山田維史の遊卵画廊

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May 24, 2006
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 私がかつて三島由紀夫氏におめにかかり署名を頂戴したことについては、以前、このブログで書いた。その署名も画像で掲載した。お目にかかったわけではないが、氏の姿はそれ以前に2度見かけている。その最初は1964年の5月のことで、きょうはその時のことをお話ししようと思っている。
 その前に、2度目に見かけた時のことを。
 私の記録によれば、それは1965年6月6日、日曜日、午後6時過ぎであった。場所は東京の日比谷公園野外音楽堂である。当時、東京大学にギリシア悲劇研究会というのがあった。戸張智雄教授等を中心に、古代ギリシア悲劇をじっくり研究し、その成果を1年に一度、実際にプロの俳優を招いて公開上演していた。それはすでに7年にわたって行なわれていた。『オイディプス王』『アンティゴネ』『プロメテウス』『アガムメノーン』などの大作が次々に上演されていたのである。このプロジェクトは国際学会でも高い評価をえていたばかりか、世界的にも希有な仕事として驚かれていた。
 1965年6月のその日は、同研究会の第8回目の公演がおこなわれる日だった。演目はアイスキュロスの『ペルサイ』。この戯曲について詳細は述べないが、ペルシャ戦争をテーマにした悲劇ということは言っておこう。神に等しい身であるペルシャの王クセルクセースは、自ら戦争責任をとる必要はないにもかかわらず、その責任をとろうとして重大な選択を迫られ、その挙句に悲劇的没落を迎えるのである。----1965年当時、ヴェトナム戦争は泥沼状態になっていた。『ペルサイ』上演の背景にそのような現実があったことは、演目選択の意図がどうであれ、見のがすことはできないであろう。そしてその観客席に三島由紀夫がいた。
 氏はちょうど40歳だったと思う。例のボディービルで鍛えあげた素肌に、黒のポロシャツを胸のボタンをはずして着ていた。半円形の観客席のほぼ中央に坐ったその姿は、ちょうど斜向かいの私の席からはよく見えたのである。この人の礼儀正しさは、氏をよく知る人誰もが語ることであるが、その時も、サッとやって来てサッと坐ったので、野外だったけれども気がつかない人も多かっただろう。東大関係者らしい人たちと言葉をかわしていたが、静かに観劇し、そしてまたサッと帰ってしまったのだった。

 さて、それは私が2度目に氏の姿を見かけたときのことだ。私はそのちょうど1年前にも、もっとまぢかで見かけている。1964年の5月といえば、私が大学に入学し、上京して1ヶ月しか経っていなかった。日生劇場で三島由紀夫氏が舞台稽古に立会っているのを、私はガランとした客席で、氏の後ろに坐ってその様子を見ていたのだ。劇団四季が三島氏の戯曲『喜びの琴』を上演するに先立つ舞台稽古だった。
 劇団四季に知己があるわけでもなく、まして三島氏を知っていたのでもない一般の大学生の私が、なぜそんなところに居たのか。私は後になって、その日のことは、傍観者にすぎなかったけれど、じつに稀有な経験をしたのだと思った。
 どこから得た情報だったか忘れてしまったが、『喜びの琴』の舞台稽古を時間を限って公開するというので、私は半信半疑だった。報道関係者へのサーヴィスかとも思ったが、私のところにある情報には、特にそういう断りもなかった。で、私は日生劇場へでかけたのだ。外からガラス越しに見える劇場ロビーは暗く、客の姿はなかった。しかし意を決して扉を開けてはいると、中に関係者らしい人がいた。私は、たぶん、舞台稽古をみせてくださいとでも言ったのだと思う。その人は2階への階段を示した。
 ステージの上には数人の男性俳優がいて、TVでおなじみの顔もあった。客席の最前列から5列目あたりに演出の浅利慶太氏や三島氏が陣取っていた。稽古はまだ始まっていなかったが、客席にはほとんど誰もいない状態で、私のほか数人が勝手な場所にポツリポツリと坐っていた。私はすこし不安になったが、そのうちに稽古が始まった。


 そんなわけで、『喜びの琴』の舞台稽古をみられるという情報は、まさに願ってもない朗報だったのである。

 ところで、三島のこの戯曲の上演にいたる経緯は、少し説明しておいたほうがよいかもしれない。

 1963年の1月。劇団文学座に分裂事件がもちあがった。劇団運営に関する意見の相違から、芥川比呂志、仲谷昇、岸田今日子ら29名が脱退を表明し、あらたに劇団雲を創立したのである。当時、三島由紀夫は一種の座付き作家のような立場で、文学座に深く関わっていた。彼はこの分裂事件に際して、文学座再建のために残留し、理事に就任した。そして半年後の6月、文学座は、安堂信也訳・三島由紀夫修辞・戌井市郎演出という布陣でヴィクトリアン・サルドゥ作『トスカ』を上演。ついで三島の書き下ろし戯曲を上演する予定だった。その書き下ろし戯曲が『喜びの琴』である。
 しかし、ここに三島にとって思わぬ出来事がおこった。文学座は劇団の決定として、『喜びの琴』の上演を拒否し、すでに発表してあった公演を中止することにしたのである。ここで『喜びの琴』の内容について述べる余裕はないが、要するに、政治的思想にからむ意見の決定的相違であった。
 三島は文学座と訣別した。氏につづいて作家・矢代静一、演出家・松浦竹夫、俳優・賀原夏子、中村伸郎等14名が脱退した。
 三島はすぐに朝日新聞紙上に文学座に対する公開質問状を発表した。しかし三島と文学座との関係は回復されることはなかった。
 翌1964年2月、三島はその戯曲『喜びの琴』を雑誌『文藝』に発表、つづいて戯曲集『喜びの琴、付・美濃子』を上梓した。そして日生劇場を本拠にする浅利慶太率いる劇団四季が、5月に同劇場で『喜びの琴』を上演すると発表した。

 以上が、当時マスコミが「喜びの琴事件」と報じたことの顛末である。私が見た舞台稽古は、まさにその初日を数日後に控えてのものだった。
 浅利慶太氏の隣に坐った三島氏は、薄いブルーがかったグレーの仕立ての良いスーツに身を固めていた。それは稽古場に着て来たというより、報道関係者や見物客を見越しての服装のように私には思えた。しかし、氏にとっては案に相違してと思われたのであるまいか、客席には誰もいなかったのだ。学生の私のほかには。
 稽古が付けられたのは、警察署内のシーンだった。刑事役の俳優たちが三々五々ステージに立ったり、椅子に腰掛けていた。浅利氏の開始の声がかけられると、俳優達は一斉にタバコを取出して火をつけた。舞台空間が煙で真っ白になった。「何やってんだ!」浅利氏が怒鳴った。「なんで全員が一斉にタバコを吸うんだ! 手持ちぶさたのはずはないんだ、良く考えろ!」
 三島氏はほとんど無言で見ていた。が、やがて浅利氏と何かことばを交し、それから立ち上がるとステージに背をむけ、私の坐っている横を通って場内から出て行った。

 私は、『喜びの琴』の本公演をみたのか? いや、見なかった。この舞台稽古を見ていて、まあ、さほど熱をいれて観に行くほどの戯曲でもない、と判断したからであった。文学座の上演中止の決定は、本当に政治思想の問題に起因することだったのかしら。





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Last updated  May 24, 2006 11:46:10 AM
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AZURE702 @ Re[1]:山田維史の「蝶」が出てくる作品(07/03) shiwashiwa1978さんへ  拙作をご覧くださ…
shiwashiwa1978@ Re:山田維史の「蝶」が出てくる作品(07/03) 素敵です。 作品集は無いのでしょうか。
AZURE702 @ Re:「比叡おろし」(汚れちっまた悲しみに)(08/21) 三角野郎(絵本「マンマルさん」)さんへ …
三角野郎(絵本「マンマルさん」)@ 「比叡おろし」(汚れちっまた悲しみに) ≪…【ヴィークル】…≫の用語が、[ 実務と…
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