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上顎プレートを始めて2ヶ月ちょっとが経つ。左右に2ミリくらい広がったようだ。今は5日に1回ネジを回している。5回で1ミリくらい広がっている感じに見える。虫歯の治療で詰め物をしたら、歯にはまらなくなってしまい、すぐに調整してもらったくらいで他にトラブルはない。あくまでも矯正歯科、虫歯の治療は行わないのだ。広がりは順調のようで、前歯に隙間ができてきた。器具をつけ始めたのは、乳歯の前歯がが抜けて、永久歯が生えてくる前だったので、生えてきた永久歯に隙間があるので違和感がある。が、これは想定されたことで、こうならないとダメなんだとか。専門的なことは分からないが、先生の言っていることは理解できている。またこれを1ヶ月は継続していく。 このプレートは食事の時意外、口の中に入れておく。朝外したら、入れ歯洗浄剤に漬け、食事が終わると歯磨きをして、ついでにそれも洗って口に入れる。毎日のことだが、怠ると匂うので毎朝必ず洗浄することにしている。
December 26, 2009
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地元の耳鼻科受診。アデノイド切除後初めての診察だが、Dr(紹介元)は執刀医(紹介先)とオペの話をしており、だいたいどのような状態だったかを把握していたようだ。やはり稀な症例と言うことで、無事オペを終えたことを喜んでいたようだった。が、やはり彼の無呼吸は骨格に原因があると位置付けたようだ。確かにイビキは随分改善されたが。無呼吸はあるし、座位で眠ることもある。唯一なくなったのは寝ぼけくらいなもんで。
December 15, 2009
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退院後再診。鼻からファイバーで切除後のアデノイドを見る。すっかり元の粘膜に戻っているようだ。しかも増殖の気配はない。無呼吸はあるようだが、イビキは少し良くなったと言うと、いっちゃんねるは、「ママも手術してもらったら!イビキ治るよ!」と…どうでもいいこといわなくていいんだよ… 無呼吸は1ヶ月くらいしたら、また検査しましょう。多少良くなってるといいんだけどね。紹介元のDrのところはいつ行く予定?行く予定があるなら経過報告、持っていったほうが良いよね。う~ん。無呼吸はやっぱり骨格の問題かもね…耳は作らないの?耳は、ここの形成でも作るよ、一度診てもらうと良いよ、東大の教授がここでチーム作ってオペしてる、全国から患者さん来てるよ。内耳の手前まで形成してるから補聴器も必要なくなるかもしれないしね、まぁ、もっと大きくならないとできないけどね…。耳と顎って言ったら、そうだなぁ…教科書的には耳のほうが先になるかな…最も顎はウチじゃやらないけどね、一つのオペをクリアしてもまた次が何年後かに控えてる。歯科の矯正も、成功しても骨ごと前に出すオペが必要になるかも。それまで資本をためないと。
December 14, 2009
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時間を持て余していると言うことで、予定より早い退院となった。固いものの食事意外は、普通どおりに生活していいと言われたが、インフルエンザが蔓延しているので今週いっぱいは学校を休むことにした。
December 8, 2009
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もうすっかりいつもの元気を取り戻し、食事が常食になるのを待つだけの今日夕方。夕食の準備でお茶をもらいに行こうとすると、看護士が隣の空きベッドに布団の用意を始めた。夕方、間もなく夕食の時間、と言うことは、緊急搬送に違いない…七分粥と、根菜の煮物の質素な食事に温泉卵を割ってあげると、あっという間におかずだけ平らげて、お粥はのざえながら口に運ぶ…常食の子どもには果物がついていたが、彼にはなく、残念がっていたので、冷蔵庫にヨーグルトを取りに行った。ストレッチャーで運ばれてきた少年は泣き叫んでいた。痛いよ、助けて、と絶叫。左足が固定されていて、すでに処置済みで、怪我であることが分かったが、病室の空気が固まるくらい、スゴイ叫び声だった。カーテンを引いても気休めにしかならない。看護士と外科医とが代わる代わる触診しているようで、そのたびに やめて~ と呻き声をあげる。食器を早々に片付け、歯磨き、うがいをすると、トイレに行って来る、と言いいっちゃんねるはベッドから降りる。が、いつになっても帰ってこない。トイレにカギはかかっておらず、そっと覗いて見ると、ドアに寄りかかって硬直しているいっちゃんねるがいた。少年の叫び声に怯えていることは一目瞭然で、トイレに立てこもったことも、彼の声から逃れたいことも瞬時に理解できた。大丈夫、大丈夫、となだめても不安らしい。抱っこして病棟内をゆっくり歩く。今まで周りの子は比較的元気な子ばかりだったから、ショックだったのだろう。病棟の一番端の院内学級まで行くと、少年の声は聞こえない。院内学級を覗くと小さなクリスマスツリーが飾ってあり、作りかけの飾りなども置いてあった。廊下には遠足の写真や書道の作品が掲示してあり、一つ一つをじっくり見ていく。通路にはいわむらかずおの絵本から一部が額に飾ってあり、病室の入り口一つ一つやトイレの入り口にも ねずみの子がタイルになって貼ってある。一つ一つを見ていくうちに、自分の病室に近づく…少年は落ち着いたようだった。ほかの患児たちも思い思いにテレビを見たり、ゲームをしたりしていた。大丈夫、大丈夫、そう言っても抱っこをせがむ。テレビを見てても上の空、カーテン越しの隣のベッドが気になるらしい。お腹がすいた、のどが渇いたと言い、あれだけ泣いて意識もしっかりしてるのだから、骨折くらいなんだろう。母親らしき人がやってきて、お騒がせしてすみません、事故で、と声を詰まらせていた。しばらくして、学校の先生や、祖父母と思われる人たちが代わる代わるやってきて、状況を話し、その会話から左足を3ヶ所骨折していて、お腹や頭には異常がないようだった。 いっちゃんねるには、その少年がそんな状態でイタイから、くれぐれも静かにしてるようにと釘をさした。 その夜は、消灯時間ギリギリまでいてあげた。出入り口が閉まっちゃうから、と言って病室を後にした。
December 7, 2009
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予定通り朝一番のオペ。ストレッチャーで運ばれていった遠い記憶しかない私。何回かオペしてるはずだけど、確か処置室で点滴を挿してからストレッチャーに乗せて…あれって乳児だったからなのかな…歩ける患者は自分の足で手術室に向かう…常識なのか…手術室の前はスゴイ混み様で、入り口でオペ用のキャップを被らされるのが大きくて、思わず笑っちゃったけど、手を振って離れて、奥に消えていった時は、きっと彼も不安だったに違いない。 手術室入り口まで付き添う患者の家族の声が、あんなにちっちゃいのにね~って遠くから聞こえたけれど、それが彼の生きる道なのだともう一度、間違ってはいないと、言いたかった。 ドラマのようにオペ室の前で待つことはなく、病棟前のベンチスペースで呼ばれるのを待つ。予定は1時間半くらい。 窓からドクターヘリが見えた。今から飛ぶところなのかは分からなかったが、朝日に照らされてヘリポートの門が開いている。 そもそもどうしても必要な手術なのかと聞かれると、したほうが良いだけであって、したからと言って無呼吸が改善されるとか、そこまで期待はできない状態だった。 そしてオペでアデノイドを取ったからといっても、再び増殖する可能性もあるわけで、一時しのぎの対処として切除することにしたようなものだ。とにかくやらないで無呼吸状態でいることは良くないから、やってみましょう、そんな感じなのだ。麻酔科は麻酔科で非常に稀なケースなので、オペ前の麻酔の段階で、麻酔の方法が変わるかもしれない、気管切開もありうる、そう言った。ヘリが飛んでいった。そうしている間に大きな荷物を持った、今日入院の子が何組か病棟に入っていく。そんなに予定のオペをする子どもがいるなんて、健康ってありがたいとしみじみと思う。1時間半経ったがまだ呼ばれない。あとからオペ室に入った乳児が先にベッドで戻ってくる。お腹を開いたりするオペじゃないから簡単だろうな…って思っていたから余計に挿管できなくて気切したかな~…と不安にもなり…。 2時間半近くたってようやく呼ばれ、手術室で迎えると、ベッドの上で横になって麻酔から覚めて、声にならない声で泣いているいっちゃんねるがいた。執刀医は、思ったよりも大きくて時間がかかりましたが、全部とりました、予定通り、挿管して呼吸管理し、呼吸も安定している、後でまた病室にいきます、と言った。 良かった、悪いことになっていなくて。 病室に戻るとまた患者が増えていた。看護士は携帯酸素を付け替え、酸素を3リットル流すと言った。他に何もない。サチュレーションとか、いらないんですか?って聞いたら、普通の患者さんはつけないんですよ、って言いながら、しぶしぶどこかから持ってきてつけたけど、ふと見ると、彼の左手に点滴が入っている…すかさず、利き手が左だと言うと、点滴の予定は三日間だけど、今日は絶食、明日から重湯程度になる、食事の時は介助すると言った。こちらから言わないとあえて余計なことはしないような印象だった。何はともあれ、わが子は無事乗り切ったわけで、それだけでも十分だった。ただ、のど渇いた、頭が痛い、と訴えるのを見るのは辛かった。頭が痛くなるのは個人差があるらしいが、放散痛と言って、今まであったものがなくなったわけで、どこかがすっきりとして空間が出来たときに響いたり痛いと感じるらしい。高い山に登った時に気圧の関係で耳や頭が痛くなるような感じの痛みらしい。泣くので鼻水が出る。それに血が混じる。それが次第に鼻血に変わり、本人がびびって余計に泣く。悪循環。見兼ねて看護士を呼ぶと、鼻にティッシュを詰めておけ、と。隣のベッドの子の母親が見えた。酸素してるし、点滴してるし、ぐったりしたいっちゃんねるを見て、どうしたのと聞く。昨日までピンピンして、飛んで跳ね回っていたのだから無理もない。 こうなることは私は分かっていた、が、そんなの見るのが初めての人は、ビックリもするだろう。その日のおやつはアイスクリームで、周りの子がアイスを食べているのを見たら、また悲しくなってしまったようだ。小さな声で泣きながら眠ってしまった。お騒がせしてすみません。きっと明日には良くなるでしょうから、今日のところは本当に許してくださいと頭を下げた。日が暮れて目を覚まし、我に返った彼はまだ自分の置かれている状況に納得できずに泣いている。頭痛いよ、のど渇いたよ、その繰り返し。よだれが飲み込めずに垂れ流しになる。トイレはサチュレーションを外し、点滴を引いて行く。 あんまり泣いて誤嚥したのか、気切孔から血が出てきた。 気切孔に流れ込んだ血がそこで固まって呼吸困難で亡くなった、というニュースがパーッと頭を巡り、慌ててナースコール。吸引機を用意してもらうが、本人が拒否る。痛がるので痛み止めの坐薬を入れてもらうことにした。 しばらくして執刀医がやってきて、24時間以内の出血は通常のものだと説明し(それは聞いていたからこちらは心配はしていなかったが、)気管は大丈夫だが挿管したので腫れがあるかもしれないと言った。その夜は時間いっぱいいてあげた。夕食の時間はカーテンを引いて周りが見えないようにしておいた。
December 2, 2009
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ショック…1ヶ月経ってしまうと書き込むことが出来なくなっている… これは2009.11.30の日記 予定通り入院。(予定より一週間早まった) 子ども医療センターの外科病棟。幼児以上の子供6人部屋。患者は3人。食事制限をかけられている幼稚園男児、経過観察中の児童、翌日オペ予定女児。トイレ、シャワー、ナースステーションを挟んで反対側に無菌室と院内学級がある。2週間以上の入院の子は院内学級に通えるそうだ。 オペまで二日あるいっちゃんねるは、検査も何もないので時間を持て余す。ただ、耳鼻科にオペの説明を受けに行っただけで、朝から晩までベッドの上は息が詰まる。食事が唯一の楽しみとなる。ここの病院のおやつはスゴイ。ジャンクフードが出る。今まで入院は何回か経験あるけど、常食児だからって、ハンバーガーは…どうなの。プレイルームに保育士さんがいる。許可がある子は自由に遊べる。いっちゃんねるも元気なうちは遊べる。ビデオやDVDもたくさんある。テレビカードを買う必要はあるが…。いっちゃんねる、さっそくDVDを借りて見る。夕食が済むと歯みがき、いつもの薬を飲むと、もう帰って良いと言う。お兄ちゃんが一人で可哀想だと言う。まだ7時前。9時までは付き添える。…が、翌日オペの子以外はどの親ももういない。ママもおなか減るから、帰りな、と言う。翌日面会行くのは、どんなに急いだって3時をまわる。12時から面会できるが、3時だよ、と言っておいた。彼は彼でいろんなことを理解している。多少の不安もあるだろう。今夜は眠れないかも知れない…後ろ髪を引かれながら病室を後にする。銀杏並木はすっかり葉を落とし、冷たい空気が頬を射す。
December 1, 2009
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