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嫁からの電話「夢を見ました わたしと娘が車で走り ふと外を見ると 夫が 笑いながらバイバイと手を振っていました」そうだったの?その笑顔ならボクも知っているじゃぁ一緒に言おうあ・り・が・と・うそれからねぇ夢でいいからボクの所にも来てくれよ
2014年10月31日
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言葉で怒っていなくても顔で怒っていれば、だめ顔で怒っていなくても目で怒っていれば、だめ言葉も顔も目もみんなやさしくないと、だめ
2014年10月29日
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今日の礼拝説教の箇所は、ローマ13章で「上に立つ権威に従う」初代クリスチャンは迫害のただ中でも為政者を「サタン」とか「神の敵」呼ばわりせず上に立つ権威に従うことを願い、またそのためにお祈りしたと思います。しかし背教命令には「良心的拒否」を貫くのです。現代政治のことで言うならボクは若い頃から一貫して社会党を支持し「社民党」と改名してからも、同様です。巷での社民党への支持率は下がる一方なので、選挙でのボクの票は、まず「死票」になります。でも構いません。社民党は護憲政党ですから、ボクも当然、護憲派。しかし国民の大多数が改憲に意見が傾き憲法が変えられたとしても、ボクは受容するでしょう。いつもと変わらず、為政者たちのために祈りたいと思います。自民党であろうと民社党であろうと時の為政者たちのために、神様の祝福をお祈りします。
2014年10月26日
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淀橋教会創立110周年記念講演会に行ってきました。講師は金ソンド牧師で、韓国メソジスト教会の重鎮です。20年も前でしょうか、ボクたち訪韓団は金ソンド師とその教会を訪ねました。開拓時代から、今日の光琳教会を建てあげた奥様のお話も聞けました。その時のことを思い出しました。素朴だけれど熱く確信をみなぎらせながらお話しなさいます。時々日本語を交えながら。これからの教会は1,ビジョンを持つ2,祈る教会であること3,伝道のプログラムを立案すること4,霊感にあふれる礼拝を持つこと5,関係を大切にすること6,宗教の多元化時代に、キリスト教の独一性を語ること7,愛と希望を与える続ける教会など、講演内容をプログラムに走り書きをしました。まさに正攻法で伝道と教会形成に励む教会の姿が元老牧師により、心熱く語られたと思います。日本に対する愛があふれておられる金ソンド牧師でした。
2014年10月25日
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イエスは言われた。「わたしの食べ物とは、わたしをお遣わしになった方の御心を行い、その業を成し遂げることである。」ヨハネによる福音書4:34人は肉体を養う食物だけでは生きていけない。精神の糧が必要だ。イエスは神(父)の御心行いその業を完成することが生きがいだと語っておられる。目的に向かって一筋に、その生を貫いていく。地上の命のどん詰まりは、十字架刑となる犠牲的死。だれの命をも奪わない。ただご自分の命を差し出されただけ。そうすることが彼の喜び、彼の生きがい、そして彼の生の勝利だった。
2014年10月24日
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色々な作曲家の音楽を頭で追ってみるがベートーヴェンほど作曲家の足跡が明確な人は思いつかない。初期の音楽ははつらつとしている。すがすがしく青春の香りが色濃い。歳をとってこれを聴くことは、ことのほか楽しい。昨晩は、「第一ピアノ協奏曲」を聴いたが思わず亡くした息子のイメージと重ねた。「第2交響曲」からは早春の喜びが空から舞い降りてくるようだ。中期は言わずもがな!「傑作の森」にふさわしい。「運命」「田園」「クロイツェル・ソナタ」「熱情ソナタ」「告別」「ラズモフスキー四重奏曲」高校時代、夜中にスピーカーに耳を当てて聴いたものだ。後期の曲は、ボクにはまだ未知の世界だ。第9とか、ミサソレ、後期の3つのソナタぐらいしか頭に入っていない。晩年のベートーヴェンに追いつけるまでボクの余命があれば、いいのだが・・・・
2014年10月23日
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バッハの教会カンタータを一通り聴いたのでベートーベンに還っています。ボクの聴き方はオーディオプレーヤーに入れた音楽を睡眠前の枕辺で聴くのです。1時間ほどのタイマーをかけますが寝てしまうことも多いです。聴き終わり、またタイマーをかけ直すこともあります。早朝覚醒の時も聴きます。交響曲はたくさん聴いて来たので外しています。室内楽曲が主です。知らない曲がたくさん出てきて楽しいのです。先日はピアノソナタ32番をケンプの演奏で聴いて夜中なのに目が輝いてしまいました。
2014年10月22日
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コロサイの信徒への手紙4:16「この手紙があなたがたのところで読まれたら、ラオディキアの教会でも読まれるように、取り計らってください。また、ラオディキアから回って来る手紙を、あなたがたも読んでください。」「ラオディキアから回って来る手紙」だって?「ラオディキアの信徒への手紙」があったのだ!あぁ読みたい読みたい。きっとどこかの修道院の書庫に眠っているはず。その手紙が、生きているうちに見いだされ、読めますように。と祈ったら、そばで一緒に祈っていた妻が笑った。
2014年10月21日
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何と穏やかな一日だっただろう。ボクの弟は防災訓練とかでお休み。バス、電車を乗り継ぎ、86歳の母が一人で来るので駅までお迎え。いつもは弟のギター奏楽だが今日は息子の出番。ギターが違えば音色も違う。弾き方も違って個性の違いがわかる。4人での礼拝を楽しく守る。ボクの聖書のメッセージにも熱が入った。夕方近く、シンガポールの娘からスカイプの呼び出し。穏やかで明るい晩秋の始まりにふさわしかった。
2014年10月19日
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息子のお勤めする施設のバザーに行きました。暑いくらいの陽射しに恵まれ小さな公園は人々でいっぱいです。働く人々の中に息子を発見。我が心、喜びにあふれる。模擬店でカレーなどを買い腹ごしらえをしてから品物を見て回ります。湯飲み3つ揃え 150円小鉢3つ揃え 80円手作りケーキ 450円中古ブレザー 700円小型アイロン 100円帰りがけに息子に声をかけます。「あれ、来てたの!」(もちろんだよ)
2014年10月18日
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神学校の宿直当番でした。昨日、授業が終わってそのまま残ります。書類の作成や片付けなどして、用意されてある部屋で休みます。今朝は午前6時15分からの祈り会でメッセージをとりつぎ学生が作った朝食をいただきました。質素、シンプルですがおいしいです。ボクより年長の学生もおられて、真剣に学んだり、奉仕しています。頭が下がる思い。雲一つない晩秋の空の下この上もないバイク日和幹線道路も空いていて走るのが気持ちよい。
2014年10月17日
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日曜日にヨハネによる福音書15章からお話を頼まれた。準備をしながら、またお話をしながらこの聖句のすばらしさ、恵み、慰め、喜びあふれる命を、心ゆくばかり味わった。神学生時代から、何度も何度も、何度も、お話した聖句だけれどきっと足りなかったのだ。そして今回も足りなかったけれど喜びいっぱいでお話ができた。またまた大好きになった。葡萄の幹と葡萄の枝は、同じ命が通う。じっとつながっているだけで、たわわな実をつけるようになる。手入れし、肥料をやるのは、農夫である父。もうぜったいに、ぜったいに安心。ボクたちの安心立命の地、葡萄の幹。ボクたちはその枝!「やまひで君、キミの今一番の聖句は?」そんなふうに、どなたか尋ねてくれないかな?「えぇ、ヨハネ15章です!」「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。」ヨハネによる福音書15章5節
2014年10月15日
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「このハガルは、アラビアではシナイ山のことで、今のエルサレムに当たります。なぜなら、今のエルサレムは、その子供たちと共に奴隷となっているからです。他方、天のエルサレムは、いわば自由な身の女であって、これはわたしたちの母です。」ガラテヤ書4:25~26心の向きが換えせられる聖書の言葉は幾つかあるが、上の聖句もその一つ。今のエルサレムは奴隷となっていて、ボクたちの母は天上のエルサレムだと言う。この聖句に出合い、地上のエルサレムへのこだわりや期待は霧のように消え去った。思いは地上のエルサレムから離れ、天上のエルサレムに向かう。その日には、キリストの花嫁である新しいエルサレムが天上から下ってくるとヨハネの黙示録に書いてある。
2014年10月11日
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毎朝の妻との散歩気持ちが沈みがちになると妻からクレームが飛んで来る。「つまらなそうな顔で歩くのはやめてね」どうして気分を奮い立たせようか?歩き方に変化をつけたりする。教会にお勤めしていた時代に覚えた聖句だ。たとえば、詩編16編とか23編とかは空で読むことができたっけ。それをつぶやきながら歩くと気分ががらっと変わる。実際にやってみて驚いた。途中で止まってしまうのだ。忘れてしまっているのだ!
2014年10月10日
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このところバイク通勤が続きましたが久しぶりに電車で行きます。駅まで歩き10分六実駅から船橋20分乗り換えて馬喰町まで20分事務所まで歩いて20分合計約70分~80分いつも座れるわけではありませんが時間によっては座ることができます。座ると本を開きます。今回は詩編に聞く「新しい歌を主に」黒木安信著を読み進めました。立っているときは音楽プレーヤーを取り出します。バイクと電車と比べてどちらも疲れますが、疲れるところ、体の部位が違います。バイクの開放感と車内の読書と歳を考えてバイクはやめよう!
2014年10月09日
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冷蔵庫を開けると、豚小間のパックがあったのであり合わせの野菜で、炒めものを作った。にんじんたまねぎなすオリーブ油3つのお皿に取り分けた。がっしゃ~ん一皿、落ちてしまった。床の上で裏返った。惨めな気持ちいっぱいで、捨てようとすると「大丈夫よ、ワタシが食べるよ」拾い集めたものを、妻は取って、水で洗い電子レンジで、チンをした。味噌汁を作った。油揚げ木綿豆腐白味噌インスタントのだし感謝のお祈りをして、食べ始めると息子が買い出しから帰った。
2014年10月07日
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台風は昼頃通過し午後、瞬く間に晴天となる。青空のカンバスに白い絵の具をなすったように。晴れるにも曇るにも降るにも荒れるにも鮮やかに移り変わる空。これが大自然。この空の下で忍び学んでいくボクたち。大自然の美しさや恐ろしさ自然と人間そして動物棲み分けが必要だろう。互いに干渉せず。分限を超えて命を落とすことはたやすい。
2014年10月06日
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昨晩からずっと雨である。徐々に徐々に雨脚が早まる。午前の礼拝は無事に終わり、母と弟は家路についた。息子は午後から出勤。今日は宿直だそうだ。ええっ 老夫婦で台風通過を待つ?いつもは閉めない雨戸を閉め鉢植えを地面に下ろす。古いラジカセを取り出して音出し。台風18号は日付が変わる頃、上陸するか?知多か御前崎あたりか?または伊豆半島?どのくらいの風雨が吹き荒れるのかな?静岡には嫁がいて、孫と二人で台風を迎えるのだな。あるじが帰らない住まい、何と心細いことか!無事でありますように。三島にもたくさんの友人達が。皆、無事でありますように。
2014年10月05日
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灰色の過酷な山を、捜索のために登る人々の姿をテレビニュースで見た。いつ再噴火するかわからない。もっとひどい噴火が突如始まるかもしれない。命を懸けて、職務を果たそうとしている。そんなふうに命を懸けてまで、ご遺体収容を急ぐ必要があるのか。後の日、ご遺体が自然に見つかるまでそっとしておくわけにはいかないのか。死んだ中にボクがいるならそっとして置いてください、と言う。ボクがその家族だとしてもそっとして置いてくださいと言う。たとい鳥が来てその身をついばんでも。
2014年10月04日
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台風が来る前にと柏市「あけぼの山農業公園」に行きました。今、キバナコスモスとコスモスが咲いています。コスモス見学はこれで3度目。ホームページでは3分咲きと出ていたのですが行ってみると、さらに開いています。背の高さほどのコスモスが高さを競っています。ひょろひょろと伸びるコスモスは、やせててしまったMy wifeになんとなく似ています。ふふ
2014年10月03日
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