おしゃれ手紙

2026.08.03
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カテゴリ: お出かけ

中之島美術館で開かれている、
カール・ヴァルザー展 ■に行ってきた。

▲《人形の乳母車と少女》1905年以前

カール・ヴァルザーは、20世紀前半に活躍したスイスの美術家です。
20歳代からの約四半世紀をドイツの首都ベルリンで過ごし、象徴主義や印象主義など新しい芸術潮流に触れながら、優美な線や色彩に深い意味を潜ませた、独自の画風を築きました。

▲お土産に買ったしおり。
●(左)《ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト作曲 『フィガロの結婚』衣装デザイン:変装する小姓 》1911年
(右)《ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト作曲 『フィガロの結婚』衣装デザイン:小姓》1911年


書籍の挿絵や室内装飾、壁画も手がけました。

▲《祇園祭、京都・八坂神社》1908年

1908年(明治41)には日本へ旅行し、京都の宮津をはじめ各地に滞在。

▲《歌舞伎の一場面(『壇浦兜軍記』より「阿古屋琴責」)》1908年

▲京都の川床

歌舞伎や祭など、明治期の日本の風俗や風景を生き生きと描いています。

生前の人気にもかかわらず長らく歴史の闇に埋もれていたヴァルザーは、祖国スイスでも近年に再評価が始まったばかりです。
本展は日本初の回顧展であり、出品作すべてが日本初公開です。
スイス絵画の異才、ヴァルザーの創作の軌跡を、絵画や素描など約150点の作品を展示。

小ぶりは絵が多かった。
額が凝っていた。


本の挿絵もかわいらしかった。
★クリムトを擁するウィーン分離派は、前から知っていたのだが、
ベルリン分離派という芸術の動きがあったことを今回初めて知った。

「分離派(セセッション)」とは、19世紀の歴史絵画や伝統芸術からの分離をめざしたドイツ語圏の芸術家の動きである。
ウィーン分離派 - ウィーンで1897年に結成。最も有名。

ベルリン分離派 - ベルリンで1899年に結成。

★カール・ヴァルザーは、スイス生まれで20代から25年間ほどをドイツ・ベルリンで過ごしたという。

その後、現在はフランスのストラスブールでも活動していた。
ストラスブールは、ドイツとフランスを行き来していた土地だから、彼の活躍した時代は、ドイツ領だったのかも。

▲■ ストラスブールのまち ■▼


▲去年、行ったストラスブールの写真を見たが懐かし・・・。▼

▲カール・ヴァルザーも見たはずのストラスブールのまち。



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Last updated  2026.08.03 00:11:10
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天地 はるな@ Re:昔語り:父の方言(01/26):追加 ●手にあわん 手ごわい、悪い・・・。 悪…
天地 はるな @ Re[1]:天声人語:消えゆくブログ(06/06) 七詩さんへ 今や主流は、インスタやxの時…
七詩 @ Re:天声人語:消えゆくブログ(06/06) そうですか?消えゆくブログではなく、消…
天地 はるな @ Re:昔語り:父の方言(01/26) ●ほとびる *柔らかくなる。ふやける。 安…

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