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テレビをラジオで聞いていたら(しかもパソコンに向かいながら)「女性の平均身長」を158センチと表現していた。 で、そのくらいの身長の女性がとても男性から求められる、とか。出演者の男性の一人が「ぼくもそうです」と感想を述べていた。 ひえっつ、ひえっつ、ひえっつ。なんだか取って付けたような軽いご感想。 女性を好きになる時、いちいち「あなたは何センチ?」って聞いてから付き合うのかなあ。 なんだか変な話だった。でも、なんとなく面白かった。 江戸時代の女性の身長は、140センチ台だったらしい。 生活環境やストレスなど、そして何よりも、肉を食べなかったからなどで背が伸びなかった、とか。 どこまで伸びるのか、女性の身長は、ということに関して専門家のコメントがあり、そのあと、「内面から自分を輝かせている」という出演者の女性(24歳)のさまざまな体験(読書やらエクササイズやら映画鑑賞)などが語られた。 心を磨くために、きれいななもの、感動したことなどを日記に書き留めている、という話もあった。 「女を忘れると、髭が伸びる」と別の女性が言った。「観葉植物も褒めてやらないと枯れてしまった」とも。「女性はもっと輝くようになりますよ」というメッセージがあった。うーん、うーん。 そうあってほしい、そうなってほしい。 腰なども痛めないように暮らしながら。 もちろん、女性だけの問題ではないのだが。精神と肉体。知恵と観察。記録と思考。 寒いです。雨です。深夜です。ひとりであります。 人間にはたくさんの土地が必要か(トルストイ民話集2)
2008.01.27
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83歳の神父を相手にあまり本気になれないのも事実。 博士号を三つ持ってらっしゃる。そのことは条件付きで尊重しよう。 だが、娘と北の政所の話だけを聞いて「お父さん、暴力はいけません」などと言われたくない。聖職者は、両方の耳を使うのが任務でありましょう。 ひかれ者の小唄、とバカにされても、ひかれ者にはひかれ者の言い分があり、悪人には悪人の言い分がある。 好きでもないのに、やたらつながるのは、もともと雄と雌がやってきたこと。 エデンの園を追放されたのはなぜか。 アダムとイブが「好きだ」と言ったからカミは怒った。そんなことにこだわって縛られて制約されたら、人類が繁栄しない、繁栄しないと、税金がとれない、…。 そしてワシは神父に申しあげる。 はしかのようなセックスをしたそのツケを払っている、それはオスのせいだけであるのか、と。気持ちが切れてしまっているのに、まだメスは「愛」を誓わせようとしている、のか、のだ、と。アーイあいアーイ。 神父に申し上げてくる。大好きな日本に骨を埋めようとしているバルセロナ人に。「日本語はいつから『愛』という言葉を受け入れたとお思いですか」と。 愛、と遺憾、がダメな日本語の代表。棒読みしている政治屋たち。日本語を知らない代表。 民はもっとビビッドでクレバーなのである。 官よ、外面だけの言葉を乱発するのをやめてくれ。「危険物を発見したら、お近くの係員に…」と放送してるけど、走ってる電車のどこに「お近くの係員」がいるのですか。「エスカレータの手すりに必ずおつかまりください」……って、どのくらいの数で利用者がつかまっているか、現場調査を一度でもしたことがおあり? いざ問題が起きた時の言い逃れを用意しているだけじゃないか。「こちらはきちんと案内を申し上げております」と。 バスの性能は良くなっていて、ローステップなど工夫してくださっているが、運転手のウデが悪くて、三歩も歩かなければ歩道に辿りつけない。 言葉のいのちを軽く見ているから、言葉がどんどん輝きを失う。 相手のことを本気で思っていない忙しい資本主義社会にもまれているコトバたちの嘆き。 お詫びふうの言葉だけを殊勝ふうに使って頭下げて謝ってみせるトップたち。言葉のいのちが泣いている。
2008.01.25
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では、女の言葉の暴力はなんとする!??
2008.01.25
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神父から電話が入った。「いいお手紙でした。字もいいし。ありがとう」やった、と思った。 便せん5枚にびっしりとお詫びを書いた。長い間、本を借りていた。洗礼名を授かった娘を通して怒りの催促を受けた。娘の翻訳が混じっていたのかもしれないが、相当な怒りに思えた。 それが嘘のような愛想のいい電話だった。 30日の午後3時30分に会うことになった。というのは、返却する本に重ねてわたしの「小説入門」の本を入れた。それが、こともあろうに、重版に備えて赤字を入れていた訂正用の本だった! 送り返していただくのは恐縮だから、受け取りに行く、新しい本を持って、ということになった、というわけで、生身の神父に会うことになった。25年生まれ。昭和25年に25歳で日本にやってきた。 結局は縁で結ばれていたのだ。電話で前に話したことがあるのだが、それだけでは済まなかった、という因縁を感じる。そのことも話してみようと思うが、もとより、日本語ぺらぺらのスペイン人の神父、「因縁」くらいは百も承知だろう。 「結界」についても喋ってみようか。そこへ踏み込むのを許される者と許されない者。 イエズス会の敷地へ入り込む我、30日、3時半。 生徒さんに伝えるキーワードに「恋文 詫び状 借用書(証)」がある。今回もまたそれを実践した、という少しの満足がある。 杉江みどりさんと因縁浅からぬ猫。「ねこ」の切り絵シリーズ。「白ねこ」「黒ねこ」の手ぬぐい2本セットです。切り絵 手ぬぐい きりえ「ねこ」手ぬぐい 2本セット 私説・因縁 仏教いわく・因縁・故事来歴辞典
2008.01.24
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神父から電話が入った。「いいお手紙でした。字もいいし。ありがとう」やった、と思った。 便せん5枚にびっしりとお詫びを書いた。長い間、本を借りていた。洗礼名を授かった娘を通して怒りの催促を受けた。娘の翻訳が混じっていたのかもしれないが、相当な怒りに思えた。 それが嘘のような愛想のいい電話だった。 30日の午後3時30分に会うことになった。というのは、返却する本に重ねてわたしの「小説入門」の本を入れた。それが、こともあろうに、重版に備えて赤字を入れていた訂正用の本だった! 送り返していただくのは恐縮だから、受け取りに行く、新しい本を持って、ということになった、というわけで、生身の神父に会うことになった。25年生まれ。昭和25年に25歳で日本にやってきた。 結局は縁で結ばれていたのだ。電話で前に話したことがあるのだが、それだけでは済まなかった、という因縁を感じる。そのことも話してみようと思うが、もとより、日本語ぺらぺらのスペイン人の神父、「因縁」くらいは百も承知だろう。 「結界」についても喋ってみようか。そこへ踏み込むのを許される者と許されない者。 イエズス会の敷地へ入り込む我、30日、3時半。 添削寺子屋亭主として、生徒さんに伝える(教える、という言葉は使わない)キーワードに「恋文 詫び状 借用書(証)」がある。今回もまたそれを実践した、という少しの満足がある。 因縁ご縁で「幸せ開運」 前生霊と先祖因縁 杉江みどりさんと因縁浅からぬ猫。「ねこ」の切り絵シリーズ。「白ねこ」「黒ねこ」の手ぬぐい2本セットです。切り絵 手ぬぐい きりえ「ねこ」手ぬぐい 2本セット
2008.01.24
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イカが皿の上でまだ踊っている! 生きのいい刺身が出たが、自分には身が固すぎて食べられなかった。じっくり噛み続けたが、妥協してあるところで飲み込んだ。丈夫な歯なら、さぞかし美味しいものだったのだろうなあ、と残念。 魚の新鮮なお店。 昨夜は会計士を中心とする会に久しぶりに出席した。 それぞれが一芸に秀でている人たちに会うのは、こちらも元気をもらえる。 さまざまな職域の仲間たち。NN会。会員の雰囲気はぴったり合っている。大声で騒ぐ者もいないし、自慢ばかりする者もいない。みな何かを成し遂げそうな面構え。 もう一度繰り返すが、いい会、いい仲間。こちらだけが少しばかり門外漢、か。 座敷だから、あまり移動して多くの仲間と話せないのが残念。 ★ヘンテコおもちゃが登場です!投げてつぶれる、元に戻る楽しいボール★仲間が増えましたテレビや口コミではなまる人気急上昇中!形状記憶ボールぐにゃっとボール★スライムボール03-GNB001※こちらの商品はメール便発送承れません。 プーさんと仲間たち 赤鉛筆2本入り (三菱鉛筆) 洗面台の仲間たち
2008.01.23
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editaというサイトが面白い。 そのサイトでは、何かを特に書き込むわけではなく、いつもの通り自分のブログを投稿していれば、あーら、不思議、editaにリンクされて、いい仲間の目のとまる、というすぐれもの。 そこで「2007年に買った物自慢」という課題が出た。 ある! とすぐに参加を表明。内心、自慢したくてウズウズしていたところだった。 それは― 12月の寒い日曜日だった。錦糸町エッセイ・小説教室の同人の女性が写真展を開いていてその最終日だった。少し億劫だったが勇気をふるって出かけた。婿さんのお誕生日会の小パーティがあることをすっかり忘れて。 寒かった。Yさんは「群衆の中の一人…いのち」というようなテーマで、上海での写真を混ぜたりしてさまざまな角度から街の中の「自分」を追求していた。 ちょっと時間をかけて鑑賞し作品について語り合った後、鼻水をすすり背中を丸めて駅へ向かった。が、新宿ゴールデン街へ顔を出してみたくなった。その方向を見つめながら自動販売機で熱いコーヒーを買って飲んだ。何かが始まる儀式のようだった。 毎晩のように顔を出して騒いだ、議論した、恋をした。ヤバい喧嘩もした。…いろいろな思い出がぎっしりと詰まっている所。昔の名前のままの店も数軒あったが、日曜日のこと、閉まっているか、開いていても代が変わっていた。ゆっくりと路地から路地を歩いた。誰かに呼ばれるような、背中を引っ張られるような、両腕を握られるような気持でうろついた。 花園神社を抜けて靖国通りへ出ようとした。参道の入り口の石灯籠に人がつかまっていた。 いや、つるされたマントだった。露天商の中年の男性が店じまいをしていた。そのマントだけがまだ片づけられていなかったのだ。 引き付けられた。指で触ってみた、何か声が聞こえるようだった。値段を見た。「最後だからお安くしときますよ」…背後から聞こえた。「着てみませんか」 それがわたしの冬の制服になった。中身は和服ではないが、なかなかもって評判がいい。浦安の生徒さんからほしい欲しいと迫られて、まっこと困った。 インバネス。トンビ、二重回しともいう。袖がなく、その代りにケープがついていて、両手を広げると何か不思議な形が現れる。大きな鳥のようにも見えるから「トンビ」の名がついたのだろう。 インバネスは、スコットランド北東に位置するハイランド州の州都。シェークスピア悲劇の中の主人公マクベスがダンカン王を殺害した、とされる城がある。そこで着用されていたものが広まってマントの代名詞になった。日本では幕末から明治初年にかけて輸入され、和装用外套として流行した。 まだイメージがつかめない若い世代へ蛇足を加えれば… 婚約者の鴫沢(しぎさわ)宮が金持ちの男の元へ去った。間(はざま)貫一は高利貸となって見返してやろうと心に誓う(『金色夜叉』尾崎紅葉作)。脚色されて、新派の当たり狂言となった。別れのシーンで貫一が啖呵を切って宮を蹴っ飛ばす。「来年の今月今夜のこの月をおれの涙で曇らせてみせる」。 そのとき着ていたのが、旧制高校生も愛用していたこのマント。ただし、成年が着用したものと同じなのか違うのか、先輩の誰に訊いても、今のところ不明。 あ、昔の小説、芝居の話なんかを持ち出してさらにわからなくなった? 少し重たいが、大いに気に入っている。これは自慢の持ち物である。着ると、何か力が湧いてくるよな気にもなれる。いろいろな着想が与えられるような気にもなる。ちょっと人目を引きすぎるのが、少々の悩みごと。 この姿をご覧になって冷やかしたい全国のみなさん、こちらはまた新宿へ出かけて、そろりそろりと歩きまわっていますぞ。 あ、申し遅れました。インバネス、印旛…わたしの住む近くには、あまりきれいではないが万葉の時代から歌に詠まれている印旛沼があるのであります。 p://community.edita.jp/campaign/otoshidama_08/
2008.01.21
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ぎりぎりと力をこめて<ギアチェンジ>をして、自分の「書く世界」に入ろうとするのだが、なかなかむつかしい。年々、困難になっていく。 5つの教室で、提出作品に朱を入れてウン十年。 相変わらず、単純なミスを残したままの原稿が多い。朱など入れずにすっと小説世界に引き込まれたいのだが、どうしても赤ペンを使わなくてはならない場面に引きずり込まれてしまう。 でもね、相対的には、みんな腕を上げているのがわかるから、それでこころがやっと静かになることもある。 読後感、これでしょうね、勝負は。そのために、もっとも克服したいのは「改行一字下げ」をしっかり身につけること、これですね。それと、句読点をしっかり使い分けること、誤植脱字を残さないこと(「確率と確立」、「以外と意外」などの誤用が非常に多い)、書こうとしているシーンでは「イメージの集中」を忘れないこと。 つまり、書きたいこと(描写)が飛び飛びになっていると、AのことなのかBのことなのか読みにくくて、読者はついていけなくなってしまう、考え込んでしまう、先を読みたくなくなってしまう…。 そして、終りのほうに作者の「くくり」「まとめ」みたいな文章を付け加えないように。 読者に預ける、というか、作者の感慨・感想を安っぽくさらさない、ということを腕に叩き込もう。 題材がよくても文章がダメでは作者の言いたいことをきちんと受取ってもらえない。文章文章。 長くなるのでこの辺で筆を擱こうと思うが、一言だけつけ足せば、ただ「いい文章」「うまい文章」を読者は求めているわけではない。はい。 ブログやメールの世界では、「行く」の意味なのに「逝く」の漢字を使っているのが目に留まる。恰好がいいとでも思っているのだろうか。 ごく最近見た「奇妙な文章」でみなさんのお眼を汚したい。 今回はモニターの方々にもあまりやすい値段では打って欲しくないと 言われているので29800円で販売いたします。 高いですか? では、わかりました。 ここであなたの汚わいでお会いできたのもなにかの縁ですし今回は特別、先着30名様に限り・・・・ お金を使わないので損の使用がありません。 さらに、選べるコンテンツの種類も、「テキスト」、「画像」、「動画」、「ニュース」、 はてには「楽天やAmazonの商品情報」などなど、まさに多種多様。 ケアレスミステークと見過ごせばいい? うーん、うーん。
2008.01.20
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1月17日、初雪。阪神淡路大震災から13年。心の傷がまだ癒えない多くの人たち。長崎では人口雨の実験。東大では、宇宙から紙飛行機が帰還するかの実験。 前のメールで「続く」と書いた。オペラの世界の「声と色」の段階をこころのレベルに置き換えられるか、などと提示したまま、書けなくなってしまった。パソコンの画面から血の匂いが流れてきて頭が痛くなってしまった。そのまま、ずっと考えていた。 こちらはまだ生きている。出歩ける。仕事もある。人と接触できる。恋もある。いのち。 カナダでは、昨年からアザラシ猟が再開された。これには政府から助成金が出るという。漁師が猟師になって、まだろくに歩けもせず人間の恐ろしさを知らぬ赤ちゃんアザラシを300頭以上も撲殺。まるでスイカを叩き割るように。毛皮のため。毛皮を剥がれた肉は海に捨てられたり放置される。 このときは撮影されているのを知ってか、自分たちの船に皮を剥がれた赤ちゃんアザラシの肉を詰め込んだという。 撮影したのは、国際動物福祉基金(IFAW)、および米国人道協会(HSUS)。そのビデオからの血の匂いが今もする。 もう一つの協会がある。シーシェパード保護協会。 ハリウッドの俳優がシーシェパード保護協会のウエブでアザラシ猟反対の演説をしていたが、この協会の会員が二名、日本の観察捕鯨船に乗り込んだ。オーストラリア政府は、二人を拘束した日本側の対応の仕方を「テロ行為」みたいに伝えている。 さらに恐ろしいニューズがあった。増えすぎたカンガルー。その「対策」としてオーストラリア政府が「人道的な赤ちゃんカンガルーの殺し方」を公表している。「両足を持って車のトランクにぶつけて殺せ」。「それで間に合わなければ棒で」。 あのままずっと頭が痛い。鼻が痛い。雪原の上に流れた赤ちゃんアザラシの血。肉。その数日前までは、観光船に乗っって「楽園」を訪れた善男善女が、可愛いーと歓声を上げていた同じ海、雪。 過去50年で最大規模の海洋哺乳動物の殺戮。アザラシ猟を報道すると知って、地元では油もガソリンも売ろうとしなかったらしい。 クジラは増えているのか増えすぎているのか。奈良の鹿は、エゾ鹿は…。 いのち。いのち。
2008.01.17
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太陽がなくて寒かった日のあとの太陽がことさらにうれしく、ありがたい。 自分も太陽でありたい。今日も教室に出かけて、みなに光を注いできたい。 全国のみなさんも、それぞれの立場で太陽に!!! ヴェネツィアから帰国している娘が長い休暇を楽しんでいる。年末には第九のソプラノで地元の舞台に立ち、5日にはリサイタルでアリアを6曲ばかりご披露した。 ついに長崎に行きたくなった、という。4~5のうちに出かけるようだ。プッチーニを持ち歌にしている彼女としては遅きに失した、というところか。 グラバー邸前で『蝶々夫人』の一部を歌ってくる、つもり、のようだ。 歌いなさい、歌いたい人は そして、書きたい人は書きなさい 紙上添削寺子屋亭主の小生は、生徒さんの原稿に朱を入れる時「色気がない」とよく批評する。 歌の世界にもあった! ソプラノの声の高さと色 1 コロラトゥーラ 2 レッジェーロ 3 リリコレッジェーロ 4 リリコ 5 リリコスピント 6 リリコドラマティコ 7 ドラマティコ 一生、1の段階のままで終わってしまう人も多い。 全段階の声を出せたのは、唯一、マリア・カラスだけだといわれる。 娘は4か5のレベルらしい、まだ。 長い道。深い芸。 かのパバロッティでさえ、4から6くらいのレベルであるという。『蝶々夫人』を歌うには4か5、『フィガロの結婚』は3か4で、モーツアルトは歌い手の声に気遣っていた? 文章の世界で例えたら、どのような図式ができるだろう? 谷崎は? 三島は? 川端は? 村上春樹は? 村上龍は? 丸山健二は? 井上ひさしは? 吉行淳之介は? 無理ですね。小説の道は1やら5やらで片付けられる世界ではない。それに、これは添削寺子屋亭主の役目ではない。興味はない。新人の作品をこのような段階で採点しようとする試みもあったが、無謀であったろう。 では、心の世界に導入してみたら? 政治家の心…、官僚の心…、裁判官の心………。 なによりも、ニンゲンのココロ。 足もとに寄ってくるオットセイの赤ちゃんを打ち殺すヤツの心とは、いったいどんな材料で作られているのだ!!(続く)。
2008.01.11
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あるサイトで文章を作って送信しようとしていた。 が、妙に敏感で、いや、鈍感というべきか、非常におかしな変換を行ってしまう場面に出会った。 日本語の構造を機械にきちんと教えてないのでは、と思った。 いや、この道のプロが大勢いて、そのスタッフたちがこの世界でしのぎを削っているのだ、第3、第4のビル・ゲイツを夢見ているのだ、そんなバカなことは起きないだろうと自分を宥めたのだが、次にそのときの「名(迷)変換」をお見せしよう。 飛来手辛(開いてから、と打ち込もうとして)。 肝板志摩す(気もいたします)。 内容なガ憶野出菅得(傑作すぎて、何を書こうとしてこうなったのか、思い出せ ない!) すバラ示威(素晴らしい、と打ち込もうとして)。 これ、創作ではありませんぞ。そうそう、「起きない」と入れようとしたら「沖内」みたいな変換もあった。 ウソではありませんよ。 虚構ではありませんぜ。 フィクションではありゃしません。 ホラではござんせんわよ。 horror ですわ。 特徴は「が」を書こうとするとほとんど「ガ」となって出ることだった。 日本語を学び始めたばかりの外国人が作ったソフト? これだけを集めて小説を作れば、ある意味ではこれまでにないような日本文学史上最初で最後の快作(怪作)が生まれるかもしれない。 最後、というのは、それを真似る者が出てきたら、日本語はお化け屋敷の団地になってしまうから。今でも、少々、陽の当たらない、カビだらけの長屋みたいなところに押し込められてしまったようなわれらの国語、なのであるから。 最近のブログや「儲かります」商材でよく見かけるのは、「行く」の意味に「逝く」を使っている人の多いこと。 禁止事項。 これをヒントにして小説を書いて儲けたお方は、ておくれ9753に9割の謝礼を届けること。
2008.01.09
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その破断、おかしい、と国民の多くは思ったのではないだろうか。 懲役7年6カ月。「危険運転致死傷罪」を適用されなかった。 三人の幼児が死んでいるというのに。 法令や条例よりもいのち、ということを考えてほしい、と思うのは私だけだろうか。
2008.01.08
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地上から人が消える。 三年前に会った人―そうか、亡くなったか。 三日前に会った人―まさか、あんなに元気だった人が。 そして、人は慣れる。 血がつながっていて相手に名があれば、しばらくの悲しみにしてもそれは深く、血もつながっていなくて名も知らなければ、すぐ近くで触れ合ったとしても、悲しみの時間は少ない。 あるいはまた、離れている間に生まれる「不在感」とはなんだろう。会わない間の時間の延長。死とは? 一刻一刻の命? 一瞬一瞬のいのち? 相手もこちらも。 ただし、その倒れ方にもよる。 蛇が車にひかれて死んだ―ああ、そうか。トカゲが死んだ―ああ、そう。ヤギのプチが死んだ―、ああ、あんなにひとに懐いていたのに。芸も色々やってみせてくれて、さみしがり屋で素直で可愛いやつだったのに。死んだ、死んでしまった。色々な思い出をありがとう。お前のようなヤギにはもう会えないよな。お尻をたたいたりしてごめんな。野に生えている草も美味しいものもいっぱいあげられなくてごんよ。めそめそ、ぐずぐず、ずるずる、くちゃくちゃ。 同じペットにしても、体の大小が人の感情を支配する。小鳥や小動物の死には、何時間何日の嘆きに襲われるだろう。仔馬や大型犬の場合は? おびただしく存在する死、のはずなのに、野生の小動物の死骸はあまり見られない。 仲間がそっと片づけてしまうのだろうか。 夫を亡くしたご婦人の悲しみの深さと長さは? そして、人は、慣れ、る。今日も生きている。 「過去とは異国である。そこでは、人々の生き方がまるで違う」(『恋』 L・P・ハートレイ) 人とペット。女と男。 抱えている時間と過ぎ去った時間。 だから、「現在」を共有する相手がいることは「異国」にいるのではない。「現世」にしっかりと立っている。二人で「異国」に行くことがあるとしても、「過去」の国では、もちろん、ない。「現世」という「下界」に下りるだけだ。 西の方に富士山がかすんで見えた。大手電気量販店の駐車場で携帯のカメラを構えた。シャッターを切った。一枚二枚。寒い日曜日の午後五時前。 ちょっと店の方を振り返ってもう一度見たら、山の姿はどこにもなかった。 ほんのコンマ何秒のこと。 地球は動いている。 高橋真梨子高橋真梨子『とまどい小夜曲(セレナーデ)』
2008.01.07
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うーん、「お互いの関係を法的に有効にするするための」ケッコン!? 「結婚は真に二人を分かつまでのものであるべき」…うーむ、ふーむ。 国家は困るだろうな。税金も取れないし戸籍もはっきりしなし。 ここに阿部定の例の行動を解明する色々な手がかりがありそうだ。 女と男の心の動きを手繰りよせる秘密がありそうだ。 なぜ相手のアレを切り取ったか。「いとしい男を独占するために」とどの本も書いている。それもあるだろう。 が、しかし、平成青色吐息は、もっと別の角度からの仮説を立てている。「聞かしてくれ」? Kになら言ってもいいかな。「ダメだよ、オオヤケの場で言ったら」なんて口止めされるかもしれない。では、Kにも言うのはやめておこう。 全国の女よ男よ、いい相棒といい話をしよう。地球の命運も不透明だし社会組織・制度はグラグラだし。
2008.01.05
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速度は遅いし、「登録」を押しても「internet explorerではこのページを表示できません」と、例の恐怖のメッセージが出るし、「システムエラー」なんてメッセージまで出るし。まあ、皆さんに近づけなくて大変だった。 そのうち、ローマ字入力までできなくなってしまい、ほとほと困った。 時間の経つのが遅く感じられるこの数日だった。速い、と思うことが多いのに。 会うべき人に会っていないからだ、と思った。会ったばかりのKとQ。 Kにもらった『百年の孤独』に菜の花蜂蜜を少々たらして生で飲みながらKのこと、いや、Qのことを考えていた。 Kからは、歌舞伎のことから一般の芸能のことまで色々と教えられた。その語り口がいい。会話というのではないし独り言でもない。少し軽い声調による蘊蓄は聞いていて飽きない。 こちらをふんわりと包んでしまう。決して押し付けがましくはない。表情には、いつも照れたような笑いが浮かんでいる。声にも笑いが。 その軽快な知性を文字では表せないもどかしさ!! その脇には、いつもそっとQがいる! 萩か桔梗のような雰囲気で。時には、紫式部、吾木香の花。 あの二人は一つの芸だ、美だ。 羨ましかった、チクショウとさえ呟きたいくらいだった。 結婚はしないだろう。いったい、「結婚」とは何か。 そんな平成青色吐息の目に興味あるニューズが眼に入った。「恋愛が必ずしも結婚を意味するとは限らない」。 [ニューヨーク 3日 ロイター] 米調査会社ゾグビーとAOL・パーソナルズが共同で行ったオンラインでの世論調査によると、米国人の10人に4人が、愛やコミットメントを証明するための結婚は必要ないと考えていることが分かった。 調査は、20─69歳の7113人を対象に実施。その結果、全体の44%が、お互いの関係を法的に有効にするための結婚の必要はないと答えた。20─29歳では、回答者の約半数が結婚は必要ないと感じていることも明らかになった。 また回答者の大多数が婚前の同居を希望すると答えているほか、結婚は真に「死が2人を分かつまで」のものであるべきと考えている人も多く、30代ではその比率が73%になっている。 ほとんどの独身の回答者は「信頼」が極めて重要であるとし、この傾向は20代の回答者で顕著にみられた(その2へ続く)。
2008.01.04
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久しぶりにQに会った。というより、Kがやって来たのだった。 こちらは庭で木々に培養土を盛っていた。どれにも声をかけたが、特に牡丹、芍薬の声援を送った。昨年はほとんど咲いてくれなかった。(「芍薬」と入れようとして「借家国」が出てきた。面白いから残しておこう)。「成田山に行って来た」赤い顔のKが言う。二重マントに身を包んでいる。微かなアルコールの匂い。黄色い地に梅と鶯の着物を着たQの顔もどことなく上気している。春の香り、とでも言ったらいいのだろうか。ゴボウ巻き、などという言葉を思い出しかけた自分に鞭打った。 そこはかとなく羨ましく思う気持ちは抑えきれなかった。チクショウとさえ思った。だが、劣情とともに、こうして仲のいい女と男を見ることはこちらまでいい気持になる。二人から漂い出てくるものが濃い。Kが差し出した浜松のウナギ、Qが差し出した菜の花の蜂蜜へ礼を言うのも忘れて、二人をちらと見てから目をつむってその気配に酔った。「ま、なんだな、そこらじゅう善男善女だらけと言ったところだな」「そりゃそうだろう。世間のシガラミを何もかも忘れて、自分、というものに集中しようと心がける節気の一つだろうから」「いやー、商店やお寺さんにとってはお金を落として行ってくれる素直な鴨ってもんだろう、カモ、カモンってな」「おお、さむ。が、相変わらずだな、今年も」「いやあ、おれは何も変わっていないさ、昨日の次の今日でしかない、新年だの旧年だのとどうでもいい」「まあな」「まあ、こんなときだな、おれは縄文人だった、渡来人だった、などという妄想に駆られるのは。おれの中にはどんな血が流れてるんだろう、おれの先祖は山賊だった、海族だった、などと思うんだな」 言いながらこちらの手を取っった。二重マントの中から出てきたのは『百年の孤独』だった。 切なくなった。思わずKを、いやQを抱きしめたくなった。だめだダメだダメだ、目の前に飛び出しているような自分の赤い心を歯をくいしばって抑え込んだ。古酒 くら ミニ 25度 250ml古酒新酒2005年 全国観光土産品審査会『厚生労働大臣賞受賞』しっとりまろやかな味わいの古酒ケーキ沖縄銘菓“古酒泡盛ケーキ”
2008.01.03
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九ちゃんやチルチル・ミチル、ピヨヨやバイちゃんは何を考えているのだろうか。もう別の年だ、まだ寒いなあ、電気毛布より湯たんぽの方が気持ちが休まる、なんて考えないよなあ。 年末だ新年だ、希望だ信念だ、ってこと、何も考えていないよね。 寒い、暑いなどという感覚は、もちろん、あるのだろうな。もう今年の一月一日も過ぎてしまった、なんてことも思わないだろうなあ。 ああ、時間時間。乾いた日、湿った日。 春秋も知らぬ常盤の山里は住む人さへや面変りせぬ(新古今 在原元方) 常盤木のいつも茂るところにいる人は、季節の移り変わりなんか何にも気にしないで、悠然と世の中眺めているのだろうなあ。気持もあまり変わらないだろうし表情もあまり一喜一憂しないで、いつも若々しいのだろう。株の上げ下げも関係ないし首相が変わったって関係ないし…。 でもねえ、それがいいか悪いかはまた別の問題だよなあ、もし。(平成青色吐息訳)。九ちゃんやチルチル・ミチル、ピヨヨやバイちゃんは何を考えているのだろうか。電気毛布より湯たんぽの方が気持ちが休まる、なんて考えないよなあ。 年末だ新年だ、希望だ信念だ、ってこと、何も考えていないよね。 寒い、暑いなどという感覚は、もちろん、あるのだろうな。もう今年の一月一日も過ぎてしまった、なんてことも思わないだろうなあ。 ああ、時間時間。早すぎる。やることは増え過ぎて。72時間丹念に炊き上げた北海道産十勝小豆の上品な甘さと風味岡山夢菓匠 敷島堂蒸しきんつば ふくのふく 1個つい朝食を抜いてしまう、忙しくて食事の時間がとれないそんな現代人にピッタリのバランス栄養食☆BALANCEUP(バランスアップ) ショコラ 6個入り
2008.01.02
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