おしゃれ手紙

2018.04.06
XML
カテゴリ: 国内旅行

4月2日、3日と滋賀県に行ってきた。
■4月3日(火)
石山寺(いしやまでら)
京都府の清水寺や奈良県の長谷寺と並ぶ、日本でも有数の観音霊場であり、西国三十三所観音霊場第13番札所となっている。
また当寺は 『蜻蛉日記』『更級日記』『枕草子』 などの文学作品にも登場し、『源氏物語』の作者紫式部は、石山寺参篭の折に物語の着想を得たとする伝承がある。

春になるとソメイヨシノ、シダレザクラ、ヤマザクラ等約600本のサクラが境内に咲き誇る。

花の寺とも呼ばれ、梅・桜・ツツジ・花菖蒲・紅葉などが四季折々で咲き誇り、訪れる人を楽しませる。
この日は、ツツジが満開だった。

■東大門(重文) - 参道入口の門の仁王像。

入母屋造、瓦葺きで、建久元年(1190年)の建立だが、本堂の礼堂が建立されたのと同時期の近世初期に大幅な修理を受けている。

●くぐり岩●

このあたりの岩は全部大理石である。
岩の中をくぐることが出来る。
この池は、天平時代のものである。

●石山寺本堂●

紫式部が源氏物語を書いたお堂。

石山寺縁起絵巻第四巻第一段には、 紫式部が源氏物語の成就を願って石山寺に籠もり、とっさに浮かんだ情景を経典の裏に書き記したとあります。
奈良時代に東大寺の開祖良弁上人が如意輪観音を安置する草庵を建立したのが始まりで、平安時代に観音信仰が盛んになると本堂の前面に礼堂を設けるようになりました。

観音様は華厳経典で補陀落山上に住まうとされていることから、本堂は山の高いところに造られるため、その前に建てられる礼堂は京都清水寺のように懸造(かけづくり)になることが多いのです

この本堂も礼堂部は 懸造 であり、相の間で正堂と繋がっています。
平安時代中期にはすでに礼堂が存在していたようですが、現在の礼堂は桃山時代に淀君が寄進し、全体の屋根を架け替えて改築されました。
●経蔵(重文) ■●経蔵(重文)
経蔵は、本堂北東の一段高くなったところ、三十八所権現社本殿の背後に建つ高床の校倉で、かつては国宝淳祐内供筆聖教(しゅんにゅうないぐひつしょうぎょう)や重要文化財石山寺一切経(いっさいきょう)・校倉聖教(あぜくらしょうぎょう)等を収蔵した建物である。
建築年代は明確ではないが、木鼻(きばな)の意匠や校木(あぜぎ)の断面形状、垂木(たるき)や桁の反り増しの形状などから、16世紀後期頃の建立と考えられる。
●石山貝塚●
貝塚とは縄文時代に人々が食べた貝の殻が捨てられて堆積したもの。
現在の石山寺の前あたりには、東西約20メートル、南北約50メートルにわたり貝層が堆積し、淡水産貝塚では日本最大の規模。
貝層からは人骨や動物の骨など豊富な遺物が出土。
・・・・・・・・・・・・・・・・
バナー ボタン

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
・・・・・・・・・・・・・・・・





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2018.04.06 10:29:58
コメント(2) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

Favorite Blog

八幡平で♪♪♪ New! snowrun29さん

暑中見舞 New! 桐山陶子さん

北海道ガーデン街道(… New! 隠居人はせじぃさん

無惨に倒れたゴーヤ New! ふろう閑人さん

北アルプス焼岳(そ… New! inti-solさん

Comments

天地 はるな@ Re:昔語り:父の方言(01/26):追加 ●手にあわん 手ごわい、悪い・・・。 悪…
天地 はるな @ Re[1]:天声人語:消えゆくブログ(06/06) 七詩さんへ 今や主流は、インスタやxの時…
七詩 @ Re:天声人語:消えゆくブログ(06/06) そうですか?消えゆくブログではなく、消…
天地 はるな @ Re:昔語り:父の方言(01/26) ●ほとびる *柔らかくなる。ふやける。 安…

Keyword Search

▼キーワード検索

Calendar


© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: