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クラシック音楽も、ここまで来たのか、とため息。ああ芸術、何と鼻息の荒いことか。繰り返して聴く。その音の情景は、エデンの園の深い森。
2019年02月27日
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「この素晴らしい自由は天国の自由の前触れのようだ。」 オリヴィエ・メシアン百万言のお説教より、この一言に心惹かれる。イエスは、御自分を信じたユダヤ人たちに言われた。「わたしの言葉にとどまるならば、あなたたちは本当にわたしの弟子である。あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする。」 ヨハネによる福音書8章31-32
2019年02月25日
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「神から生まれた人は皆、罪を犯しません。」1ヨハネ3:9 神の御意志に沿いたいとの心の傾きが、罪を犯す心を凌駕する状態です。ボクの神への心の傾きが、ボクの罪への心の傾きの上に立ち、コントロールします。罪への心の傾きは、力を失っています。だから、罪を犯しません。
2019年02月21日
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「音楽の唯一の目的は、神の栄光が現され、人の魂が再生されることでなければならない。」(手紙)JJ (Jesu Juva) 「イエスよわたしをお救いください」INJ (In Nomine Jesu) 「イエスの聖名において」SDG (Soli Deo Gloria) 「神にのみ栄光あれ」 (楽譜に記されたイニシアル)「人の用のためにここに書かれた作品に対しては、ただ神にのみ賛美がなされるように。」(「オルガン小曲集」の冒頭に記された言葉)「イエスの御名において」(「ヴィルヘルム・フリーデマンのためのクラヴィア小曲集」に付けられた献題)「礼拝音楽が鳴り響くところ、神はいつも私たちのそばにおられる。あふれる恵みを携えて。」(聖書注解書の欄外に走り書き)「大地にあろうと、海原にあろうと、 本国にあろうと、外国にあろうと、 私はパイプをくゆらし、神を礼拝する。」
2019年02月18日
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わが母どうしても外泊したいと言い、弟を説得施設から連絡を受けて、ボクが弟宅に送り届けようとしたのだけど。施設前のバス停でバスを待ちながら、「どこへ行くの?」と何度も問いかけてくる。「弟のところへね」というと「行きたくない」金曜日から弟に電話をかけ、弟も受け入れ体制を整えていてそこに向かおうと、バス停まで来ているのに「行きたくない」ボクの顔を見たら、ボクの家の方が良くなったらしい。「じゃぁ、来るか」と、妻にメールして、ボクの家(明日の礼拝の場所)までエスコートしたら、すっかり穏やかになった母。
2019年02月16日
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一日20回くらいスクワットを始めた。背を伸ばして立ち、背を伸ばしながら膝をゆっくりと折り曲げる動作だ。あまり深く膝を曲げる必要はない。コツをつかめば簡単。5分ほどでできる。そのおかげで、駅の階段を降りることが、おっかなびっくりではなくなった。平地での徒歩も楽ちんになった。スクワットってすごい。
2019年02月14日
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むだな議論をやめるように、パウロはテモテやテトスに宛てて繰り返し書き綴っている。キリスト教世界の教派間の議論など、この類いなのかと思うことがある。神の主権と自由意志についての議論など、その中の最たるもののように、最近感じる。それは迷路に分け入るようなものであり、世が続く限り終わらない。キリスト教の弱点である。神はどうしてそんな躓きの石をお許しになったのかわからない。つまり、「無駄な議論」である。会津磐梯山って、北から見る山容と南から見る山容は、全く異なっている。キリストを信じて歩むボクたちも、色々な歩みがある。自分と異なる人の言葉に耳を傾けるように、ウェスレーも驚くばかり、それを言う。「愚かで無知な議論を避けなさい。あなたも知っているとおり、そのような議論は争いのもとになります。」テトスへの手紙より
2019年02月08日
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ウェスレー標準説教の古い訳を読んでいたら、「ソシヌス教徒」という言葉が出てきて、「はて?」初めて見る言葉だな。新しい訳を参照すると、「ソッツィーニ教徒」のことだった。ソッツィーニ教徒は、キリスト教の中で「三位一体」を否定する人々だ。「ものみの塔」の信者が、ソッツィーニ派を擁護している記事もあった。「三位一体」という言葉は聖書にはなく、これはギリシャ哲学の影響を受けてできた言葉だという。なーるほど!そうかも知れない。ところで、ウェスレーの説教では、たとえ「ソシヌス教徒」であろうと、神のわざに仕えているなら、それを止めてはならない、というものだ。(ジョン・ウェスレー標準説教3「思いと言葉」第5章「宗教的偏狭心についての戒め」)色々と考えさせられた。反省もした。
2019年02月07日
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モーツアルトのモテット(賛美歌)に「レジナ・チェリ (天の女王)」変ロ長調 KV.127という明るい曲がある。イースターにちなみ、聖母マリアをたたえる歌のようだ。同じ「レジナ・チェリ」に、もう一つ、KV.108 ハ長調を見つけた。これも幸せ感にあふれた音楽だ。こちらもソプラノソロが入り、美しさでつやつやしている。神と共に生きる歩みは、こんなふうに楽しいものだと気づく。願わくは、芸術の世界だけでなく、現実のクリスチャン生活もこうありたい。両方ともYouTubeで無料で聴ける。「わたしたちもあなたと共に喜び祝います。 ぶどう酒にもまさるあなたの愛をたたえます。」雅歌1:4
2019年02月05日
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