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礼拝が終わって帰る人に声をかけた。幼な子を連れた若い夫婦は「これから大学祭を見てきます」やがてチヂミとキムチを手に、帰ってこられた。ステキなおみやげ、模擬店で売っていたのかな。
2004年10月31日
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これは読む時の霊性によって印象が変わる福音書だ。こんな難解な書だったのか、と顔をしかめる時がある。そんな時「この書が一番好き!」と言った信者さんの顔が浮かんでくる(笑)確かに読んでも読んでも味わい尽くせない凄い書だ。一生かかって読んでいくんだ。
2004年10月30日
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前任地(27年前)にお世話になった信者さんから電話があった。箱根に行くので、やまひでの教会に寄りたいとのこと。うわ~まだ覚えてくださっていたんだ。さっそく駅からの地図をファックスした。
2004年10月29日
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平成最大の被害をもたらした台風23号から、まだ1週間あまり。兵庫県豊岡市は、市内のほとんどが水に浸かったという未曾有の被害だった。その前の週には台風22号もあり、静岡県伊東市に甚大な家屋被害を与えている。その後の中越地震のすさまじさのために、報道は地震一色になった。他にも情報を必要としているところが依然としてある。ハイトーンな口調ではなく、落ち着いた、しかも正確な情報をネット等で流してほしい。学生、生徒の皆さんは、ちょっと教室の授業の手を休めて、片づけボランティアに出てほしいと。
2004年10月28日
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ある楽天HP管理人の奥様が、好きなプロ野球球団について質問された会話が面白かった。奥さん「西武が好きです」質問者「どうしてですか?」奥さん「清原選手がいるから」清原選手は、とうに巨人に移ったって。だから、初めの場所にじっととどまり続けることが一番良かったんだね。
2004年10月27日
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「先行きがわからない」「家に帰れない」一日ずつ寒さが増していく。おにぎりや、弁当、菓子パンの配給、日用品の不足、トイレの不足どれをとっても長期になれば、計りがたいストレスとなろう。家を失った不安、建ってはいても亀裂が入っていれば同じこと。路も橋も落ち、鉄道も当分は通わない。悩みは深い。人々はどのように乗り越えていくか。人のふれあい、励まし合いが要となると思う。対岸の火事ではない。だれにとっても、「明日はわが身」の可能性がある。僕たちのために生き抜く力を見せてほしい。ボクに出来ることは、と考える。
2004年10月26日
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ラジカセがあります。あまり旧いので、捨てようと思っていました。でも地震のニュースを見ていて、持っていようと考え直しました。電池を新しくしておきます。(東海地震も近いと言われています)
2004年10月25日
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今日の夕礼拝には、3人の男性が出席した。ボクたち夫婦を加えると5人。Aさんは久しぶりに来られた。皆さんが帰る頃、彼が話しはじめた。正式に他教会に移る決心をしました、と。ボクは彼のために心から喜んであげた。神様にすべてをお任せするんだ。人との出会いは、一期一会なんだ。彼はいつもにこにこしながら礼拝堂に入ってきた。その顔を忘れないでいようと思った。
2004年10月24日
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DOSのお話で、コメントをたくさん下さりうれしかったです。まだ現役だったのですね。そうですよね。簡単には無くならない。ボクも生半可な知識ですが、いまのWindowsも、DOSの上に乗っているのでしょう?目に見えなくなっただけだと思います。「MSDOSが先で、次がWindowsだったので、DOSが無くなったんだ。逆だったら、リナックスのように、DOSがもてはやされたに違いない」と友人が言っています。シンプルな時代よ、さようなら!「友子の情報」で作った、説教や聖句のデータベースも、いつの間にか消えてしまいました。Windows化された案内が来ましたが、いつの間にか来なくなった。もう無くなったのかな。世は、「ワード、エクセル」一色に。ボクは、「一太郎、ロータス123」でがんばっていますぅ。
2004年10月23日
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MS/DOSはバージョン1から使っていました。5インチの2Dと言われたフロッピ1枚だけ。シンプルなものですが、基本的な命令は揃っていました。じゃあ、今の巨大なプログラムはいったい何なの?MSーDOSはV5、V6と使い、IBMーPCDOS7も使ってみました。DOS5は今だに使っています。DOS5の上から、ウインドウズをインストールできるんです。98SEまで確認しました。ところでDOSプロンプトのシンプルさには目を見張りますよ。画面左上にちょこんとA:>とあるだけ、それに呪文を打ち込めば、お仕事が始まりましたね。
2004年10月22日
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日本に来たたいがいの台風を最初に迎える室戸岬その防波堤が、こんなに脆弱だったとはその直ぐ下には市営住宅があったのだ駿河湾にも巨大な防波堤があり、町を守っているしかしそのすぐ前に建てられている住宅群を見るたびにかの時に耐えられるのだろうかと、思う穏やかなときには仕事帰りの会社員が、夕日を見に来る恋人たちが寄り添っているジョギングの人々が行き来する
2004年10月21日
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<オークション依存症との関わり>たいして必要のない商品に入札していた。パスワードを打ち込む時の快感を、無意識に求めていたんだと気づく。危険を察知したボクは、その日のウチに自分のIDを削除した。負けるものか。きっと勝つんだ。
2004年10月20日
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中川健一先生は、「私は、80歳まで現役が目標です」とお語りになられた。ウチの信者さんが感心しておられた。その時に配られた「ハーベスト・ニュース・レター」の巻頭は『「リタイア」か、「リ・タイア」か』と言う題だった。「リタイア retire は、引き下がること、後退、退場、隠退・・・・どの訳語を見ても、後ろ向きで寂しくなるようなものばかりです」そう始められたメッセージは、最後に、ある神学校の教授が教室で語った言葉で結ばれていました。中川先生が直接おききになったのでしょう。「私にはリタイアはない。リ・タイアして(タイアを取り替えて)、再び走り出すだけだ。」
2004年10月19日
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「十二人の中の一人で、イスカリオテと呼ばれるユダの中に、サタンが入った。」ルカ22:3------------------------超教派の「祈りの集まり」に、熱心に来られていた信者さんが、突然なくなったことがある。彼は、聖書に記されているサタンの記事に心を捕らわれた。そしてサタンのことを調べて朝になってしまった。それから心臓発作を起こしてなくなった。ユダとサタンの関係について、信者さんたちと話し合ったことがある。「じゃこの辺でこの話は終わりにしましょう」サタンが神様の救済の歴史にどうかかわったか、ボクは詳しく知ろうは思わない。ただイエスが御手をもってお選びになった12人の中にさえ、サタンと手を結んだ一人がいたと言うことだけは、心に留めていたい。
2004年10月18日
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きのうはクリスチャンフォーラムFLORDを見てきた。ニフティフォーラムFLORDはボクのネット初体験の場所だった。フォーラムは、みんなとの対等の交流に緊張感がある。自分は教室の中の、一人の生徒のようになる。HPの運営管理人になると、自分は生徒の前の先生のよう。自分が中心で責任者だ。FLORDがウェブ化されたのを機に、ボクもパソ通から撤退した。FLORDのほかに、ボクがずっといた場所は、「FMH」(精神保健フォーラム)、弟の病をきっかけに入った。居心地が良かった。病者は概してやさしいことがわかった。ツリーを延々と伸ばしてお話したみんな、どうしているかな!「FTOSHIBA」(東芝PCフォーラム)、ここで手ほどきを受けたボクは、ノートパソコン・ジャンク道をひた走った。「FBIKE」(バイクフォーラム)実に気前の良い人々の集まりだった。どんな小さな事、初心者マーク人間にも、ていねいにレスを下さる。バイク好き人間の温かさを、とことん味わったのです。ボクもCD125やCBX125を乗り回していた。ボクは大きなバイクに乗れなかったが、今かわりに息子や娘が乗っている。
2004年10月17日
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中川健一先生をゲストに「三島レディーズアワー」が行われた。250名ほどが集まる。中川先生をお招きするのは2度目。「地元だから」ということで、スケジュールを合わせて下さったとのこと。中川先生は裾野の千福ニュータウンに来られて、スタジオやお住まいをお建てになって、もう20年近くになるかしら。地元(三島・裾野)の牧師が集まって、伺ったことを思い出す。あの頃、山の斜面に建てられた建物のあちこちが完成前だった。今回のお話は中川先生らしさが、随所に発揮された感がある。信徒にも、そうでない方たちにも、どちらにも興味深いお話だった。福音に裏打ちされている安心感があった。ご自身も「わたしは丸くなりました」と語っておられたが、確かにリラックスして、ありのままの自分の姿を晒しておられた。前はこうではなかったなぁ。奥様もにこにこしておられる。みんな見知った顔だから、うれしかったのだろう。まだ小さかったお子さんたちを連れて、わが教会にも一度、来られたこと、思い出した。
2004年10月16日
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旅人が訪れた。豊橋から東京まで行くという。お腹がすいているので何か食べ物を頂きたいと。「インスタント・ラーメンなら作れますけど」というと、OK。汚れても良さそうな座布団を玄関口に出して、勧めボクは2階にいる妻に連絡した。「インスタント・ラーメンを作って持ってきて。卵を一つ入れてね」もうそれだけで通じる。あうんの呼吸になったな。ボクが牧師室にいると、妻が来て、「お茶はどうする?」と訊くから、「イイよ、出さなくて」しばらくして玄関口に出ていくと、ボクが来るのを待っていた。お礼を言って出ていった。ちょうどその日の午後は、台風が伊豆に上陸するお昼頃のことだった。昨日は妻とスーパーに買い物に。インスタントラーメンが目に止まった。「ほらあれを買っていくんだ。旅人が来るかも知れないよ」妻は、くすくす笑った。レミ(「家なき子」)のような子だって、やがて大きくなるんだ。みんな大きくなったレミならいいんだが。
2004年10月15日
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昼の時間、衛生第2でアニメ「家なき子」をやっています。昼食を終えた頃、妻が必ずチャンネルを回すのです。「さようなら いつだって 生きることは戦いだ」こんなテーマソングで始まります。昨日は一緒にいた兄弟たちが貧しさのあまり別れ別れになる場面でした。レミは一人旅に出ます。「家なき子」って、ホームレスの子供の物語だったんだ。ボクたちみんなの心にレミが住んでいたら、いいのだけれどそんなに思いながら、楽しく見ています。
2004年10月14日
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「十二日午前六時二十分ごろ、埼玉県皆野町皆野の「美の山公園」展望台近くにある駐車場で、若い男女七人がワゴン車内で死亡しているのを秩父署員が発見した。」(ヤフーニュースより)------------雨に洗われている森林の向こうに先の見えない吹雪を感じていたとしても死への安らぎに、互いの心が震えていたとしても生きるために励まし合ってほしかった周りを見つめてごらん自然のものも、人が作ったものもみんな弱いボクたちの生を支え合うためのものだよ
2004年10月13日
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近隣の幾つかの教会の婦人たちが集まって、一年に一度イベントを持っています。「三島レディーズアワー」と言います。18回目とあるから、もう20年近く続いている。以前は「レディーズ・ランチョン」と呼び、食事会だったのですが、ホテルの食事が年々高額になるので、コーヒーアワーになりました。会費は1500円となります。今、最後の打合会がうちの教会で開かれています。笑い声が聞こえます。教派なんか関係ない、みんなご機嫌な教会婦人たち。
2004年10月12日
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キリストがベテスダの池の側に横たわっている人を見られた。この池の水が動いた時に、真っ先に入る人は、病がいやされるという。この人は体が動かないので、いつも後れをとっていた。キリストが声をかける「良くなりたいのですか?」ここを読む度に考えてきた。この「問いかけ」にどんな意味があるのだろう。「良くなりたいのは当たり前なのに どうしてお訊きになるのですか?」今朝もここに来て、また考え込んだ。
2004年10月11日
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朝起きると、道路や駐車場は一面に、イチョウの葉や小枝が落ちていた。こんな大風に耐えて、大木は揺るがない。妻と近所の人が掃いている音が聞こえてくる。今日は日曜日、皆さんがお出かけ下さるかな?無事の喜びを交わしましょう。 8:05am
2004年10月10日
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(更新)風雨はついにピークを越えた。空も幾分明るくなった。台風はエネルギーを放出しつつ、なおも旅をする。これから、東京、神奈川、千葉の方へ。どうぞ、十分にお気を付けください! 16:50-----------------------------(更新)町は激しい風雨に閉ざされた。伊豆半島に上陸したとのこと。予想よりちょっと早かったか。向かいの公孫樹の大木から、木の枝がぱらぱらと落ちて、空に舞い、道路を滑っていく。もう外には出られまい、と思ったら、バイクの新聞配達さんが訪れた。玄関先に出て声をかけた。非常に危険だ。こんな日は、やめてもいいのに。16:25-------------------------------(更新)電線が鳴り始めた。雨脚はひどくはないが、叩きつけている。暴風雨圏に入ったと思われる。突然の風雨に、娘が「ああ来た~」と嬌声を上げている。喜んじゃあだめね。犬を家に招いた。 県中部~西部に上陸か。15:10--------------------------------------(更新)一時、小康状態だった雨が、また降り出した。部屋の中からも雨音が聞こえる。強い台風だが、暴風雨径は狭いという。無風とは言えないが、風はまだ弱い。朝は沼津に一人住まいしている娘から電話があった。出水して外に出られないと言う。大切なバイクが水に浸かってしまったという。1:50pm------------------------------------台風22号は、東海、関東に接近しつつある。雨のただ中、信徒さんが「朝の祈り」のために来られた。6:15am土曜日は「教団の教会」のために祈りをする。お祈りが終わった頃、心なしか雨は小降りになった。人生に襲いかかる試練の中では、大自然からのものもある。神様、波間に浮かぶ小舟のような私たちをお守り下さい。10:00am
2004年10月09日
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まだ学生の頃、FM放送から「美しい水車屋の娘」(シューベルト曲)をテープに録音した。美しい声と、曲の愛らしさに惚れ込んで、家庭教師先の女の子にまで、オープンテープレコーダーを抱えて行って聴かせた。まだカセットテープは一般的ではなかった。ブンダリッヒというテノール歌手が歌っていた。「アルペジョーネ・ソナタ」(シューベルト曲)アルペジョーネとは、チェロに似た古楽器。これもFMから。演奏はコンタルスキー兄弟だった。この曲を聴くたびに、若い時に繰り返し聴いたあの演奏が思い出される。「らーらーらら」違う、その節まわしではなかった・・・・「らーらーらら」と歌うんだ。
2004年10月08日
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日本ハムはプレーオフに敗退して、新庄も燃え尽きた。傷心の新庄は、試合後、売店に向かった。コーヒー牛乳を買うためだった。試合後コーヒー牛乳を飲むことが、彼のささやかな楽しみなのだ。ところが、その日はもう売り切れていた。ヤフーニュースで、そのことを知ったボクはコーヒーに、牛乳を注いで飲んでみた。コーヒー牛乳は、ほろ苦かった。ブラックコーヒーよりも、ほろ苦かった。
2004年10月07日
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「父さん、おれのバイク乗ってもいいよ、自賠責も入れたからさ」バイク屋に勤めている息子が、下取りしたらしいバイクを持ってきた。カウルに傷が付いてはいるが、まだ新しい感じ。ブルーが輝いているスクーターだ。おまけに言った言葉がふるっている。「母さんと二人乗りしても大丈夫だよ」「これで訪問たくさんしなよ」そう、昔は二人乗りもしたし、バイクに乗って、良く沼津に訪問に行った。よし! 最後のがんばりを見せるかぁ
2004年10月06日
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Boys,be ambitious! 「少年よ、大志を抱け」ウィリアム・スミス・クラークが札幌農学校を去るとき(1976)に残した言葉。在任わずか8ヶ月で多くの人に感化を及ぼし、内村鑑三や新渡戸稲造などにも間接的に感化を与えたそうです。 ambitious という言葉は、「野心」や「野望」という意味もあります。 人のために生きる「大志」を抱くのですよ。自己実現を願う「野望」ではありませんよ。 あるキリスト教教育者は、この言葉のあとに、for Christ (キリストのために)という言葉が隠れているのではないかと考えてました。
2004年10月05日
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道路を隔てた向かいが神社さんです。今朝、用事で境内を渡ったら、銀杏(ぎんなん)がたくさん落ちていた。ああ正真正銘の秋になったんだ。銀杏は雨に打たれて、銀色に輝いて見えた。「わたしを拾ってね」と微笑んでいるようだ。「牧師が神社の銀杏を拾っていた~」なんて言われたら、かっこう悪いなぁ。
2004年10月04日
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イチローの新記録、ワクワクした。ただイチローがイチローらしく輝いている、それがまぶしいのだ。
2004年10月03日
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「落ち穂拾い」という、ミレー作の絵がある。この絵は、旧約聖書を題材に描かれていると思われる。その規定では、収穫の時に束から滑り落ちた「落ち穂」を拾ってはだめ。貧しい人々のために、そのまま残しておく。この規定が「ルツ記」の背景になっている。 ルツは、ボアズの畑に落ち穂を拾いに出る。 ボアズはルツが好きになったので、 わざと落としておくように、命じる。ルツのように、落ち穂を拾い集めるように生きてきた。それで良かった。たった一穂の落ち穂を手にしながら道ばたで尽きたいとも、願うのだ。
2004年10月02日
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異端といわれている方から見たら、そちらが正統で、「正統主義の標榜者」の方が異端だろう。キリスト教で一般的に「正統主義」と言うのは?キリストは神か人か?(神人性)それは真実の神でありつつ、真実の人であられる。聖霊は人格を持つか?(聖霊の神性)聖霊も真実の神として告白される。このように答は決まっている。しかし「もはや当たり前、議論の余地なし」になる前、聖書からこの教理を紡ぎ出すために、何十年いや何百年、費やされた時代があった。ある時は血みどろの戦いがあり、政治がからみつつ進んだ。その結論とされたところを、現代の「正統主義」キリスト教会が持っているというわけだ。正統主義の目玉は、聖書の結集成立をもって「啓示の打ち切り」が宣言されたこと。もう神様は新しい啓示をなさらない。わからないことがあったら、聖書を調べたまえ、ここに書いてあること以外に、神の啓示があったと語る者は、疑われるのだ。(プロテスタントの教理)更に大切なことがある。ナザレ村から出た大工のせがれイエスを、キリストと告白すること。このキリスト告白は、地上の王様ではなくて、霊的な王だ。霊的な王とは、天の神様と同等の方として、このかたを「尊びます」という告白だ。そういう基礎的な信仰の告白が、「使徒信条」や「ニケヤ信条」などの三大信経に込められている。これらの信条は、キリストの教会の囲いであり、この囲いの中でならば、まず何を言ってもよい。この枠から出れば異端とされる。そういう道筋をたどらず、自分の考えに反抗した人に「即、異端」というレッテルを貼る、こういうのがカルトと呼ばれる。
2004年10月01日
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