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インスリンを打っていると、日常でも常に自分の血糖値が今どのくらいか、見当をつけておく必要がある。低血糖を避けるためだ。家に居ていつでも補食出来たり、いざとなったときブドウ糖を摂れる状態なら問題はない。一番気を使うのが、長時間拘束されるときだ。特に検定試験などは途中退座やカバンをゴソゴソするわけにいかない。何より、低血糖になったら、おバカな頭脳はますますピンチである。試験開始前に血糖値を測り、数時間は大丈夫であるのを確認しておく。しかし、もしも極度に下がったらどうしょうと不安になる。先日の試験では、試験官に注意されたらその時は説明すればよいと、甘いものを机の上に用意した。飲み物は置いてはいけませんと言われ、ジュースは置くわけにいかない。飴玉を2個置いた。これではおやつに見られるかも知れないと、ブドウ糖も1袋出しておいた。会場は大会議室で100人ほどいたが、私の席は試験管の目の前の最前列であった。お陰(?)で怪しい言葉一つかけられず、低血糖もなく試験が受けられた。
2008年01月29日
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昨年から気にかかっていた試験。ファイナルシャルプランナー3級。今日が検定試験。1ヶ月試験勉強期間に当てていたが、お正月、さらに義母の入院と勉強を阻止する出来事が多かった。それをいい事に、半ば受験を諦めていた。というより、受かるはずもない受験は気がすすまなかった。しかし、講義の先生から発破をかけられ直前、集中勉強をやむなくした。昨日から降った雪が受験する心を妨げようとしていたが、それにも増して挑戦力を発して出発した。自信もなにもないままの受験だった。会場に到着すると、受験者の年齢の幅の大きさとその数にびっくりした。受験を終え、もっと勉強すればよかったと悔やんだ。家に帰り早速答えあわせをした、嘆くほどでもなかったが合否は如何に。
2008年01月27日
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このほど老人保健施設で研修を受ける機会があった。義母の入所しているところとは別のところである。義母は入所しているが施設の中を案内してもらったこともないし、実際の入浴なども見たことがない。研修では、施設内の案内や説明はもちろん、朝のミーティングから入浴、食事風景まで見せていただいた。そして少し介助もさせてもらった。特浴とか言われる、入浴もはじめてみた。風呂上りのケアやオムツの仕方、衣服の着せ方、移乗、移動も観察した。苦労して自分流にしていたことも余分な力を使うことなく簡単に出来る方法が色々あった。オムツも、もれない当て方や使い方など大変参考になった。今日の研修は、全て認知症の方たちばかりで義母とつい比較してしまう部分があった。実習時、認知症の方との話は任せてくださいとばかりに近づき話かけた。一見怖そうな男性でしたが、話してみるととても明るく近所の地名を言い合った。また、昔の話を楽しそうにして、踊ってくださった方も・・・。私も、隣の人も真似して踊ってしまったほどだ。利用はさせてもらっていても、実際を知らない老健施設。義母もこのようにしてもらっているかと思ったら心が和らいだ。
2008年01月22日
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ベッドのリースも間に合い、退院後は5日間自宅療養した。通常だと居間にいる時間が多いが、今回は寝室のベッドの上が多かった。寝ているわけではないが、大事ないつものカバンの中身を入れたり出したりで1日過ごしていた。自宅に戻るのは5ヶ月振りなのにその行動は少しも変わっていない。夜も部屋から出ることなく過ごしてくれた。食事もお替りをして食べるほどになった。自宅での5日間が終わり約束の入所の日が来た。いつもと変わらぬ会話をして入所先に向かった。見覚えのあるその部屋に入るのにためらいはなかったようだ。ただ、風邪が流行っているということで私は中へ入れなかった。その後どんな様子だったかは想像できない。1週間後、着替えを持っていったが、まだ面会は出来なかった。「良くなって良かったですね、お元気ですよ。」という職員の方の言葉に安心して帰ってきた。
2008年01月18日
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退院後はすぐに入所を予定していた。しかし、退院は11日だし3連休は夫も帰るので、連休明けに入所をお願いした。3日間の自宅療養は大変だなあ。でも、正月の外泊も出来なかったことだし・・・。引き上げてもらったベッドを再手配し、部屋を掃除し準備を整えて、夕方病院に行った。朝持ち帰ったばかりなのに汚れ物が多く、看護師さんに手数をかけたことがうかがえた。オムツももうない。夕食時間まで時間があったので買い物に出かけた。今日は息子の誕生日だし、夕食で乾杯しようとマーケットを見回していた。その時、赴任中の夫から電話が入った。病院から、ばあちゃんの面倒が見切れないから外泊か、家の人が付いてくださいという内容の電話があったそうだ。えー!今まで病院にいたのに一言もそんなこと聞いてないよ。病院に戻って知らぬフリをしていた。はじめて見る看護師長らしき人が寄ってきて、口早に説明してくれた。どうやら本当らしい。看護師さんたちのストレスも来るところまで来たのだろう。仕方がない、息子と連絡をとった。他の人もいるのに、面会謝絶室に泊まることなど到底出来ない。義母を連れて家に帰ることにした。もう治療もないし、退院許可も出ているのでこのまま退院でよろしいですということだった。なんと急なことだ。せめて夕食ぐらい食べさせてくれ。何もわからない義母は、いつものように夕食を全部平らげた。荷物をまとめ逃げるように退院した。
2008年01月10日
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義母はめきめき元気になり、点滴もしなくてよくなったので、24時間介護体制は元旦から免除してもらった。良くなるほどに口や体の動きも活発になる。病院側にとっても認知症のそれの対応はとても大変だ。夫も赴任先に帰ったので息子と交替で3度の食事時間だけ病院に行くことにした。4日の朝のことだった、部屋に行くとベッドごと義母がいない。昨夜の様子が想像された。案の定、夜中に出歩き他人の個室に入り込んだらしい。寝たきりだったのにすたこら歩いたのだろうか。義母はどこに? やっぱり個室か?なんと、ナースステーションの横の面会謝絶室に引越ししていた。それからというもの面会謝絶室に足を運んだ。今日(8日)は、私の通院日だったので義母は息子に任せ、京都の病院に行った。途中、義母の退院が11日だという連絡を受けた。
2008年01月08日
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