好みます。自分がそうだからかも知れませんがね。男でないのでわかりませんが、どんなもんなのでしょうか?太い、細いってどうやって区別するのでしょうか?第一、ウエストや足は細くて出るところは出ているほうがいいなんて、都合よすぎると思いますが、女性は結局、男の気に入るようになりたいのでしょうね。そのためにどれだけダイエット市場は儲けているか考えるとぞっとします。またどれだけ普通以上の体格の女性が傷ついているかです。
2005年11月24日
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熱い朝のコーヒーにスペキュロース(ベルギーのビスケット)の先っちょを浸して仕事を始めるのが好き。スペキュロースがなくてチョコレートだとだめ。ヌガーでもだめ。(ベルギーではコーヒーに一口サイズがついてくる)あんまり浸けすぎると中で分解してしまうので、ほんのちょっとだけ。混んだメトロのあとその暖かさが一日の元気をくれる。決してスマートではないけど、フレッシュバターと苺ジャムがしたたるバゲットをカフェオーレにどっぷりつけるのとおなじくらい最高の気分にさせてくれる。そのせいか昨夜久しぶりに作った野菜ポタージュにクルトンならず、揚げせんべいを散らしてみた。(参考までに、おかず?はobuse55さんの影響なのかお好み焼きになってしまいました。とんかつソースにケチャップでいただきました。マヨネーズは今回パスでしたけど。こちらで買える青のりと紅生姜を合えました。)最近何でもトライしてみる。人生は短いのだ、楽しもうじゃないか!
2005年11月23日
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最近蛙のことばかり考えているので蛙の夢を見てしまいました。蛙の卵の段階で遺伝子に水汚染のせいで変動があって、おたまじゃくしのまま大きくなっていくというテレビのドキュメントを見たせいでしょう。蛙が買える時代に、蛙が孵らない時代になってしまいました。もうあの頃へは返らないのでしょうか。私蛙が好きなんです。一度ベルギーの電話局のCMで蛙がひき殺されかかる画面があって、抗議しました。ひどいって。
2005年11月23日
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時は午後4時15分です。あと少しで夕陽が沈みますが、その間際まで、樹に残っている半分黄色くなった葉っぱがキラキラとしているのです。まるで黄金の木みたいです。こんなの見るとまた明日やってやろうって気になります。いくら美しいものでも、光をあててくれるものが無いと光りません。あまり美しくないものでも、うまく光があたると美しく輝きます。それには澄み渡った鏡のような存在が必要なのでしょう。純粋な心とかですね。今夜夢の中で考えようっと。
2005年11月22日
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これからの季節は海産物がおいしい。その中でもあのセクシーな牡蠣が大好き。ぽっこりした生を(大根おろしがあればそれで洗ってから)レモンと胡椒をさっとふりかけて、ちょっとセック(ドライ)/(辛口)の白ワインでやるのが私の年末の楽しみなのだ。これにトマトケチャップを以前はかけていた。祖母がなぜか私にと、一袋の生牡蠣を買ってくれたことがある。それを洗ってケチャップで食べたものだ。今ではこちら風に食するようになった。牡蠣が平たいのがデリケートな味なのでなるべくそのまますするのである。ワインもきつすぎるよりもゆるい方がいい。日本酒でももちろん良いのだが、ここはベルギー、あるもので間に合わせる。しかし、一度アーカッション(ボルドーの近くの海)で牡蠣で商売している夫婦に船を出してもらって、おじさんが潜って牡蠣をとり、奥さんが開けてどうぞと手渡してくれた牡蠣の味は忘れられない。これは個人的招待だったので本当に気持ちよく、いくらでも潜ってとってくれるのである。が牡蠣はまだ小さくて、ちょっと可愛そう?!だったからほどほどにしていおいた。生ならいくらでもOKである。フライでも雑炊でも良い。何でも来いである。12個単位でブルターニュ産、ノルマンディー産、オランダ産、カナダ産とか出てる。広島の牡蠣のような身の厚いものと平たいのがある。レストランでは前菜として出るが、私はこれだけで他余計なものは要らない。
2005年11月22日
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この書き込みは顔が無いのでか、(顔を出さないから)本当に好き勝手なことを書き込んでしまう。はけ口である。書き込みながら、考えをまとめる。ただそれだけ。時々よそ様のブログを荒らして帰る。自分が動かないのに日本中の人とコミュニケートが出来る。クリックするだけで可能になる世界。ここに全部書くわけではなく、一部を書くのである。嘘もつかない。媚びらない。しかしそのほんのちょっとでも、わかる人には全部の自分を見破られる。例え嘘を書いたとしても、書き込んでしまった瞬間に、それは時空を超えて発信される。たったクリック一回だけで。ややこしいことを考える前に窓を開けて換気をしよう。ほかほかのみたらし団子に熱いほうじ茶でおやつにしたい。(今午後3時)
2005年11月21日
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先週になってやっと文字フォントを使っている。それまで無視していたのだ。霧が深くて見えなかったようなものだ。昨日あたりからここは霧が深くかかっている。朝は特に深く、夕方になってやっとましになる程度。飛行機の便のキャンセルも多数あったそうな。ブリュッセルに来て最初何と言っても驚いたことは、立ってそのまま用を足す人が多いということである。男の人の特権である、このタチションが街中で見れるとは思ってみなかった。パリでもベルリンでもジュネイヴでも見ない光景である。昼間から堂々とおおらかにやっている。この街のシンボルが「小便小僧」であるのが納得できると言うもの。更に女の子のバージョンもある。レストラン街の隅っこである。
2005年11月21日
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昨日のベル経(ベルギーの経済)新聞が今日配達されたので、遅れてしまったが、今年も新ボージョレーの11月の第3木曜日をむかえた。これをフランスに次ぐ大量消費国である日本に、間に合うように何機もの飛行機が、リヨンのサンテエギュゼペリ空港からワインだけを乗せて飛びたったという。その数なんと1200万本を越すという。今年のは出来が格別とはいうのものの、このワインは常に軽くてフルーティーであるからか日本人に好まれているようである。その注文のおかげでボージョレーの経済も安泰ということか。。。テレビでは北フランスに雇用を与えた日本のある自動車会社のCMが、誇らしげに映っている。SANTE!(乾杯はしないで、「ご健康を」とか言う)ちなみにグラスをカチンとさせる時の音はチンチンである。よってサンテかチンチン、またはチン!とするのである。
2005年11月18日
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アントワーペンでのこと:(ちょっと前)かの有名なグロートマークトを抜けていつも(来るたびに)のように、スヘルド河のほうへむかった。ちょうどそのあたりで急に、にぎやかな、しかも横に一列に並んだ年齢ミックスの小グループの日本観光女人の一団に出会ってしまった。彼女らは皆唇の色が19番だった。もうこの色番は廃れていると思いきやである。といって同じ服装を着ているわけではない。自分たちはおしゃれでしょうといわんばかりなのである。それぞれが19番とはほど遠い色あいの服装である。一目で私は横に避けてしまった。日本人であるのがいやだとか、指名手配されているとかいう問題でなく、その色への心使いがないからだ。色だって、うまく使われれば喜んで、いくら灰色の空でも光を増すであろう。なぜ彼女らは19番さえただ塗ればいいと思い切っているのだろう。コーディネイトが全くなっていない。私は着るものと自分とリップの色とが合っていないと、合うまであれやこれやと時間がかかる。もしリップと服が合わなかったら、一日中気持ちが悪い。これを読まれた方は、それは一部だけの人で、センスの良い人もいるよと言うだろう。しかし世界のファッションのアントワーペンの中央駅から歩いて10分ほどの大観光スポットに、堂々と手をつないで歩いている同郷人を目撃したら、なんとも言えないだろう。こっちの人から見れば皆同じ東洋人なのだ。(色とはいえない)白い初雪が降りた。3センチだけだが、例年より幾分早めということ。そう言えば昨日の夕方寒かった。
2005年11月18日
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場所:ブリュッセルいつものメトロの技術的問題ってやつで、ダイヤがめちゃくちゃにずれて、今朝も遅れて皆でギューギューの車両である。といっても日本のような混み方や押し方は無い。ひとり私の前のボアのねえちゃんが、真直ぐに立った「つかまり棒」を占領していた。何をしているのか覗き込むと、選曲をしているのである。つめは適当に飾られているが、あんまりピンと来ない色で爪自体短すぎる。ボアが私の顔の高さなので、ついそのボアの被りの分(もっとエレガントな言い方もあろうが)を避けて横を向いてしまう。しかしそうすると、今度は体がゆがむので、つかめない棒に手をぐいと差し込んでやった。彼女はそれを邪魔とも感じないのか、平気でそのまま(音はしないが)かちゃかちゃやっている。停車するたびに多くの人が入ってくる、そして出て行くのだが、彼女はそこから離れない。日本だったら奥へ追いやられるだろう。私はその楯と矛つきで今朝出勤した。
2005年11月17日
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最近はまたミニスカートが流行り出しているいるみたいで、男の人の目のやり場(女の人も含めて)が無くなっている。男でもスカートを粋に着こなしている場合も極稀だがある。ベルギーでは見ない。男が腰に布を巻きつけている姿で似合ってるのはやはりスコットランドのキルトであろう。顔に伸びた髪がかかる。しかしきりりとした雄姿には魅力がある。とはお酒のCMでの男である。こんな男だったら女はみんなとろりとして奴隷になってしまうのではないかとも思う。私は普通の膝がすっぽり隠れる丈のものを穿き通勤しているが、50人女性がいたら、スカートは私ひとりだけである。特に若い子たちはマニッシュにパンツである。あまりにも男の様で女っ気がこれっぽっちもなく味気ない。とは言え、格好の良い足はいいなあ、スカートでもパンツでもうっとりする。ところがそういうのは滅多に見ない。別に足ばかり見ているわけではないのだけれども。。。
2005年11月16日
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昔、私はベルギー人に対してアレルギーなのかと思った時代もある。今は免疫が出来たようである。ちなみに漆にはかぶれない。なのにちょっと麻ひもが触れただけで蕁麻疹が出たこともあった。(オードトワレに入っている)南国の花の花粉や、埃やスプレーのガスで咳き込むようになって、白樺の花粉で目が赤くなって…やむことをしらない。しかしこれは自分の体が一生懸命に戦ってくれている証拠である。自分がいかに過敏であるかが今になってわかる。それだけ反応しやすいということは、何でも受け入れてしまうからであろう。何でも取り入れてそれを自分のものにしてしまえるからではなかろうか。でなければこの地にこうして生活を続けることは不可能だからだ。と自分を見直すのである。
2005年11月15日
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アヴェニューのプラタナスだけでなく、マロニエや樫やの枯れ葉がなかなか無くならない。雨が降らないし、風も弱いからである。いくらかは降っても幾分で終わり。枯れ葉を腐らすほどではない。そして風もヨナヨナであるから、瞬間の埃煙はたってもまた元にもどってしまう。しかし考えようによっては風が苦手な私は助かっているのである。雨が嫌いではないので、いくら降っても気にはならないが、どれだけ降っても空気は乾燥している。故郷大阪はいつも湿気ていた。そのおかげで、どんなにこちらで言うジメジメした気候も気にならない。一般に人々は雨が降ると嫌な顔するが、私はかくれてニッコリするのである。けれど10年前あたりは、もっともっとしとしと雨が続いたのに、最近は本当に乾燥している。アパートのかび模様が止まっている。何が善いのか悪いのかわからなくなってきた。私のアレルギーももしかしたら、この枯れ葉の埃のせいかもしれない。
2005年11月14日
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どうやら、薔薇の花粉のせいでは無いようである。(よかった。)九月と十月が異常に温暖であったのと乾燥していたために、今ごろ咲かないものが咲いて花粉が飛んでいるようである。花粉症だと気ついたのと、事務所の(薔薇のかおりの)デオドラントスプレーをタバコのにおい消しに使ったのとが同じ時であり、それから急に症状がひどくなったのである。格別なのである。水洟から咳へとひどくなった。主因はまだ不明だけれど、風邪をひいたのと同じ状態であるから、とにかく体を休めることに努めた。西洋ヨモギのカプセルを服用して、ペパーミントの煎じ湯を飲んで、とにかく外出は雨の降るのを待って出るという用心をする。でも、もしかして風水のせいかもしれない。そうなのだ、我が住居はごった返しのままなのだ。片付けなくてはならない。雨も降ってくれるし、気温も下がってくれるし、これでひと安心。そろそろ本物のクリスマスツリーが街角に飾られる時期である。しかしもう年末なんて早すぎるよ~!
2005年11月14日
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昔のヒット曲である。真っ赤な薔薇が咲いたという歌詞は人々の心を明るくした。しかし薔薇には白もあれば、ピンクも黄色もある。黒いというか濃い紫もある。その薔薇のアイスクリームもジャムもある。ヘミングウェイの小説で確か主人公に恋するウグイスが、庭の真っ白な薔薇を自分の血で真っ赤にするという話があった。そして私は今その薔薇に涙する。
2005年11月10日
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中途半端な涼しさよりもぐっと冷えてくれたほうが好き。いいかげんなことや気休めを言われるよりも、相手にはっきりとした態度をとってもらうほうが時間の無駄がないのと同じ。花粉症の検索で原因をみると、花粉だと一年中なんだかんだと空気中を飛んでる。つまり春だから秋だからとい限定出来ないという。3年前ほどまでちり紙を離さない私を見て人から、また風邪なのと言われていた。苦しくはないがすっきりしなかった。それが今度はなりを潜めていた年月をカバーするように一気にやってきた。今回は非常にきつい。電車に乗ると咳きこむのをこらえるのに疲れてしまう。その3年前に体質改善のために生活習慣を変えたのだが、その後各種の健康法を取り入れて今日にいたるのではあるが。なぜかはわからないが、これが本当にバラのせいだとしたら、ちょっと悲しい。公園の庭、他所の庭には今色々な色のバラが満開である。11日は祝日でお店の多くが三連休をとる。ここでは働くよりも休むことが優先されている。もちろん営業するところもあるが、商業に関係なくとも結構秋休みで遠くの熱い太陽と砂を求めて1~2週間の休暇に出てる場合が多い。
2005年11月10日
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これを花粉症というのか、知らないが軽い風邪が尾をひいて鼻がするするする。ずるずるとまではいってない。何が原因でかはわからないけど、昨日まで風邪の延長と思って相手にしなかったのである。それがふと気がついて、以前に一年中くすんくすんしたことを思い出した。特に何もしないでも直ってしまったのだが、結構しんどかった。一ヶ月もたって気がつくとは遅いと我ながら思う。しかしやることが一杯あってそれどころではなかったのかもしれない。昨日からちゃんとそれなりの処置はしている。乾燥しすぎだから余計につらいのである。それに加えて気温が比較的高い(15度以上)のできりっとしないせいもある。
2005年11月09日
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アレルギー鼻炎とかいうのにかかったようである。アロマで何とかしようと、エキスパートのヤスミンさんに尋ねている。空気は乾燥しているからだろう。なんせ洗濯物が乾燥機にかけなくても一晩で乾いてしまう。ヒーターなどかかっていればもっと早い。こちらでは、太陽にあてないで乾燥機で乾かしアイロンで仕上げる。うかうかしてると早く乾いてしまってアイロンがかかりにくくなる。鼻にもアイロンがかけられないものか・・・
2005年11月08日
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この週末は恒例のハードゴスペルの集まりで思い切りストレスを吐き出してきた。知人は私がテラピーにでも出かけているのかと勘違いするぐらいに、後味が良い。そこに一年以上も姿を見せなかったフランス人の女性が、久しぶりに顔を見せた。どうしていたのだと聞くより彼女のほうから、理由を説明してくれた。彼女は母親になったのだった。つまり妊娠して休暇をとって、更に育児休暇をとって。。。日曜日のオープンコンサートにはエドワード君(6ヶ月)とその父親ジャックがやってきた。他の連中は急に彼女が来なくなったので幾分心配したものの、個人の生活に立ち入らないのがこちら風、誰もまさかそういうことで欠席していたとは思いもよらなかったようである。女は少女から妻、母親と、呼び方もマドモワゼルからマダムと変化する。男は少年から夫、父親となってもムッシュウと無変化。日本語だと区別なく、苗字が変わるだけ。それも最近は変わらないのが増えている。呼び方や名前がいくら変わっても本人はそう簡単には変わらない。
2005年11月07日
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秋は夜が長い。確かに冬時間にもどってからというもの、朝はまだいいが、夕方が早い。特に何も無くても帰り足が速まる。そうでなくてもやることが多いので、仕事が終わればさっさと帰宅してしまいがち。そして夜、読書や映画でどうしても就寝が遅くなる。朝が起きれない。寒い。もうあと3分だけ…朝型人間はそれでもさっと起きれる、という。ちなみに人間の脳は体はだめでも、ちゃんと朝を認識し、明るくなると体に「もう起きろ」と命令するらしい。ところがいつまでも暗いと、そのままでもあるというのをどこかで読んだばかりである。私はカーテンも薄く、夜は月の光が、日中は太陽のあかりが遠慮なく侵入している。しかし起きれないときはどうしても起きれない。目覚ましが鳴っていようが、電話が鳴ろうが体が立たない。私の脳はどうしたのだろうか。疲れた私をかばっているようでもある。
2005年11月04日
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北アメリカでは遺灰を送るとダイヤモンドに詰めてくれる。これはペット用から始まり、今は人間のもやってくれるらしい。値段も結構するようだが、常に一緒というのがうけているという。場所をとる墓地でなく、灰の安置所管理事務所から、身に着ける装飾品にと人は死ぬと小さくなる。それも灰をどこかに撒けばそれで何も残らない。秋にプラタナスの落ち葉が道を覆い、しとしと雨が降って、静かに朽ちて、いつの間にか消えていくのと同じ。歩行者はその道を何も考えずに通り過ぎ去る。*テレビのニュースでは死者の日にちなんでか、話題もどこの墓地が善いとか、悪いとかがまだ続いている。しかしどれも決して暗いイメージはこれっぽっちも無い。特に今年は晴天続きだったせいだろう。
2005年11月04日
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なぜか稀な太陽の光を受けて嬉しそうにきらきらしてます。輝くというほどではありませんけど、そよ風になびいているのでしょうか。でも太陽がかげると、そこにはただの黄色い葉があるのみ。何の木なのかよくわかりません。イチョウではありません。ポプラでしょうか。木の上だけが黄色いのです。部分的に色が変わるなんて面白いですね。黄金がきらきらしているみたいです。紅くなる葉より、黄色に染まる葉が目に付きます。自然は正直です。
2005年11月03日
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昔中国のある国にお役所にとても美しく若い男の人が勤めにあがりました。彼はとても若く、女の子のような優しい顔をして、物腰もたおやかでした。いつも彼はひとりで付き合いが悪いと言って同僚の男たちは、無理やり彼を誘いました。お酒を飲ませて乱れたところを見てやろうという思惑からです。(おじさん根性っていやですね)すっかり酔わされてしまったその青年は、ふらふらと庭によろける様に出ました。それを見ていた同僚のひとりが、今だとばかりそっとついていきました。ところがどうでしょう。庭には出口もないのに、さっきの美青年は消えてしまったのです。あきらめて酒宴にもどろうとすると、ほのかな実に品の良いかおりがどこからともなくします。よく見ると見たことも無いほど大きくて美しい一輪の菊がそこに咲いておりました。というのが私が学校で聞いた話でした。菊の季節ですね。中国からやってきた花ですね。日本のパスポートには今もまだついてますよね。
2005年11月02日
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人によってもちろん違うが、私は今回栗の渋皮煮に挑戦した。 まさにこの挑むといわんばかりで、皮むきは大変な仕事である。 昔はおそらく大勢で丸くなりながら、女性が渋皮を傷つけずに外の殻だけをうまくむ いたのだろう。これをひとりでやると、親指の爪が深くはいってもう痛いの痛いの~ まだ甘露煮なら全部むいてしまうからいいものの、来年はもう作らないぞ~ とはいっても、季節物は何となく、その時期に体が要求するのか、毎年新しいナイフ を買ってくる私である。 出来は最高。しかし量が思ったより少ないのでご近所には配らない。 冷凍しておいて少しづつ食べると本にあった。 日本なら、そして稲城の叔母の近くだったら、彼女が分けてくれそうなもの~ そしてヨモギ餅とか~ お団子とか~ ぜんまいの煮付けとかも さらに煮豆とかも おふくろの味である。 うちの母は昔からいろいろと台所で作っていた。 しかし量が少なくて、試しにやっているみたいだった。 父と一緒に食べようとして作ったのだろうけど、彼はいつも遅くてゆっくり食事はし なかった。それでも何でも彼女は父と食べたがり、戴いたお菓子ものりも塩こぶも全 部しまってしまう(大阪では:なおしてしまう)のである。そのうち父と食べる機会 がないとそのまま忘れられて、時々黴のはえたお菓子が出てくる。 子供ながらにそれには、非常に立腹した。 仕舞い込むことでなく、食べ物を腐らせたことに対してである。 うちは大家族の分類に入っていたので、食事や食べ物を残すことは考えられなかっ た。 炭酸煎餅も一度開ければ、それがぼろぼろであろうが、湿っていようが、全部食べた ものだった。ある日ひとりっこの従姉妹のところに泊りがけで行ったとき、湿ったせ んべいの缶を見つけて、私は泣いてしまった。その子は食べたくないからそのまま置 いていると言う。我が家では想像もつかないことだった。いやに苦しかった思いをし たのを覚えている。 現在我が息子には、それをことさら強いた記憶はないが、幼児の頃「きれいに食べ て」というのを聞いて食事したことを忘れないらしい。確かに食べ終わるまで席を立 たせなかった。 「いらないものは、最初から手をつけない」、食べ物で遊ぶ人を見たら腹が立つよ り、悲しい。よくレストランでフランスパンをちぎってこねって遊んで捨てる人がい る。バゲットの中身は消化に悪いと言って、捨てる人が結構いる。 いちいち腹を立てても仕方ないが、どこの国でも無駄はある。 休みの日に無駄なことをするのとどう違うのか・・・
2005年11月02日
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今日から61日で今年は終わる。商店では、もうクリスマスの飾りが見え隠れする。日本人にはあんまり関係ないはずのキリスト生誕が、見事日本の習慣になっている。子供たちはその夜のプレゼントを心待ちにするもので、ケーキ屋ではクリスマスケーキなるものを売る。そして親しい人にクリスマスプレゼントとなる。ハロウィーンもそうだが、日本では一年を通して物をよく贈る。特に中元、歳暮は昔から季節の変わり目と共に存在してきた。最近季節のけじめが緩んでいるが、このまま行くと、暑くなった、寒くなったでなく、カレンダーを見て、梅雨だ大寒だということになる。人間の自然の感覚で判断していた時代はどこへ行ってしまったのだろう。
2005年11月01日
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