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鶴田八幡宮
祭神:十五代応神天皇
「大同2年(807年)、坂上田村麻呂が蝦夷を退散せしめこの地を平定せり、依って同年9月、大川畔の木を伐りて神殿を造営し、蝦夷退散国中安泰守護神を勧請し、敬仰せり」とあります。
その後、天正2年(1574年)に度重なる岩木川決壊のため、現在の地に遷座をいたしました。安永3年(1774年)、板屋野木村 宝量宮(板柳町銀座 海童神社 )と共に、当時の行政区画である赤田組祈願所に指定され、津軽七代信寧公より、武運長久風雨順時五穀成就組中安全祈願のため、伊勢神宮の御田扇御神宝一通、太神宮大麻、鳴弦守が奉納され、6月1日に宝量宮と一年交代で神楽を行うことを命ぜられました。安永5年(1776年)には再び藩主より奉納され、七年交代で神輿渡御をするよう命ぜられました。
現社殿は昭和34年に竣功となり、現在に至ります。
弥生画
天明年間(1781~1788年)、津軽は大飢饉に襲われました。
翌、寛政元年(1789年)に、ここに暮らす人々が、残り少ない穀物の種子を持ち寄り、餅を使い、板に張り付けて神社に奉納し、五穀豊穣を願いました。すると秋には大豊作となり、人々は大いに喜び、神に感謝をし、毎年元旦には、必ず弥生画を奉納するようになったと伝えられています。
奉納された弥生画はその後、全て種子として使用されたため、現存するものは残っておりません。ですが、近年奉納されたものは、道の駅「鶴の里あるじゃ」に展示されています。




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