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*********************************************************************************** ★ 2004(H16)年10月23日・中 越 大 地 震 余 話★『生き埋め母子三人救出活動の関係者全員無事を祈る』*********************************************************************************** ☆難航する救出活動に、生き埋め母子と全救出隊員の無事を切望♯ この時ならぬ緊迫の救出劇をハラハラしながら喜んだ私去る10月23日の中越大地震発生以来すでに丸4日も経った今日昼下がり、山崩れで車ごと谷間に転落したらしいと伝えられていた母子三人の生存が確認された。正直なところ私は、「モウ絶望ダロウ !?」。そう失礼ながら思っていた。それだけに、このニュースは一国民に過ぎないTV視聴者の私達にとっても、実に素敵な朗報として思わず胸を熱くさせられた。だがソレからの救出活動の大変さは、テレビ中継で詳報される画面に一喜一憂する場面の連続だった。救助活動が始まって約一時間半ほどで最初に二歳になる第二子の優太ちゃんが救出された時には、もう三人とも次々と助け出されるものと思った。ところがドッコイそう簡単には行かず、救出作業は愈々難航。ジリジリと時の過ぎ行くのをモドかしく感じる間も、昨日はソロソロ静穏化しつつあるかに見えた余震が、何と今日は再び活発化。午前十時半頃に震度6弱の大きな余震の発生が報じられたのを筆頭に、この救助活動中も何度か震度4程度の強い余震に見舞われた。その都度、事故現場の急峻な谷間に折り重なるような爪跡を見せる大岩小岩が、今にも十数人の救助隊の頭上めがけガラゴロと転がり落ちてくるのではとハラハラさせられ、そんな作業を見守りながら実況を描写し書残そうと、このパソコンを叩き続けた次第。それから三時間程経った今は四時半。先程、谷間の早い日暮れが気になる中、漸く母親の皆川貴子さん(39)の救助が数々の巨岩や土砂を何とか取り除き成功。まさに今、赤い東京消防庁の大型へリで病院へ運ばれて行くところだ。良かった、本当に良かった。でも未だ楽観は禁物だ。愈々闇が濃くなる谷間で進められる三歳になる長女の救出活動は更に大変な事だろう。そして不幸な犠牲者も、また同時に救出に尽力してくれている救助関係者も、全員全てが無事であってほしいもの…。そんな思いを、夕餉の支度も腰が落ち着かぬ気な家内と共に画面に見入り、アレコレ語り合い続けている今夕の私達だった。さて、そんな間にも食事の支度が出来たからと言う家内の声で、食卓に付いた吾等爺婆二人。テレビに見とれながら、暖かな饂飩鋤(ウドンスキ)を啜る。なろうものなら、この地震のため暖かな物もロクに口に出来ないと聞く、被災者や避難者の皆さんにも食べさせてやりたいもの。でも年老いた今の自分達には、思うだけがやっとで出来るのは精々乏しい年金生活を節約して義捐金等に応じる程度。そんな事を話しながら再びテレビ脇のパソコン台の前に戻った私…。ソウコウする間に、アノ荒々しい崖の途中の事故現場に集まり残る第一子の真優ちゃんの救出に当たっていた五人程の人が、何故か現場を離れ川辺まで下って他の人々と合流した。車内の後部座席を取り除いてみたものの、目指す残りの真優ちゃんが見当たらないとの事。このため今後の作業の進め方を協議している模様だが、我々傍観するしかない者としては、どうか見捨てないでやって欲しい。しかし、既に決死でコンナにも危険を冒し疲労も限界に達しているであろう救助隊員諸士の事を考えるとソウも言い難い。でも口には出せないものの、被災者の身内の方々としたら、出来るものなら、新たな隊員と交替するとかの方法で、夜を徹しても救助に当たって貰いたいと心中思っているに違いなかろう。私達も是非そうしてやって欲しいもの…。♯交代要員には、自衛隊員こそ最適では… ところで、話は些か横道に逸れそうだが、ソノ交替要員として自衛隊が一役買ってくれたら如何なものか。もし小泉首相の即決でコレが実現すれば、落ちかけている彼の人気は再び反騰するかも知れない。それより何より、国民が自衛隊の諸士を見直してソノ大なる存在感をグンと実感。心から感謝する事は明らかであろう。まあ、こんな事は考えたくもない事だが、その徹夜作業の結果が仮に虚しかったとしても、又、これにより二次災害が起こったとしても、あのイラクで万一にも流す血に比べたら、どんなにか意義ある血の流し方かと、国民にしても、多くの隊員自身にしても、思うに違いない。なのに、こんな事故が相次ぐ日本を二の次にして、戦火の最中にあるイラクの人々さえもアリガタ迷惑がる自衛隊派遣は、もう程々にしてもらいたいものだ。現にコノ25日には又一人、日本の若者がイラクの反政府組織に捉えられて、自衛隊の撤退なくば斬首すると脅されているではないか…。ソノ行為の善し悪しは兎も角も、日本の国としては今、米国の国益を守る為の走狗となる以前に、現に身の危険を脅かされている自国の若者を見殺しにして良い法はなかろう。今朝も小泉首相は、「自衛隊を撤退させる意思はない」とか嘯(ウソブ)いていたようだが、自分が今この民主国家日本の首相として何を為すべきかを、良く良く考えてもらいたい。そう、この一老骨は心から希望したくなった今宵だ。ホホホ、何か予想以上に話が横道に逸れちゃったかしらん…。純ちゃんゴメンネ !! (フフフ、ニヤニヤ)。 ☆ ☆ ☆ オッと、そんな余談を書き終わろうとする食後の今、午後7時前。テレビ画面に何とも哀しいテロップが流れ出した。それは、先程、救助隊員が更に三時間もの苦労の末に助け出した母親の皆川貴子さんが、病院での手当ても虚しく他界された由。まあ、息子さん一人でも助け出された事を知られた上での事であっただけが、些かの救いといえば救いだ。コノ上は、残る未発見の娘の真優ちゃんを何としても探し出し、此の世に生還させてやって欲しいもの…。そう心から思う今宵の私だ。勿論、手に汗握してコノ救出作業を見守った全国多数の視聴者とて同じ思いであろうが…。♯「君、死にたもう事なかれ !!」 尚、更に一筆最後に書き加えておきたいのは、最近流行の自殺志願者の若者の事である。モシこれから万一死にたくなったなら、今日この救出実話の事を必ず思い出して考えて欲しいもの。だってソウだろう。この母親の貴子さんはコノ可愛い我が子の命を守るために、丸々4日間も必死になって飢えや痛みや孤独や闇に襲われながら頑張り抜いた。又、この三人の命を助けようと、どれだけ多くの善意の人々が己の命を二の次にして力を尽くしたか…。それを考えてごらんなさい。それは、とかくコノ世は我利我利亡者ばかりとも思いがちなもの。でも何時か花咲く日もないじゃなかろうというのも人の世の常。折角、親から貰った命じゃないか…。否そんな親の殆んどは、神様から貴方がた一人一人を預かったからこそ大切に可愛い可愛いと育てるんだよ。それは勿論ソウではなく、もってもほかと思える親も、中にはいる事だろう。でも、それは親がソノ神様の意思を気付かないから出来る事。そんな罰当たりの親には何れ神様が罰を当てる筈。そう思って、折角の創り主である神様の意思を信じて生きて欲しいものだ。それは、その努力が報われる人ばかりではないかもしれないが、そう生きた果てに、「神様やはり貴方は間違ってましたよ」と言ってみる。そんな言葉を残して世を去れるとなれば、それは又それで貴方は神様以上の存在。そうな風に割り切って生き抜けたとしたら、これに勝る悟りの境地はないとも言えよう。「お見事 !! 立派な人生だったよ」。とかく非情な神様だって、多分ネジクギ勲章くらいは与えたくなるのでは…。ちなみに「ネジクギ勲章」とは、地球の裏側アルゼンチンの一寸ヘソ曲がりで良心的なインテリ達が考え出した、反骨者同志が贈り合い楽しんだ粋人勲章の事。例えば、先ごろ小泉内閣が提唱した国民栄誉賞授与の申し出に辞意を表したと聞く、あの「マリナーズ」の一郎選手のような人も、これならば受けてくれるでしょうと考え出したものらしい。何れにせよ、そんなふうに思って拍手を惜しまない老いて益々ヘソ曲がりなる小生一人、此処に在りと言いたい。ともあれ、此の世に何らかの役割を果たさせようと創りだした神の意思と共に、愛し育くむように定められた親あってこそ、自分は今これまでに成長して此処に在る。そう思い直して見る事を忘れずに、命の大切さを再認識して欲しい。暗い出来事ばかり多い昨今の日本ゆえに、この救出作業に心からの感銘して、余計なお世話と言われそうな事も承知の上で、多くのニヒリスト諸兄姉に強く生きよと望みたくなった。どうか皆さん方、耳にタコが出来た言葉かもしれないが、自分の為、親の為、国の為。是非とも、「君、死にたもう事なかれ !!」そう強く言いたい今宵の胸熱くさせられた古希過ぎ爺である。 ***********************************************************************************
2004年10月27日
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************************************************************************************随想『今日の非公開欄【他人様の日記】記事「仲良し夫婦日記の事」』※来月の官製年賀ハガキ発売までに何とか間に合わさねばと、楽天日記の更新を 二の次にして年賀状用住所録改訂作業を数日前から始めた私だ。 でも時々気分転換のため来訪者の日記拝見に出かける。そして今日は又、アノ 「-みろり-さん」のコンナ一文が目に止まった。 ついでにコノ一文に寄せられたコメントやトラックバックも熟読。更にカキコ 欲を刺激されて、住所録更新作業を一時中断し、久々に日記を一筆…。 それにしても、更新率100%に空いた五日間の穴が何とも気になる。出来れば 後日でも何とか埋め込みたいものだと思う。****************************************************************************** ★今日の【他人様の日記】欄転載「-みろり-さん」と(10月12日)と「みっく (*^-^)ノさん」(10月17日)の日記『恐るべきおばさんパワー!』 -みろり-さんある施設のバザーに誘われて行った時の話です。大体バザーというものは、終了間近には大幅に値下げするのですが、それを待って買い物をする人もいるわけです。まぁ、私もそんな一人なんですが、半額になったのでお目当ての物を手に取り、お店の人に渡し、値引きのしるしを付けてもらおうとしているところに、隣りでずっとおしゃべりに花を咲かせていたおばさんがいきなり来て、「それは私が買おうとしていた物なのよ!」と横取りしてしまいました。私は目がテンになって、「それは今値引きのしるしをつけてもらおうと思って渡してたんですが…」と言っても、周りにいるお仲間たちに「さっきから買おうと思って、手にとってたのよね~」と。お店の人も、いったんは「先に渡されたから」と言って、私の味方をしてくれましたが、なんだか顔見知りだったようで、全然引かないおばさんに困っていました。そしたら、そのお仲間さんが「それなら、じゃんけんで決めなさいよ」と。なんとも理不尽なような気がしたのですが、ここはちょっと大人になってその提案に応じることにしました。そしてじゃんけん。私は「それでは、最初にグーからで良いですね。」おばさんは頷きました。それじゃ、「最初はグ~、・・・」勿論、私はグ~を出しました。でも、おばさんはパーを出し、「勝ったわ~。(川 ̄ー ̄)ニヤリ)」はぁ~? もう、目がテンになりすぎて無くなりそうだった。そして、そのおばさんの最後の一言。「本当はそんなには欲しくなかったんだけどね・・(フフフ)」それなら、すんなり譲りなさいよ~~~~!まだまだ未熟な私は、こうして惨敗いたしました。(/__
2004年10月19日
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******************************************************************************★続々:他人様の日記『のぼり棒は快感?!』に思う ※あの幼き頃の無意識なるが侭に知った大人の男への春の目覚めと思える現象は、総ての男の子に 相通ずるものだったのか否か、 こうなると何か愈々解明したくなってくる。 昨12日に始まったこの題材を、そんな思いで続編・続々編として纏め、13日と14日の日記として 綴ってみる事にした。 ****************************************************************************** ☆やっぱり書いて良かった「ああ我が懐旧の『イタ・セクスアリス』(後半)」【まえがき】 「これは、然るホムペの奥様の標題の日記に触発されて書くに至った、ある意味で、 私自身の『イタ・セックスアリス』のようなもの。…」 な~んて言葉で書き出したのが、些か誤解を恐れながらの昨12日の日記だった。 でも嬉しい事に、そんな私の不安は杞憂に終わり、どうやら又、この楽天広場での 新しいお友達が増える事になった。 今日・明日の日記は、そんな後日談をネタにさせてもらう事とした。 でも未だ第三者の『イタ・セクスアリス』についての反応は皆無だ。 それゆえ、あの幼き頃の無意識なるが侭に知った大人の男への春の目覚めと思える 現象は、総ての男の子に相通ずるものだったのか否か…。こうなると何か愈々解明 したくなってくる。(フフフ) そんな思いを、更に同類出現をと期待しながら、例によって又々埋め草ネタとする 事にした。 頂戴したカキコーは続編として、更にコレに対する私の御礼文は続々編として纏め、 順次掲載する予定だ。 ☆ ☆ ☆ 【本文】♪筆者「誠」所感♪ ※昨13日掲載「-みろり-さん」ご夫妻からのカキコ(10月12~13日分)に対する返信┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓※10月14日のカキコ♯「-みろり-さん」へ★『カキコ&リンク御礼 !! 』昨夜のうちにと書き始めたのに、途中で眠くなっちゃた。一寸お礼が遅れちゃってゴメンナサイ ! * * *「-みろり-さん」のような知性派の若奥様にリンクされるなんて光栄だなぁ。でも率直に言うと、嬉しい反面、些か恥ずかしくもある誠だ。何故ってソノ磨かれた知性と教養で、独善と偏見に満ちた古希過ぎ爺の恥じも外聞も無視した拙文を熟読されるかと思うと、何か筆が鈍りそう。それと、10月8日の日記『歯磨きしながら思い出した七つのアレコレ(第42回)』の文末で、「今後は暫く、この私の公開日記の更新は、暇とソノ気にさせるネタのあるなし による不定期とするつもり。 理由は、近頃なぜか目がショボショボし、根をつめると瞳のピントが狂いだす為。 そして、更に年末に向かって、ソロソロ年賀状や住所録の改訂が必要なこと等々」。 と看板掲げたばかりだった。 ところが、そんな素敵な「-みろり-さん」とお友達になれそうな昨日今日とあって、早くも何か、その気持が鈍りそう…。 * * * と、まあ昨夜は此処まで書いたんだけどね…。 で今朝一仕事終えパソコンに向かったら、何と、果報は寝て待てとは良く言ったもの。 その「-みろり-さん」だけでなく、その背の君である旦那も加わっての嬉しいカキコ。 それも、まあリンクまでして戴いて、随喜の涙を流している万年亀の様な古希爺です。 尤もソウなるって~と今度は、若きインテリ夫婦お二人に熟読される事になりそう。 いやー困っちゃったなぁ。そんなキラキラ光る四つの目を意識してはモウ駄目だぁ…。 * * * マア、…てな訳で暫らく日記は予定通りサボる事にしたいと思いますが悪しからず。 でも、こちらもリンクさせてもらい時々お二人の仲良しぶりを拝見と参上の予定。 だから是非頑張って下さい。期待しています。 尚ついでながら、このカキコ往還文は又々適宜脚色し、マイページの空欄埋め草に 利用させてもらうつもり。 何卒ご了承を…。 ♪♪古希過ぎ誠♪♪┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ ※ カキコ原文は、文字数オーバーにより、コレより若干改編した。******************************************************************************
2004年10月14日
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******************************************************************************★続:他人様の日記『のぼり棒は快感?!』に思う ※あの幼き頃の無意識なるが侭に知った大人の男への春の目覚めと思える現象は、総ての男の子に 相通ずるものだったのか否か、 こうなると何か愈々解明したくなってくる。 昨12日に始まったこの題材を、そんな思いで続編・続々編として纏め、13日と14日の日記として 綴ってみる事にした。 ****************************************************************************** ☆やっぱり書いて良かった「ああ我が懐旧の『イタ・セクスアリス』(前半)」【まえがき】 「これは、然るホムペの奥様の標題の日記に触発されて書くに至った、ある意味で、 私自身の『イタ・セックスアリス』のようなもの。…」 な~んて言葉で書き出したのが、些か誤解を恐れながらの昨12日の日記だった。 でも嬉しい事に、そんな私の不安は杞憂に終わり、どうやら又、この楽天広場での 新しいお友達が増える事になった。 今日・明日の日記は、そんな後日談をネタにさせてもらう事とした。 でも未だ第三者の『イタ・セクスアリス』についての反応は皆無だ。 それゆえ、あの幼き頃の無意識なるが侭に知った大人の男への春の目覚めと思える 現象は、総ての男の子に相通ずるものだったのか否か…。こうなると何か愈々解明 したくなってくる。(フフフ) そんな思いを、更に同類出現をと期待しながら、例によって又々埋め草ネタとする 事にした。 頂戴したカキコーは続編として、更にコレに対する私の御礼文は続々編として纏め、 順次掲載する予定だ。 ☆ ☆ ☆ 【本文】【他人様の日記拝見】 ※「-みろり-さん」ご夫妻からの着信カキコ記録(10月12~13日分)「 訪問&書き込みありがとうございます」。(-みろり-さん) お返事は私のHPの方でさせていただきました。お手すきの時にでも、又お立ち寄りくださいませ。若水さんは、結構アドベンチャーなんですね。あちらこちらと奥様と行かれていて、うらやましいです。また、遊びに来ますのでよろしくお願いします。 (2004年10月12日 23時23分) * * *♯「-みろり-さん」より☆『ご紹介ありがとうございます(*^-^) 』 なんかこんなに紹介されるとちょっと恥ずかしい気もしますが…(*^^*)若水さんは本当に文学的でいらっしゃるので、その表現が本当に心地良いですね。これで、この疑問が解決されれば言うことなしです。それから、私ったら、やっぱり誤字脱字が多くて、きちんと気にしているつもりでもまだまだダメですね。知性があるなんてとんでもないことです。これから、もっともっと磨かなくては!(不順→不純でした。 さりげなく訂正o(*^▽^*)oあはっ♪) (2004年10月13日 12時47分) * * *♯「-みろり-さん」より☆『こんにちは』今日は、日記をリンクさせていただきに参りました。文章がとても心地よく、ちょっとフフフと笑みを浮かべながら、拝読させていただきました。ずっと読み返すのは無理そうなので、せめてこれからの日記はと思った次第です。これからも一読者として、楽しい日記を期待しております。それでは、また寄らせていただきます。 (2004年10月13日 12時58分) * * *♯「|・_・)ノ みっく (*^-^)ノさん」(※「-みろり-さん」の旦那)より☆『妻のサイトから』 お初にお目にかかります。妻に「登り棒」の話をした張本人です。妻だけでなく、私めまでお褒めにあずかったことへのお礼と、貴殿の巧みな筆捌きに感激したことをお伝えすべく参上しました。とまあ、堅い感じになってしまいましたね^^;普段通りに書き込みさせていただくことにします^^あの話は小学校時代からつい先日まで、この世の誰にも話したことがなかったものでした。だから、誰でもそうなのかどうなのか、それすら知りようがなかったのです。若水さんのお陰で、長年の疑問が解けてC=(^◇^ ; ホッ!とすることができました^^先日、私も妻のススメでホームページとやらを始めてみました。まだ、ひと月も経たない若輩者ですが、お立ち寄りいただけたら嬉しく思います^^ (2004年10月13日 21時59分) ******************************************************************************
2004年10月13日
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******************************************************************************★他人様の日記『のぼり棒は快感?!』に思う ※これは、然るホムペの奥様の標題の日記に触発されて書くにいたった、ある意味で 私自身の『イタ・セックスアリス』のようなもの。 でも、コレって本当は、みんな経験あるんじゃないのかなぁ。 なのに、この奥様が記事を書かれて既に50日も経ってているのに誰の声もないなんて…。 ****************************************************************************** ☆ああ我が懐旧の『イタ・セクスアリス』【まえがき】 昨日も、来訪者に答礼するつもりで訪問させていただいた然るホムペの奥様が、標題のような疑問を率直に表明されておられた。 とかくインテリを自認される婦人は、性に関して触れたがらないものなのだが、この筆者である「-みろり-さん」は、他の文章を読ませてもらっても、なかなか磨かれた知性を感じさせながら、こうした題材を誠に健康的に上手く書きあげていて見事だナァと思った。 それで、その質問の素直さに共感。いい歳してと親しい読者からは言われそうだが、又も臆面も無く余計なカキコをしてしまった。 でも、コレって本当は、みんな男性諸君は経験ある事ではないのかなぁ !? …なのに、記事を書かれて既に50日も経っていると言うのに、誰の声もない。 それで、些か首をひねりながら、この健康で素敵そうな奥様に一筆所感啓上と相成ったと言う訳。 そして、もし幸いにもコノ私の一筆に触発された読者がいたならば、貴兄自身の「イタ・セックスアリス」も是非お聞かせ願いたいものだ。 だって知りたいじゃない。あの未だ幼き日の不思議な衝動が、極限られた者にのみ感じられたものだったか否かを…。 まあ、それはともあれ、まずはソノ「-みろり-さん」の日記の写しと、これに対する「私のカキコ」など、以下ご一読を…。 ☆ ☆ ☆ 【本文】【他人様の日記拝見】※10月12日のカキコ記録♯-みろり-さん☆「のぼり棒は快感?!」 ※日記分類区分の[夫婦]欄に掲載 夕べ、主人と小学校の頃の話をしてた。鉄棒が得意で、前回りを何十回も回ったとか、グライダーでどこまで飛べるか競争したとか…。そして、のぼり棒の話。男の子はなぜか、のぼり棒を頂上まで上る時、まさに【いくとき】の快感とそっくりで上りつめるんだそうです。子供の頃は、なぜか凄い心地よい快感としか分からなかったけど、それが何だったのか、大人になってからハッキリわかったらしいのです。男の子がみんなそうなのか定かではないのですが、主人曰く、みんなそうらしいのです。これから先、男の子がのぼり棒を上った時、果たしてどんな顔をしているのか要観察事項になった。こんな不順な動機でみていても良いのかとも思うけど^^;大人になって初めて知った、まさにトリビアか?!(そうそう と思われる殿方がいたら 是非コメントお願いしますm(_ _)m ) August 24, 2004 ☆ ☆ ☆ ♪筆者「誠」所感♪┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓『のぼり棒は快感?!』『何で、「コメント(0) 」ナンでしょうね。遥かな昔、そう、あれは日本が米国と戦争を始めた頃だったから、私が国民学校(小学校)三年か四年生位の事。確かに、その快感を初めて知り、何故か恥ずかしさを意識しながら、人知れずコッソリ、無我夢中で登攀棒(のぼり棒)にしがみつき、何度も何度も上り詰めていたものでした。あれは、今考えると、男の子の春の目覚めだったんだなぁ…って、後年、時々思い出したけど、何だか恥ずかしくって、未だにウチのバアサンにも話したことなかったなぁ。旦那、なかなか気さくなイイ方らしいですね。サテ、そう考えると、「コメント(0) 」の訳も、何となく判るような気も…。私のような古希過ぎジジイとなれば別だけど、案外みんな照れ屋さんなのかもね。(フフフ)それにしても、女性の春の目覚めは、どんな風にして自覚するんだろう。勿論、男性と違い、チャンと初めての来客が来て、大人になった事を自覚はするんだろうが、それと、恍惚感とは結びつかないと思うんだけどね。或いは自転車に乗ったりした時に同じような気分になるのかなぁ…。な~んて事も考えたりしたっけなぁ。でも勿論、そんな妄想は、それよりグンと後年の事。あれは体中にマグマが煮えたぎったような思いがしていた、そう、中学から高校へかけての頃だったなぁ。尤も、上り詰めるのはヤッパリ、登攀棒より-みろり-さんと二人一緒が人生最高の喜び !!多分、旦那も今は絶対そう思っている筈ですよ。オッと、奥様を相手に話が余りに直接的すぎたかしら…。でも、「そうそう と思われる殿方がいたら 是非コメントお願いしますm(_ _)m )」と書かれた結びの一節に励まされ、コレでも、正直に真面目な気持で応えたつもり。まあ、失礼だったら、歳のセイとお許しを…。 ♪♪古希過ぎ誠♪♪┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ ※ カキコ原文は、文字数オーバーにより、コレより若干改編した。 ☆ ☆ ☆ -みろり-さんのプロフィール ニックネーム -みろり- 【http://plaza.rakuten.co.jp/milkyway517/diary/?】職業 / 学校(同じ人は?) 主婦・子育系 住んでいるところ 非公開 性別 女性 誕生日 非公開 好奇心旺盛で多趣味。自分でいうのもなんだけど、優しくておおらか。でも、ちょっと気紛れなトコあり。 -みろり-さんの特徴趣味・特技 (他の人は?)◆Hand Made◆木工・トールペイント・カントリードール・ドールハウス etc.◆Bike◆ツーリング・WGP 好きな音楽 (他の人は?)ELLIS Mr.Children WANDS 宇徳敬子 鬼束ちひろ etc. 好きな本 (他の人は?)赤毛のアン 大草原の小さな家 -みろり-さんの年表年表は作成されていません******************************************************************************
2004年10月12日
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****************************************************************************** ★『ミラノ新報・台風22号エコー便号外…その3』※「モトカノ」物語は先に完結したばかりなれど、台風や福祉など比較的判りやすく 時宜を得た内容と思い、又々埋め草として引用公開。 なおこの続編も遅れ回復のため、8日~10日の記事として爾後分割掲載の予定。****************************************************************************** ☆【2004年 ロクサーヌ⇔シラノ・ド・誠 台風22号エコー便号外…その3】 ***************************************** ♪♪♪♪♪♪♪ 『 倒れたのが松でホッ(ReRe: おおーい!だいじょうぶ?』 『 Re:倒れたのが松でホッ(ReReRe: おおーい!だいじょうぶ? 』 ※(ロクサーヌ⇔シラノ・ド・誠) > 今日が明けたら、又労働が待っているかもよ お宅の旦那様と違って生来の怠け者の私。 でも、沼津上陸なんて予報屋のご託宣があったので、 慌てて閉めた家中の古雨戸 だが、 翌朝は五時置きして、家内と開け放つのも今度は一仕事…。 例のプレハブ棟のトイレの小窓に溜った水の始末もして、庭に出ると、 裏庭にあった高さ7~8メートルの雑木が一本根元から薙ぎ倒されていたほか、昨夜 玄関先に落ちた太い松の枝が他にも計4本も庭のアチラコチラに落ちていて、風の強 さが偲ばれました。 > 私を運んでいてくれていた、運転手さんが、16号のとき > 屋根を治すのに頑張って、ヘルニアとなり、現在安静中 > > 年寄りの冷や水!絶対頑張り過ぎないようにね! > > 去年夏、二人とも鍵を忘れて締め出された時、おれにまかせとけ > と二階によじ登った旦那が脚立をしまう時にどうやら、落ちて> 脚立で物置の屋根を傷つけ、かあちゃんに怒られると思ったのか > 穴のあいたところへガムテープを張ったらしく、 > 今年の18号のとき、選りによって入院中にお隣の奥さんに指摘され > 大慌てで何時もお世話になっている工務店に修理をお願いした次第 尤も、後片付けはハイ、それまでよ~♪ ってな事で、早々に「THE END」。 もう腰が痛くなっちゃって、 屋根にも庭にも絨毯を敷いたように山をなす松葉掻きも、見て見ぬ振り。 上記の運転手さんの例や お宅の大事な旦那様の例もあることやし、 「体あっての物種?」とも言うものね…。 でも前庭だけは、何時までも放っておく訳にもいかんだろうが、 裏庭は、適当に土に返すのも自然の摂理なんて事も考えるのも「誠」流。 フフフ、何て格好つけてみても、早い話が生来の怠け者なればこその横着話。 まあ、そのうち又、人材さんに来てもらわにゃアカンかもね。ニヤニヤ な~んて、適当な口実を次から次に作って、サボレや、サボレ !! てな具合でした。 > > 之だけ台風が多いといろいろあらーな> > でもとにかく、ご無事でよかった!!!!! ハイ、お蔭さまで。 憎まれっ子、世に憚るって言うものね。ニヤニヤ > ★のマークは、段々心配になっていく心を表したもの > それを気づかれるとは、あなたも、するどい! > 女心はよおーく、お解かりで・・・・うちの朴念仁とはちょと違う! ★のマークの謎、やはり、そうだったんだ。 でも、そげにモッコに載せてみたって、 お互いロッキングチェアと車椅子に殆んど座りっぱなしでは、 何も、ご馳走できへんで…。フフフ それに、今もって、ワテを置き去りにした誰かさんの心は謎のままやしなぁ…。 やはり、女心は不可解やがな !! ニヤニヤ そやけど、「うちの朴念仁」なんて言ってはアカンえ。可哀そうじゃがな…。 それに、 心の中では、今だって「イトシ、イトシと、言う心」の癖してサ。 いかに、モトカノの手前とは言え、 あんまり無理せんと、セッセと病院に顔を見にお行きやす。ホホホ それと、最近のシラノ・ド・誠⇔ロクサーヌのエコー便は、 「台風お見舞い」の『ミラノ新報・号外』なんてタイトルつけて、 又々楽天日記の埋め草に引用しちゃったけど、ゴメンネ !! ソンじゃ又 Adios ---- Original Message ----- From:ロクサーヌTo: シラノ・ド・誠Sent: Sunday, October 10, 2004 1:11 AMSubject: 倒れたのが松でホッ(ReRe: おおーい!だいじょうぶ?Sent: Saturday, October 09, 2004 12:25 AM----- Original Message ----- From: シラノ・ド・誠To: ロクサーヌSent: Tuesday, October 12, 2004 3:06 AMSubject: Re:倒れたのが松でホッ(ReReRe: おおーい!だいじょうぶ?******************************************************************************
2004年10月11日
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****************************************************************************** ★『ミラノ新報・台風22号エコー便号外…その2』※「モトカノ」物語は先に完結したばかりなれど、台風や福祉など比較的判りやすく 時宜を得た内容と思い、又々埋め草として引用公開。 なおこの続編も遅れ回復のため、8日~10日の記事として爾後分割掲載の予定。****************************************************************************** ☆【2004年 ロクサーヌ⇔シラノ・ド・誠 台風22号エコー便号外…その2】 ***************************************** ♪♪♪♪♪♪♪『おおーい!だいじょうぶ?』> 先ほど病院から帰って来て、テレビをつけた途端> 浸水している沼津が映り、床上浸水もあるとか、> 狩野川氾濫していませんか?> ご無事ですか?送信された直後に伊豆に上陸でしょ> 吃驚しちゃったよーお!> それも最大級の台風だとか。> ご無事ならお返事くださいね> それて助かった!なんて言っていられない気持ちです> ★☆☆ ロクサーヌ ★★★ ----- Original Message ----- From: ロクサーヌTo: シラノ・ド・誠Sent: Saturday, October 09, 2004 8:51 PM 『Re: おおーい!だいじょうぶ?』昼間、嵐が大暴れし始めた時に、停電になってはと急いで前便を発信した直後のことでした。「バシッ !!」と大きな音がして、家内と一瞬顔を見合せちゃったけど、とにかく何かが屋根にぶつかったみたい。明日起きたら多分瓦が何枚も割れている事でしょう。嵐が少し遠のいた夕方、玄関の扉を開いた見た家内に呼ばれて出てみると、玄関先の狭い庭に私の腕より太く背の丈ほどの松の枝が、何と二本も折れて落ちてました。もし下に居たら、一発でノックアウトされてた筈。クワバラ、クワバラ…。ともあれ、そんな情況でした。でも、何とか生きてましたよ。天の神様が、「憎まれっ子のお前さんには、まだ天界行きの切符はやれん」。何かそう言われているようでした。ともあれ、お見舞いアリガトウ !!又しばらくは此の世の憂さ晴らしのエコー便、何とか続けられそうですね。気が向いたら、楽しい便り待ってますよ。先ずは取り合えず「助かった!」 連絡まで… シラノ・ド・誠 PS…「★☆☆ ロクサーヌ ★★★」の、星の☆★配列は何か意味アリかしら…。フト、左と右の違いが気になって聞いてみたくなりました。----- Original Message -----From:シラノ・ド・誠To: ロクサーヌSent: Saturday, October 09, 2004 8:51 PM******************************************************************************
2004年10月10日
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****************************************************************************** ★『ミラノ新報・台風22号エコー便号外…その1』※「モトカノ」物語は先に完結したばかりなれど、台風や福祉など比較的判りやすく 時宜を得た内容と思い、又々埋め草として引用公開。 なおこの続編も遅れ回復のため、8日~10日の記事として爾後分割掲載の予定。****************************************************************************** ☆【2004年 ロクサーヌ⇔シラノ・ド・誠 台風22号エコー便】 *****************************************『こんどはそちらへ?』&『Re: こんどはそちらへ?』 (ロクサーヌ⇔シラノ・ド・誠)> メールのご無沙汰はどのぐらいでしょうか?ホント、先月末以来のエコー便になりますね。 そして、その間に誰かさんが直々『モトカノ物語』と御命名くださった楽天日記のオムニバス第六話も、拙文ながら何とか語り終え、残すは第七話一話のみ。ところが今日で3日も日記の公開はガメった侭…。どうやら、『モトカノ物語』に集中しすぎた反動で、ホッと気が抜けてしまったのかもしれません。(ホホホ) ☆ ☆ ☆ > またまた、今度は旦那の入院というアクシデントをどうにか> 乗り越えるのに、10日余りかかってしまいました>> ついでのことに、透析も午後に変更、こちらの体調も整えねばならず> 今月は句会もおやすみとしました> 私も大変だけど、行く場所を転々と変えられる旦那も環境の変化に適応するのは> 大変なことと思い、入院以来、毎日通っています> 運転手がそりゃあ、ムリデッセ!と言われましたが> 毎夜の介護に比べれば、会いに行くぐらいはお安い事と考えています> 例え会話がなくても、会話がないからこそ、スタッフとのコミュニケーションをとってあげないとと、思うからですイャ~、涙ぐましい夫婦愛。「ゴッツァン」です。でも何だか「モトカレ」としては一寸妬けるナァ…(フフフ) ☆ ☆ ☆ > 先日薬剤師との会話の中で、動かなかったクランケが音楽を聴くことで> 好転した話を聞き、早速、私のご愛用のCDクロックとCDを持参しました> 小椋圭、ちあきなおみ、クラシック小品集、以前いただいたCDも加えました> ホワイトボードにこれらを羅列して何が好き?と聞きましたら、ナント!> 中南米音楽に◎がついたのです>> あのときは私を応援してくださるためお送りくださったのに> もう一回今度は旦那の応援に役立つなんて!> 改めて、お礼を申し上げたくて、久方のメールを開きました> ありがとうございます>> 旦那には申し訳ないと思いつつ、もう、これ以上私の力での介護は無理と考え> それならばせめて居心地の良い場を選んであげたいなとおもいますいよいよ、心境複雑。熱い鉄板の上のタイヤキ君になった見たいな気分です。 (フフフ、ニヤニヤ)そうそう、嵐子のテープも頼まれてましたっけね。そのうち、お宅のタンゲーロの為にも、収録して贈らねばなりますまい。それと、中身が開けなかったDVDの謎も、何とか解けかけて来ましたので、今度こそはと、腕に縒りを掛け再収録して一緒に送れたらと思ってます。 それは、「ファイナライズ」という処理をしてなかった為らしいのです。その後マニュアルを良く読みなおしてみたら、ビクターのデッキだけかも知れませんが、より広範な他社製機器にも対応させるためには、取りっぱなしでは駄目なんだうです。勿論、それをしても対応できない事もあるそうですが…。ともあれ今度送る時は、事前に自分のNECパソコン のCPUへ入れ、絵の出る小皿である事を確認してから送りなおさせてもらいます。(汗) ☆ ☆ ☆ > それよりも、今回の台風そちらのほうへ向いていますよ> 初めの頃、兵庫県直撃か初めての一人の台風の夜はいややなあ> と思っていたのに、そちら様には申し訳ないけど少しホッとしています> 雨は降るでしょうけどね、雨上がりの雑草がどうなっているか> 再度、シルバー人材センターのお世話にならねば・・・・・・そうなんだよ、今度の台風22号君は随分と脅かしよって、嫌になっちゃうなぁ。何せ、予報士の弁だと「沼津へ上陸する予定です」。な~んて我が住む町を名指しし始めたし、一寸戦々恐々…。先ほどから急に風が強まってピューピュー音がしてきました。雨も物凄く降ってきました。今は物置代わりにしている、元の子供部屋のトイレの窓のサッシが不具合の為、何時も豪雨になると雨漏りして要注意箇所。高窓の小さな引き戸の隙間からポタポタやり始める訳です。ソレが昨晩から5リットル入りの縦長底深薄厚のプラ箱二つに早三度も満杯となり、油断も隙もない有様。尤も、テレビに出た住宅浸水の話は、大分郊外での事。今の所、旧市内は狩野川が異常増水しているほかは、今のところ異常ナシです。オッと、そんな悠長な事を書いてたら、今、どうやら奴(ヤッコ)さん、おいでなすったって感じ…。辺りで大分凄い音がし始めてきました。途中ですが、停電になったり、お陀仏になる前に、読み直してありませんがこの便り、一応送信しちゃいましょう。とにかく、まだ今の所は生きてますから…。 (ホホホホ) ☆ ☆ ☆ > 当地は殆どが10/10~10/11はお祭りで台風一過になってくれればなあと> 願っています> 昔どおりの日を守っているのは、いわゆる灘の喧嘩まつり、網干のちょうちん祭り> ぐらいでしょうか、そこらじゅうに、しで、幟が立ち並んでいます> 民の力が文化財を受け継いでいくのですね、補助金をもらうわけでもないのに> 皆、一生懸命です。涙ぐましいかぎり!>> とにかくどのあたりを総なめにして過ぎ去るのかわかりませんが> どうぞお気をつけくださいませでは又ね。 Adios !!----- Original Message -----> From: ロクサーヌ > To: シラノ・ド・誠> Sent: Saturday, October 09, 2004 12:25 AM> Subject: こんどはそちらへ? **************************************************************************
2004年10月09日
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**********************************************************************************『歯磨きしながら思い出した七つのアレコレ』第7話 ※ 歯医者に押し売りされた高価な歯磨き指導と、フルーツ香料入り練歯磨粉の話 **********************************************************************************★第42回 第7話「後編・思い出に残る歯磨き特訓と、結びの言葉」☆歯そのもののキレイキレイも大事だが、心も爽やかになる歯磨きを期待して…♯1.「結びの言葉・まえがき」 さて昨日の日記で、高価な教授料を取って私に、娘の歯磨き特訓を薦めた元旧友の歯医者KT君の話をした。 だがコレでは、薄給取りの家庭の子供は歯痛になっても、ウッカリすると余計な指導まで押し売りされそうで、歯医者にも行かせてもらえない子供も出て来そうだ。 …と、マアそんな懸念も感じる今の私だからこそ、更に一稿を別に設け、欲得を離れて、戦時下に生きていた私達に「歯磨きの大切さ」を実に親切に教えてくれた本当に優しい歯医者さんが居た事を話したい。 それは、もしかしたら昨日の話の主人公KT君の親父さんだったかも知れないが、とにかく今もって忘れ得ぬ、実に後味の良い爽やかさを残した歯磨き話だった。♯「ボランティアだったからこそ爽やかだった歯磨き特訓の話」 私が小学校低学年時代の我が町に、今だに何とも頭が下がる人柄の赤髭歯医者さんがいて、こんな話を学校に来て皆にしてくれた。「皆さん、虫歯になって苦しんだ事がありますか? 歯が痛いって本当に辛いですよね。 そういう人を治すお仕事をしているのがコノおじさんです。 今日はその虫歯の怖さを皆さんに知って貰いたくて来させてもらいました。 ところで皆さん、もし歯が痛くなったらどうされます? そのうち直るだろうと我慢してしまいますか? 普通のお腹が痛い時などは、何も食べずに数日我慢していれば殆んどは治ります。 でも、歯の痛みというものは、そうは治りません。 一度痛み始めると、始めは我慢して治っても、直ぐ又ぶり返します。 そして最後は、どうにも我慢できずに私たち歯医者の所に飛んでくる人も相当居ます。 でもね、そうなってしまってからだと手遅れで、命を落とす人さえ居ます。 また仮に治療が上手くできたとしても、治るまでに痛い思いを沢山する事になるでしょう。 だから、モシも痛くなってしまったら、直ぐ歯医者に来て下さいね。 放っておいたら大変な事にもなりかねませんからね。 でもソレより何より、誰もが虫歯にならないように気をつける事こそ大切です。 では、そうならないようにする方法とは何でしょう。 ソウ、それは毎日面倒がらず、丁寧に上手く歯を磨く習慣を付ける事ですね。 そうすれば、虫歯のバイ菌は、エサがないので寄り付きません。 だから皆おじさんのコノ話を忘れずに、毎日欠かさず上手に歯磨きいたしましょう。 それでは、コレから上手な歯磨きの仕方を教えます。 さあ、皆で外の洗面台の所に並んで一緒に練習してみましょう」。 と、まあコウ言うと、持参した歯ブラシまで皆にプレゼント。 私達生徒の歯磨き法を一人一人念入りに指導してくれたものだった。 尤も、その先生は毎食後とは確か言わなかったと思う。 それまでは、チョクチョクとズルを決め込んでいた私だったが、 あの時から、朝起きて歯を磨かないと気持が悪い習慣が付いた。 古希を過ぎた今でさえも、そうハッキリと記憶しているわたしである。 ♯3.「戦後目まぐるしく変わった歯磨きの変遷は世の中が平和な証拠 ところで、高価な歯磨き特訓まで受けた我が娘達だが、その後、特訓の効果ありや否やとなると、些か心もとなく言葉に窮する私である。 その後、テレビのコマーシャルで一時よく見かけるようになった果物の香料入りの練歯磨を欲しがって、よく買わされた思い出が残るくらいだ。 何れにせよ、この「七つの物語」の始めに書いた私の祖父が生きていた時代には、戦災後の物が何も無い時代だったとは言え、井戸端で指に粗塩を付けて歯磨きをしていた事さえあった。 それが袋入りの粉歯磨きになり、缶入りの半練となり、更に又チューブ入りの練り歯磨きが主流となった。それも始めはライオンとサンスターが主流だったと思うが、やがてコルゲートなどの舶来物も幅を利かせるようにもなった。 そしてソノ後は子供達が欲しがったバナナだイチゴだレモンだと様々な香料入りを初めとして、フランス国旗みたいな見るから色鮮やかな赤・白・青三色と今度は視覚に訴えたり等、今はアレコレ憶え切れないくらいの品数である。 勿論、このほかに様々な薬効をうたい文句にしたものもあり、入院時のブクブク用とした水歯磨きなんてのもあったっけなぁ。 とにかく目移りして困りものだという人もあろうが、こうした事は別の面から考えれば世の中が平和な証拠でもあり、まあ結構な事だとしておこう。♯4.「結びの言葉・あとがき」 『歯磨きしながら思い出した七つのアレコレ』と題して書き始めた本シリーズも、7月30日から早2ヶ月余。 漸くこの第42回目の一話を持って全七話の総てを完結させることが出来た。 途中の『モトカノ物語』に道草を食いすぎた割に、最後は何とも呆気ない幕切れと感じられた向きも多かったのでは…? それにしても、何十年も書き溜めた古い日記をリライトしながらにせよ復刻する作業とくらべると、一つの題名に拘り書き進めるのは何とも難しく、根気が必要なものと、下手は下手なりに余計身に染みた。 予想以上に難渋した『モトカノ物語』を書き終えホッとして気が抜けた上に、一昨9日には、当地を狙ったかのようなコースで近付き大暴れして去っていった台風22号の後始末も加わり、楽天もチラチラ覗いてみるのが関の山。 まあ、ソンナコンナで5日間も公開日記はサボリどうしとなった。 そして、お尻を追い立てられる気持で漸く書き上げたコノ最終話だった。 でも、読み直してみると、どうも稚拙な感じがしてならない。 それに題材が、一寸堅過ぎたかも…テナ感じだし、 最後だけは歯磨きの味の如く爽やかな話にして終りたい。 そんなつもりで、戦時中の歯磨き特訓の思い出話は、後半として切り離してみた。 でも、幕間の道草も多くトンネルを抜けるまでに50日間も掛かった前の第6話「Kiss の味」に比べると、実質2日間で語り終えたコノ 第7話「押し売りされた高価な歯磨き指導と子供たち」は、何か呆気ない感じもしてきた。 しかし、本当に何はともあれ一安堵である。 なおコノあとの予定としては、この台風騒ぎの思い出として、内容的にも適切だし伏字も少なくて済みそうなモトカノとのエコー書簡を3日間に分け又々引用し埋め草にするつもりだ。 とにかく私としてはモトカノとの文通に疚しさは無いが、何かと誤解を招きやすい雰囲気も感じるので、公開は程々にと思っている。 尤も、こちらにそんなケレンミはないにしても、シラノ・ド・誠⇔ロクサーヌ間の「ミラノ新報」を公開した日の閲覧者数は相当跳ね上がるのが常とあって、ツイツイいい気に成り易い。 だから素通り組の半分は出歯亀さんと意識し、ネタ切れの余り公開するにしても、内容の吟味と伏字見逃しがないよう絶えず手綱を引き締めねばなるまい。 * * * なお今後は暫く、この私の公開日記の公開は、暇とソノ気にさせるネタのあるなしによる不定期更新とするつもり。 理由は、近頃なぜか目がショボショボし、根をつめると瞳のピントが狂いだす為。 そして、更に年末に向かって、ソロソロ年賀状や住所録の改訂が必要なこと等々。 それでは、毎々のご愛読に感謝し、長かった本シリーズの幕を引く事としよう。 筆者敬白 **************************************************************************
2004年10月08日
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**********************************************************************************『歯磨きしながら思い出した七つのアレコレ』第7話 ※ 歯医者に押し売りされた高価な歯磨き指導と、フルーツ香料入り練歯磨粉の話 **********************************************************************************★第41回 第7話「前編・押し売りされた高価な歯磨き指導と子供たち」☆友人の歯医者に頼んだ時間外診療余話♯1.「持つべきものは良き友」 これは共々今は他家に嫁し、何人もの子供達の母親になっている娘達の就学前後の古い話である。 週末の黄昏近い頃、二人仲良く庭先でバドミントンをしていたのだが、フトした拍子に羽根(シャトル)が離れの屋根の上に落ちてしまった。 で、これを取ろうと姉の一菜(カズナ)が梯子をかけて屋根に上り始めた。その後を追って妹の二美(ツグミ)も「姉ちゃん待ってよ、私も上がって探す…」と梯子に手を掛けて数段登った時、直ぐに「有った有った」と後ろ向きに一菜が梯子を下り始めた。 すると何と間が悪い事に、その声を聞いて二美が上を向いた途端に一美が下げた足が二美の口の辺りを強(シタタ)かに急襲。口腔内に血が溢れ歯もぐらつく始末となり、急いで病院へ連れて行かねばと言う事になった。 ところが、生憎と土曜日の夕暮れ時。小児科や耳鼻咽喉科なら行き付けの医師も直ぐ思いついたが、歯医者となると縁が無く、ホームドクターらしく決めた先など未だ無かった。 そこで咄嗟に思いついたのが、中学・高校時代の友で、それまでも時々声をかけられて彼の家に誘われ、趣味のハワイアンバンドの話とかを聞かしてもらっていた仲だったKT君の事。 私も彼も若かったし、世間的には駆け出しの銀行員と歯医者といった評価をされても未だ甘んじなければならない存在だった。 だがしかし、既に親父さんの下に戻って早6~7年も経とうから、ソロソロ彼に任せて見てもよかろう。それに、親父さんは地元でナカナカの名医と言われていた人。彼の技量がマダ未熟だったとしても、そこは適当にカバーしてくれるだろう。内心ソンナ風に思いながら、まあ任せてみようと判断し頼んでみた。 既に夕餉の食卓に着いていたようではあったが、彼自身が電話口に出てくれたので、事故の経緯を説明し週末で申し訳ないが救急医療に応じてくれまいかと言うと、一も二もなく了承してくれ直ぐ連れてくるようにと引き受けてくれた。 それゆえ「持つべきものは良き友」と家内にも話しながら、大いに気を良くして彼の所へ駈け付けたものであった。 こうして、それから何度か傷が癒えるまで通院を続ける中に、「話ついでとして子供達に毎日のように虫歯が如何に恐ろしいかを懇々と噛み砕いて聞かせてくれ、本当に優しくて良い先生だわ…」と家内が感想を漏らすようになった。 だがソノ間に、適切な歯磨きの仕方を子供達に躾けるには今しなければいけないと力説。自分が歯磨きの特訓をして上げようと言いはじめたので、子供達も早その気になって興味をそそられているとも聞いた。 それで私も始めの間は、自分も小学校時代に歯医者さんが学校に来てくれ、明日の日記として別に後述する事とする虫歯の怖さを教わった覚えがあったと話したりして、良い話を彼もしてくれるなあ…ぐらいに思っていた。 だが通い詰めての話の具合だと、どうもソノ友人の歯磨き特訓は、友情から出た親切ではなく、ご商売のPRだったらしいと気が付き始めた。 でも知らぬ仲でもなし、多寡が子供に歯の磨き方を教えるぐらいの事。仮に請求されたとしても多寡が知れた金額に違いない。そう思っていた。♯2.「ホームドクター候補」の夢も消えたアリガタ迷惑話 でもイザ始めるとなって聞いたところ、その金額の余りの高さにビックリさせられてしまった。 何せ、確か私の月給は当時手取り1万5千円程だったのに、その特訓料は5千円ほどもした。 その上、当時は銀行の健保が利用できる医療行為なら実質的に個人が直接支払う医療費は無くて済んでいたから、この保険の利かない臨時出費は平行員時代の家計にとって、大変な負担を強いられるものに思えた。 尤も、そう心は煮えたぎったが、行きがかりで家内が否とも言えなかった気持も良く判るので、止む無く彼の歯磨き特訓に娘達を通わせざるを得なくなった。 ソンナコンナで、他にも多々歯医者の知己も多い中で、友情に縋って気軽に救急処置を頼んだものの、結果的に何か苦い友情のお返しを受ける結果となってしまいガックリさせられた。 それにしてもコンナ義理がらみで押し売りしてくる友なんて最低な奴。そう思い、「せっかく以後、我家のホームドクターになってもらおうと思ったのに、目先の欲 で長年誠実に培ってきた友情や信頼を犠牲をするなんてと、改めて人柄を知った。 だから考えようで大事の前の小事。反って大幸せだったかも…」 と、負け惜しみを言ったものだった。 勿論その後は如何に急な歯痛が起ころうと、彼に頼ろう何て気持は二度と起こる筈もない私達だったが、そんな人情も知らぬげに毎年新春早々、何故か同じ宛名の賀状が二通づつ、今も欠かさず届いている。 恐らく営業経費として落とせるから、ソンナ重複の無駄は百も承知の事だろう。でもソノ都度、私達夫婦がアノ時の事を思い出しながら「彼のいい加減さは、死ぬまで治らないようだなぁ」と心中苦笑させられているなんて、知る由もなかろう。♯3.「医は算術!?」(虫歯予防の歯磨き特訓の収益も。一部は元首相の懐へ…?) それにしても、歯磨きという行為は、金を出してまでワザワザ教わる程のものであろうか…。 親や先輩や学校の先生といった人生の先輩達が、折に触れ自然に教え教えられて身につくもの。 そう考えたくなるのは、自分が育った時代を背景にした思い入れでもあろうが、先日も家内が「逆上がりの特訓を小学生に教える商売があるなんて…」とTVを見て驚いていた。まあ、正真正銘そのものズバリの「水」商売もナカナカに繁盛する時代とあって、こんな話は、アナクロニズムのコンコンチキと笑われるかも知れんがね…。兎にも角にも、コチトラ如き古希過ぎシジババ共には昨今何かと首をひねりたくなる事ばかりで、敗戦直後の流行語「アプレゲール」ならぬ「アキレキャール」新時代だ。 折から、日本歯科医師会と元総理との巨額不正献金疑惑が浮上して、国民の怒りの的となってきた。まさに「医は算術!?」と思っているらしい、堕落ドクター連の為せる醜態だ。 なのにソレを糺すべき司法当局も、元首相の顔色を窺ってか、ロクに取り調べる時間も無くお帰り願ッちゃったりして、昨今の特捜にはもう既に「巨悪は眠らさず」なんて名啖呵を切れる名検事さんは一人も残って居ないのかと鼻白む私だ。まさに「アキレキャール」民主国家の堕落ぶりであると言うほかに言葉も無い。 勿論、良心的な歯医者さんも多い事は承知しているが、一般庶民の金銭感覚とは大分ずれているなと思う先生様様も、また随分と多いように見受けられる。 そしてコンナ連中が政治や業界の中枢を握り易いのも、「悪貨は良貨を駆逐する」と言った悪性インフレ時の経済さながらに、また乱世には在りがちなもの。 だから、我々良識派をもって自認する庶民としては、腐りきった政治家を頂点とする悪徳官吏や、医者を含む虚業家達に「悪銭、身につかず」を叩き込む為にも、三権分立此処に健在なりと、一罰百戒を期した厳罰をもって臨む大岡裁きを生きている間に見てみたいもの。♯4.「われ一人と雖も法を死守する」との気概を持つ名検事さんよ出でよ !! この日本が今、そうした国蔵虫達に食い荒らされ、国民に愛想を尽かされて浮沈の瀬戸際に居ることは、多くの人が肌で感じるところ。その危機を無血で救える人が今居るとすれば、「今・大岡越前」や「今・水戸黄門」の出現に、期待せざるを得ない。 それゆえ、志ある司法当局の現役諸氏に、特にコウシタ歴史に名を残す蛮勇をば切望したいところである。 そう言えば、戦後間もない頃までは、「われ一人と雖も法を死守する」との気概を国民に示し、闇物資で生きる事を拒否して餓死した、誠に持って見事な生き様を示した検事さんも居たっけなぁ。 その国民栄誉賞第1号を贈っても当然の検事さんに、この日本国は如何なる報い方をしたのだろうか…。 フトそんな事も思ったりもした今の誠だ。 そうや、良識派をもって自認する同志諸君よ、あの検事さんの銅像でも建立してそんな気概ある検事さんを今こそ顕彰する運動なんて如何だろう。 もし同志が集まるようならば、平均にも満たない年金族の私とても、それなりの「貧者の一灯」を喜んで捧げたいものだ。 **************************************************************************
2004年10月07日
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****************************************************************************** ★『幕間・平壌駅前「高麗ホテル」で出会った 在北朝鮮日本人女性の事など…(3分割中の2)』 ※拉致被害者に認定された生島孝子さんの話を聞いて思う事****************************************************************************** ☆その謎の元日本人女性の思い出から蘇った、妙香山ホテルでの事など【まえがき】…※既に10月4日の記事をお読みの方は、【本文】からお読みください。 昨夜7時のTBS「報道特集」で、北鮮拉致被害者に認定された生島孝子さんの話を聴き、私自身が1991年の夏に訪れた平壌高麗ホテルで出会った一人の日本人女性の事が、又々もしやと気になり出しました。 この旅の事は《荒海の思い出「悲喜交々北鮮紀行」※2003(H15).2.11日記抜粋》として、既に左欄の「フリーページ」にも旅行記の一部を思いつくまま紹介してあるので、お読みの方もあろうかと思います。 で、この事も或いは既に書いたかもとザッと読み直してみたのですが、どうも書き漏らしたようなので、この記事が関係者の目に触れる事もあろうかと、私の妄想かも知れないが、念のためアノ旅の事を又少し書き足して掲出することに決めました。 例によって、埋め草を兼ねた思いつくままの細切れ乱文でともなりましょうが、何卒ご容赦の程を…。 ☆ ☆ ☆ ♯5.瀟洒な妙香山ホテルと、餡饅とタオルの思い出 ともあれ滞在中に顔を見せた元日本人は、この女性を別にすれば今回の訪朝団参加の一高齢女性の妹さんのみ。 (1)の朝鮮人妻として夫と帰国船で渡った女性で、幸いにも住所が判っていて予め再会の連絡を取り合っていたのだそうだ。 その妹さんは、数人いる子供の中の末っ子らしい一人だけを連れ会いに来たので、持参した土産物の他に、自分が旅行中に食べようと持参した駄菓子をソノ子に食べなさいと出したら、来れなかった兄さん姉さんが可愛そうだから貰って帰ると手を付けなかったと話し、可哀そうで可哀そうでと涙を流していた。 で翌朝、夜汽車で着いた妙香山のホテルでの朝食の際、7~8人着席の大テーブルに一皿づつ、見るからに美味しそうな大きな餡饅が山に盛られて出された。しかし、他にも色々沢山の料理が出されたし、皆ダイエットを考えてか半分以上は手付かずの侭で残った。 すると、「これをソッと持ち帰り、明日またピョンヤンのホテルへ来る筈の甥っ子に渡したいのだけど、構わないかしら…」と隣に座った例のオバちゃんに相談された。 それで同席の人達がクスネタと思われ嫌がる事も考えられた為、「もし万一ホテル側に咎められてもいけないから、私が上手く言って出来れば買うか貰うかしてあげましょう」と待たせて、近くに居たウエーターを呼んだ。「実は、この饅頭が大変気に入った。 残りを仲間との夜食用に売ってくれないかなぁ。 そして、もし出来れば計十個包んで夕方当地の観光を終え駅に向かうまで 冷凍しておいて渡して貰えたら尚嬉しいんだが…」。こう、通訳を介して持ちかけた。 すると、「支配人に相談してまいります」と戻っていったウエーターは、暫くして不足分も足しまった山盛りの饅頭を大皿に盛りやってきて言った。「お気に召して幸いですと支配人が申しております。お申し付けどおり冷凍保存して お帰りの際にお渡しします。どうぞお持ち帰りください。お代の心配は無用です」。そう笑顔で品物の数を私に確認させると、厨房へ戻って行った。 こんな風にして同地の見事な名所名刹絶景を巡り昼下がりに帰宿。各自一室を与えられ汗を流し夕方まで一休みさせてもらい、実に清清しい気分で帰途に就く。 最寄駅まで向かう為、この緑の木立に囲まれたピラミッド型の瀟洒な妙香山ホテルのロビーに集まっていたら、例のウエーターが近付いてきて、「お客様、コレコレ」と、例の冷凍保存しておいてくれた支配人の粋な計らいの饅頭十個を忘れずに渡してくれた。その親切そうな良き笑顔が今も忘れられない。 ところが、この5台ほどのバスが列を成して出発しようとした間際になって、何と休憩させてもらった部屋のタオルが一枚紛失したと言って一揉め。 結局、同行者の誰かが手土産気分か車中の汗拭きにと思って無断で持ち帰ったもののようだったが、今さっき貰ったばかりの饅頭のことを思い、妙にコソコソしないでザックバランに相談して本当に良かったと思わずにはいられなかった。 尤も、あの饅頭、アノ後で例のオバちゃんに渡してやったものの、その割にアリガトウでも良かったでもなく、まして甥が喜んでいましたでもなかった。 交渉の首尾は兎も角、私がオバちゃんの言う事に唯単に相槌を打ってコソコソ持ち帰らせて欲しかったのかとも思ったが、案外それどころか、「大事(オオゴト)にしてしまって…。お節介無用」と、逆に恨まれたのかと今になっても思う。 歳を重ねてか、他人の親切もマトモに受け取れなくなる人も多い。それどころかソノ無礼さに気付かず、妙に逆恨みをされ、図々しいのか鈍感なのか何とも理解に苦しみたくなった女性も、この親北朝鮮団体主体のツアーでは特に多く出会った。 それが、どんなに隣人から温情を受けても、アリガトウでもなく、唯々わが身や身内の不幸を嘆くばかりで、過去の諍いや禍の原因を全て他に転嫁しようとする何処かの国の指導者達にも似ていると思えて、何か心中苦笑させられた。 まあソウは言っても、何処の国においてもコレは同じ事が言えるかも知れない。 だって、これまで七十四年余も人間をやってきて、先生と言われる人々の中で、今も心から「先生」と呼んで尊敬できる人となると、本当に五本の指で数え上げられるほどしか居なかったものナァ。 その点、特に大した功績を残さんでも、人間として自ずから敬愛したくなる人の数の何と多い事か…。そう思う私だ。 ☆ ☆ ☆ 【あとがき】 以上が、この10月3日の夜7時のTBS「報道特集」の主題「北鮮拉致被害者に新たに認定された生島孝子さんの話を視聴し、思いつくまま書きなぐった古く異色な北朝鮮旅行の思い出雑記だ。 ともあれ、あくまでここに書きだした事は、私という一旅行者が、十数年前の旅を今、新たな拉致被害者の情報をテレビで見て触発されての思いだ。 従って、それが仮に私の妄想だったとしても、平にご容赦の程を…。 唯、それが全く根拠のない妄想ではない証拠に、出来れば問題の私が撮影したソノ場面を此処に掲げられたらと思う。 一寸した横顔だけのビデオ画面だけに、真偽を見分ける資料としては役だたないかものと思うが、万一そのビデオ自体を見てみたいなどと思われる方が居られたなら、その旨をカキコ戴けたらと思う。******************************************************************************
2004年10月06日
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****************************************************************************** ★『幕間・平壌駅前「高麗ホテル」で出会った 在北朝鮮日本人女性の事など…(3分割中の2)』 ※拉致被害者に認定された生島孝子さんの話を聞いて思う事****************************************************************************** ☆生島孝子さんが、もしあの高麗ホテルの直ぐ側に住んで居たとすれば…【まえがき】…※既に10月4日の記事をお読みの方は、【本文】からお読みください。 昨夜7時のTBS「報道特集」で、北鮮拉致被害者に認定された生島孝子さんの話を聴き、私自身が1991年の夏に訪れた平壌高麗ホテルで出会った一人の日本人女性の事が、又々もしやと気になり出しました。 この旅の事は《荒海の思い出「悲喜交々北鮮紀行」※2003(H15).2.11日記抜粋》として、既に左欄の「フリーページ」にも旅行記の一部を思いつくまま紹介してあるので、お読みの方もあろうかと思います。 で、この事も或いは既に書いたかもとザッと読み直してみたのですが、どうも書き漏らしたようなので、この記事が関係者の目に触れる事もあろうかと、私の妄想かも知れないが、念のためアノ旅の事を又少し書き足して掲出することに決めました。 例によって、埋め草を兼ねた思いつくままの細切れ乱文でともなりましょうが、何卒ご容赦の程を…。 ☆ ☆ ☆ 【本文】♯3.記録した旅の時代背景と概要 とにかく戦後初の日朝友好親善の船到着とあって、此処が自国宣伝の好機と官民挙げての歓迎振り。その出発から帰国迄を、無色透明な一同行者の目で誰よりも詳しく記録できたと、今でも自負している次第だ。 それに訪問した時期が良かった。…と言うのは金丸訪問で俄かにムードが良くなった直後の事。プレスの肩書きで取材していた人達より私のような者のほうが、自己責任で動きやすかった。 そんな風にも思う。 ピョンヤンでの取材内容にしても、同国一流芸術家のオンパレード歓迎公演を筆頭に、アノ国の宝塚歌劇団とも言える少年少女宮殿での天才小童達の妙技やら名物ピョンヤンサーカス等々、参加者全て終始「撮影OK !!」という鷹揚さだったし、テープも電池も心配無用な私だけはジャンジャン撮りまくれた。 それに日本なら主催者からキツクお小言を戴くところだが、「撮っても良いの?」と聞くと、「どうぞどうぞ…」と、むしろ担当者も珍しがって撮影を薦められる形で記録した。 尤も、欲が出すぎて、歌や踊りなどは各演目とも第一節だけは完全収録しようとしたため、腕が疲れて閉口。時々カメラを支えきれずに手ぶれやピンボケ画面も続出する有様。 そんな訳で、後年、話題になったアマチュア・ビデオカメラマン逮捕事件を聞いた時は、つくづく良い時に行って来たものとホッとさせられたものだ。 そのほか、社会見学も観光も、十日足らずで良くマアあれだけ回れたものだった。 極貧のアノ国が精一杯の歓迎ぶりを象徴しているようなテンコ盛の銀飯料理同様に、中国々境の次は韓国々境へといった東奔西走ならぬ北奔南走といった旅程も再々。 尤も板門店へは私は行かなかった。 「日教組」の連中が開城で観光組の我々にまで襷がけのデモ行進させる気らしい…」 そんな情報を、出発直前に漏れ聞いたからだった。 ☆ ☆ ☆ そんな事情で韓国との国境へは行き洩らした私だが、その代わりアノ特殊工作船が出港した大同江河口の南浦まで、ベンツでの快適なドライブを楽しませてもらう事ができた。 あのスエズ運河並みの大工事を為し遂げたと盛んに宣伝していた、南浦の長大堤を渡り、河口の中ノ島とも言える西海閘門脇の灯台に着いたのが丁度正午だった。 その灯台下の売店で買物をして外に出た途端に汽笛が鳴った。見ると川上に当たる人造湖を今しも一隻の小船が、目の前から対岸に掛けて四・五列並んだ閘門の一つに向かって近付いてきた。 すると灯台のある管理事務所のサイレンが出港して行くこの船の無事を祈るように、一際高く鳴り響いた。 今思うと、その黒々した船が又なんとアノ撃沈された特殊工作船に似ていた事か…。 まあ、とにかくアレから幾度か、あの記録ビデオを見直す旅に、気のせいか何か陰のある印象がしてならない船であった。 だって、もしかしたら…、逆に多くの拉致被害者が、ズタ袋に詰められ泣き腫らし、絶望と諦めの思いで、この西海閘門を越えるサイレンを聞いたんじゃないかと思っちゃうんだよね。♯4.アノ謎めいた元日本人女性の身の上や如何に… そして更にソノ思いは、数日前に高麗ホテルのロビーで出会ったアノ日本人女性の身の上や如何に…といった思いとも同様に重なる。 戦後、国交の無いコノ国に居る理由として考えられるのは、以下三つしかあるまい。 即ち、 (1)朝鮮人妻として帰国船で渡った元日本人女性。 (2)よど号事件の青年達と何らかの機会に接触、極秘に入国結婚した元日本人女性。 (3)特殊工作船で拉致されて来た元日本人女性。 と言った分類になろうか。 まあソノ何れかであろうが、そのまま銀座を歩かせても違和感の無い服装だった事からして、極貧のこの国で相当経済的に恵まれた立場にある女性である。 しかしソレにしても、このピョンヤン市内に住む元日本人は少ないと言えど十人は下るまい。 また望郷の念も、昨今の元赤軍派関係者でさえ帰国ラッシュを考えれば、誰も一入だとも思う。 そしてコレだけ多くの日本人が訪朝中で居場所もピョンヤン駅前の交通至便な高麗ホテルとテレビでも伝えられているのだし、本当ならモット多くの元日本人達が顔を見せても良い筈だ。 でもソレが出来ないのは、ウッカリ故国の人と会い、何とか身内や知人に連絡を…。な~んて思いホテルへ出てきたと判ったら、後は更なる地獄行き…。そう判っているからの事だと私にも思える。 なのに我々一行の特に誰と会う目的もない様子だった彼女が、そんな危険を犯して出て来たのは、余程の望郷の念と、特殊事情があったのではなかろうか。 そう思っていた私だが、今夜のテレビで報じられた拉致被害者らしい生島孝子さんが、あの高麗ホテルの直ぐ近くのマンションに一時住まわれていたと聞き、「それなら、ああした服装でコッソリ訪問団の一員の如く装い、当局の目を欺き我々 に近付き話しかけてきたとしても、その気になれば出来ぬ話ではあるまい」。そう、思ったわけである。 そしてソノ姿も、そんな先入観もあってか、何となくアノ時の女性に似ているようにも思えてきた。それで、例のビデオの場面を再生して良く見比べてはみたものの、何分にも去って行きかけた一瞬の横顔。素人の私にはソウだと言える決め手は見出せないままだ。 それゆえ、出来たらソノ不確かな画面だけでも此処に乗せれたら…。な~んて事も考えている今の私だ。 唯、前述のように十数年も前の開発されて間もない8mmビデオを静止画にして取り出す必要があり、掲出に間に合うかが疑問。 まあ、後から載せるかもしれないから、関心の有る方は後日再確認して欲しい。 勿論、掲載するとすれば、一番目に付きやすいよう。分割掲載とした各日の文頭に挿入する予定である。******************************************************************************
2004年10月05日
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****************************************************************************** ★『幕間・平壌駅前「高麗ホテル」で出会った 在北朝鮮日本人女性の事など…(3分割中の1)』 ※拉致被害者に認定された生島孝子さんの話を聞いて思う事****************************************************************************** ☆もしや、アノ人が生島孝子さんでは…?【まえがき】※既に10月4日の記事をお読みの方は、【本文】からお読みください。 昨夜7時のTBS「報道特集」で、北鮮拉致被害者に認定された生島孝子さんの話を聴き、私自身が1991年の夏に訪れた平壌高麗ホテルで出会った一人の日本人女性の事が、又々もしやと気になり出しました。 この旅の事は《荒海の思い出「悲喜交々北鮮紀行」※2003(H15).2.11日記抜粋》として、既に左欄の「フリーページ」にも旅行記の一部を思いつくまま紹介してあるので、お読みの方もあろうかと思います。 で、この事も或いは既に書いたかもとザッと読み直してみたのですが、どうも書き漏らしたようなので、この記事が関係者の目に触れる事もあろうかと、私の妄想かも知れないが、念のためアノ旅の事を又少し書き足して掲出することに決めました。 例によって、埋め草を兼ねた思いつくままの細切れ乱文でともなりましょうが、何卒ご容赦の程を…。 ☆ ☆ ☆ 【本文】♯1.ホテルの玄関先ロビーで出会ったソノ女性との会話と印象 さて彼女に出会ったのは、我々日朝友好団がピョンヤン到着後、間もない朝の事。高麗ホテルのロビーで市内観光の出発に出かける前の待ち時間。未だその日の日程さえ知らされず些か不満げな我々に混じり、確かテレビニュースて訪問団の様子を見て懐かしさ一杯になり出かけてきたとか話していた。 年の頃は30代後半から40代前半程と見受けられ、在北朝鮮日本人を名乗っていた。日本語も違和感の無い標準語で、身なりも上品な奥様風だった。 今日のご予定はと聞かれたので、未だ余り判然としないが、昼間はピョンヤンの市内観光をして、夜行列車で妙香山とかへ向かうらしいと答えたように思う。 すると彼女は、「ああ、あそこは首領様が今いらっしゃる所。 きっと皆さん、お目にかかれるでしょう。 日本の日光のような素晴らしいところですよ」。そう確か話してくれた。 それにしても、我々の仲間の誰か特定の者を尋ねるでもないコノ女性の望郷の念が痛いほど感じられて、「何か日本への伝言でもあれば、お役に立ちますよ…」と思わず言いたくなったほどだった。 だが、その時既に彼女は私の前を離れ、誰か知り合いはいないかといった風情で混雑するロビーの人込みの中に消えようとしていた。このため、急いで彼女の姿を記録しておこうと、ビデオカメラで追ったものであった。 後日その時のビデオを再生して見たが、矢張り人込みの中に去る彼女の横顔のみが写っているだけでコチラを向いた場面はなかった。 だからこうして拉致問題が話題にされる都度。「記念写真でも撮りませんか」と誘ってみれば、その反応如何で更に何か推測できたかも…と臍(ホゾ)を噛む私だ。 ☆ ☆ ☆ しかし、それでもアノ旅の記録は、私の数ある海外旅行記録の中でも、とりわけ忘れがたく貴重なテープとして大事に保存しているものの一つだ。 コレを撮影した頃は、ソニーがパスポートサイズのビデオカメラを開発して未だ日も浅く、機材とも高価で数百人の団員中、VTRカメラを持参していたのは未だ10人程。 私も買ってコレでビデオ撮影二度目の海外旅行とあって、腕も画質も今イチ作品。尤も、定年退職後、娘達も他家に嫁ぎ、残す必要もなくなったコチトラだものと、目をつぶり財布の底を叩いて買ったっけなぁ…。 まあソンナコンナで、他の仲間は余り持参しなかったテープもバッテリーも余裕綽綽。それがトニカク幸いし、撮りも撮ったり、編集前は二時間テープで十数本もあったなぁ。♯2.このツアーの性格と印象 ところでコノ旅は、日朝友好促進を旗印にしていた「日教組」を初めとする三団体が企画した親善旅行だったが、人数が足りなかったらしく、朝日新聞に広告が載り一般の観光旅行客も募集され実行されたもの。 そうと知らず参加した私のような者も多かっただけに、何だか彼らのサクラにされたような妙な気分もした。 それに彼らの中には、己の頭の固さも省みず傍若無人ぶりが目に余る者も多かった。それゆえ私の「日教組観」は以後一変させられたほどだ。 とにかく日本人の代表と名乗った蒔枝元委員長の挨拶も、聞いていて「よくもマア」と赤々思わせられたイカサマもの。 もし嘘だと言うなら、その殆どを私が記録したビデオテープを試聴して見るがいい。「過去の日本の行為を、唯一方的な悪として物を言っていたが、行き過ぎはどちらの側にも言える事。ソレを個人の意見として言うのならまだしも、何も関係ない者まで同席させながら、あたかも日本人全体の考えと聞こえよがしに言われては迷惑千万…」。そん風に思いながら撮影した事を思い出す。 尤も良い事も有るにはあった。 それはコノ超格安で贅沢三昧の旅が実現できたのは、確かに「日教組」有ってのもの。 何処へ行っても待遇だけは準国賓。 「そこのけ、そこのけ、オンマが通る」と何処からか掛け声が掛かってス~イス~イ。 迎賓館での歓迎晩餐会にしても、例の「よろこび組」と共に日頃お堅い先生様方さえ鼻の下をグンと伸ばして美女達と肩を組み、懐かしの日本メロディーやアリラン等々を共に合唱している様は、ビデオを見る度に、オイラ誠も胸を熱くさせられる。 まあそんな具合に、格安ながら結構いい気分にさせて戴いたのも、他ならぬ日教組様あったればこそ…。 何れにせよ、「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」って訳で、観光ポイントも社会見学も、見せられたものは、なるべくジックリ撮りまくる事とした。 テープや電池切れでロクに撮れなかったとボヤイテいた仲間も多かった中。あの国の事だし、収録機材が壊れたり無くなったりしたら「ハイそれまでよ♪」の筈。それに、船なら荷物の重量制限も緩やかと判断した私は、予備機まで用意して出かけたのが幸いだった。******************************************************************************
2004年10月04日
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******************************************************************************★『幕間・今朝見た夢の話「不思議で快い夢」※(非公開日記「わが星霜」2004年10月2日記事の一部抜粋脚色文)****************************************************************************** ☆沖縄で玉砕した筈の兄に誘われて 今朝、目覚め前に不思議で快い夢を見た。 「自分が勧進元の一人」と話す沖縄で戦士した筈の長兄に誘われて訪れた所は、山また山の山中にあった。 一山全てが表面的には古風な演劇様式を継承しながらも、内容や考え方は極めて斬新で実験的要素に富んだ演劇村といった所。 音に聞く讃岐の金毘羅さんの門前歌舞伎と、中伊豆の山中にある能舞台を持った老舗旅館を渾然一体にして、規模を拡大しモダン化したような、一風変わった和風レストランセアター。 そして、これを中核に、俳優養成施設や特殊で様々な裾野産業が育っているといった感じでもあった。 ☆ ☆ ☆ 尤も、同所へ着いた時には兄は消えていて、気が付くと私のみがその広々とした中庭を一望する三階の部屋の窓辺に居た。見下ろすと、心字型に池泉を配した緑豊かな美しい中庭の正面に、能舞台を大きくしたような張り出し舞台が突き出していて、一種独特な雰囲気の巨大施設といった感じである。 そして今しも舞台では、和風オペレッタといった感じの若い踊り子達の群舞が、せり上がってきた一段高い円形舞台の上の和太鼓奏者達を囲み始まった。 やがて兄の孫だという芸実家風の詰襟シャツを着た青年が私の所へやってきた。長身で眉が濃く目許に涼しさを漂わせていて、何処か生前の兄を彷彿とさせる男らしい中々の美貌だった。「どうぞ、ごゆっくりお寛(クツロ)ぎください。祖父は今ちょっと多忙ゆえ後刻伺うそうですが、貴男の接待費として十分すぎるほどの予算を預かってきておりますから、ご遠慮なく何なりと支配人にご注文ください」。 そんな話を聴いている間にも、和服の女性達が次々と珍しい酒肴を運んできて、琉球泡盛のような酒を勧めてくれた。 ☆ ☆ ☆ 舞台を取り巻く2階以上は、全て窓際から舞台を見易いよう馬蹄形をしていて客席の大半はレストラン・セアター風になっているようだ。 またテーブルに置かれた案内図を見ると、その中の上層階は大部分、泊りがけで観劇や付近の観光を楽しみに来る家族や団体客の客室に使われている様子。 更に一部は富裕層の別邸として区分所有されたり、賃貸されたりしている模様。 また中庭とフラットになった1階は、ショッピングセンターや、室内プール・ヘルスセンターなどに使われているようだ。 そして彼の説明によれば、この青い空が覗く広い中庭の上も、天候次第で丈夫で透明なアクリル板の屋根を開閉させる工夫がされている由でもある。 それにしても、あの沖縄戦で玉砕したはずの長兄が今も生き延び、こんな所で二世・三世まで設け、こんな暮らしをしていようとは…。「あのロクでもない戦争のために、一番大切なアノ子を犬死させてしまった…」と、折々嘆いていた亡きオフクロさんを生きてるうちに連れてきたかったなぁ。なんてフト思う。 そこへ何か急な所用が出来たらしく、ウエーターからメモを渡された彼は、急に席を立ち、失礼を詫びながら何処かへ消えてしまった。 ☆ ☆ ☆ すっかり良い気分にさせられて舞台はと見ると、何か「天の岩戸」の物語を劇化したような賑やかな場面が展開中だった。 大きな岩の扉が目立つ洞穴が、舞台上手(カミテ)奥にあり、中央の大きな樽の上では、両ホホに濃い紅を刷いた丸顔の女優が、頬かむりしたヒョットコ面の男と神楽風の踊りを身振り手振り可笑しく、賑やかなお囃子に合わせて濃厚なラブシーンを乱舞。その樽の下では、十数人の踊り子が、ヤンヤヤンヤと二人を囃し立てて群舞していた。 ☆ ☆ ☆ こんくな風にして私は、山々の樹海に取り囲まれた龍宮城の中に迷い込んだ今浦島のような気分に酔いしれているうちに一幕が終わって、フト気が付くと早くも7時過ぎ…。 もう少し夢を見続けて、山の乙姫様か天照大神との拝顔が叶う時まで待ちたかった私だが、これ以上さらに眠り続けたら、それこそ現実の山の神様の不興を買う事になろうと、寄る年波で硬直した腰を擦り擦り起き出す始末だった。******************************************************************************
2004年10月03日
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**********************************************************************************『歯磨きしながら思い出した七つのアレコレ』※第6話 **********************************************************************************★第40回 第6話「Kiss の味」☆半世紀が過ぎて… ♯2モトカノも今は良きメル友、青春の思い出も楽し老いの語らい (その4… 爾後4回に分割掲載) ☆ ☆ ☆ 【まえがき】 ※この【まえがき】の重複掲載予定は、文字制限の関係で割愛する事にいたしました。 恐縮ながら初めてご来訪の方は、9月29日の記事から順次お読みください。┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓----- Original Message ----☆誠⇒♪TSさんSent: Wednesday, September 29, 2004 9:24 PMSubject: お~い、又だぜ大丈夫 ??今夜も大雨台風がソチラを間もなく通過の様子。この標題に、「何の事?」と思うようなら安心やが…と、念のため、ミラノ新報の号外を以下お届けしておきます。旦那様のほかに、今夜どなたか一緒に居てくれるのやろうか…?程度は推察するのみだが、何せ共に体がご不自由と聞くだけにもし近くの○○川氾濫なんて事になったら、どないするんやろ?なんて事をツイ考えてしまうんだよね。もしかしたら、今頃心細くって、お子さん夫婦に携帯を掛け捲っているかもね。(ニヤニヤ)尤も、今度の台風はコチラも明朝暁に狙われているようやし、年季の入ったボロ屋の我家も油断できんがね。それで先ほど家内と雨戸をガタビシ入れたばかりやが、二人とも、マダ家の中では口喧嘩しながらでも、自力で何とか対応できるんで、マアマアと言ったところ…。ともあれ共々恙(ツツガ)無く、この台風もヤリ過ごせますよう祈ってます。----- Original Message ----- ♪TSさん⇒☆誠Sent: Thursday, September 30, 2004 1:27 AMSubject: 大丈夫だよおん(Re: お~い、又だぜ大丈夫 ??)早速のお見舞い有難うございます我が家の台風も旦那の入院をすませて、今夜はゆっくりとだから、台風さまも、静かにそちらのほうに去っていってくれました退院してからの9日間は、本当に大変でしたけれど、家族の力って凄いなと痛感したのは、ショートから帰ったときの、無表情で動きの取れない体から僅か二日で元の表情に戻り返事も笑顔もでてきたことですこのままずっと看てあげたいのはやまやまですがもう体力の限界で私が再び病院行きかの状態で、娘の援助も期限を切ってこそのこと、入院をして毎日顔を見せに行くのが一番と思い至りましたまだまだ落ち着きませんが、旦那の居ない生活になれて友達とだべり会でも出来るようになればなあと考えていますUN病院はUN先生の没後(10年ほど前)UNクリニックとなり長男が経営本宅跡には介護施設センターを建設して次男が経営。そして長女は現在SS病院理事長として活躍。「やっぱり蛙は蛙の子やなあ、これだけの屋台骨を背負っているのやから」と旦那が感心してましたUN未亡人は今、理事長の(近くに○○という場所があり)お宅に身を寄せていらっしゃいますもともと、SS病院もUN先生が始めたものを、娘婿に乗っ取られ、婿の死とともに結局彼女のものとなったわけで、年月と言うものは様々な物の形を変えていくものなのですね子供どもは私が一人でも余り同情はしてくれません、適当に切り抜けていく術を会得していると思っているのでしょうそういえば、雷が鳴っても、あれは放電じゃないと平気で居る私にお前は可愛いないなあと嘆かれた事がありましたっけ余り自立しているのもどんなものでしょうねまたまた、遅くなりました。今夜はこれで、辺りは静まり返っています┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛【あとがき】 以上が、メル友として久々の書簡往復が復活して1年9ヶ月が過ぎた元カノTSさんと私の最近書簡アレコレである。 ☆ ☆ ☆ 一応「あとがき」欄を設けて置いたものの、9月29日に書いた最近の往復書簡公開に先立つ「まえがき」を再読してみたら、殆ど言いたい事は言い尽くした感じだ。 だから、未だ飛ばしの術を会得してない私とあって、再度その結びの部分をここに復刻掲出することで、この第6話「Kiss の味」を完結させる事とする。 ***** さて、あれから今年も四分の三が過ぎてしまい、早十月の声を聴く慌しさである。 ソノ間の時の流れとて、いよいよ内外共に多事多難。 次から次の台風襲来に脅かされる一方、人生様々と嘯(ウソブ)く非情な首相の下、福祉置き去りで我々高齢者は絞り粕の如く打ち捨てられようとしているのが現状。 前掲したTSさんの言葉では無いが、それこそ「老人パワー」を大爆発させないと、とんでもない百鬼夜行の世の中になりそうである。 だから、できるだけ多くの旧友達がメールで友情を復活させ、共々労わりあい。励ましあって、できるだけ行動的に生きたいもの。 即ち、そんな四方山話を重ねつつ、それとなく世論を正しい方向へ導いていくのも、戦火や飢餓の辛さ恐ろしさを実感して生き抜いてきた我々世代の役目。そう思う。 **************************************************************************
2004年10月02日
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**************************************************************************『歯 磨 き し な が ら 思 い 出 し た 七 つ の ア レ コ レ』 **************************************************************************★第39回 第6話「Kiss の味」☆半世紀が過ぎて… ♯2モトカノも今は良きメル友、青春の思い出も楽し老いの語らい (その3… 爾後?回に分割掲載) ☆ ☆ ☆ 【まえがき】 ※この【まえがき】の重複掲載予定は、文字制限の関係で割愛する事にいたしました。 恐縮ながら初めてご来訪の方は、9月29日の記事から順次お読みください。。┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓----- Original Message ---- ☆誠⇒♪TSさんSent: Friday, September 24, 2004 4:16 PMSubject: Seko、ガンバレ ! (Re: 励ましに勇気凛々!)事態、一先ず好転の報にホッとさせられています。先ずは余談ながら、UN病院というのは、確か貴女の初就職先ではなかったかしら…。その病院の庭先で、同僚や院長のお子さん達と七~八人ほどで並ばれた笑顔の誰かさんの写真が、確かアルバムに残っていましたっけ。あの中にはソノお嬢さんは写っていたっけかナァ…。後で見てみよう。そうそう、その院長さん、『白鹿』党だって言っていたっけね。以来、酒屋で、『白鹿』を見ると貴女や院長の事を何故か思い出したもの…。人間の記憶って本当に妙なものですね。必要な事は、どんどんと忘却の彼方へ押しやられてしまうのに…。(ホホホ)ところで、> 実はあの翌日、ソーシャルワーカー(St.M病院在籍中、自転車の彼と接触骨折)との事。勿論、この事故による骨折って昔の話なんですよね。…とすると、貴女はソノ後一時St.M病院に勤務していた事もあったって事かしら。…だとすると、何時頃 (結婚前?結婚後?)…。その古巣が今は立派な病院になり、今回の入院先でもあったという訳ですね。だったら、余計居心地良くって退院したくなくなっちゃうかも…。な~んて思ったりして。まあ、勝手な推理はこのぐらいにして、お嬢さんやお嫁さんもナカナカ気を配ってくれてるようだし、とにかく良かった良かった。それでは、ホッと感想まで…。Adios !!----- Original Message ----♪TSさん⇒☆誠Sent: Thursday, September 23, 2004 10:05 PMSubject: 励ましに勇気凛々!お心有難うございます実はあの翌日、ソーシャルワーカー(St.M病院在籍中自転車の彼と接触骨折)にTELしたところ、彼も気にしてくれて、勿論入院の情報もご存知でこの際特養までの間、老健なり療養型なりアタックしてみたらと進言されそれなら、ダメモトと近くにあるSS病院にTEL。理事長は昔勤めていたUN病院のお嬢さんで私とは50年来の知り合い実情をお話ししたところ、空きベッドもなく、難しいが善処しましょうと昨夜、同病院に連れて行き、協議の結果どうにか、入院まで漕ぎ着けましたただ、入院はしたが、この先、何時までの保障もなく母の時、やはり私の入院で、理事長事務長院長すべてがあなたを応援するからと励まされて入れていただいたものの、我侭な母に2週間で追い出された経緯があり、今回もどうなるか想像もつきませんがとにかく、予定は未定とばかり、今はご好意に甘えるつもりです皆様が私の体を心配してのご好意は本当に有難いと思っています今回は娘も退院以来毎日来てくれているし、お嫁さんも極力協力してくれるとのことで、こんな時には一丸になってくれるのかと感謝の気持ちで一杯です何か大変な事がおこると不思議に何処からか救いの手が差し伸べられたとえそれが、不発に終わったとしても、それはそういうご縁だったと思うようにしています兄弟も親戚も近くに居ない私にとっては、周りの方々のご親切が宝です今夜は、今までのショートステーに一泊で行って貰っています退院以来、初めてのリラックスタイムですしんどくても、顔を見れば精一杯介護をしてしまう私ってオメデタイ?あと、ショートステー一回とデーサービス二回を済ませて29日に入院です週3回は会いに行くつもりなので、忙しくなりますでも、何かの時は、家族の愛で救われると言う事は、帰ってきて三日でモトの状態にもどりつつある旦那を見て痛感いたしました又新たな方策の始まりです、落ち込んでいる暇はありませんようめげんとがんばっとるなーと今は自分を励ましています ----- Original Message ---- ☆誠⇒♪TSさんSent: Saturday, September 25, 2004 11:31 AMSubject:St.M病院の件ほか (Re: Re: Seko、ガンバレ !) ★Re:St.M病院の件ははずれ! 何や、「St.M病院在籍中」というのは、そのソーシャルワーカーさんの事だったんか。それでは、結婚まで、ずっとUN病院に勤めて居たんだね。私は又、アノ頃、「もう直ぐ私は…」と、私達の仲を同僚に公表していると聞いた覚えがあるんで、気恥ずかしくなって職場を変わられたのかしら。だったら、気の毒な事しちゃったナァなんて思ったりして。フフフ、なんだか早トチリした私の方が気恥ずかしく成っちゃったワン。 ★弱者にやさしい旦那様> 医療費を持ちますと言った彼に旦那がそんなに給料も高くないだろうから> それに将来どんな形でお世話にならないとも限らないのだから> 部屋代はお前が払え!滞る支払いも彼のボーナスまで待ってあげましたっけ 弱者にやさしい旦那様だったんだ。その人徳が巡り巡って、今回は随分心強い相談相手になってもらえるなんて…。まさに情けは人の為ならずやねぇ。お宅の旦那様、コチトラと違い、きっと女心の機微にも通じた優しい方やろなぁ…(ジーン)爪の垢を送ってもらおうかしら…。冗談は兎も角、お元気の頃の優しかりし背の君の思い出を胸に、大変やろうが、精々大事にしてあげないとね…。 ★娘婿さん、来てくれて心強かったろうね… > 手伝いに来てくれた娘がよほど見かねたのでしょう> 今夜は娘婿がついてくれました> 息子たちはやはり動けるのが土、日、なのでなかなか思うに任せません お二人とも身障者となれば、お嬢さんよりは力のありそうな娘婿さんが傍にいてくれたほうが、頼りになりそうだね。それに加古川の事件もあったし、ソチラも何か物騒な事件が多そうだものね。 ★白鹿党のUN院長の事我々より大分高齢と思われるソノ院長さんは今も御健在?ついでながら伺いますが、今もUN病院って在るの?それとも、SS病院と名前を変えてSS山近くへ移転されたの? ★Re:一つだけ蛇足 > 私と結婚する前、プロポーズして事情があって結婚できなかった彼女> 何年かたって何度かコンサートにご招待したり、コーラスの同窓会が> あるときにまるで私を今でもこの人は好きなんだといわんばかりの> 態度に出られて、私はべつにあなたに貰ってくれと言った訳でもないわ> と旦那を責めた事がありましたっけ> 責められた旦那は目を白黒、ですから、女は執念深いのです> どうぞ、奥様をご大切に そこが、女心の微妙なむところやなぁ。心優しい旦那様のこと。その、コンガリ焼けたSeko奥様の反応を見て、逆に可愛さモリモリなんて事を想像してます。もしかすると心の中の倦怠期克服を図ったのかも…。 そうなると、そのお相手の存在はTS奥様にとっても貴重やなぁ。でも大方の奥様方には、そうしたご主人の女友達の存在価値は判り難いやろうナァ。TS奥様に責められて目を白黒していた旦那様の心中、察するに余りあります。 ★余談 > 女は執念深いのです。 オー、コワ~ !! (ブメブル) > どうぞ、奥様をご大切に はい、ご忠告に従わせていただきます。 お互い寄る年波の中で、長年の夫婦なるがゆえに積もった垢もあろうもの…。でも、それゆえにこそ、夫婦のラストダンスだけは見事に踊って、後々悔いを残さんようにいたしましょう。何せ、あの世とやらへ行かれては、賑やかだった夫婦喧嘩も「ハイ・ソレマデヨ~♪」ですものね。(フフフ) それでは、今日の「ミラノ新報」はこれまで…。 Mrs. ロクサーヌ TS 様 シラノ ド 誠 ----- Original Message ----- ♪TSさん⇒☆誠Sent: Saturday, September 25, 2004 12:10 AMSubject: Re: Seko、ガンバレ ! ★昔の事って、ひょんなことから思い出すものね UN院長が白鹿党だったことまで覚えていらしたとは! そのとおり、です、そのころ小学生だった彼女が未亡人となり 今や理事長、おとなしくてしっかりしていらして、私なんか 足元にも及びません★St.Mの件ははずれ! 私が同級生のご主人を頼って通うようになって5年目のころ St.M橋のたもとで遅刻しそうになりチャリンコを飛ばしてきた彼が ド近眼だったため私の姿をとらえることができず衝突! ぶつかられた私も格好悪いので大丈夫といったもののロータリー までの長かった事! 医療費を持ちますと言った彼に旦那がそんなに給料も高くないだろうから それに将来どんな形でお世話にならないとも限らないのだから 部屋代はお前が払え!滞る支払いも彼のボーナスまで待ってあげましたっけ★手伝いに来てくれた娘がよほど見かねたのでしょう 今夜は娘婿がついてくれました 息子たちはやはり動けるのが土、日、なのでなかなか思うに任せません★一つだけ蛇足 私と結婚する前、プロポーズして事情があって結婚できなかった彼女 何年かたって何度かコンサートにご招待したり、コーラスの同窓会が あるときにまるで私を今でもこの人は好きなんだといわんばかりの 態度に出られて、私はべつにあなたに貰ってくれと言った訳でもないわ と旦那を責めた事がありましたっけ 責められた旦那は目を白黒、ですから、女は執念深いのです どうぞ、奥様をご大切に┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ ※以下、明日以降に分割掲載 **************************************************************************
2004年10月01日
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