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K〇〇委員とかM〇〇委員とかを仰せつかっている身として、いろいろな意見が耳にn入hhる。 最近の訴え。上訴。 政治家の「遺憾であります、の『遺憾』を禁止せよ」。その「遺憾」という言葉を聞くたびに選挙に行きたくなくなる。 夫婦の別れ話なのに、女房はどうして「子どもたちに意見を聞きましょ」と言うのだ。なんで女は、夫婦だ夫婦だ、と威張るのだ、「夫婦」の前の「男と女」の話なのだ。亭主に優しくしてもらいたければ、「床上手」より「表現上手」になれ。餌を作るくらいで威張るな。 投票率を上げたければ、クニタミのことをもっと本気で考えろ。票の計算ばかりするな。二週間先の計算ばかりするな。デブと居眠りのセンリョウさんたちよ。 馬鹿者という代名詞の若者にコビを売るな。いくらいい車を作っても、しょせん、その場限りの発想の売り手と買い手。車の税金と維持費が高すぎる。 消費税が高くなってもいいぜ。きちんと使ってくれるなら。だけどよ、またお役人がやってくれたじゃyyyねえか。財務省の連中が、婦女暴行。暇なんだな、金kkkを持ちすぎてるんだな。 治らない治らないね、治らない、銭くい虫の団体ニッポンのお役人たちの根性は。おーい、心あるダチ公たち、税金を払うのをやめよう、年金を払うのをやめよう。 あ、声をかける前に、若者たちは、支払いを拒否している。わわわわmt。 なんにも気付かない政治家たち。 二世三世の世襲風立候補・当選に対して、厳重な制度を設けよ。二世三世が立候補する場合は、他の立候補者の四倍の供託金、そして務めるのは二期のみ、とすべき。 それでも政治家(世事化)になりたい人に投票。
2007.10.26
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雨。予報では、明日も雨。明後日も雨。 こんな記事があった(藤原雄一郎氏)。 広島県の藤田知事が「真夜中の3時に未成年がウロウロするのもどうかと思うが、米兵はけしからん」と言って非難されています。しかし「真夜中の3時に未成年がウロウロする」のは絶対に良くないのです。悪いことは悪いとはっきり言わない社会はおかしいと思いませんか。私の上に述べた論理は恐らく藤田知事と同じように非難されることでしょう。 また、 300年の老舗である赤福の鮮度偽装や比内地鶏の薫製偽物事件、さらには守屋前次官の接待ゴルフに自衛隊の給油データ隠匿問題に加えて厚労省のC型肝炎に関する薬害問題の杜撰管理などなど、ウンザリするくらいです。 藤田知事の発言およびそれへの批判については、このメールでも触れた。この黄色いさくらんぼ(このわたくしめのことです)も、藤原さんも、批判が出たことに疑問に思っている…。「三時だろうが未成年だろうがこっちの勝手、人間の自由だ」というのは、根本的に間違っている言い方、考え方。げすの浅知恵でげす。 世間で生きるには生きるだけのモラルがあるルールがある、イーチアザーがある、アビリティが必要である、コミュニケイティブでなければならぬ、コーオペラティブであらねばならぬ^^^(ああ、いやだいやだ、広辞苑みたいに、カタカナ語ばかりになってしまった)。秩序があり、規範があり緩急・強弱があらねばならぬ。 夜中に居酒屋で幼子を連れて飲んでいる、という図は、人間の姿ではない。もはや亡霊である、亡者である。駐車場の車に子供を残して夜中のパチンコに興じている若夫婦はもはや狂人である。「生んだ夫婦の自由」ということにはならない。 なぜなら、人間の尊厳は「お互い様」が分かるか分からないかに依存しているからだ。互いの幸福、一人のバランスと全体の幸福、バランス・緩急に大きく寄りかかっているからだ。ggg 引用した二つの記事も、「お互い」のバランスに欠け、「人間の尊厳」を無視しているところから発生していることを示している。一部のお役人たちの神経は、「勝手と効率と自分だけ」を継ぎ足し継ぎ足しの合成人間のそれになってしまっていて、いかなる仙薬、妙薬、秘薬もとうてい効果がなさそうである。 もちろん、黄色いさくらんぼが隠し持っている崑崙天狗のマジナイも秘薬も、とてものことではないが、効き目はなかろう。ナムばばーんカンカン。
2007.10.26
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2700字の「賞味期限・公共と個人」を「登録」しようとクリックしたら、このページはなんとか、とインターネットの不調が表示され、内容が吹っ飛んでしまった。 赤福の「賞味期限」きれ事件から、「捨てる」ことを考えたのに、ああ、もったいない。 もう出かける。帰ってから、全国の皆さんにもう一回訴えたい。聞いてもらいたい。 ニッポンにはそんなに捨てるほどモノがあるのか、と。 やっぱり、機械。 ああ、もったいない原稿。
2007.10.25
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ふらっとKが現れた。着物姿で。 NYでもこの着流し風で歩いて来たらしい。「ずいぶん写真を撮られた」と言う。「写真を撮った後、1ドル札を投げていく若者もいた。肖像権がやかましい国なんだな」 ひょっとすると、向こうの新聞の片隅で、じろっとこっちを見ている彼が立っているのかもしれない。 ほい、とごわごわの紙袋を渡してくれた。中にはまた小さな袋があって、アケビの実kkkが入っていた。「近所の農家のおばさんからいくつかもらった中の一つだ」 もう一つの紙袋には、ハバナの葉巻一本mmm。 なんだか豊かな訪問だった。「Qさんは元気か?」と聞きそうになってやめた。何もうわさがないのは元気ということだろう。そう受け取っていいだろう。Kのそばにいる時のあの甘えた顔を引き締めて、教育委員会の会合で気味のいい発言をして座を取り仕切っている、だろう。 二人でちょっと歩いた。近くの小川のほとり、青々とした草が生えている辺りへ腰をおろした。指の先で草に触れた、柔らかかった、水が澄んでいた、底がよく見えた、水澄ましの子どもたちが群がって遊んでいた、底に沈んでいるものも流れていくものもみな生き物に見えた。「日本は柔らかい国だ。『愛国心』なんて言わなくとも、こうして野へ子どもたちを連れてくればいい」 ぽつんとKが言った。懐から小瓶を取り出し、天へ向かってそれを口へ持っていった。それからこちらへ渡した。澄んだウオトカだった。 喉をなだめながら目をつむると、なぜか急に人恋しくなった。 枕より またしる人もなき恋を 涙せきあへず もらしつるかな(古今和歌集・平 貞文) したにのみ こふればくるし玉のをの たえてみだれむ 人なとがめそ(同・とものり) おいらのこの気持ち、知っているのは枕だけなんだぜ、なのによ、昨夜も流した涙がまた流れ出すのをとめることもできないまま、ついついダチ公に打ち明けてしまってよ、やばいやばい。 でもよ、心の中(「した」って言ったって変なこと考えるなよ)だけで人を想っているってことは、こんなに心が乱れて苦しいものなんだ、なあ、つい言ってみたくもなるじゃないか、頼むから、文句言わんで見守ってくれよ、馬鹿だなあ、なんて言わずにさ、なあ。(桃色ピンク訳)。 さすがに、Kに打ち明けたわけじゃないんだぜ、おいらもそれほど間抜けじゃねえよ。Kがうらやましかった。うらやましい、いや、なんて言ったらいいんだろう、尊敬、敬愛…。気の合うQと見つめ合って語り合って、そして迎えるであろう熱い熱い二人きりの時間空間。 Kの手の中の小瓶を奪って、もう一口どっと流しこんだ。空は青かった。
2007.10.24
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イスラム圏の漫画が米上陸 -99人のヒーローが地球救う-└──────────────────────────────────┘ 世界の異なった国々から集まった99人のヒーローが悪から地球を救う――。 中東地域を中心に世界各地で話題となっているイスラム圏初のヒーロー物の月刊コミック「99」が先週、全米で初めて発売された。 ヒーローは、イスラム教の神アラーが持つ99の特性をそれぞれがパワーとして身に付け、その戦いは、イスラム教の教義や歴史に根差しているのが特徴だ。 コミックの作者はクウェート生まれのナイフ・アルムタワ氏。 米タフツ大卒の臨床心理学者で、現在、出版社を経営する起業家でもある。 クウェートで戦争捕虜の心理療法をした経験などから、社会や人種、宗教の不寛容性を痛感。また、イスラム圏では子供の規範がなく、語るべきヒーローもいないことから、このコミックを構想した。 昨年5月に中東地域で発売するや、人気に火が付いた。 アルムタワ氏は、「中東の大衆文化が米国に入ってくる最初の事例の一つだ。米国の読者の声を聞き、主人公らが米国の書店でバットマンなどの仲間入りを果たせるか見てみたい」 と語っている。【シカゴ21日時事】(「3分間ニュース・世界のこぼれ話」より) 子ども相手のどんなヒーローが作られるか、少し楽しみ。 99人の中に「アトム」は入っているのだろうか。アルムタワさん、アトムも登場させて! イスラム圏の子供たちは、日本が世界に誇る『鉄腕アトム』は読んでいないのだろうか。 読んでいたら感想をぜひ聞いてみたい。宗教に関係のない作品をどう読んでくれるだろうか。『千と千尋』もいいね。心の闇から人間を救ってくれる…
2007.10.23
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十三夜に曇りなし。十五夜は、秋雨に邪魔されることが多い。 昔の日本人は、満月よりも少し欠けたところのある月の方を愛したらしい。 なんだか日本人の感性や哲学を現しているような。なんだかとても懐かしい感じ。 今日の記念日 ◇十三夜の月、栗名月 旧暦九月十三日。後の月・九月十三夜の月・栗名月などとも呼ばれ、月見の風習があ る。 「後の月見」という。「中秋の名月」が中国から伝わった行事に対して、こちらは日本独 特の行事。 中秋の名月と十三夜の月の両方を同じ場所で眺めるのがよい、とする言い伝えもある。 誕生花と花言葉 ◆今日(10/23) の誕生花 アケビ 才能・人を喜ばせる(あけび・アケビ。アケビの思い出) ヒメリンゴ(姫林檎) 誘惑 シコンノボタン 平静 ◆明日(10/24) の誕生花 アゲラタム 信頼・安楽 クロッサンドラ 虚飾 マユミ(真弓) 真心 参照:http://koyomi8.com/cgi/today/bflower.php (今日の誕生花) ◇電信電話記念日 1869年(明治2年)の9月19日(新暦では10月23日)に、東京・横浜間に日 本で初の公衆電信線の架設工事が始められたことに由来する。1950年(昭 和25年)に日本電信電話公社が制定。 ◇津軽弁の日 津軽弁の日やるべし会が制定。 方言詩人・高木恭造の命日。 参照:http://koyomi8.com/cgi/today/today.php (今日は何の日) 今日誕生の知り合いがいるわけではないが、部屋から見上げる十三夜の月からふっと物思いにふけった。 月夜を、ゆとりをもって歩くなどということをすっかり忘れてしまっている。 わたつみの 豊旗雲(とよはたくも)に 入り日さし こよひの月夜(つくよ) あきらけくこそ(万葉集・天智天皇) 海上はるかにたなびいている雲。沈みかけた大きな大きな夕日。雲がさまざまな色に染まっている。その美しさに思わず息を飲んだ。今夜の月も、どうぞ、明るく明るく輝いておくれ(黄色いさくらんぼ訳)。
2007.10.23
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藤田知事発言に非難の声 '07/10/21 (中国新聞)-------------------------------------------------------------------------------- 米海兵隊岩国基地の隊員4人が女性を集団暴行したとされる事件をめぐり、藤田雄山広島県知事が、広島市中区で20日あった「日本女性会議2007ひろしま」で、「盛り場でうろうろしている未成年もどうかと思う」と発言。参加者から「被害者に事件の責任を負わせている」と非難の声が上がった。 藤田知事は開会セレモニーで、あいさつ。事件に言及し、「朝の3時ごろまで、盛り場でうろうろしている未成年もどうかと思うんでありますけれども、米兵による暴行事件が起きました。誠に遺憾であり、強く抗議したい」と述べた。知事の真意をただす質問が、引き続きあったシンポジウムの会場で出た。大阪府の女性(65)は「被害者に責任を負わせる発言は、人権をさらに侵害している」と憤った。 藤田知事は取材に対し、「真意は、犯罪に遭わないリスク管理について一般論として言及しようとした」と説明した。 うーん、その場にいて、知事の発言の響きや表情、発言者の発言の響きや表情に直接触れていないからよく分からないが、「いかにももっとも」とも思える発言も、やはり問題になってしまうのだろうか。「未成年者が夜明けまで遊んでいることもどうか」という知事の発言のその部分は、そのとおり、と思えるのだが。 質問者は何を感じ、何に怒ったのだろうか。 うーん、発言を文字で読んで真意をつかむことは、とてもむつかしい。 学校の窓ガラスを割った生徒に注意したら、その母親が怒鳴り込んできた。「窓のそばに石があったのが悪い」と。 うーん、うーん、そうだろうか。
2007.10.21
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敗戦直前までの軍隊のばかばかしさ。圧倒的な負けを認識しながら、前へ前へと突き進む上層部。 生きて帰ることを<許されなかった>特攻隊員の証言を聞いた(NHKスペシャル)。 旧式の、エンジンがやっと動くような戦闘機に乗って出撃し、不時着などして生き残った特攻隊員の、上官や組織に対して今も残る怒りや悲しみ。日の丸に寄せ書きを残した、今は亡き戦友たちをしのんで涙を流す生存者たち。90歳に近い。「なぜ生きて戻ってきた」「国賊めが」「飛行機が悪いんじゃない、お前らの腕が未熟なんだ」「(お前らが生き延びたために)何十人もの敵が生きていることになった」などなどの暴言。妄言。 密かに隔離されて生き延びながら「なぜ生きているの」か、を考える。「死ぬとしたら、軍隊という組織のためでもない、国のためでもない、家族のためだ、友人のためだ」と思った、と語る彼らの言葉の重さ。 学徒たちを死に追いやった責任者たち。戦後も生き続けた高級将校の一人は、沈黙を選んだ。多くを語ることなく死んでいった。ほかの責任者たちもずっと口を閉ざしている。
2007.10.21
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先のメールの「割れ」は「我」の誤りです。 恥ずかしい。 切腹します。 お許しを。
2007.10.17
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母よ、昨夜はどのような道を歩いたか? 曲がっていたか、一本道だったか、どこかへつながっていたか。 母よ、たらちね(足乳根)の母よ、「意」は見えるのに、「思」は乱れている。「老いたくて老いているのじゃないが…」と、この痩身めを見つめてのたもう母よ。 どのような手を差し伸べることができよう、我に。「温泉へ行ってる」と信じているその「夫」…父は、25日に遠く離れた横浜のホームへ入る。あいつの所へなんて戻りたくない、と言って。 母は、公団のテラスハウスで、これからも独りで朝を迎え夕べを迎えるのだよ。 ああ、時間よ、冷酷にして賢明なる時間よ、「いつまで」の「これから」か。崑崙の大天狗よ、汨羅(べきら)に身を投じた屈原よ、永遠のスフィンクスよ、不老不死の秘法を我に伝えよ、割れ、母じゃ人(びと)にそれを伝えん。 我が夫子(せこ)が 来べき夕(よひ)なり 小竹(ささ)が根の 蜘蛛の行ひ 今宵(こよひ)著(しる)しも 笹の根元で蜘蛛がせっせと巣を張っている、ああこれは、いとしい人が久しぶりに来てくれるしるしだ、と衣通姫が恋しい人を恋(しの)んで心をときめかしたり、 あるいは、 とこしへに 君も遇(あ)へやも いさなとり 海の浜藻の 寄る時々を いつもいつも、しょっちゅうしょっちゅう会っていたい、けれども、これまでだってあなたは時々しかあたしのところに寄ってくれなかった。これまで以上のことを願うことなんかできはしない、 と嘆いているように、母よ、いくら呼んでも父は、その「時々」すら現れることはないのだよ。
2007.10.17
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これって、何か変、と思わない? 訴えるって、男だけに問題があるの? 気配も心の動きも書かれていない記事からは、事実すらしっかりとつかめない。 事実を真実と高め、真実を事実として周囲に伝えるには? きゃー、なぞなぞ謎。 女と男。心とこころ。ひゃー。 [クアラルンプール 16日 ロイター] 16日付のマレーシアの地元紙ニュー・ストレーツ・タイムズによると、夫(34)と間違えて友人の男性と性交渉を持ったマレーシアの女性(40)が、警察に「性的暴行を受けた」と訴えている。 同国北部トレンガヌ州に住むこの女性は、イスラム教のラマダン(断食月)明けの祝いを翌日に控え、慌しく準備した後の12日明け方にベッドに入った。夫は仕事で不在だった。 同紙によると、女性はベットに入ってから約1時間後、隣に男性がいるのに気づき、男性の顔を見ぬまま性交渉を行った。その後、作業着姿の夫が帰宅し、部屋から出て行った男性について女性に問いただしたことから、女性は自分の誤りに気付いたという。 警察は、過去数カ月この夫婦とともに生活していた友人の男性作業員(29)を逮捕し、本件を「性的暴行」として調査している。 夫が帰って来たから警察沙汰にした? では、帰ってこなかったら?
2007.10.17
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内藤vs大毅戦についてJBCの裁定が下った。 父・史郎トレーナーは資格無期限停止。大毅選手は一年間の出場停止。 大毅君、君たち三兄弟は、父親のことを十分に聞いて育った。 今回の<事件>を薬として一年間、力を蓄えよ。まだ十八。チャンスは十分にある。 別のおとなの意見も聞いて、しっかり大きくなって戻ってきてほしい。周りのおとなたちの都合で動かされすぎた。力不足だった。やはり、相手はチャンピオン。しかも、三十三で知恵も経験もあった。力の差は歴然としていた。 大毅君、いいものも持っているのだから、悠然としたボクサーとして戻っておいで。パフォーマンスはほどほどでいいのだから。少し気の優しい、というか、気の弱いところがあるのだから、心をしっかりと鍛えて。
2007.10.16
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家人の帰国の日が迫った。 お勝手も玄関周りも食堂も、自分のものは全部片付けた。 ついでに、永い間、怨嗟の的となっているところの、階段の左右に積まれた書籍と書類も。 まあ、不要な書類もずいぶんほうってあったと反省するが、どうしても処分できない本も。一階の、家を支えるように作った書庫へ、何回も運ぶ。 そして、ほこり、埃。 まあ、この自分も地球の埃(誇り?)かも。 少々ショックだったのは、「埋立て用」のビニール袋の中にブリキ製のオルゴールを見つけたこと。水車を初期のころの自転車がまわし、風見鶏が眺めている。 曲名は…今聞きなおしたが、思いだせない。ディズニーランドで耳になじんでいるもの。 もう一つは、ハイハイする赤ちゃん。家人は、前から嫌っていた。 こちらが少しオトメチック? 相手があまりにも目の前現実的? それにしても、亭主元気で留守がいい、って、どこの誰が使い出した? その逆はない? ああ、ああ、赤烏帽子。奥様が嫌い、と言ったら、誰も逆らえないんだ?
2007.10.15
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今までは少し応援していた。 でも、サイテー。亀田一家はプロレスへ転じなさい。気品ゼロ。 自販機の前で荒れていて機械を殴り、自分のワゴン車を蹴っ飛ばした若者、サイテー。11時を過ぎている。酒は売ってない。しかも運転する気か。 吉行淳之介の短編を読んでいた。「赤福」の饅頭が他に見ないうまさと書いてあった。なのに、夕刊によれば、賞味期限切れを、偽って売っていた。 サイテー。 世界中の野菜や果物を、金さえ出せば買えると信じ込んでいる日本、日本人、サイテー。自給率3パーセント。 滅びよ、滅べ。闇に祈ることを忘れた二本足よ、日月に向かって惧れを述べることを放棄した背中二つの生きものよ。 やがて、地は崩れ、水は地を飲み、雪は風を起し、川は雲を溶かし、知は地を這う。 マンモスも地から姿を現し、腐りかけた牙をむいて、滅びの歌を斉唱するだろう。
2007.10.12
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三本あるサンショウの木の葉っぱがすっかりなくなってしまった。 そして、アゲハの青虫も一匹もいなくなった。 食べつくしたと同時に飛び立ったのだろうか。 40センチ離れたサンショウの木にもいない。 その隣にもう一本ある。 いた。4匹の青虫。白と茶の幼虫一匹。 ここまで移動してきたわけではないだろう。 ここの青虫も葉っぱを食べつくしたら、どこへ? 昨年は、ビニールで覆いを作ったが、はたして無事に飛び立ったかどうか。 今年は彼らの命の力に任せる。 心配はしない。しても…。 飛び立て。無事に大空へ。 またサンショウの木は新しいのを植えておくよ。
2007.10.11
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婦女暴行容疑で逮捕され、実刑3年の刑期を終えた(2年前)富山県の男性に、「無罪判決」が。真犯人が現れたため。「まことにお気の毒ではあるが、これからの人生を充実したものにしてください」と富山地方裁判所高岡支部の裁判長。 まったくの他人事だねえ、言葉だけ並べて。そんな呑気な事を言ってないで、なぜ、取調官の証人喚問を却下したのか。男性を調べた取締官から真実を吐かせたかった!!!! これじゃ、検察と警察はグルだと言われても反撃できないだろう。 しかし、ああ、権力の恐ろしさ。「無罪をやる、と言われても、真実が分からないままでは、気も晴れない」と、元タクシー運転手の男性。「初動捜査をしっかりやってくれていたら…」の言葉にも力がこもらない。 今はアパートで独り暮らし。親戚からの援助で命をつないでいる。 心の闇。傷。「二度とこのようなことが起こらないように引き締める」などと警察は言っているが、彼の心の傷はどうして埋める???
2007.10.10
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「エッセイでも嘘を書いていいんでしょうか」そんな質問をよく受ける。「えー、エッセイでは嘘を書いてはいけないんですか」と逆に聞きたくもなる。 そもそも、「嘘」の領域の問題・定義もあるだろう。どこまでがウソで、どこからがホントウか、と。あるいは、どこまでがホントウで、どこからがウソか、と。 言葉に出したり文字にしようとする時、そのようなことは考えていないのではないか。 時には「裸のままで砂浜を走るのがエッセイで、薄絹ををまとって踊るのが小説、などと思ったらどうでしょうか」などと言ってもみたくなる。 巷には、肉を切るのがエッセイで骨を切るのが小説、などという例えもあったりするが。「現実の出来事」を扱っているつもりでも、相手に伝えるために言葉を選んだり文字を思い浮かべたりしようとする時には、すでに「意識の操作」が始まっている。「意識の捜査(単なるゴロ合わせではない)」さえ。 目に入れたものをどう伝えようか、感じたことをどう表そうか、と思った瞬間から、それは始まっている。その伝達者の脳裏には、相手の感動や驚きを期待するものが渦を巻いている。 それへ、過去の記憶やその人が持っている言葉の種類・階層によって起きる正当化や美化が重なってしまう。何をどう誇張し、何をどう削るか、は同時に進行している。曲解や記憶違いも含めて。 一種の<心の翻訳作業・操作>であると言ってもいいだろう。「面白い」と言われたい、「よくこんなことを思いついたねえ」と言われたい、と関心をもって感想を述べてもらいたい、という意識なしに書いているとは、とうてい思えない。 すでに「選択・操作」が働いているのだ。 その場その場のあるべき「臨場感」「ほんとう(らしき)の情景」が出ていれば、「書いた者の勝ち」と言っていいだろう。浮世絵や横山大観が「赤富士」を描いたからと言って口をとがらせるか絵を破るかするやつは、いない。 書き手(描き手)の感性・個性によって、<現実>が切り取られる瞬間だ。「嘘」が「真実」となる瞬間だ。ぶんぶく茶釜が綱渡りをする瞬間だ。「文体」ということについても触れなければならないが、文章は写真術ではない、さあ、自分の感性と語感によって、今日も一文字一文字書くしかない、と思いを集中しましょう。
2007.10.10
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通信添削を受け付けている。最近、送られて来たショートショートが上記のタイトルである。 あるホステスは、あまり金を落としそうにない客を断るのに「パンドラの箱」を渡す。 どの客も「開けてはダメ」という約束をつい破ってしまう。中には「あるもの」が入っていて、客は愕然として箱を返し、ホステスから離れていく。 ある男もまた箱を返してくる。ただし、箱は別物だった。しかも、中身はすっぴんの女の顔を映した写真が入っていた。 ここまでは、まあまあ面白い。しかし、最後の二行が不要。 蛇足。謎解きをしてしまっている。 全部を書いてしまってはダメ、という印象。 余韻を残して読者に任せることも大切。
2007.10.09
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気にしていたらニューズが入った!! 野茂さん! ウインターリーグで再起を図る、という。 米大リーグ、ホワイトソックス傘下3Aシャーロットから昨年、契約を解除された野茂英雄投手(39)が6日、ベネズエラ・ウインターリーグのカラカス・ライオンズと契約した、と自身のホームページで発表した。 野茂は、昨年6月に右ひじの手術後、長期のリハビリを続けていた。「実戦からしばらく離れているので、どこまで投げられるか分からない。ただ目標はまたメジャーでプレーすることで、ウインターリーグはそのためのステップだと思っている」という野茂投手の再起を心から祈っている。 15日にベネズエラに出発し、チームに合流する。 ダイリーグに渡ったのは投手は野茂が初めてではないが、「トルネード投法」で一躍脚光を浴び、後に続く日本人のための見事な先駆者としていろいろなフラッグを掲げた。 野茂さん野茂さん、必ず戻ってきてね、待ってます!!! 人間の持つ不思議な力。古代エジプトでは……!
2007.10.08
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いつ、どこで、誰が言い出したんでしょうねえ、真実をついているようで、便利な言い回し風で、どこか下品で、盗み見風で。 では、女房元気で留守がいい、とは言えませんか。 炊事? 洗濯? 交合? 会話?に困らないか、って? えーっと、ということは、女房をそういう目で見ているということ? じゃ、亭主元気で、は何を言おうと? 黙って稼いできてアタシを楽させてくれればいい、と? いったい、女と男はなぜ一緒になるんでしょうねえ。 別々に住んでいて、逢いたいときに会う、ってんじゃいけないもんですかねえ。「それじゃ、人口把握も出来ぬ、税金も取れぬ」… なるほど、結婚ってえのは、国家の陰謀でやんすか。 こちら、同居人はトルコへ二週間の旅に出ました。 炊事、洗濯、交合、何も不自由はございません。会話? そんなにお喋りしたいですか、内容もない時間つぶしを。 中身のある話をする相手には、まったく困ってはおりませぬ。太陽だけがほしい。 おいしいミカンでも食べながら、「暴れん坊将軍」見ましょう金。でも最近、あまり流されていないみたい。水戸黄門も。
2007.10.08
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イグノーベル賞 - Wikipedia イグノーベルの名は、「ノーベル賞」に反語的な意味合いの接頭辞を加えたもじりであると共に、「卑劣な、あさましい」を意味する。あるいは、「まねをしたくない発明」とか。 かつてフランスのシラク大統領に「平和賞」が贈られたことがあった。原爆実験をしたことに対して。 いいなあ、こういうユーモアの精神は。 今年は、26歳の日本人女性が受賞。「牛糞からアイスクリーム」だって! 授賞式では、アイスクリームが配られて、委員たちがどうにか口に運んでいた。 牛糞を集めて800度とかで煮詰めると、バニラエッセンスが抽出される。「アロマ系やバニラとして利用されたら」というのが受賞者の弁。 パイプのQからメール。Qを連れてNYへ行くらしい。「書類提出のために上京。数寄屋橋交番の前でパイプを手にしていたら、ピタッと背後に警官が張り付いた。予防拘禁? それとも、火をつけるのを確認して逮捕しようと?」 えー、気持ち悪い。ユーモアのかけらもない!!
2007.10.05
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夜yoruyoru夜yoruを怖がる母。 足は弱っているが、他はまずまずの母。おお、わが母よ。 あなたは、六人の子供を育て、職を転々とする体の弱い夫を支え、そして二人きりの今日まで元気で(条件つきとは言いながら)やってきた。 だが、だが、母よ、母者びとよ、あなたは急激に老いてしまった、口癖は「なんたって健康が第一だがね」だったのに。父が救急車で入院したことを認めることができずに「温泉に行っている」と信じている。 夜になると、末娘や故郷の従姉妹に電話をしきりに入れている。 何ができるのだろう、何をしてあげられるのだろう、この自分に。 電話で喋ることと訪問して会話をすること、それ以外に。 心と肉体の健康
2007.10.04
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朝の目覚めがその日一日を決める! と言っても、自分の「朝」は、まるでばらばら。ねずみ年のせいか、夜中に起きていることが多い。したがって、「朝」もいろいろ。 昼近い時もある。数時間の睡眠の後の7時、8時のときもある。 長く寝てもだめ。やはり、「眠り」の中身。 うまい睡眠と仲良くなれた次の朝は、まず、気分がいい、充実している、といってもいい。 やるぞ、という気合いに包まれている自分を見つけることができる。 どうやら、こんなことも関係しているようだ……すなわち、どのような精神的一日を送ることができたか、によって、睡眠の質が違うような。 肉体的疲れも大事。 でも、自分の場合は、精神的な疲れの質・度合によって睡眠の質・度合が決まるようだ。 眠る前に、マイナスな要素を考えるのはやめよう。不快なことは忘れよう。「自分一人」を優しく見つめて、思って――これこそが「イノリ」というものにつながっている――ゆらゆらと眠りの国へいざなわれよう。
2007.10.04
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九ちゃんの世話をし、インコの世話を、ハムスターの世話をした。 サンルームから庭へ何往復かしているうちに、網戸に枯葉が付いているのが眼に入った。 何回目かの時に、あ、蛾じゃないかな、と思った。左右の羽を三角の形にし、頭も三角の兜をかぶっているような格好。 また何回目かに、ぬけがらだ! と気づく。 蝉の抜け殻には慣れているが、この鉄火面のような形の抜け殻は初めて!! 昨年も、毒々しい色の毛虫を捕まえて、クリップが入っていた透明の箱に入れたが、やがて繭になっているのを発見したり…。 うむ、確実に南蛮渡来(!!??)の生き物。 水の中ばかりではない、こうして植物にも生息している!! 岡山の方では、アルゼンチン蟻がニホン蟻を駆逐しているというニューズもあった。 むむむ、生態系が静かに静かに変化している変形している… そして発見!! 三本の山椒の木に青虫!! 八匹。茶色の幼虫も二、三匹。 アゲハの幼虫がもうこんなに大きくなっていた!! 一本の木は、ほとんど葉っぱが食われていた。 すぐに大きな心配に襲われた。 生き延びられるだろうか? 昨年はビニールで覆いをつけて囲ってやったが、飛び立ったかどうか確認できなかった。 心配だ、不安だ、恐怖だ、またずんぐりした蜂どもがやってきて、食べてしまうのではないか、ああ、ああ。 いのちよ、いのちよ。
2007.10.03
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「これまでの自分」「今ある自分」「これからの自分」…そんな区分けでじっと自分を見つめよう。 ひょっとして、まったく気づくことのなかった<自分>が現れてきて「よう」と言ってくれるかもしれない。 かあさんのおっぱいを飲んでいた自分、ハイハイをしていた自分、女の子と手をつないでお遊戯をしていた自分、女子と一緒の教室が厭で、そのくせとても気になった自分、大学で飲んだり議論したり合宿をした自分、結婚をしたが、仕事仕事だった自分、あれ、いつの間にこんなにハイハイがうまくなってしまったのだろう、二階を上り下りするだけなのに、あれ、どうしてまたオムツなんかしているのだろう、あらら、何が起きてしまったのだろう…… 健康を「貯金」しておこう
2007.10.02
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絶対に「自分」を大事にしよう。そう簡単に諦めてはならない。 自分もそれなりに生き続けてきた。 父が汚物まみれになったあの姿(未遂)は思い出したくもない。 生きていて、感じ、考え、思い、想像して、思い出して、そして力を貯え、「いざ」という時に自分の力を頼れるように日々の流れの中で気を集めていこう。 クリックで救える命があります、あなたのブログにも張ってください。クリックだけで募金が出来ます、あなたの負担はありません。
2007.10.01
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寒い日曜日だったが、今日はまた温かくなるらしい。 このようにコロコロと変わる気候のせいか、土曜日は本当によく寝た。 いや、実は<激動>の一週間がやっと過ぎた、という安堵もあったせいかもしれない。 氷雨にたとえて言いたいこともないわけではないが、少し違うようだ。そういう寂寥感とは違った心のせわしさ、手の打てない現実への諦念、そんなような性質のもののようだった。 久しぶりにKからメールが入った。今もどこかの旅の空の下にいるのだろうか。 痩せた寅さん、のようなK。久し振り。一緒に顔を見せてくれたQも元気でいるのだろうか。「高齢の母、夜中にあちこちへ電話を掛けまわる。父が入院したことを十分に認識できず、『温泉宿に行っている、行ってもいいから、女がそばにいてもいいから、今どこそこにいるよ、くらいは連絡してくれてもいいのに』と言ってるらしい。引き取ろうとすると嫌がるし、ウチのも『冗談じゃない』と言うし」。「生きるのも大変だが、死ぬのも大変だ、ってつくづく思う」「人に迷惑をかけない年寄りになりたい。背筋を伸ばした、ユーモアがあって色気のある老いを迎えたい」 命の秋。命の冬。 そう、自分もKの言うような「色気のある豊かな老い」を迎えたい。理屈やセイロンばかりを言うのとは違った種類の人間に。 そう願ったとしても、明日のことは誰にも分からない、そう、誰だって、醜くて苦しい自分を見たい、などとは思っていないのだ。 昼と夜では心の在り方が違ってしまうらしい。彼の母君の心に迫る闇とは。 老いとは、死とは、どのような様相で闇の中を迫ってくるのか。 一人。孤独。 慣れるとか超えるとか言うのは傲慢か。 しかし、「覚悟」をもって迎え討つかどうか、などということを考えてもいいかも知れぬ。「毎日」とは、死ぬることを受け止める力を蓄える、あるいは身につけるためにある、のかもしれない。夏の間歌い続けていたキリギリスは、自分の声にうっとりしすぎたのかも。 山里は秋こそことにわびしけれ鹿の鳴く音に目を覚ましつつ (古今和歌集 壬生忠岑) いつだって生きてあることは、わびしくてさみしいものではあるが、特に人生の秋を感じるようになってからは、ふと夜中にすっと迫ってくるささやき、どこからともない声に、ついつい何度も目が覚めてしまう。いつ死んでもいい、などと若い時は考えていたのに、いざこうして一人っきりであれこれ考えていると、闇の中の気配が恐ろしいし、何かにすがろうとしているこの身が、まあ、いかにも頼りなく、そして浅ましくも思えてしまう(平成青色吐息訳)。 とまあ、まだ虫の声や夜の気配に耳を澄まして捉えることも出来るが、Kの母君は、もはやこのようなことを思うことも出来ずに、ただただ執着を燃やしているのだろうか。
2007.10.01
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