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とにもかくにも、年は暮れようとしているまぁ へとへと へらへら なのですが流れ込むとしますか(新年)みなさん、お交わりありがとうございましたレスやメールをありがとうございました
2004年12月31日
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おはよう!あるHPを見ていたら、「初めての人は、挨拶をしてから書き込みを」とあったのに感心した。そこで「初めまして」と書き始めることにした。どちらかと言えば、要件から書き始めることが多かった。パソコンや携帯のメールも、挨拶なしにいきなり切り出され、ドキッとすることがある。ここで「昔は良かった」という懐古になる(笑)「手紙の書き方」なんていう一冊の本さえ、あったっけ。時候の挨拶、相手へのねぎらい、自分の消息などを伝え、やっと要件にはいるものだった。
2004年12月30日
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「何をもって天才というのでしょう? 生きながらにして伝説上の人物とは一体? 想像を絶するほどのスーパースターとは? マイケル・ジャクソン----まさに彼はそのすべてに匹敵するのです。彼のことを良く知っているつもりでいても、彼はみなさんが期待する以上のことをやってのけるのです。彼は、この地上に舞い降りた最も美しい人間のひとりなのです。そして、私はこう考えるのです。だからこそ、彼こそが真のキング・オブ・ポップスなのだと。」エリザベス・テイラー(「THE ULTIMATE COLLECTION MICHEL JAKSON」パンフレットより)マイケル・ジャクソンのDVDボックスを、退職記念品として、同僚のみなさんから頂いたという。彼女がマイケルの熱いファンと知ってのことなのだ。今日は、わが娘の最後の出勤日ではある。(21/30)
2004年12月29日
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40年も前、ボクが迷いながら教会の門をくぐった時、優しい声をかけて下さった人が、今日おたずね下さった。妻も入れて3人でお祈りをして、お別れした。8年前、初めてここをお訪ね下さったあと頂いたお手紙を、ボクは宝物のように持っている。ここにご紹介することをおゆるしください。「やまひで兄弟が神様のご奉仕をどういう所でなさっておられるのか知りたくて伺いました。実に素晴らしい環境に恵みのご奉仕をなさっておられるのを見て、心から神様を賛美申し上げた次第です。奥様も素晴らしい方でやまひで兄弟は幸せな方だと思いました」
2004年12月28日
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クリスマス・プログラムの最後は、昨日の日曜学校のクリスマス会でした。高学年の生徒さんたちの企画運営で、大人は必要があればお手伝いと言うことでした。手書きの小さなポスターを近所のスーパーに掲示していただいたそうです。それを見て一組の親子が来られました。こんなことをやってのけた彼らがまぶしかったです。そしてこんな奉仕者たちを育てて下さった日曜学校の先生方も。
2004年12月27日
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ルシアン・メイヤー神父1922年7月16日 フランスに生まれる1947年12月21日 司祭叙階1948年4月30日 来日1954年~1983年 三島教会主任1955年4月 星園幼稚園創立1983年~1998年 富士教会主任1998年 フランスに帰国2001年5月5日 タラスコンにて帰天ボクの生まれた年に来日されている。教会敷地に作業場(?)があり、大工道具などがたくさん置いてあった。教会の塔まで自分で登ってペンキ塗りをなさる。エキュメニカル(教会一致運動)の権化のように、プロテスタントの地域牧師会に足を運ばれた。朝祷会の牽引車だった。ボクたちは毎週水曜日になると一生懸命にカトリック教会に通ったものだ。教会建築費用の寄付を募るために、一人の日本青年を連れてフランスに渡った時、「ワタシは猿回しをやるから、アナタは猿をやれ」と言ったそうな。(言われた本人の述懐)ボクに語って下さった印象深い言葉集「小さな教会では手にあまるだろう。ワタシの仕事を手伝うかな?」(幼稚園に来て、聖書のお話を園児にせよというのだ。生活の心配をしてくださっている!)「お子さんたち、ウチの幼稚園にいれてあげよう」「ワタシのバイク・・・・・」あとの言葉は聞き取れなかった。もしかしたら「自分はもう歳だから、アナタにあげようか」と言ったのかも知れない。ちゃんと聞き取れてたら、絶対にもらったのに。このおじさまは250CCのバイクに乗って町を疾走していた。
2004年12月26日
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メリー・クリスマス!クリスマスの喜びを味合う季節が来ました。明日はクリスマス第2礼拝を守ります。1月6日の「公現日」までをクリスマスの期間として、飾り付けを外さないことにしています。昨日の前夜祭パーティは疲れて、最後の人が帰らないうちに寝床に入ってしまいました。まもなく妻も疲れ切って入ってきました。あ~あ、これじゃイブのキャロリングはもう無理かな。歳の波は否応なく寄ってくる。「ディスプレイが、点いたままよ」「いいよ、クリスマスイブだから、朝まで点けておこう」「あら、牧師室の蛍光灯、消し忘れてるわ」「知ってる、でもクリスマスイブだから」
2004年12月25日
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いつもの朝ドラを見ていた。若い女性が、「一緒にイブを祝えるように、あなたを待っている」というせりふ。他の場面では、クリスマスイブのパーティの飾り付け。大きなデコレーションケーキ。スナックでは、「聖夜」を歌う美しい声が。でも何だか悲しくなってきたのです。あのかたが追いやられた「馬小屋」さえ、そこにはない。主よ、あなたが身を横たえる場所はここにあります。今晩は、みなさんが感謝をささげるために、集まってきますよ。あなたの場所は、馬小屋のかいば桶ではなくボクたちの心のまんまんなか
2004年12月24日
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特養ホームにいる信者さんを訪れている夢を見て、目覚めて、なつかしさに心があふれた。御元引受人となり、20年以上も関わっていた。一つの係わりを終えると人と関わる力は、もはや残っていないそう感じることがあるがそんな自覚とはまた別に風のように、出会い、風に身を任せ合う花と花のように一緒に生きるだけなのかも知れないとも思う。そして、別離の時は必ずある。
2004年12月23日
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「30年も同じことを繰り返してきた兄貴は、偉いよな」弟と話していたら言われた。お前だって、そんな生きづらさを抱えてよくここまで来たよ。
2004年12月22日
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今年の漢字は「災」だそうだ。ずいぶんリアルだな。身の回りにも、確かに「災」が多かった。ボクたちは「試み」に翻弄される存在なのだろうか。自分の身近な人たち、共に生きている人たちを出来る限り愛して過ごす。これが出来ることの精一杯だと思う。確かに身近な人々と泣き笑いしてきた。これがボクと相棒の人生のすべてだったんだ。
2004年12月21日
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小さな群(教会)にも、クリスマスの喜びは、はち切れていました。クリスマスの礼拝は、信徒さんのお話(証詞)も入ります。クリスマスのメッセージも。聖歌隊が歌います。聖歌隊はガウンを着て下さいと頼んでも「要らないよね(めんどくさい?)」と言うのですが、さすがはクリスマス、さっさとガウンで正装して祝歌を歌っていました。お昼は、みんなで持ち寄り。貧しい家畜小屋で、主はお生まれになったのだから、食事は質素を心がけよう、と事前に話し合っていたのに、それはなりませんでした。食事の後は、今年、洗礼を受けた中高生たちの感話があり、クリスマスカロルの斉唱や輪唱、そしてクリスマスプレゼントの交換。500円前後のプレゼントを持ち寄って交換します。今年はページェント(聖誕祝劇)はありませんでしたが、心温まる2時間は、瞬く間に過ぎました。いつもは一人きりで来られる信徒さんも、友だちや家族を誘って来らて、人数が増えました。心静かに、天と地を結ばれた幼な子イエスを黙想するクリスマスではありたい。
2004年12月20日
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さあて、だいたい日曜日の準備は終わったもう日付は替わっているがこれから入浴して、寝て日が昇れば、クリスマス礼拝の朝クリスマスがあるからほんとうにキリストは来て下さったのだ夢じゃない幻でもないキリストさまボクの友だち先生恋人目標明日はみんなの眼があなたに行くように心からあなたがたたえられるようにそれがクリスマスの心だからキミも キミも キミも キミも キミもキミも キミも キミも キミも キミもキミも キミも キミも キミも キミもキミも キミも キミも キミも キミも信徒さんたちに会える喜び!広場のみんなも教会に行くんだよぅ
2004年12月19日
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キリストが誕生された正確な日付は、実はわかりません。 4世紀のキリスト教の暦に、12月25日の記録が見つかります。 キリストがお生まれになったのは、目的があって、十字架にかかり、人類の罪を身に背負うため、と聖書に記されています。 人間は、人との関わりの中で、大小の罪を犯さずには生きられない存在として生まれついています。その罪によってさまざまな「生きずらさ」を抱えています。そこでキリストが十字架の上で、私たちの罪を一手に引き受けて、死んで下さったと信じるように、求められています。 教徒が十字架を見上げるときに、罪に染まった自分自身の姿をそこで見つめ、古い自分はキリストと一緒に十字架にかかって死んでいる、と理解します。これがキリスト教の救済論です。 「死」も本当は人間にとって余分なものであり、人類の罪の結果、人間の中に後から入ってきたものとキリスト教では考えています。 十字架の上で死んでから復活したこと、これが死に勝たれたキリスト。死に勝たれたキリストは私たちと今も生きて下さり、死後の永遠の命を与えて下さるというのが、キリスト教の筋書きなんです。 キリストの出現(クリスマス)から、始まったたくさんの恵み、今日は少し堅かったかな? 明日はほとんどのキリスト教会では「クリスマスの礼拝」が持たれます。 そう、明日は、そしてクリスマスは、「キリスト教徒の日」に間違いありません。
2004年12月18日
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先ほど(夜11時頃)ど、ど、ど、とバイクの音がした。こんな時間に娘が来た。うれし。泊まっていくのかな?と思ったら、ボクの顔も見ずに、またど、ど、ど、と音を立ててAPに帰ってしまった。つまんない。話は変わるが、中学生になる娘さんと、今でも一緒にお風呂に入るという友人の話を聞いた。ちょっと親子関係が濃密すぎるかな?ボクの方がまだいいかな? 「幼な娘(ご)と共に湯浴みし昔なつかし」
2004年12月17日
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昨日は「祈りの会」がありました。午前の部は、いつもより多い5人集まりました。教会の集まりのため、他の信徒さんたちのために、自分の家族や、また自分自身のためにも、めいめいが祈りをささげます。終わってから軽食を頂き、午後は車に乗ってお花やさんに急ぎました。ご高齢の信徒さんたちのために、クリスマスのプレゼントをするためです。シクラメンを7つばかり買いました。この地域でも大きい方に入るお店。華やかな花々の中に入ると、あるかたが「これ全部欲しい」クリスマス礼拝まであと3日
2004年12月16日
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聖書を全巻、カセットテープに録音なさって、教会に持ってきて下さった信者さんがおられます。カセットテープ70個、「詩編」だけでも7個ありました。40歳を過ぎたばかりで、一人でやり遂げました。所々、お子さんの声が入っていたり、セミの声も一緒に録音されてしまっています。それがほほえましい。教会に「宝物館」が建ったとしたら、まずこのカセットテープを納めましょう。
2004年12月15日
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昨夜は教会でのクリスマスのトップを切り、青年会を催しました。楽しかったです。後輩の伝道師も応援に来てくれて、ボクがお話しする前にお話ししてくださいました。ボクが「聖書ゲーム」を作りました。ビンゴもしました。最後は、2台のお鍋を囲んで、しゃぶしゃぶパーティを楽しみました。もちろんケーキもあります。予算の関係から、ショート・ケーキでしたが。ところで、食事の終わり頃、ある青年がボクの娘を見ながら「今日は、女性はひとりだけだったな~」って。彼の隣に座っていたわが妻が「あら? 見えないのね」
2004年12月13日
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次の計算式で正しいものには○、間違いには×を付けよ1+1=21+1=0.11+1=∞1+1=51+1=30001+1=0.9----------------------正解× 1+1=2○ 1+1=0.1○ 1+1=∞○ 1+1=5○ 1+1=3000○ 1+1=0.9 「人生の教室」は、すごいです さあ、外に出ましょうね!
2004年12月12日
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友人に、ロジャーズというカウンセリングの指導者の大ファンがいる。以前ロジャーズのことを調べていた。ある本に、彼が若い時代のこと、一人の女性に関わっていたら、手に負えなくなって、ついに逃亡したとあった。人と関わることの大変さは、こんなボクにもわかる気がする。それ以来、ロジャーズにも親しみを感じるようになった。
2004年12月11日
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昔ガリ版刷りで、詩集を作ったことがあります。詩は大したことないんですが、友人が挿し絵を描いて下さいました。ガリ版の上にカリカリと絵筆ならぬ鉄筆を走らせる、その手際の良さに感動したのを覚えています。ステキな挿し絵でした。彼は画家を志望し、芸大の1次試験が通ったところで、牧師になる召命を感じて、普通の大学に入りました。結局、事情が許さず牧師にはならなかったようですが。ボクの信仰形成の上で、大きな影響を与えて下さった方です。一冊だけ手元に残った詩集古ぼけ、黄ばみ、ホチキスの針は錆び、頁も外れています。青春のほろ苦い匂いだけは、いよいよ発酵しております。(苦笑)
2004年12月10日
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あれも書こう、これも書こうと思い浮かべても書き留めておかないとディスプレイの前に座では何も残っていない心の書庫の扉は経年で朽ち始めすーすーと風が出入りしているから
2004年12月09日
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人生という問題集に正答を書き込んでいくのが人生だと思っていた風の吹くままに生きることも一つの人生だとわかってきた
2004年12月08日
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山を下っていたら前日の強風で折れた山茶花を見つけた赤い花を付けた小枝を不憫に思ったのか妻は手折って持ち帰った今朝は、食卓の上に置かれて輝くような花びらを見せている「あれ? ここはどこなの? あの登山道の側で、静かに命を尽きさせると思ったのに」「そう願ったわけではないだろう? しばらくはここで咲いておくれね」
2004年12月07日
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天気がよいので、妻と近所のお山に登りました。車で30分走り、登山口に着きます。そこから車を離れ、登り約30分で山頂です。山頂では、田方平野、三島市、沼津市、富士山、伊豆、箱根の山が望めます。望遠鏡が1台設置されています。それで富士山を望み見た妻は「こんなに大きい富士山見たことない」と言いました。「どれどれ、やぁ本当だ。登山道まで見える」ここに来るときは、犬と一緒に、教会の皆さんと一緒に、娘と一緒に妻と二人だけなのは、まれです(汗)帰りに信者さんの家に寄りました。突然の夫婦での訪問を喜んでくださり、話に花が咲きました。
2004年12月06日
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(礼拝プログラム、明日の朝印刷しよう)と原版だけプリントして寝てしまいました。特大の低気圧の通過で、夜ぢゅう強風が騒いでいました。心配でぐっすり寝られません。竜巻のような風が来ると、木造の建物全体がガタガタと揺れます。物干し竿がはじけて、ぽーんと下に落ちる。消えたり点いたりしていた豆電球が、朝5時50分に完全に消えました。電池入りラジカセで、ニュースを聞きました。夜が明けて外に出たら、鉢植えが全部転がっています。クリスマスツリーがすっ飛んでバラバラ、泥まみれに。礼拝の時間寸前まで、電気が点かず、とうとう礼拝プログラムの印刷も間に合わず、コンビニに走りました。
2004年12月05日
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マリアは十字架の下で泣いていた。最愛の子が今、死に逝こうとしている。十字架の上から声がかかった、「お母さん、あなたのそばにいる青年が 今日からはあなたの息子です」その青年にも声がかかった、「あなたのお母さんがそこにいるよ」教会へ行こう!ボクの母がそして父がボクの兄や姉が、弟や妹、ボクの子供たちがそこではボクを待っている。
2004年12月04日
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子供の頃住んでいた家は、居間の窓の下がベニヤ張りでした。そこはボクのいたずら書きの場所でした。大好きな人の順番を書きました。一番はいつも同じ人、2番以降はその時の気分で変わりました。
2004年12月03日
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押売 「おらア、刑務所を出てきたばっかりなんだ」サザエさん「アラ、きのうゴムひも買ったばかりじゃないですか」押売(ばつが悪そうに鞄を畳んで出ていく) 「こう暑くちゃ、頭おかしくもなるよ」 朝日新聞社刊 サザエさん第25巻より昔、強面のおじさんが訪問販売に来たっけ。鞄には、ゴムひもなどの小間物が詰まっていた。最近全然来なくなった。その代わり、霊感商法、オレオレ詐欺、はては重機でぶっこわしてキャッシュボックスごとさらっていく。ところで、だれが置くのか、トイレにサザエさんが置いてある。時々、巻が代わっている。
2004年12月02日
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牧師を務める柄ではなかった今頃わかってきたずいぶん穀をつぶしてきたでももう日暮れも見えてきてしまったこのまま先を急ごう主の御赦しをいただいて
2004年12月01日
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