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四件の用事を済まそうとして10時半に出かけたが無理だった。 21時35分、疲れて地元のバスに乗った。たった一人きりだった。 寒かった。この寒さもやがて春が来れば、嘘のように去っていく。 冬の来て山もあらはに木の葉降り残る松さへ峰にさびしき(新古今 祝部成茂) ああ、こんなに寒さがこの身に襲いかかって来ようなどとは夢にも思わなかったなあ。葉っぱは一枚残らず散ってしまって、いつだってきりっと立っていた松の木までもが、なんとまあさみしそうに峰にぽつんと立っていることよ(平成青色吐息訳)。 山里の風すさまじき夕暮れに木の葉乱れてものぞかなしき(新古今 藤原秀能) 夕暮れの風はことさらに厳しい。木の枝にしがみついている木の葉も心細いげに頼りなさげに揺れて、こちらの気持ちもなんだか物哀しいなあ(平成青色吐息訳)。 いつのまに空のけしきの変るらむ激しき今朝のこがらしの風(新古今 津守国基) あんなに機嫌のよかった相手の気持ちがいつの間にか悪くなって、まあ、家の中の寒いこと寒いこと(平成青色吐息訳)。 というような厳しい季節だっていつまでも居座るものではない。 山深み春とも知らぬ松の戸にたえだえかかる雪の玉水(新古今 式子内親王) 溶けていく雪が軒にかかっていて相手の気持ちはそのままのようだが、いつのまにか春はそこまで来ているのだ(平成青色吐息訳)。 かきくらしなほふるさとの雪のうちに跡こそ見えね春は来にけり(新古今 宮内卿) 厚ぼったい雪に囲まれてはいるが、ほら、すぐそこに春は来ているよ(平成青色吐息訳)。 千歳ふる尾上の松は秋風の声こそ変れ色は変らず(新古今 窮(ウ冠なし)恒) 何年も生き延びてきた松の木だもの、秋にはまあ秋の風に当たってそれなりの悲鳴を上げるが、なに、その色気はいつだって変わらないんだよ(平成青色吐息訳)。
2007.12.31
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暦とは人類の発明したもの中でも最高の知恵の一つかなあ。 1月が来て12月が来てああ1年が過ぎていく、と確かめることができる。 もし、そういう知識が何もなかったら? 九官鳥やハムスターやインコは、夜が来て昼が来て夜が来て昼が来て、を感じているだけなのかなあ。 で、今夜は思うのである。今生きてあることは、やがて来る老後という、誰も避けることのできない時のための準備期間なのだ、と。 食べるのも寝るのも人に会うのも。 夕陽を美しいと思い、小川のほとりで語り、鳩たちの乱舞を見つめ、襟巻に顎をうずめて月を眺めるのも、すべてがそのための手続きなのだ。 九ちゃんやハムスターやインコは、老いをどんなふうに感じ取るのだろう。 本能が、老いの訪れを感知するのだろうか。 孤独、寂寥、孤絶、茫漠に囲まれる自分を迎える時、背筋を伸ばし面を上げて真正面から向き合えるか。 18時前の母の電話は元気を回復した声だった。「もう自殺するなんて思わないからね」 80の時、90の時、100の時、我は悶えず叫ばず嘆かず狂騒せずの心境・心構えでいられるか…。 今生きてここにあることは、その時のための気を積み重ね、根を強くする、ただそれだけを目指している、と言ってもいいだろう。 今、パソコンに向かってキーを叩いている「ておくれ」のすべての眷属…頭、目、耳、口、へそ、ちんちん、手足、毛根に襟を正して申しつける。 気を積め、芯を高めよ。 孤独と対峙するのだ。EPOEPO『百年の孤独』小熊ゆかり『孤独のダンス』サディスティック・ミカ・バンドサディスティック・ミカ・バンド『賑やかな孤独』
2007.12.29
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パキスタンの元首相、ブット氏テロ暗殺。 こんなことが!! まだ!! どこかの国の思いつきや衝動の殺意によって身内や通行人を狙うのとはわけが違うだろう。 周到に準備されたものに決まっている。 なんということを。
2007.12.28
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今は午前4時を回った。さっきから自分のブログの周りをうろうろしていたのだが、すでに5名の方がアプローチしている。 で、一日のアクセスの数は、どこでどう決まるのだろう。 面白ければ読んでもらえるのだろうが、そのためにはそのサイトへアプローチしなければならない。 どうして200名近くになったり超えたり、50とか70になったりするのだろうね。 読んでしまってから、しまった、つまらない、と思ってもカウントされているのだ。 タイトルの魅力なのかなあ、それとも「タグ」ってものからアクセスはカウントされる? 最後の最後まで朱入れの原稿を抱えて今日も旅の空へ。 暖かい一日であってくれますように。品の悪い声を張り上げる人に会いませんように。ハイヒールの甲高い響きで耳を汚されませんように。酔いざめで丸くなっている人の姿などが眼に入りませんように。股を開いて座っている女の乗客に向き合いませんように。煙草の吸殻を投げ捨てる姿を見ませんように。転んだ子どもに向かって「なんで転ぶのよ!」とイカル母親を見ませんように。公園で背面反りして両手を地面につけている少女を見て「もう一回やって!」と頼んでケータイのカメラを構えたら、少女は「もう一回?」とその気になって芝生の方へ行こうとしたのと母親が「ヤだ」と言ったのと同時のような、とてもさみしい気持ちにさせられるようなそんな場面にでっくわしませんように。 人ひとひと人。 くれ暮れ。 <歳末特別企画・お米の福袋>年の瀬♪手巻き寿司パーティ♪はブランド米の食べ比べ♪日本全国ブランド米・食べ比べ8種類セット(こめ油付き)【1225thanks10】送料無料グルメ市田柿(いちだがき)みなみ信州・24-28玉入お正月には欠かせないフルーツといえば・・・・年の瀬に飛ぶように売れる人気商品です年越しのお供にオススメです
2007.12.27
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どんな年の瀬を送るか、と聞かれた。 うむ、 今年も去年と同じような時間の送り方をするだろうね。 年賀状をちょっと書いたり(本格的には元日の朝から)、家人が見ているTVをちょっと見たり、イタリアから帰国していてリサイタル(1月5日)前で緊張している娘とちょっと語ったりイタリアのお正月の様子を聞いたり、お汁粉やお雑煮を食べたり、と。 そして、相変わらず教室の生徒さんの原稿に朱を入れる...。 ま、これと言って騒ぐほどの「たいした」お正月ではないよね。 ビーアールプラスの領域でどんな世界が開けるか、ま、期待してみよう。 <img alt="BR+ (ビーアール・プラス)" src=http://img.brplus.yahoofs.jp/brplus/img/H0K480IO3rkGpNvckmhrP5PKmI.KxXaywV.oGqA-/ObkArTj7_hXkbO46/61bhHSqloKNMpgCqbOKnpHimPoI-/preview199f.gif>http://brplus.yahoo.co.jp/
2007.12.27
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先ほどのメールの中の「で、改めて約束したのが昨日だった。指切りをして、そばでは彼の女房が『指切りげんまん うそついいたら はりせんぼん のーます』とはやし立てた。」 と書いたのは悪文の例のような形になってしまった。これでは「昨日約束した」のように読まれてしまう。「改めて約束したのが、(ほぼ一ヶ月後の)昨日の25日まで、という期限だった。そばでは…」 としなければ。 うーむ、うーむ。文章は正しく。 五輪に向けて中国では無理無理の強制退去を行っている。しかも、大義名分を勝手に使って儲けようとしている悪徳業者連中が庶民に圧力をかけている。政府はあわてて法整備によって庶民からの訴えに備えている。 末期資本主義の仕上げの五輪。 五輪って、改めて見直す時期に来ているのではないか。行政(屋)が民を無視してコトを進めるならば。 「軍の関与があった」と改めて教科書に載せることになった、教科書会社からの申請で、という形で。 なんだか国家って、いつもどこでもインチキをやっているなあ。薄汚いなあ。「軍の関与」を削除させたのは教科書を検定する行政(屋)ではないか。 それを沖縄の民の怒りの訴えで直すことにしたが、そんな当り前のことを「教科書会社からの申請で」などという姑息な方法を用いる。 そもそも、なぜ「軍の関与」を削除しようという意識が働いたのか。 これからもそのようなことが起きるかもしれない、その時のための「予防」「先手」なのか。「政府は関与していない」と前もって民に植え付けておくために「軍の関与」を削除したのか。 姑息な政治屋たち。「民」を勝手にいじり回し利用する行政(屋)たち。 我が国の「被害者の代表の方たちにお目にかかるのもやぶさかではない」首相。 はっきりと「お目にかからせていただいてお詫びしたい」と早く言えばよかったのに。 どこの国のどこの政治屋も、インチキ、コソク、イカン、デタラメ、シヤキョウサク、タミバナレ、タミミクダシ、ジブンカワユイ、チイシガミツキ、ドンカン、タミシラズ。
2007.12.26
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なんとか果たした、ひとつの約束を。 25日にパイプを贈る約束をした。その前は11月中だったらしい。 だったらしい、というのは、相手から言われて、へえ、そうだったかな、という程度だったから。 で、改めて約束したのが昨日だった。指切りをして、そばでは彼の女房が「指切りげんまん うそついいたら はりせんぼん のーます」とはやし立てた。 彼といつも会う店へバイクを飛ばした。 いちんち おくれの たよりを のせてー バイクを操りながら、鼻歌を歌った。寒かった。 我ながら、融通の利かないやつ、と思う。でもねえ、約束ってもんは守るもんだ。義理がたいとか、義理人情に弱い、とか、いろいろあるけれど、まあ、わが名にも、一字入ってはいる漢字だから、一生背負って生きていくのだろう。 昼間の母親の情けない電話にも「死ぬまで生きるしかないよ」なんて馬鹿だか利口だか分からないこと言ってしまった。 わからニャーアニャー。 パイプを届けに行った店には客はいなかった。口先おなごのママがTVを見ていた。 一茶は52歳で女を知って65歳で死んだ。その間数人の子を産んだ。生まれて何十日かで死んだ子もいたらしい。が、死ぬ4か月前にもつれあいのお腹に子(女子)を残して逝った。「三交 六公」などの文字も日記に残っている、という。 相手の女性はどれも衰弱して死んだ。 毒殺か? というのがTVの進行方法だった。奥さんに飲ませたのか? 殺しては新しいおなごをめとったのか? 一茶は森へ入っては植物を見つけてすりつぶしていた。 実は、自分で煎じて飲んでいた。 植物由来で元気一発! 飲んで2時間2日間 飲んで2時間2日間 【植物由来精力剤】精力増強 2H&2D oz50027-065 なんと、つまり、ずっと年下の奥さんに「も一回、も一回」と数回迫った、らしい。 うーん、うむ。
2007.12.26
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昨夜は午前一時帰宅。タクシーを降りて歩きながら月を見上げる。 中天にかかる月は赤い。 体が少し固まった。 赤い、というのは、登り始めた月だけではない、ということを改めて実感した。 昼の疲れが消えていった。 母は少し不機嫌だった。「急にこんなに人が来るなんて、まるで死ぬみたいじゃないか」「家族の方に立ち会っていただいて書類の確認をするためですからね」「法律で決まっていますからね」 二人の介護士が交互に言う。 本人の希望、現在の状況、家族の希望、事務所からの所見などが書き込まれている書類を中にして、「今、こんなことをしてもらいた、という希望はありますか」と重ねて質問。 途中から、母のお気に入りのヘルパーさんのお出まし。母の機嫌がよくなった。「じゅんこちゃん、じゅんこちゃん」 風の冷たい1日だった。 2時間程前に母から電話があった。「下の世話がいやだなんて言ったこと、ないよ。お父さんは、どこで何をしてるんだい」「わたしがいかなくてもいいのかい」「生きているのはいやだよ。死んでしまいたいよ。友達に電話したら、そこで死んじゃダメだよ、って言われた、死ぬなんて言ったらダメと言われた」「食わなきゃ死ねるだろうから、食わないでいる」「生きてるのはつらいよ」「遠い山の中の老人ホームへ連れていっておくれ、〇○よ」 昨日の元気さとは別人のような母。「(こちらは)何もできないんだから、自分できしっとしてなきゃだめだよ」その程度のことしか言えない自分。介護食/とろみ キューピー やさしい献立 あんかけ料理用 和風あん 70g★税込3150円以上で送料無料★介護食/区分4 キューピー やさしい献立 ゼリー飲料 白ぶどう 100g★税込3150円以上で送料無料★介護食/区分3 キューピー やさしい献立 やわらかごはん 梅かつお 150g★税込3150円以上で送料無料★
2007.12.26
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こういう月も好きだが、2007年12月24日の17時過ぎの月もよかった。 深い赤みを帯びていて、まん丸。豊かな豊かなものがそこに出現したようで、思わず携帯のカメラに収めた。 手を合わせたいくらいだった。誰やかれやに電話しまくりたい思いだった。 18時近くになると赤みは薄れ、今度はぴしっと脊を伸ばさずにはいられないような月がゆったりと浮かんでいる。 南蛮渡来(?)のお祭りに浮かれている街の人たちには、頭上の贈り物が眼に入らないだろうな。 少し前のことになるが、やはり風の吹いた夕方だった。四大の校舎の五階からきれいなきれいな富士山が見えた。教室の前の廊下に座ってしゃべったりマンガを読んだり携帯をいじったりしている学生たちに思わず声をかけた。「君たち、ちょっと見てみろ。どきっとするようなものが見える」 何人かが立ちあがって西の方を眺めた。 そして言った。「それで、センセ、それが何か?」
2007.12.24
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のろい鈍いのろい。夜中には、電波も眠っているのだろうか。まだ左下のほうに「待機中」の表示が出て「残り〇項目」と威張っている。「残り1項目」がまだ消えない。まだ。まだ。 そんなことよりも早く書きたいことがあるのだ。さっき書いた文章、あれはなんだ! 次の「図書館前」で降りたわたしは、なんとなく、よし、と呟いてバスを 降りた。いっぱい朱の入った原稿がいっぱい入っているバッグも軽くなった。 おえっ、であるのである。 次の「図書館前」で降りた。わたしは、よし、と小さく呟いた。図書館前の広場へ通じる石の階段をゆっくりとあがった。いっぱい朱の入った原稿をいっぱい入れたカバンも肩に軽かった。あの子たちにいつかまた会いたい、と背中のあたりでささやく声があった。 とでも書き変えたい。 書きようは無限にある。一応、上のように変えてみたが、他にどうでも書ける。 次が「図書館前」だった。おさなごたちに心を残しながらバスを降りたわたしは、図書館前の広場へつながっている石段をゆっくりと上がった。なぜか、よし、と呟いた自分の声が快かった。朱がいっぱい入った原稿がぎっしりと詰まっているカバンも重荷ではなくなっていた。ギー ギーという男の声がした。肩からずれそうになったカバンを腰を振って担ぎなおした。 エッセイ・小説を書く仲間よ、しかし、しかしですぞ、一部分だけの推敲に時間を取られてはいけない。部分的には無限に、といってもいいくらい手を入れることができる。 それに、よくなったつもりでも、全体を進めることを忘れてしまうことになる。全体が見えるようになるまでは、部分にこだわリ過ぎてはいけない。 たかがブログの文章? そうじゃない、文章はいつだって人に手渡すものだ、きちんと、という覚悟がわたしの生き方。
2007.12.24
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土曜日はある創作の会。 東西線のU駅から図書館へ。お散歩バス、100円。 ドイツ製の小型バス。最近、新型が導入された。背が高くなった。 そのバスの中でのこと。 ドアが開閉するたびに、一番後ろの席にいる男の子が「ギュー ギー」とその音をまねする。すると妹がきゃっきゃっと笑う。「次は武道館前」…バスが止まる。ドアが開く。「ギュー ギー」と男の子が言う。妹が「キャッ キャッ」と笑い声を上げる。 次の「図書館前」で降りたわたしは、なんとなく、よし、と呟いてバスを降りた。いっぱい朱の入った原稿がいっぱい入っているバッグも軽くなった。陶器ビーズ/仲良し♪おかめ&ひょっとこ 2個入り
2007.12.23
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七時から三時間、ベッドへもぐりこんで回復。 その前に、市民音楽ホールでS市交響楽団による第九を聞いてきた。娘がソプラノを担当しするためにベネツィアから帰国。 楽屋の袖から聞いてきた。人生初めての体験。 知り合いへの挨拶もそこそこに退去。胸が痛く苦しく(あ、娘の声に感動して思い万感、というのではなく)、夕陽を真正面から浴びながらバイクで帰宅。六時ころ、今日初めての食事をやっと済ませ、ベッドへ。 第二週から第四週までの三週間、金土金土金土のおツトメに疲れが出た、のであります。 あ、誤解しないで。 金曜は創作教室、そのあとの懇談会というか懇親会というか親睦会というか追試会というか補充会というか…、つまり飲み会といえば早道。 個性的、といえば穏当だろうが、曲者ぞろいの人材をお預かりしているこの身。いろいろといろいろと、ね。時には人間台風、人間低気圧の渦の中。 ずいぶん抑えたが(飲むのも感情の動きも)、やはり負担が多かったのだろうね。にょろにょろと前面から背後から迫ってくるものが多かったのだろうな。 今年はハード、なんだよなあ、最後の二十八日の金曜日まで講座が。そのあとも、〇○会××会と先ほど色々飾って見せた会が、きっと設けられている…。ひょっとして、ウタ会も? 明日は、母の件で福祉介護士と会合(昼)。明後日は司書の会の会合(夕方から)。その前に重要な人と会う。まだまだ、人の足の浮ついている街へ出ていかなければならない。 さて、深呼吸をしてこの肉体に気を送ろう。嗜好性バツグンの牛乳ゼリー♪肥満防止や疲労回復に最適!トーア ペットの牛乳 inゼリー 老犬・老猫用130g。
2007.12.23
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サハラ以南の、大西洋からインド洋までを襲った豪雨と洪水。少なくとも18か国で300人近い死者が出ていて、伝染病の蔓延も懸念され、状況はさらに悪化するとみられている。 さらに、今回の災害は、アフリカ大陸の複数の国へまたがる重大な危機につながる可能性がある、とも報道されている。 日本の新聞には十分な記事はない。 一方では、オランダで開かれたミス・コンテストでの優勝者に「オランダ語ができない」と非難が集中。 何コンだか知らないが、当選させる方もちょっと? だね。 文化・文明を代表するものでなきゃあ、ただの肉体誇示大会だからねえ。 ITの世界は忙しい、混乱している、なんでもあり、って感じで、油断していると一日があっという間に過去のものになっていってしまう。 パソコンを開くのはもうやめようと、何回何十回思ったことか、この一週間。 こういう世界のニューズを知ることもできる。クリッククリック。いろいろなデザインでレイアウトもできる。見事な仕上げのブログも多い。が、しかし、時間食い虫だ、パソコンは。ついつい引きずられて、集中して自分の仕事を片づけられない。 地球上の昼と夜、裏と表の生のドラマ。その中のほんの一つでしかない自分。 そしてまた、提出された作品の<創作世界>へ、静々とおずおずと、われは戻る。ここにまたさまざまな生が展開されている。中には不確かな文章で描写が続く。朱を入れる悲しみの金時、落日の八面大王。 ×××神経を遂げ済ましている ×××ぼんやりと空にレースを被せたような空 ×××渋谷のセンター甲斐(まあ、これなどはケアレスなものと済ませたいが、読み返してから提出!!! と何度も言っているのに)
2007.12.20
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人生とは、畢竟、孤独との向き合い、あるいは戦い、といっていいのかもしれない。 家族とはその共同幻想であるし、夫婦とはその幻想を膨らます元になる幻想素の始まりであるかもしれない。 12月の晴れやかな一日、窓を開け放した部屋でベランダの洗濯物が乾くのを望みながら(なぜなら、午後に干すと一日では乾かない、部屋の中でもつるしたままだ)、ふと考えている。 確固としたつながりなどがどこかにあるのだろうか。 ないから、あろう、あらせようという幻想がまた生まれる。 いや、いないわけではない。孤独を埋めてくれる相手、孤独を忘れることを選ばせてくれる時間を共有できる相手が、絶対にいる。私にはいる。 今年もいろいろな人に会った。 気の合わない男・女、気の合う男・女。 出会えば、ある意味での孤独が生じる。人に会うのはもういい、と思うこともある。 が、出会いは、やはり栄養素であると受け止めよう。 昔、「女友達」というか、わが創作寺子屋の生徒から贈り物があった。 当時は手に入れるのがなかなか難しかった。『百年の孤独』。うまかった!! まったりとしていて味が深い! ラテンアメリカ文学の巨匠を想った。その作品を思った。 1928年、コロンビア、カリブ海沿岸地方のアラカタカ生まれ(1927年生まれという説もある)。ボゴタ大学法学部中退後、新聞記者、脚本家などを経て、1955年に処女作『落葉』を発表。『百年の孤独』(1967)は、世界中にセンセーションを巻き起こし、1982年、ノーベル文学賞を授賞。 ねばっこくて迷路のような熱。その中の生、性。天への人質のようないのち。 もうじき、2007年が<時空>の外へ去ろうとしている。あ、もともと外にあったもの、か。 来る年のために、「孤独」を受け入れるキャパシティーを豊かにしておこう、と、朝方の凍える指に息をかける自分を思い出しながら考える。 私のおすすめ:【百年の孤独の蔵製】 きろく 無濾過・無調整 黒麹 芋 25度... こちらも…
2007.12.20
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1時ころからパソコンの世界をさまよう。 早くメールを書こう、早くブログを書こうと思いながら、四時、六時、八時と時が刻まれてしまった。 こういう世界は、柄に合わないのだ、もともと。もうこのITの森から出ようじゃないか、とまたまた思う。 文章の練習? 資料の収集? 友へのメッセージ? それらはそれぞれ少しずつ当たってはいるが、それにしては回り道が多すぎる。 書きたければ紙に書けばいい、まるで魔法の箱にでも向かっているような気になってしまったのではないか、おい、時間の無駄遣い野郎めが。 遊んでもらっている場合じゃないんではないかい、やることがもっとあるんでないかい。 ふと思う。昨夕、友と語った大王は、寒い山の中で、何を思い何をしていただろう、かと。 野分(のわけ)せし 小野の草臥し荒れ果てて み山に深き さを鹿の声 (新古今 寂蓮法師) まつろわぬ者と中央政府から睨まれた大王は、激しい風が吹いて草も倒れているような寒さの中、どこで誰と一夜を過ごそうというのだろう。ただ聞こえるのは、牡鹿の切なげな声ばかりだ。迫りくる敵軍の麻呂たちは、鹿の声も消すほどの嬌声に囲まれて酒をくらい、温かな火を囲んでいることだろう(平成青色吐息散文訳)。
2007.12.18
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政治屋さんたちの日本語に関しては「ダメだ」!!!! 言い負かしっこと言い逃れだけの日本語。 やめなはれ、言葉を使うのを。 その手の「日本語」を使いたければ、別のニホンゴを作りなはれ。 あきまへんなあ、セージヤさんたち。「公約違反だと騒ぐほどのことですか」って、一国の宰相が言うに至っては、だめだダメだ。 うん十年、日本語に関係してきた身として、ほぼ、絶望。 言い換えれば、あの方たちが使う日本語はダメ、ということで、この絶望感を宥め、抑える。 いい加減な連中。舛添にもがっかり。少しは関心を持ったけど、やっぱり役人になめられっぱなし。こりゃ、女房も逃げるわな。 ひどいもんだねえ、この国のセージヤたちの言葉は。 いいですか、子どもたちだって、感性と考えを磨いて心ある者は聞いている、見ているのだ、あんたたち、だらしない大人のやること、言うことを。 その場限りの言い逃れ、言いわけ、ごまかし。 政治という職業に慣れ過ぎた<精神>の<老人>たち。 かくして、こちらの生徒の物カキたちはまた力を溜め、羽ばたく日を視野に入れる。 もっともっといい加減な日本語を垂れ流してくだされ。日本語の特色 八当たりをしながら、きちんと「日本語」を見つめている。少なくとも、セージヤのものとは違うニホンゴを。日本語八ツ当り日本語八ツ当り の。いいわけ、おとなの、セージヤの。の。の。や。や。 え え え。
2007.12.14
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なんだかねえ、どんな歌だっていいんだ、どんな食べ物だっていいんだ、どんな踊りだっていいんだ、ぼくの住んでるニッポンって国、12月はものすごくうるさいんだよなあ。 もう、飛んだり跳ねたり、歌ったり叫んだり、「公約違反っていうほど大げさなことかなあ」と首相がしらしらと言ったり、イージス艦にまつわる最高機密がぽろぽろ流失したり。ぼくが大人になるまで、この国はちゃんと地図に残っておるのかなあ。 ぼくのお嫁さんになるひと、ちゃんと生き残ってくれるのかなあ。 ぼくって、二年生にしては、いろいろ将来こと、心配してる方なんだ。おおかみルルのクリスマス
2007.12.13
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サンタクロースのおじいさん 良い子を訪ねて空の旅、って幼稚園児たちが歌いながら通った。 ぼく、考えた。 えー、良い子のとこしかサンタさん、行かないの? じゃ、ぼく、無理かなあ。じゅじゅじゅ。 良い子ってどのくらいの子? 誰が決めるの? パパ? ママ? がっこの先生? 10月くらいから良い子になったんじゃ、手おくれ? じゃ、八月? だってさ、一年中さ、良い子でいるなんて、フツーはできないよ、なあ。 あっ、誰かが歌っている。早いってのサンタさん、だって。赤い毛の、だろ。いろんな所に貼っちゃおうよ!なんと1枚50円 ステッカー シール 16(サンタクロース)
2007.12.13
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街へ出て、歩いて、見て、聞いて、そして用事を済ませて家路をたどる。 体も心も重い。重いから生きている、ともいえる。 なぜか、バスに乗りたくなくて家まで歩く。 若いママと幼子が歩いている。まあ、大変。ちっともまっすぐには歩かない。 道のわきの駐車場へ入り込んだり、道端の花壇をのぞきこんだり、通りかかったお散歩犬に手を出したり。 あっ、転んだ 何か言いながら立ちあがる。小さな白い両手をぱんぱんと叩く。 まあ、一人前のしぐさ! 石鹸の泡にまみれながら一日の疲れを流す。 泡の立ち方で今日一日を振り返り、明日の自分を思い浮かべる。 一人の時間。ぱんぱんと両手を合わせてみる。
2007.12.12
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医者になろうと思えば、その志さえあれば、誰でもなれる! ただし、江戸時代の話。 莫大なお金もかからなかった。独学で勉強したり医者に弟子入りしたりして、診察法、治療法、理論(漢方)など、「生きた」術を身につけた。経験を積み、腕を磨けば、これで、一般的な病気には、十分に対応できた。 漢方が主流だったが、本草(薬用植物)、服石(鉱物質の薬)、針灸(鍼灸)、養生法、食餌療法などなど、かなり進んでいたようだ。 当時は往診が中心。やはり、金がかかった。診察料、往診料、薬代を含めて一両は必要だった。今で言えば、おおよそ十万円。おい、おい、金持ちはいざ知らず、庶民はmmmこれじゃ病気にもなれない! だから、売薬、針灸(鍼灸)やもみ療治に頼ったのだが、これなら十六文から四十八文ほど、つまり、大体のところ、五百円から千五百円程度で済んだのでありまする。 なかには、薬種問屋に勤めて得た薬の知識をもとに開業する者もいたし、とっぽいやつは、聞きかじりの理論を取り混ぜて開業することも。 化けの皮ははがれる! 藪医者という噂はあっという間に広がる。自然淘汰され、廃業へと追い込まれる。rrr さらに本格的なことを学ぼうとする人たちは、医学専門の私塾へ進んだ。束脩(そくしゅう入門料)は、平均一両と高かったが、上を目指す若者は大勢いた。 さてと、長くなるからまとめの感想を、と。 本音はね、資格試験など撤廃しようか、と大胆不敵な心。荒唐無稽な発想。 つまり、言いたいのは、資格があってもmmm患者の心が読めない、生き物の気持ちが分からない、という輩(やから)が混じりこんでいる現状を変えることにきっかけにならないか、ということ。 法律を丸暗記しただけの一部の弁護士・検事、職業に慣れ過ぎて鈍感になったルーティンワーク政治家・お役人、などなど、などなど「廃業」させることはできないか。「一人残らず調べ上げる」「今年中に」って元気のよかった舛添えさんもすっかり役人になめられてしまって。どうせ数年数か月大臣だからな、と。 投与された薬で死者も出ているのに、早く告知されれば治癒もか可能だったのに、いくら訴えても、「諸般の情勢を鑑みて」などと言っている福田さん、を始め、なんだか生き物を見ていない人たちばっかり増殖してるよなあ。 混乱と崩壊の中で 【GTG-O-C14】【古本】北朝鮮崩壊/鄭乙炳【古本】合衆国崩壊 2/トム・クランシー
2007.12.11
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「寒くなかった」と女性は語っている。 湯たんぽ犬!!?? よかったねえ。ありがたいねえ。 いのちだよ、いのち。 氷点下の夜、茨城県ひたちなか市の空き地で、行方不明になっていた認知症の女性(73)にぴったりと寄り添い、体を温めながら一夜を過ごした老犬。最初に女性を発見した人が預かっていたが、8日、飼い主が名乗り出て、無事戻った。 犬を預かっていた第一発見者は「飼い主が現れて複雑な思い」と語っている。 飼い主も78歳の女性とあって、保護していたひたちなか西署は「おばあちゃん思いの優しい犬だからこそのお手柄」としている。 お手柄犬の名は、白と黒のまだら模様から「ウシ」と名付けられていた。 発見当時、首輪はつけていたが鑑札がなかったため、条例上は「野良犬」。8日になって「新聞報道を見た」と飼い主が名乗りを上げた。ウシは5日午後から姿が見えなくなっていた。 同署によると、ウシは6日午後1時ごろ、ひたちなか市の空き地で、認知症の女性と一緒にいるところを発見された。この女性は5日午前7時半すぎ、約5キロ離れた同県東海村の自宅から行方不明になっていた。 女性とウシが一夜を明かした6日未明は、ひたちなか市に隣接する水戸市内では、マイナス2・2度を記録するなどこの冬一番の冷え込み。 女性は薄手のセーターにジャンパーの軽装だったが、ウシがぴったりと寄り添っていたため、「全然寒くなかった」と話していた。同署も「ウシが毛布代わりになってくれていなかったら、女性は凍死した恐れもあった」。 野良犬は拾得物扱いとなるため、飼い主が見つからなければ、薬殺処分される可能性もあったが、同署は「お手柄犬を死なせるのはかわいそう」と保護していた。 上のような記事が寒さに凍える世間の目を引いた。 人と犬の出会いなどを考えると、想像は無限に広がる。 犬はなぜそこに来たのか。 女性は日頃から生き物に関心をもっていたのか。
2007.12.10
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久しぶりの繁華街だった。 もちろん、新宿の駅から目的地までタクシーに乗ったことはあった。新宿の駅を通過したことはあった。 だが、日曜日、人ごみにもまれながらさまよったのは、実に久しぶりだった。 厚生年金会館近くも歩いた。かつての店は見つからなかった。別の路地を歩いた。秋山駿や柄谷行人たちと議論した店は見つからなかった。墓地の近くを探した。芸大学長、平山郁夫とカウンターに並んだ店。見つからなかった。 寒かった。飲み仲間の顔を思い浮かべながら寒さを感じ、堪えた。みな、どこで何をしているのだろう。 寒風のまっただ中に、独り自分がいた。 こちらが飲み歩き議論し恋をし喧嘩をしていたその前にも、浦島太郎が何人もいて、こちらと同じようなことを感じ、考えて歩いていたであろう繁華街の道、道、道。 ゴールデン街を歩いた。毎晩のようにそこここにいた自分。 小さな小さな芝居小屋に飛び込んだ。大音声の80分芝居を見た。 こちらがさまよっている頃も、アンダーグラウンド芝居があちこちで客を集めていた。 花園神社を横切る。ああ、思い出す女人たち。一の酉二の酉。 昨夜の喧噪・疲労から解放されてみれば、心は蘇軾の詩の世界のようだ。 春夜 蘇軾 春宵一刻直千金 春宵一刻(註1) 値(あたい)千金 花有清香月有陰 花に清香有り 月に陰(註2)有り 歌管樓臺聲寂寂 歌管(かかん)の楼台 声細細 鞦韆院落夜沈沈 鞦韆(註3)院落(いんらく) 夜沈沈(ちんちん) (註1)一刻 一時間を四刻にきざんだので今の15分。ほんのひととき (註2)陰(かげ) 元々は暗い部分。ここでは普段より暗い月。くもり空。 (註3)鞦韆(しゅうせん) ぶらんこ。 春の宵はまあ、匂いも気配ももったいないくらいに辺りにこもっていて 花はみずみずしい香を放ち、月は恥ずかしげな顔を半分隠している 歌や楽器でにぎやかだった店も屋台も、今はひっそりと静まりかえり しんしんとふけてゆく公園に、あれ、人も乗っていないブランコが揺れている (平成青色吐息訳)
2007.12.10
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日本有数の繁華街、新宿。しかも日曜日。 人にぶつかる、歩みの速度が合わない、写真展をやっている店が見つからない、風は冷たい…、目印の建物もなくなっている…。 乙姫様のおもてなしを受けていたわけでもなく、鯛やヒラメのマイ踊りに目がくらんでいたわけではないのに、久しぶりの新宿は、まるで知らない街のようだった。 ゴールデン街を回ってみる。 知っている名前の店が数件。 一軒は酒場ではなくて喫茶店になっていた。昔囲んだカウンターには数人の若い女性が座っていた。「はあ、前のオーナーは体を壊して、受け継ぎました」と新しい店主。 疲れた疲れた疲れた。 またあとで報告を。、
2007.12.09
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火宅でも家は家。やはりほっとできる。 一日、仲間と語り、仲間と歌い、そして家路につく。 ああ、まだ生きている。 公園のメタセコイアの木の下を歩きながら、なぜか、ありがとう、と。 オリオン座が頭上に。 また、ありがとう、と。 少年時代から、家路に就くころ、オリオン座が頭の上にあった。 全国のみなさん、ワシが住んでいるこのあたりは、まだ星がよく見えるのですぞ。 疲れた一日の汚れが少し消えるような気がする。 友よ、また語らむ。 仲間よ友人よ、恋人よ、教え子よ、心安らかに。 松浦会の海賊仲間よ、また近いうちに。 バイク王よ、また近いうちに。
2007.12.07
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また恥ずかしい。「ノバ内」と先のメールにあるのは「このサイトで」と読んでください、な。 もうもうもう。 訂正の利かない弟の人生。 終幕。 一巻の終わり。 わたしは生き残る。 雲を眺めて。小川を見つめて。 涙そうそうを歌って。 みちのくひとりたびを口ずさんで。 お湯割り焼酎二合飲んで。 友と笑って。語って。 クリームあんみつを口に運んで。 赤ペンをダースで買って。 友よ、風邪ひくな。 腹下すな。 ハイヒールの音に縮むな。ととと。 鼻毛抜くな。なななな。 種付け専門の獣医、と呼んでくれ。たたたた。 休業するときも掲示を出すな。うもうもうも。 香車の端をかじるな。かかか。 猫の爪にやられるな。ににに。 マイクの近くに口を付け過ぎるヤツに文句を言うな。くくく。 歌、それぞれ。 人、それぞれ。 歩み、それぞれ。 ひとり。 好きになった人。ほほほほほ。 今日は外人墓地へ行く。
2007.12.05
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ほかのページでは早くなった。「internet explorerではこのページを表示できません」も出なかった。 さて、恐る恐る書き試し。 月曜日の夜中、三時間近くもプロバイダーと通話。 その途中で、「電話、こちらからおかけします」と申し出てくれる。 火曜日午前十時ころ、プロバイダーの別の係りからテル。「待機中と出て、必要なページが表示されるまで遅すぎる」というこちらの要望、対処法についてNTTと打ち合わせた、と。 ほかのサイトでは問題はなかった。 これからは、ノバ内で入力・登録できるか。 弟が死んだ。 遺言によって葬儀なし。 簡単なお別れ。花で包んで送る。「あたしもすぐ行くからね」と母が泣いた。 母が泣いた。 妹が泣いた。 会社の友人が声をあげて泣いた。 別れた細君も来ていた。 弟は骨になった。 白い手袋の係りが「骨盤です」「喉仏です」「脊椎です」「膝の関節です」「かかとです」 長男が埋葬証明書の入った骨箱を抱えて参列者に挨拶した。 声がつまった。 友人がまた号泣した。母が泣いた。妹が泣いた。誰かが泣いた。 弟は骨になった。 鼻をかみに外へ出た。冷たい風が吹いていた。
2007.12.05
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