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1967(S42)年7月1日(土)晴ときどき曇 ★§3/発後2日目…油壺・城ヶ島・横須賀方面へ…、車不調で早目に帰寮 写真説明…《左上》城ヶ島/灯台下広場での幸と就学前の娘達 《右下》「良い歯を…」と、お屋根に乳歯をポイした一菜 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 午前中はブラブラと過ごして昼食後、油壺・城ヶ島・横須賀方面へドライブ。 絵葉書やカレンダー等で見慣れていたヨット・ハーバーはやはり美しく目を楽しませてくれた。 昔は船で渡った城ヶ島も、金100円也を払うと車でスーッと渡れてしまった。 何だか風情が感じられない気がした。 帰路、車の調子が少々悪くなったので、用心して横須賀市内見物を中止して7時近くに帰寮。 今夜は早目に床に就く。 (妻・幸筆)--------------------------------------------------------------------------------※(1967.7.1の日記余白、「昔・誠」書き込み記事)*三津浜寮所在地名&お世話になった親切で忘れ得ぬ方々*三津浜寮所在地…三浦市初声○○○番地*管理人さん………STさん*コックさん………HDさん*船頭さん…………HRさん********************************************************************************** 《付記》2004年4月30日の誠、日記再読所感 ☆§3/発後2日目…油壺・城ヶ島・横須賀方面へ…、車不調で早目に帰寮 久々に幸の筆跡が2百字詰め10行のページ全面を埋めていた。 実に6月13日の4行日記以来である。 「昔・誠」も、やはり、旅に出かけてきて良かったと思ったのではあるまいか。 それにしても、今日の日記を読み、あの日の車の故障を思い出した。、 横須賀市街を直前に一休みした時、突然トルコンレバーの「Rレンジ」が良く利かなくなった。 そのため容易に後退ができなくなり、最寄のトヨタの整備工場まで行き点検してもらったところ、 何とトルコンの故障で、本社から部品を取り寄せなければ直らないと言われた。 当時はトルコン車、即ちトルクコンバーター(流体クラッチ式自動変速機)付きの車は極めて僅か。 ギヤチェンジが要らないのは便利だったが、こうした時は大事となり何とも大変だった。 あれから早37年。今は殆どの車がオートマで故障した話は聞いた事もない。便利になったものだ。 ともあれ横須賀観光を中止し、ヨリ慎重運転で寮に引き返したものだった。 マア前進は問題なかったし、後退もユルユルなら動いたので、自宅への帰路も何とかなった。 でも内心はヒヤヒヤもの。無事に自宅まで帰り付けるかと、気が気でなかったものだ。************************************************************************※参考事項★1966(S41)年の大きな動き★ 国内…国債発行による景気上昇の反面、消費者物価問題が深刻化。(通年 ) 航空機事故相次ぐ。下記4事故死者計371人(通年) 全日空機東京湾墜落(2月) カナダ太平洋航空機、羽田空港着陸失敗(3月) 英BOAC機富士山上空で空中分解(3月) 全日空YS11型機松山空港で墜落(11月) 戦後最大の交通スト、公労協・交運共闘統一スト突入。(4月) 新東京国際空港を千葉県成田に閣議決定(7月) 自民党代議士・田中彰治、恐喝・詐欺容疑で逮捕(8月) 山口衆議院議長が東京大証事件に関連して辞任(12月) 世界…英国のビートルズが音楽で世界の寵児に(通年) 中国で文化大革命(通年)★1967(S42)年の大きな動き★ 国内…新宿西口広場が完成(1月) 日航が世界一周線の営業開始(3月) 富山県の奇病イタイイタイ病は三井金属神岡鉱業所廃水が原因 と学会発表(4月) ロータリーエンジン車を東洋工業が発表。自動車保有台数一千 万台を突破(5月) ワンマン宰相・吉田茂が死去。(10月…’89に戦後初の国葬) 那覇市で沖縄の即時無条件返還要求国民大会開催(11月) 消え行く都電。銀座線を廃止(12月) 世界…インドネシアのスカルノ大統領失脚(2月) アラブ諸国とイスラエル間に戦争勃発。スエズ運河を閉鎖。(6 月) 中国が初の水爆実験に成功。(6月) ボリビアでゲリラ闘争中の前キューバ工業相ゲバラが戦死。 (10月) 清朝最後の皇帝溥儀が死去(10月) ベトナム戦激化。米首都で十万人反戦集会のデモ隊が座り込み 。(10月) アラブ連合のアスワン・ハイ・ダムが発電開始。(11月)♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
2004年04月30日
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1967(S42)年6月30日(金)曇 ★§2/出発当日…終業後、一路三浦半島へ。到着直前に道に迷うも、親切な村人に導かれ安着 写真上…樹間から見下ろす油壺湾のヨットハーバー ※当時、我々安サラリーマンには、ヨット なんて別世界に住む連中の乗り物だった。 又そのヨットやバイクで遊び廻る若者を、 庶民は「親の七光り族」とか「湘南族」と 呼んでいた。 それを題材にした例の小説「太陽の季節」が 芥川賞となり、石原兄弟に幸運が微笑んだ。 つまり、此処は彼等の幸運の古巣という訳。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 仕事を4時50分の定刻ピッタリに切り上げて、我家前を5時半ジャストにスタートする。 目的地は三浦半島の突端に程近い三津浜寮だ。 有名な油壺湾に隣接する小網代湾の景勝地にあるという。 箱根路を越え、1時間弱で小田原を通過。大磯の吉田ワンマン邸の傍から海岸へ出る。 美しい磯辺に沿って一直線に伸びるハイ・ウェイ、湘南バイパスに入り一路東進。 エアコンを切り、時々窓を開けて潮風の快さを感じつつ、鎌倉・葉山を経て夜9時安着する。 尤も、安着は安着だったが、途中、最後の1km程で道に迷ってしまい、少々難渋する。 辺りは既に一面暗闇の上、地図の上では南側の付近一帯が断崖のようだ。 些か困惑していると、運良く親切な村人の軽自動車に出会う。 尋ねると、寮まで先導してくれ助かったが、慣れない者には、何とも判りにくい道だった。 (夫・誠筆)********************************************************************************** 《付記》2004年4月29日の誠、日記再読所感 ☆§2/出発当日…終業後、一路三浦半島へ。到着直前に道に迷うも、親切な村人に導かれ安着 この古い旅の記録が出てきたので、ソウだ、この旅の写真が有ったっけなぁと探してみた。 実に懐かしい。 折角だから、コレを各日の日記文中に挿絵としようかと思ったが、何と糊付され剥がれない。 何とか転写する方法はないかと、目下思案中。 尤も大分色褪せしている時代物だし、跡でネガでも探しだしてみよう。 もし今日掲出が間に合わなかったら、後日でも挿入して思い出を濃くしておきたいものだ。
2004年04月29日
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1967(S42)年6月29日(木)晴 ★§1/出発前日…何と、出発一日前の予約申込で、幸運の滑り込みセーフ !! 写真…初めての愛車コロナと私の娘達(1967年・夏) ※当時は未だマイカーもカラー写真も貴重品だった ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 7月3日(月)に今年初めての夏期休暇を取ることにした。 1日(土)が市制記念日であるため、日曜日を挟んで、3日間の連休となる。 幸の体調が予期せざる一件で狂ったので、今年は唯ノンビリと家で夏期休暇を…と思っていた。 だが、やはり連休のうちの一日だけでも何処かへ連れて行って貰いたい。 そう言う幸と娘達の言葉を聞き、思い切って三津浜寮行を提案してみた。 あそこなら、3日続きで口を預けられ、かつ家計にも大きく響く事は無い。 それに幸の手術後の静養にもなりそうだし絶好だ…。 そんな発想をフト思い付いた私である。 だが、さりとて問題は空室だ。 こうも日が押し詰まってからだと、シーズン真っ盛りの週末予約が叶うとは、どうも考えにくい…。 現に先日、庶務部の女子行員が希望日一ヶ月も前に十数人で申し込んだが断られたとの事。 それで、予約申し込みの電話を入れたものか否か思案していた。 すると丁度良く電話のついでがあり、それとなく尋ねると、その3日間だけ何と空いている由。 多分、キャンセルでもあったのだろうが、全く幸運と言うほかはない。 とにかく、この吉報を電話で先ず幸に告げ、明日からの旅の仕度をさせる事にした。 (夫・誠筆)********************************************************************************** 《付記》2004年4月28日の誠、日記再読所感 ☆§1/出発前日…何と直前の予約確定 実家の車を借りてのドライブの思い出は、これまでも再々有った。 でも、この始めてのマイカーを買って以後のロング・ドライブとなると、僅か数度程だった。 この遠出は確か入手直後のゴールデンウィークの、渥美半島・蒲郡・浜名湖方面行き以来だ。 行内情勢の余りの激変に追い捲られ、落ち着いてドライブを楽しむ暇もなかったものなぁ…。 降って湧いたような朗報に小躍りして喜んだ、幼ない頃の娘達の可愛さが脳裏に弾む…。 さて各社の組合健保や厚生年金基金が経営難に陥り、今や厚生寮の身売り転身が続出中だ。 このドライブで利用する事になった三津浜寮も、そうした施設の一つだけに感慨一入である。 私の職場だったS銀行の厚生寮は、この他に箱根と山中湖と浜名湖の四箇所にあった。 何れも、以来在職中に再々利用させてもらったが、私はコノ三津浜寮が最も好きだった。 だがS行の企業年金も本年度から、自主運用の妙味ナシとして国家年金に返上併合された。 これらの厚生寮も、次第に同じ運命を辿るのかも知れないと思う。 尤も、手頃な宿も増えた今は、古くもなっていようし、行員だって余り利用しないかも…。 ともあれコンナ時代が来るなんて、何か夢のようだなぁ…。************************************************************************※参考事項★1966(S41)年の大きな動き★ 国内…国債発行による景気上昇の反面、消費者物価問題が深刻化。(通年 ) 航空機事故相次ぐ。下記4事故死者計371人(通年) 全日空機東京湾墜落(2月) カナダ太平洋航空機、羽田空港着陸失敗(3月) 英BOAC機富士山上空で空中分解(3月) 全日空YS11型機松山空港で墜落(11月) 戦後最大の交通スト、公労協・交運共闘統一スト突入。(4月) 新東京国際空港を千葉県成田に閣議決定(7月) 自民党代議士・田中彰治、恐喝・詐欺容疑で逮捕(8月) 山口衆議院議長が東京大証事件に関連して辞任(12月) 世界…英国のビートルズが音楽で世界の寵児に(通年) 中国で文化大革命(通年)★1967(S42)年の大きな動き★ 国内…新宿西口広場が完成(1月) 日航が世界一周線の営業開始(3月) 富山県の奇病イタイイタイ病は三井金属神岡鉱業所廃水が原因 と学会発表(4月) ロータリーエンジン車を東洋工業が発表。自動車保有台数一千 万台を突破(5月) ワンマン宰相・吉田茂が死去。(10月…’89に戦後初の国葬) 那覇市で沖縄の即時無条件返還要求国民大会開催(11月) 消え行く都電。銀座線を廃止(12月) 世界…インドネシアのスカルノ大統領失脚(2月) アラブ諸国とイスラエル間に戦争勃発。スエズ運河を閉鎖。(6 月) 中国が初の水爆実験に成功。(6月) ボリビアでゲリラ闘争中の前キューバ工業相ゲバラが戦死。 (10月) 清朝最後の皇帝溥儀が死去(10月) ベトナム戦激化。米首都で十万人反戦集会のデモ隊が座り込み 。(10月) アラブ連合のアスワン・ハイ・ダムが発電開始。(11月)♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
2004年04月28日
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27日の日記 古い日記…♪No.378「赤面しどうしの朝(1967.6.28《♂35♀31》)」 1967(S42)年6月28日(水)雨 ★何ともオソマツな朝の一幕に冷汗三斗の思い 今朝も又、正誤表や挨拶状などの原稿をT印刷に納稿してから銀行へ出勤する。 だが朝寝坊して朝食もソコソコに慌てて家を出た為、ウッカリ社会の窓を閉め忘れた侭だった。 しかも、ソウと判ったのは銀行に着いてからで、前の席のTB先生に教えられ愕然とした次第。 全く、朝一番、とんだ失敗をしでかしたものだ。 この恥曝しの格好を他社の人前でも曝したかと思うと唯々赤面、実に汗顔の至りだった。 ところが、今朝のボケナスぶりはコレが全てではなかった。 この後も同僚のM氏に「ネクタイが襟の後ろから飛び出してるよ」と注意される始末。 お蔭で、未だ女房が里帰り中と思いこんでいる後輩のT君からは、 「奥さんのアリガタサが身に染みるでしょう…」 な~んて冷やかされ、散々な目にあってしまった。 ところで昨夕この日記に、“金魚が元気で育っていて喜ばしい”といった事を書いた。 さりながら、何と今朝見ると、一番太った赤い金魚が一匹ご他界になってしまっていた。 これが「良からぬ朝の前兆だったか」と後になって思う。 だが時すでに遅し、残念無念…。 縁起なおしの意味で、帰途、金魚屋に立ち寄り、黒い元気な奴を二匹買足して帰宅する。 (夫・誠筆)********************************************************************************** 《付記》2004年4月27日の誠、日記再読所感 ☆何ともオソマツな朝の一幕に冷汗三斗の思い 昨26日の古い日記「金魚の水と我家の健康(1967.6.27)」に、こんなカキコを戴いた。 実は、その「TONO9784さん」への御礼文の後半が、今日の日記に対する私の思いソノモノ。 で、手っ取り早くソチラへ飛んで見ていただこうかとも思ったが、タグに無知なコチトラ。 それに、掲示板のカキコは暫くすれば新しいカキコに次第に押し出されてしまう運命…。 それなら一層のこと、その応答文を此処へ転載し、今日の再読所感の本文に代えよう。 そう思った次第である。 マアそんな訳で、以下、手抜き所感で恐縮ながら、先ずは御笑覧を…。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆「TONO9784さん」より⇒「若水誠」へのカキコ 『Re:26日の日記 古い日記…♪No.377「金魚の水と我家の健康(1967.6.27《♂35♀31》)」』こんにちは!「富士の湧水が水源の水でスクスク育っている金魚を見て、家族の健康上からも、好結果を得ているに違いないと思う。」・・・・日記記事から・・・我が家も金魚育てるのに苦労してました。池があったころはよかったのですが・・たまに猫が遊びに来て、動きの遅い金魚を手先ですくっていました。そんな危険な環境に慣らされた金魚たちは、早い動きを身につけていましたよ。池の水の交換の時にはなかなか捕まえられませんでした・笑。富士の湧水はきっと天然のミネラル成分がたっぷり入っているのでしょうね。では、またよろしく!TONOでした。PS.私の今日の日記「イルカ」の写真付きですよ・笑。 (4月26日12時26分) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ☆「若水誠」より⇒「TONO9784さん」へのカキコ 『Re:“月の神秘”』(副題「金魚とイルカ」) カキコ有り難うございました。本当に、金魚もイルカも、大きさ随分と違うのに可愛い動物ですね。でも、金魚は煮ても焼いても食べれないと言うので、多分、味は美味でないだろうなぁ。その点、イルカは牛蒡と一緒に味噌煮にすると美味しくって栄養タップリ。イルカ君の親友らしいTONOさんに嫌われそうだが、静岡の人間は好きな人が多いいんだ。でも、船に寄り添って楽しげに泳ぐ無邪気で利口なイルカ君を思うと、やはり酷かもね。ソウソウ、この金魚の話には後日譚があって、丁度今、明28日分として下書きしたばかりでした。そのためTONOさんに是非読んで戴きたいところですが、実は見られちゃ困る記事が前半に書かれていたんです。それも特にTONOさんは「My Fair Lady」的な女性なんで、「昔・誠」に大恥かかせそう。ああ、ドナイしょう…。思い切って前半を「…(前略)…」とし、非公開部分に移しちゃおうかしら…。でも、それでは余りに素っ気無くなるし、後半に前後の脈絡あっての文節もあるものなぁ。ハハハ、もう古稀過ぎてハートも苔むしたコノ「今・誠」としたことが、何を今更オタオタしてんだろう。それにソンナ私が、元よりTONOさんをデートに誘う程の勇気も魂胆もある筈もなし…。(トホホ…)まあイイか、本当にオッチョコチョイな若者だった「昔・誠」の一面も、ついでに見てやって下さい。(4月26日17時8分) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ と、マアこんなカキコを交わしたわけでしたが、本当にこの『古い日記』を復刻するのは、 本当に毎日ビクビク物なんです。 内容が玉石混交しているのは始めから覚悟の上でしたが、何しろ「昔・誠」も「今・誠」も 馬鹿正直で融通が利かず、幾星霜を経ても、懲りず代わらず開けっぴろげで困っちゃいます。 だから、毎日愛読してくれてる親友のUC君からも、何度電話で袖を引っ張られたことか…。 「ホンマに、気を揉ませ続けてカンニンドッセ !!」(トホホ)。
2004年04月27日
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1967(S42)年6月27日(火)晴 ★夜店で買った金魚を見ながら思った事 先日、一菜(カズナ)と街へ出たついでに夜店で買って来た一匹・金二十円也の金魚五匹が、 このところ毎日の食事時を楽しませてくれている。 食卓の脇の洋酒棚の上に金魚鉢を置いてあるので、何時もソレとなく目に触れるのだが、 今まで幾度飼っても、水が悪かった為か何時も上手く育て得なかった苦い経験を思い出す。 無事に大きくなってくれと、吾が子同様に祈ること切なり。 金魚と言えば、先夜兄と呑みに行った折、金魚鉢の中へ同席したイタズラ好きな酔客が、 ママの注目を引こうとしてか、隙を見てビールを二・三杯入れてしまった。 この為、アララと思っている内に弱っていき、死に瀕してパクパクしている金魚がいた。 だが他の客が水を入れ替え、塩を入れれば大丈夫と教え、事なきを得た事を思い出す。 以前に何度も我家で飼い、直ぐ死んでしまった金魚は、市水が引かれる前で井戸水で飼った。 それで、海に近い我家の井戸水は、多少塩気があるから育たないものと思い込んでいた。 でも、この例からすると別な理由だったのかもしれない。 何れにせよ今は市水も引かれ、富士の湧水が水源の水でスクスク育っている金魚を見て、 家族の健康上からも、好結果を得ているに違いないと思う。 (夫・誠筆) ********************************************************************************** 《付記》2004年4月26日の誠、日記再読所感 ☆夜店で買った金魚を見ながら思った事 (以下、後日執筆予定) ************************************************************************※参考事項★1966(S41)年の大きな動き★ 国内…国債発行による景気上昇の反面、消費者物価問題が深刻化。(通年 ) 航空機事故相次ぐ。下記4事故死者計371人(通年) 全日空機東京湾墜落(2月) カナダ太平洋航空機、羽田空港着陸失敗(3月) 英BOAC機富士山上空で空中分解(3月) 全日空YS11型機松山空港で墜落(11月) 戦後最大の交通スト、公労協・交運共闘統一スト突入。(4月) 新東京国際空港を千葉県成田に閣議決定(7月) 自民党代議士・田中彰治、恐喝・詐欺容疑で逮捕(8月) 山口衆議院議長が東京大証事件に関連して辞任(12月) 世界…英国のビートルズが音楽で世界の寵児に(通年) 中国で文化大革命(通年)★1967(S42)年の大きな動き★ 国内…新宿西口広場が完成(1月) 日航が世界一周線の営業開始(3月) 富山県の奇病イタイイタイ病は三井金属神岡鉱業所廃水が原因 と学会発表(4月) ロータリーエンジン車を東洋工業が発表。自動車保有台数一千 万台を突破(5月) ワンマン宰相・吉田茂が死去。(10月…’89に戦後初の国葬) 那覇市で沖縄の即時無条件返還要求国民大会開催(11月) 消え行く都電。銀座線を廃止(12月) 世界…インドネシアのスカルノ大統領失脚(2月) アラブ諸国とイスラエル間に戦争勃発。スエズ運河を閉鎖。(6 月) 中国が初の水爆実験に成功。(6月) ボリビアでゲリラ闘争中の前キューバ工業相ゲバラが戦死。 (10月) 清朝最後の皇帝溥儀が死去(10月) ベトナム戦激化。米首都で十万人反戦集会のデモ隊が座り込み 。(10月) アラブ連合のアスワン・ハイ・ダムが発電開始。(11月)♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
2004年04月26日
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25日の日記 古い日記…♪No.376「久々の雨の前後/会長旌表撮影の後日談(1967.6.26《♂35♀31》)」 1967(S42)年6月26日(月)晴 ★§1.久々の雨の前後(珍しく日帰りでSB君来訪&ドブさらいの後の豪雨) 昨夜は連絡を受けていたとおりSB君が来訪。 お祝いのメッセージを託しておいたTK君の結婚披露宴の模様等、面白おかしく話して帰る。 泊まっていくように言ったが、これからまだ他に会う人が居るとかで、三島まで送って行く。 ところで、久方ぶりに雨らしい雨が降って、今朝は家の前の道は泥海。 オマケに昨日は、お向かいのSZさんの奥さん達が、前のドブの底を攫(サラ)ったばかり。 それを例の如く道の真ん中に棄て、そのうち自然に乾く筈と放置してあったからサア大変 !! 尚のこと始末の悪い結果となり、そこら一面ヌタヌタで門も塀も車が跳ねた泥でドロドロだ。 いつも家内や子供が世話になっている事だし、表立って苦情も言えず全く困った問題である。 (夫・誠筆) ★§2.会長旌表撮影の後日談(大金掛けた特殊撮影の結末) ところで、一昨日苦労して撮影した「会長旌表(セイヒョウ)」の拓本写真が仕上がってきた。 だが結果が余り思わしくない。写真屋のMYさんも、朱墨の薄さにスッカリ音をあげた様子。 それでも「プロセス」と言う、ASA 0.5の特殊フィルムを使った為、思ったより良く撮れた。 だが、これでも未だ凸版印刷には不向きとの事で止むなく頭取に相談した。 その結果、前に普通感材で撮影した写真の方が、気に入らないが少しはマシだろうとの事。 結局、東京から額装屋まで呼び撮り直した写真だが、骨折り損で何の役にも立たずじまい。 特大の額と嵌められたガラスを壁面から外し戻しする費用と写真代、計二万円程がパー。 何と物の冥利の悪い事か…。ああ、勿体ない !! 尚せめて後日何かの資料にもなればと、この特殊フィルムでの撮影データを書き残しておく。 ※「プロセス(ASA 0.5)」露出メモ * 撮影条件………自然光のみ * シャッター……20秒 * 絞り……………11 因みに、この露出値は正に江戸時代に首枷(クビカセ)をしてブレを防いだ頃の数値。 こんなフィルムも有ったんだと驚き、妙に感心したりしたものだった。 (夫・誠筆)********************************************************************************** 《付記》2004年4月25日の誠、日記再読所感 ☆久々の雨の前後(珍しく日帰りでSB君来訪&ドブさらいの後の豪雨) * その1…珍しく日帰りでSB君来訪 前日、珍しく日帰りするというので三島まで車で送っていったSB君が語ったTK君の結婚披露宴。 その様子については、今もう何も憶えていない。唯、その結婚は確か一年も経ずに破綻した。 その原因が何であったか等と彼に会っても聞ける訳もないし、もとよりソンナ関心もない私だが、 唯、その時に贈ろうとした夫婦日記帳の新婦名を、何とも苦笑したくなる誤記をしてしまい大慌て。 幸い、何とか事無きを得たとは言え、コレばかりは「今・誠」も改めて苦笑させられたものだった。 その思い出の記事を今一度、新たな来訪者の為に…と探し出したところ、それが何と4月1日。 偶然のイタズラとは言え、エイプリルフールに始まる記事となっていたなんてとコレまた苦笑。 そのサワリの部分に当たる後日譚を翌2日の余白記事から以下抜粋、転載しておくこととした。------------------------------------------------------------------------※(1967.5.27の日記余白、「昔・誠」書き込み記事) * 旧友TK君への結婚祝品、「名入夫婦日記」の新婦名誤記騒動 朝、銀行へTR兄より電話があり、昨日託送したTK君への結婚祝品、「名入夫婦日記」の新婦名は「万子(カズコ)」でなく「万枝(カズエ)」との事。 「お前、“万子”なんか書いたもの贈ったら、読み方次第で結婚早々大騒動だぞ…」 なんて言って大笑い。 ドチラの言い間違いか聞き間違いか知らないが、ホンマ、エライコッチャ !! 早速、「万枝」と訂正したネームを刻ませ送付する。 尚、ついでながら、TR兄にも同じ「名入夫婦日記」を贈る事にして作製。 併せて急ぎ託送した。------------------------------------------------------------------------ *その2…ドブさらいの後の豪雨 我家は公道から少し高い砂丘の上に建っていて、向かいのお宅より1~2mほど高い。 このため、未だ市の下水道が出来る遥か以前だった当時は、少し大雨が降ると直ぐ出水した。 すると、公道より更に一段低い向かい側の家々は年に何度も床下浸水の憂き目に遭い大騒動。 それで、隣組も異なる向かい側の皆さんは、暇さえあればドブ攫いに精を出していたという訳。 そんな裏事情の説明がないと、コノ記事は少々理解しにくいかも…。 だから下水道が完備した以後は出水なんて嘘の様。ゆえに下水道の完成を一番喜んだ筆頭は、 お向かいに住まう皆さんだったろうと改めて思った。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆会長旌表撮影の後日談(大金掛けた特殊撮影の結末) 何と、特殊撮影の為に必要だった東京の額装屋に払った壱万円だけでも惜しがっていたら、 折角、大騒ぎして撮った写真まで使わずじまいで、ほぼ同額だった写真代まで役立たず。 合計弐万円ともなれば、コチトラ一家の一ヶ月が暮らせる金額だった。 デフレ下の今でも、ザッとデフレートして考えた額は四~五拾万円に相当するのでは…。 こうした特殊撮影というものの高価さと、その要否見極めの大切さを再考すべきだと痛感。 その後に私が東京本部に転勤、頭取付広告企画担当調査役なんて仰々しい肩書を戴いた頃。 挨拶に行った頭取から言われた次の言葉が今改めて思い出される。「君に本行の広告予算ザッと一億円を預ける。ソノ心算で気を引き締め有効に使ってくれ給え」。 と言うものだった。 入行以来、億単位の金も扱い慣れた私ではあった。 でも、イザ「君に預ける」と言われると、正直なところ身が引き締まる思いがした。 時は丁度、大阪で日本万国博が開かれた確か昭和45年直後の話だが、一億円は大金だった。 でもソノ御本人が、自身の好み次第でコンナ無駄使いもしていたんだと、些かアホらしく思う。 まあ、これは一地方銀行に勤めていた私の、古い日記の断片を読み返しての、今の所感だが、 何故か昨日の国会で、国民年金保険の料金未払いを告白していた三閣僚のトボケ顔がダブる。 とにかく昨今は、偉くなる奴ほど部下に言う事と自分がやる事が余りに裏腹過ぎて要注意だ。 その点、昔の偉人の多くは自身率先して範を垂れ、ヨリ以上に自身に対し厳しかったものだ。 この分だと、あの国保料未納率40%以上と言う数字も、与党の閣僚や議員だけで分析したら、 多分大半が未納者ではなかろうかと私は思う。 「李下に冠を糺さず」とも言う。こうなったら全閣僚が率先身の潔白を証明すべき時だと思う。 早々に公租公課の未納がないか、詳しい資料を添え公表することに一同同意すべきだろう。 それをせず年金の国民負担や給付率の改悪等提案する政治家は、盗人同然とされて当然だ。------------------------------------------------------------------------ ※関連記事…23日の日記《古い日記No.374「お偉方のお道楽…(1967.6.24前半記事)」参照》************************************************************************※参考事項★1966(S41)年の大きな動き★ 国内…国債発行による景気上昇の反面、消費者物価問題が深刻化。(通年 ) 航空機事故相次ぐ。下記4事故死者計371人(通年) 全日空機東京湾墜落(2月) カナダ太平洋航空機、羽田空港着陸失敗(3月) 英BOAC機富士山上空で空中分解(3月) 全日空YS11型機松山空港で墜落(11月) 戦後最大の交通スト、公労協・交運共闘統一スト突入。(4月) 新東京国際空港を千葉県成田に閣議決定(7月) 自民党代議士・田中彰治、恐喝・詐欺容疑で逮捕(8月) 山口衆議院議長が東京大証事件に関連して辞任(12月) 世界…英国のビートルズが音楽で世界の寵児に(通年) 中国で文化大革命(通年)★1967(S42)年の大きな動き★ 国内…新宿西口広場が完成(1月) 日航が世界一周線の営業開始(3月) 富山県の奇病イタイイタイ病は三井金属神岡鉱業所廃水が原因 と学会発表(4月) ロータリーエンジン車を東洋工業が発表。自動車保有台数一千 万台を突破(5月) ワンマン宰相・吉田茂が死去。(10月…’89に戦後初の国葬) 那覇市で沖縄の即時無条件返還要求国民大会開催(11月) 消え行く都電。銀座線を廃止(12月) 世界…インドネシアのスカルノ大統領失脚(2月) アラブ諸国とイスラエル間に戦争勃発。スエズ運河を閉鎖。(6 月) 中国が初の水爆実験に成功。(6月) ボリビアでゲリラ闘争中の前キューバ工業相ゲバラが戦死。 (10月) 清朝最後の皇帝溥儀が死去(10月) ベトナム戦激化。米首都で十万人反戦集会のデモ隊が座り込み 。(10月) アラブ連合のアスワン・ハイ・ダムが発電開始。(11月)♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
2004年04月25日
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1967(S42)年6月25日(日)曇のち雨 ★一菜と二美の好物はラーメン。お気楽パパとママの註文は…? 久しぶりに家族揃って街へ買物に出かける。 主な買物は私のズボンを買う事だが、なかなか気に入った品が見つからない。 幸は手術後の腹部保温用を兼ねてコルセットを買う。 ところが、子供達は自分達の買物でないので、しきりにムズかる。 そこで御機嫌を取り持つ為,昼食はスキ焼と洋食が人気メニューの「古安」でと言う事にした。 尤も、一菜(カズナ)と二美(ツグミ)の好物はラーメンだから、まだまだ親は気が楽である。 ところで、ハテ、僕達どんな御馳走を食べたんだっけかぁ…。(フフフ) (夫・誠筆)********************************************************************************** 《付記》2004年4月24日の誠、日記再読所感 ☆一菜と二美の好物はラーメン。お気楽パパとママのは…? この頃は未だ、子供連れで飲食店へ入っても、何時でも気楽そのもので居られたパパだった。 文中にあるように、この日もスキ焼や洋食の老舗レストランとして知られた「古安軒」で昼食。 「ところで、ハテ、僕達どんな御馳走を食べたんだっけかぁ…。(フフフ)」と結んでいる如く、 親の私達も多分、大した料理を註文した訳でもなさそうな様子…。 まあ精々海老フライが良いところだったんじゃ…なんて読みながら思った「今・誠」である。 何しろ当時は今と違い肉料理は高価で、スキ焼やステーキ等は家族で気楽に外食できなかった。 それに較べれば未だ魚類は安く、大トロの鮨なんかでも、特に高価とは思わなかったものだ。 尤も、鮑(アワビ)とか雲丹(ウニ)とかイクラや数の子等の類は、大分値が張った感じだが…。 ところでコノ「古安軒」と言うレストランは、「古安」と言う肉屋の経営で味も値段も一級店。 戦前は木造だったが、今と同じ目抜き通りの角店として2~3階建ての大店(オオダナ)だった。 子供心にも当時の活況が記憶に残る。また海に近い我家近隣には割烹部があり、戦災も免れた。 この記事に残るレストラン「古安」は、戦災で焼失後、暫らく仮店舗で肉屋を主としていたが、 確か昭和30年前半頃、同所に鉄筋3~4階程の当時としては立派なビルを建て大いに繁盛した。 一階は肉と惣菜の卸小売部、二階が洋食を主としたレストラン部、そして三~四階がスキ焼部。 この他、別に前述の割烹部もあって、肉類中心とした多角経営に乗り出したばかりの時期。 当時の地方食堂としては未だ珍しい全館冷暖房だったし、流行の熱帯魚の水槽もあったから、 未だ就学前だった娘達は、好物のラーメンを啜り啜り、それだけで大喜びしてくれたものだ。 夏などは屋上でビヤホールも開かれ、銀行の窓から見ると「オイデオイデ」をしていたので、 帰途に再々立ち寄っては涼を楽しんだりもした。 だが娘達も小学校高学年にもなると、親は家族連れだと殆どサービスランチで我慢する中、 パパの懐具合等お構いナシに、各自この時とばかり好きな品を註文してしまうようになった。 だから、目を白黒しながらも、コチトラは話せるパパにならざるを得なくさせられたものだ。 また幸も心得たもので、アナタ観念しなさいよと、娘達がビーフシチューにステーキだ等と、 デザート付きで堪能する姿を、母猫さながらに目を細め、ニヤリ私の方を見ると言った具合。 あの寅さんのセリフさながら、「パパは辛いよ」と苦笑するしかない懐寒いコチトラだった。 ともあれ、そんな事を重ね重ね思い出しながら、この「古安軒」の記事を懐かしく読んだ。 昨今は他に同様なビルが林立、近況も知らなかったので幸に聞いてみたら、今も営業中の様子。 「一度、近況視察に行って見ようか…」等と話し合う、茶飲み友達化した昨今の私達である。************************************************************************※参考事項★1966(S41)年の大きな動き★ 国内…国債発行による景気上昇の反面、消費者物価問題が深刻化。(通年 ) 航空機事故相次ぐ。下記4事故死者計371人(通年) 全日空機東京湾墜落(2月) カナダ太平洋航空機、羽田空港着陸失敗(3月) 英BOAC機富士山上空で空中分解(3月) 全日空YS11型機松山空港で墜落(11月) 戦後最大の交通スト、公労協・交運共闘統一スト突入。(4月) 新東京国際空港を千葉県成田に閣議決定(7月) 自民党代議士・田中彰治、恐喝・詐欺容疑で逮捕(8月) 山口衆議院議長が東京大証事件に関連して辞任(12月) 世界…英国のビートルズが音楽で世界の寵児に(通年) 中国で文化大革命(通年)★1967(S42)年の大きな動き★ 国内…新宿西口広場が完成(1月) 日航が世界一周線の営業開始(3月) 富山県の奇病イタイイタイ病は三井金属神岡鉱業所廃水が原因 と学会発表(4月) ロータリーエンジン車を東洋工業が発表。自動車保有台数一千 万台を突破(5月) ワンマン宰相・吉田茂が死去。(10月…’89に戦後初の国葬) 那覇市で沖縄の即時無条件返還要求国民大会開催(11月) 消え行く都電。銀座線を廃止(12月) 世界…インドネシアのスカルノ大統領失脚(2月) アラブ諸国とイスラエル間に戦争勃発。スエズ運河を閉鎖。(6 月) 中国が初の水爆実験に成功。(6月) ボリビアでゲリラ闘争中の前キューバ工業相ゲバラが戦死。 (10月) 清朝最後の皇帝溥儀が死去(10月) ベトナム戦激化。米首都で十万人反戦集会のデモ隊が座り込み 。(10月) アラブ連合のアスワン・ハイ・ダムが発電開始。(11月)♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
2004年04月24日
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1967(S42)年6月24日(土)曇 ★お偉方のお道楽に思えた会長旌表撮影 今日も昨日に引き続き、朝先ずTS印刷へ直行。正誤表作成についての下交渉を行う。 終わると直ちに銀行へ戻り、席の暖まる暇も無く会長旌表など一連の拓本の撮影に立ち会う。 この前後、特大の額と嵌められたガラスを壁面から外し戻しする費用だけでザッと壱万円。 これ、東京の額装屋二人の労賃と旅費が大部分。いかにせん勿体無いといった気持がする。 コレって今の我々平行員の平均月給の半月分程。ホンマに今の世の中は不公平やわなぁ…。 でもマア何処かのお偉方のお道楽とあっては、そんな事、考えるだけでもアホくさいだけ。 ともあれ彼のお遊び心を満足させるのも、雀の涙の給料のウチ。 今の我々に許されるのは、唯ジッと手を見るか、この日記に吐き棄てるくらいが関の山…。 (夫・誠筆)--------------------------------------------------------------------------------※(1967.6.24の日記余白、「昔・誠」書き込み記事)◆幸の母親の取越苦労 朱門の両親宅での里帰り生活を終り、リフレッシュした幸が今日から我家に戻る。 尤も、幸の実家と我家は指呼の間。おまけに未だ幼い子供達を連れた間近の里帰りとあっては、 東京に嫁した他の姉達と同じような新鮮な解放感を味わう訳にもいかなかっただろう。 自分の親の家が近い事は、日頃なにかと心強く甘えても居られ大いに便利と言える。 だが里帰りとなると、逆にソンナ物足りなさを感じたのではないだろうか。 …てな思いの私だったが、帰宅に際し義母(幸の母親)から頻りに私の手助けを要請された。 どうも常日頃から、義母の目には何時も私が亭主関白を決め込んで居ると映っている様子。 でも、これで亭主関白なら、世の中の亭主族は全てソウ言う事になりはしないだろうか…。 取越苦労をしなければいられない親心といったものを感じさせられ、内心苦笑してしまう。********************************************************************************** 《付記》2004年4月23日の誠、日記再読所感 ☆お偉方のお道楽に思えた会長旌表撮影 「旌表(セイヒョウ)」なる文字は、浅学な小生ゆえ、この時に初めてお目にかかった言葉だった。 漢和辞典を引くと、〔人の立派な行いを褒め称(タタ)えて世間に知らせ表示するもの〕とある。 そもそも「旌」とは天子の用いる旗の事…。 そう言えば子供の頃、よく天皇が沼津御用邸へ行幸の際など先生に連れられ沿道に並ばされ、 その御召車の確か左前輪上にコノ「旌旗」が付いていて、なかなか格好いいなぁと思ったものだ。 勿論、当時顔を上げて直視する事は「不敬罪」だったし、チラチラ上目づかいで眺めた記憶だ。 ともあれ孫の世襲頭取からは、そんな不遜な思い上がりを何か感じさせられる言葉の選び方だ。 もっと適切で平易な同義語がありそうなものを…、とも思ったものだった。 当時は、創立70周年記念事業の一環という名目で、会長ゆかりの此処彼処へ石碑を林立した。 その他に頭取家の家紋を随所に飾り、『祠廟』と名付けたS銀行の靖国神社モドキの社やら、 島津の殿様を真似た如き『尚古館』と、ココに招く賓客接待用の茶室や池泉を配した築庭等々。 贅(ゼイ)を凝(コ)らした建造物が金に糸目を付けず、山を切り崩して造営された。 だから、「昔・誠」が日記に吐き出した不満の額1万円など彼に取っては、顕微鏡下の数字。 チャンチャラ可笑しい紙屑に等しかったに違いない。 だから我々行員は、その紙屑で飼われていた米搗きバッタのようなものだったか…?(トホホ) まあ、そんな些細な事は別としても、前述の『祠廟(シビョウ)』とやら言う建物の地下室には、 海岸から拾ってきた掌(テノヒラ)大の小石に、他界した元行員の名前が一人一人墨書されて、 棚に載せられ収納されていた。 彼は、当行の礎となられた方々の功績を称える為とか何とか上手い理屈をつけていたが、 彼に理不尽に虐げられていた行員の多くは、 「トンデモ・ハップンのアリガタ迷惑 !! 次の世まで奴隷にされて堪まるものか」。 そう蔭で囁き、万一、入魂式への招待があった時は辞退するよう遺言するとも言っていた。 今、そんな我等が生存中に次々企画実行された事業の数々を想起、何か空しさ一入の私だ。 即ちコノ阿呆宮の造営の為、何と多くの行員や家族が犠牲にされた事かと思うのである。 但し、ピラミッドを失業救済事業だったとする人には、逆の見方もあろうかとは思うが…。 でも始めは、単にご苦労なしの孫頭取が、祖父の創業者に感謝しようとの道楽と思っていた。 しかし今振り返ると、彼の本当の狙いは、そんな美名とも取れる祖先尊崇の思いではない。 若くして苦労知らずのまま頭取となり、高額な物の発注で高率な謝礼が還流する裏道に着目。 その蜜の甘さに酔いしれていった結果、年がら年中のお祭騒ぎとなったのでは…と言う事だ。 彼はソノ後、各地にある未だ使える銀行の施設までも次々壊しては新築。数は百を越えよう。 中でも、戦災後に創業者の祖父が百年は建替え不要と言い残して念入りに建てた本店ビルも、 就任後に数度も大改築したのに尚々飽き足らず、遂には同様に破壊し建替えてしまった。 孫息子の野望の前には、「勤倹貯蓄」を行是とした偉い祖父頭取の思いも空しい限り。 消え去って今は無い白亜の高層ビルを思い、「諸行無常」と鐘の音が心の中に響きわたる。 私が入行直後の1955年に落成し、定年退職した1987年の直前に丁度建替えられたが、 自身の社会生活と何か運命共同体だったような思いがして、愛しささえ感じた。 その奇遇さゆえか、白亜の旧ビルの後に建った新本店ビルの烏城の如き佇(タタズ)まいは、 何とも馴染めない。 正直に言って思い複雑で、余り立ち寄りたくもない。 そんな訳で、これまで企業年金の振込口座を郵便局にしてもらおうと、何度も頼んでみた。 だが、その都度後輩の担当者から何だかだと言い逃げられてしまい実現しなかった。 だが今度、企業年金の事業者運用枠を国に戻すとかで、国の年金と合体でき希望が叶う。 国の年金行政の破綻から、会社に年金運用の妙味が無くなり行き詰っての結果とは思うが、 私にとっては、何かサッパリした気がした。 最高裁まで労使が争う不幸な足跡を残す銀行だけに、私と同じ思いの元同僚達も多い筈だ。 ◇幸の母親の取越苦労(※1967.6.24の日記余白、「昔・誠」書き込み記事) 血の通う幸との親子関係と比べ、所詮、娘の幸との縁で結ばれた義理の息子の私だった。 とは言え目と鼻の先に住まう幸の親だ、実の親以上に尽し、実の子供達以上の孝養を尽した。 そう自負している。 だがソノ私の思いは容易に通じず、まるで幸の家に婿入りしたような歯痒さを常々感じた。 挙句の果てに、老いるに従い何かと頼られる割には意に反する行動ばかり目立って当惑。 誠意を尽して接すれば、義理の間柄でも必ず心通じる筈だと信じて疑わなかった若さを、 正直言って恥じる「今・誠」である。 尤もコノ件で悔いてはいない。人は誰も老いれば身近に存在する者ほど不如意に思える。 自分として、幸と言う妻の両親ゆえの事は前述の如く十二分にしたと言い切れるから…。 お互い近くに住んでいた為に出会い愛し合った幸と私。何もかもソノ結果と思うからだ。 お互い病身となった今は、「夫婦」と言うよりも「生涯の友」といった間柄の私達だが、 この上は神に召されるまで、仲良く平和な余生を…と希うのみである。************************************************************************※参考事項★1966(S41)年の大きな動き★ 国内…国債発行による景気上昇の反面、消費者物価問題が深刻化。(通年 ) 航空機事故相次ぐ。下記4事故死者計371人(通年) 全日空機東京湾墜落(2月) カナダ太平洋航空機、羽田空港着陸失敗(3月) 英BOAC機富士山上空で空中分解(3月) 全日空YS11型機松山空港で墜落(11月) 戦後最大の交通スト、公労協・交運共闘統一スト突入。(4月) 新東京国際空港を千葉県成田に閣議決定(7月) 自民党代議士・田中彰治、恐喝・詐欺容疑で逮捕(8月) 山口衆議院議長が東京大証事件に関連して辞任(12月) 世界…英国のビートルズが音楽で世界の寵児に(通年) 中国で文化大革命(通年)★1967(S42)年の大きな動き★ 国内…新宿西口広場が完成(1月) 日航が世界一周線の営業開始(3月) 富山県の奇病イタイイタイ病は三井金属神岡鉱業所廃水が原因 と学会発表(4月) ロータリーエンジン車を東洋工業が発表。自動車保有台数一千 万台を突破(5月) ワンマン宰相・吉田茂が死去。(10月…’89に戦後初の国葬) 那覇市で沖縄の即時無条件返還要求国民大会開催(11月) 消え行く都電。銀座線を廃止(12月) 世界…インドネシアのスカルノ大統領失脚(2月) アラブ諸国とイスラエル間に戦争勃発。スエズ運河を閉鎖。(6 月) 中国が初の水爆実験に成功。(6月) ボリビアでゲリラ闘争中の前キューバ工業相ゲバラが戦死。 (10月) 清朝最後の皇帝溥儀が死去(10月) ベトナム戦激化。米首都で十万人反戦集会のデモ隊が座り込み 。(10月) アラブ連合のアスワン・ハイ・ダムが発電開始。(11月)♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
2004年04月23日
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1967(S42)年6月23日(金)曇 ★兄の昔馴染と話す呑屋のママが居るバー“夕凪”での一夜 昨夜は、あれから兄と共に駅北のネオン街にあるバー“夕凪”にて遅くまで呑む。 そんな訳で、今日一日どうも体がだるい。 この“夕凪”のママは、H町の実家の得意先の「WT商会」で、昔、事務員をしていたそうだ。 独身時代の兄を良く知っていて、何か一寸思わせぶりな話を初対面の折に聞かされていた。 それで私がカラカイ半分に、「昔の彼女が会いたがってるぜ」と、それとなく気を引いてみた。 すると兄が「じゃぁ今から行って見よう」と早速タクシーを呼び、同所へ乗り付ける。 尤も、折角張り切って行った兄としては、相手が期待した程の美女でなく些か拍子抜けの様子? だが十数年ぶりと言う相手の旧姓までご名答だったし、マアご対面ゲームとしては優秀な成績。 勿論、水商売に転身した女性の客寄せ口上…との意図は、お互い承知のハシゴではあったし、 マズは兄に、昔馴染みの女性の転変ぶりご紹介と言った一夜であった。 さて今夕、銀行の帰りに実家に寄り、シラフに戻った兄に「昨夜のママの感想は…」と聞くと、 「本当は、あの女はポリネシア系。 ローソクの灯りだけにして、店を一段と暗くしているのも、多分その為だろう…」 と、何か余りお気に召さなかったような口振りだった。 昔馴染みを口実に「是非一度お連れして…」と頼まれた割には、少しボラレタ感じだったし、 ソンナコンナの結果か、なかなか手厳しい採点であった。(ニヤニヤ) (夫・誠筆)--------------------------------------------------------------------------------※(1967.6.23の日記余白、「昔・誠」書き込み記事)* T印刷へ行き、正誤表作成の基本案を提示。* 拓本作製の準備に骨折る* 兄とバー“夕凪”へ 「昔の彼女では…?」と兄の気を引き出かけたが、どうもママの客寄せの術中に嵌った感。 「若い頃、何となく意識されていたらしい素振に、元彼女でなくとも満更ではなさそう…」。 なんて、兄貴を肴に冷やかしながら話が弾み、久々夜を徹して呑む。 「紀子」と言う、生命線が半分で断ち切れた珍しい娘がいた。 又「泰子」と言うママの友人と聞く年増の独身女性が居て、これが又なかなかの話し上手。 ママの他に印象に残るのはコノ二人だが、客あしらいが上手く中々繁盛しているようだ。 ********************************************************************************** 《付記》2004年4月22日の誠、日記再読所感 ☆兄と昔馴染と聞いた呑屋のママが居るバー“夕凪”での一夜 (以下、後日執筆予定) ************************************************************************※参考事項★1966(S41)年の大きな動き★ 国内…国債発行による景気上昇の反面、消費者物価問題が深刻化。(通年 ) 航空機事故相次ぐ。下記4事故死者計371人(通年) 全日空機東京湾墜落(2月) カナダ太平洋航空機、羽田空港着陸失敗(3月) 英BOAC機富士山上空で空中分解(3月) 全日空YS11型機松山空港で墜落(11月) 戦後最大の交通スト、公労協・交運共闘統一スト突入。(4月) 新東京国際空港を千葉県成田に閣議決定(7月) 自民党代議士・田中彰治、恐喝・詐欺容疑で逮捕(8月) 山口衆議院議長が東京大証事件に関連して辞任(12月) 世界…英国のビートルズが音楽で世界の寵児に(通年) 中国で文化大革命(通年)★1967(S42)年の大きな動き★ 国内…新宿西口広場が完成(1月) 日航が世界一周線の営業開始(3月) 富山県の奇病イタイイタイ病は三井金属神岡鉱業所廃水が原因 と学会発表(4月) ロータリーエンジン車を東洋工業が発表。自動車保有台数一千 万台を突破(5月) ワンマン宰相・吉田茂が死去。(10月…’89に戦後初の国葬) 那覇市で沖縄の即時無条件返還要求国民大会開催(11月) 消え行く都電。銀座線を廃止(12月) 世界…インドネシアのスカルノ大統領失脚(2月) アラブ諸国とイスラエル間に戦争勃発。スエズ運河を閉鎖。(6 月) 中国が初の水爆実験に成功。(6月) ボリビアでゲリラ闘争中の前キューバ工業相ゲバラが戦死。 (10月) 清朝最後の皇帝溥儀が死去(10月) ベトナム戦激化。米首都で十万人反戦集会のデモ隊が座り込み 。(10月) アラブ連合のアスワン・ハイ・ダムが発電開始。(11月)♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
2004年04月22日
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1967(S42)年6月日() ★気の進まぬ東京出張、ホンマにシンドおしたえぇ… 朝、『会長追想録』の訂正表案について副頭取の了承を得ると、その足で東京へ向かう。 勿論、この件について頭取の決済を得る為だが、こうした事で大の男を東奔西送させるなんて、 ご立派な経営者様だと、腐敗した同族企業の下らなさを再認識させられながらの出張だった。 ところで、今日は往復とも、秘書室の連中に便利屋をさせられ、いい迷惑を蒙(コウム)った。 特に帰りなどは、大きな荷物を四つも抱えて、東京の街を右往左往。全く泣かされましたね。 オマケに、ラッシュアワーと重なり、東京駅から暫時立ちんぼさせられる始末。 何やかやと、閉口することばかり。ホンマに、シンドおしたえぇ…。(トホホ) (夫・誠筆)--------------------------------------------------------------------------------※(1967.6.22の日記余白、「昔・誠」書き込み記事)*受信…旧友SB君より、また24日か25日に来訪の予定との便り。娘達も喜ぼう。********************************************************************************** 《付記》2004年4月21日の誠、日記再読所感 ☆気の進まぬ東京出張、ホンマにシンドおしたえぇ… 地方銀行とあって、前頭取急逝以前は、同業他行同様に本部機能は当地の本店に集中していた。 だが世襲で頭取となった三代目は、それ迄の東京生活を固守したので本店出勤は僅か週2日。 勢い急ぎの稟議等は各部課の行員が東京本部の秘書室まで持参。一括稟議上程して貰っていた。 更にヨリ難件を抱えた各部課の関係者は、直接説明しながら決済を得ようとする場合が殆どで、 東京頭取室前の控室は、その日の殿の御機嫌を気にしつつ待つ部課長連が大概列をなしていた。 だが当時の私は、特命ゆえに直接指示を必要とする一介の係長。上役に次々と割り込まれても、 笑顔で順番を譲らざるを得ないとあって、この日も多分ドン尻決済となってしまったのだろう。 それゆえ、本店や頭取の当地本宅へ急ぎ届ける品を、丁度よい最終便と託される事も多かった。 だから文中で東京秘書役から託された大荷物も、頭取本宅宛の何かであったのでは…とも思う。 とにかく、人一倍汗っかきの「昔・誠」がフーフー言いつつ満員列車で帰途に就いた姿が甦る。 全く、時々否応なく押し付けられる慣れぬ便利屋仕事もシンドおしたなぁ…。
2004年04月21日
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1967(S42)年6月21日(水)曇 ★予約した映画『天地創造』を見損ない憤慨した話 薦められるまま、久しぶりに映画観賞と思い立った。 だがイザ行ってみたら、23日迄上映期間とされてある『天地創造』は、既に終わっていた。 都合で昨日迄に変更になったと聞かされたが、とにかく腹立たしいやら情けないやら…。 これは世間一般への公約事。予約金さえ返せば一方的に突然破約して良い訳ではあるまい。 自分の都合次第で顧客の立場も考えず、「ハイ、ソレマデヨ!!」と打ち切って事なげとは、 何か物事を安易に処理しすぎるのではなかろうか。 現代経営者気質が憎い。 これは最近ある新聞のコラムで読んだ話だが、 「過去・現在・未来を通じ、最も商業道徳が頽廃(タイハイ)した時期として、 将来の歴史家は、或いはコノ現代を指し、最悪と評するのではなかろうか…」 等と書いた一節があったが、宜(ムベ)なるかなと同感の思いを一層強くしたものであった。 (夫・誠筆)********************************************************************************** 《付記》2004年4月20日の誠、日記再読所感 ☆予約した映画『天地創造』を見損ない憤慨した話 「過去・現在・未来を通じ、最も商業道徳が頽廃した時期」と37年前に慨嘆していた評論家。 社会の芯まで腐りきった今の世を見たら、「未だ序の口だったと」腰抜かすのではなかろうか。 今日送検された食肉業界のドン、ハンナンの浅田による「大阪府肉連牛肉事件」にしても、 本来、BSE感染懸念に怯える自分達業界を救う為に投入された国民の税金だと言うのに、 対象外の輸入牛肉を大量に緊急仕入れし買い取らせ、五千万円も不正利益を得るとは何事か。 先頃の鳥インフルエンザ問題も、大量に感染死しながらトボケ続け自殺した養鶏業者もいた。 尤もコノ件では、前例ハンナンのドンより多少同情の余地もあり、些か物の哀れを感ずる私だ。 何れも動物の疫病が原因とは言え、養鶏業者は偶々自分の所が発生源となっての窮余の失策。 それに較べてハンナンのドンは、火事場泥棒の最たる者。それも掠め取ったのは国民の税金。 全くの同情の余地のない国民の大敵だ。 だがソレ以上に今問題なのは、政官界の腐敗とコレを裏で操る大企業と暴力団の不埒さだ。 こうした国民が拠出した基金や税金や通行料などを掠め取る知能犯を極刑に出来ない以上、 この国の庶民に明るい未来は到来しないだろう。 オヤオヤ、映画の予約券を無意味にされた話の結びとしては、何か飛躍しすぎたかな…。 こんな事を書けるのも楽天ならではだが、結構これマジな話のつもり。みんな頑張ろうぜ !!************************************************************************※参考事項★1966(S41)年の大きな動き★ 国内…国債発行による景気上昇の反面、消費者物価問題が深刻化。(通年 ) 航空機事故相次ぐ。下記4事故死者計371人(通年) 全日空機東京湾墜落(2月) カナダ太平洋航空機、羽田空港着陸失敗(3月) 英BOAC機富士山上空で空中分解(3月) 全日空YS11型機松山空港で墜落(11月) 戦後最大の交通スト、公労協・交運共闘統一スト突入。(4月) 新東京国際空港を千葉県成田に閣議決定(7月) 自民党代議士・田中彰治、恐喝・詐欺容疑で逮捕(8月) 山口衆議院議長が東京大証事件に関連して辞任(12月) 世界…英国のビートルズが音楽で世界の寵児に(通年) 中国で文化大革命(通年)★1967(S42)年の大きな動き★ 国内…新宿西口広場が完成(1月) 日航が世界一周線の営業開始(3月) 富山県の奇病イタイイタイ病は三井金属神岡鉱業所廃水が原因 と学会発表(4月) ロータリーエンジン車を東洋工業が発表。自動車保有台数一千 万台を突破(5月) ワンマン宰相・吉田茂が死去。(10月…’89に戦後初の国葬) 那覇市で沖縄の即時無条件返還要求国民大会開催(11月) 消え行く都電。銀座線を廃止(12月) 世界…インドネシアのスカルノ大統領失脚(2月) アラブ諸国とイスラエル間に戦争勃発。スエズ運河を閉鎖。(6 月) 中国が初の水爆実験に成功。(6月) ボリビアでゲリラ闘争中の前キューバ工業相ゲバラが戦死。 (10月) 清朝最後の皇帝溥儀が死去(10月) ベトナム戦激化。米首都で十万人反戦集会のデモ隊が座り込み 。(10月) アラブ連合のアスワン・ハイ・ダムが発電開始。(11月)♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
2004年04月20日
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1967(S42)年6月20日(火) 晴★帰国した頭取の小言で残業。同僚とヤキトリ屋で憂さ晴らし… 今回も、予定を知られ待ち伏せされるのが怖いのだろうか…。殆どの部下の知らぬ間に、 突然外遊に出発して行った頭取だった。 だが、留守中の決裁権限の委譲には難色を示す性格ゆえ、稟議決済も先延ばしされがちだ。 そんな身勝手な頭取が、漸く外遊から帰国して本店に初出勤した今朝いきなり呼び出され、 外遊直前に上梓した会長追想録に、「ミス・プリントが多い…」とボロクソに言われてしまった。 訂正本を出せと言う事はいいとしても、ゲラ刷り段階で上司や頭取も何度か目を通した末の事。 それに自分の祖父の追悼録ではないか。 自分だって校正段階で何度も目を通してくれたはず。ダテに稟議上申している訳ではないのだ。 自分も捺印して戻した以上、如何に部下でも、それ程にボロクソにクサさんでもよかろうと思う。 出来るものなら、「目ッカチ、目クラはオマエさんだって御同様と言いたいところ…」。 お偉い頭取様ともなると、随分好い気なものだ。 でも、彼の親父さんの前頭取は、こういう自分を棚に上げた事は決して言わなかった。 やはり、人間の出来が違うとツクヅク思う。 ともあれ、補正表作成原案を作って、明後日に休暇明けで出社する編纂委員長兼務の副頭取に、 直ぐ相談できるよう稟議案を作製しておく事とする。 偶々この話を聞き知った前庶務部長のIG調査役が、私にコンナ面白い事を言った。 「なに気にしなさんな。頭取がこんな挙に出るのは、副頭取への当て付けだよ。 つまり、 “自分が外遊中に休暇を取ったりして、何をボヤボヤしていたのか”と副頭取に言いたいのさ。 だが、叔父さん故にソレを言えないから、委員長の副頭取の前でワザと面当てしてるんだよ」 とか…。 成程、頭取のご幼少時代のガキ大将で、苛められっ子だった彼氏を良く助けてやったと話す、 ご学友のIG調査役ならではの穿(ウガ)った至言だ。 ソンナコンナで、夜、残業を終ったのが早8時過ぎ。 同様に遅くなったTK君と誘い合って、近くのヤキトリ屋へ…。 彼と一杯機嫌で一旦帰宅。少し酔いが醒めるまで、言いたい事を言い合って歓談の後、 三島の彼の家まで送り届けて来た。 腹の中に溜まった心のガス抜きが出来た為か、お蔭でモヤモヤがスッキリ。 今夜は、特に気持の良い酒だった。 (夫・誠筆)********************************************************************************** 《付記》2004年4月19日の誠、日記再読所感 ☆帰国した頭取の小言で残業。同僚とヤキトリ屋で憂さ晴らし… (以下、後日執筆予定) ************************************************************************※参考事項★1966(S41)年の大きな動き★ 国内…国債発行による景気上昇の反面、消費者物価問題が深刻化。(通年 ) 航空機事故相次ぐ。下記4事故死者計371人(通年) 全日空機東京湾墜落(2月) カナダ太平洋航空機、羽田空港着陸失敗(3月) 英BOAC機富士山上空で空中分解(3月) 全日空YS11型機松山空港で墜落(11月) 戦後最大の交通スト、公労協・交運共闘統一スト突入。(4月) 新東京国際空港を千葉県成田に閣議決定(7月) 自民党代議士・田中彰治、恐喝・詐欺容疑で逮捕(8月) 山口衆議院議長が東京大証事件に関連して辞任(12月) 世界…英国のビートルズが音楽で世界の寵児に(通年) 中国で文化大革命(通年)★1967(S42)年の大きな動き★ 国内…新宿西口広場が完成(1月) 日航が世界一周線の営業開始(3月) 富山県の奇病イタイイタイ病は三井金属神岡鉱業所廃水が原因 と学会発表(4月) ロータリーエンジン車を東洋工業が発表。自動車保有台数一千 万台を突破(5月) ワンマン宰相・吉田茂が死去。(10月…’89に戦後初の国葬) 那覇市で沖縄の即時無条件返還要求国民大会開催(11月) 消え行く都電。銀座線を廃止(12月) 世界…インドネシアのスカルノ大統領失脚(2月) アラブ諸国とイスラエル間に戦争勃発。スエズ運河を閉鎖。(6 月) 中国が初の水爆実験に成功。(6月) ボリビアでゲリラ闘争中の前キューバ工業相ゲバラが戦死。 (10月) 清朝最後の皇帝溥儀が死去(10月) ベトナム戦激化。米首都で十万人反戦集会のデモ隊が座り込み 。(10月) アラブ連合のアスワン・ハイ・ダムが発電開始。(11月)♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
2004年04月19日
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1967(S42)年6月日(月)晴 ★辛い思い出&実家の共同ビルサッシ改修工事をめぐる父と兄との意見対立 己の不甲斐無さゆえ、大切な我々の二世の芽をば二度までも摘まさせる破目と相成った事は、 我家の現状からして、万一の共倒れを避けるためとは言え、何にも増して辛い決断だった。 この上は、一菜(カズナ)と二美(ツグミ)それぞれに、各二人分の幸せを掴んで貰いたい。 その為に、夫婦して更に一層子育てに心せねばと思い希(ネガ)う。 ところでソンナ訳で、今日から暫らく心機一転を帰して幸と子供達を朱門に里帰りさせた。 共々久々の独身生活も悪くない。 夜遅くなって英知街の実家へ行く。帰宅時間を気にする必要がなく独身気分は楽なものだ。 父に両隣と共同で建てた鉄筋店舗ビルの、サッシ改修工事計画のソノ後につき尋ねてみた。 すると、先日から隣のH煎餅店の親父さんが旅行中の為、未だ意見交換が出来ないとの事。 だがヨリ心配なのは、この父が計画した工事を不必要とし、兄が進捗を妨害している事だ。 兄に言わせると、「まだ大丈夫。父が自分を無視して勝手に工事を進める気だ」と大反対。 だが私から見れば、左右上下全面サッシを二三階共填め込んでガラス窓を付けた表通り等、 特に潮風が当たり近くで見ると腐食が進んでいて危険そのもの。万一落下したら大惨事だ。 どうも私から見ると、最近の兄貴は創業者の父の存在を蔑(ナイガシ)ろにしている様子。 少なくとも、この問題についてはソウとしか思えない。 でも、事は面子より人命にも関わりかねないのだから、そう先に延ばせる工事ではない。 何れにせよ、双方意地を張った対話不在の現状では物事コンガラカルばかり。 何とか上手く妥協させねば…と思う昨今である。 (夫・誠筆)********************************************************************************** 《付記》2004年4月日の誠、日記再読所感 ☆辛い思い出と実家の共同ビルサッシ改修工事をめぐる父と兄との意見対立問題 兄弟姉妹が全て結婚してしまうと、物事が徐々に何かとスムースに運ばなくなりがちだ。 この問題でも、なるべく金の掛かる工事など後に回し日常生活の充実をいった若夫婦と、 自分が精魂込めて漸く実現させた共同ビルのメンテナンスこそ大切…とする父と対立。 スッタモンダの末に漸く着工。塩害に強く強度も増したアルミ合金サッシュと交換した。 未だアルミサッシュは出始めだった頃とあって、相当に値が張る工事だっただけに、 幸の父が何度も日軽金本社に足を運び、確か直轄工事として設計施工した記憶が残る。 でも、その父が精魂込めた共同ビルの店舗住宅も、今は他人の看板が掛かるとは…。 彼岸に旅立って久しい両親も、サゾサゾ残念がっているだろう。(トホホ)
2004年04月18日
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1967(S42)年6月17日(土)晴 ★娘に奢(オゴ)ったトコロテンが祟(タタ)った話 3時ごろ帰宅。一菜(カズナ)を連れて夕食の材料を買いに行く。 途中、TK幌店へ寄り、二美の椅子の張り替えが出来上がったか聞く。 しかし、例によって例の如くで、まだ二・三日は掛かりそうな口ぶりだ。 まあ、その遅れの分だけ丈夫になるよう念入な作りにしてくれと頼んでおく。 家に戻るとママから、一菜に富士急でトコロテンをオゴってやった事を叱られた。 何の因果で、こうも細々した事を女房からケチ付けられねばならんのか…。 思わずムカッとさせられたが、 “まあ、幸は女。こんな時は男以上にモヤモヤして当然だろう。 ともあれ寝ている病人相手に喧嘩しても始まらない。ヨセヨセ…”。 と自問自答。 “こっちだってムシャクシャしてるんだ…”と、別の誠が爆発しそうなのを何とか堪え、 ともあれ、夕食の仕度に掛かる。 料理は天丼。 「ハイ、一丁仕上がりぃ~ !!」 (夫・誠筆)1967(S42)年6月日(月) ★思わず赤面した故障の原因 「水族館跡の広場で、新型コロナの展示会をやっているよ。見に行ってきたら…」 と、散歩の帰途立ち寄った朱門のオジイチャン(幸の父)に勧められた。 別に新型コロナに特段の興味がある訳でもないが、我家のコロナのウインド・ウォッシャーが、 どうも最近具合が悪いので、出来たら診てもらえたら…と思ったので、 それではと、夕方やっと家事から解放された一時、会場へ行って見る。 しかし生憎と、整備担当者は一人も来合わせて居ないとの事。 ただ、故障の原因は直ぐ判って助かった。 何と、洗浄液のタンクがスッカリ空になっていたのだから、我ながら呆れる。 まるで「お笑い草」だ。 ガス欠しながら、「エンストの原因が判らない」と騒いでいるのも同然。 如何に悩み事が多かろうと、一体オイラは何を考えていたんだろう。 ソンナコンナで、思わず赤面してしまった。 (夫・誠筆)--------------------------------------------------------------------------------※(1967.6.18の日記余白、「昔・誠」書き込み記事)*昼過ぎ、二美を連れ実家へ…。*夕方、新型コロナの展示会へ…。*今日の献立、朝/牛乳&ぶどうパン 昼/焼ソバ 夕/冷奴********************************************************************************** 《付記》2004年4月17日の誠、日記再読所感 ☆娘に奢(オゴ)ったトコロテンが祟(タタ)った話 結婚当初は、パパ・ママ呼ばわりなんてと断固拒否していた私だったと思う。 それが子供が生まれると、ソンナ事はケロリと忘れたように、コンナ呼び合いが日常化してしまった。 何か知らぬ間に女房子供に飼い慣らされちゃったって感じだなぁ…。 それはマアともあれ、何時もながら何とも些細なことでイガミあってた「昔・誠」と「昔・幸」。 そう言えば先日の「古い日記」でも、「一菜の医者通いを小学校入学までに切り上げたい」。 幸は、そう書いていたっけなぁ…。 でも、初夏の暑さを我慢して駅まで頑張って歩いた一菜に、冷たい物の一杯でも…と思う誠。 そうとた父親の気持も少しは考えて欲しかっただろうなぁ。 そんな事を思った今日の記事だったが、同時に又、今も変わらぬ我家の有り様がコレに重なる。 そして、その事を以下長々と書き始めたけれど、晩酌の酔いが醒め始めて気が変わっちゃった。 やはり此処から後は非公開記事としてチョン切り、お蔵入りと決定。 ☆思わず赤面した故障の原因 いやぁ~、我ながら呆れたねぇ。ホンマにコンナ事やらかしたんかいな。 トヨタのセールスマンも後で一つ話の種にしたかもね。なんてコッチャ。 これからウインドワッシャーを動かすた度に、折々このオソマツを思い出しそうだなぁ。 それにしても、初めてのマイカー。 あの淡いメタリック・グリーンの「コロナ」が懐かしいなぁ…。 今では、トルコンもエアコンも当り前だが、アノ頃は内心自慢の愛車でルンルン物だっけ…。
2004年04月17日
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************************************************************************《お知らせ》古稀過ぎジジイの手習いと苦笑されそうですが、パソコン操作法の自習教材として、日記ページ左脇の《ページ一覧》中、下記の別掲出文に只今HTMLタグを使用した模様替えと、関連写真の加入を順次実施しています。気が向かれたら、化粧直しした古い旅の下記回想日記をも御覧願えれば幸甚です。 (1)忘れじの初Mt.Cook&Naska飛行(その1) ※関連写真挿入 & 本文HTMLタグ加工済(2004年1月28日掲載日記) (2)忘れじの初Mt.Cook&Naska飛行(その2) ※本文HTMLタグ加工済(写真後日追加予定(2004年1月29日掲載日記) (3)忘れじの初Mt.Cook&Naska飛行(その3) ※本文HTMLタグ加工済(写真後日追加予定(2004年1月30日掲載日記) ************************************************************************1967(S42)年6月15日(木)晴、夕立あり ★来客の遅れに夫婦して苛(イラ)立つ日々 幸の今月の来客予定は7日頃と思っていたのだが、未だに音沙汰なし。 “モシや !?”との不安が二人をユーウツにさせる。 貧乏所帯ヤリクリの為、ココ迄どうやら順調に進んでこれた計画出産だけに、心配が先に立つ。 これも私がS行がオーナー企業と知りながら、世襲制の欠陥を甘く見過ぎたからと情けなく思う。 まあ、孫の現頭取のデタラメぶりは、以前より噂ぐらいは聞き及んでいた。 でも有名な長寿の家系だし、健康自慢の前頭取が斯くも突然逝ってしまうとは思いもしなかった。 その皺(シワ)寄せの泥濘(ヌカルミ)続きでは、いつ何があっても…と思わざるを得ない。 こんな不安定な職場を選んでしまった事の不運が身に染みる今宵だ。 ともあれ白黒の見極めこそ先決と、近隣のM病院の元医師で駅北に開業したIHさんの門を叩く。 だがしかし、未だ結論を引き出すには早過ぎたようで、全ては来週に持ち越しとなる。 それまでは、幸も私も憂鬱(ユーウツ)を晴らす術もなく唯々悶々(モンモン)の日々…。ああ !! (夫・誠筆)------------------------------------------------------- ※(1967.6.15の日記余白、「昔・誠」書き込み記事)*“モシや”の憂鬱 (ユーウツ)。 幸の今月の来客予定が既に1週間も遅れ音沙汰なし。 そんな訳で、このところ二人とも憂鬱だ。━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━1967(S42)年6月16日(金)晴 ★俄(ニワ)か男寡(オトコヤモメ)のアタフタぶり 昨日は、折角の休みも思わぬ事で台無しになってしまった。 多寡が二人っ子の養育で手一杯という、現在の我々夫婦の体たらくぶりが何とも腹立たしい。 思い切って独立の道を歩もうと思っても、万一を思うと、家族の安全第一と思わざるを得ない。 こうした人間的な弱さが、資本家の不当な労働管理に拍車を掛けると知りながら、 自分を誤魔化(ゴマカ)し誤魔化し今を生きる日々が辛い。 あれから私は、散歩に行こうという二美(ツグミ)の手を引いて街へ出た。 だが、そんな行き悩む思いが頭を離れず、一日経った今は何処をどう歩いたか、もうオボロだ。 日没近く、H町のオバアチャン(私の母)を乗せて我家に戻る。 二美だけが、買って貰った素敵なピンクのワンピースと靴を装い、御機嫌な御帰還だった。 “これから始まる今日6月16日は、是非とも良い一日であって欲しい”。 そう心に念じつつ起床。寝足りぬ瞼を冷やすようにして洗顔、出勤の仕度に掛かる。 (夫・誠筆) -------------------------------------------------------※(1967.6.16の日記余白、「昔・誠」書き込み記事)*社内便行方不明でアタフタ 昨夕送った現頭取依頼のカラー写真2枚が未着だと、帰宅後に銀行から電話。 公私共々、アレヤコレヤと気が揉めることばかりでイライラする。 それにしても、通信課は何やってるんだろう…。* 俄か男寡婦(ヤモメ)メモ 昨日今日とも、幸は気分が滅入ってノックアウト。 可愛い烏(カラス)の子二匹も、お腹空かせて何か心配顔。 仕方なく帰宅後、再び街へ引き返し夕食の惣菜等を買い歩き、何とか整える。 (備考) 15日夕食…鉄火巻、スパゲッティー 16日夕食…サンドイッチ、オムスビ、スパゲッティー********************************************************************************** 《付記》2004年4月15日の誠、日記再読所感 ☆来客の遅れに夫婦して苛(イラ)立つ日々 この記事も、公開すべきか否か大分迷った。 その果に、これも昭和サラーマン家庭の一実体。臆することなく公開すべきだと踏み切った。 ともあれ、もう直ぐソノ陽の目を見せてやれなかった子供の37年目の命日だ。 今こうして日記を捲り直し、アノ日の悔い多き思いを復刻したのを機会に、 「子としても親としても至らななかった自分を許して欲しい」と墓参する事にしよう。 多分「死んだ子の歳を数えるなんて…」と苦笑する読者も居るかも…。 でも、これも古稀過ぎシジイの歳のせい。平に御容赦を…。 (夫・誠筆)☆俄か男寡のアタフタぶり 「近頃サボリ癖がついてるな…」と、親友のU君が先ほど電話ついでに率直な読後感を漏らす。 「ウン、どうも近頃『古い日記』も本文の復刻だけで、「今・誠」の所感は書かず続きだ…」。 等とコレに答えた私だった。 そんな後だけに些か気になり、久々本欄をも続けて書き始めた次第である。 前の日記でも大した慌てぶりだが、16日の余白記事だと幸は遂に寝込んでしまったようだ。 俄か男寡婦となり、銀行から帰宅後も食事だ子守だと青息吐息の「昔・誠」が目に浮かぶ。 でも「子連れ狼」は男の子一人だったが、可愛い烏の子二匹を抱えた「昔・誠」の慌てぶり、 如何に“武士は喰わねど…”と意地は張っても、所詮は己の甲斐性に大した自信もない私だ。 娘達の前では億尾にも出せぬだけに、悶々と思い悩みながら心細さを否めなかった筈である。 まあ「昔・誠&幸」の憂鬱が感染せぬよう、読者の皆様ご用心ご用心 !! 特に湿っぽい今日の記事とあって、神経質な方には読後洗顔をお勧めしておこう。(ニヤッ)
2004年04月16日
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************************************************************************《お知らせ》古稀過ぎジジイの手習いと苦笑されそうですが、パソコン操作法の自習教材として、日記ページ左脇の《ページ一覧》中、下記の別掲出文に只今HTMLタグを使用した模様替えと、関連写真の加入を順次実施しています。気が向かれたら、化粧直しした古い旅の下記回想日記をも御覧願えれば幸甚です。 (1)忘れじの初Mt.Cook&Naska飛行(その1) ※関連写真挿入 & 本文HTMLタグ加工済(2004年1月28日掲載日記) (2)忘れじの初Mt.Cook&Naska飛行(その2) ※本文HTMLタグ加工済(写真後日追加予定(2004年1月29日掲載日記) (3)忘れじの初Mt.Cook&Naska飛行(その3) ※本文HTMLタグ加工済(写真後日追加予定(2004年1月30日掲載日記)************************************************************************1967(S42)年6月12日(月)晴 ★6日間戦争雑感 6日間戦争と言われる今回の中東動乱が、イスラエルの一方的勝利に終わった。 その為に、今、ソ連政界の内紛説がまことしやかに囁かれている。 その真偽の程は判らないが、東西両陣営の力の均衡で保たれている現在の平和だ。 それが、こうした事が原因で、大きな破綻とならねばと思う私だ。(夫・誠筆)1967(S42)年6月13日(火) ★落ち着かぬ一日 朝早くから、思いがけずYBさんが来訪。 予定していた仕事もソッチのけに、何か落ち着かぬ一日だった。(妻・幸筆)1967(S42)年6月14日(水)晴 ★ボヤキ節「又々宿直」 夕方5時。この間やったばかりなのにと、ヤッキリしながら、薄汚い宿直室に入る。 相棒の二人も、前回と同じ、KKさん・MSさんといったコンビである。 特にKKさんは爺さんゆえか、そのイビキと来たら雷鳴さながら…。 耳に栓をしても布団を被っても、大して効果がない轟々たる豪傑ぶり。 そんな訳で安眠妨害そのものだから、何時も決まって2~3時間は眠れない。 こうした組み合わせは、やはり時々変えるようにすべきだと思う。(夫・誠筆) ********************************************************************************** 《付記》2004年4月15日の誠、日記再読所感 ☆6日間戦争雑感 (以下、後日執筆予定) ☆落ち着かぬ一日 (以下、後日執筆予定) ☆ボヤキ節「又々宿直」 (以下、後日執筆予定) ************************************************************************※参考事項★1966(S41)年の大きな動き★ 国内…国債発行による景気上昇の反面、消費者物価問題が深刻化。(通年 ) 航空機事故相次ぐ。下記4事故死者計371人(通年) 全日空機東京湾墜落(2月) カナダ太平洋航空機、羽田空港着陸失敗(3月) 英BOAC機富士山上空で空中分解(3月) 全日空YS11型機松山空港で墜落(11月) 戦後最大の交通スト、公労協・交運共闘統一スト突入。(4月) 新東京国際空港を千葉県成田に閣議決定(7月) 自民党代議士・田中彰治、恐喝・詐欺容疑で逮捕(8月) 山口衆議院議長が東京大証事件に関連して辞任(12月) 世界…英国のビートルズが音楽で世界の寵児に(通年) 中国で文化大革命(通年)★1967(S42)年の大きな動き★ 国内…新宿西口広場が完成(1月) 日航が世界一周線の営業開始(3月) 富山県の奇病イタイイタイ病は三井金属神岡鉱業所廃水が原因 と学会発表(4月) ロータリーエンジン車を東洋工業が発表。自動車保有台数一千 万台を突破(5月) ワンマン宰相・吉田茂が死去。(10月…’89に戦後初の国葬) 那覇市で沖縄の即時無条件返還要求国民大会開催(11月) 消え行く都電。銀座線を廃止(12月) 世界…インドネシアのスカルノ大統領失脚(2月) アラブ諸国とイスラエル間に戦争勃発。スエズ運河を閉鎖。(6 月) 中国が初の水爆実験に成功。(6月) ボリビアでゲリラ闘争中の前キューバ工業相ゲバラが戦死。 (10月) 清朝最後の皇帝溥儀が死去(10月) ベトナム戦激化。米首都で十万人反戦集会のデモ隊が座り込み 。(10月) アラブ連合のアスワン・ハイ・ダムが発電開始。(11月)♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
2004年04月15日
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2004年04月14日
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1967(S42)年6月10日(土)晴れたり曇ったり ★週末の海浜散歩で、夕凪の中を行く母校ボート部クルーの雄姿と美観に感銘…etc. 子供達にせがまれ夕凪の海浜を家族揃って散歩する。 文字どうり波一つないに等しい静かな海だ。 磯辺に程近い沖合いをナックル・フォア2艘(ハイ)が、コックスの掛け声も高らかに水面を滑る。 母校・NH高校のボート部だろうが、逆光の海に映えるソノ姿が何とも美しくカメラが無いのが残念。 その帰り、YBさんのところへ寄る。すると、旦那のTMちゃんが一人風邪を患って寝ていた。 奥さんのKM子さんは丁度夕飯の材料を買いに行って留守との事。 直ぐ戻るからと言うのを固辞して、迷惑にならぬよう早々に退散する。 夜は子供達を入浴させてから、H町の実家でカラーテレビ見物。 ジュリー・アンダーソンを中心としたミュージカルだったが、 色彩、音楽、踊り、そして笑い…と、なかなかバランスのとれた秀作で、 1時間余りが、アッと言う間に過ぎてしまった。 これで、夜、幸との一騒動(?)が無ければ、 まずもって言う事ない週末の一日と言う訳であったのだが…。 (夫・誠筆)********************************************************************************** 《付記》2004年4月13日の誠、日記再読所感 ☆夕凪の海浜を家族で週末散歩。沖行く母校ボート部クルーの雄姿と美観に感銘。だがね… (以下、後日執筆予定)
2004年04月13日
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1967(S42)年6月9日(金)曇のち小雨 ★オイタをしてママに叱られていた二美が、「パパ、おかえり、うれしいよ !!」を連発 二美(ツグミ)が近頃どうも反抗期らしく、なかなか言う事を聞かず手を焼く。 同じ言う事を聞かなくても一菜は、じっくり説明してやると理解する。 しかし、二美はマダマダ痛い思いをさせないとピンと来ないらしく、 三畳間で大人しくしていると思うと、オルガンの白い鍵盤にクレヨンで悪戯(イタズラ)したり、 網戸に色を塗ったりする。 特に今日は雨で外で遊べないため、余計イタズラがひどかった。 余りママに体罰を受けシュンとしているところにパパが帰ってきたとあって、 助け舟とばかりに出窓へ駆け寄り、 「パパ、おかえり、うれしいよぉ !!」を連発する。 何にも知らないパパは、 大いに歓迎されて、目をパチクリ…。(妻・幸筆)********************************************************************************** 《付記》2004年4月12日の誠、日記再読所感 ☆オイタをしてママに叱られていた二美が、「パパ、おかえり、うれしいよ !!」を連発 (以下、後日執筆予定)
2004年04月12日
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1967(S42)年6月8日(木)曇 ★日記を書きたがり始めた一菜(カズナ) 親の真似をして、先日から、一菜が一っぱしに日記を付けるんだからと、 「まだかまだか」と お帳面を督促する。 で、とりあえず書き取り帳をH町のオバアチャン(私の実家の母)から貰ってきて与えてみた。 すると、驚いたことに結構書くではないか…。 尤も、未だパパやママのに日記の猿真似…と言った程度が精々の幼さソノママの作文だが、 「門前の小僧、習わぬ経を読む」式に、この習慣が身に付くようにと希(ネガ)う親心である。 これを良い機会として、来年から可愛い日記帳を探して与え本格的に付けさせたいと思う。 なお記念の為、生まれて始めての一菜の日記から、以下二・三の記事を写し書きしておこう。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 6がつ6か・(かようび)・はれたり くもったり かぜを ひきました。 さか せんせいへ、たくしいに のって いきました。 二ほん ちゅうしゃを しました。 がまん しました。 (かずな) * * * * * * 6がつ7か・(すいようび)・くもり わたしが おやすみしたのを しんぱいされて、 いなば せんせいが おみまいに きてくれました。 でも、ねつが さがって おもてで あそんでいた わたしをみて、 あんしんして くれました。 また、あしたから ようちえんに ゆけます。 うれしいなあ !! (かずな) * * * * * * 6がつ8か・(もくようび)・くもり やっと はが ぬけました。 ままが ぬけた はを やねの うえに なげました。 ぱぱが、 またすこし おねえさんに なったねと いいました。 (かずな) ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ とマアざっと滑り出しは、こういう調子である。 とにかく、この芽を大切に育てようと、小学生になったら、上手下手に余り構うことなく、 どんどん自分で作文させてみよう。 (夫・誠筆)********************************************************************************** 《付記》2004年4月11日の誠、日記再読所感 ☆日記を書きたがり始めた一菜 ハハハ、全く門前の小僧だよね。 でも、大分ママが手助けしたような文章でもある。 何だか、始めて自転車へ乗るコツを近所のお兄さんから教えられた時の事を思い出しちゃった。 そのお兄さんは近所の蕎麦屋の息子さんでシーちゃんと言った。 私の次兄と同じ歳だったが実にウマが合い可愛がってもらった。 自転車の乗り方、泳ぎ方、独楽の回し方等々、みんなシーちゃんから教わった。 後ろの荷台に乗ったシーちゃんの前にチョコンと座らされ、ハンドル握り怖じ怖じ走ったっけなぁ。 昔は河口まで平坦な細道が続いていた観音川の土堤を、キャーキャー言いつづけペタルを漕いだ。 そのシーちゃんに特訓してもらったお蔭で、自転車の楽しみと便利さを知った私だった。 日記と自転車は何の関係もない話だが、手取り足取りしてくれる人とキッカケの有無が大切かも…。 それにしても、その後の一菜は日記を付け続けてるだろうか…。 今度やって来たら、この日記を見せながらソレとなく聞いてみよう。 第二世代の夫婦日記は、受け継がれ育っているかどうかを…。
2004年04月11日
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1967(S42)年6月6日(火)晴ときどき曇 ★第三次中東戦争が勃発、先ず考えさせられた「油断 !?」 中近東で戦乱勃発。 イスラエル対アラブ連合と言う事は、即ちユダヤ人対アラブ人との民族戦争と言う事になるが、 その争いの根源が二千年前からの宿命的なものであるだけに、根本的な解決は何とも難しい。 だが、それよりも我々日本人として、今回また再燃したこの戦争に対し最大の関心事となれば、 何と云っても「石油の輸入がストップしガソリやン灯油が暴騰するのでは…」と言う事である。 自動車ラッシュと言われ、燃料革命と言われる昨今の日本において、石油の需要は大変な量だ。 しかも、そのうちの90%程を中近東産で賄っている日本ゆえ、正に大問題と言わざるを得ない。 とにかく、イザとなって、車は動かない。風呂は沸かせないでは困る。 やはり、ガソリンと灯油を少し買っておこうかとも思う昨今である。(夫・誠筆)--------------------------------------------------------※(1967.6.6の日記余白、「昔・誠」書き込み記事)* スエズ運河閉鎖をアラブ連合が声明。--------------------------------------------------------------------------------1967(S42)年6月7日(水)曇 ★戦争関係の記事で埋まった新聞の一面に思う どの新聞も一面は中東戦争関係の記事で埋まっている。 数日前に、映画『ああ同期の桜』の広告として戦時中の毎日新聞の縮小版が入ってきたが、 何か怖ろしい想い出を呼び起こされたみたいな気がした。 そんな世界情勢が不穏な空気を孕(ハラ)んでいる折も折、 戦争の映画・テレビ・読物が流行しているのも、私には不可解なことである。(妻・幸筆)---------------------------------------------------------※(1967.6.7の日記余白、「昔・誠」書き込み記事)*中東戦争の即時停戦を関係国双方に要求する事を、国連安全保障理事会が決議。 ********************************************************************************** 《付記》2004年4月10日の誠、日記再読所感 ☆第三次中東戦争が勃発、先ず考えさせられた「油断 !?」 (以下、後日執筆予定) ☆戦争関係の記事で埋まった新聞の一面に思う (以下、後日執筆予定)************************************************************************※参考事項★1966(S41)年の大きな動き★ 国内…国債発行による景気上昇の反面、消費者物価問題が深刻化。(通年 ) 航空機事故相次ぐ。下記4事故死者計371人(通年) 全日空機東京湾墜落(2月) カナダ太平洋航空機、羽田空港着陸失敗(3月) 英BOAC機富士山上空で空中分解(3月) 全日空YS11型機松山空港で墜落(11月) 戦後最大の交通スト、公労協・交運共闘統一スト突入。(4月) 新東京国際空港を千葉県成田に閣議決定(7月) 自民党代議士・田中彰治、恐喝・詐欺容疑で逮捕(8月) 山口衆議院議長が東京大証事件に関連して辞任(12月) 世界…英国のビートルズが音楽で世界の寵児に(通年) 中国で文化大革命(通年)★1967(S42)年の大きな動き★ 国内…新宿西口広場が完成(1月) 日航が世界一周線の営業開始(3月) 富山県の奇病イタイイタイ病は三井金属神岡鉱業所廃水が原因 と学会発表(4月) ロータリーエンジン車を東洋工業が発表。自動車保有台数一千 万台を突破(5月) ワンマン宰相・吉田茂が死去。(10月…’89に戦後初の国葬) 那覇市で沖縄の即時無条件返還要求国民大会開催(11月) 消え行く都電。銀座線を廃止(12月) 世界…インドネシアのスカルノ大統領失脚(2月) アラブ諸国とイスラエル間に戦争勃発。スエズ運河を閉鎖。(6 月) 中国が初の水爆実験に成功。(6月) ボリビアでゲリラ闘争中の前キューバ工業相ゲバラが戦死。 (10月) 清朝最後の皇帝溥儀が死去(10月) ベトナム戦激化。米首都で十万人反戦集会のデモ隊が座り込み 。(10月) アラブ連合のアスワン・ハイ・ダムが発電開始。(11月)♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
2004年04月10日
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1967(S42)年6月5日(月) 小雨のち曇★パパは宿直。だが、一菜(カズナ)の急な発熱でママ大慌て… どうやら最近は健康体を維持し、元気に幼稚園に通って御飯も良く食べるようになった。 そう、安心していた一菜だったのに、土曜日の夕方になって急に発熱。 生憎とパパは宿直。 医者に電話すると、「診療時間は5時迄だから、早く連れて来るように」との事で大慌て。 結局、夏風邪で扁桃腺炎を併発しているとの事。 「今年の夏風邪は少々悪性で、お腹を壊したり、吐気をもようす場合もある」と脅かされる。 そのため日曜日も早起きさせられ、二晩続いて熱の為、まんじりとも出来ず、 ママの方が少々グロッキー気味。 食事の面その他でも、一菜には二美(ツグミ)以上に気を配ってやっているつもりだ。 なのに、一寸熱が出ると気分が悪い、吐気がすると、直ぐグッタリしてしまう。 何とか健康体にしてやろう。学校に入るまでに少しでも肥らせてやろうと思っているのに…。 (妻・幸筆)--------------------------------------------------------------------------------※(1967.6.の日記余白、「昔・誠」書き込み記事)* 『会長追悼録』上梓 発送の為、早朝、T印刷へ出向き『会長追悼録』の出荷に立ち会う。 思わぬ不幸が重なり、後ろ向きの編纂業務もWヘッダーを余儀なくされたが、これで完了。 何となく、感無量…。* 第三次中東戦争(のちに、6日間戦争と呼ばれる)が勃発。********************************************************************************** 《付記》2004年4月日の誠、日記再読所感 ☆パパは宿直。だが、一菜(カズナ)の急な発熱でママ大慌て… 子供時代には、こんなにも腺病質(センビョウシツ)な娘だった。 ところが、今では何と大農家の明るい肝っ玉カアサンといった変り様である。 婿を取って彼女に後を託したかった私達だけに、自主性を重んじ成るべく伸び伸びと育てたかった。 大きくなったら、スチュアーデスかアナウンサーに…というので、家の掃除すら自主性に任せた。 しかし、夢は儚く消えたものの、自ら苦労を共にと言い出した相手が農家の跡取り息子であった為、 畑仕事はしなくて良いとまで云われ結婚したが、道は彼女が予想より遥かに厳しかったと思う。 ソンナコンナから、体力なしには夫も子供も更に自分の幸せも期し得ないと自ら気付いたようだ。 ともあれ、こうして結果的に何時か一菜の腺病質は改善され、最近は滅多に寝込まぬ体となった。 15kgもある自家産米入りの重い袋を我家へ届けてくれる度に、娘の健康さが心嬉しい昨今である。
2004年04月09日
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1967(S42)年6月3日(土)晴★とんだ週末宿直の夜 土曜日の宿直と言う事だけでも面白くない。 なのに、明日“オーナー本家四百年祭”だとかで部課長連が準備に狩り出され、何とも騒々しい事。 やれ、やれ銀行中の窓を閉めてくれだの、頭取が何時くるか判らないし、宿直室で横になるなだの…。 とにかく勝手な事を次々と並べ言いたい放題だ。 「何を言う、俺は小使いじゃないぞ」と、この風見鶏的米搗きバッタ共を心中ドヤシつけたいところ。 その腹の立つこと一再ならずであった。 おまけに、秘書課の連中が引き上げて行ったのは、何と夜半も大分過ぎた何と1時半。 小使いさんを置く人件費をケチり、その余波を一般男子行員に皺寄せするなんて許せん奴等だ。 安い宿直手当のほかに、深夜残業手当をも請求したくなる。 (夫・誠筆)1967(S42)年6月4日(日)曇 ★とんだ週末宿直の朝 相棒のKKさんの凄い鼾(イビキ)で、まんじりとも出来なかったと言いたい程の今朝なのに、 もう6時半から米搗きバッタの一人、庶務部のSTがやってきて、ビービーとブザーを鳴らす。 昨夜帰る時は、7時半頃に…と聞いていたのにコノ始末。 如何にゴマを擂(ス)りたくッたって、他人の迷惑をもチと考えてもらいたいネ。 お蔭で、折角の日曜日の今日も、寝て曜日を余儀なくさせられてしまった。 大体、根拠も曖昧(アイマイ)な眉唾物臭い“オーナー本家四百年祭”の実行可否は兎も角も、 これは本来オーナー本家の行事の筈。何だって部下達を斯くも動員しなければならないのか…。 先日の国税庁の検査官の言葉ではないが、「公私混同」も甚だしいと云うほかはない。 「K一郎(亡き親父さんが呼ぶ頭取の名)よ。 オマエ、少しは恥を知りなさい !! 上に立つ頭取こそ自らに厳しく、 行員の模範となるよう行動しないと、組織は思うように動かんぞ…」。(ニヤニヤ) (夫・誠筆)********************************************************************************** 《付記》2004年4月8日の誠、日記再読所感 ☆とんだ週末宿直の夜☆とんだ週末宿直の朝 大いに辛子を効かせたつもりか、御尊父の頭取に成り代わった口調で書かれた結びの言葉、「K一郎よ。 オマエ、少しは恥を知りなさい !! 上に立つ頭取こそ自らに厳しく、 行員の模範となるよう行動しないと、組織は思うように動かんぞ…」。(ニヤニヤ) とあるのを見て、 「昔・誠」が心の憂さをコンナ戯言として日記に吐き出し、空しさを紛らしたのでは…。 だから、最後に書き足した形の(ニヤニヤ)は、その自慰的な戯言に対する照れと言えよう。 それにしても、このオーナー本家三代目を自負する頭取の、自己顕示欲は度外れていた。 この“オーナー本家四百年祭”にしても、戦前の日本が「皇紀二千六百年」と自ら数え、 あたかも西暦以上の古い歴史の基に成り立っていると誇示して大祝典を催したようなもの。 歴史学的にはコジツケと看破されても仕方がない家歴。 まあ、その真贋はともかくとしても、そんな事はオーナー家が独自に行うべき祭事であろう。 とにかく行員には公私混同するなとアレコレ細かな事ばかりガミガミ言い続ける一方で、 自分の事といったら、如何に頑固な大丼(ドンブリ)もヒックリ返るのではと思う丼勘定ぶり。 加えてソノ品行ときたら、還暦過ぎて次々と迎えた後妻さんは、共に洋風和風の元水商売女性。 夫々由緒ある家柄の子女を妻に選んでいた亡き初代・二代の両頭取夫妻を始め、先妻さん方も、 こうした横紙破りの結婚には、彼岸でサゾ苦虫を噛み締めたかも…。 尤も、そんな手前勝手なお殿様ぶりで彼氏が生きとうせたのも、コノ乱世ならではの事…。 アノ世での後日談、もし叶うものなら是非とも聞いてみたいものなのだが…。(フフフ)
2004年04月08日
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1967(S42)年6月1日(木)晴 ★「今日は“はごろもの日”だね」と一菜(カズナ)… 「衣がえ」。 女学生は今日から夏服になる。 一菜(カズナ)曰(イワ)く、 「今日は“はごろもの日”だね」と…。 しかし近頃では、 もうこの「衣がえ」と言う季節感は、もっと早めに感じている。 野菜・果物・花にしても、冬に夏の物が比較的安い値で手に入るようになってきたので、 改めて、季節感を染々と味わうというのは少なくなったと思う。 便利と言うべきか、淋しいと言うべきか…。 (妻・幸筆)----------------------------------------------------※(1967.6.1の日記余白、「昔・誠」書き込み記事)*謎の書き込み 「夜、《能なし亭主》のバクさんは嘆く。 “有能な女房を持つと、男はつらいよ”と…」 この日の欄外にあった本文と脈絡ないコンナ書き込み、 ハテサテ、我等夫婦の間に何があったのかしら?(ニヤニヤ) --------------------------------------------------------------------------------1967(S42)年6月2日(金)晴 ★網戸洗いの一日 暑い。 出し遅れていた網戸を洗い、干して嵌(ハ)める。 余りに調子に乗りすぎて、午後からはグッタリ。 だるい。眠い。暑い。 忙しい一日。 (妻・幸筆)---------------------------------------------------※(1967.6.2の日記余白、「昔・誠」書き込み記事)* 女子行員の噂話 新部長・SK氏が、部下の朝夕の挨拶に一切答礼しない。 そんな些細な挙動が目下部内での評判になっている。 特に良く叱られる女子行員たちは、相当アケスケだ。 「あの部長、感~じ悪いってありゃしない。一体誰様だと思ってるんだろう…」 てな噂話が、湯沸場や洗面所等から、サモ聞こえよとばかり時々外に漏れてくる。 ご本人だって判ってると思うのだが、何処吹く風といった感じ。 ********************************************************************************** 《付記》2004年4月7日の誠、日記再読所感 ☆「今日は“はごろもの日”だね」と一菜(カズナ)… 相変わらず、幼い頃のムスメ達の発言には笑わせられる。 「三保の松原に舞い降り、松の枝に干しておいた羽衣を漁師に取られた天女…」。 アノ『羽衣』の昔話でも幼い脳裏に閃(ヒラメ)いての発言だったのかしら…。 それにしても、わが家に裸で舞い降りた天女二人は、 ロクに恩返しもせず、嫁入り衣装を揃えさせ、 彼氏の元に一目散に行ってしまったけなぁ…。(トホホ) ☆網戸洗いの一日 近頃の住宅は耐震等を考え、昔と比べ窓が少なくなったなぁ。 古い母屋に建て増し建て増ししてきた我家は今も網戸が多い。 それだけに、網戸洗いも一仕事だつたという訳。 それに当時は一般住宅にエアコンなんて考えられなかったし、網戸ナシでは夏が越せぬ。 今のように、窓を締め切って横着を決め込む事も出来んかったものなぁ。 アッ、そうだ。そんな横着を決め込んでいた我が家の網戸はアチコチ破れた侭やったわん。 ともあれ我家は松林の中。夏も近付きソロソロ藪っ蚊よけの網戸も張り変えんとアカンなぁ。 尤もソノ藪っ蚊達も、古稀過ぎ爺婆の血は味が悪いらしく、近頃は余り刺されんけども…。 マア、これも幸の言葉を真似れば、 「便利と言うべきか、淋しいと言うべきか…。」(トホホ)
2004年04月07日
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***《お知らせ》********************************************************************* 保留中だった下記日付の後半、『《付記》「誠、再読所感」』を遅ればせながら書き上げました。併せてご笑覧いただければ幸甚です。(1)4日の日記 古い日記…♪No.355「幸に教えられた花の名前(1967.5.29《♂35♀31》)」**********************************************************************************1967(S42)年5月31日(水)晴 ★政治家の脱税率には、農家も商人も遠く及ばぬこと必定 !! 昨日は引き続き、会長追想録の贈呈用宛名札照合のためT印刷へ出張する。 明日の午前中で、ほぼこれを完了させる予定だが、思いのほか誤記が多く手間取ってしまった。 とにかく、誰が書いたかソノ顔を見たいような幼稚な字だ。 折角の豪華本のイメージを崩されてしまって、残念この上ない。 話変わるが、今日も国会で国会議員の所得税徴収に対する国税庁の弱腰が問題となっていた。 全く呆れるほどだ。 よく、給与所得者・商人・農家の順に、“九・六・四(クロヨン)”などと言わる。 その課税対象とされる所得捕捉率の高さを比喩し、不公平感を込めた皮肉だ。 だが何と言ったって、政治家の脱税率には農家や商人も遠く及ばぬことは必定(ヒツジョウ)。 以後、この言葉は、“九・六・四・一番?”と書きかえる必要ありと思う。 大体、今日(コンニチ)一番腐りきって居るのは政官財界の中心的な人物たちであろう。 事を税金に限るなら、 一層のこと、こんな不公平な所得税など止めてしまって、消費税一本にしてはとさえ考える。 勿論、これは税の本旨から外れるとする向きも多かろうが、 公平を期する為には、これ以外に方法ナシと思う。 質量とも一定の品質以下の必需品や医療サービスを除き、全ての物やサービスに課税する。 そうする事で、より豊かで高度な文化生活をエンジョイしている余裕層に負担してもらうのだ。 そうなれば、お金持も標準以下の所得層から不公平感や脱税を疑われる事もなく、 名実共に誇りえる高額納税者として、胸を張って日々明るく生きられようと言うものだ。 こうした税制が布かれてこそ、 正直者が馬鹿をみない世の中となりうるのではなかろうか。(夫・誠筆)********************************************************************************** 《付記》2004年4月6日の誠、日記再読所感 ☆政治家の脱税率には、農家も商人も遠く及ばぬこと必定 !! いやぁ~、「昔・誠」がコンナ事を書いていたなんて、スッカリ忘れてしまってたなぁ…。 そう言えば、当時は給与明細書を貰う度に天引きされている税金の高さに不満沸々。 “九・六・四(クロヨン)”だの“十・五・三(トオーゴーサン)等と言って、 全てガラス張りで源泉徴収されてしまう月給鳥の悲哀と、税の不公平を嘆いたものだった。 その消費税が、コチトラが定年退職した今頃、コンナ貧者に不公平を皺寄せする形で実現。 しかも、それが政治家や役人共ノ不始末の穴埋めをするためにドンドン増額される形勢だ。 やはり消費税は、「昔・誠」が当時考えたように、 「質量とも一定の品質以下の必需品や医療サービスを除き、全ての物やサービスに課税する」 こうした貧者の立場に立ったものでなければ、逆に悪税と言うべきだと思う。 今の侭では、何か暴力団が賭場や祭の露天商から寺銭や所場代を捲き揚げる図ソックリだ。 まあ「日の丸ヤクザ」の親分衆よ、好い加減で弱い者虐めの詐欺や脅し政治から足を洗わんと、 肝心の稼ぎ所場の日本列島それ自体が沈没し、元も子もなくなってしまうかも…。 そうなってからでは、手遅れデッセ !!(トホホ) まあ、冗談や皮肉は兎も角としても、 是非是非お偉いさん方、あんじゅうタノンマッセ !! ************************************************************************※参考事項★1966(S41)年の大きな動き★ 国内…国債発行による景気上昇の反面、消費者物価問題が深刻化。(通年 ) 航空機事故相次ぐ。下記4事故死者計371人(通年) 全日空機東京湾墜落(2月) カナダ太平洋航空機、羽田空港着陸失敗(3月) 英BOAC機富士山上空で空中分解(3月) 全日空YS11型機松山空港で墜落(11月) 戦後最大の交通スト、公労協・交運共闘統一スト突入。(4月) 新東京国際空港を千葉県成田に閣議決定(7月) 自民党代議士・田中彰治、恐喝・詐欺容疑で逮捕(8月) 山口衆議院議長が東京大証事件に関連して辞任(12月) 世界…英国のビートルズが音楽で世界の寵児に(通年) 中国で文化大革命(通年)★1967(S42)年の大きな動き★ 国内…新宿西口広場が完成(1月) 日航が世界一周線の営業開始(3月) 富山県の奇病イタイイタイ病は三井金属神岡鉱業所廃水が原因 と学会発表(4月) ロータリーエンジン車を東洋工業が発表。自動車保有台数一千 万台を突破(5月) ワンマン宰相・吉田茂が死去。(10月…’89に戦後初の国葬) 那覇市で沖縄の即時無条件返還要求国民大会開催(11月) 消え行く都電。銀座線を廃止(12月) 世界…インドネシアのスカルノ大統領失脚(2月) アラブ諸国とイスラエル間に戦争勃発。スエズ運河を閉鎖。(6 月) 中国が初の水爆実験に成功。(6月) ボリビアでゲリラ闘争中の前キューバ工業相ゲバラが戦死。 (10月) 清朝最後の皇帝溥儀が死去(10月) ベトナム戦激化。米首都で十万人反戦集会のデモ隊が座り込み 。(10月) アラブ連合のアスワン・ハイ・ダムが発電開始。(11月)♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
2004年04月06日
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***《お知らせ》********************************************************************* 保留中だった下記日付の後半、『《付記》「誠、再読所感」』を遅ればせながら書き上げました。併せてご笑覧いただければ幸甚です。(1)4日の日記 古い日記…♪No.355「幸に教えられた花の名前(1967.5.29《♂35♀31》)」**********************************************************************************1967(S42)年5月30日(火)晴 ★モニターの本質は「思ったままを気取らず率直に書く事」と思う 頁(ページ)を捲(メク)り返してみると、やっと11日に「雨」という文字を見つけた。 4月中頃の毎日降り続いた、いわゆる「菜種梅雨(ナタネツユ)」の頃が何か愛(イト)おしい。 でも、あの時は、雨ばかりで嫌になると思ったに違いない。自分ながら勝手なものだ。 かねてより依頼されていた「プリマハム」の新聞広告についてのモニターを今日送る。 昨夜は如何に頭を捻(ヒネ)っても文が纏(マトマ)らず、困惑の果てに寝てしまった。 けれど、今朝仕事が一段落して机に向かうと、簡単に書く事が出来た。 つまり、「思ったままを気取らず率直に書く事」。これがモニターの本質だと思う。 例の豚コレラ汚染問題を体よく逃れて品質管理の徹底を叫んでも、主婦はもう騙されない事。 昔から「食べ物の恨みはコワイ !!」と言う。 人の生命問題を預かる食品関係会社は、常に謙虚であって欲しい。 などと、この時とばかり、上げたり下げたりして批評する。 こんな口うるさい所なんぞと言って、ハムは送ってこないかも知れない。 勿論、ハムは送ってくるかも知れないと云いだしたのは、コチラの勝手だけれど…。(フフフ) (妻・幸筆)********************************************************************************** 《付記》2004年4月5日の誠、日記再読所感 ☆モニターの本質は「思ったままを気取らず率直に書く事」と思う (以下、後日執筆予定)
2004年04月05日
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4日の日記 古い日記…♪No.355「幸に教えられた花の名前(1967.5.29《♂35♀31》)」 1967(S42)年5月29日(月)晴のち曇 ★吾等が青春の名画『青い山脈』で唄われた恋の花、“アマリリス”が我が庭に… 裏庭の仄暗い繁みの中に、真紅の百合とでも言いたいような美しい花が五・六輪、 何かヒッソリと咲き競っているのを見つけた。 朋子に話すと、 “何にも知らない人ねぇ…”とでも云いたげに、 「あれは“アマリリス”よ」と、教えてくれた。 なるほど、映画『青い山脈』(石坂洋次郎原作)の主題歌の中で唄われていた「恋の花」。“アマリリス”とはコレだったかと、密かに自分の無知を恥じ、青春時代を懐かしくさせられる。 しかし、 「今頃その美しさに気が付くなんて、アナタも全く蛍光灯ね。それとも…」と、 幸に妙な追い打ちを掛けられるのを慮って、昔の話はコレにてチョン !! (夫・誠筆)--------------------------------------------------------------------------------※(1967.5.29の日記余白、「昔・誠」書き込み記事)* 不意の支出に備え、パーソナルチェック口座開設を !! 昨日の日曜日は、予想外の支出もあって手元金がゲルピンに…。 以後、こうした事態に対処できるよう、明日にでも早速 パーソナル・チェック口座(個人当座口)を作っておこう。 余り多額の手許金を下ろしておかずとも、 イザという時に小切手で支払えれば、 後で普通預金口座から移し変えて決済に備えれば済むのだから…。********************************************************************************** 《付記》2004年3月25日の誠、日記再読所感 ☆吾等が青春の名画『青い山脈』で唄われた恋の花、“アマリリス”が我が庭に…『青い山脈』と聞き私が思い出すのは、当時この映画が若者達へ与えた各種の影響の大きさである。 私の学んでいた男女共学になって間もない高校の学園祭でも、若い先生方が顔を揃え、美人で才女の女生徒を相手役に、この『青い山脈』を上演。ヤンヤの喝采を得ていた記憶が今も鮮やかだ。 こうした顔ぶれで演じられた旧世代への決別宣言とも取れる内容の、コミカルなラブストーリー。 その配役も、劇そのものと些か相似た関係で、現実なら何かと問題となりそうな先生と教え子のラブシーンとあって注目の的。 …そんな観客の興味も加わっての出し物だっただけに、相当にヤッカミや冷やかし半分の野次や口笛も飛ぶ、賑やかそのものの『青い山脈』だった。 まあ、当時としてはアチラでもコチラでも演じられた一種の社会現象的な出し物だっただろう。 でも、その一つ一つのローカルな『青い山脈』劇が、私同様に当時青春真っ盛りだった若者の忘れ得ぬ独自の『青い山脈』として、楽しき思い出の一齣になっているものと思う。 その学園祭での主演女優である「新子」役だったA子さんは、男子進学校だった母校が男女共学になって直ぐ、地元の女子名門校から転校してきた進学希望の才女の一人。 同級生約三百五十人中、女子は十指に及ばぬほどの希少価値も加わり、有象無象の男どもにとって、女生徒は皆お姫様みたいな存在だったものだ。 そんな訳もあってか、文字どうり女子生徒の3割に当たる6人3組が、成人後に同級生結婚する結果となっている。 まあ話は逸れたが、当然の事として才色兼備の「新子」役を演じ人気一段と高まったA子さんゆえ、「変(?)しい変(?)しい」と想いを寄せる者も十指に余ったのではなかろうか。 或いは、彼女も同級生の誰かと結ばれるかと心密かに期待した私だったが、結果として同級生ではない、高級公務員氏と結ばれた。田舎者の俺たちには余りに高嶺の花過ぎたのか、身近な誰もが力及ばずといった感じ…。 社会人になられ地元の裁判所に居られた頃は、時折アノ清新な若々しい姿を銀行のロビーで見かけた吾等が青春のマドンナ「新子さん」だった。 あれかせ幾星霜、今どんな可愛い「オバアちゃま」になられたのかな…。なんて時に懐かしく思う昨今である。 また、相手役として主演男優を演じたT先生も懐かしい限りだ。 努力家で何事にも慎重だった同先生は、自ら言葉を選り分けているように時々講義をストップされ、噛み締め直しているような話し癖があった。 そう言えば、アノお芝居の中でも、時にセリフがストップしがちだったような気もするが、ハテサテ早はるかな昔、当時のプロンプターとて思い出せまい。フフフ…。 あれから間もなく司法試験に合格。その後は時々新聞を賑わす法曹人として活躍するまでとなり、齢八十にもなろう今でも中央の弁護士として活躍中の模様。 その間には、私のような不肖の弟子の面倒も良く見てくださり、何かとお世話になりっぱなしだ。 もし、同先生がコノ一文を見られたら、「やはりドングリはドングリだった」と、心中苦笑されるのではなかろうか。 なお末文ながら、当時を知らない今の若い読者への解説も兼ね、自分の記憶と資料から拾った映画『青い山脈』の解説を、参考として以下に追記しておく。《参考》 映画「青い山脈」(原作者 石坂洋次郎/1900-1986)昭和22年に発表された石坂の代表作。 新しい民主主義の到来を謳った青春映画。 地方の女学校を舞台に、古い因習に立ち向かう若者たちの姿を描いた大ヒット作。 1949年・東宝作品/ ☆スタッフ…監督・脚本:今井正、脚本:井出俊郎、撮影:中井朝一、音楽:服部良一 ※監督・今井正氏 … 1912年、東京生まれ。35年、京都のJOスタヂオに入社。 JOが東京のPCLなどと合併し、東宝となると、すぐに監督昇進。 『沼津兵学校』(39 年)でデビュー。 ☆キャスト…主演/原節子、池部良。 助演/伊豆肇、木暮実千代、龍崎一郎、若山セツコ、杉葉子、藤原鎌足ほか。 この日記のモチーフとされた「恋のアマリリス」は、同映画の主題歌として発表され、確かレコードではB面に収録されていたが、A面収録の同名主題曲共々に中々人気があった。参考までに、少し不確かだが思い出せる範囲で、その二つの歌の歌詞を書き添えておこう。「青い山脈」 * 作詞 西条八十・作曲 服部良一. 唄 藤山一郎・奈良光枝(1) 若く明るい歌声に 雪崩は消える 花も咲く 青い山脈 雪割櫻 空のはて 今日もわれらの 夢を呼ぶ(2) 古い上着よサヨウナラ さみしい夢よサヨウナラ …… ……(3) 父も夢見た母も見た 旅路の果のソノ果に 青い山脈 薔薇色雲に …… 「恋のアマリリス」 * 作詞:西条八十 作曲:服部良一 唄 :二葉あき子(1) 赤い花びら アマリリス 窓にやさしく 咲いた日に 私の胸にも 春風吹いて 開いたつぼみの ああ恋の花.(2) 姉と呼びたき師の君も 悩みたたもうか 恋の夜は …… …… 〔インターネットから拾った同映画を懐かしむ声や関連事項〕※青空映画館 愛知県知多市・渡辺佳子さん(主婦・68歳). 我々の世代で、この懐かしい歌をうたえない人はいないと思う。この歌を聞くと、映画の「青い山脈」を思い出す。第二次世界大戦が終わり…(後略)…」
2004年04月04日
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1967(S42)年5月28日(日)曇がち ★朝からクサクサして、内職の虫が又ムクムク 「久しぶりに雨が降るでしょう」と、気象庁は喜ばせてくれた。 だが、空が黒雲に覆われただけで、一滴の雫(シズク)も落ちて来ない。 前述の如く、午前様で帰宅したパパは案の定、朝幾時になっても目が覚めない。 怒るまいと思っても、先週の土・日は伊東へ出かけて留守。 そしてまた昨日と今日もコノ有様では我慢できなくて、つい腹が立ってしまう。 喰っちゃ寝、喰っちゃ寝のダラダラした日曜日は、子供にとっても甚だ悪い習慣だ。 夕方、念願だったビニール製の敷物を求めリビング・ルームを夏向きに変える。 朝からクサクサしていた気分も、どうやらコレでサッパリ。 夏になったら、アソコもこうして涼しくしたい、ああもしたい、とキリがない。 それにパパの靴もソロソロ寿命だそうだ。 やっと治まりかけていた虫が又々ムックリ目を起こしそうだ。 内職の虫が。 (妻・幸筆)---------------------------------------------------※(1967.5.28の日記余白、「昔・誠」書き込み記事)* YS義姉さんの慌しく里帰り 昨夜、幸の実家・朱門宅へ幸の長姉である青梅のYS義姉さんが久々里帰りされた。 今日、近隣の「千松閣」である同窓会へ出席するためだそうだ。 だが会が終わると直ぐ、落ち着いて両親と語らう間もなく、夕方の列車で帰宅。 留守番させてきた子供達が心配なのであろうが、何とも慌しい。 丁度、日曜日とあって駅まで車で見送り、手土産を持って帰ってもらう。--------------------------------------------------------------------------------★兄との夜遊びは、実家で店を手伝いたいという幸の希望実現への一策 土曜日とあって、昨夜は幸の勧めるままH町の実家へ行き10時過ぎてのカラー番組、“タイム・トンネル”を観賞。 ところが見終わって帰ろうとすると、兄が一緒に飲みに付き合えと言う。 このところ大分奢られっぱなしになっているし、又、店で働きたいという幸の希望を 兄に伝えるにも良い機会であろうと思い、1時間程のつもりで腰を上げる。 すると、そこへ生憎と母が3階の居間から丁度降りてきて、色々と取り持ってくれる。 この為なかなか出掛ける事が出来ず、福寿司に着いたのは午前零時を過ぎてしまった。 母は多分、我々が夜遊びに出る気配を感じ、不良息子(?)共を程よく牽制したのかも…。 まあ、このようにして昨夜は、到々幸に午前様の汚名で呼ばれる破目と相成った次第。 だが女達のソンナ心配気な視線をも意識し、手土産提げ家路を急ぐ亭主族の心中やら、 立場といったものをも、やはり少しなりと女性たちに理解してもらえないかとも思う。 以上、諸々の虫が目を覚ましそうな誰かさんに、陳謝の気持方々お願いする次第である。 (夫・誠筆) ********************************************************************************** 《付記》2004年4月3日の誠、日記再読所感 ☆朝からクサクサして、内職の虫が又ムクムク☆兄との夜遊びは、実家を幸の職場にとした両親との約束実現の為… (以下、後日執筆予定)
2004年04月03日
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1967(S42)年5月27日(土)晴ときどき曇 ★記載例をサンプルに付け、結婚祝いに「名入夫婦日記」を贈る 今日は本来なら幸の書く順番だが、TK・TR両兄ご夫妻宛に夫婦日記を贈るに当たり、 そのサンプルを示す必要があって、私が先に筆を執る。 私の文章の終わった後へ幸も予定どうり、今日の所感を綴ってもらいたい。 顧みれば一年半、こうして書き続けたコノ日記の意義は非常に大きいと思う。 或る時は、紙上夫婦論争の風雲急を告げ、1週間程チョンガー日記となった事もあった。 また或る時は出張で、ずっと幸の育児・文芸・政治などの随筆日記となった。 元来、無精者揃いの我々二人、私も幸も独身時代から何度日記を付け始めたか知れない。 だが、何とソノ都度、良くて3ヶ月といったところが精々であったと回顧する。 それが今回は一年半に及ぶ。 しかも今では、それほど日常生活の重荷と感じる事もない。 否むしろ、:現在の多忙な生活の中で、お互いをヨリ理解しあう最も良き場として、 楽しみながら、この日記の頁は埋められていっている。 この度、昨日の日記でも触れたとおり、友人・TK君が結婚するに当たって、 新郎新婦の名前を表紙に刻んだ日記を贈る事にした。 それは、この良き習慣をヨリ多くのカップルに植え付けたい。 そんな私の切なる希(ネガ)いを込め、先夜ご厄介になったお礼も兼ね、 伊東の友人・TR君夫妻にも謹呈させてもらう事とした。(夫・誠筆)★さしずめ私は「カラーTVウイドウ」? ゴルフ・ウイドウなる合成語が数年前に流行した。 だが、現在のところ、さしずめ私は「カラー・テレビ・ウイドウ」なる心境である。 夜遅くまで、ハパとカラー・テレビを楽しんでいるわけにはいかぬのが主婦なのだ。 その為、「どうぞ一人で行ってらっしゃい」ということになる。 ソンナコンナで、パパは今夜も午前様。 11時まで我慢して待っていたのであるが、ついに堪りかねてダウン。 「他でもない兄と二人で仲良く杯(サカズキ)を酌み交わしているのだし、 何も腹を立てる事はあるまい」。 と言うパパの言い分は百も承知である。 でもやはり、時間的にも限度を弁(ワキマ)えてほしいと思う。(妻・幸筆)------------------------------------------------------------------------※(1967.5.27の日記余白、「昔・誠」書き込み記事)*旧友TK君への結婚祝品、「名入夫婦日記」の新婦名誤記騒動 朝、銀行へTR兄より電話があり、昨日託送したTK君への結婚祝品、 「名入夫婦日記」の新婦名は「万子(カズコ)」でなく「万枝(カズエ)」との事。 「お前、“万子”なんか書いたもの贈ったら、読み方次第で結婚早々大騒動だぞ…」 なんて言って大笑い。 ドチラの言い間違いか聞き間違いか知らないが、ホンマ、エライコッチャ !! 早速、「万枝」と訂正したネームを刻ませ送付する。 尚、ついでながら、TR兄にも同じ「名入夫婦日記」を贈る事にして作製。 併せて急ぎ託送した。 ********************************************************************************** 《付記》2004年4月2日の誠、日記再読所感 ☆記載例をサンプルに付け、結婚祝いに「名入夫婦日記」を贈る (以下、後日執筆予定) ☆さしずめ私は「カラーTVウイドウ」? (以下、後日執筆予定)
2004年04月02日
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1967(S42)年5月26日(金)晴 ★旧悪をバラしっこなし等、難しい条件付の結婚祝辞依頼に頭を捻(ヒネ)る 以下は、明後28日に東京會舘で挙式予定の、友人・TK君への結婚祝辞である。 この依頼を伝えられたのは、先週末に伊東の友人・TR君の家へSB君と集まった時の事。 何でも式の司会を同級生代表として引き受けた在東京のOT君から名指しの指名だとか…。 でも酔っていた為か、そんな事は全く記憶無く、先刻の電話で初めて聞いたようなもの。 当日多忙で欠席を伝えた私に対する、ペナルティー的な感じもするものだった。 しかもソレは、「短文で余り在りきたりでないものを…」との難題付とあって一苦労する。 まあ何とか註文の条件も兼ね合わせたつもりだが、ハテサテ気に入ってくれるだろうか…。☆ 祝 辞 TK君、ご結婚お芽出度う !! 君達の披露宴で、私にも一言申し副える機会を与えてくださる…という電話を、たった今、 瓢六ことTR君から伝えられた。 だが、時間がないから、直ぐに書いて速達で送れと言う。 ソレも、硬軟よろしきを得ている事。旧悪は暴露せぬ事、と言った極めて難しい条件付だ。 実は、私も7年前に君と同じ立場に置かれ、有る事ない事を面白おかしく脚色されて、 全く参った事があった。 普段なら、こんな悪友たちに負けてはいない私だった。 しかしコノ時ばかりは、止む無くツンボ桟敷に甘んじるより仕方がなかったのである。 木偶(デク)の坊のようなムコ殿ならイザ知らず、活(イ)きのいい男子(オノコ)なら、 きっと拳を思わず握りしめたくなるところ…。 だが、それをジッと堪えて我慢せねばならぬ辺りに、新郎の辛い立場があるんだなぁ…。 だが君には、こうして悪友の毒舌を前もって制してくれる良き友を持っていた。 真に君は幸せ者であり、それは、言い換えるなら君自身の徳のしからしめるものだと、 つくづく感じさせられた。 おそらく新婦M子さんも、こうした心底憎みがたい君の性格に魅かれたものであろう。 どうか君の良さをヨリ活かして、事業を、家庭を、一層リードしていってもらいたい。 尚、余計なことをするなと言われそうだが、 私共の経験に基いて、ここに君達ご夫婦の名前を刻んだ日記帳を贈りたい。 新婦M子さんと交替で愛用願えれば幸いだ。 勿論、雨降って地固まる紙上夫婦論争も多いに結構…。 では、グッド・ラック !! “花の昭和七年組”の一人 「バクさん」こと若水 誠 (夫・誠筆)--------------------------------------------------------------------------------※(1967.5.26の日記余白、「昔・誠」書き込み記事)*「旧友TK君への結婚祝辞」託送 TK君への祝辞等は、伊東のTR君宅の近くから通勤中の調査部OSさんに頼み託送。 結婚式に出席するTR君の上京に間に合わないと拙いという訳である。********************************************************************************** 《付記》2004年4月1日の誠、日記再読所感 ☆旧悪をバラしっこなし等、難しい条件付の結婚祝辞依頼に頭を捻(ヒネ)る (以下、後日執筆予定) ************************************************************************※参考事項★1966(S41)年の大きな動き★ 国内…国債発行による景気上昇の反面、消費者物価問題が深刻化。(通年 ) 航空機事故相次ぐ。下記4事故死者計371人(通年) 全日空機東京湾墜落(2月) カナダ太平洋航空機、羽田空港着陸失敗(3月) 英BOAC機富士山上空で空中分解(3月) 全日空YS11型機松山空港で墜落(11月) 戦後最大の交通スト、公労協・交運共闘統一スト突入。(4月) 新東京国際空港を千葉県成田に閣議決定(7月) 自民党代議士・田中彰治、恐喝・詐欺容疑で逮捕(8月) 山口衆議院議長が東京大証事件に関連して辞任(12月) 世界…英国のビートルズが音楽で世界の寵児に(通年) 中国で文化大革命(通年)★1967(S42)年の大きな動き★ 国内…新宿西口広場が完成(1月) 日航が世界一周線の営業開始(3月) 富山県の奇病イタイイタイ病は三井金属神岡鉱業所廃水が原因 と学会発表(4月) ロータリーエンジン車を東洋工業が発表。自動車保有台数一千 万台を突破(5月) ワンマン宰相・吉田茂が死去。(10月…’89に戦後初の国葬) 那覇市で沖縄の即時無条件返還要求国民大会開催(11月) 消え行く都電。銀座線を廃止(12月) 世界…インドネシアのスカルノ大統領失脚(2月) アラブ諸国とイスラエル間に戦争勃発。スエズ運河を閉鎖。(6 月) 中国が初の水爆実験に成功。(6月) ボリビアでゲリラ闘争中の前キューバ工業相ゲバラが戦死。 (10月) 清朝最後の皇帝溥儀が死去(10月) ベトナム戦激化。米首都で十万人反戦集会のデモ隊が座り込み 。(10月) アラブ連合のアスワン・ハイ・ダムが発電開始。(11月)♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
2004年04月01日
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